パーフェ☆ラ 第2章

A 迷惑な噂


「さぁ・・・ それは、管理人さんの方に相談されたほうがいいですよ」
翌日の土曜日。
ムカついたままの勢いでホームセンターに行った。
店員を捕まえてベランダの仕切りを直すにはどうしたらいいのか相談したら、
「ベランダって、共有部分じゃないですか? 管理人に言えば修繕費とか管理費で直してくれるかもしれませんよ?」
故意に破った場合でも、この店員は同じ事を言ってくれるのかな?
・・・無理だよね・・・
とぼとぼと肩を落として店を出る。
せっかく電車に乗って・・・ しかも、学校とは反対方向だから定期も使えなくて、電車賃払ってわざわざ来たっていうのに―――ッ!!
メグめ〜〜〜っ!!
ウチに帰ろうと駅に向かいかけて、
・・・せっかくここまで出てきたのに、このまま帰ったらもったいないよね?
隣の押し込み強盗は部活でいないみたいだけど、どうせウチにいたって、イロイロ考えちゃってムカつくだけだし・・・
と考えたあたしは、気晴らしに買い物でもして行こうと思い直した。
って言っても、あんまりお金持ってないから、服とかは買えないんだけど・・・
軽く落ち込んだまま、駅ビルに入っているステーショナリーショップを覗く。
ボールペンや手帳を眺めていたら、隣の書店がなんだか騒がしいのに気が付いた。
なんだろう・・・?
と思いながら、あたしも書店の方に近づく。
どうやら、誰かのサイン会が行われているみたいだった。
一体誰のサイン会なんだろう?
並んでいる人たちを見てみると、結構性別や年齢がバラバラだから、タレントとかじゃなくて有名作家とか? そんな感じかも・・・
それじゃ、顔見ただけじゃ誰だかわかんないか。
とあたしが興味を失って、ステーショナリーショップに戻りかけたら、
「田中っ!」
とイキナリ肩を叩かれた。
田中・・・?
人違いにしては、なんて偶然?
と思いながら振り返ったら・・・
「よぉっ! こんなとこで会うなんて、すっげグーゼンじゃね?」
と涼が立っていた。「こんなとこで、何してんの?」

「なんだ・・・ 爆笑問題のサイン会だったんだ?」
「そ。 千葉には内緒にしといて?」
と涼が顔の前で手を合わせる。「来週、この前やって負けたとことまた練習試合すんだけど、今度は絶対負けられない、って千葉のヤツ熱くなってるからさ」
あたしたちは同じ駅ビルに入っているコーヒーショップでお茶をすることにした。
「今日の練習サボったこと、内緒なんだ?」
「ばーちゃんの法事ってコトになってんの。 ・・・ばーちゃん、生きてるけど」
「ヒドくない? それ」
あたしがそう言うと、涼はちょっと笑って、
「だって、これくらいの理由じゃなきゃ、休ましてくんねーもん。 ケッコー負けず嫌いなんだよな。アイツ。それに完璧主義?」
「・・・そーなんだ」
・・・この前キスしたとき、メグは、
「真由が完璧な男としか付き合わないって言うから・・・」
ってなコトを言ってたけど・・・
また心臓がドキドキしてきた。
どうしよう・・・
メグと涼ってクラスでも仲いいし、同じ部活だし、なんかイロイロ話とかしてるかも・・・?
・・・ちょ、ちょっと、聞いてみようかな・・・
「あ、あのさぁ? 千葉っていえば・・・」
とあたしが言いかけたら、
「そう言えば、恭子と噂になってるよな・・・」
先に涼が話し始めた。
「あー・・・ うん」
やっぱり涼も知ってたか。
「前に言ってた、恭子の好きな男って・・・もしかして、千葉?」
涼はカップに目を落としたまま呟くように言った。
「違うよ?」
あんただよ。
「ふ〜ん・・・」
涼はそう言ってちょっとだけ考え込んだあと、「なーんか腹減らね? 飯でも食いに行くか?」
と立ち上がった。
なんか、一瞬オチてたように見えたけど・・・ 気のせい?
・・・ま、いっか。
「ゴチしてくれんの?」
「何食いたい?」
ウソ・・・ マジでご馳走してくれんの?
ラッキー♪
いいもの頼んじゃおっ!
滅多に食べられないものがいいよね。 何にしよう・・・
「ん〜とねぇ・・・ 吉牛っ!」
「・・・マジで? ケッコーお手軽ね?」
「イヤさ、ウチのお父さんダイエット中で魚中心なの。メニューが。滅多に肉とか出て来ないからさ。この機会に・・・」
って言っても、もうすぐ単身赴任で郡山行っちゃうから、これからは肉料理も出てくるだろうけど・・・
「肉っつったって他にもあんじゃん? 叙々苑とか」
「ジョジョエン・・・? 何それ? 結婚式場かなんか?」
あたしがそう言ったら、涼がお腹を抱えて笑い出した。
「いいっ! いいよ、お前!!」
「え・・・? なに? あたしなんか変なコト言った?」
涼が笑い転げている理由が全然分からない・・・
「何でもねー! いいよ、行くべ! 吉牛!!」
まだ笑いが止まらないままの涼に連れられて、駅ビルの目の前にある吉牛へ。
「オレ、女と吉牛入んの初めて」
涼はあたしを見下ろして、「田中は?」
「〜〜〜だからぁっ! 田中って呼ぶのやめてよ!?」
「いーじゃん。オレ爆笑問題好きだし。 どっちかっつーと、太田の方が好きだけど」
「あんたの好き嫌いに、あたしを巻き込まないでっ! マジでイヤなのっ!!」
「ん〜、じゃ、真由って呼ぶか。 もったいないけど」
「もったいなくな・・・」
―――急に、昨日のベランダでのメグとの会話を思い出した。
メグは、あたしが女爆笑問題って言われてるのを涼から聞いたって言ってたよね?
それって・・・ 少しでも、涼との間であたしの話したってコトだよね?
・・・どうしよ・・・
さっきは、涼が話し始めちゃったから聞けなかったけど・・・
メグがあたしのコトどんな風に話してるのか知りたい。
・・・でも、どうやって聞く?
あたしが俯いて考え込んでいたら、
「真由? どーした?」
と涼が窺ってきた。「腹減り過ぎた?」
「違うよっ!」
涼の背中を思い切り叩く。「・・・卵も付けてもらおうと思ってただけっ!」
「おお〜っ! 付けろ付けろっ! 何個でも行けよ!」
涼はまた笑いながらあたしの髪をぐしゃぐしゃにした。
・・・はぁ・・・ 結局聞けないあたし・・・ ホントに、超ヘタレ・・・

結局、仕切りを直せないまま週が明けた。
あたしが直すっ!・・・って大見得きった手前早く直したいんだけど・・・
はぁ・・・
重い足取りで教室に向かう。
メグに会うの、やだな・・・
クラスでは他人のフリしてるから何も言われないだろうけど・・・
一呼吸置いてそっと教室の戸を開けたら、まだSHRまで時間があるっていうのに、やたら教室内が静まり返っていた。
静まり返った教室の中で、ひときわデカい男子2人が何やら揉めていた。
「だ〜からぁ! 悪かったって言ってるだろ?」
・・・涼と。
「ふざけんなよっ! お前がいないとインサイドの練習になんねーだろっ! 法事だとかウソつきやがって!」
・・・メグだった。
「うるせーなぁ・・・ 勝ちゃいいんだろ? 勝ってお前のリベンジ果たしてやるよ? ダブルスコアでなっ!?」
うわ〜〜〜・・・
おととい涼が練習サボったこと、早速バレちゃったんだ?
涼もね〜・・・ 爆笑問題のサイン会のために練習サボったってのが笑えるけど、メグも融通利かなさそうなところがね〜・・・
大オトコ2人のケンカを横目にあたしが教室に入っていったら、メグと涼があたしに気が付きこちらを振り返った。
振り返ったメグの目があたしを睨んでいるように見える。
え・・・? なに?
気付いたら、メグと涼だけじゃなくてそこにいた全員があたしを振り返っていた。
なっ ・・・なによっ!?
あたしなんかしたっ!?
メグはすぐにあたしから視線を外すと、
「・・・とにかく、練習にはちゃんと出ろ」
と言って席に着いた。
涼は返事もしないで自席に移動する。途中、あたしの横を通るとき、
「おうっ、真由! 土曜はサンキューな」
「いや、こっちこそだけど・・・」
周りの視線が気になってキョロキョロしているあたしに涼が小声で、
「爆問のことは内緒な」
と耳打ちしてきた。つられてあたしも小声で、
「なんで?」
「いーから、言うこと聞けよ! 吉牛おごってやったろ?」
470円で口止め?
ま、いいけどさ。 ―――とりあえず肯く。
涼は、よし、と呟いたあと、
「んじゃ、また今度な!」
と言って、今度こそ自分の席に着いた。
なんで爆笑問題のこと内緒なんだろ? どうせ練習サボったことはもうバレちゃってんのに・・・
・・・そう言えば、なんで練習サボったことバレたんだろ?
そんなことを考えながら、自分の席に着いてカバンの中身を机に移そうとしたら、
「真由っ!」
とミドリとチハルがやってきた。
「あ、おはよ。 チハル、風邪もういいの?」
「あたしの風邪のコトなんか、どうでもいいよっ!」
「え?」
「ちょっとこっち来いっ!」
ミドリに腕を引っ張られ、教室の隅に連れて行かれた。
「な・・・なに?」
なんだかミドリもチハルも興奮している。
え・・・? 一体、なに?
「なんで内緒にしてた?」
まるで、ドラマの中の刑事のような勢いで、ミドリがあたしに詰め寄る。
「は?」
「とぼけんなよ? 目撃者がいるんだから!」
目撃者・・・って・・・ なにっ!?
「真由・・・ 涼くんと付き合ってんの?」
え・・・? 涼と付き合ってるって・・・
―――もしかして、あたしがっ!?
「はぁ――――――ッ!?」
あまりの突拍子もない話に思わず大声を出す。
「もう学校中の噂になってるから! 真由と涼が付き合ってるって!!」
刑事モードのままのミドリがあたしを睨む。
「ちょ、ちょっと待って? なんで?」
「土曜日、2人でK駅のスタバでお茶してたって。 そのあと、吉牛も行ったんでしょ?」
「な、なんで知ってんの? そんなこと・・・」
とあたしが思わず口にしたら、
「やっぱり、そうか。 ・・・真由との友情も、これまでだな」
とミドリがさっさと自席に戻ろうとする。
「ちょっと待ってっ!? お茶したのはホントだけど、付き合ってるとかじゃないってばっ!」
「いいよ。誤魔化さなくて!」
「誤魔化してないって!! たまたま会って一緒にお茶して、そんでご飯食べただけだよ? しかも吉牛だしっ!」
「それだよ! 吉牛なんて、深い仲じゃなきゃ男と入れないだろ? 普通」
そ、そーなの?
「そーだよ。普通はパスタとかいくよね? 気になる男の子とは」
「そんなこと知んなかった・・・ って言うかさ?涼のコト別になんとも思ってないから吉牛入れたんだけど?」
「ウソくせ〜」
「マジだってっ! じゃあさ、ミドリ。相手が津田沼だって考えたら、吉牛入れるよね?」
「津田沼?」
ミドリが眉間にしわを寄せる。
津田沼はあたしと同じ写真部の2年生で、根は悪くないんだけど、背は低いし、スポーツダメだし、電波系だし・・・でとても女子に人気があるタイプじゃない。 ミドリも一瞬だけあたしと一緒に写真部に所属していたから、津田沼のことを知っている。
「・・・確かに、入れる」
「でしょ―――ッ!? それと一緒だって!」
あたしが慌てて言い訳すると、ミドリはまだ眉間にしわを寄せたまま、
「涼と津田沼を同じラインで考えるコトに抵抗あるけど・・・」
と腕組をする。
「ないないっ! あたしにとっては、津田沼も涼も同じだって!」
確かに素材は全く違うけど、あたしの中でのポジションは2人とも一緒なんだよ?
必死になって説明したら、やっと2人は納得してくれたみたいだった。
「あたしたちは真由のとこ信用するけどさ、他の女子がどうかな?」
「え?」
「そーだよね。 特に3年女子なんか・・・ 涼くん年上にも人気あるから・・・」
「ま、闇討ちとか? 遭わないように気を付けな」
ミドリに恐ろしいことを言われたとき、SHRが始まるチャイムが鳴った。
ミドリやチハルが席に着く。 あたしもノロノロと自分の席に戻った。
それでさっき、みんながあたしのコト見てたんだ・・・
・・・闇討ち?
冗談じゃないよっ!! たまたま会ってお昼食べたくらいで・・・
みんな、そこまで単純じゃないよ・・・ね?
というあたしの読みは甘かったことが判明した。
噂は思った以上に広まっていたみたいで、あたしは休み時間のたびに他のクラスの女子や、ときには後輩からも、
「市川先輩。 船橋先輩と付き合ってるんですか?」
と問い詰められたりした。
「・・・もーね、マジで参ってる・・・」
お昼休み。
みんなの質問攻めから逃げるためと、とりあえず恭子にだけは誤解されたくない!と思ったあたしは、恭子を誘って屋上にやってきた。
「大丈夫? 真由・・・」
「なんかさ、涼が一言、付き合ってない!って言ってくれれば話早いんだけどさ・・・」
どうも、あたしたちがスタバから吉牛に入るところを見た人間がいるみたいだった。その誰かが、
「すごいラブラブだった! あの2人は絶対付き合ってる!!」
ってオーボラ吹いたのが原因で、こんな大騒ぎになっているみたいだった。
けど、実際には付き合ってなんかないし、あたしたちが否定すれば騒ぎはすぐに収まると思っていた。
思っていたのに・・・
涼がハッキリ否定しないせいで、騒ぎは余計に大きくなってしまった。
「ちょっとっ!? ハッキリ言ってやってよ! 付き合ってないって!!」
とあたしが抗議しても、
「なんで? オモシレーじゃん?」
と涼は笑っている。
「どこがっ?」
「真由がムキになってんのが」
「ッ!? ふざけないでよっ!! あんたはそれでいいかも知んないけど、あたしが困んのっ! 好きな人に誤解されたくないっ!!」
―――うっかり口を滑らせてしまった。
「へ〜? 真由にも好きな男いたんだ? 誰?」
涼がいたずらっ子のように目を輝かせる。
「だ、誰でもいいじゃんっ!!」
「教えてくんなきゃ、訂正してやんね〜」
・・・こ、根性わる〜〜〜ッ!!
「ってか、あたし殺されちゃうよ? あんたのファンに」
「おーげさだなぁ。 そんときゃ、葬式出てやるよ」
・・・って、どこまでもふざけてんだよね。
クラスの女子の誤解はすぐ解けたけど、涼があんな調子だから他の学年まではとてもじゃないけど否定することが出来なかった。
「ホントに涼とはなんでもないのに・・・」
・・・女子の反応も気になるんだけど、それと同じか、それ以上にメグがどう思ったのかも気になる・・・
まさか、噂を真に受けて、あたしと涼が付き合ってるって思ってる?
しかも、練習サボらせてまであたしが連れまわしたとか・・・
落ち込むあたしの肩に恭子が手をかけて、
「真由? 大丈夫だよ? あたし真由のこと信じてるし・・・ 気にしてないよ?」
と言ったあと、「・・・って言うかね。あたし、もう涼のコト諦めようかと思って・・・」
「恭子ッ」
あたしが慌てて恭子の顔を覗き込んだら、
「あ、違う違う! 別に真由のせいじゃないから!」
「だって・・・」
「なんかね・・・ 先週とか、あたしと千葉くんが噂になってるって言ってたでしょ?」
「うん・・・」
涼の方がメグより人気あるから、あたしたちの噂でそれも消えちゃったけど・・・
「それ聞いたとき、涼はどう思ったかな・・・ってずっと気になってたの。 ・・・ちょっとでも気にしてくれてたらいいな〜、とか? 考えてたんだけど・・・」
急に恭子が両手で顔を覆った。
「恭子っ? どうしたのっ?」
「涼は全然・・・あたしが誰と噂になろうが気にしてないみたい・・・ 今日だって、体育館使用の件で千葉くんと2人で話してるときに涼が通りかかったんだけど・・・ お似合いだ、みたいなこと言ってからかうし・・・」
「そんなのっ! アイツは誰にだってそうなんだってっ!! あたしの葬式にも出てやるとか言ってるしっ! 真面目に話が出来ないのっ! すぐに笑いのほうに持って行こうと―――・・・」
そこまで言って、急に 土曜日涼が言ってたことを思い出した。
「前に言ってた、恭子の好きな男って・・・ もしかして、千葉?」
って、涼 そうあたしに聞いてなかった?
しかもその話してたとき、ちょっと涼オチてなかった?
「そう言えば涼ね、恭子の好きな男は誰かって気にしてたよ?」
「・・・え?」
「一昨日お茶したときに聞かれたの忘れてた! そうだよっ! 涼ね、恭子の好きな男は千葉かって、あたしに聞いてきたっ!」
あれって 涼が、メグと恭子の噂気にしてたってコトじゃん?
もしかして、もしかするんじゃん? 恭子っ!!
「ウソ・・・? 全然あたしのコトなんか、気にしてない風に見えるけど・・・」
「そんなことないよっ! 涼っていつもふざけてるけど、あのときはマジで話してたもん! 絶対恭子のこと気にしてる証拠だよっ!」
恭子を励ましながら、あたしも段々確信に近いものを感じてきた。
そうだよ! 絶対涼は恭子のこと好きなんだよ!
恭子のことが好きなくせに、なんであたしとの噂を否定しないのかは謎だけど。
・・・よし。 涼に問い詰めてやろ。


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