チェリッシュxxx 第5章
B 陸、14歳
オレは、あまりの事に、息が止まりそうだった。 ―――なんで、亜矢がここにいるんだ? 亜矢も、一瞬だけ驚いた顔をしてオレを見たあと、何事もなかったような顔をして手に持っていたプリントを配り始めた。 「普通科に来た教生だって。自習監督に来たらしいけど、チョーいい女じゃね?」 オレの前に座っているジュンが振り返った。「後で、声かけちゃお♪」 普通科に来た、教生? もしかして・・・ 結衣が言ってた、憧れてる教生って、亜矢のコトか? ―――・・・ なんつー偶然なんだよ・・・ 「えーと、吉井先生が体調不良のため、自習をしてもらいます。時間内にこのBS表を仕上げて下さい。終わらない人は、家でやって来てもらいます」 自習の間、亜矢は教壇のすみに置かれた椅子に座って、何か資料らしきものに目を落としていた。 オレも一応BS表に目を落としたけど、とてもそれどころじゃなかった。それより、自分の心のバランスを取るのに必死だった。 そう、オレは、ちょっと動揺していた。 亜矢・・・成瀬亜矢子は、オレの中学の時の家庭教師だった。 そして・・・ ―――オレが初めてセックスした女だった。 オレと亜矢が初めて会ったのは、オレが14歳で中学2年の終わり頃。そのとき亜矢は19歳で大学1年だった。 その頃のオレんちは、最悪な状態だった。 父親が浮気をしていて、いつも母親と揉めていたからだ。 父親の浮気はその頃始まったんじゃなくて、もうずっと前から付き合っていた女がいたみたいだった。 母親も前からそれに気付いてはいたみたいなんだけど、知らん振りをしていたから、表面上とは言え、これまでは上手くやって来れたみたいだ。オレも全然知らなかったし。 ところがここに来て、状況が変わったようだった。 「どうすんのよッ! 子供まで出来ちゃって!! 今日、あの女がウチまで来たわよっ!」 「・・・うるさい。分かってる」 「はぁ? 何が分かってるって言うのよっ! もう、5ヶ月過ぎてんのよっ!? 中絶も出来ないのよっ!」 当時のオレはバスケ部に入っていて、いつも帰りは8時過ぎだった。父親は大体オレが寝た後に帰ってくることが多かったんだけど、その日は珍しく早く帰って来たようだった。 リビングのドアを開ける前からそんなやり取りが聞こえ、オレは一瞬で状況を把握した。 オレがそのままリビングに入って行ったら、 「おい、止めろ。陸が・・・」 父親が慌てたようにして母親の腕を取った。 母親もオレを振り返ったけど、オレの表情から、オレが全て知ってしまったことに気付いたみたいだ。 「―――いいわよっ! 聞かれたって! この子はね、頭が良いのよ! 誤魔化しなんか効かないんだからっ!」 母親が狂ったように叫んでいた。 おい・・・ ちょっとは誤魔化せよ? オレに気付かれたからか、それからはオレがいようがいまいが関係なく、二人は言い争うようになった。 |
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オレは気にしてないフリをしていたんだけど・・・ やっぱり、まだ14歳だったからな。 自分でも気付かなかったけど、相当ショックを受けていたみたいだ。 ちょうど二人が表立って揉め出したのが2年の期末テストの直前だったんだけど、成績が信じられないくらい落ちた。 「おいっ! どういう教育してるんだ? なんで65番から急に200番代に落ちるんだ!」 オレの成績を見て、父親が母親を怒鳴りつけた。 「はあ? あたしのせいだって言うの? あんたの浮気が原因に決まってるじゃないのっ!! 前にも言ったけど、この子は頭が良いの! 感性だって鋭いんだから! 成績が落ちたのは、あんたが外で子供なんか作っ・・・きゃあっ」 父親が母親を殴ったのを見たのは、その日が初めてだった。 最悪だった。 それまで言い争いを繰り返してきた二人が、それすらしなくなった。 家にいると、息が詰まった。 それを忘れようとするかのように、部活に打ち込むようになった。 もともとレギュラーになれるくらいの力はあったけど、練習が終わってからも1人で残ったりしていることが多くなった。 ボールを追っている間だけは、家のことを忘れることが出来た。 でも、それすら出来なくなってしまった。 「え・・・? 退部って・・・ なんでですか?」 もうすぐ春休みに入るっていうある日。 いつも通りに体育館に行ったら、顧問の教師が難しそうな顔をしてオレを待っていた。 「今日な、学校に電話があったんだよ。長谷川の父親から」 長谷川ってのは、オレが今野になる前の名字だ。 「え? なんですか?」 「成績が信じられないくらい落ちたから、部活は辞めさせるって」 顧問の教師とは、授業では全く接点がなかったから、オレの成績が今までどれくらいで、それがどれだけ落ちたのか全く知らなかった。 「そんなに落ちたのか?」 「はぁ・・・ まあ」 まさか、65番が203番になったとは言えない・・・ 「お前は、部内でも背が高い方だしジャンプ力もあったから、いなくなると辛いんだが・・・」 「いや、オレ、辞めませんよ?」 「でも、親御さんがそう言うんだから・・・ 学校側としては、なぁ・・・」 そのあとオレが何を言っても、顧問は首を縦に振ってくれなかった。 14歳は不自由だ。やりたいことも自分で決められない。 オレはふてくされながら家に帰った。 クソッ・・・ 家出でもしてやるか? ・・・ダメだ。 金がねぇ。 せめてオレが高校生だったら、バイトでも何でもして金が稼げるのに・・・ 家に帰って洗面所に行き、シャツを脱ぎ捨てる。 「・・・イヤ? もしかして、ケッコー稼げんじゃねーか?」 鏡の中の自分を凝視する。 年齢サバ読んで、ホストクラブってのは、どうだろ? オレ、背高いし、二十歳くらいに見えねーかな? どう見たって中学生の顔なのに、このときのオレは真剣にホストになることを考えていた。 決まりだ! オレが進む道はホストだ! 誰にも文句は言わせねぇ。 整った顔に産んでくれた母親に軽い感謝をしつつ洗面所を出ようとしたら、急に目の前のドアが開いた。 「ぅわっ」 「きゃあっ」 ―――目の前に女が立っていた。 「えーと、お父さんから聞いてない? 家庭教師センターから来ました、成瀬亜矢子です」 オレがシャツを着替えてリビングに行くと、その女・・・亜矢は笑顔で自己紹介をしてきた。 「・・・聞いてない」 「そーなんだ・・・。 さっきお母さんにもそう言われたんだけど・・・ どうしよう」 亜矢は困ったような顔をしている。 「・・・オフクロは?」 「ん? さっき、お出かけになったわよ?」 ・・・クソ。 どうすりゃいいんだよ。 「オレ、勉強なんかしないよ?」 |
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ダイニングテーブルの椅子に座っている亜矢の前には座らずに、ソファに腰掛けてリモコンでテレビをつけた。 「でも、すごく成績落ちたんでしょ?」 返事をせずにテレビ画面を見つめる。夕方はろくな放送をしていない。画面では時代劇の再放送が流れている。 「こんなんじゃ、まともな高校行けないって、お父さんが」 成績が落ちたのはテメーのせいだってのに、何言ってやがんだ。あのオヤジは!! しかも、オレからバスケまで奪いやがって。 「オレ、高校行かねーから」 「え? そーなの? 働くの?」 また返事をせずにテレビを見つめる。 「働くにしたって、入社試験ってのがあるのよ? やっぱり、少しは勉強しないと・・・」 うるせぇな〜・・・ 「そこ、入社試験ないから」 「え? もう行く会社決めてるの?」 「・・・まーね」 「どこ?」 まさかホストとは言えない。また無視する。 「ねぇ? 試験のない会社ってどこよ? 今どきバイトだって面接とか軽い筆記とかあるわよ?」 「・・・うるせーなぁ! オレには面接や筆記なんか必要ないのっ! 顔パスなのっ!」 亜矢が眉をひそめる。 「・・・何? 顔パスって?」 言ってから、しまったと思ったけど、もう遅い。 「どこよ? 顔パスの会社って」 また無視してテレビ画面を見つめた。 けど、まだ亜矢はしつこく聞いてくる。 「ねえ?」 無視無視! 「ねぇってば!!」 しつこいね? 「・・・そんなに、水戸黄門好きなんだ?」 「はあっ? 誰がっ!?」 「だって、返事も出来ないくらいに画面見つめてるじゃない」 テレビではヒゲを生やしたジジイが、高笑いしているところだった。 オレはリモコンでテレビを消すと、立ち上がって自分の部屋に戻ろうとした。 「ちょっと! どこ行くのよ?」 亜矢がオレの腕を取った。 「なんだよ? メンドくせーなぁ。 そんなに知りたきゃ教えてやるよ! ホストだよ、ホスト!」 な? これで顔パスって言った意味、分かったろ? オレがそのまま部屋に行こうとしたら、 「それじゃ、余計に勉強しなくっちゃ」 と亜矢が腕組をしてオレを見上げた。 「なんでだよ?」 ホストって、ただ、女相手に酒作ってしゃべってるだけだろ? 「キミもしかして、ホストが ただ女の人と楽しくお酒を飲む仕事だと思ってんじゃないの?」 そーだろ? オレが、当然のような顔をして亜矢を見下ろしたら、亜矢は軽く溜息をついて、 「あのねぇ? ホストってのは、お客さんに合わせた話しなきゃいけないのよ? しかも、ただ聞いてるだけじゃダメなんだから! 芸能の話から時事ニュース、株や経済のことまで幅広く情報収集してないと、相手にされないわよ?」 ・・・マジかよ? 反論する言葉が思いつかなくて俯いていたら、いきなり亜矢がオレの顎をつかんで自分の方に顔を向けさせた。 「それに、この程度の顔でホストになれると思ってたら、大間違いよ!」 クソッ・・・ 「わーかったよ! うるせぇなぁ!」 亜矢の手を振り払う。 「じゃ、勉強してくれるのね?」 仕方がないから肯いた。そのときから、亜矢はオレの家庭教師になった。 亜矢は毎週火曜と金曜にオレんちに来た。 「ふうん。200番代だって言うから、どんだけバカなのかと思ったら、そーでもないじゃない」 「ホントにムカつくね? オレ、もともと頭は悪くないの!」 「じゃ、なんで急に成績落ちたの?」 亜矢はオレんちの事情を知らなかったみたいだ。 「いーじゃん、別に・・・ 言いたくない」 って言っても、根掘り葉掘り聞いてくんだろ? 女ってのはみんなそーだからな。 「ふーん。別にいいけど? あたしはキミの成績さえ上がってくれればいいんだから」 予想に反して、亜矢は深く聞いてはこなかった。 3年に上がって、オレの成績はまた元の順位に戻った。 いや、元よりもうちょっと良くなった。 「やれば出来るじゃないか」 父親が満足そうに肯く。 やれば出来るって・・・ もともと出来てたのに、テメーのせいで落ちたんだよ! この頃の父親と母親は、相変わらず冷え切ってはいたけど表立ってケンカすることも少なくなり、必要最低限のことだけだけど、会話も普通にするようになっていたから、オレもちょっとだけ安心していた。 「成績、良くなったんだってね」 「まーね。実力?」 「それだけ? 誰のおかげなのよ?」 成績は戻ったけど、亜矢の家庭教師はまだ続いていた。 「冗談だよ! センセーのおかげだよ!」 「分かればいいのよ」 亜矢はそう言うと、ちょっと偉そうに胸をそらした。 形のいいデカい胸が強調される。 オレは慌てて目をそらした。 ―――ヤベ・・・ 「センセー・・・ オレちょっと、トイレ行ってきていい?」 「ん? いいわよ?」 背中を丸めてトイレに向かう。 「お腹でも痛いの?」 「・・・うん」 マジで痛いよ。 下半身が。 |
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急いでトイレに駆け込み、ジーンズのファスナーを下ろす。 オレは今見た亜矢の胸を思い出しながら、自分の手で溜まっていたものを吐き出させた。 息が乱れる。 ・・・最近、こればっかやってんな、オレ。 その頃のオレはまだ童貞で、ちょっとしたことがきっかけで、すぐに下半身に血が回っていた。 「せめて、センセーが帰るまで大人しくしててくれよ・・・」 自分の下半身に向かって軽く説教をする。 センセーが帰ったら、解放してやるから・・・ 自分でしただけでこんなに気持ちいーんだから、これマジでやったらどんだけ気持ちいーんだよ? センセー。オレ、そっちの勉強もしたいんだけど〜♪ なんてな。 ・・・言ったら、ぶっ飛ばされるな。絶対・・・ そんな感じで、ベンキョーとオナニーを繰り返していた中3の1学期が終わった日だった。 通知表も今までにないくらい良かったから、オレは上機嫌で家に帰ってきた。 これをネタに、なんかせびってやっかな。 ・・・DSか? ・・・イヤ、パソコンだ! エロゲーやりまくってやる。 オレは通知表片手に、父親が帰ってくるのを部屋で待っていた。 時計の針が9時を回った頃、やっと父親が帰ってきたみたいだ。 「オヤジっ!」 オレが通知表を持ってリビングに入っていくのと同時に、何かが割れる音がした。 「サイテーね? じゃ、陸はどうするのよ?」 は? オレ? リビングでは父親と母親が言い争っていた。 ―――またかよ・・・ 今の音は、どうやら母親が皿か何か割った音らしい。 「仕方ないだろ? 連れて行けるわけない」 「そーよねっ! 陸と5歳しか離れてないのに、あの子の母親になんかなれるわけないわよねっ! あの女がっ!」 ・・・おい、オヤジ・・・ そんな若い女と浮気してたのかよ・・・ ・・・って、え? オレの母親にって・・・ 離婚でもすんのかよッ!? 「慰謝料はちゃんと払うから・・・ 陸の養育費も・・・」 「当たり前よっ!」 心のどこかで覚悟していたことだったけど、実際そうなると、やっぱショックデカいよ・・・ |
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気が付いたらオレは家を飛び出していた。 さっきの話からすると、どうやらオレは母親に引き取られることになるらしい。 だとしたら、名字も変わんのか・・・ それに、引越しするだろうから学校も・・・ ―――クソッ! 離婚したきゃ、勝手にしろよっ! オレを巻き込むんじゃねーよッ!! ヤケクソになりながら街を歩いていたら、腹が減ってきた。 金も持たずに飛び出してきたから、ファーストフードにもコンビニにも行けない。 持っているのはポケットに入っていたケータイと通知表だけだった。 笑いがこみ上げてくる。 ―――なんで、こんなもの持って出てきたんだよ、オレは・・・ と通知表を丸めかけて思い直し、ケータイを手に取った。
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