@ 今日からクラスメイト


「やだ〜っ! 涼とクラス別れちゃったよ〜!!」
「げっ!? 2組の担任山下かよっ!?」
そここで嘆き声や溜息が聞こえる。 掲示板の前は黒山の人だかりだった。
あたしはその後ろの方で、
「ちょっ! あたしにも見せて? …って、あたし何組なのっ!?」
思い切り背伸びをしたんだけど全然見えない!
ピョンピョンと飛び上がっていたら、
「真由〜っ!! クラス別れちゃったね〜」
と恭子が声をかけてきた。
「え? ホントっ?」
とあたしが背伸びをしながら掲示板の方に目を向けると、
「うん。あたしは3組で真由は4組だよ」
あたしより頭1つ分大きい恭子が張り出されたクラス表を指差した。
あたしの名前は市川真由。この県立総武高校の今日から2年生。
1年の時に出席番号が前後だったのがきっかけで仲良くなった稲毛恭子はあたしの親友。
恭子はバスケ部でとても背が高い。本人は、
「バスケでは有利だけど… あんまり背高いと可愛くないじゃん? 付き合う相手だって限られてくるし…」
って気にしてるみたいだけど……
そんなことないよ? あたし恭子のことすごくカッコいいって思ってるし、憧れだよ。
1年のとき、大きい恭子とまぁどっちかというと標準よりちょっと小さめのあたしが並ぶと、
「女爆笑問題!」
とかってからかわれたりもしたけどね…
あたしは田中かよっ!?
……まぁ、太田って言われても嬉しくはないけど。
「……いいな、真由は」
恭子がポツリと呟く。
「ん? どーしたの?」
「だって… 同じクラスになれたから……涼と」
「えっ? ホントに?」
再び人ごみの先の掲示板の方に顔を向ける。当然だけど見えない。
「ホラホラ! いつまで見てたってクラスは変わらんぞ! さっさと教室入れ!!」
みんなが掲示板の前でワイワイやっているところに、先生が手を叩きながらやってきた。
あたしがまだ掲示板の方を気にしていたら、
「真由行こ?」
と恭子が促してきた。
「ん? うん……」
ちょっとまだ確認したいコトあったんだけど……
ま、8分の1の確率だし、あいつと同じクラスになることないよね……
クラス発表で喜んでいる生徒は半分もいないみたいで、大半の生徒がブーブー言いながら教室の方に移動をはじめた。
あたしと恭子もその流れに乗るように教室へ向かう。
隣を歩く恭子があんまり落ち込んで見えたから、
「なに落ち込んでんの! クラスは一緒になれなかったけど、恭子はホラ、涼と部活が一緒なんだからいいじゃん!」
と軽く肩を叩いた。
「そーだけど… 2年は修学旅行とか色々あるじゃない? 文化祭だって3年になったら殆ど参加できないらしいから最後みたいなもんだし。やっぱりクラスが違うってのは大きいよ…」
また恭子が俯く。
オトメだなぁ……
「んじゃ、告っちゃえば? 彼氏彼女だったらクラス別でも全然いいじゃん」
「な、なに言ってんのっ!? そんなことあり得ないよっ!」
と恭子は慌てて手を振った。「だってアイツモテるもん。告ったって絶対相手にしてもらえないよ…」
「誰に告んの?」
いきなり背後から声が降ってきた。
「り、涼っ!?」
大きい恭子よりもさらに大きい男。―――船橋涼。
恭子と同じバスケ部で、恭子の話によると身長188センチ! デカ過ぎ!
「なんだよ恭子。好きな男いたんか? 誰? もしかして男バスのヤツ?」
「えっ、ち、違うよ」
恭子がどもりながら顔の前で手を振る。
「そーかぁ? もし部員だったら協力してやろうと思ったのに」
「……」
恭子が黙って俯く。
鈍感な男だなぁ。
好きな男に協力してやる言われて、喜ぶ女の子なんかいないのに。
あたしと恭子と涼の3人が廊下で立ち話をしていると、通り過ぎる女の子がチラチラと振り返って行く。
みんな涼目当て。噂どおりのモテ男。
でも、涼はそんなの気にしていないって感じで笑いながら恭子と話している。
こんなにあからさまな視線にも気付かないのかな?
それとも、モテの自覚はあってあえて知らん振り?
「ところでお前、何組?」
と涼が恭子に聞いた。
「3組」
「隣じゃん! オレ4組だよ!」
と自分の顔を指差す。「教科書とか忘れたら借りに行くかも? ヨロシクな!」
「う、うん…」
「ホラ〜3組! 出欠取りはじめるぞ? さっさと教室入れよ〜?」
3組の担任が廊下に向かって大声を張り上げる。
「あ、じゃ、あたし行くね」
恭子があたしに手を振って教室に入って行く。あたしも自分の教室(隣だけど)に向かって歩き出した。
「田中は何組?」
あたしの後ろから涼が声をかけてくる。
「はぁ? 田中ってあたしのコト?」
「うん」
振り返ると涼がニヤニヤ笑っている。
「……あたし市川っていうんだけど?」
あたしは殆ど涼とは話したことがない。だからこっちがモテ男の涼のコトを知っていても、涼の方はあたしの名前なんか知らないってことも十分ありえるんだけど…
でも……なんで田中?
「だってお前ら、女爆笑問題とかって言われてたじゃん? だったらお前田中だろ?」
と今度はお腹を抱えて笑っている。
あたしは涼をひと睨みして、
「ちょっと? その呼び方やめてくれる?」
と言い捨てるとさっさと教室に入った。
「なんだよ! 田中も4組かよ! グーゼンだな!」
あたしの後に続いて入ってきた涼は、まだしつこくあたしを『田中』と呼んでいる。
1年の時、クラスの男子数名からも田中って呼ばれてて、チョー嫌だったんだよね。
2年になったらリセットしてやろうと思ってたのに……
女子人気の高い涼があたしのコトを、
「おい、田中!」
なんて呼んだら、今度は男子だけじゃなくて女子にまで田中って呼ばれそう!
「―――ッ! しつこいなぁ! あたしの名前はねぇ…ッ」
「知ってるよ。真由、だろ」
人懐っこい笑顔であたしを見下ろす涼。「恭子にそう呼ばれてんのよく見かけてたし」
―――不意打ち。
今の今まで『田中、田中』ってからかってたクセに、急に…しかもいきなりファーストネームで呼び捨て?
思わず整ったモテ男の顔を見返す。
こいつ……ホントにモテそーな顔してるよね。あ、笑うと右側にだけエクボ出来るんだ。……カワイイじゃん…
……って、はっ!
いかんいかんっ! 他の女子もこうやってこいつにオチていくのかもっ!?
あたしは慌てて頭を振った。涼がそんなあたしの顔を覗きこんでくる。
「真由?」
ホラ―――ッ! もう呼び捨てにしないでって!
「あ、あのね〜…」
とあたしが抗議しようとしたら、
「ワリィワリィ。怒っちゃった? 実はオレ……ケッコー好きだったんだよね」
と涼があたしを見つめる。
……え? ええ―――ッ!?
「す、好きって…」
ま、まさか… あたしを……?
ちょ、待って待って? あたしだって別に涼のコト嫌いじゃないけど…
大体あんた、あたしのコトよく知らないんじゃない? ほとんど話したことないじゃん!?
そ、それに、恭子の好きな人取るわけにはいかないよ―――ッ!!
とあたしが焦っていると、
「……爆笑問題」
と涼が呟いた。
「は?」
「オレお笑い…特に爆笑問題スキなの。だから女爆笑問題って呼ばれてるお前のコトからかいたくなっちゃったんだよね〜」
……って、おいっ!!
「あははははっ! 今チョー恥ずかしい勘違いしてなかった? なぁ、したよな?」
「してないよっ!」
「オモシレーなお前!」
涼があたしの頭をグシャグシャにする。
「もおっ! やめてよっ! ホントに―――ッ!!」
「ちょっと! 真由っ!?」
あたしと涼が教室の入り口のあたりでそんな応酬を繰り返していたら、1年の時も同じクラスだったミドリとチハルが声をかけてきた。
「あ、ミドリ、チハル、おはよ。……って同じクラスだったんだ」
「真由。あんた船橋涼と知り合いだったの?」
ミドリがあたしに耳打ちする。
「え? 知り合いってゆーか……」
涼とまともに話すの今日が初めて……って程度の知り合いなんだけど。
あたしがなんて答えていいものか迷っていたら、
「ずるーい! あたしたちにも紹介してよ!」
と言った後チハルは、「あたし真由の親友でぇ、佐倉チハル。ヨロシクね♪」
と勝手に自己紹介をはじめた。続いてミドリまで、
「あたしは成田ミドリ。ミドリって呼んでね♪」
とシナを作った。
……ちょっとミドリ? あんたキャラ変わってない?
いつもだったら、
「呼べよな!」
って感じの口調なのに……
このミドリをこうも女っぽくしてしまう男、船橋涼。恐るべしっ!!
「ははっ。チハルちゃんにミドリちゃんね。ヨロシク。二人とも真由の友達なんだ?」
「だからぁ! 呼び捨てにしないでって言ってる…」
あたしが涼に文句を言おうとした時、
「おい、涼。こんな入り口ンとこで溜まるなよ。通行の邪魔だろ」
急に背後から声が降ってきた。
その声に振り向いたあたしは……驚きに心臓が止まりそうだった。
「お〜千葉クン! なに、お前も4組だったの?」
「なーにが千葉クン、だよ。キモいんだよ」
と言って涼を見上げる。
……こいつ背高いと思ってたけど、涼ほどじゃないんだ。ま、188の涼と比べたら大抵の男は小さいか…
……って、ええっ!? あんたも4組なのっ!?
あたしが驚きに声を出せないでいるうちに、
「なーにムッてんの? 新学期早々…」
と涼に肩を組まれてあいつは席の方に歩いて行った。
び、ビックリした……
あいつ、涼と仲良かったんだ。……まあ同じバスケ部だし仲良くてもおかしくないか……
あたしがそんなコトを考えながら二人の事を見ていたら、
「こりゃ楽しい1年になりそうだな♪」
と隣りでミドリが呟く。
「え、なにが?」
意味が分からなくてそう聞き返したら、
「なにが?じゃねーよっ! 涼と千葉! 二人と同じクラスになれてラッキーだっつってんの!」
「え? そーなの? っていうか、涼は分かるけど……ち、千葉も?」
あたしが驚きながら聞くと、チハルも肯いて、
「うん。涼くんがすごい人気あるからその陰に隠れてる感じで目立たないけど〜。結構人気あるよ千葉くん。意外と、涼くんの事はファンって感じで本命は千葉くんって子も多いんじゃないかなー」
そ、そーなんだ…… やっぱり高校でもモテてるんだ、あいつ。
……っていうか、どうしよう。あいつと同じクラスになるの、4年ぶり。
急に現れるからビックリしちゃったよ。自分でクラス発表を見てなかったから、全然気が付かなかった……
同じクラスだって知ってたら、もうちょっと心の準備しとくんだったのに……
また身長伸びてたな… 4年前はあんなにちっちゃかったのに……
「ホラ、さっさと席着けよー? 最後まで残ってたヤツにクラス委員やってもらうからなー?」
と言いながら新しい担任が入ってきた。

「ちょっと、お母さ〜ん。ここに入れといたプリン食べたぁ?」
冷蔵庫の中を覗きながら、リビングでドラマの再放送を見ているお母さんに向かって怒鳴る。
「プリン? 知らないわよ」
お母さんは画面から目も離さずに、「ちょっと、今良いところだから話し掛けないで」
「だって、昨日買っておいたのになくなってるんだもん」
口を尖らせながらダイニングテーブルを挟んでお母さんの向かいに腰を下ろす。
無言で袋に入ったせんべいをあたしの方に寄こす。相変わらず目はテレビ画面に釘付けのままだ。
口の動きとセリフがまるで合っていない。
日本のドラマじゃないの? 顔は日本人っぽいけど……
「なに? これヨン様?」
と言いながらせんべいを一枚口に入れる。
お母さんはドラマに夢中になっているみたいであたしの質問は無視された。
ま、いっか。
でも、プリンはどこ行っちゃったんだろう? もしかしてお父さん?
ビールっ腹が気になるからダイエット中とか言ってなかったっけ?
とあたしがお父さんの顔を思い浮かべながら部屋に戻ろうとしたら、ちょうどドラマがCMに入った。
「あのね〜!韓国人が全員ヨン様だと思わないでよね!」
「え?」
なに? ……もしかして、さっきのあたしの質問のこと? 聞こえてたんじゃん!
呆れながらそのまま部屋に戻ろうとしたところに、
「あ、ちょっと!」
と再びお母さんが声をかけてきた。
「今度は何?」
「ちょっとお隣りに回覧板置いてきて」
「ええっ!? ……や、やだよ! お母さん行ってきなよ」
「お母さん今これ見てるから!」
と有無を言わさない。
「だって…お隣のオバさん話長いんだもん」
「じゃ、メグちゃんに渡してさっさと戻ってくりゃいいじゃないの」
「もっとヤダよっ!!」
メグに会いたくないから言ってんのに!!
「とにかく急ぎの回覧なの! さっさと行ってきて! ……あ、始まった」
CMが明けて再びテレビ画面に吸い付くお母さん。
……いいや、無視しちゃえ。
歩きはじめたあたしの前に、プリントが挟まれたクリップボードを突き出してくるお母さん。
「も〜〜〜!! 分かったよぉ」
溜息をつきながら仕方なく玄関へ向かった。サンダルを履きドアを開ける。
あたしんちはお父さんの会社の社宅。だからなのかどうなのか知らないけれど、なぜか回覧板が多い。
今どきメールでしょ!
と心の中で突っ込みを入れながら、ウチの目の前のドアチャイムを押す。
どうか、部活とかでメグがいませんように……っ!!
ガチャリと鍵を外す音がして続いてドアが開かれる。
「あ、コレ…」
とクリップボードを差し出した手が固まった。
―――メグ!!
「……なに?」
低いけどよく通る声が頭上から降ってくる。
「あ… か、回覧板…… お母さんに頼まれて…」
とあたしがどもりながら差し出したクリップボードを、
「ふうん」
と一瞥したあと受け取るメグ。
……なんでこんな時間に家にいんの? 今日バスケ部休み? 始業式だから?
あたしは回覧板を持ってきた事を激しく後悔していた。
メグがいるって分かってたら、絶対お母さんの言う事なんかきかなかったのに……っ!
あたしがその場を動けずに突っ立っていたら、
「なに? まだなんかあんの?」
とメグはドアにもたれかかるようにしてあたしを見下ろした。「……ないなら帰れば」
冷めた視線があたしに刺さる。
「〜〜〜い、言われなくたって、帰るよっ!」
あたしは慌てて踵を返すと、自分ちのドアを開けさっさと中に引っ込んだ。
鍵をかけドアにもたれかかる。心臓がドキドキしていた。
治まれ! 動悸!! なんであんなヤツにドキドキしてんのっ!!
あたしは深呼吸しながらそっとドアスコープを覗いた。
メグはもう中に引っ込んでいて、何事もなかったかのようなメグんちのドアが見える。
思わず安堵の溜息が漏れる。
メグはバスケ部に入っていて、朝も夜もあたしとは時間が合わないから、いくら隣同士だっていっても、今までバッタリ会うことはほとんどなかった。
学校でだって、あたしたちの学校は1学年8クラスあって、1年の時はあたしが1組でメグが8組だったから、教室の階が違っていて滅多に会うこともなかったのに…
これからはイヤでも毎日顔合わせるなんて…… 拷問だ。
はぁ〜と溜息をついた後、自分の足元を見てさらに落ち込んだ。
なんであたしお父さんのサンダルなんか履いて行っちゃったんだろ……
メグ気付いたかな? 気付いたよね……
落ち込んだままお父さんのサンダルを脱ぎ捨てた。
「あら、早かったじゃない。もしかして留守だった?」
リビングに戻ると、ドラマが終わったらしくお母さんが声をかけてきた。
「いたよ。渡してきた……メグに」
「へ〜。メグちゃん元気だった? この前商店街でチラッと見かけたんだけど、あの子背高くなったわね〜。カッコよくなったし。イケメンってやつね」
お母さんが若者ぶったコトを言うのがハナにつく!
「は?なに言ってんの? お母さんイケメンの意味知ってんのっ? あんなのはイケメンなんて言わないのっ!」
「なにムキになってんのよ? 小さい頃は二人あんなに仲良かったのに」
「それ小学校の頃の話でしょっ? あたしたちもう高校生なんだよ? 昔とは違うのっ!」
「一緒にお風呂に入ったコトもあるのに……
「〜〜〜ッ!!」
大人ってなんて無神経でデリカシーに欠けたコトを平気で言うんだろっ?
お母さんくらいの年になったらそういう過去のハズかしい事も笑って話せるのかも知れないけど…
そーゆーコト年頃の娘に言う!?
あたしは腹を立てながら自分の部屋に戻った。そのままベッドに寝転がる。
「あ〜〜〜もうっ!」
けれどあたしはすぐに起き上がった。じっとしていられない。
もう…今日はいろいろありすぎて頭パンク寸前。
ウロウロと熊のように部屋の中を意味もなく歩き回っていたら、ベランダ越しに隣りの部屋の窓が開く音がした。
この社宅は、隣り合う住居が鏡で映したように左右が対称な作りになっている。
リビング側のお隣はやっぱりリビングになっているし、この4畳半のあたしの部屋のとなりも4畳半の部屋。
小学校の時のままだったら……きっとメグの部屋。
熊になるのをやめ、息を殺して様子を窺う。
―――パチン。パチン。
ん? ……爪でも切ってんのかな… そのままベランダに切り捨てるつもり?
ごみ箱でやりなよっ!?
頭の中で突っ込みを入れながらもさらに様子を窺う。
「…ッく、しゅッ!!」
え、なに今の。……もしかしてくしゃみ?
男のクセにカワイイくしゃみしてんじゃん。
―――って…
「あたし何やってんのっ!?」
慌てて窓から離れた。「これじゃまるでストーカーだよ…」
なんか、ホントに今日は一日中ずっとメグのコトばっかり考えてる。
今まで…6年間ずっと、メグのこと考えないようにしてきたのに…
壁一枚隔てた向こう側に意識が行かないように、細心の注意を払って生活してきたのに……
『結構人気あるよ、千葉くん』
教室で言っていたチハルのセリフが脳裏によみがえる。

あたしの幼なじみで。
でも小学5年から絶交してて。
それでまた、今日からクラスメイトで……

……千葉恵。 ―――メグ…

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