A 絶交!


「コラぁ―――ッ!! あんたたち何やってんのっ!」
「うわっ! 市川が来たっ! 逃げろっ!!」
クラスの男子たちがランドセルを抱えて逃げて行く。あたしはそれを睨みながら、
「ちょっとメグ! 大丈夫!?」
と地面に座りこんでいるメグに声をかけた。
「ん… ありがと、真由」
メグの手を取り引っ張りあげる。
軽いなぁメグ… あたしより軽いんじゃないの? …ってあたしの方が背も高いけど。
「またみんなのカバン持ちやらされてたの?」
「やらされてたって… 一応ジャンケンしたよ」
メグが口を尖らせる。「…でもみんな同じヤツ出すんだよね。だから全然勝負が付かないか……それか、一発でボクが負けるか」
「そんなのっ! みんなで示し合わせて同じの出すようにしてるに決まってんじゃんッ!! そんなことも分かんないのっ!?」
「……やっぱりそう?」
と俯くメグ。
お父さん同士が同じ会社で、同じ社宅のお隣りさんのメグ……千葉恵とは、もう物心付く前からの付き合いで気が付いたらいたって感じ。
朝から晩まで一緒に遊んでて、しょっちゅう泊まりっこもしてた。
当然一緒にお風呂にも入ったこともある。
さすがに小学校5年になった今は入ってないけどねっ! 2年生でやめたしっ!
「メグなめられてるんだよ! 分かんないのっ? 今日なんか図工の時間ヤジマのパシリやらされてたじゃん!」
「パシリじゃないよ。……筆洗の水換えてあげただけだよ」
「やれって言われたんでしょ!?」
またメグが俯く。
「それをパシリっていうのっ!! メグもっと強くなんなくちゃ! ……そうだっ!今日さ、久しぶりにウチに泊まりにおいでよ!」
「え…なんで?」
「特訓してあげるから。ケンカの!」
とあたしはメグの前でこぶしを突き出し、続いて足を蹴り上げて見せた。
「……いいよ。そんなことしてくれなくて」
「なんで?」
今度はあたしが聞く番だった。
「女の子にケンカ教わるほど弱くないよ、ボク」
とメグが足を早める。「それにもう、真由んちには泊まりに行かないから」
「なんで?」
「なんでって……」
少しだけ顔を後ろに向けて、あたしを振り返るメグ。「もう5年だし」
「なにそれ…それが理由なの? 全然分かんない!」
5年から泊まりっこしちゃダメだって決まりあったっけ?
「……真由は子供すぎるよ」
「はぁ?」
あたしより5ヶ月も年下のくせに、背だって10センチも低いくせに……
今、あたしを子供だって言った?
「どの口がそんなことを言うのかな〜?」
とあたしはメグの頬をつねった。
「い、いたたたたっ! やめてっ真由っ!!」
あたしは背も大きい方で、自分で言うのもなんだけどどっちかと言うとリーダーっぽいっていうか…クラスの中心にいるようなタイプだった。
女子からも男子からも一目置かれてるっていうか? そんな感じ。
それに比べてメグは、男子の中じゃ2番目に小さいし声変わりもしてないから女の子みたいな高い声してるし、手足細いし、多分あたしより軽いし……
とにかく、どこを取って見てもあたしより下っていうか…
だから、メグがいじめられていると、あたしは幼なじみということもあって、いつもメグを庇ったりしていた。
メグは頬を押さえながら、
「と、とにかくさ、ボクのことはもう放っておいていいから……」
「……ヤジマにパシリにされてても?」
黙って肯くメグ。
なんで? なんで急にそんなこと言うの?
「……っていうか、あたしが助けなかったらメグ、あんたどうなると思ってんの?」
ヤジマに反撃できるのはあたしくらいしかいないよ!?
「……真由がボクを放っておいてくれれば、ヤジマだって何もしないから」
……え? なにそれ…イミ分かんない!
あ…まさかっ!?
「もしかしてヤジマになんか言われたっ!?」
「え?」
「アイツいっつもあたしに負けるからって、今度はメグに何か言ってきたんでしょ?」
あたしに助けを求めたらもっとやってやるとかなんとか……
「ヤジマめぇ〜! ケンカ弱いだけじゃなくて根性まで曲がってんだ! 許せないっ!!」
あたしがこぶしを握り締めていると、
「待って待って、真由? ボク、ヤジマに何も言われてないから!」
言われてないわけないでしょ?
だから急にそんなこと…放っておけみたいなこと言うんでしょ?
大丈夫! メグ、あたしにまかせてっ!
あたしは次の日、朝の会が始まる前にヤジマを呼び出した。
「な、なんだよ… 話って」
ヤジマは身体こそあたしの方を向いていたけど、顔は明後日の方を向いていてあたしと目を合わせようともしなかった。
心なしか顔が赤くなっている。
怖じ気づいたか? この弱い者いじめのサイテー男め!
今さら殊勝な態度とっても、このあたしが許さないからねっ!
「あんたさぁ、メグに何言ったの?」
「は? ・・・千葉に?」
ヤジマは眉間にしわを寄せてあたしの方を見た。「何の話だよ」
「しらばっくれないでよっ! どうせあたしに助けを求めるなとかなんとか言ったんでしょ!?」
「言ってねーよ」
「いーや言ったね! じゃなかったらメグが急にあんなコト言うわけないもん!」
「……千葉がお前に何言ったんだよ」
「もうあたしんちには泊まりに来ないとか、自分のことは放っておけとか」
「泊まり…っ!?」
ヤジマが絶句する。「……お前らそんなことまでしてんの?」
「そんなことって? だって小さい頃からやってるんだよ? べつに普通じゃん!」
ヤジマは黙ったまま足元に視線を落とした。
「そんなことより、何言ったのか教えなさいよっ!」
「だからぁ〜知らねーって!」
「ウソつかないでよっ! メグが言ってたんだからね! あたしがメグのこと放っておけばヤジマもいじめなくなるって!」
あたしがそう言うと、ヤジマは見る見る間に顔を真っ赤にした。
「な、何よっ」
怒ったの? やる気っ!?
あたしが両手で拳を作りファイティングポーズをとると、ヤジマは呆れた顔をして、
「……おっまえバカじゃねーの。誰が本気で女とケンカなんか出来るかよ!」
と教室の方に向かって歩き出した。
「ちょっ? 何よっ! 逃げる気ッ!?」
あたしは走って行ってヤジマの肩に手をかけた。「勝負しなさいよっ!」
ヤジマは鬱陶しそうにあたしの手を払いのけると、
「お前、ホントに子供だな… まだ千葉の方が大人だよ」
と言って、あたしを残しさっさと教室の方に歩いて行ってしまった。
あたしはボーゼンとその場に立ち尽くしていた。
また子供って言われた……
昨日もメグに同じこと言われたけど…… そりゃ、全体から見たらあたしたち小学5年生なんか子供だよ? 電車だってディズニーランドだって子供料金だし。
でも、メグと比べて子供って? 冗談でしょっ?
メグもヤジマも何言ってんの? バカにしないでよっ!
子供子供言われてムカついたあたしは、その日からちょっとだけメグと距離を置くようにした。
ふんだ! どうせまたヤジマにいじめられて、泣きついてくるに決まってる!
『真由〜っ!』
『ほ〜ら! やっぱりあたしがいないとダメでしょ!』
ってなるに決まってる!!
でも…… あたしが予想したようなことは起こらなかった。
あたしがメグと距離を置くようになったのと同時に、メグもあたしを避ける……とまではいかないにしても、何か用事があるときくらいしか近寄って来なくなった。
そしたら本当にメグが言った通り、ヤジマたちがメグいじめをやめたのには驚いた。
―――なんなのっ? 全然分かんないっ!!
まぁ、メグがいじめられなくなったのはいいことだけど……

「ねぇ、2組のヨシイさん。今日ブラして来てたよ?」
「ウッソ〜! マジで? …って、あの人胸おっきいもんね。そういえば生理は4年の時からあるって」
体育の時間に着替えをしていたら、何人かの女子がそんな話をしていた。
「そろそろ着けたほうがいいのかな〜。真由は? もうしてるか」
「は? あたし? してないけど」
「えーっ! した方がいいよ! 真由だってケッコー目立ってきてるよ」
「そ、そっかな……」
でも周りはしてない子の方が圧倒的に多いし、お母さんに…ブ、ブラジャー買ってなんて言いにくいんだもん。
「あ、あたしはまだいいよっ!」
「よくないよ〜。これから夏服になるし余計に目立つって! 男子の目線とか気付かない?」
あたしたちの小学校には制服があって、週明けからブラウスにプリーツスカートの夏服に変わる。
「何?目線って…」
「真由さ、席ヤジマのとなりでしょ? あいつよく真由のこと見てるよ?」
「マジで? ……復讐でも企んでんのかな?」
最近おとなしいと思ったらやっぱり何か企んでたんだ……
またメグに行く? それとも今度は直接あたしに向かってくるか?
そんなことを真剣に考えていたら、
「やだ真由! それ本気で言ってんの?」
とその場にいた女子が笑い出した。
「え? なんで笑ってんの?」
「無理無理! 真由ってこう見えてケッコー子供だもん! ハッキリ言わないと分かんないよ」
……また、子供って言われた。
「何? じゃハッキリ言ってよ!」
あたしがちょっとムッとしてそう聞くと、
「もー… ヤジマは真由のことがスキってことだよ!!」
「へっ?」
………
一瞬、何を言われたのかよく分からなかった。
ヤジマが、あたしを………スキ?
「ヤジマだけじゃなくて〜、他の男子…ほら、ヤジマと一緒になって千葉くんをいじめてる男子たち? あいつらとか真由にちょっかい出してもらいたくて、千葉くんいじめてんだよ。気が付かなかった?」
―――気が付かなかった……
……っていうかヤジマがあたしのこと? ううん、信じられないっ!!
だっていつも突っかかってくるし、そのくせケンカするとあたしにいつも負けてるし……
「なんかの間違いじゃない?」
とても信じられなくてそんな風に言ったら、またみんなが笑った。
だって信じられないよ。あの男子たちが、スキとかキライとか?そんな恋愛ぽいことと縁があるなんて思えないもん。
……って、じゃ、もしかしてメグはそれ知ってたから、
『真由がボクのこと放って置けば、ヤジマだっていじめてこないよ』
って言ったの?
なになに? それに気付いてなかったのってあたしだけ?
この前まで、男子も女子もなく一緒に遊び転げてたのに……いつの間にみんなそんなことが簡単に分かっちゃうようになったの?
そういえば前みたいに男子と女子が一緒に遊ぶこともなくなった。
ううん、それどころか、
「うるせーんだよ、女は!」
「汚いなぁ〜! 男子はあっち行ってよっ!」
なんて、前はしょっちゅう男子対女子で揉めてたのにそれすらなくなってきてる。
「それだけ大人になったってことじゃない?」
なんて、他の女子は言うけど……
あたし1人がそれについて行けなかった。
いつまでも子供なのは自分だけで周りはドンドン大人になってる……と思ったら、焦りとも不安ともつかないような感情がモクモクと湧き上がってきた。
そんなことを悶々と考えていたせいで、あたしは肝心なことをすっかり忘れて週明けの衣替えを迎えてしまった。

2時間目の算数の時間だった。
後ろの席から手紙が回ってきた。ノートの端を破ったような紙が折りたたまれている。
「誰?」
と後ろの子に小声で聞いても、
「さあ?」
と首を傾げている。
誰だろう?
紙を開いて内容を確認する。直後、あたしは慌てて前屈みになった。
―――おっぱい、丸見え―――
手紙にはそう書いてあった。
あたしは先週言われた忠告をすっかり忘れて、ブラジャーやタンクトップを着ることなく素肌に指定のシャツを着てしまっていた。
……誰?
あたしが目線だけ周りに走らせていたら、すぐ隣のヤジマがこっちを見ていることに気が付いた。
ヤジマはあたしの顔を見ていたわけじゃなかったから、目だけ動かしているあたしにすぐには気が付かなかったみたいだ。
……まさかこの手紙… こいつ?
いや、そんなわけないか。ヤジマが手紙回したりしてたらすぐ隣りのあたしに気付かれるに決まってるもんね。
ヤジマはあたしの胸の辺りを見ていた。けれどすぐにあたしの視線に気が付いて、慌てて顔をそらした。
自分の顔に血が上るのが分かる。
もう先生が黒板に書いている図形もクシに刺さったおでんにしか見えない。
全く授業に集中出来ないままなんとか算数の時間が終わった。
とりあえず保健室行こう。保健の先生なら何とかしてくれるかも……
あんな手紙が回ってきて、平気でそのあとの授業なんか受けていられない。
自分じゃそんなに気付かなかったけど…… や、やっぱり目立つのか…な?
あたしが慌てて廊下を歩いていると、いつもヤジマとつるんでいる男子が廊下の水飲み場の所に何人かかたまっていた。
……やだなぁ。早く通り過ぎよ。
あたしが足早に横を通り過ぎようとしたとき、急に水しぶきが飛んできた。
「きゃっ! つ、冷たっ!!」
な、なに?
驚いて飛んできた方向に顔を向ける。水飲み場にいた男子たちが、蛇口の所に指を当ててあたしに水をかけたみたいだった。
「ちょっとっ!! 何すんのよっ!!」
一瞬のうちに頭に血が上ったあたしは、自分の格好もかえりみずにその男子たちに向かって行ってしまった。
「ホラ―――っ!! やっぱりこいつノーブラだよっ! つか丸見えじゃん!! ラッキー♪」
あたしはやっと、男子たちに水をかけられてシャツが肌に張り付いていることに気が付いた。
「や、やだっ」
思わずその場にしゃがみ込む。
「おっぱ〜い丸見〜え♪ おっぱ〜い丸見〜え♪」
男子たちがあたしを囲んではやし立てた。
その声にクラスの何人かが廊下に出てきた。その中にヤジマの姿もある。ヤジマは驚きに目を見開いてあたしのことを見ていた。
……どうせ一緒になってバカにするんでしょ?
とあたしが俯いたら、
「やめろっ!!」
と誰かが背後から駆け寄ってきた。
ふわり、と頭からシャツを被せられた。
「テメーらっ! ふざけんなよっ!!」
あたしは恥ずかしさで顔が上げられなかった。だから誰がシャツをかけてくれたのか分からなかったんだけど……
この声は…… まだ声変わりもしていない、この甲高い声は……
あたしはそのまま何人かの女子に連れられて保健室に行った。
「千葉くんね、もの凄い顔して怒ってたよ」
一緒に来てくれた女子に教えられた。
やっぱり……あれメグだったんだ。
「でも、1人じゃやられちゃったんじゃない?」
とあたしが聞くと、
「うん。でもそのあとすぐヤジマも加勢して、二人で水かけた男子たちのことやっつけてたよ」
「うんうん! すごかったよね〜! 水かけた男子たちはサイテーだけど、千葉くんとヤジマはちょっとカッコ良かったよ!」
「そうそう! 千葉くんって弱そうに見えてたけど、最近なにげに男っぽいところ出てきたよね? この前もさぁ…」
あたしを囲んで女の子たちがきゃあきゃあと騒ぐ。
あたしはその日早退することになった。とてもじゃないけどその後の授業を受ける勇気がない。
体操服で家に帰ったらお母さんがビックリしていた。
「どうしたの?」
と驚くお母さんに、
「……ブラジャー買って」
と一言だけ言うと、あたしはそそくさと自分の部屋にこもった。
ベッドにもぐりこんで水をかけた男子たちの顔を思い浮かべる。
サイッテー!
呪ってやる… 絶対呪ってやる……
こっくりさんか? それとも不幸の手紙でも出してやろうか?
そんなことを考えていたら、あたしはいつの間にか眠ってしまったみたいだった。

「……ゆ? ……まゆ?」
という声に目を覚ます。
「ん……」
部屋の中が薄暗くなり始めている。時計を見たら6時を過ぎていた。
「真由?」
あたしはベッドから降りて声がする方に向かった。ベランダの戸を開け、
「メグ?」
と声をかける。
あたしとメグの部屋は隣り合ってるんだけど、メグんちのベランダとの間に仕切りがあるから顔は見えない。
その仕切りには、非常時に突き破って隣家に逃げられるような説明が書いてあって、小さい頃はよく、
「ねぇお母さん。あれ破っていいでしょ? そしたら簡単にメグんち行ける」
って言って怒られたっけ……
その仕切りの向こうから、
「……真由、大丈夫?」
とメグの心配そうな声。
「なにが?」
わざとそう聞いてやった。あたしはベランダの上がり口の所に腰掛けて膝を抱えた。
メグと話すの久しぶり……
あたしも意地になってなるべくメグと距離置くようにしてたけど、メグだってあたしのこと避けてたよね?
前は登下校も一緒にしていたのに、最近ではそれすらしていない。
そんなふうにあたしを避けるのは、多分ヤジマたちにいじめられたくないからだろうな…と思っていた。
小さい頃からずっと一緒だったあたしを避けるくらいだから、よっぽどヤジマたちが怖いんだろうと思ってたのに……
だから今日、クラスでもちょっとヤンチャな男子たちにメグが向かって行ったと聞いて、あたしはとてもビックリしていた。
「なにがって……」
と言ったままメグが黙り込む。
そうだよね。メグから今日のこと話せないもんね。
多分メグは、あの水をかけた男子たちみたいに、
「おっぱい」
なんて死んでも言えるワケがないから。いや、単語そのままが言えないだけじゃなくてそれっぽいことすら言えない気がする。
メグが黙っている間あたしも黙っていた。
しばらくそうしていたら、
「明日、さ…」
ぽつりとメグが言った。「ちょっと寒いって」
「? そーなんだ?」
今日のコト話しづらいのは分かるけど、いきなり天気の話? 話それ過ぎじゃない?
「だ、だから……」
メグが口ごもる。「……制服の下にタンクトップとか? 着た方がいいかもねっ」
「―――ッ!!」
それって……っ
メグにしたらそうとう勇気いるセリフだったんじゃない? 今の。
そう思ったら鼻の奥が痛くなってきた。
やだ… 泣きそう……
今日廊下で男子たちに水をかけられたときですら泣かなかったのに。
良かった…… 小さい頃この仕切り破ったりしなくて。こんな泣きそうな顔、メグに見せらんない。
「……真由? もしかして泣いてる?」
鼻をすする音を聞かれたみたい。
「な、泣いてなんかないよっ!」
あたしが強がってそう言うとメグは一瞬の沈黙の後、
「……ならいいんだけど」
とだけ呟いてそのあとはまた黙り込んだ。
「ねぇ、メグ……」
「ん?」
「明日…一緒にガッコ行こ?」
あたしたちは久しぶりに一緒に登校する約束をした。
あたしはその日、なんだかドキドキして眠れなかった。
いつもあたしの後ろに隠れていたメグがなんだか男の子に見えて……
いや、元々男の子なんだけどさ。
なんか、メグミっていう名前が女の子っぽいし見た目も可愛らしい感じだから、つい妹のように扱っちゃってたところあったけど……
突然今日の保健室での女子たちの会話を思い出した。
「なにげに、男っぽいところあるよね〜」
とか言ってたけど…… もしかしてあの子…メグのコト好きなのかな?
なんかやだな…… そういうの。
メグにはずっとあたしの幼馴染でいて欲しい。
いられるよね? だってお隣さんだし……

次の日は、予想最高気温が25度を超えるっていう日だったけど、あたしはメグに言われた通りタンクトップを着て行った。
……まだ、お母さんにブラジャー買ってもらってないし。昨日の今日だからしょうがないけど。
学校までの道をメグと並んで歩く。
「またあのヤジマとかバカ男子たちが何か言ってきたら面倒だな〜」
あたしは足元の小石を蹴飛ばした。
ま、なんか仕掛けてきたら逆にやっつけてやるけどねっ!
「大丈夫だよ」
今までからは想像出来ないような、しっかりとした口調のメグ。
「なにが大丈夫なのよ?」
ちょっと驚きながらそう聞くと、
「昨日からヤジマとクボタたち仲間割れしてるし。それになんか変なコト言ってきたらボクがやっつけてあげるから!」
どきっ!
昨日のこともあって俄かに胸の動悸が激しくなる。
待って待って? あたしなんでドキドキしちゃってんの?
「…な、何言ってんの〜? なんかメグ男っぽいじゃ〜ん?」
とあたしがふざけても、メグは真面目な顔で、
「っていうかさ、ボク男だし。真由も女の子なんだから…もうケンカとかやめた方がいいよ」
と言ってあたしを振り返る。「これからだって、何かあったらボクに言いなよ」
……やっぱりメグ変わった。
どうしよう…… ドキドキが止まんないよ……
―――はっ!
こんな近く歩いてて心臓の音バレないかな!?
あたしは慌てて立ち止まった。
「? どーしたの? 遅刻しちゃうよ?」
メグが眉間にしわを寄せる。
「う、うん」
と言いながらもあたしが足を動かせないでいると、
「ホラ、行こ?」
とメグがあたしの手を取って歩き出した。
ひゃ―――っ!!
つい最近までなんの意識もしないでメグと手を繋いでいたけど……
ダメだ! なんか変に意識しちゃう!
でも、振りほどく方がもっと不自然だよね? 今まで繋いでたのに……
結局ドキドキが治まらないまま学校についた。
さすがに校内では手を繋がなかったけど、メグと一緒に教室へ向かう。
階段を上って教室に近づくと、なんだか教室内が騒がしいのに気が付いた。
「やめろよっ!」
という怒鳴り声も聞こえる。
ん? なんだろう? 今のってヤジマの声だよね?
胸に不安を抱きながら教室に入る。
「お、おはよ……?」
あたしとメグが教室に入ったら、そこにいた全員があたしたちを振り返った。
「ホラ―――っ! やっぱり一緒に来たぁっ!!」
昨日、あたしに水をかけた男子の1人が声をあげた。「ヤジマは失恋決定!」
「うるせーなっ! だからそんなんじゃねって言ってんだろっ!!」
な、なに? 何の騒ぎなの?
あたしは周りを見渡した。黒板に目が止まる。
黒板に書いてあった内容を理解した途端、驚きと恥ずかしさで一瞬のうちに頭に血がのぼった。
黒板にはあいあい傘が二つ書かれていて、そのどちらにもあたしの名前が書いてあった。
片方がヤジマで、もう片方がメグ。
な、なによ…… コレ…ッ!!
あたしは動揺を悟られないようになるべく普通に黒板に近づくと、黒板消しで二つのあいあい傘を丁寧に消した。
バカ男子たちはそれを止めはしなかったけど、あたしが黒板を消している間、
「市川は結局どっちと付き合うんだよ〜? ヤジマ? それとも千葉?」
としきりにはやし立てていた。当然だけど無視した。
けれど、バカ男子たちはしつこくあたしの周りを衛星のように回りながら、
「どっちと付き合うんだよ?」
と喚いている。
視界の端に、昨日保健室でメグのことをいいと言っていた女の子が複雑な顔であたしのことを見ているのに気が付いた。
……ちゃんと否定しとかないと今度は女子にも嫌われる?
「つ、付き合わないよっ!」
あたしは気が付くとそう怒鳴っていた。「ヤジマともメグともっ! どっちとも付き合わない!」
「なんでだよ〜」
またバカ男子が騒ぐ。
「だ、だって…… 理想と全然違うもんっ!」
メグが驚いた顔をしてあたしを見つめていたけど、止めることが出来なかった。
「せ、背が高くてスポーツが出来て……で、勉強も出来てそれで顔もカッコいい人! それがあたしの理想だもんっ! ヤジマやメグとは全っ然違うっ!!」
「そんなパーフェクトな男がお前なんか好きになるわけねーだろ!」
バカ男子が突っ込んだら、他のみんなが笑った。
あ…ちょっと今険悪なムード、和らいで来てない?
「そんなことないよっ! 絶対そういう彼氏見つけるもん! あたし完璧主義者だから!」
「じゃ、千葉はなんなんだよ? お前らいっつも一緒にいるじゃん。今朝だって一緒に来たし」
「そ、それは…」
メグを気に入っている女の子があたしを見つめる。「…幼なじみ? っていうか子分? ……っていうか家来ッ!?」
あたしはなんとかその場の空気を和ませようと、必要以上におどけて見せた。
バカ男子や他のクラスメイト、女子まで一緒になって笑っていた。
なんとなくあいあい傘の件はうやむやになり、朝の会のためにみんなが席に着きはじめた。
よ、よかった…… ホッと胸をなで下ろす。
メグとヤジマだけが笑っていなかったけど、ヤジマなんかどうでもいいしメグは帰ってからフォローすればいいと思っていた。
その日の放課後、本当はメグと一緒に帰って朝のことを説明したかったんだけど、またバカ男子にからかわれたらイヤだしメグのことを気に入っている女子の目も気になったから、あたしは1人でウチに帰った。
自分の部屋にこもりメグが帰ってくるのを待つ。
「……メグ?」
メグが部屋に入ってきたらしいことを物音で確認出来たとき、あたしはベランダ越しにメグを呼んでみた。
「………」
……返事がない。
あれ? 今誰かメグの部屋にいるよね? 物音聞こえるし……
もしかしてオバさん?
と思ったら、遠くからオバさんがメグを呼ぶ声が聞こえた。
「今宿題やってるからあとで〜」
すぐそばからメグの返事が聞こえた。
なんだ… やっぱり部屋にいるんじゃん。
「ねぇ、メグってば!」
聞こえなかったのかと思い、今度はもうちょっと大きい声でメグを呼ぶ。 ……けれどやっぱり返事がない。
「……なによ。今朝の教室でのコト怒ってんの? あんなの冗談に決まってるじゃん!」
胸に不安の雲が広がってくる。「ねぇ、メグッ!!」
……とうとうその日、メグはあたしの問いかけには一度も返事をしてくれなかった。
次の日も朝早くメグんちに行ったんだけど、メグはもうとっくに家を出ていたらしくつかまえられなかった。
学校に行ってもメグは完全にあたしを避けていた。
露骨な無視はしなかったけど、先生からの連絡なんかを伝えても、
「そう」
とか、
「分かった」
くらいしか返事をしなくなった。
……ああーっそっ! もういいよっ!!
あたしだってもうメグなんか知らないからねっ!
誰かにいじめられても、もう助けてあげないんだからっ!!
宿題で分かんないとこがあっても教えてあげないよっ!? それでもいいのっ!?
―――それからあたしたちは、本当に口をきかなくなった。

メグは、顔は相変わらず女の子っぽい可愛い顔していたけど、5年の終わりごろにはあたしと身長が並んだ。
勉強だって、いつもあたしの方がテストの点も良かったのに、少しずつメグがあたしに追いついてきて、算数では完全に勝てなくなってしまった。
6年になるとメグはミニバスを始めた。あたしたちの小学校には、吹奏楽部、合唱部、それからミニバスケ部の3つだけ部活動があった。
特にミニバスケ部は市内の小学校の中では1、2番に強いチームで、
「どうせメグなんか入ってるだけで、試合になんか出させてもらえないよ」
と思っていたんだけど…… 最低出場させなきゃいけない10人には入っていなかったけど、ベンチ入りする15人のレギュラーにはなっているみたいだった。
信じられない……
あの、いつもあたしの後ろに隠れるようにしていたメグが… あたしより先を歩いてる……
中学になるとその差はもっと歴然としてきた。
引き続きバスケ部に入ったメグは1年の後半からベンチ入りメンバーに選ばれていて、コンスタントに試合にも出させてもらっているみたいだった。2年になってからは即スターターの5人に入った。
背もぐんぐん伸びて、いつの間にか列の一番後ろになっていた。
バスケばっかりやってて勉強の方はついていけてないんじゃ……と思っていたら、中間や期末テストの結果が張り出される上位30人の中に必ず名前が載っていた。
元々女の子みたいだった顔は、長いまつ毛や通った鼻筋なんかはそのまま残し、そこに男っぽさが加わって……
そうなると女子が放っておかなかった。
中学在学中、一体何人の女子がメグに告白したか。あたしが知ってる限りでも8人はいたもんね。
それに比べてあたしは……成績は中の中だし(ときには中の下に)運動神経も目だっていいわけじゃない。
成長も6年生のまま止まってるんじゃ?って疑いたくなるくらいで、色っぽさのかけらもない。
『もうメグは〜! そんなんだから、ダメなんだよッ!』
なんて言っていた小学校時代の自分が恥ずかしい。今は立場まったく逆!!
だからメグから目を背けた。眩しくて見ていられなかった。
家が隣同士なのはまだ中学生のあたしにはどうしようもないことだけど、せめてそれ以外ではメグが視界に入らない生活をしよう。
そう思ったあたしは、家から大分遠い高校を受験することにした。
あたしの成績でいったら少しレベルが上の高校だったけど、死に物狂いで勉強した。受験勉強している間はメグの事を考えなくて済むからちょうど良かったかもしれない。
そして春になり、あたしはなんとか志望校に滑り込むことが出来た。
メグから離れたこの高校で、カッコいい彼氏作って高校生活をエンジョイするんだ!!
と意気込んで迎えた入学式でメグの姿を見つけたときには、本当に心臓発作でも起こして倒れそうだった。
な、なんで、ここにいるの?
ここ、メグの学力からいったらかなり下の学校だよね?
特別バスケが強い学校ってワケでもないよね?
なんでなんで―――っ!?

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