@ ビミョーな関係
『一緒に帰ろう(^・^) 放課後、校門を出たところで待ってる。陸』 昼休み。親友の麻美と一緒に屋上でお昼を食べているとき、ポケットのケータイにメールが届いた。 また陸からだった。 もう、今日何通目? あたしはポケットにケータイをしまいかけて、やっぱり返事をすることにした。 いつもは放っとくんだけど。 だって、陸からのメールって、 『今数学。眠い(-_-)zzz』 とか、 『朝食ってなくて腹減った(´o`;)』 とか、 『あ〜!結衣とチュウしたい(^з^)♪』 とか…… そんな内容ばっかりで、なんて返信していいのか困る内容だったから。 あたしはちょっと考えてから、 『分かった』 とたった4文字だけ送った。 「なんか最近メール多いみたいだけど。もしかして……新しい彼氏とか?」 |
麻美がからかうような目線を向けてくる。 「ち、違う違うっ! ……と、友達? そう、友達っ!」 あたしは慌てて首を振った。 あたしの名前は村上結衣。 この桜台高校普通科の3年。特になんの取りえもない、多分フツーの女の子。 勉強も容姿も並みの並で、校内でも…いや、クラスでも目立たない方だと思う。どっちかというと。 でも麻美に言わせると、 「結衣は全然フツーじゃないわよ。その天然っぷりっていったら国宝級じゃない?」 ということらしいけど…… 天然って何が? ちょっと言い間違いとか多いかもしれないけど、そんなにボケてるつもりはないんですけど…… それに、このちょっとボケたところを可愛いって言ってくれた人もいるんだから! いや、「いた」って言った方が正しいかも…… 先月別れた元カレの杉田先輩。 先輩は京都の大学に行ってしまい、遠恋はお互いツライだけだから別れよう、とあたしはフラれてしまった。 しばらく泣いて、自慢だった髪もばっさり切り落として、なんとか忘れようとはしてるんだけど…… ……すぐには無理みたい。 あたしは先輩にもらった指輪をいまだにカバンの奥にしまっていた。 この前まではネックレスチェーンにぶら下げて制服の下にしていたんだけど、最近は出来なくなってしまった。 ……陸のチェックが入るから。 陸とは10日ほど前から付き合っている……のかな? なんか成り行き……というか、陸の強引な誘いで始まってしまった微妙な関係。 あたしたちの通う桜台高校は普通科と商業科があり、土地の関係上今までは2つの科が別々な土地にあった。 それがこの4月から、普通科の隣りの空いた敷地に商業科が引っ越してきた。 商業科はすごく荒れていて、風紀の乱れを心配した学校側は急遽、風紀委員なるものを作り出し、トロ臭いあたしはあっという間にそんな面倒な委員に任命されてしまった。 その風紀委員の見回りのときに商業科2年の陸(フルネームは今野陸っていうんだけど)と知り合い、色々あって今の関係にいたる。 でもなんか……付き合ってるって感じがしないんだよね。 とりあえず…っていうのも変だけど、キスは何回かしてる。―――って、陸が強引にしてくるだけなんだけどっ! あたしはキスって、付き合っている恋人同士がするものだと思ってるけど、陸は……違う気がする。 だって、陸は沢山の女の子とお付き合い…っていうか手当たりしだいなんじゃないの?って聞きたくなるぐらい付き合ってそうだから。 きっと声をかけてくる女の子はいっぱいいるはず。 実際人気があるみたいで、あたしと同じクラスの女子も陸のことをチェックしていた。 それにこの前なんかは、別に彼氏がいるっていう女の子に誘われて、その……陸が、エ、エッチしてるところに居合わせたこともあるっ! そんな陸だから、いくら、 「今日からオレが結衣のカレシね!」 と言われても、どこまで本気にしていいんだか分からない状態だった。 まあ、こあたしも杉田先輩のことを忘れられずに未練がましく指輪なんか持ち歩いてるんだから、お互い様なのかもしれないけど…… あたしがぼんやりと陸のことを考えていると、 「……もしかして復活したの?」 と麻美が食べ終わったお弁当箱を片しながら聞いてきた。 「復活って?」 「杉田先輩。メール先輩からなんじゃないの?」 「ちがうよー」 とあたしは否定したんだけど、麻美は、 「べつに隠さなくてもいいよ。結衣たちが別れたときあたしかなりボロクソに言ってたもんね、杉田先輩のこと。ヨリ戻ったのに言いにくい?」 と勘違いしている。 「違う違う! 本当に先輩じゃないからっ!」 ホント〜?と麻美は窺うようにあたしの顔を覗き込んで、 「でも、なんかあったら相談しなさいよ? 結衣って一人で悶々と考え込むタイプでしょ」 「そうかなー…」 「そうよ! で、考え込めば込むほど悪い方に流れていくっていうね」 と最後には冗談っぽく笑った。 あたしは、ひどーい、と同じく笑いながら麻美の肩を叩いた。 麻美が本気であたしのことを心配してくれているのが分かって嬉しかった。 けれど、嬉しいのと同じ分だけ胸も痛んでる。 ……内緒にしている、陸とのこと。 あたしたち普通科の生徒は商業科のことを、 「ロクでもない!」 とあからさまに鬱陶しがっていた。もちろん麻美も。あたしだって最初はそう思ってたし。 もしかしたら麻美は、 「好きなんでしょ? だったら学科なんかカンケーないんじゃない?」 と言ってくれそうな気がしないでもない。 色々あって、陸はタバコを吸ったりはするけれど根はそんなに悪い子じゃないって分かってきたし…… あたしも多少の好意は持っていると思う。 でも、まだまだ中途半端な気持ちなことはたしかで、とても「学科なんかカンケーなく陸のことが好き!」ってそこまで言えるような状態じゃなかった。 普通科とか商業科とかそれ以前の問題なんだよね。 そんな半端な気持ちのまま麻美に報告は出来なかった。 メールのことを曖昧に誤魔化せたところで昼休み終了のチャイムが鳴った。 「そういえば結衣、塾どうした?」 「うん。この前のことがあって…ちょっとまだ保留」 「そっか」 そんな話をしながら教室に戻ると、入り口のところに五十嵐くんが立っていた。 「ああ、村上さん。さっき風紀委員の連絡が来たんだけど、今日の放課後ミーティングだって」 「えっ!? そうなの?」 どうしよう、陸に一緒に帰れるって返事したばっかりなのに…… 「……なんか用事とかあった?」 メガネの奥の瞳が探るようにあたしを見る。 「え? ううん、べつに大した用事はないけど……」 「……じゃ、視聴覚室でやるっていうから」 「分かった。視聴覚室ね」 仕方ない。陸には先に帰ってもらお。 五十嵐くんは言うべきことが終わったら、もうあたしに用はないといった感じに踵を返した。 「……結衣。もしかして五十嵐となんかあった?」 一緒にいた麻美が視線は五十嵐くんの背中に向けたまま言う。 「え? 別に何もないけど……なんで?」 「なんか…、冷たさっていうかそっけなさに拍車がかかってるような気がしたから……」 麻美はちょっとだけ五十嵐くんの方を見ていたけど、ま、元々無愛想な男か、と言って教室に戻って行った。 実は麻美には陸とのことを内緒にしているんだけど、五十嵐くんにはあたしと陸が知り合いだという事はバレてしまっていた。 五十嵐くんはあたしが陸と親しくなることに難色を示していたけれど、周りの誰にもそのことを言いふらしたりはしないでくれていた。 ……まさか付き合い始めることになったとまでは思っていないだろうけど。 あたしも教室に戻り、席に着くとカバンからケータイを取り出して陸にメールを打った。 ごめん、やっぱり先に帰って…… 送信っと。 なんかすぐに返事がきそう。 なんで? とか、待ってる、とか。 バイブレーターに設定してカバンにケータイをしまったとき、何気なく前方に目を向けたら斜め前に座っている五十嵐くんと目が合った。 ……メール打ってたところ見てたのかな? 五十嵐くんはすぐに顔を前に戻した。 「えーそんなわけで、今週末からGWに入るわけだが……」 と言いながら風紀委員顧問の川北先生が机の間を歩く。「長期の休み明けは特にダレる者が多く、当然風紀も乱れがちだ! よって校門前で抜き打ちチェックを行うことにした。俺一人では全ての生徒をチェックする事は不可能だからお前らにも一緒にやってもらう」 そう言って、3年!とあたしたちの方を見た。 |
あたしたち3年の風紀委員はうんざりした気持ちを顔に出さないようにしながら、川北先生の次の言葉を待った。 「連休明けの月曜、3年は全員7時半集合だ。遅れるなよ!」 この川北先生は、風紀を乱すものは上から押さえつけろ! それには年長者が適任だ! と考えている人で、よくあたしたち3年を出動させている。 受験生なのに……と3年の誰もが思っているけれど、反抗できる生徒はいなくてみんな黙って言うことを聞いている。 そのあといくつかの注意事項や連絡事項が続き、やっと解散になったのは会議が始まってから1時間近くもたった頃だった。 「はぁ。連休明けに7時半登校ってツライよねぇ。五十嵐くん、お休みはどっか行くの?」 「べつに。ウチで本読んだりとか?そんな感じ。村上さんは?」 「あたしも特に予定はないなぁ。麻美と買い物とか? ま、麻美が暇だったらだけど」 「麻美って渡辺さん?」 「そう、よく知ってるね? …って1年のとき同じクラスだったんだっけ?」 帰り支度をしてミーティングに出ていたから、あたしたちはそのまま昇降口へ向かった。 靴を履き替え校門に向かうと、なんと陸が校門の外側の壁にもたれかかるようにして立っていた。 耳にイヤホンがついているところをみると、何か音楽を聴いているのかも知れない。 |
陸はまだあたしに気がついていなかった。 先に帰っていいってメールしたのに…… きっと下駄箱に靴が残っていたのを見て待ってたんだ。 1時間近くもこんなところで? なんかご主人を待っている犬みたいで…… ちょっとかわいい。 あたしが陸に歩み寄ろうとしたとき、 「じゃ、村上さん。また」 と五十嵐くんが足早に駅の方に歩き出した。 忘れてた! 五十嵐くんがいたんだった! 「あ、またねっ!」 あたしは慌てて五十嵐くんの背中に手を振った。五十嵐くんは振り返りもせずに歩いて行く。 もしかして…付き合ってるって思われたかな…… なんとなく複雑な気持ちを抱えたまま、 「陸?」 と陸の腕を叩く。 陸はハッとしたようにあたしの方を見ると、 「結衣〜♪」 とイヤホンを外し、両手を広げて唇を突き出してくる。 「ちょ、ちょっと待って!? 誰か見てるかもっ!」 あたしは慌てて校門の方を振り返った。 陸はあたしの肩を抱きながら、 「授業終わって大分経つからもう誰も出てこないよ。部活やってるヤツはまだ活動中だし」 でも…、とあたしが言う前に陸は唇を重ねてきた。 こんな、誰に見られるか分からないところで、もうっ!! ……といつも抗議しようと思うんだけど、陸にキスされると頭がボーっとして上手く言葉が出てこなくなってしまう。 あたしはそんなに経験がないから比べようがないけど、それでも杉田先輩としたキスと陸のそれとはあきらかに違うっていうのは分かる。 先輩としたときは、いつもガラス細工にでもするような優しいキスばかりだった。 けれど、陸のは……ちょっと激しい気がする。 上手く呼吸が出来なくて苦しくなってくる……っ 「ちょ、ちょっとっ!」 陸が角度を変えようとちょっと唇を離したすきに、あたしは慌てて陸の体を押しのけた。 「なに?」 あたしが息を切らしてるのとは対照的な、落ち着いた顔で聞き返す陸。 平凡で目立たないあたしの顔とは対照的な、整った顔。 子供っぽくて男子に相手にされないあたしと、女の子に人気がある陸。 あたしは陸を除いては杉田先輩としかキスした事ないけど、きっと陸は両手じゃ数え切れないくらいの子としてるに決まってる。 なんか……自分と陸との違いに今更ながらに気付く。 なんで陸はあたしなんかに声かけてきたんだろう? 他にも可愛い子いっぱいいるのに。 実際、陸がいる商業科の女の子たちはオシャレで可愛い子が多い。そんな子達と時々廊下ですれ違うときも、こっちの方が上級生だっていうのに廊下の端に身を寄せてしまっているあたしがいた。 「……」 急に、恥ずかしさと惨めさがごちゃ混ぜになったような感情がムクムクと湧き出してくる。 「……なんか、すごい慣れてるよね」 「ん?」 突然不機嫌になったあたしに陸が戸惑う。「なんのこと?」 「キスっ! すっごく慣れてる感じじゃない!」 「え? どうしたの? 急に」 陸が困ったような表情であたしの顔を覗き込んだ。 「急にじゃないよっ! 前から思ってたの! 絶対慣れてるっ!」 と言いながら、たかがキス程度で騒いでるって思われているようで、余計に恥ずかしくなってきた。 でも、今さら引っ込みがつかなくて、 「こっちの都合も聞かないでさ、いつもイキナリするじゃないっ!」 「結衣?」 「抵抗できないこと知ってて…… ズルイよ!」 「結衣ちゃ〜ん?」 「あんなキスされたら何も考えられなくなっちゃって……困るよっ!」 初めてキスされたときなんかあまりのショーゲキで気を失ってしまったくらい。 「結衣」 はじめのうちは抵抗してたんだけど、そのうち頭が真っ白になってきて、それから足腰が立たなくなってきて…… 「結衣」 すぐに気が付いたんだけど、あのときの恥ずかしさっていったらなかった。 「結衣ってば!」 またあのときの恥ずかしさを思い出してあたしは俯いた。 そんなあたしの顎に手をかけて陸が上を向かせる。 |
「ねぇ。それって褒め言葉?」 「……え?」 「何も考えられなくなるほど、オレのキス気持ちい?」 といたずらっぽい目線を投げかけてくる。 あたしはカーッと頭が熱くなってしまった。きっと顔も真っ赤だ! 「し、知らないっ!」 顎にかけられた手を慌てて振り払う。 「結衣…… 可愛いっ!」 陸が自分の胸にあたしの頭を抱え込むようにして、ぎゅっと抱きしめてきた。 なんか、牽制するつもりが余計に陸を盛り上がらせるようなことを言っちゃったみたい…… 結局その後もしばらくキスの雨を降り注がれてしまった。 失神はしないですんだけど。 「結衣! ちょっといい?」 翌朝。 あたしが登校すると、それを待っていたかのように麻美が教室にやってきた。 すでに何回かあたしのクラスに来ていたみたいで。 「やっと来た! 遅いからもしかして休み?とか思っちゃったわよ」 「ごめん! ちょっと朝いろいろあって……」 今日は珍しく早起きをしていた。 いつもはお母さんが作ってくれたお弁当か、購買部やコンビニで買ったパンをお昼にすることが多い。 けれど今日は珍しく自分でお弁当を作っていたせいで、早めに起きたにもかかわらず遅くなってしまった。 実は昨日の帰り、 「え? 陸っていつもパンなの?」 「うん。購買部かコンビニで買う」 「なんで? お母さんお弁当作ってくれないの?」 「母親の弁当なんか恥ずかしいじゃん。ってか作ってくれって言いにくい」 ……男の子ってそうなの? 弟の祐樹なんかは、 「鮭とかタラコとかじゃなくてさ、肉入れてくれよ、肉!」 なんてお母さんに文句言いながらも、毎日持って行ってるけど…… 「中学のときは作ってもらった事あるけど、高校入ってからは1回もないな」 「……作ってあげよっか?」 思わず言ってしまった。 「え?」 陸が驚いてあたしの方を見る。「結衣が?」 あたしは慌てて、 「あ、でもあたし料理上手じゃないからねっ!? チンとか?たくさん使うかも!? それでもいいならっ!」 と言い訳めいたことを早口に言った。陸は驚きに目を見開いて、 「それでもいいよ! ってかマジで? オレに作ってくれんの? 結衣が!?」 陸のあまりの喜びように逆にこっちが驚いてしまった。 「ねぇねぇ。結衣んちの玉子焼きって甘い?」 「……うん、砂糖入ってる。甘いのダメ?」 「オレ、甘い玉子焼き好き!」 なんて言いながらはしゃいでいた陸。子犬みたいだったなぁ…… 「麻美んちの玉子焼きって甘い? 砂糖入ってる?」 あと5分でSHRが始まるっていうのに、麻美はあたしを屋上にまで連れてきた。 「玉子焼き?」 麻美はちょっと首をかしげながら、「あたしは甘いのはおかずにならない感じがして、あんまり好きじゃないけど」 それがどうしたの? といった感じに眉を寄せる。 あたしは、 「ううん! なんでもないっ!」 と首を振った。「ところで何? わざわざこんなところに来て。もうすぐSHR始まるよ?」 麻美は気を取り直すように軽く深呼吸すると、 「……結衣さ、最近商業科の子と親しくしてるんだって?」 と眉間にしわを寄せてあたしを見た。 「え…… ええっ!?」 あまりに急だったから、ポーカーフェイスもなにも出来なかった。 |
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