パーフェ☆ラ 第6章

A 流砂


「え・・・?」
メグが驚いた顔であたしを見下ろす。
「だから・・・ 部活終わるの、待ってる!」
「待ってるって・・・ 終わるの8時だぞ?」
「いい。 待ってる」
メグはちょっとだけ困った顔をした。
「ラブラブじゃん。 待ってもらえば?」
放課後。
メグと文化祭準備の件で話をしていたミドリが、冷やかすようにあたしとメグを交互に見ている。
「や・・・ でも、暗くなんの早いし、そんな時間まで1人で残ってんの危ねーから」
「大丈夫だもんっ!」
なおもあたしがそう言ったら、メグはちょっと怖い顔をして、
「大丈夫じゃねぇ。 先帰れっ!」
とあたしを睨んだ。
―――黙って俯く。
だって、一緒に帰りたいんだもん。
少しでもメグと一緒にいたいんだもん・・・
あたしが意地になってメグの前で俯いていたら、ミドリが、
「んじゃ、あたしも一緒に残ってやるよ。 まだやること残ってるし、それやりながら? だったらいーだろ?」
ミドリの申し出にメグが驚く。
「8時だぞ? 4時間近くあるぞ?」
「いいよ、別に。 真由から恋バナでも聞かせてもらうから〜♪」
ミドリがニヤニヤしながらそう言ったら、メグは眉間にしわを寄せた。
メグとミドリのそんなやり取りにも・・・ 気持ちがざわつくあたしがいる。
・・・・・ホントに最近、メグとミドリの仲がいい気がする。
文化祭準備の班が一緒だからっていうことを差し引いても、やっぱり前より仲いい。
なに・・・?
なんで急に仲良くなっちゃったの?
そんなざわついた感情が、ここ2、3日あたしを支配している。
いつもは、メグの帰りなんか待っていたりしない。
なのに、そのざわついたものがあたしにそうさせる・・・・・
・・・2人の間にラブな関係があるなんて思ってない。
ノリ的には涼との関係と同じだし。 メグだって、男同士みたいなもんって言ってたし・・・
でも、頭ではそう分かっているのに、感情がついていかない。
今まであたし以外の女子には王子様だったメグが、ミドリには素を見せはじめてるって思ったら・・・
焦るような・・・ イラつくような・・・
そんなドロドロした感情がお腹の中に渦巻いてくる。
こんな感情、生まれて初めてだ。 ものすごく・・・ 気持ちが悪い。
メグもミドリも大好きだ。
なのに、なんでこんなに気持ちが悪いんだろう・・・
「ったく・・・ 余計なこと話すんじゃねーぞ?」
そう言いながら、メグが教室を出て行こうとする。
「・・・・・・あ、あたし、ひとりで待ってるからいいっ!」
「は?」
突然あたしがそう怒鳴ったら、ミドリとメグが同時に振り返った。
「ひとりで待てるから・・・ だから、ミドリは帰っていい」
「だから・・・ ひとりでそんな遅くまで残ってんなっつってんだろ? だったら先帰れ」
「やだっ! 待ってる!」
「お前なぁ〜〜〜」
メグがうんざりした声を出しても、やめられなかった。
こんなのワガママだ。
ううん、ワガママどころか、ただメグを困らせるためだけの嫌がらせにしかなってない。
あたしのために一緒に残ると言ってくれたミドリも戸惑った顔をしている。
彼氏と友達、両方を困らせている・・・
なのに、どうしていいのか分からない。
「え〜〜〜と・・・ んじゃ、あとは2人でやってくれる? あたし、やっぱ先帰るわ」
ミドリはそう言うと、カバンを持って教室を出て行ってしまった。
せっかく気を使ってくれたのに・・・・・
そう思うのに、ミドリに謝ることも出来なかった。
「・・・・・どうしたの?」
「どうもしないよ・・・ ただ・・・メグと2人でいたいだけ」
メグはちょっとだけ笑って、
「そんなの・・・ 帰ったら会えんじゃん」
「・・・ベランダ越しに、じゃん。 お母さんたちいるから、あんま話すことも出来ないし・・・」
メグがあたしの頭に手を乗せて顔を覗き込んでくる。
「マジでどーしたの?」
「・・・だから、どーもしないって」
メグは困った顔のまま、
「ん〜・・・ でも、今日は先帰れ。 やっぱひとりで残ってんのは良くない。 成田も帰っちゃったし」
と、子供をなだめるみたいにあたしの頭をなでてきた。
「バカっ! 帰れっつってんだろっ!?」
っていつもみたいに怒鳴られたら、
「やだっ! 待ってるって言ってんじゃん!!」
って言えるのに・・・
そんな優しくされたら、言うこと聞くしかないよ・・・
落ち込んだまま、結局ひとりで先に帰ることになった。

―――ホントに、何やってんだろ? あたし・・・

メグにつり合うようないい女になりたいって思ってたところなのに・・・
こんなんじゃ、つり合うどころか 逆にメグに迷惑かけるイヤな女になってる・・・
ミドリにだって・・・・・
―――ダメだ。 こんなドロドロした感情、さっさとなくさないと。
・・・・・明日、ちゃんと謝ろ。 メグにも、ミドリにも・・・

そう思ってたはずなのに。

「メグッ! 荷物運ぶの手伝って!」
とか、
「あたし、メグがバスケしてるところ見たい! 体育館で待ってるならいいでしょ?」
とか・・・ さらにメグを困らせてしまうあたし・・・
特にメグがミドリと話してるときに限って我慢が出来なくなってしまって、そんなことを言ってしまう。
それがヤキモチなんだって、あたしも分かってた。
メグとミドリの間に何もないって分かってるのに、2人を見ると不安で、それからくるイライラで・・・ 自分で自分がコントロール出来ない。
みっともない感情に押しつぶされそうになり、怖くてたまらない。
それを振り払おうともがいてみるけど・・・ 結局はメグを困らせるようなワガママばかりしてしまう。
ホントにどうしちゃったの、あたし・・・
なんか・・・・・
―――泣きそう・・・

「真由、どーした?」
ある日の昼休み。
お弁当を食べ終わったあと、ミドリに屋上まで連れて行かれた。
「・・・え?」
「最近、おかしーもん」
ミドリは眉間にしわを寄せている。
あたしが自分で気付いているんだから、ミドリだってあたしがおかしいのに気付くのも当然かもしれない。
「・・・なにが?」
でも、そう言って流そうとした。
「や・・・ なにがって・・・」
ミドリは一瞬言いよどんだあと、「ぶっちゃけ言うけどさ。 今の真由、よくないぞ?」
「・・・・・よくないって?」
ミドリは眉間にしわを寄せたまま、
「2人がいつから付き合い始めてたのか知んねーけど・・・ いや、真由は今まで我慢してたと思うよ? 色々と・・・ だからその反動なのかとか思うけど・・・」
やっぱり、ミドリはあたしが最近メグを振り回していることを指摘してきた。
「・・・別に。 我慢なんかしてなかったし。 だから、反動なんかないし」
あたしがミドリと視線も合わせないでそう言ったら、ミドリはちょっとムッとした顔をして、
「真由は前向きな明るいとこがいいのに、今の真由は全然そうじゃねぇ。 せっかくみんな千葉と真由のこと認め始めたのに・・・ まだ誰もそんなこと言ってねーけど、今のままいったら、お前絶対女子の反感買うぞ? ちょっと考えろよ」
「そっ、そんなのミドリにカンケーないじゃんっ!!」
自分でも分かっていたことを言われてカッとなってしまった。
「そーだけどさ・・・ でも、また涼のときみたいに女子に囲まれるぞ? それに真由のためにもならない。 女を下げてる!」
ミドリの言ってることが全部本当のことなだけに、余計に素直になれない。
「・・・あたしのためじゃなくて、メグのためじゃないの?」
そのせいで、思ってもいないことが口をついて出てくる。
「はぁ?」
あたしは、ミドリが戸惑うのも構わず、
「ミドリ、最近メグと仲いーもんねっ!? いつも涼、涼って騒いでたけど・・・ ホントはメグのこと好きなんじゃないのっ!?」
「・・・・・お前、なに言ってんの?」
「修旅中だって、2人であたしが分かんない話してたみたいだしっ!」
「は? ・・・・・修旅?」
ミドリは何の話だか分からないみたいだ。
「とにかくっ、ミドリはメグが好きなんだよっ! ハッキリ言えばいーじゃんっ!」
「だからぁ、違うってっ! つか、聞けよ、ヒトの話をッ!」
「もういいよっ!」
押し流される感情のままにあたしがそうまくし立てていたら、
「・・・・・呆れて話になんねぇ」
と吐き捨てるようにそう言って、ミドリは校舎の中に戻って行ってしまった。
「〜〜〜・・・・・ッ」
―――ゴメン、ミドリ・・・
ミドリは全然悪くない。 本当のことしか言ってない。
悪いのはそれを認めようとしないあたしだ。
―――・・・どうしよう・・・
あたし、どんどんイヤな女になってく・・・
そう分かってるけど、どうやったら止められるのか分からない・・・
もがけばもがくほど飲み込まれる・・・ まるで流砂の中にいるみたいだ。

・・・・・助けて。
助けてよ、メグ―――・・・


「え? 今?」
その日の放課後。 部活に行こうとするメグを、話があると言って引き止めた。
「それ、長い? ちょっとオレ今急いでて・・・ 帰ってからじゃダメか?」
・・・今。
今話さないと、あたし不安で死んじゃいそうだよ!
「すぐだから」
あたしがそう言ったら、メグも諦めたようにあたしと向かい合ってくれた。
「・・・何?」
不安に駆られてどうしてもメグと話がしたかったけど、何をどう話すかなんて考えてなかった。
あたしがいつまでも黙って俯いていたら、メグはイライラしたように、
「・・・早くしてくれよ? ・・・つか、もう行っていい?」
と踵を返しかけた。
「ちょ、ちょっと待ってよっ!」
慌ててメグを呼び止める。
「・・・・・なんだよ?」
メグがうんざりしたように振り返った。
こんな顔のメグを見るのは初めてじゃない。 今まで数え切れないくらい見てきた。
なのに今日は、そのメグの表情のせいで余計に不安が大きくなってしまう。
「・・・・・あたし・・・」
どうしよう・・・
その不安を吐き出していいのかどうか、どう吐き出したらいいのか、分からない・・・
「・・・何?」
「あたし・・・ どんどん欲張りになってる気がする」
「・・・は?」
「最近、どんどんイヤな女になっていくのが分かる・・・」
「・・・・・誰もそんなこと言ってないだろ」
突然わけの分からないことを言い始めたあたしを、メグがなだめる。
「言ってなくても、みんなそう思ってるもん! メグだって・・・」
「思ってねーって!」
「ホントのこと言っていいよ!? あたしだって自分で分かるもん! ウザい女だなって!」
「だから・・・ッ!」
あたしがいつまでもグズグズとそんなことを言っていたら、メグが小さく溜息をついた。
「あ! 今、うざっ!って思ってる!!」
「思ってねーよ」
「だって溜息ついた!」
あたしがそう言ってメグを指差したら、メグは一瞬間を置いたあと、今度は大きな溜息をついた。
「・・・なんだよ? 結局何が言いたいわけ? オレはどーすればいいんだよ!?」
どうすればいい・・・って・・・
そんなのあたしが知りたいよっ!
自分でもどうしたいのか全然分からない。 分からなくて、また不安になる。
・・・メグが好きなんだよ。
でも、メグはカッコ良くてモテモテで・・・ 不安なんだよ。
あたしがもっと自信持ててれば・・・ 恭子みたいに焦ったりしないですむんだろうけど・・・
あたしそこまで出来てない・・・
メグにつり合うように頑張ってもいたけど、
「女を下げてる!」
ってミドリにも言われたように・・・つまんないヤキモチのせいで無駄になっちゃってる・・・

―――メグが好き。 ホントに好き。
好きすぎて、苦しいよ・・・

「苦しい・・・」
「は?」
「メグのそばにいると苦しい・・・」
「え・・・」
メグが好きで、メグの全てを自分のものにしたくて・・・
でもそんなことは無理だし、しちゃいけないことだし・・・
理性と感情の渦に巻き込まれる・・・・・
「メグの彼女でいるの、つらい・・・」
メグが修旅の新幹線であたしの隣に座ってくれたとき、本当に嬉しかった。
今まで教室ではあんまり話さなかったのに、それからは普通に話してくれるようになったのも嬉しかった。
あたしが学校で、
「メグ」
って呼んでも、ちゃんと返事をしてくれるのがすごく嬉しかった・・・
けど・・・
メグはどうだったんだろう・・・
あたしはメグが嬉しくなるようなことしてあげられたかな・・・
困らせることしかしてなかったんじゃないかな・・・・・
「・・・・・分かった。 じゃ、別れよう」
「・・・え」
驚いて顔を上げる。
メグは足元に視線を落としたまま、
「オレだって、そんなこと言われて・・・ それでもお前と強引に付き合うつもりはない」
「え・・・ あ、あの、メグッ!?」
「別れよう」
「ちょ、ちょっと待って!?」
あたしが慌ててそう言っても、メグはあたしと視線も合わせないまま、
「・・・話ってそれだけ? じゃぁ・・・ オレ、部活行くから」
とあたしに背を向けて体育館の方に向かおうとする。
「メグ・・・ メグっ!!」
あたしがいくら叫んでも、もうメグは振り返ってくれなかった・・・・・



どうやって家まで帰ってきたんだろう・・・
気が付いたら、制服のままベッドの上に寝転がっていた。
枕がじんわりと濡れていて、気持ちが悪い。
・・・・・何これ・・・
と一瞬枕を見下ろして、
ああ・・・ あたし、泣いてたのか・・・
と今さらそんなことに気が付く。
と同時に、さっきメグに言われたことを思い出した。
ううん。 思い出したっていうのは正確じゃない。
だって、忘れたくたって忘れられない・・・

「じゃ、別れよう・・・」

メグといると苦しいって言った気持ちはウソじゃない。
パーフェクトなメグの彼女でいるのはつらいって言った気持ちも・・・
バカみたいなヤキモチと独占欲からワガママばっかり言って、それをミドリに指摘されてムキになって・・・
どんどんイヤな女になってるのが自分でも分かって、本当につらかった。
けど・・・
「別れよう」
ってメグに言われた・・・ そのことの方が、何倍もつらくて苦しい・・・

メグ、本当に終わりなの?
もうメグの隣にいちゃいけないの?
あたしはメグが嬉しくなるようなことは何一つしてあげられなかったかもしれない。
困らせることしかしてなかったかもしれない。
けど、それでも・・・
それでも、メグの隣にいたかった―――・・・


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