パーフェ☆ラ 第1章

E 非常時!!


「真〜由っ!」
恭子に背中を叩かれた。「どうしたの? またボーっとして・・・」
「・・・へ?」
「へ、って!」
と恭子は笑いながら、「もう、どうしたの〜? ここんとこ、様子おかしいよ?」
なんか心配事でもあるの?と恭子が顔を覗きこんでくる。
あたしは、転校することを誰にも・・・恭子にすら話せないでいた。
「そ、そんなことないよっ!?」
「そお? それならいいけど・・・ 早くお弁当食べないと、お昼休み終わっちゃうよ?」
「え?」
恭子に言われて、今が昼休みで、自分は屋上にいるのだと気が付く。
「ちょっと・・・? ホントにどうしちゃったの? 具合でも悪いの?」
「そ、そんなこと・・・」
と言いかけて、恭子の背後に目が釘付けになる。
メグが屋上にやってきた。
「恭子。 これ女子の部長に渡しとけって頼まれた」
メグがなにやらプリントらしきものを恭子に渡す。
「ありがとう」
恭子はそれを受け取って、「これだけのためにわざわざ来てくれたの?」
「あ〜・・・ まぁ・・・」
と言って、メグがチラリとあたしを見たあと、わざとらしく顔をそむける。
あの、体育館の一件以来、いつでもあたしたちはこんな調子だった。
とうとう、メグとも、絶交したまま別れることになるのか・・・
・・・ふんっ! 離れられて、逆にせいせいするけどねっ!
翌日、朝起きてリビングに行ったら、いつもはまだエプロン姿のお母さんが、スーツなんか着ていた。
「あ、真由。おはよう!」
「おはよ・・・ って、その格好、どっか行くの?」
あたしが目を擦りながらそう聞くと、
「ん・・・ 今日ね、お父さんとちょっと出かけてくるから」
とあたしにトーストを寄越しながら答える。「だから、帰りちょっと遅くなるから、戸締りとか、気を付けてね?」
・・・もしかして、下見に行くの? 今日・・・
いよいよ、あたし、転校するんだ・・・
「ん、分かった・・・」
今日下見に行くってことは、いつ頃引越しするんだろ・・・
なんにしても、早めに言っておいた方がいいよね。
恭子とか、担任とか、津田沼とか・・・ あ、一応ミドリとチハルにも話しておくか。
あたしがそんなことを考えながら学校に行ったら、昇降口の所にメグとバカマネ早坂がいた。
早坂が壁を背にしてメグを見上げている。その早坂の前で腕組をしているメグ。
パッと見、メグが早坂に迫ってるように見える。
・・・ケッ! 朝からいちゃついてんじゃないよっ! 胸焼け起こすっつーのっ!!
メグはあたしに背を向けた格好でいたから、早坂の方が先にあたしに気が付いた。
それまで壁によりかかるようにしてメグと話をしていた早坂が、パッとメグの腕にしがみつき、あたしの方に顔を突き出して舌を出してきた!
ムッカ―――ッ!!
メグも振り返り、やっとあたしに気がつく。
あたしはこのバカップルを無視して、教室に向かいかけた。
あ〜っ! 朝からイヤなもの見ちゃったっ!!
あたしが足早に階段を上っていると、
「おいっ」
と後ろからメグが追いかけてきた。
あたしはほんのちょっとだけ振り返ったけど、すぐに顔を前に向けてさらに足を早めた。
メグが声をかけてくる。
「この前の体育館でのことだけどっ」
ああ・・・ バカマネ早坂がカメラ壊したこと?
「今、早坂とも話してたんだけど・・・ お前、なんか勘違いしてねーか?」
「はぁっ?」
早坂があたしの・・・正確には津田沼のだけど・・・カメラを勝手にいじろうとして、返せって言ったらわざと落としたっていう・・・
そんなシンプルな話、どこでどう勘違いするっていうのよっ!?
あまりの腹立たしさに、無視しきれなくてメグを振り返る。
「・・・あんたねぇっ!? あのバカマネからどう聞いてるか知らないけど、彼女の言うことだからって、何でもかんでも信じないでよねっ!」
「だから、それが勘違いだって・・・」
「大体、あんた目ぇ悪いんじゃないのっ!? あんな女選ぶなんてっ!」 
あたしたちが階段の踊り場でそんなことを言い合っていたら、廊下にいた生徒たちが何事かと集まってきた。
「ちょっ・・・ 話聞けよっ!!」
「どこがいいワケっ? 顔? それともカラダっ!? サイッテ―――・・・イタッ」
メグに頬を叩かれた。 周りで見ていたギャラリーも息を飲む。
叩かれた頬に手をあて、メグを睨みつけた。
「サイテーなのは、お前だろ・・・」
メグもあたしを睨み付けて、「・・・侮辱するなよ。 早坂のことも、オレのことも」
と言い捨てると、さっさと階段を上って教室に行ってしまった。
―――なによっ! サイテーなのはどっちよっ!
あんな性格悪い女と付き合うなんて・・・
・・・か、カラダ目当てに決まってんでしょ・・・
あたしはホントのこと・・・たぶん、本当のこと・・・言っただけじゃん・・・・・・
メグに叩かれた頬が、時間を置いて 今頃ジンジンしてきた。
・・・メグ、すっごく怒ってた・・・
・・・・・・そりゃ、そーだよね。
カラダ目当てで付き合ってる、なんて言われて、怒らない男子なんかいるわけない・・・
あたしがいつまでも踊り場に突っ立っていたら、SHRが始まるチャイムが鳴った。
周りにいたギャラリーもざわざわと散って行く。
「ちょっと、真由? 大丈夫?」
チハルとミドリがやってきた。
あたしは黙って肯いた。
「それにしても、どうしちゃったの? 千葉くん・・・ いつもはもっと優しい感じなのに。 なんかあったの?」
あった・・・
けど、くだらなすぎて・・・ 自分で言ったことだけど、くだらなすぎて言えない・・・
「どっちが悪いにしても、女に手ぇ上げるなんて、サイテーだな! 千葉株大暴落間違いなしっ!」
ミドリは腰に手をあてて怒っている。
「ミドリ・・・ あたしも悪いから・・・」
ミドリをとりなす。「もうすぐいなくなると思ったら、なんか・・・イロイロ、いっぱいになっちゃったのかも・・・」
「え? 真由? ・・・どういう意味?」
ミドリとチハルが眉をひそめる。
「・・・ゴメン。 あたし今日、休む。先生にテキトーに言っておいて」
「あ、ちょっとっ!? 真由っ!!」
引き止めるミドリたちの声を背中に、学校を出た。
とてもじゃないけど、授業なんか受ける気分じゃない。
誰もいない家に帰ってきて、ベッドに寝転ぶ。
そう言えば、ここんとこ、寝るときくらいしか自分の部屋入ってなかったから、こんな明るい時間に部屋にいるの久しぶりかも・・・
フと、5年生の頃のことを思い出す。
あのバカ男子たちに水かけられて、
「おっぱーい丸見ーえ!」
ってはやし立てられて、授業途中で帰って来ちゃった・・・
なんだかあのときみたい。
あのときは心配したメグが、夕方ベランダ越しに声かけてきてくれたんだよね・・・
あたしは、頭から布団を被った。
でも、今日は絶対そんなことない・・・
だって、あたしたちまだ仲直りしてないし・・・
それどころか、今日帰って来ちゃった原因はメグだし・・・
・・・きっと、あたし、このままメグと・・・ケンカしたまま別れるんだ・・・
そう思ったら、さっきメグに叩かれたときですら出なかった涙が、後から後から溢れ出てきた―――

何か物音がした気がして、ふと目が覚める。 部屋が薄暗くなっている。時計を見たら6時すぎていた。
「うわっ! 制服しわくちゃっ!」
あのまま泣き寝入りしちゃったのか・・・
制服の上着を脱ぎ、ハンガーに引っ掛けていたら、
「・・・おい・・・」
と、低いけどよく通る声が聞こえてきた。
驚いて飛び上がる。
・・・え? な、何、今の・・・
「おい? いねーのかよ?」
・・・・・・ベランダから・・・ メグの部屋から聞こえる・・・
な、なんで?
そっとガラス戸に近づく。
もしかして・・・ まさかだけど・・・
―――あたしのこと、呼んでる?
「おい!」
もう一度声が聞こえたとき、あたしはそっとガラス戸を開けた。
「・・・なによ」
「・・・なんだよ。 いんならさっさと返事しろよ」
「うるさいな。 寝てたんだよっ」
ベランダの上がり口に座って膝を抱える。
「・・・やっぱ、サボりか」
「・・・あんたのせいでね」
あたしがそう言ってやったら、仕切りの向こう側は静かになった。けれどすぐに、
「お前が逃げたせいで、オレ1人悪モンにされただろ」
「知らないよ。そんなこと・・・」
「・・・・・・」
・・・また沈黙。
「・・・謝れよ」
「は?」
耳を疑う。
・・・なんであたしがメグに謝らないといけないわけ?
「オレにシツレーなこと言ったろ? お前。 謝れ」
「え・・・ なによ?」
「オレはカラダ目当てで女と付き合ったりしねーんだよ」
ああ・・・ そのこと。
確かに言い過ぎだったとは思うけど・・・
・・・じゃ、なに?
あんたは、あのバカマネと本気の付き合いしてるっての?
―――もっと、最悪だねっ!
「・・・それは悪かったねっ!」
不本意ながらも一応謝る。「す〜み〜ま〜せ〜ん〜で〜し〜た〜っ!! 早坂さんとお幸せにねっ!?」
「おい・・・」
メグが何か言いかけたけど、それに被せるようにして言ってやる。
「って言うかさ、ヒトのことばっか言ってないで、あんたも謝ってよねっ?」
「は? ・・・オレがお前に、何謝ることがあるんだよ?」
「あるでしょっ!!」
あたしは仕切りの向こう側に声を張り上げた。「小学校のときっ! あたしがいくら話しかけても、あんた無視してたじゃんっ!」
「あ・・・あれはぁ・・・」
「それから卒業式のとき! あたしとあんたが幼なじみだからって、あたしが友達に頼まれて・・・ イヤだったけど、第2ボタンもらいに行ったら、そんときも無視したじゃん! あたしあのあと、ナミエにメチャクチャ文句言われたんだからねっ!!」
「ッ! 知んねーよッ!! そんなことッ!!」
「あとさっ、爪っ!」
「爪?」
メグが訝しげに問い返す。
「そう、爪だよっ! 切るときはごみ箱かなんかで切ってよっ!! ベランダで切って、そのまま切り捨てとくでしょっ!! 風が強い日なんか、こっちまで飛んでくるんだからっ!!」
あたしが一気にまくし立てたら、仕切りの向こう側は静かになった。
はぁはぁと肩で息をする。
・・・メグ、黙った・・・
か、勝った・・・!
と勝利を感じていたら、
「・・・ちっせ〜」
とメグが呟くのが聞こえた。
「え?」
「お前の謝って欲しいコトって、それかよ? ・・・ちっせ〜な?」
頭の血管が何本か切れた気がした。
「〜〜〜まだあるよっ! あんた津田沼に謝ったわけっ?」
「・・・なんだよ」
「あんたの彼女が、津田沼のカメラ壊したでしょっ! あれ半分はわざとなんだからねっ! 彼氏のあんたが謝ってよっ!!」
メグは一瞬黙ったあと、
「・・・やだよ」
「はぁ?」
「オレ、カンケーねーもん」
その言い方にまた頭の血管が大きく脈打つ!
「―――勝負だよっ!」
あたしは仕切りの向こう側に怒鳴りつけた。「あたしと決闘だよっ!!」
「は・・・?」
メグが本当に困惑したような声を出した。 けれどあたしは、
「何でもいいから勝負してよっ! スポーツだって勉強だって・・・なんだっていいよっ!」
「・・・じゃ、中間テストとか?」
・・・そんな1ヶ月以上も先のことじゃ・・・ あたしいつ引っ越しになるか分かんない・・・
「そんな先じゃ困る。 すぐ勝負がつくヤツにして!」
「なんなんだよ・・・」
メグがうんざりした声を上げる。「ってゆーか、オレ、何で勝負したって、お前には負けないと思うよ?」
「そんなことっ、やってみないと・・・っ!!」
と言いかけて、口をつぐむ。
あたし、5年のときに勉強でもスポーツでも、背もメグに抜かされて、それから・・・ ううん、それ以外のことでもなんでも、一度だってあたしメグに勝ったことない・・・
確かに、する前から結果は分かってるのかもしれない・・・
でも・・・
「何でもいいから・・・ ちゃんと勝負してよ」
声が震える。「あたしこのまま・・・勉強もスポーツも、なにもかも負けっぱなしなんてやだっ。 あんたに置いていかれたまま・・・5年の・・・子供のまま郡山なんて行けないよっ!!」
「―――は? ・・・なんだよ? 郡山って・・・」
「・・・お父さん、郡山支店に転勤になったの」
メグが息を飲むのが分かった。
「・・・マジかよ?」
喉の奥が痛い・・・
返事が出来なくて、黙って肯く。
「・・・泣いてんのか?」
・・・また鼻をすする音を聞かれたみたい・・・
「泣いてなんか、ないよっ!」
―――本当に・・・小さい頃この仕切り破らなくて良かった・・・
こんな顔、メグに見せらんない・・・
あたしがシャツの袖で涙を拭っていたら、ものすごい音がした。
「えっ!?」
びっくりして顔を上げると、ベランダの仕切りが割られ、そこからメグが入ってきた。
驚きに心臓が止まる。
「・・・なんだよ。 やっぱ、泣いてんじゃねーか」
メグがあたしを見下ろす。
「・・・な、何やってんのよっ!? それは、非常時にだけ―――・・・」
「お前が・・・」
メグがあたしの前にしゃがみ込む。「・・・真由が、泣いてる」
「え・・・」
―――今、あたしのこと・・・
・・・名前で呼んだよね・・・?
真由って・・・ そう呼んだよね?
「だから、非常時だろ?」
そう言うメグの声が優しくて、余計に涙が溢れてきた。
「メグ〜〜〜・・・」
あたしもメグの名前を呼んで、また両手で顔を覆った。
そのあたしのおでこに、メグがデコピンをしてきた。
「いたっ!」
「泣く前に、ちょっと訂正させろ」
「な、なに?」
メグはあたしの顔をまっすぐに見て、
「オレと早坂は、なんでもない。ただの部長とマネージャーだ」
と眉間にしわを寄せて、ちょっとだけ怒った顔をした。
「え・・・ だって、恭子の話だと・・・」
「春休みに告られたけど、ちゃんと断ってんの! ・・・だけど、あいつが勝手に付き合ってるみたいなこと匂わしてるだけ!」
・・・な、なんだ・・・
そーだったの・・・?
「それ否定して回ったら、あいつがまた騒ぐからしてないだけ。 メンドくせーことヤだし・・・」
「・・・良かった・・・ あたしメグは、根性だけじゃなくて、女の趣味まで悪くなったんだと思っちゃったよ」
「おいっ!」
メグがあたしの鼻を摘んだ。 そして、顔を見合わせてちょっと笑う。
「―――5年のときのこと・・・ ゴメンね?」
「ん?」
「子分とか、家来とか言っちゃって・・・ なんか・・・あのバカ男子たちにからかわれて恥ずかしくなっちゃって・・・ それであんなコト言っちゃったの」
メグがちょっとだけ視線を下げる。
「メグがあんなに怒るなんて思わなくて・・・ ホントに、ゴメン・・・」
ゴメンね、メグ・・・
あたし、ずっと、ずっと・・・ 6年間ずっと、これ言いたかったんだよ。
ちゃんと謝りたかったの・・・
すると、黙ってあたしの話を聞いていたメグが、
「・・・オレ、別にそんなことで怒ってねーよ」
「・・・え?」
「怒ってねぇ」
「うそっ! ・・・じゃ、なんで無視してたのっ? 怒ってたからでしょっ!?」
「それは・・・っ」
と言いかけて、「・・・自分で考えろ」
「え―――ッ!?」
自分で考えろって・・・
あたしずっと、メグは怒ってたんだと思ってたのに・・・ 違ったの?
・・・なんか、よく分かんないけど・・・
でも、今こうして話してくれてるんだから、あのときのことは許してくれてるって・・・ そう思っていいの?
「・・・良かった。最後に仲直りできて」
あたしはメグを見つめて、「・・・これでまたあたしたち、友達だよね? 元の幼なじみに戻れるんだよね?」
と確認するように言った。
もうすぐ引っ越しちゃうけど、遠く離れちゃうけど、・・・幼なじみだよね?
するとメグはあたしを見つめたまま、
「・・・それは・・・無理だ」
「え? ・・・な、なんでっ?」
また俄かに、胸の動悸が激しくなってくる・・・
「だってオレ、真由のこと、友達だとか幼なじみだなんて思ったこと、1回もないから」
「え・・・」
そ、そーだったの・・・?
友達だと、幼なじみだと思ってたのは、あたしだけだったの?
・・・泊まりっこも、本当はイヤだった?
思い上がっていた小学校時代の自分を思い出し俯く。
俯いたあたしの顎にメグが手をかけてきて、上を向かされる。
「・・・オレはいつだって 真由のこと、ただの女としか見てなかった」
「・・・え?」
・・・そ、それ・・・
どーゆーイミっ!?
な、なんか、聞きかたによっては、かなり意味深に聞こえるんですけど・・・
とあたしが焦りながら考えようとしたら、メグがちょっとだけ顔を傾けてあたしに唇を近づけてきた!
え? ええっ? 
―――っ!? なになになになにっ!?
「ちょ、ちょっと待ってっ!!」
慌ててメグの口に手をあてる。
「・・・なんだよ?」
「だ、だって・・・」
ずっと幼なじみだと思ってたんだよ?
そ、そんな急に・・・
キ、キスとかっ!? ―――マジありえないんですけどっ!!
あたしが俯いていたら、メグが不機嫌な声を上げた。
「・・・もしかしてお前・・・津田沼と付き合ってんのか?」
「・・・・・・は?」
つ、津田沼と?
なんで、そんな話になるわけっ!?
「〜〜〜なんでだよっ!? お前5年のとき、頭も良くて、スポーツも出来て、背も高いパーフェクトな男がいいって言ってたよなっ!?」
「ええっ?」
「あいつ、全然違うじゃねーかっ!!」
とあたしから顔を背けるメグ。
「え・・・ あの、メグ?」
メグの顔を覗きこむ。
「お前が・・・ 真由がパーフェクトな男としか付き合わないって言うから・・・ だから、オレは・・・」
そうなるまで・・・、とメグが呟く。
・・・そうなるまで?
・・・・・・もしかして、それが、ずっとあたしのコト無視してた理由?
―――・・・ウソでしょ?
「―――そんな昔のこと、ずっと真に受けてたの?」
とあたしが笑ったら、メグはちょっと顔を赤くして、
「・・・なんだよ。笑うなよ・・・」
と口を尖らせた。
「・・・付き合ってないよ? 津田沼とは」
「・・・・・・マジで?」
「うん。 マジで」
あたしはまた笑って、「って、津田沼が好きなの、恭子だもん」
「・・・恭子?」
「そう、恭子」
あたしがそう言ったら、メグは眉間にしわを寄せて、
「・・・お前、まぎらわしいよ」
「え?」
「津田沼んち行ったり、あいつのこと褒めちぎったり・・・ 壊れたカメラだって、やたら津田沼津田沼連呼してるし・・・」
え・・・
だって、津田沼んち行ったのはカメラ借りるためだし・・・
褒めちぎってたって・・・ 恭子に津田沼のこと売り込んでたときのこと?
「・・・壊れたカメラは、津田沼が初めて買った、大事なカメラだったの! それを壊されたって言うのに、メグもあのマネージャーも、たかが・・・なんて言うから」
「それは・・・言い過ぎたって思ってるけど・・・ でも、お前が津田沼津田沼言うから、オレも・・・」
「い〜や! メグが先に、たかがって言った!」
「いや、お前が津田沼って言ったのが先だ!」
「メグだよっ!」
「真由だろっ!?」
2人で睨み合う。 ―――睨み合ってたんだけど・・・
あたしは、なんだかおかしくなってきて、吹き出してしまった。
あたしにつられて、メグも笑い出す。
そのうちどちらからともなく、手を繋いだ。
「なぁ・・・ オレ、頭いい?」
「・・・うん」
テストではいつもベスト10入りじゃん?
「スポーツだって出来るよな?」
「・・・うん」
バスケ部の部長でスタメンだし・・・ すごいよ?
「背も高いよな?」
「・・・涼ほどじゃないけどね・・・あいたっ!」
また鼻を摘まれた。「ウソ・・・ 大きくなったよ?」
5年の頃は、あたしより10センチも低かったのに・・・
「・・・あたしの理想どおりだよ?」
―――でも・・・
たとえメグが勉強できなくても、スポーツがまるでダメでも、背が低くたって・・・
・・・あたし、きっと メグにドキドキしてたよ?
あの、バカ男子たちからメグが助けてくれたときから。
ベランダ越しに、
「た、タンクトップとか? 着てきた方がいいかもねっ」
って言ってくれたときから。
―――ずっとドキドキしてたんだよ?
今までメグといるとドキドキしてたのは、ずっと 緊張してるからだって思ってた。 ・・・けど。
今日、あたしやっと、自分の気持ちに気付いたみたい・・・
またメグが唇を近づけてきた。
やっぱりドキドキしながら、あたしも目を閉じる。
・・・ホントに、ただ唇を合わせるだけのキスだけど、それだけで十分メグの気持ちが伝わってきた。
どちらからともなく唇を離す。
「―――・・・何 泣いてんだよ」
「だ、だって・・・ やっとメグと仲直り出来たのに、あたし、郡山に・・・」
「それがなんだよ」
メグが両手であたしの頬を包み込んだ。「今までなんか、すぐ隣にいたのに、6年間も口きかなかった」
「・・・そーだけど・・・ でも・・・」
「郡山なんか近いよ。 新幹線ですぐじゃん?」
「ん・・・」
また涙が溢れてきた。 それをそっと指で拭ってくれるメグ。
ちょっと見つめ合って、また唇を重ねた。 今度は、啄ばむような、愛しむような、そんなキスだった。
メグが何度も向きを変えて、あたしの唇を食んだ。
「ただいま―――っ! 真由―――? いないの―――?」
玄関の方からお母さんの声が聞こえてきた。
それを合図に、あたしたちは唇を離した。
「・・・お母さんたち、帰ってきたみたい・・・ 今日、郡山の社宅とか? 下見に行ってたんだ」
「そっか・・・」
メグはそう言って、ちょっとだけ目を伏せた。
「メグ・・・?」
「ん?」
「明日、一緒にガッコ行こ?」
―――あたしたちは、6年ぶりに一緒に登校する約束をした。
メグが自分の部屋に戻り、あたしがベランダの戸に鍵をかけたとき、
「真由? 寝てたの?」
とお母さんがあたしの部屋に入って来た。
「ううん・・・ 起きてたよ?」
「ならいいけど。 ―――ちょっと大事な話があるから、リビングに来て」
「ん・・・ 分かった・・・」
あたしが覚悟を決めてリビングに行くと、お父さんがネクタイも外さないまま、ダイニングについていた。
「ああ・・・ 真由。 大事な話があるんだ。 ちょっと環境が変わるんだが・・・な〜に、すぐ慣れるから・・・」
とお父さんが真面目な顔をして転勤の話をし始めた―――・・・

「行ってきまーすっ!」
翌朝、あたしが勢い良く玄関のドアを開けたら、あたしよりも先にメグが待っていてくれた。
「メグっ! おはよっ!!」
「ん・・・ はよ・・・」
昨日のことが照れくさかったのか、ちょっとはにかんだ顔で挨拶したあと、顔を背けるメグ。
あ・・・ 照れた顔もかわいいかも・・・
って、今はメグの顔に見とれてる場合じゃないっ!
「ねぇ、メグっ! ビッグニュースだよっ!!」
「・・・なんだよ? 朝からハイテンションだなぁ・・・」
「あたしねっ、行かなくていいことになったのッ! 郡山っ!!」
「・・・・・・は?」
メグが思い切り眉をひそめる。
「お父さんだけ、単身赴任することになったのっ!」
「え・・・」
メグはまだ事態がよく飲み込めていないみたいな顔をしている。
「だからぁ! 昨日お母さんたち下見に行ったって言ったでしょ? 社宅が郡山じゃなくて、なんて言ったっけな・・・ミハル?とかいう所にあるらしくて・・・ これが、すっごい田舎なんだって! 車ないと生活出来ないような! お母さんも免許持ってないし、とてもじゃないけど買い物にも行けないとか言ってっ! 赴任期間も、1〜2年って普通より短めだから、だったら単身で行くって・・・っ!!」
あたしは嬉しくて嬉しくて、まくし立てるようにメグに説明した。
「ちょ、ちょっと、待て?」
「え?」
気が付いたらメグは、顔を真っ赤にして口に手をあてている。
え・・・ なに?
「? ねぇ・・・? どうしたの?」
とあたしがメグの手を繋ごうとしたら、メグはそれを慌てて振りほどいた。
「え・・・? なに?」
「ご、誤解されんだろっ!? 社宅の連中にっ!!」
早口でそう言って、メグは階段を下りはじめた。「・・・いくら幼なじみだっつったって、もう高校生なんだから・・・」
「え・・・? 幼なじみって・・・」
―――え?
だって昨日メグ・・・
「あたしのこと、女としか見たことないって・・・」
そう言ったよね? ―――・・・ねぇっ!?
「―――・・・あれは・・・」
顔を赤くしたまま口ごもるメグ。「あれは・・・気の迷いだ。 忘れてくれ」
「・・・・・・はぁ?」
「先行く!」
「あっ! ちょっと!? メグっ!!」
メグは、あたしが呼び止めるのも聞かずに、さっさと駅に向かって走り出した。

―――・・・気の迷いだ?
・・・忘れろ?
って・・・・・・
・・・・・・あんなキスしておいて?

「〜〜〜ふざけないでよっ!! あたし、あれがファーストキスなんだからねっ!! 返せっ! 馬鹿メグ―――っ!!」
おわり



1話前に戻る パーフェラの目次