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「えぇっ!? 唐沢くんとデートすることになった!?」 ランニングをしながら里香が驚いた声をあげる。 「し―――ッ! 里香、声が大きいよっ!」 となりを走っていたあたしは慌てて里香の腕を叩いた。 「誰も聞いてないよ。みんなくっちゃべってるじゃん!」 今は体育の時間でみんなでランニング中。……といっても、タイムを計ったりするようなヤツじゃなくて準備運動的な流した走りだから、ケッコーみんな周りの子とおしゃべりしながらダラダラ走ってる。 だから、誰もあたしたちの話に聞き耳なんか立てていない。 「デートじゃないから。一緒に水族館行くだけだから」 「休日に男女が2人きりで水族館に行くことをデートっていうのよ! なんでそんなことになってんの!?」 「いやー、話すと長くなるんだけど…… まあ、イロイロあって」 軽くとはいえ、さすがに走りながら一連の経緯を話すには息が持たなかった。 「その、イロイロ、が気になるところなんだけど」 と里香は軽く怒りながら、「てゆーか、伊吹くんはいいって? 浮気じゃん」 「……伊吹には話してない。ていうか、伊吹にはカンケーないし。だから浮気じゃないし」 「なにそれー。やっぱりあのマンガみたいな出会いが恋に発展しちゃったわけ?」 「してないから! 説明すると長くなるからアレだけど、行かなきゃいけない状況になっちゃって……それでだから!」 「へー、ふーん♪」 里香が横目であたしを流し見る。 「……ホントだから」 「唐沢くんがナナをねー」 「そんなんじゃないから!」 多少は自分でも……かな?って思うところはあったんだけど、そこはあえて伏せておく。 はっきり言われたわけじゃないし、やっぱり勘違いでした、なんてなったら恥かしいし。 「月曜日、ちゃんと報告してね。逐一。全部」 里香の目が、オモチャ売り場に行った子供のような目になる。絶対この状況を勘違いして楽しんでる。 そんなんじゃないって言ってるのに…… 楽しみにしている里香には悪いけど、絶対大した報告できないに決まってる。 |
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その日の夜は、伊吹がバイトの日(部活と称して)だったから、夕食のあとはあたしもリビングでテレビを見ていた。 とくに見たいものがあったわけじゃないんだけど、あたしが部屋にこもってると法子さんが余計な気を使っちゃうらしいから。 「ナナちゃん、プリン作ったんだけど食べる?」 「わー、食べます食べます!」 あたしは喜んでキッチンに入っていった。 「法子さんが作ったプリン、お店のより美味しいんだもん」 「またまたぁ! でも、嬉しいわ。ありがと」 法子さんが嬉しそうに笑う。 やっぱり気を使わせちゃってたのかなー… わざわざプリンなんか作ってくれるなんて。 法子さんには全然非のないことなのに、こーやって気遣ってくれて……ホントにいい人だよね。 パパは女の人見る目があるなー…って、それ言ったら伊吹もか。 どーやったらこんな可愛らしくなれるんだろ? 今こんなに可愛いんだから、もっと若い頃……それこそ高校生の頃なんかモッテモテだったよね、きっと。 見た目の違いはどうしようもないとして、せめて中身だけでも法子さんに近づけないかなー…… なんてことを考えていたら、玄関から誰かが帰ってきた物音が聞こえた。 い、伊吹だっ! 慌てて部屋に戻ろうとしたら、 「ただいまー。お、プリンじゃないか。パパの分もあるかな」 と帰ってきたのはパパだった。 「もちろんあるわよ。でもごはん先にするでしょ?」 「うん、ありがと」 2人が微笑みあう。 この2人もいつまでたってもラブラブでいいよねー… ……おじゃま虫は2階に上がろ。このタイミングならもう部屋にこもっても法子さんもなんとも思わないだろうし。 と、そそくさと自分の部屋に行こうとしたら、 「あ、ナナ。明日なんだけど空いてるよな」 とパパに呼び止められた。 「明日……」 一瞬言葉に詰まる。「なんで?」 「明日な、法子さんの誕生日なんだよ。で、みんなで外食でもどうかと思って。ま、誕生会だな♪」 「え? し、新一さん!?」 パパの提案に法子さんが慌てる。「誕生会ってそんな、子供じゃないんだから!」 「いや、いくつになっても誕生日は祝わないとな。今まで我が家では……っていってもオレとナナだけだったけど、誕生日はちょっといい店で食事することに決まってるんだ。な、ナナ!」 パパはそう言って最後にあたしに笑顔を向けた。 「うん」 あたしも笑顔で肯いた。 そう。我が家のルールでは、家族の誕生日には外で食事をしようってことになっている。 いつもよりオシャレして、美味しいレストランで食事して……で、プレゼントを渡して。 そっか、明日は法子さんの誕生日なんだ。知らなかった。 それじゃお祝いしなくちゃね。いつもお世話になってるんだし…… プレゼントは何がいいかなー…… 「……あ」 って、唐沢勝利! 明日、水族館って約束! どうしよう……断っちゃう? そういえばあたし、唐沢勝利のケー番とかメアドとか、連絡先聞いてない! これじゃキャンセルの連絡も出来ないよっ! ホントにどうしようっ!! ……伊吹なら知ってるよね? 同じクラスなんだし、ケー番知らなくても、最悪クラスの連絡網で家電は分かるはず…… でも聞きづらいっ!! 好きな人に別な男子の連絡先なんか聞いて誤解されるのもイヤだし、なにより今あたしたち険悪な状態だし! かといって、連絡もしないですっぽかすなんて出来ないし…… あ―――ッ最悪! 「どうした、ナナ? 明日都合悪いのか?」 パパがちょっとだけ眉を寄せる。 「いや、都合悪いっていうか……」 なんて答えていいか迷っていたら、 「ほら! そんな急に言うからナナちゃん困ってるじゃない! 明日はナシ!」 と法子さんは手をヒラヒラと振った。 「ダメだよ、もう予約しちゃったし。4人で」 4人…… そうだよね、伊吹だって行くよね。 ……やっぱり、唐沢勝利と水族館行こ。 「……ごめんなさい、法子さん。明日はどうしても外せない約束があって……」 「あ、いいのいいの! 気にしないで! もう誕生日なんて嬉しくない歳なんだから! 明日は中止にしましょ」 と法子さんは笑顔で許してくれたけど、 「いや、オレは祝いたい」 とパパは断固として譲らない。 「気持ちは嬉しいけど、ナナちゃんにだって都合があるんだから…… あ、じゃあ、明後日の日曜日とかは? 予約ずらしてもらって……」 法子さんがそう提案すると、 「いやダメだ! 明日じゃないとサプライズが……あっ!」 パパが慌てて口を押さえる。……ほとんど聞こえちゃってて、意味ないけど。 そっか。 パパ、サプライズ用意してたんだ。 「いやっ? なんでもないぞっ!? ホントに食事をしに行くだけで……っ」 パパはちょっと頬を赤くしながら誤魔化そうとしている。 「新一さん……」 それを見た法子さんが照れくさそうに、でもすごく嬉しそうに微笑む。 |
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なんなの、この2人! いい年した大人なのに、メチャクチャ可愛いんですけど。 こんな2人見たら、予定をずらすなんてことさせられないよ。 「いーよ、明日は3人で行ってきて? あたしも早く切り上げられたら合流するから……ねっ?」 真っ赤になった2人があたしを見て……そのあと2人で顔を見合わせた。 「ホントに! ちゃんとあとから行くから!」 ラブラブな2人を残して、自分の部屋に上がった。服のままベッドに寝転がる。 いーなー…… パパと法子さん。 あたしもあんなふうに好きな人といつまでも……大人になってもラブラブでいたいな。 ……なんて、今の状況じゃ夢のまた夢だけど。 昼間の伊吹とのやり取りを思い出して、また憂鬱になる。 あ―――、もう! こうやって悩むのがダメなんだって! 伊吹があたしにイラつくのだって、もしかしたらこうやってあたしがウジウジしてるからかもしれないし。 ……そうだよ。 はじめから変に伊吹のこと避けたりしないで、普通にしていればよかったんだよ! そうすれば、あんなストラップぐらいでここまでこじれたりしなかったのに…… よし、明日から普通! うんっ!! そう思ったら少し気が楽になってきて……なんだか、強烈な睡魔が襲ってきた。 ここんとこ伊吹を避けるために毎朝早起きしてたから…… 壁の時計を見上げたら9時を過ぎたところだった。 少しだけ……1時間くらいだけ、かるーく寝とこうかな…… ……と思ったときには、もう半分眠りに入っていたみたいだ。 「…………ん」 体勢が悪かったせいか、左腕に痺れを感じて目が覚めた。のそりとベッドから起き上がる。 どれぐらい寝てたんだろ……と時計を見て驚いた。もう12時を過ぎている! 3時間も寝てたのっ!? 全然気が付かなかった! ケータイでタイマーセットしておけばよかった……と思いながらいつも枕元に置いておくケータイを手に取ろうとしたら、あるはずの場所にケータイがなかった。 ベッドの下にも落ちてないし、机の上にもない。 ……もしかして、リビングに置きっぱにしてきた? さっきテレビ見てたとき、テーブルに置いてたし……そこかも。 部屋を出て階段を下りていくと、リビングにはまだ明かりがついていた。小さいけれどテレビの音もする。 あれ? パパと法子さんまだ起きてたんだ? と思いながらリビングに入っていったら、起きていたのはパパや法子さんじゃなくて伊吹だった! 「……ッ」 一瞬、部屋に引き返そうかと思ったけど、さっき普通にしようと決めたんだし……と思い直す。 伊吹はソファに座ってテレビを見ていた。画面には、お笑い芸人がアナウンサーに向かって毒を吐く場面が映っている。 画面の向こうからは笑い声が聞こえているけど、伊吹はクスリともしなかった。 ていうか、伊吹がこんなふうにちゃんと(っていうのも変だけど)テレビを見てるところなんて、初めて見たかも…… 「ま、まだ起きてたの?」 出来るだけ普通に声を掛けた。……けれど、伊吹からの返事はない。 これからは普通にしようと決めたのはあたしだけだし、伊吹が昼間の不機嫌さを引きずっていても仕方ない。 「えーと。あたしのケータイどこかなー… あ、あった」 ケータイはよりによって伊吹が座っているソファの目の前のテーブルに置いてある。 「前ごめんねー」 あたしが画面を遮ってケータイに手を伸ばしても、伊吹は視線ひとつ動かさなかった。 ……普通普通! 「伊吹はもうお風呂入ったよね? あたしはどうしよっかなー。明日入ろうかな、遅くなっちゃったし……」 伊吹からの返事がないから、最後の方はひとり言のようになってしまった。 「そうしよーっと」 これ以上話しかけても、きっと伊吹からの返事は返ってこない。それどころか、 「テレビが聞こえねーだろーがっ!」 と余計な怒りを買うかもしれない。 あれだけこじれてた関係が、そんなすぐに元通りになるはずもないしね。 ……部屋に戻ろ。 「じゃ、おやすみー」 そう言ってリビングをあとにしようとしたら、 「……明日、なんで母さんの食事会に行かねーんだよ」 と伊吹が。 「え?」 驚いて振り返った。伊吹はテレビ画面を見つめたまま、 「昼間オレが言ったこと全然分かってねーなー、おまえ」 と、抑揚のない声で言った。 どうやら法子さんかパパから明日のことを聞いたらしい。 きっと伊吹は、明日あたしが行かない理由は自分を避けてのことだ、と勘違いしてるに違いない。 「え、いや……明日はちょっと用事が入ってて。法子さんの誕生日だって知らなかったから。べつにあたしもう……」 もう伊吹のことを避けようとなんかしてない、と言おうとしたら、 「母さんに気を使わせるなって言ったろ」 と伊吹があたしを見た。……というより睨んだ。その視線に一瞬ひるむ。 「違うよ! あたしそんなつもりじゃっ」 「じゃあ明日ちゃんと来いよ。来なかったらぶっ殺す」 ぶっ殺すって…… 「ちゃんと行くよ。……ちょっと遅れちゃうけど」 「はじめから来い」 「だからそれは無理なの! 法子さんにはちゃんと納得してもらってるよ」 |
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「母さんが許したってダメだ。来い」 「だからっ」 「来い」 ……ダメだ。伊吹は全然話を聞いてくれない。 伊吹はあたしの都合なんか聞く気がない。 ただ法子さんのことしか考えてない。 「もーいいよ、伊吹に許してもらわなくたって。明日は法子さんの誕生日で、その法子さんが許してくれてるんだよ? それ以上だれの許可が必要だっていうのよ。意味分かんない!」 そう言い捨てて部屋に駆け上がった。 普通にしようと思った矢先に……なんなの、これ。 あたしが悪いの? いやいや、今回はあたしそんなに悪くないはずだよね? だって知らなかったんだし…… ……ていうか、なに!? あの言い草! ぶっ殺すとか、終始命令形で…… こっちが普通にしようと頑張ってるのに、あの態度! どこまでオレ様なのよ!! 「もー知らないっ!」 明日は唐沢勝利と水族館! 連絡が取れないしすっぽかすことも出来ないから、それはもうどうしようもない。 あとは、早く切り上げられたら法子さんたちに合流すればいい。 もう悩むのおしまいっ! どうせなら楽しんじゃお! 水族館なんて久しぶりだし…… ペンギンのショーとか? あったら見たいな。 あ、あと、あたし地味にくらげとか好きなんだよね。ヤドカリとかの磯辺系も…… そう思ったらなんか楽しくなってきた―――!! |
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