チェリッシュxxx 第6章

H ×××


「陸―――ッ!?」
集中治療室の前の廊下に座っていたら、陸のお母さんが飛び込んできた。
「あ、あの・・・」
「あっ!結衣ちゃんッ!? 何があったのッ!? 急に警察から電話かかってきて、陸が事故に遭ったって・・・」
陸のお母さんがあたしの肩をつかむようにして確認してくる。
「・・・ごめ、ごめんなさいっ! 全部あたしのせいなんですッ!!」
「ゆ、結衣ちゃんの、せい?」
「あたしが余計なことしたから・・・ あたしなんかを庇って、陸が・・・」
「ちょ、ちょっと結衣ちゃんッ!? 全然分からないからッ! 落ち着いて話してっ!?」
「陸が・・・・・・ 電車に・・・・・」
その先は言葉が詰まって出てこなかった。
けれど、それだけで陸のお母さんには伝わったみたいだ。 陸のお母さんが目を見開いて、口に手を当てる。
集中治療室のドアが開いて、グリーンの術衣を着た先生が出てくる。
「今野さんの家族の方ですか?」
「は、はいっ!」
陸のお母さんが弾かれたように振り向く。
「意識はありません。 電車にはねられたようです」
先生はマスクを外しながら、「詳しい事故の状況は警察から話があると思いますが、今は様態の方だけ説明させてもらいます。 ・・・・大丈夫ですか?」
陸のお母さんが小刻みに肯く。
「身体の右半身を強打していまして、右腕は骨折しています。 内臓の傷から多量の出血もありました。 頭も打ってまして、傷は縫い合わせましたが・・・ これから2時間おきにCTを撮ります」
先生の説明する声が、映画かなにかのセリフのように聞こえる。
これは、本当に・・・・・・ 現実のことなんだろうか・・・
「それで、長時間の手術でかなり体力も落ちています。 出血も多かったので・・・ 非常に危険な状態です」
「せ、先生・・・ 陸は・・・ 陸は、助かるんですかッ!?」
先生は一瞬黙ったあと、
「二、三日がヤマですね・・・ 意識が戻らない場合は、覚悟して下さい」
「か、覚悟って・・・」
陸のお母さんが息を飲む。「陸は・・・・・・ 死ぬんですか」
先生が黙って目を伏せる。 陸のお母さんがその場に崩れ落ちた。
ごめんなさい・・・ ごめんなさい・・・
本当に、何回謝っても許してもらえるなんて思ってないけど・・・
本当にごめんなさい・・・・・
もし、あのときに戻れるなら・・・ 陸がペンダントをくれた夜に戻れるなら・・・
ううん、ほんの数時間前でいい。
あのホームでの悪夢の前に戻れるなら、なんだってする。
・・・陸がもう一度目を開けてくれたら。
・・・もう一度あたしに笑いかけてくれたら・・・・・
代わりにあたしの命をあげたって構わない。
いつの間にか先生も陸のお母さんもいなくなっていて、廊下にはあたし1人だけだった。
さっき散々泣いたせいか・・・ 頭が痛い・・・
色々・・・考えすぎて・・・余計に頭が混乱している。
「結衣ッ!」
また廊下に誰か飛び込んできた。 ゆっくりと振り返ったら、麻美と五十嵐くんだった。
「ど、どうしたの・・・? 結衣のお母さんから、結衣が熱があるのに商業科に会いに行ったって・・・ それでまだ帰って来ないって心配して電話がかかってきたんだけど・・・」
「・・・・・麻美ぃ〜〜〜ッ!!」
思わず麻美の胸に抱きつく。 さっき散々泣いたのに、また涙が溢れてきた。
「り、陸が死んじゃうよ―――・・・」
「ちょ、ちょっと結衣! 落ち着いてッ!」
麻美と五十嵐くんは、川北先生と一緒にこの三橋病院にやってきたみたいだった。
あたしは家を出るとき、
「陸が大変なのッ! だから学校に行く!」
とお母さんに言い捨てて家を飛び出してきた。
慌てたお母さんがあたしのケータイに電話をしたら、あたしの部屋から着信音が聞こえてきて・・・
はじめお母さんは、あたしのメモリから陸に電話をしたみたいだった。
でも陸はあたしと約束なんかしていなくて、話も要領を得ないものだったらしい。
仕方がないからそのまま家で帰ってくるのを待っていたら、いつまでたってもあたしが帰って来ない。
それで心配したお母さんが、またあたしのメモリから今度は麻美に電話を入れたということだった。
麻美はあたしが五十嵐くんに電話していたのを知っていたから、もしかしたら五十嵐くんがあたしの行方を知ってるかも・・・と思って五十嵐くんに電話をしてみたらしい。
そしたら五十嵐くんはまだ学校に残っていて(五十嵐くんは、陸の停学の事で川北先生を説得しようとしてくれていた)、やっぱりあたしの居所は知らなかった。
2人で戸惑っていたら、学校に事故の一報が入ってきたというわけだった・・・
「あたしが、余計なことばっかりして・・・ いつも陸に迷惑かけて・・・」
「結衣・・・」
長椅子に腰掛けて、麻美が肩を抱いてくる。
「あのとき、あたしが松浦くんと一緒になんかいなければ、こんなことにはならなかったのに・・・」
「そんなことっ! ・・・結衣のせいじゃないよ?」
「だって・・・」
だって、本当にあたしがいなければ、こんな事にはならなかったんだよ・・・?
お母さんが止めるのも聞かないで、五十嵐くんが心配するのも無視して、それであたしが勝手な事したから・・・・・
だから、陸が・・・・・
「・・・なんかあるとみんな考えるんだ。 あのときこうしてれば良かった、とか、あんな事さえしなければ・・・とか」
五十嵐くんがあたしの横にしゃがみこむ。「でも、これは村上さんのせいじゃない。 今野だってそう思ってるよ」
また涙が出た。
「・・・辛いかもしれないけど・・・帰ろ? 結衣だって病み上がりなんだし・・・ 結衣のお母さんも心配してるよ?」
「でも・・・」
「家帰って、十分休んでから明日また来ればいいじゃない。 商業科が目覚めたとき、そんな泣きはらした疲れた顔見せたら、笑われちゃうわよ?」
麻美があたしの肩を抱いたまま立ち上がらせる。
そのまま2人に家まで送られた。
心配して色々聞いてくるお母さんをテキトーに流して、自分の部屋に飛び込む。
十分休んでから・・・って麻美は言ったけど。
・・・・・・全然眠れない。
ちょっとだけうとうとしたと思ったら、夜中に怖い夢を見て何度も目が覚める。 それは全部同じで。
はじめあたしの横で笑っている陸が、段々遠くに行っちゃって。
いくら呼んでも返事をしてくれなくて。
とうとう見えなくなっちゃって・・・・・・で、急に真っ暗な穴に落ちていく感覚で目が覚める。
眠らなきゃ、と思うのに全然眠れない。 眠るのが怖い。
眠って見た夢が、現実になりそうで怖い・・・
ベッドから起き出して、カーテンを開けた。
三橋病院は・・・あっちの方・・・かな・・・
思わず手を組む。
でも、何を考えていいのか分からなくて・・・ 誰に何を祈ったらいいのか分からなくて腕を下ろす。
ふと夜空を見上げたら、12月の澄んだ夜空に星がたくさん輝いていた。 月は出ていない。
それとも今日は新月だったのかな・・・
「新月や満月は人の生死に大きくかかわってくる」
前に見たテレビの話を思い出して急に怖くなり、慌ててカーテンを閉めた。

翌朝。 心配するお母さんをなんとか説得して、また病院に行く。
あたしが行ったって何の役にも立たないのは分かってるんだけど・・・ かえって邪魔になってるだけかも知れないけど・・・
でも、少しでも陸のそばにいたい。
集中治療室の前に行ったら、陸のお母さんが椅子に座っていた。そばにスーツを着た男の人もいる。
ど、どうしよう・・・
話とかしてる雰囲気はないけど・・・ なんか、お邪魔かも・・・
とあたしがそっと戻ろうとしたら、
「結衣ちゃん・・・」
と陸のお母さんに見付かってしまった。 男の人も振り向く。
遠慮気味に会釈をする。
「わざわざ来てくれたの? 学校は? ・・・あ、この子結衣ちゃん。陸の彼女よ」
と陸のお母さんが一緒にいた男の人に説明する。「こっちは陸の父親。 あたしの元亭主」
どうも、とその男の人・・・陸のお父さんが小さく頭を下げる。
「あの・・・ 陸・・・くんは・・・」
と小さくたずねたら、陸のお母さんも小さく首を振った。
まだ昨日と同じ状態みたい・・・
様態が悪化していないことに安心し・・・ けれど、意識が戻っていないことにも落胆する。
「結衣ちゃん、来た早々悪いんだけど、ちょっと陸のことお願い出来る? あたし昨日から帰ってなくて・・・着替えとかも取りに行かないと・・・ この人が車で来ててすぐ戻るから。 陸が一般病棟に移ったら、パジャマも必要・・・」
そこまで言ったところで、陸のお母さんが俯いた。
「・・・取ってきて下さい。 あたし、陸のパジャマ姿、見たい」
陸のお母さんは何回か瞬きして顔を上げると、じゃ、お願いね、と微笑んで陸のお父さんと一緒に廊下を歩いて行った。
それを見送ってから、ゆっくりと集中治療室の窓に近づく。
集中治療室の窓は大きなガラス張りになっている。 その部屋の中に色々な計器や医療器具と一緒に、陸が横になっているベッドが置いてある。
陸はクリーム色の術着に着替えさせられている。
その胸の合わせやこめかみ辺りから何本も配線のようなものが伸びていた。
・・・そう言えば、制服はどうしたんだろう?
汚れちゃったとか破れちゃったとかで・・・・・ もしかして捨てられちゃったのかな?
学校行くまでに新しいの用意するの大変そう・・・
陸大きいし、オーダーしないと既製品じゃ無理・・・・・
そこまで考えて、ちょっとだけ笑いが漏れた。
あたしってば・・・ 今はそんなことどうでもいいのに・・・
「この状況でそんなこと心配するの、結衣だけだよ!」
って、陸が聞いたら絶対笑われてる・・・
それか、
「んじゃ、制服出来るまでガッコ休んじゃお! らっき☆」
とか調子いいこと言いそう・・・
・・・・・・陸・・・
本当に学校からいなくなっちゃうの?
あたしの手が届かないところに行っちゃうの?
・・・・・・もう二度と、陸の笑い声を聞くことは出来ないの・・・?
あたしは両手で顔を覆った。
陸ッ! 起きてよッ!!
あたし、泣いてるんだよッ!? 分かんないのッ!?
起きて慰めてよッ!
「どーしたの?」
って抱きしめてよ!!
それでいっぱいキスしてよッ!! 陸―――・・・
あたしが集中治療室のガラス窓の前でグズグズ泣いていたら、背後に人の気配を感じた。
鼻をすすりながら振り返ったら・・・ 松浦くんだった。
松浦くんが黙ってあたしの隣に立ち、ガラスの向こうの陸を眺める。 しばらくそうして2人で陸を眺めていた。
「・・・・・2、3日がヤマって言われた」
あたしが小さくそう言ったら、
「・・・そう」
と松浦くんも小さく呟いた。 そしてまた沈黙。
「・・・今さらって言われるかもしれないけど・・・ 今野の停学、ナシになったよ」
「・・・話してくれたの? 川北先生に・・・」
松浦くんが肯く。 あたしは、ありがと、と小さく呟いてまた陸に視線を戻した。
「・・・・・責めないの? ・・・彼を返せって。 この前みたいに」
松浦くんがあたしの方を見た。
あたしは静かに首を振った。
「返してくれなくても、いい」
あたしの返答に、松浦くんが眉を寄せる。
イヤミとか、強がりとか、まして投げやりになってるとか・・・そんなんじゃなかった。
自分のした事に後悔はあるけど、不思議と松浦くんを責める気持ちはなくなっていた。
・・・っていうか、今はもう、松浦くんなんかどうでもいい。
陸の停学だって、それが3回続いて退学だとか・・・そんなことどうでもいい。
陸の笑顔より大事なものなんて・・・・・・ない。
陸があたしの元に還ってこないなら・・・―――あたしが陸のところに行くから、それでいい。
また2人で黙っていたら、
「・・・お兄ちゃん・・・?」
と遠慮がちな声が聞こえた。 その可愛らしい声に振り向くと、声と同じく可愛らしい女の子が立っている。
女の子はパジャマ姿で松葉杖をついていた。
「なんだよ? ついて来たのか? 部屋にいろって言ったろ?」
松浦くんが眉間にしわを寄せてその子に近づく。「あ、妹。中2」
「うん。 似てるし・・・ すぐ分かった」
女の子がぺこりとお辞儀する。
「・・・お兄ちゃんの彼女?」
と女の子が松浦くんに耳打ちする。
「んなわけないだろ? 全然趣味じゃない」
そう言って、松浦くんがあたしの反応を確かめるようにこちらを見る。
「いいよ。 あたしも全然趣味じゃないし。松浦くん」
そう返してやったら、松浦くんがフンと笑って、
「もう部屋戻ってろ。 兄ちゃんこの人に話あるから」
とその子を振り返り、手で追い払うような仕草をする。
「・・・因数分解教えてくれるんじゃないの?」
「あとで見てやるからっ! だから戻ってろ!」
その子は軽く唇を尖らせて、
「はぁ〜い・・・」
と松葉杖をついて病室の方に戻って行った。
「可愛いね」
松浦くんは、
「まだまだ子供。 センパイと一緒」
とちょっとだけ笑った。 ・・・そしてまたしばらく2人で黙り込む。
「若菜・・・あ、妹だけど。 1ヶ月前からここに入院してるんだ」
「そーなんだ。 足? どうかしたの?」
松浦くんの妹が松葉杖をついていたことを思い出す。
「・・・事故に遭ったんだよね」
松浦くんがあたしを見つめて、「1ヶ月前。 桜台高の前の路地でバイクと接触して」
「・・・えっ!?」
思わず松浦くんを見つめ返す。 松浦くんは軽く肯きながら、
「風紀で話してた事故の被害者って、若菜のことなんだよ」
「・・・そうだったの」
全然知らなかった・・・ って、当たり前だけど。
「若菜、ああ見えても・・・いや、見ため通りドン臭いんだけど、一応陸上選手なんだ。 今まで万年補欠で大きい大会なんかは出場させてもらえなかったんだけど、この前初めて選手に選ばれたんだ。 オレも夜のランニングとか付き合ってたし、早く選手になれるといいって応援してた」
今までと違う、真面目な顔で話す松浦くん。
「だから選手に選ばれたとき、オレが喜ぶだろうと思って、あいつオレの学校まで来たんだよ。 いきなり報告して驚かせてやろうって思ったらしくて・・・ そしたら・・・」
そこでバイクと接触事故。
「初めは信じられなかった。 若菜の足からスゲー血が流れてて、お兄ちゃん痛いって・・・ オレがあげたお守り握り締めてて・・・」
じゃ、あのときあたしが拾ったのが・・・?
「乗ってたやつは逃げちゃうし、若菜はそん時の怪我が原因で選手から外されたのはもちろん、激しいスポーツはもう出来ないって医者から言われて・・・ ホントに最悪だった。責める相手がどこにもいないんだからな」
あたしは黙って松浦くんの話を聞いていた。
そんな事情があったんだ・・・ だからあんなに風紀の取り締まりに厳しかったんだ、松浦くん。
「確かにオレは、センパイのこと利用して今野のバイクのこと摘発したり、喫煙で停学者出させたりしたよ。 騙したのは悪かったって・・・今では思ってる。 ゴメン」
「それは・・・ もういいよ」
「でも、オレ、やっぱり今までと同じように取り締まりは厳しくやるよ? 人の感情を利用したりは・・・もうしないけど、抜き打ちはバンバンやるし」
それは、仕方ないよね。
違反してる子達の方が悪いんだし・・・
「頑張ってね? 新委員長!」
とあたしが松浦くんの背中を叩いたら、松浦くんはちょっとだけ顔をしかめて、
「ちょっと・・・ 加減してよ。 オレだって昨日今野に散々殴られて、背中強打してんだから」
あたしが松浦くんに舌を出して、
「今まで酷いことしてきたバツだよ!」
と言ったら、松浦くんはちょっとだけ笑って、そのまま廊下を戻って行こうとする。
「・・・今野にも謝っといて?」
松浦くんが小さく振り返る。 あたしはちょっとだけ首をかしげて、
「・・・自分で謝りに来て? ・・・陸、絶対目覚ますから! もうすぐ目覚ますからっ!!」
あたしが何度もそう繰り返したら松浦くんはまた小さく笑って、そうする、と病棟の方に戻って行った。
入れ違いに陸のお母さんが戻ってきた。
「何も変わりなさそうだし・・・ 結衣ちゃんは学校に行って?」
と強く説得されて、仕方なく学校に行った。
けれど、全然授業に集中できない。
休み時間は休み時間でみんなに色々聞かれるし・・・(陸が事故に遭ったことをなぜかみんな知っていた)
ヤキモキしながら午後の授業を受け、急いで陸の病院に向かおうとしたらケータイに連絡が入った。
『結衣ちゃんッ!? 陸が・・・ 陸が・・・ッ』
ケータイの向こうから、陸のお母さんの涙声が響いてきた。
慌てて病院へ向かう。
・・・陸の様態が急変した。
集中治療室の前に行ったら、長椅子に陸のお母さんとお父さんが身体を寄り添わせるようにして座っていた。
陸のお母さんが泣いている。
朝来たときは開いていた集中治療室のガラス窓のカーテンが引かれていて、中が見えない。
廊下を何人もの先生や看護婦さんたちが慌しく行き来する。
陸のお母さんがあたしに気付いた。
「結衣ちゃん・・・ 先生が、会わせたい人がいたら呼べって・・・」
とあたしの制服にすがり付いて泣く。
「律子・・・」
陸のお父さんが陸のお母さんの肩を抱き寄せる。 そのまま陸のお母さんは陸のお父さんの胸に泣き崩れた。
あたしは静かに集中治療室のガラス窓の前に立った。 やっぱりカーテンで中は見えない。
・・・・・陸の顔を思い出そうとした。
けれど、どうやっても陸の顔が思い出せない。
今朝見たばかりなのに。
―――ううん、顔だけじゃなくて・・・
あたしを呼ぶ優しい声も、
抱きつくと微かにするタバコの匂いも、
数え切れないくらいキスした唇の感触も・・・・・・
・・・・・・あんなに大好きだった陸の事をなにひとつ思い出すことが出来ない。
集中治療室のドアが勢いよく開く。
「お父さん!お母さんッ! 中に入って陸くんの名前呼んであげて下さいッ!!」
陸のお母さんが嗚咽を漏らしながら集中治療室に入る。 陸のお父さんは、泣いてはいなかったけど、目が真っ赤だった。
再び閉じられるドア。
微かに陸のお母さんの声が聞こえてくる。
あたしはガラス窓の前で手を組んだ。
・・・神様には祈らない。
もし神様がいたとして、これも神様が決めた運命だって言うんなら、あたしは絶対神様なんか信じない。
だから今は陸を信じる! あたし自身を信じるッ!!
陸は絶対あたしを置いてなんか、逝かない。
陸のお父さんや、お母さんや、さわやかクンたち友達や・・・ みんなを置いて陸は絶対逝ったりなんかしない。
陸は今闘ってる。 十分闘ってる。
だから、頑張って、とも言わない。
あたしは、陸を信じてる―――・・・

どれぐらいそうしていたのか、あたしはずっとガラス窓の前に立っていた。
気が付いたら、今まで微かに聞こえていた 陸のお母さんが陸を励ます声が聞こえなくなっている。
代わりに、むせび泣く声が聞こえる。
心臓が大きく跳ね上がった。 そしてそのまま早鐘を打ち始める。
不思議と涙は出てこなかった。
ただ頭の奥がハウリングを起こしたみたいになっていて・・・
また夢なのか現実なのか分からなくなってきた。
集中治療室のドアがまた・・・ 今度はゆっくりと開かれる。
「・・・・・・結衣ちゃん・・・」
陸のお母さんが口元をハンカチで押さえながら、あたしを呼ぶ。
けど―――・・・ 行きたくない・・・
だって・・・ その部屋には、なにがあるの? 
行ってあたしはどうすればいいの?
そこにいる陸に会ったら・・・・・・ あたし・・・ どうなっちゃうの?
―――あたし・・・・・・ 絶対、発狂する。
入りたくないのに、あたしの足は勝手にあたしを運んで行く。 止めたくても止められない。
陸の手を握っていた陸のお父さんが あたしに気付き、場所を空けてくれる。
・・・・・な、に・・・?
そんな・・・ 場所空けたって、あたし絶対、行かないよ・・・
なかなかあたしが陸のそばに行こうとしなかったら、
「・・・・・・・・ゆ、い・・・」
と微かに、本当に微かにあたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。
―――え・・・・・・?
「―――あ・・・」
それが、あたしを呼ぶ陸の声だって気付いて、慌てて陸のそばに駆け寄った。
「陸・・・? 陸、陸・・・・・・ッ!!」
陸の手を強く握ったら、陸も・・・弱かったけど、でも確実に握り返してきた。

―――どうしよう・・・

あんなに思い出せなくて困っていた陸の顔が見えない。

視界がぼやけて、なにも見えない・・・・・・

こんな嬉しいことは、きっとこの先一生ない。


陸が・・・ 陸が、意識を取り戻した―――・・・!!

あたしが制服の袖で涙を拭っていたら、
「・・・ゆ、い〜」
とまた陸があたしを呼んできた。
「なに? ここにいるよ」
また手を握り締める。
「・・・・・・て?」
陸が何か言った。 けれど声が小さいのと、酸素マスクのせいでよく聞き取れない。
「なに?」
陸の口元に耳を寄せる。
陸はまたちょっとだけ間をあけて、
「・・・キス・・・し、て・・・・・?」
とアーモンド形の瞳を細める。
「・・・いいよ」
もう、ずっとしてないもんね。
あたしもしたかった。 陸とキス・・・
と、酸素マスクを外そうとしたら、
「・・・・・まだ吸入マスクは外さないで下さい」
と先生が咳払いをしながらあたしを軽く睨んだ!
その場にいた看護婦さんたちがクスクスと笑っている!!
うわ――――――ッ!!
「ご、ごめんなさいッ!!」
は、恥ずかし―――ッ!!! みんないるの忘れてたよ・・・
陸のお母さんが涙を拭いながら、
「全く・・・ 意識戻ったと思ったらすぐそれなんだからッ!!」


「今野く〜ん♪ 検温よ〜」
土曜日。
面会時間が始まる1時ちょうどに陸の病院に来たら、病室に入る前からそんな声が聞こえてきた。
「今日の夕方清拭でしょ? 右手使えないし不便だろうから手伝ってあげる♪ 遠慮しないで言ってね〜?」
「はぁ・・・」
陸のベッドの周りのカーテンが引かれている!
「陸ッ!!」
勢いよくカーテンを開けて中に飛び込む。「なにやってるのッ!?」
突然飛び込んできたあたしに、看護婦さんと陸が驚いてこっちを見る。
「・・・・・残念。 彼女来ちゃった」
と言って看護婦さんがあたしに体温計を渡す。「計っといてね?」
ちょっとだけ看護婦さんのことを睨んだら、あたしの視線になんか全然気がついていないって感じで、
「鈴木さ〜ん。検温の時間ですよ〜」
と陸の足元の方のベッドに移動して行った。
「結衣! 早いね」
と陸が笑顔を見せる。「今日は予備校もないし、面会終了時間までいて・・・」
「今、なにしてたの?」
陸の話を途中で遮る。
「え?」
「あの看護婦さんとッ!! カーテンなんか閉めちゃって・・・ 何してたのッ!?」
「なんもしてないけど・・・ なに? もしかして妬いてんの?」
と陸がいたずらっぽくあたしを見上げる。 あたしは慌てて顔を背けて、
「べっ、別にッ!? 妬いてなんかないけどッ!!」
―――・・・ だ、だって・・・
あの看護婦さん・・・ 胸、おっきいんだもん・・・ 美人だし・・・・・・
陸エッチだから、絶対喜んでる・・・
・・・・・それに、陸・・・ ゆ、浴衣とか、学ランとか? そういうの好きみたいだったから、絶対あの白衣だって好きに決まってるッ!!
―――陸が集中治療室から一般病棟の整形外科に病室を移されてから、1週間が過ぎた。
幸いぶつけた頭も異常はなく、感染症なんかもなかったみたい。
順調に回復には向かっているみたいなんだけど、退院まであと2週間くらいはかかるみたい。
あたしは毎日学校が終わると、(予備校に行く前のほんのちょっとの時間だけど)陸のところに寄っていた。
陸は、
「予備校もあって大変でしょ? 毎日来なくてもいいよ?」
なんてことを言っている。
でもあたしは毎日・・・ううん、学校をサボってでも陸と一緒にいたいくらいの気持ちだったから、授業が終わるのと同時に学校を飛び出してここに向かっていた。
陸も、
「毎日来なくていい」
とは言ったけど、やっぱりあたしが来るとすごく嬉しそうな顔してくれて・・・
・・・って、それはあたしも嬉しいことなんだけど、ひとつ気になることが・・・
それは―――陸の部屋を担当している看護婦さんが、スタイルも良くて美人だということだった。
他の部屋はよく分からないけれど、陸が入っている4人部屋は陸以外は、みんなあたしのお父さんくらいか、それよりちょっと若い?くらいの人たちばかりだった。
多分、廊下ですれ違ったりするのもそれくらいの人たちばかりだから、陸みたいな高校生は他にいないんだと思う。
だからかどうか知らないけど・・・ 看護婦さんがみんな陸に優しすぎる気がするッ!
この前も、陸と話をしていたら検温の時間でもないのに看護婦さんがやってきて、
「今野くん♪ これ患者さんから頂いたんだけど、食べる?」
ってモロゾフのプリンを置いて行った!
一緒の部屋のおじさんたちにはあげないのに・・・・・ッ!! 絶対贔屓されてるッ!!
しかもしかも、陸の部屋担当の看護婦さん、陸が病室を移ってきた直後より絶対、確実に、スカートの丈短くなってるッ!!
前は膝隠れてたのに、今はそれが完全に出てるしッ!
あんなんでシーツ交換なんかしたら、ケッコーきわどいところまで見えちゃうに決まってるッ!!
ちょっと、いいのっ!?
患者さんのお世話をするナースが、そんな挑発するような格好したり、特定の患者さんだけエコ贔屓したりして―――ッ!!
陸の足元のベッドにいる看護婦さんに視線を移す。
足元の患者さんは寝たままだったから、血圧を測ったり脈を取ったりする看護婦さんがちょっと前屈みの姿勢になっている。
あの格好・・・・・ やっぱり、エッチだッ!!
ふと陸の方を窺ったら、陸は足元のベッドの方を見て、眉間にしわを寄せている。
やっぱり、あの看護婦さんのこと見てるッ!!
「もうっ! なんで陸はそうエッチなのッ!?」
「・・・は?」
「怪我してるんだからねッ!? ここにはそれ治すためにいるんだからッ!!」
「え・・・? あの、結衣・・・?」
突然怒り出したあたしに陸があっけにとられた顔をする。
なんの脈絡もなく怒られたら、誰だってそんな顔するだろうけど・・・
もう・・・ いつもは学校の帰りにちょっとしかいられないから、一日中一緒にいられる今日を楽しみにしてたのに・・・
あたしのつまんないヤキモチのせいで、貴重な時間が無駄になっちゃう・・・
けど、一度怒り出したら引っ込みが付かなくなってしまって、あたしはいつまでも頬を膨らませていた。
「結衣?」
「・・・・・なに?」
頬を膨らませたまま返事をする。 あたしの態度に陸は怒りもしないで、
「ちょっと散歩行かね? それ取って?」
とベッドの脇にたたんであった車椅子を指差す。
「えっ!? ・・・だって・・・外行っていいの?」
「大丈夫大丈夫。今日天気いいし、あったかいし。 屋上行こ!」
骨折したのは右腕だけだったけど、身体の右半分を強打していたから右足もひどい打撲で、陸はまだ歩くことが出来なかった。
支えるようにして陸を車椅子に乗せ、恐る恐る廊下に出る。
「・・・・・看護婦さんとかに怒られないかな?」
「怒られるかもね? ・・・連れ出した結衣が!」
「え・・・えぇっ!?」
驚いて陸の顔を覗き込んだら、陸は楽しそうに笑っている。
ナースステーションの前を通らないように遠回りをしてエレベーターに向かう。
洗濯済みの真っ白なシーツがたくさん干してある屋上は、思ったよりも暖かかった。
もうすぐクリスマスだっていうのが信じられないくらい。
屋上に設置してあるベンチに2人で並んで座る。
「寒くね?」
「陸こそ。 大丈夫なの?」
「ん」
そのまま2人でしばらく日光浴。
「昨日さ・・・ あいつ・・・松浦が来たよ」
「え・・・? ・・・なんて?」
「悪かったって。 謝りに来たみて。 それから・・・」
と言って、陸がポケットをゴソゴソと探る。「これ、返しといてくれって」
陸の手の平には、陸にもらったペンダントがのっていた!
陸の事故のこととかですっかり忘れてたけど・・・
「・・・・・良かったぁ・・・ッ!!」
陸からペンダントを受け取り握り締める。
・・・でも、松浦くん、どうやってプールからこれ見つけ出したんだろ?
あんなに水が濁っていたら、絶対プールサイドから探すのは無理だし・・・
まさか・・・ あたしみたいに飛び込んでくれたとか?
今度こそホントに、
「センパイの大事なものを捨てたり、傷つけたりして・・・すみませんでした。 お詫びにオレ潜ります!」
とか・・・
妹さんの事で色々あったみたいだけど、根は優しい子みたいだし・・・ きっとそうだよ!
月曜日学校で会ったらお礼言っとかなくちゃ!
風邪なんか引いてないといいけど・・・
「なんか・・・ 水抜いただけだ。オレはそこまでお人よしじゃないって言ってくれって・・・」
陸が少しだけ眉を寄せて、「言えば分かるっつってたけど、分かる?」
―――もうッ!!
なんなの、松浦くんッ!! やっぱり意地悪い子だよねッ!!
ちょっとでも優しい・・・なんて思ったあたしが間違ってたッ!!
「昨日、色々あいつに聞いたよ? ゴメン・・・ オレの勘違いで、結衣のこと責めたりして・・・」
と陸がちょっとだけ目を伏せる。
「ち、違うよっ!陸!! あたしが単純っていうか・・・バカなだけで・・・ 全然陸は悪くないんだよっ!?」
あたしが慌ててそう言ったら、陸があたしを見てちょっと笑った。
「あのあと・・・ 結衣と別れ話したあと、何回も結衣に電話しようと思ってたんだよね」
「・・・そーなの?」
もう完全にフラれたと思ってたけど・・・
「けど、オレから切り出したのに、なんだよ今さらって感じで・・・ カッコ悪くて出来なかった」
「陸・・・」
「でも、マジで勘違いでよかったよ。 オレ結衣なしじゃ生きていけねーもん」
「そんなのっ! あたしだってそーだよっ!!」
思わず怒鳴るようにそう言って陸を見上げた。 陸のアーモンド形の瞳があたしを見つめている。
その瞳が少しだけ細められて、陸が唇を近づけてくる。 あたしもゆっくりと目を閉じた。
やわらかい陸の唇。
いつもはそんなこと感じなかったけど、その唇のやわらかさに、陸がちゃんとここにいるんだって実感できて・・・
急に胸に溢れてきたものを押さえることが出来なくて、そのままあたしから陸の唇を食んだ。
一瞬驚いた陸の唇。 でも、すぐにあたしの想い以上の情熱さで、陸が応えてくれる。
「―――・・・んっ、 ン! ・・・あ・・・陸・・・」
「結衣・・・」
怪我をしていない左手であたしの頭を抱え込むようにして、陸が熱い思いをぶつけてくる。
しばらくそうしてから、どちらからともなく唇を離した。
「ずっとしたかった・・・」
と陸が間近からあたしの瞳を覗き込む。
「あたしもしたかったよ? 陸と・・・ キス・・・」
そう言ってちょっと見つめ合ったあと、またお互いの唇を寄せる。
いたずらに陸の下唇を軽く噛んでみたら、陸が仕返ししてきた。お互いちょっと笑って、また唇を合わせる。
いつもは焦ってしまう、あたしたちのキスが起こす水音も、今日はなんだか・・・
逆に気持ちが高揚してくるっていうか・・・ それを聞いて、余計に止まらなくなってしまっているあたしがいて・・・
「ねぇ・・・ 結衣・・・ オレ、もう相当我慢できないところまで来ちゃってんだけど・・・」
とあたしの頭を抱えるようにしていた左腕を、今度は腰の方に回してくる陸。
そんなの・・・ あ、あたしだって・・・ ちょっと・・・・・・だけど・・・
「・・・怪我に障るから・・・ダメ、だよ・・・」
陸はあたしの腰をなでながら、
「大丈夫だよ・・・」
「ダメッ! ・・・これ以上陸の入院が延びたらイヤだもん」
と陸の手を押さえる。 陸はちょっとふて腐れたような顔をしたあと、
「んじゃチュー。 死ぬほどする!」
「あ・・・ んっ!」
陸の舌があたしの唇を割って口内に侵入してくる。
何度もなぞられる上顎や歯列の裏側。 絡め合う舌が別な意思を持った生き物みたい・・・
舌を差し入れたまま、何度も角度を変えた。
夢中になってキスしていたら、
「陸――――――ッ!!」
と誰かが屋上にやってきた。
あたしたちは屋上の端の方のベンチに座っていた。 目の前をたくさんのシーツがはためいていて、誰が屋上にやってきたのかすぐには分からない。
でも・・・ この声は 多分、陸のお母さん。
「どこにいるの―――?」
「は―――・・・ん、んんっ!?」
あたしが立ち上がって返事をしようとしたら、陸に腰を抱き寄せられ、またキスされた。
ちょ、ちょっと――― 陸っ!?
お母さんが・・・・・ こっちに・・・ 来る・・・・・・
「・・・ん・・・ぁ・・・」
はじめはあたしも焦ってたんだけど、巧みな陸の舌の動きに翻弄されているうち・・・
気付いたら、陸の頬を両手で包むようにして、あたしも陸の唇を追ってしまっていた。
「んっ! あ・・・はぁ・・・陸・・・ す、きっ!」
「・・・・・オレ、も・・・っ」
「陸―――? あんたお昼の抗生剤、飲んでないでしょ―――!?」
たくさん干してあるシーツのせいで姿は見えないけど、陸のお母さんの声が段々近づいてくる。
「あ、ん・・・ 陸っ」
「結衣・・・ 好きだ。 スゲー好き・・・」
何かに憑かれたようにお互いの唇を求め合った。
「ちょっと、陸―――? 返事しなさいよ―――!!」
キスが起こす水音と、その合間にお互いの名前を呼び合う掠れた声と、陸を探す陸のお母さんの声がミックスされて鼓膜に流れ込んでくる。
目の前に干してあるシーツに陸のお母さんの影が映った。
陸もあたしもそれをちゃんと網膜に焼き付けているハズのに・・・
まだ・・・ まだ・・・って、唇を離せないでいるあたしたち・・・・・
目の前のシーツが勢いよくめくられる。
「・・・なんだ〜〜〜! こんなところにいた! って、あ、結衣ちゃん来てくれてたの? 毎日毎日悪いわね〜」
と陸のお母さんがあたしに笑顔を向ける。
「い、いえ・・・」
「なんだよ? 邪魔しに来たのかよ?」
笑顔の裏で気付かれないように呼吸を整える。
コンマ何秒の世界で、あたしたちは唇を離していた。
あ、危なかった〜〜〜〜〜〜ッ!!
陸のお母さんの登場で、一気に現実に引き戻された。
あ、あたし・・・どうしちゃったんだろ?
まるで熱にでも浮かされてたみたいだった・・・
じゃなきゃ、あんな大胆なこと出来ないもん!
自分の大胆さに驚きつつ、とりあえず陸のお母さんにキスしているところを見られたわけじゃないと分かり、ホッと胸をなでおろす。
「もうッ! 薬ぐらい言われなくてもちゃんと飲みなさいよねっ!」
「うるせぇな〜。 あとで飲むよ」
「ダメっ! 今飲みなッ!! ホラ、薬と飲むもの持ってきたから・・・」
と陸のお母さんが何個かの薬と、パックの飲み物を陸に渡す。
「・・・って、フルーツミックスってなんだよっ!? こんなので薬飲めるかよッ!! 甘ったるいだろッ!!!」
「なによ? うるさいわねぇ、いちいち! あんたの冷蔵庫に入ってたのよ!」
「あ・・・ それ、あたしが来るとき買って来たヤツなんです・・・ ごめんなさい」
あたしは病室に来る前に、陸たちのお茶の時間に一緒に飲もうとパックのジュースを買ってきていた。 陸のお母さんはそれを持ってきたみたいだった。
陸はあたしの耳元に顔を近づけて、
「いや、結衣は悪くねぇよ。 薬と一緒に持ってくる方が悪い」
「聞こえてるわよっ!?」
「ババァのクセに、耳だけはいーんだよな!」
「陸・・・? あんた、また集中治療室に戻りたいみたいね?」
陸とお母さんのやり取りにおかしくなって笑う。
「ムカついたから、陸の都合悪いこと、結衣ちゃんに教えちゃお〜っと」
「・・・なんだよ?」
「え? なんですか?」
陸の都合悪いことって?
「そーねぇ・・・」
陸のお母さんが人差し指を顎に当てる。「謹慎中の意外な来客のこと・・・とか?」
「オイッ!! ―――・・・ッつ!?」
陸が慌てて立ち上がろうとして、顔を歪めながら再びベンチに腰を下ろす。
「・・・? なんですか? 来客って」
「ちょ・・・待てっ! あれは未遂だったろっ!!」
「それがね〜〜〜・・・」
「オイッ!! マジで止めろって!!」
陸のお母さんがあたしに耳打ちしてくる。
「――――――・・・・・・ なのっ!」
「・・・・・そうなんですか?」
「うん!」
陸のお母さんが楽しそうに笑って、「言っちゃったわよ〜?」
と陸を振り返る。
「ちょ・・・・・・結衣ちゃん? ババァの言うことなんか信じないで・・・ね?」
「とにかく薬は飲んどきなさいよ?」
陸のお母さんはそう言いながら病棟内に戻りかけて、「あ! そーだ!」
とまた戻ってきた。
「・・・今度はなんだよ・・・」
陸がうんざりした声を上げる。
「あの男が、陸が退屈するだろうからって、ポータブルのDVDプレイヤー持ってきたわよ?」
「マジでッ!?」
途端に陸が顔を輝かせる。
「観たいもの教えれば、明日レンタルしてきてあげるわよ?」
「サンキュ―――ッ!! 結衣ッ、何観たい? 明日一緒に観よッ!!」
陸があたしに子供みたいな笑顔を向ける。
「あ・・・ ゴメン・・・ 明日は全国模試なんだ・・・」
あたしたち3年生は、明日朝から全国模試があって学校に行かなければならなかった。
センター前の大事なテストだから、どうしても休むことが出来ない。
「そっか・・・ そんじゃ無理だよな・・・」
と途端にトーンダウンする陸。
「あ・・・ じゃ、模試が終わってから来ようかな? ちょっと遅くなっちゃうけど・・・」
なんだか陸がかわいそうになって慌ててそう言った。
「いいよ。 今日だって帰ったらテスト勉強すんでしょ? あんま寝れねーだろうし・・・明日は来なくても」
「ううん! 来る! DVDもそうだけど、ちょっとでも陸と一緒にいたいし・・・」
とあたしが手を握ったら、
「いや・・・ 結衣がそう言うんなら・・・ いいけどさ」
とちょっと顔を背ける陸。
「でも、ホント、マジで無理すんなよな? オレはいつでもいいんだからさ」
と明るい調子で言って、「・・・明日は1人で観てもいいし?」
陸が斜め下の方に視線を泳がす。
あたしは陸のお母さんと顔を見合わせた。

『・・・知ってた? ―――陸ってね、ウソつくとき、必ず右下に視線泳がすのよね』

あたしはなんだか嬉しくなって、陸の腕に自分のそれを絡ませた。

「明日 絶対来るッ! 4時には終わるから、それまで待っててね♪」
おわり

「おわり」をクリック! おまけがあるよ!!
(おまけはR指定です。15歳未満、性的表現に嫌悪感を抱く方は閲覧しないで下さい)


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