チェリッシュxxx 第6章

G 悪夢


「え・・・・・? 陸が退学って・・・ ウソでしょッ!?」
思わずベッドから飛び起きた。
『結衣? まだ退学じゃなくて停学って貼り出されてただけよ?』
ケータイの向こうで麻美が慌てて訂正する。
「同じだよッ! 停学3回で退学なんだよッ!?」
なんで・・・? なんでそんなことになっちゃってるの・・・・・・
『なんか、あたしもよく分かんないんだけど、暴力沙汰起こしたらしいわよ? それで停学1週間だって』
暴力・・・って、誰に・・・?
バイクの件で停学2回目だって分かってるはずなのに・・・ 陸ってば、何やってるのよッ!!
「陸・・・ 陸は? どうしてるの?」
『それは分かんないけど・・・ ただ、五十嵐が川北先生に何か話してるところ見かけたのよね。そのとき商業科がどうのとか言ってたから、もしかしたら何か知ってるのかも・・・』
「五十嵐くんが!?」
なに・・・? 何がなんだか分かんない。
まさか陸、暴力振るった相手って五十嵐くんなの? でも、それだったら麻美が気付いてるよね・・・
麻美が心配した声で、
『五十嵐に聞いてあげよっか?』
・・・・・ここでいつもだったら余計な気を回してそのままお願いするところなんだけど・・・
何かを知っているらしい五十嵐くんから直接詳しい話が聞きたかった。
それに、麻美が五十嵐くんから話を聞いて、それの返事を待っている時間が耐えられない!
「ううん! 自分で電話して聞いてみる。 ありがとね、麻美!」
お礼を言うのももどかしく、慌てて電話を切る。
一瞬、陸のケータイに連絡を入れようとして、
・・・・・あたしもうフラれてるし・・・ こんな大変なときに別れた彼女から電話が入ったりしたら鬱陶しいかも・・・
と思い直し、止める。
時計を見たら、お昼休みが終わる5分前だった。
「あ! 五十嵐くんッ!? あたし!村上だけど!!」
『ああ・・・ 村上さん。 もう風邪は平気なの? こんな時期にプールなんか飛び込むから・・・』
「陸がまた停学ってホントッ!?」
五十嵐くんの話を途中で遮る。
よかった・・・ 出てくれて。
もしかして、もうすぐお昼休み終わっちゃうから出てくれないかもって思ってたんだけど。
5分で詳しく聞き出せるか分からないけど、五十嵐くんが知ってることだけでも聞かせてもらいたい!!
五十嵐くんのセリフを待つ。
―――・・・・・ん?
「・・・あの、五十嵐くん?」
あまりに返事がないから、一瞬 通話が切れてしまったのかと思った。
『・・・・・ホントだよ』
やっと五十嵐くんから返事が返ってくる。
「なんでっ!? ・・・麻美から聞いたんだけど、誰かに暴力振るったって・・・」
『・・・うん。そうだよ』
「そうだよって、なんで・・・」
五十嵐くんの断定的な言い方にハッとする。「・・・・・もしかして五十嵐くん・・・ その場にいたの?」
あたしがそう聞いたら、またケータイの向こうが静かになる。
「・・・いたの?」
再び問いかけたら、大分間をあけてから、
『・・・・・ああ』
と小さく五十嵐くんが返してきた!
「・・・なんでッ!? なんで止めてくれなかったのッ!? 陸があと1回で退学って知ってたでしょッ!!」
『―――・・・』
また沈黙。
「何が原因なの? 陸だってあと1回で退学だって知ってたんだから、よっぽどのことじゃないとそんなことしないはずだよ?」
『―――・・・』
五十嵐くんは何も言わなかったけど、知らないんじゃなくて、話せないんだっていうのが雰囲気で伝わってきた。
「・・・分かった。言いたくないならいい。 ―――・・・じゃ、誰とケンカになったのか教えて!」
『―――・・・』
・・・それも教えてくれないわけッ!?
「ねえッ!」
『ゴメン、もう5限目始まるから・・・』
と五十嵐くんは通話を切ろうとする。
「待ってッ!! ・・・・・じゃ、イエスかノーで答えてくれればいい」
『ゴメン、切・・・』
「松浦くん?」
通話を切られる直前、慌ててその名前を出した。「松浦くんなんでしょ?」
そう聞いたら、また電話の向こうが静かになる。
けれど、それだけであたしの知りたいことが分かった。
「・・・・・ありがと、五十嵐くん」
『ちょっ、村上さんッ!? もうあいつにかかわるのは止めた方がいいっ! また・・・』
「じゃあね!」
五十嵐くんが話している最中だったけど、強引に通話を切ってしまった。
ゴメン、五十嵐くん。
五十嵐くんがあたしのこと心配してくれてるのはすごくよく分かる。
けど、陸が退学になるかもしれないってときにジッとなんかしていられない!
しかも、その原因がまた松浦くんだなんて・・・
すぐに松浦くんに連絡を取りたかったけど、松浦くんのケータイの番号が分からない。
仮に知っていたとしても、あたしからの電話だって分かったら出ないか、出てもすぐ切られちゃうに決まってる・・・

「ちょっと、結衣? どこ行くの? まだ熱下がってないでしょッ!?」
あたしが慌ててパジャマから制服に着替えていたら、物音に気付いたお母さんがあたしの部屋にやってきた。
「学校。 熱なら下がった!」
「ウソおっしゃい! さっきお昼に測ったとき7度5分もあったじゃない」
「そんなの微熱だよっ! とにかく行くからッ!!」
「結衣ッ!!」
あたしがカバンを肩にかけたら、それをお母さんがつかんだ。
「陸が大変なのッ! ダメって言われても絶対行くッ!!」
引き止めるお母さんの声を背中に、逃げるようにウチを飛び出した。
1時半を過ぎたばかりの電車は、乗客の数もまばらで座ることが出来た。
今から行っても6限目にも間に合わない。 けど、授業を受けに行くんじゃないから構わない。
松浦くんが帰る前に捕まえることが出来さえすれば、それでいい。
陸がケンカした相手は松浦くんだ。
絶対何か理由があったか、それかあたしのときみたいに松浦くんに何か仕組まれたに決まってる!
だったら、松浦くんを連れて川北先生に本当のことを話したら、もしかしたら陸の停学はなくなるかも知れない・・・
ううん! 絶対退学なんかにさせないッ!!
6限目が終了する前に学校に着いた。 けど自分の教室には行かずに体育館裏に隠れる。
教室に行ったら、カンの良い五十嵐くんのことだから、
「松浦んとこに行くのは止めな!」
って言われるし、誰か先生に見付かったら、
「コラ、授業中だぞ!?」
って怒られるに決まってる。
息を吐きかけて手を擦り合わせる。
と同時に、この前・・・・・・あたしの誕生日にキスしたとき、あたしの頬に触れた陸の指先が冷たかったのを思い出す。
―――・・・・・
もう散々泣いたのに、また下まぶたから涙がこみ上げてきそうになって、慌てて目をこする。
・・・これから松浦くんと話するっていうのに、涙が残ってるような顔で行ったら、またバカにされる!
そんなことをしていたら、6限目終了間近になった。
こっそり2年A組に向う。
終業チャイムが鳴り、先生が出てきたのと同時に教室のドアを開けた。
「松浦くんッ!!」
松浦くんだけじゃなくて、教室にいたみんなが振り返った。 けれどあたしは構わずに、
「話があるの! 来てっ!!」
と松浦くんに怒鳴りつけた。 松浦くんがゆっくりとした歩調でやってくる。
松浦くんは顔にいくつかのアザがあって、口の横にバンドエイドをしていた。
やっぱり、陸がケンカした相手って松浦くんだったんだ・・・
松浦くんはちょっと笑いながら、
「また来たの? 懲りないね、センパイも」
とあたしを見下ろした。
またこの前みたいに、掃除当番だから、とか言われるかと思ったら、
「ちょっと待ってて? カバンとってくる」
と意外にも素直な松浦くん。
・・・もしかして、頼めば川北先生にちゃんと話してくれるかも・・・?
あたしがこの前、プールに飛び込んだのが効いたとか・・・
「あんだけ大事だなんて知らなくて・・・ お詫びに川北んとこでもどこでも行きますよ」
とか?
・・・・・・いや、そんなに都合よくいくわけないか・・・
「歩きながら話しません? オレ今日、ちょっと寄りたい所あるんで・・・」
あれ? やっぱり素直?
本当は学校で話しつけて、そのまま川北先生のことろに連れて行きたかったんだけど、
「いいよ」
ととりあえず松浦くんに合わせる。
2人で最寄り駅に向かった。
「なんすか? 話って」
松浦くんが横目であたしを見下ろして、「って、今野のことに決まってるか」
分かってるみたいだから、前置きなしに始める。
「ケンカの原因って何?」
軽く松浦くんを睨みつけて、「どうせ松浦くんの方から手を出したんでしょっ!?」
なのに陸の方が強いから、処分受けるはめになっちゃっただけで・・・
じゃなかったら、あと1回で退学だって分かってる陸が、ケンカなんかするわけないもん!
「ケンカじゃないよ?」
「・・・え?」
言ってる意味がよく分からなくて松浦くんの表情を窺う。「・・・どういう意味?」
「オレ全然手ぇ出してないし。 あっちが一方的に殴ってきたの」
と松浦くんは口の横のバンドエイドを指差す。
「ウソッ!!」
「ホントだよ。 五十嵐センパイにも聞いてみれば? そこにいたから」
「・・・ッ!! い、いいよっ! 五十嵐くんに確認するからちょっと待っててッ!!」
とカバンの中のケータイを探る。
手帳をよけ、お財布をよけ、ハンカチをよけても・・・・・
・・・ケータイが出てこない。
あれ? ど、どこ行っちゃったの・・・ もしかして・・・
とあたしがカバンを探っていたら、
「・・・・・もしかして、ケータイ忘れてきたの?」
「〜〜〜・・・ッ!!」
いいよ!・・・・・なんてタンカ切ったのに・・・ 何やってんの、あたし・・・・・
松浦くんがクツクツと笑いを漏らしている。
「村上センパイって・・・ ホントサイコーだよな! 今野や五十嵐センパイが気に入るの分かる気がするよ!」
松浦くんは笑ったまま、「・・・って、オレは全然趣味じゃないけど」
と、またバカにしたような目線をあたしに向けた。
「べっ、別にいいよっ! あたしだって松浦くんなんか全っ然趣味じゃないからッ!! 陸の方が何倍もカッコいい!!」
あたしがそう言って睨みつけたら、松浦くんも睨み返して来た。 そして、どちらからともなく顔を背ける。
そのまま無言で駅にたどり着いた。 カバンから定期を取り出す。
「今野が一方的に殴ってきたってのはホントだよ」
「ウソつかないで!」
また松浦くんを睨みつける。
「ホントだって。 でも理由があるんだよね。 知りたい?」
松浦くんもポケットから定期を取り出して、改札機にかざす。
「・・・理由?」
「理由は、センパイだよ」
「・・・え?」
「オレが村上センパイのことバカにするようなこと言ったから、あいつが怒って殴ってきたの」
思わず立ち止まる。
・・・え? あたしのことバカにされたから怒ったって・・・
陸が・・・? どうして?
だって、あたしもうフラれてるし・・・
陸、あたしに愛想つかしてるはずじゃ・・・・
「おい! こんなとこに突っ立ってんじゃねーよっ!」
改札を通ったところで立ち止まっていたから、後から入ってきた人たちがぶつかるようにあたしの横を通り過ぎて行った。
松浦くんがあたしの顔を覗き込んで、
「聞こえた? オレが挑発したんだよ!」
松浦くんがそう言い終わるのと同時に、松浦くんの制服を強く引っ張る。
「一緒に川北先生のところ来てッ!!」
「は?」
「ちゃんと今の話、川北先生にもして!! それで陸の停学取り消してもらう!!」
松浦くんの制服をつかんだまま、今通過した改札をまた通ろうと振り返る。 急に振り返ったせいで、また後から入ってきた人たちにぶつかった。
「おい! 迷惑になるだろ!?」
逆に松浦くんに腕を引っ張られてホームに上がる階段の横まで連れて行かれた。
「ちゃんと川北先生に説明してよッ! 陸は悪くないって!!」
「まだあんなの庇うんだ? もう別れたのに?」
「あんなのとか言わないでっ!」
とあたしが大声を出したら、松浦くんも、
「あんなので十分だろっ!? あいつら商業科なんかっ!!」
と怒鳴りつけてきた。「あいつらのせいで妹が・・・」
いつもは憎らしいくらい生意気な松浦くんが、余裕のない表情を見せる。
「・・・え? 妹って・・・ なに?」
妹って・・・ 松浦くんの? なんで急に妹の話なんか出てくるわけ?
松浦くんはハッとして、慌てたように顔をそらした。 でもすぐにあたしを振り返る。
「・・・・・いいよ。センパイがそこまで言うなら、あの件はオレが挑発したことだって川北に言ってあげても」
「え!? 本当っ!?」
松浦くんが笑顔になる。
「うん」
・・・良かったぁ〜〜〜!!
「じゃ、学校戻ろ! 早く川北先生に・・・」
とあたしが戻りかけたら、
「ちょっと待って!」
と松浦くんがあたしの腕をつかんだ。「話してもいいけど・・・条件がある」
「条件?」
とあたしが聞き返したら、松浦くんは肯きながら、
「オレと付き合ってよ」
と人差し指を立てた。「一晩・・・ いや、1回でいいよ」
「・・・・・え・・・」
思わず固まる。
「勘違いしないで? センパイは全然趣味じゃないけど、あの今野がそんなに執着してたセンパイに興味があるだけ」
どうする?と言いながら松浦くんがあたしの顔を覗き込む。
つ、付き合うって・・・ そーゆーイミ、・・・だよね・・・
一晩って言ったのを、わざわざ一回って言い直してるくらいだから・・・
「そしたら、あいつの退学なくなるかもよ?」
松浦くんがどんなこと言ったのか分からないけど、陸はあたしのために怒ってくれた・・・
それで、松浦くんを殴ってしまって・・・
バイクのことだって、あたしを送ってくれるためだし・・・
―――・・・あ・・・
思い出したら、1番最初の停学だって、あたしのせいだよね・・・
全部・・・・・・あたしのせいなんだ・・・
松浦くんがちょっとだけ笑って身体を起こす。
「って、もう別れたんだから、センパイがそこまでしてやることないか」
「・・・分かった」
「え?」
顔を上げて松浦くんを見つめる。
「本当にそれで・・・ちゃんと先生に話してくれるんだよね?」
松浦くんもちょっとだけ目を見開いたあと、
「・・・ああ、話すよ。 約束する」
と肯いた。
「どこでするの? 早くして」
出来れば今日のうちに先生に話してもらいたい。
あたしがそう催促したら、松浦くんは一瞬黙ったあと、
「・・・ちょっと行きたい所あるんだけど・・・ ま、いいや」
とあたしの肩を抱いた。「ここら辺じゃ学校に近いからヤバいし・・・ とりあえず電車乗ろ?」
ホームに上がって電車が来るのを待つ。
「・・・絶対嫌がると思ったけどな」
あたしは足元に視線を落としたまま、
「松浦くんのことは大っ嫌いだけど・・・ 陸のためだもん。 我慢する」
「ははっ! 我慢ね。別にいいけど。 ・・・オレ、スゴイことさせるよ?」
松浦くんを睨みつける。
「なに? やっぱり止める?」
「・・・止めない」
「だよね。 ・・・あ!電車来た」
とあたしの肩を抱く手に力が込められる。
ホームにアナウンスが入り、目の前に黄色い電車が減速しながら滑り込んできた。
それを見た途端―――・・・あたしの足が震えた。 その震えがあっという間に全身に広がっていく。
徐々にスピードを落として目の前を通過していた車両がピタリと止まった。
30秒にも満たない停車時間のため、ドアが開いた瞬間から発車のベルが鳴る。
すぐに乗らないとドアが閉まってしまう。
「センパイ?」
でも足が動かない・・・
どうしよう・・・ 早く乗らなきゃ・・・
松浦くんがあたしを見下ろす。 あたしの肩を抱く腕の力が、ちょっとだけ緩んだ。
「・・・・・てもいいよ」
松浦くんが何か呟いた。 けれど、発車のベルに掻き消されて何を言っているのか全然聞こえなかった。
「ゴメ・・・ ちゃんと乗るから・・・」
とあたしが言ったときだった。
「待て―――ッ!! ウジ虫―――ッ!!」
とホームに声が響き渡った。
驚いて声の方を振り返る。
え・・・ この声って・・・・・
松浦くんも振り返って、
「なんだよ? お前謹慎中だろ?」
と眉を寄せる。
陸が息を切らせて階段を駆け上がってきた。
直後、空気が抜ける音と共に電車のドアが閉まった。 ゆっくりと電車が加速して行く。
「・・・手ぇ・・・は、放せよ・・・」
陸は激しく息を弾ませながら、「む、虫が触っていい、女じゃ、ねーんだよッ!!」
と松浦くんを睨みつけた。
「あぁ? お前が謹慎中オレが預かってやるんだよ! つか、もうお前のもんじゃねーだろっ?」
「いーから、放せッ!!」
松浦くんがあたしに笑顔を向ける。
「これからホテル行くところだし? ね、センパイ?」
「松浦くんッ!!」
松浦くんを睨みつける。 そんなあたしに松浦くんが顔を寄せて、
「・・・言うこと聞かないと、川北に話してあげないよ?」
と耳打ちしてきた。「いーの?」
「〜〜〜・・・ッ!!」
黙って足元に視線を落とした。
・・・もう、とっくにフラれてるけど・・・
もうあたしになんか興味ないかもしれないけど・・・
でも、やっぱり陸には誤解されたくない・・・・・
でもでもっ! 川北先生に話はしてもらいたいし・・・
どうしていいのか分からなくてそのまま俯いていたら、
「・・・ホラ? 彼女はいいってよ?」
と松浦くんがあたしを抱き寄せる。
「結衣がいいって言っても、そんなのオレが許さねぇッ!! 放せよ、おらぁッ!!」
陸が松浦くんの肩を突き飛ばすようにして、松浦くんをあたしから離す。 松浦くんは2、3歩よろけて、
「おいおい、また暴力かよ? 冷静に話し合いってのが出来ないのかねぇ〜。 お前ら商業科は?」
と肩をすくめる。「って、悪い。 お前もう商業科じゃなくなるんだよな? クビだし」
「テメェ・・・」
陸が松浦くんを睨みつける。
「じゃ、ボクも遠慮なくやらせてもらおうかな。 クビになる人間の言うことなんか、誰も信じないだろう・・・しっ!」
と言い終わるのと同時に、松浦くんが陸のお腹めがけて膝を蹴り出す。
「やめてッ!?」
思わず息を飲んだ・・・・・・けど、
「―――へッ! 2度も同じ手食うかよ」
と陸が直前で松浦くんの膝を受け止め、それを払いのける。 陸に足を払われて松浦くんがバランスを崩す。
「どうせクビになるなら、お前のコトぶっ殺してからクビになってやるよッ!」
と、陸が逆に松浦くんを殴ろうとする。
でも、陸の拳が松浦くんに届く前に、まだ体勢を崩したままだった松浦くんが、そのままの姿勢から逆に陸に殴り返してきた。
松浦くんの拳が陸の顔をかすめた。 陸が眉間にしわを寄せる。
「―――ッ!? ・・・テメェも何かやってやがんのか?」
「? ああ・・・ 五十嵐センパイも空手だかテコンドーだかやってるのか」
松浦くんは一瞬考え込むような顔をしたあと、「オレはムエタイだけどね」
「なにっ!?」
ムエタイ・・・・・・ って、なに?
「格闘技はいいぞ? 合法的に相手をぶん殴れるからな」
格闘技っ!? ムエタイって格闘技なの?
「ちょっ、止めて!? 松浦くんッ!!」
「やだね。 コイツにはさっき散々ぶん殴られてんだよ。 今お返ししてやる!」
松浦くんは両手と両足を使って、陸に攻撃を仕掛けている。
陸もケンカ強いけど、ケンカと格闘技とじゃ違うのか、松浦くんの方が有利に見える。
陸の方が背も高いし力では上だけど、松浦くんは動きが素早い。 無駄な動きがないっていうか・・・
とにかく、こんなこと止めさせなきゃッ!!
「松浦くん、止めてッ! ・・・ひゃっ!」
松浦くんを背後から止めようとしたら、引いた肘があたしの頭の横をかすった。 思わず首をすくめる。
「結衣ッ! 危ねーからあっち行ってろッ!」
陸が怖い顔をして怒鳴る。
「だって、陸が・・・」
「うるせぇっ! あっち行けっつってんだろッ!!」
だって・・・ だってだって・・・・・・
このままじゃ陸やられちゃうよ・・・ っていうか、ケンカなんか止めてよッ!!
あたしが二人の周りをウロウロしていたら、ピピ―――という笛の音が聞こえて、
「コラ―――ッ!! 何をしているッ!! 止めなさいッ!!」
と線路を挟んで向こう側のホームにいた駅員さんが、こっちに向かって怒鳴ってきた。 そして慌てて階段の方に向かって走っていく。
「ね、ねぇっ!? 2人とも止めてッ!! 駅員さんこっち来るよッ!! 学校に連絡行っちゃうよッ!?」
あたしは必死になって2人を止めようとした。 けど、やっぱり2人はあたしの話なんか全然聞いていない。
ホームにまたアナウンスが入り、次の電車に乗るための人たちがどんどんホームに上がってくる。
みんなが眉間にしわを寄せて、遠巻きに2人を眺める。
「ホントに止めてよ―――ッ!!」
とあたしが怒鳴ったとき、殴り合っている松浦くんのポケットから何かが落ちた。
「?」
なんだろ?
2人を避けるようにして、それを拾い上げる。
―――・・・なにコレ・・・?
なんか、相当汚れてるけど・・・ もしかして・・・・・お守り?
「・・・・・ッ!? か、返せッ!!」
それを拾ったあたしに松浦くんが気付き、取り返そうと手を伸ばしてきた。
「え・・・? きゃっ!」
松浦くんがひったくるようにあたしからそれを奪い取ったせいで、あたしは勢いでホームの外側の方によろけた。
ホームの端に、黄色い電車が滑り込んでくるのが見える。
このまま倒れたら危ない。
頭では分かっていたけれど、あたしの運動神経では倒れかかった体勢をそこから元に戻すのは不可能だった。

それからは、全てがスローモーションのようにゆっくりに見えて・・・・・

あたしからお守りみたいな物を奪い取った松浦くんの驚いた顔と、

「結衣ッ!!」

と叫びながら、転がるようにこちらに駆け寄ってくる陸の顔が見える。

と同時に、視界の端に小さく入っていた黄色い電車がどんどん近づいてくる。

電車が鳴らす警笛音と。

周りの乗客から上がる悲鳴にも似た声が。

確かにあたしの耳に届いているのに、なぜかボワンと間延びしたような音に変換されていて・・・

全然現実感がない―――







だから・・・・・・

きっと、これは夢だ。

今までのこと全部夢なんだ。

陸とケンカしたことも。 それで陸と別れたことも。

だって、こんなこと絶対ありえない・・・

―――絶対信じないッ!!

















「ひ、人がはねられたぞッ!!」
ホームにいた人たちが悲鳴を上げる。
さっき反対側のホームからあたしたちを注意していた駅員さんが、真っ青な顔をして駆け寄ってくる。
滑り込んできた電車が、不快な機械音を響かせながらやっと止まった。
でも目の前の状況に、開いたドアから乗客が降りてこれない。

・・・ホームに真っ赤な水溜りみたいなものが出来ている。
はじめ小さかったそれが、だんだん大きくなってきて・・・

・・・・・・その中に、倒れてる・・・・・・ この人は、誰・・・?

「センパイッ!! 落ち着いてッ!!」
肩をつかむようにして松浦くんに支えられた。 それで初めてあたしは、自分がワケの分からない事を叫んでいたことに気がつく。

―――あたしを庇った陸が、ホームに滑り込んできた電車に弾かれた。

ウソだ・・・・・
絶対・・・・・絶対こんなの、信じないッ!!!

「だ、だって・・・ これ・・・り、陸じゃない・・・ 陸じゃない―――ッ!!」


遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえてきた・・・・・


1話前に戻る チェリッシュの目次 NEXT