チェリッシュxxx 第6章
C イラムシ
「やったな♪ 村上!」 クラスメイトが声をかけてくる。「その調子でドンドン商業科クビにしてくれよ!」 「違っ・・・! あたしそんなつもりじゃ・・・」 「あ〜〜〜! それにしても、アイツまだ停学1回だったのかよ!? ゼッテーこれで退学だと思ったのによ〜」 「何? お前の知ってる商業科だったんだ?」 「知ってるとかじゃねーって! あいつ前に吉野で万引き見つかったときにさ、たまたま店にいたオレのこと仲間だとか言いやがったんだよ。 必死で否定したらやっとオバちゃんも納得してくれたけどさ〜・・・ でも学校には報告されて、オレ木下に相当絞られたんだよ!」 さわやかクンたちの朝の一件があってから、教室内はこの話題でもちきりだった。 さわやかクンと一緒にいた男の子数人が、喫煙の現行犯で川北先生に捕まり、次の授業間休みには掲示板に処分が発表されていた。 |
掲示板を見ていたら、足が震えてきた。 ・・・あたしのせいで、3人も停学になっちゃったの・・・? よく分からないけど、あの中にさわやかクン以外にも陸の友達・・・いたよね。 多分、よく陸の話に出てくる、 「ヒデがさぁ〜・・・」 っていう子もいて、やっぱりタバコ吸ってた気がする・・・・・・ ・・・・・どうしよう・・・ 「金八風に言うと、腐ったみかんは早めに取り除けってことだよな!」 「なんだそれ?」 「知らね〜。 ホリがモノマネでやってた!」 笑い声が上がる。 「害虫は早めの駆除が大切ってこと!」 「おうっ!五十嵐、村上っ! お前ら商業科バスターなんだから、この調子でこれからも頼むぜ!?」 害虫とか、腐ったみかんとか・・・ そんな風に言わないでよ・・・ そ、そりゃ、未成年の喫煙はいけないことだけど・・・ あたしそんなつもりで屋上行ったんじゃないのに・・・ クラスメイトの声に返事もしないで机にうつ伏した。 うつ伏せになった拍子に、襟元からペンダントがシャラ、と滑り落ちてきた。 ―――ッ! 陸ッ!! ハッとなって顔を上げる。 普通科でこんなに騒ぎになってるんだから、商業科でだって噂になってるよね? ううんッ! 殆どが陸のクラスメイトだったから、あたしたち以上に騒ぎになってるはずだよッ!! あたしが慌てて椅子から立ち上がるのと同時に、4限目が始まるチャイムが鳴り、 「今日は抜き打ち小テストやるぞ〜? みんな教科書しまえ〜」 と数学の八木先生がやってきた。 「え―――っ!? 抜き打ちやるなんて聞いてねーよぉ・・・」 「言ったら抜き打ちにならないだろうっ!」 先生が突っ込む声とみんなの笑い声の中、あたしは大人しく席に着くしかなかった。 「・・・だから、信じて? あたしさわやかクンたちを川北先生に引き渡そうとして屋上行ったんじゃないんだよ? ホントだよ?」 「分かってるよ」 さわやかクンと陸、友達だし・・・・・ もしかしたら、さわやかクンから、 「ヒカルちゃんのせいで・・・」 なんて聞いてるかも知れない! そう思ったあたしは、昼休みに陸を体育館裏に呼び出していた。 あたしが慌てて言い訳したら、陸は目を細めて笑って、 「結衣がそんなコトするなんて思ってねーよ」 「だけど、さわやかクンたちはそう思ってないよ・・・」 だって、あのときの状況からしたら、あたしが川北先生呼んできたって思われてもおかしくないもん。 |
「まさかヒカルちゃん・・・ オレらのこと、売ったの?」 って怖い顔してあたしのこと睨んでたし・・・ 絶対、そう思われてる・・・ 「いや、あいつらも分かってるって。 誰も結衣のこと恨んだりしてねーし。 ヒデだって停学食らったっつっても、まだ2回だからな。 あと1回あるってヨユー顔してたよ」 「そ、そんな・・・ あと1回ある、じゃなくて、あと1回しかない、だよ・・・」 いくらあたしのこと恨んでないって言ったって、あたしが気になるよ・・・ でも幸いというか、なんというか・・・ 今朝屋上でタバコを吸っている子達の中に過去2回以上停学を受けた子はいなかったみたいで、今回のことで退学者だけは出さないで済んでいた。 「・・・・・でも、川北先生があたしのこと呼んでるって、誰が言ったんだろ・・・」 あのあと、やっぱり納得いかなくて川北先生に聞きに行ったら、 「あ? オレは村上が呼んでるって机にメモがあったから行っただけだぞ?」 とか言ってるし・・・ なんかその辺がハッキリしなくて・・・ 一体なんだったんだろう・・・・・ とあたしが俯いていたら、 「ん?」 フと目の前に影が落ちてきた。 驚いて見上げたら陸の顔がすぐ近くに! 「えっ!? な、なに・・・・・ んッ」 あっという間に陸の唇があたしの唇に押し付けられた。 「ちょっ!? 今、こんなことしてる場合じゃ・・・」 すぐに陸の胸を押して、2人の体の間に隙間を作る。 そのまま身体を離そうとしたら、 「場合だよ」 と言って、陸があたしの腰を抱き寄せた。 「や、やだっ! ・・・ンッ! も、もうっ! あ・・・ンンッ!!」 何度唇を離そうとしても、それを許してくれない陸の唇があたしを追いかける。 腰に回されていた腕が、スカートの裾の方に下りて来たっ!! 「や、ッだ! なにするのっ!」 「イイコト♪」 こ、こんなところでっ!? 「だ、ダメだよっ!!」 とあたしが拒否したら、 「・・・どんだけしてないと思ってんの?」 と目を細めて陸があたしを見下ろしてきた。「それに昨日、今度ねって約束したじゃん」 そ、それは・・・そーだけど・・・ 「でも、学校じゃダメだよッ!」 「じゃ、予備校始まるまで・・・今日は7時からだっけ? それまでっ!だったらいいでしょ?」 「で、でもっ! ・・・陸、学校終わったらすぐバイト入れてるじゃん!」 確かに今日の講義は7時からなんだけど、いつも陸は学校が終わってからすぐバイト先のコンビニに向かっている。 前は週に何日かしか働いていなかったから、あたしの予備校通いが始まっても、結構会う時間があった。 なのに、陸はバイクと それからあたしの誕生日プレゼントを買うために、毎日バイトを入れるようになっていた。 店長にバイト料前借したからとか言ってたけど・・・ 陸の気持ちはすごく嬉しいけど、そんな無理してくれなくてもいいのに・・・ あたしアクセサリー音痴だし・・・・・ それに何より、陸の身体の方が心配だよ・・・ しかもバイトが終わったあとも、寒い中あたしの予備校が終わるの外で待ってるし・・・ 今さらだけど・・・ なんで陸は、こんな平凡なあたしにそこまでしてくれるんだろ・・・ 「サボるからいいよ」 「えっ!?」 驚いて陸を見上げる。 だって、前に、いきなり休んだらクビだとか言ってなかった? 「最近休みなしだったし。 ・・・つか、風邪気味? だから休む」 と言って、陸が顔を伏せる。 「えっ!? 風邪気味っ? って、大丈夫なのっ!?」 慌てて陸のおでこに手を当てる。「熱は・・・ ないみたいだけど・・・」 「うん。 でも風邪引いてんの! ・・・ケホッ」 と小さく咳をする陸。 「・・・だから迎えになんか来なくていいって言ったのに・・・」 あんな寒い中ずっと外で待ってるから、だから風邪なんか・・・・・ 「またあたしのせいで・・・ ゴメンね?」 申し訳なくて俯く。 そのあたしの顔を陸が覗き込んできた。 「じゃ、責任取って、今日オレんち来て?」 「え?」 「結衣が来てくれるならオレバイト休むし。 来てくれなかったらバイト行く。風邪引いてるけど!」 「えっ!? バイトは休まなきゃダメだよっ!? 風邪なんだから!」 「じゃ、来てくれるってことでいいんだよね?」 途端に陸が笑顔を見せる。 ・・・えっ!? な、なに・・・? もしかして・・・・・・ え? 「風邪・・・ 引いてるんだよね?」 「うん! 具合悪い」 笑いながら首を傾げる陸。「おかゆ作りに来て? ママお仕事でいないし♪」 マ、ママッ!? ―――やっぱり笑顔の陸。 ・・・とても風邪引いてる顔には見えない・・・ もう〜〜〜っ! やっぱり仮病なんじゃんッ!! ・・・・・けど、そんなことしてまであたしに来て欲しいのかな、と思ったらちょっと・・・いや、かなり嬉しかったり・・・ 「・・・・・分かった。 じゃ、作りに行ってあげる。 予備校が始まるまでだからね!?」 「わ〜い♪」 と言いながらまた陸にチュッとキスされる。 そんな事をしていたら、陸のケータイが鳴った。 表示を確認したあと、ちょっと顔をしかめて、 「店長」 と言いながら通話ボタンを押す。「はい? ・・・・・はぁ・・・ またタンドリーチキンまんっすか? えっ!? ポップ? ・・・それ、マジで言ってんスか?」 陸が通話口を指で押さえて、 「ワリ! 長くなりそうだから戻って? オレもこのまま教室戻る。 ついでに今日休む事も話しとくし♪」 「ん!」 あたしが肯いたら、陸はケータイで話しながら商業科校舎の方に戻って行った。 なんか、陸・・・ ホントに休んじゃって大丈夫なのかな? 頼りにされてるみたいだし、今だって店長から電話入ってきたし・・・ ―――・・・でも・・・ 今日陸が休んでくれたら嬉しい・・・かな・・・ 陸とゆっくり話出来るのだって久しぶりだし・・・ ―――でも・・・ は、話だけじゃ、ないんだよ・・・ね・・・? って、うわ―――ッ!! あたしなに考えてんのッ!? あたしもしかして・・・・・ 陸と付き合うようになってから、エッチになってるんじゃない―――っ!? 「・・・・・何やってんスか? センパイ」 「うわっ!」 急に背後から声をかけられて、ビックリして飛び上がる。 |
「え・・・? ま、松浦くん・・・?」 声をかけてきたのは松浦くんだった。 松浦くんはちょっとだけ眉をひそめて、 「真面目な顔して何か考え込んでると思ったら、急にニヤニヤしたりして・・・ 百面相かなんかっすか?」 「ちっ、違うよッ!!」 慌てて顔を引き締める。「それより、松浦くんこそこんなところに何しに来たの?」 ・・・まさか、あたしが陸と会ってるところ見られた? いや、見られたっていいんだけど、バイトの話とかいろいろしてたから、それ聞かれてたらマズイよね。 ・・・・・・っていうか、いつからいたんだろ? 全然気がつかなかった・・・ 松浦くんは、 「見回り」 と言ってあたしを見下ろした。「イヤ、今朝の村上センパイ見習って、オレも喫煙者とっ捕まえようかと?」 それで体育館裏に、と続ける松浦くん。 「ちょっと待って? あたし別にそんなつもりで屋上行ったんじゃないよっ!? 誰かが・・・ッ!」 あたしが慌てて言い訳しようとしたら、松浦くんはそれを手で制して、 「あ〜、別に村上センパイがどういうつもりでヤツら捕まえてもいいんすよ。 要は違反者捕まえられればいいんすから!」 「・・・・・」 ・・・・・なんでこの子、こんな言い方するんだろ? 「松浦くん・・・ 何か商業科に恨みでもあるの?」 「はい?」 松浦くんがちょっと首を傾げる。「なんすか?」 「この前から思ってたんだけど、何か嫌なことでもされたの? 商業科に」 「別に? 何もないっすよ?」 「うそっ! じゃ、なんでそんなイジワルな言い方ばっかりするのっ? 確かにタバコ吸ったり色々ある子たち多いけど、みんな根は悪い子じゃないんだよっ!?」 「・・・ホント、センパイってめでたいっすね?」 「そのバカにした言い方も止めてっ! ホントに怒るからねっ!」 とあたしが睨んでも、松浦くんは全然平気な顔してる。 「〜〜〜あたしもう行くからっ!」 と松浦くんの横を通り過ぎようとしたら、 「あ」 と松浦くんが、ちょうどあたしの肩の辺りを見ながら呟いた。 「・・・なによ?」 「・・・イラムシ」 ・・・・・? イラムシ・・・って、なに? 肩になんか付いてるの? あたしが肩に手を伸ばそうとしたら、 「待って! 刺されるよっ!?」 と松浦くんが鋭い声を上げた。「毛虫だから」 「―――・・・けっ・・・!?」 全身の血液が音を立てて退いていく・・・・・・ 「やっ、やだやだやだ―――ッ! 取って取って取って―――ッ!!」 肩から顔を背けるようにして悲鳴を上げる。 「取ってあげる」 とあたしの背後に回る松浦くん。 |
「早く早く早く〜〜〜ッ!!」 「センパイ、動かないで? あんまり動くと首元の方に落ちちゃうよ」 くっ、首に―――ッ!? 慌てて動きを止める。 怖くて、気持ち悪くて、とてもジッとしていられないけど、必死に我慢する。 我慢するから、・・・早く取ってッ!! 背後で小さく笑うような声が聞こえたあと、 「センパイ? 息はしてもいいよ?」 「ッ!?」 そ、そっか・・・ 慌てて呼吸を再開させる。 「ね、ねぇ・・・? まだ・・・・・ ッた!?」 と松浦くんに話しかけた瞬間、首筋にチクリと、何かが・・・刺さった・・・・・ような・・・・・・ 「取れたよ」 松浦くんが肩越しにあたしを覗き込む。「大丈夫?」 「・・・・・ねぇ・・・? 今、チクッとしたんだけど・・・ ま、まさか・・・」 あたしが恐る恐る尋ねたら、 「えっ!? 刺された?」 と松浦くんも慌てる。 刺された―――? 毛虫に―――!? ・・・・・ぎ・・・ぎゃ〜〜〜〜〜〜ッ!! とあたしがパニクっていたら、松浦くんがあたしの襟足の髪をかき上げて、今痛みを感じた部分に唇を当ててきた! 「え・・・ えっ!?」 「応急処置。 毒吸い出してあげるから」 「え? え・・・ ちょ、ちょっと待って!?」 「刺された直後は痛くなくても、あとで痛くなってくるんだよ」 と言いながら患部を吸い上げる松浦くん。 「いやっ、でも、あの・・・」 「いーから。 ジッとしてて? 毒が回ったら、ものすごく腫れるよ?首。 痛いし」 「そっ、そうなのっ!?」 唇を当てたまま、松浦くんが肯く。 ・・・・・一瞬ビックリしたけど、応急処置、なんだ・・・ そう言えば、昔見たテレビで、蛇に噛まれた人が毒を吸いだしてるの見たことあるけど・・・ あれと一緒かな・・・? なんか、さっきまであんなイジワルなこと言ってたのに・・・ ケッコー親切なところあるんだ・・・? 松浦くんの髪から、微かに柑橘系の匂いがする。 その前髪が頬にあたってくすぐったい。 そう言えば、毛虫の毒なんか吸い出して、松浦くんこそ大丈夫なのかな・・・? 口の中に毒とか? 残りそう・・・ ・・・っていうか・・・ 「・・・ね、ねぇ? ・・・まだ?」 どれぐらい吸い出すものなの? 毛虫の毒って。 それに、いくら応急処置だからって、いつまでもこの格好でいられないんですけど・・・ と思っていたら、 「村上さん!?」 と五十嵐くんがやってきた。「何やってんのっ!?」 その声を合図に、松浦くんが唇を離す。 五十嵐くんは眉間にしわを寄せて、あたしと松浦くんを交互に見ていた。 「えーとね。 毛虫があたしの肩にくっついてて、刺されたの」 「毛虫?」 五十嵐くんが眉間のしわをさらに深くする。「・・・今、12月だけど?」 「でも、ホントにいたんだよ! それに刺されちゃって、そしたら松浦くんが毒吸い出してあげるって・・・」 五十嵐くんが松浦くんを振り返る。 「・・・どれ? その毛虫って。 見れば毒持ってるかどうか分かる」 松浦くんは肩をすくめて、 「そんなの、もうそこの側溝に捨てちゃいましたよ」 と金網が張ってある側溝を指差す。 水は流れていないんだけど、ちょっと深いし暗くて底の方までは見えなかった。 五十嵐くんは一瞬だけ松浦くんを睨んだあと、 「・・・行こ、村上さん。化学の先生が探してたよ。 三浦さん休みだから代わりに僕にOHP運ぶの手伝えって・・・」 と校舎の方に向かいかける。 「うん・・・」 とあたしも向かいかけて・・・ 松浦くんを振り返る。「松浦くん! ありがとねっ!」 あたしが振り返ったら、松浦くんは手の平を眺めていた。 ? 何してるんだろ? 松浦くんはゆっくり顔を上げて、 「どういたしまして?」 と口の端を持ち上げるようにして笑った。 「・・・あんなとこで、何してたの?」 化学準備室からOHPを出しながら、五十嵐くんに聞かれた。 今日の化学は化学室が使えなくて教室で授業をすることになっていた。 だから使う模型やOHPも教室に運ばなければならない。 いつもはマリちゃんと一緒に当番をするんだけど、今日はマリちゃんが休みだったから、たまたまいた五十嵐くんが先生に頼まれたみたいだった。 あたしは準備室の鍵を閉めながら、 「ちょっと、色々・・・」 「なんで2年生なんかと一緒に?」 「松浦くんは・・・ あそこでタバコ吸ってる人がいないか見回りに来たんだって」 OHPは重いんだけど、結局五十嵐くんが1人で持ってくれた。 2人で教室に向かいながら、 「・・・松浦くんてさ、そんなに悪い子じゃないんだろうけど・・・ ちょっと商業科のこと敵対視し過ぎてるよね?」 「そう?」 「そうだよ! さっきだって、喫煙者を捕まえる・・・ってまるで犯罪者扱いなんだよ?」 あたしは最近の風紀の取締りの仕方や、新しく委員長になった松浦くんのやり方が納得いかなくて、五十嵐くんに愚痴っていた。 「だって、悪い事じゃない。未成年の喫煙って」 「そ、そりゃそうなんだけど・・・ 今朝の一件だってさ、ちょっと乱暴のような気がするし・・・」 「乱暴って?」 五十嵐くんが横目であたしを見下ろす。 「そりゃタバコ吸うのは悪いんだけど、あんな不意打ちみたいなのはかわいそうだと思って・・・ それにあの子たち、陸の友達なんだよ?」 「・・・・・それが?」 「何回か話したことあるんだけど、そんなに悪い子たちじゃないの! だから・・・」 「村上さん」 あたしがそこまで言ったら、五十嵐くんが割って入ってきた。 「あのさ・・・ 僕に商業科の話されても、正直困るんだよね」 「え・・・?」 思いがけない五十嵐くんのセリフに、驚いて顔を上げる。 「僕にどうにか出来る力があるわけじゃないし・・・ 仮にあったとしても、助ける気ないし」 五十嵐くんはちょっと面倒くさそうな、どうでもいいことのような口調で言って視線をそらした。 |
五十嵐くんの態度に戸惑いながら、 「な・・・ なんで?」 と聞いたら、 「なんで・・・って、聞く?」 眉間にしわを寄せて、五十嵐くんがこちらを見る。 「―――あ・・・」 あたしはゆっくりと目を伏せた。 「・・・・・・別にいいけど」 五十嵐くんは呟くようにそう言って、OHPを抱えたまま教室に入って行った。 ―――・・・あたし、また無神経なこと、してた・・・ 五十嵐くんがいつも優しくて、・・・それで大人だから・・・ だから、甘えてた・・・ 何も気付かないでいた頃みたいに普通に、あのときの五十嵐くんの言葉も全部なかったことみたいにして、普通に彼に接してた・・・・・ それが五十嵐くんを余計に傷つけることになるなんて、考えもしないで・・・ あたしって・・・ホント、サイテー・・・ 「ん? 村上? 何やってんだ? 授業始まるぞ?」 先生がやってきて、ドアの所に突っ立っているあたしの顔を覗き込んできた。 「? なんか結衣、元気なくね?」 「えっ!?」 急に陸に顔を覗き込まれて驚く。「・・・・・そんなこと、ないけど・・・」 「もしかして、オレの風邪感染った?」 とおでこをくっ付けてくる。「熱はないみたいだけど?」 「って、陸、風邪引いてなかったんでしょ?」 そう言って軽く睨んだら、陸が子犬みたいに楽しそうに笑う。 せっかく陸がバイト休んで時間取ってくれたのに、ボサッとしてたら陸に悪い・・・・・ 「えっと・・・ 久しぶりだね? 陸んち来るの。 文化祭以来だから・・・1ヶ月以上ぶり?」 「・・・かな?」 「あたしも予備校だし、陸もいっぱいバイトしてるもんね。 あ、ありがとうね。プレゼント」 「ちゃんとしてくれてる?」 「してるよ」 「どれ?」 と言って、陸が笑いながらあたしのシャツのボタンを外す。「確認させて?」 「ちょっ!? ちょっと陸っ!?」 も、もうソッチに流れちゃうのっ!? そりゃ、あたしも、 「・・・するんだよ、ね?」 なんてちょっと思ってたけど・・・ もう少し話とかしたいのにッ!! 「もうっ! ちょっと待って? 少し話とか・・・」 とあたしが陸の手を押さえようとしたら、 「あれ? ・・・してないじゃん」 あたしのシャツのボタンを外していた陸の手の動きが止まる。 「えっ?」 思いもしない陸のセリフに、驚いて自分でも胸元を見下ろす。 ・・・・・そこにぶら下がっているはずの、昨日陸からもらったペンダントが、ない・・・ な、なんでなんでっ? 今朝ちゃんとつけたの覚えてるし、休み時間にだって・・・あったし・・・ ・・・・・・って、まさか・・・ どこかに落とした・・・? ウソッ!? せっかく陸があんなに働いて買ってくれたものなのに・・・ッ!? きっと学校で落としたんだ・・・ でもいつ? 今日は体育もなかったし、着替えのときに落としたとかじゃないよね・・・ ・・・そう言えばあたし、前に杉田先輩からもらった指輪もペンダントにしてたら落とした事あったっけ・・・ ホントあたしって、アクセサリーとか向いてないのかも・・・ とあたしが考えていたら、 「結衣?」 と陸が顔を覗きこんで来た! ど、どうしよう・・・ 絶対落としたなんて言えないッ!! 「・・・き、今日は家に置いてきたんだった! 忘れてた!」 「は?」 あたしは内心の動揺を陸に悟られないようにしながら、 「あんまりもったいなくて・・・ ゆ、昨夜帰ってからまた箱にしまっちゃったのっ!」 「ははっ!なにそれ? ・・・もったいなくないよ。 してくれなきゃ意味ないし?」 あたしが慌てて言い訳したら、陸は特に怒った様子もなく、今度は絶対して来てよ?と言いながら許してくれた。 「う、うん! ゴメンねッ!!」 良かった―――・・・ 落としたのバレないですんだ・・・ でも、絶対見つけなきゃ! 明日朝イチで学校行って、今日行ったところ全部回って・・・ なんてことを考えながら、陸の動きに身を委ねていたら、 |
「・・・・・・何・・・ これ?」 あたしのシャツを脱がそうとしていた陸の動きが 再び止まった。「このアザ・・・」 陸があたしの首の付け根辺りを凝視している。 「アザ?」 言われてあたしも首を捻ったんだけど・・・ 角度的に全然見えない。 「なんかなってる?」 「・・・・・・なってるよ・・・」 陸は目を見開いたまま、そこから視線を外さない。 なんかしたっけ・・・? ぶつけたとか・・・・・・ 「・・・・・・あっ!」 そこまで考えて、急に今日のお昼休みのことを思い出した! あたし毛虫に刺されて、そこを松浦くんに・・・・・・ッ! 「・・・なに?」 陸が鋭い目線をあたしに向けてくる。 その視線にちょっとひるむ。 「あ・・・あのねっ? 今日、毛虫に刺されちゃったの、あたし。 それで腫れてるのかも??」 「毛虫?」 陸が眉をひそめる。 「う、うん」 見えないからよく分からないけど、きっと赤くなってるんだよね。 毛虫に刺されたせいもあるけど、松浦くんが毛虫の毒を吸い出してくれたせいもあるかも・・・ でも、そんなこと言ったら、陸絶対ヤキモチ焼くに決まってる。深い意味ないのに・・・ だから、毛虫に刺されたことだけ言っておく方がいい。 でも陸は、 「毛虫かよ・・・」 と呟きながら、まだあたしの首筋から視線を外さない。 下手したら、そのままいつまでも見つめていそうな勢いの陸。 ・・・・・いつまで見てるの? 「ね、ねぇ・・・? 陸? その・・・ あたし、予備校・・・6時半になったら行かなきゃいけないから・・・」 うっかりそう言ってしまって、慌てて顔を背ける。 これじゃまるで、 「時間ないから、早くしよ!」 って言ってるみたいだよッ!! 恥ずかしいッ!!! 「あっあのっ! 今のは・・・ 別に深いイミないっていうか・・・ きゃぁっ!」 慌てて言い訳しようとしたら、強く腕を引っ張られた。 そのままベッドに押し倒される。 「り、陸?」 「―――抱く」 「え・・・ あっ、やん!」 陸の唇が素早く胸元に落ちてきて、すぐに着ているものを全部脱がされた。 「あっ・・・ んっ!」 陸があたしの全身に触れる。 段々頭の中が真っ白になってきて、あたしはあっという間に陸に支配されてしまった・・・・・ 「村上さ〜ん? 何やってるの?」 ホウキを持った子があたしを見下ろす。「そんなとこに這いつくばって」 「あ、ゴメンね・・・」 あたしは立ち上がって膝についたホコリを払い落とした。 掃除当番の子が、 「変な村上さん」 と笑いながら掃除を続ける。 ・・・・・やっぱりない〜〜〜・・・ 今朝からずっと探してるのに、陸にもらったペンダントが見付からない・・・ 『一緒に帰ろ』 って陸からメールももらってたんだけど、あたしは放課後もペンダント探しをしたかったから、 『ちょっと用事があるから』 って先に帰ってもらうことにした。 昨日はなんとか誤魔化したけど、ペンダントが見付かるまで陸に会いづらいよ・・・ 毎回陸に服を脱がされるとは限らないけど、いつ、 「してる?」 ってチェックされるか分からないし・・・ なにより、陸が一生懸命働いて買ってくれたもの 早く見つけなくちゃっ!! 掃除当番の子が帰る頃になっても、あたしは教室の隅の方を見て回っていた。 これだけ探しても見付からないんだから、教室の外だよね・・・ あと行ったところっていったら・・・ 体育館裏とか化学準備室・・・ 本当にどこに落としちゃったんだろ? あたしは溜息をつきながら化学準備室に向かった・・・ そんな事をしていたら、予備校に遅刻してしまった。 学校と違うから、 「なんで遅れたっ!?」 って怒られたりはしないんだけど、講義中に教室に入っていったから先生やみんなにジロリと睨まれた。 「・・・すみません」 小さく謝って1番後ろの席に着く。 ・・・・・どうしよう・・・ 結局見付からなかった・・・ 化学準備室も体育館の裏も、移動に使った廊下やトイレまで見て回ったのに、陸がくれたペンダントは見付からなかった。 陸になんて言えばいいんだろ・・・ って、言えないよ・・・ いけないことだけど、同じもの買って 何事もなかったように誤魔化しちゃう? でも、5万円くらいするかもって麻美言ってたし・・・ あたしそんなにお金持ってない・・・ それに、どこで買えるのかも分からない・・・ なんてブランドって言ったっけ? ピン・・・ナントカって・・・ 麻美に聞けば分かるかな? あ、もらった箱見れば分かるかも・・・・・・ デザインはお店行って見れば分かると思うけど・・・・・・って・・・だから、そんなお金がどこに・・・ そんなことばかり考えていたら、いつの間にかその日の講義が終わっていた。 教室には誰も残っていない。 溜息をつきながら荷物をまとめる。 「・・・・・テキスト・・・ 欲しい人は、今日中に申し込みだよ」 誰もいないはずの教室で声が聞こえた。 驚いて顔を上げたら、ドアのところに五十嵐くんが立っていた。 「・・・テキスト・・・?」 「やっぱり聞いてなかったんだ? さっき先生が言ってたじゃない」 五十嵐くんと予備校で一緒になるのは英語の授業のときだけで、今日はその英語の授業がある日だった。 って・・・ 今日の授業は殆ど頭に入ってないんだけど・・・・・ 「・・・ありがと。 帰りに事務所で申し込んでく」 五十嵐くんの方を見ずに、カバンに荷物をまとめながら返事をする。 「・・・今日、なんで遅れてきたの?」 五十嵐くんはまだ出入り口のところに立っている。 あたしは視線を合わせないまま、 「・・・なんでもない」 と小さく返した。 前だったら、 「ねぇ? ペンダント見かけなかった? 落としちゃったみたいなんだけど・・・」 って聞いてたと思う。 けど・・・ もう五十嵐くんにそんなこと聞けない。 陸にもらったペンダントの話なんか、五十嵐くんにしちゃいけない・・・ 「バイバイッ」 逃げるように五十嵐くんの横をすり抜け、転がり落ちるように階段を駆け下りた。 ・・・感じ悪かったかな・・・ でも、普通に接してても傷つけちゃうんだったら、あたしには避けることくらいしか他に思いつかない。 そのまま建物を出て、いつも陸が待ってくれている消火栓の前まで走って行った。 息を切らせて辺りを窺う。 ・・・・・けれど、陸の姿がない。 ケータイの時計を確認したら、10時15分・・・ いつもだったら、とっくに来てくれている時間だった。 もしかして・・・ ホントに風邪引いちゃって来れない・・・とか? でも、だったらメールとか来てもいいのに・・・ それもない。 ――――――まさかッ!? あたしは慌てて陸のケータイに電話をかけた。 まさか・・・ 事故にあったとか・・・じゃ、ないよね? きっとバイトが抜けられないとか・・・そんなコトだよね? だからメールも出来ないんだよね?? 何度も鳴り続けるコール音。 途中まで数えてたけど、20回を越えたあたりからそれも忘れてしまった。 やっぱり、何度かけ直しても繋がらない。 ど、どうしちゃったの・・・? まさか・・・ホントに事故とか・・・? 諦めて家電の方に電話したら、陸のお母さんが出た。 『あ、結衣ちゃ〜ん♪ 元気〜?』 「はい・・・ あの、陸・・・陸くんは・・・」 『陸? なんかね〜調子悪いみたい。 さっき帰ってきたんだけど、ずっと部屋こもってるし。 もしかして寝てるのかも。 呼んで来よっか?』 「あっ、いや、寝てるならいいです」 『そ?』 良かった・・・ とりあえず事故とかじゃなくて・・・ やっぱり風邪引いちゃったんだ。 メールも出来ないくらい調子悪いのかも・・・ きっと明日は学校お休みだよね・・・ ・・・あ。 明日予備校行く前に陸んち行ってみようかな。 きっとお母さん仕事だろうし誰もいないから、陸寂しいかも・・・ ホントにお粥でも作りに行ってあげようかな・・・ ―――そうしよ! 「おはよう」 「あっ! 村上さん、やっと来たぁッ!!」 翌朝、教室に入って行ったらクラスメイトの泉さんとマリちゃんに声をかけられた。 |
「ん? どうかしたの?」 そう言いながら席に着こうとしたら、泉さんたちは興奮しながら、 「どうかしたの、じゃないよッ! 陸くんどうしちゃったのっ!?」 とあたしの席に駆け寄ってきた。 「え? なにが?」 って、もしかして風邪引いてるってこと? でも、なんでそんなこと泉さんたちが知ってるの? 「もうッ! 掲示板見てないのッ? 陸くん停学だってよ!?」 「―――・・・え?」 ・・・・・・陸が、停学・・・・・? 「ちょっと来てッ!」 よく事態が飲み込めないままのあたしを、泉さんたちが引っ張っていく。 掲示板は校門の正面、特殊教室棟の前にあるんだけど、そこまで泉さんたちに連れて行かれた。 「ほらぁ! よく見て!!」 ―――今野 陸、 右の者、単車乗り入れ違反の為、停学三日間の処分とする――― ・・・え? ・・・なに、これ・・・ 「陸くん、バイク乗ってたの?」 泉さんがあたしの顔を覗きこむ。「全然知らなかったぁ」 な、なんで・・・? もしかして、隠して止めてた場所がバレた・・・とか? それ以外考えられないよね・・・? でもなんで? あんなところ風紀も見回りなんかしないし、仮にしたとしたってあれが陸のバイクだって分かるわけない・・・ 実際止めるところを確認しなかったら、取り締まれないはずだよ・・・ 「・・・なんで?」 それしか言葉が出てこない。 あたしはいつまでも掲示板の前で突っ立っていた・・・ |
1話前に戻る | チェリッシュの目次 | NEXT |