チェリッシュxxx 第6章

B 陸の女


「今野―――! これ潰して表出しとけって言ったろ?」
店長が奥の事務所から怒鳴り声を上げる。
ちょうど配達のトラックが到着したところで、弁当やパンを棚に並べていたところだった。
品出しを中断して、事務所に向かう。
「なんすか〜? 今弁当並べてんスけど〜〜〜?」
「コレ」
と足元に転がっているダンボールを店長が顎でしゃくって見せる。 発泡酒の缶が入っていたダンボールケースだった。
・・・オレ言われてねーし、そんなの見たの今初めてだぞ?
きっと東大が言われていたに違いない。
でも、ここで、
「オレ言われてないっすよ?」
なんて言おうもんなら、
「誰がやったって同じなんだから、つべこべ言う前に言われたとおりにしろっ!」
と怒鳴られるに決まっている。
オレはふて腐れながらダンボールケースを解体した。
あ〜あ・・・ マジで早く辞めてーよ・・・ このバイト。
確かに時給いいけど、店長はムカつくしおまけにケチだし、ケチだから少ないバイトでシフト回そーとするし・・・
「今野く〜ん! ちょっと来て〜?」
・・・仕事仲間は勉強しか出来ねーバカだし・・・
「・・・なんだよ?」
ダンボールを解体して再び店内に戻る。 レジカウンターから東大が困った顔をオレに向ける。
オレとよくシフトが一緒になるコイツは、一応東大生だ。 来年卒業で就職先も決まっているらしい。
「この人、肉まん欲しいんだって」
レジの前には大学生らしい男がイライラした様子で待っている。
「売れば?」
「それがさ・・・」
とオレに耳打ちする。「スチーマーに入れたの、たった今なんだよね」
「はぁ?」
通常中華まんは、10分から15分くらい加熱しないと食べられる状態にならない。
この時期飛ぶように売れる中華まんは、その売れ具合を見てこまめに補充しておかなきゃなんねーんだけど・・・
「あんまんと間違えて補充してたみたい」
って、おいっ!
どー見たら間違うんだよッ!!
・・・・・オレはコイツから、東大生全員が利口ではないことを教わった。
「どーすんの?」
「どーしよう・・・」
「どーなってんの?」
客がイライラした声をあげる。「早く肉まんくれよ!」
「すいません。 たった入れたばっかなんで、あと10分くらいかかっちゃうんですけど・・・」
オレがそう言うと客は大げさに舌打ちして、
「だったら、最初っからそー言えよっ! いーよっ、もう!!」
とペットボトルが入った袋だけ持って店を出て行った。
「怒られちゃったね?」
お前のせいでなっ!
「・・・東大って、中華まんの見分け方、教えてくんねーんだ?」
「うん・・・ っていうか、えっ!? もしかして最近の高校じゃそんな授業あるのっ?」
東大には社交辞令も通用しなければ、イヤミも通用しない・・・
はぁ・・・ ホント、マジ辞めてーよ・・・
でも、イロイロ買いてーもんあるしな・・・ それ手に入れるまでは我慢するしかねーか・・・
―――オレは夏から始めたコンビニのバイトをまだ続けていた。
バイトを始めたきっかけは結衣と行く旅行のためで、最初は旅行が終わったら辞めてやろうと思っていたバイトだった。
だけど、そのうちもっと欲しい物が出来たからそのまま続けている。
オレはどうしてもバイクが欲しかった。
16になったときに免許は取ってあったし、前から、
「バイクあったらいいよな〜」
くらいには思ってたんだけど、金もないし半分以上諦めていたことだった。
けど、受験生の結衣が予備校通いをするようになって、真剣にバイクが欲しくなってきた。
というのも、夜遅く予備校が終わる結衣を家まで送って行きたかったからだ。
最初、
「1人で帰れるから大丈夫だよ?」
っていう結衣の言葉をそのまま受け取って一人で帰らせていたら、ある日テコンドーが結衣のことを家まで送って行ったことがあった。
そんなことがあるまで全然知らなかったんだけど、テコンドーは結衣と同じ予備校に通っていたみたいだった。
「ぐ、偶然なんだよ? あたしも五十嵐くんも知らなかったしッ!!」
って結衣は言ってたけど・・・
テコンドーは結衣に気がある。
オレはそのことに初めから気付いていたけど、結衣はつい最近・・・この前の文化祭まで全然テコンドーの気持ちになんか気付いていなかった。
しかも、イロイロあってオレと結衣の仲がヤベー状態のときに、テコンドーのヤツが結衣にキスしやがった。
結局、結衣に告ったテコンドーがフラれて(かなりいい気味だ)、またテコンドーはただのクラスメイトに徹してるみてーだけど・・・
それにしたって、結衣とテコンドーが2人きりになるのは許せない。
「オレが送ってくから! ゼッテーあいつとは帰んなよ?」
って、それからはオレが結衣の家まで送っている。
―――・・・しかも、電車で。
って、かなりカッコ悪くね〜〜〜?
しかも別れ際に、
「バイトで疲れてるだろうし・・・ 帰りの電車で寝過ごさないようにね?」
って・・・・・・ 情けなくね〜〜〜?
くそっ・・・ やっぱりバイク欲しいよな・・・・・
オレはまた、雑誌を整理するフリをして情報誌をチェックしていた。
どうせなら12月の結衣の誕生日に、それでどっか行きてーな・・・
CBR150とかいいよな・・・・・ 新車で35万・・・ 中古でも20万近くすんのか・・・
溜息をついて雑誌を戻す。
無理かな〜・・・ 週20時間働くとして・・・
・・・ダメだ。 今からじゃ全然間に合わねぇ・・・
週30・・・いや、35時間くらいいけねーかな?
そうすりゃ、今ある金と合わせてなんとか買えるかも・・・
「今野く〜ん♪」
雑誌の棚の前でシフト表を頭に思い浮かべていたら、窓の外から女が手を振ってきた。
「? ああ・・・」
常連客だった。 とりあえず手を振り返す。
前に比べて女の客が増えてきた。
このコンビニは工業大学の隣にあって、今まで客の殆どはムサい男ばっかだったんだけど、最近は仕事帰りのOLなんかがよく利用するようになってきた。
今まで通販でしか買えなかったメーカーの化粧品を、このコンビニでも取り扱うようになったからだ。
「いらっしゃいませ〜」
「良かった。今日はいた」
と女。
「ん?」
「一昨日来たらいなかったから。 今野くん」
「え? いたよ?」
「うそ〜〜〜!? 10時ごろ来たけどいなかったよ!」
「あ、最近9時半で上がってるから」
「そーなんだぁ・・・ じゃ、これからは9時半までに来るね。 今野くんいなかったら、ここ寄る意味ないし」
「うん。 ・・・あ、それよりさ。 あんまん買ってくんない?」
「なんであんまん〜?」
「今夜のオススメ。 ダメ?」
とちょっと首を傾げてみせる。
「いいけどぉ〜」
と口調こそ嫌そうだけど、結局は笑いながらオレが薦めたものを買ってくれる。
オレは自分で言うのもナンだけど、わりと女ウケするタイプみたいだ。
だから、東大が間違えて補充しすぎたあんまんを女に売りつけるなんて、簡単なことだった。
「今野くん! こんばんは」
入れ違いにまた別な女がやってくる。
「あんまん買って? 今日の今野セレクションだから」
「なにそれ〜! チョーウケる〜ッ!!」
どんどんスチーマーの中のあんまんが減っていく。
「おい! 今野」
隣のレジに入っていた店長が、オレを店の奥に呼んだ。
今度はなんだよ・・・ ダンボールなら片付けたろ?
「なんすか?」
「タンドリーチキンまんだ!」
「・・・・・は?」
「あんまんじゃなくて、タンドリーチキンまんを薦めろと言ってるんだよ」
どうやら店長は、オレが薦めれば 女の客が言われたものを買っていくことに気付いたらしい。
「あんまんはほっといても売れる。 それよりタンドリーだ」
あんまんは105円で、タンドリーチキンまんは165円だった・・・
ホントせこいよな。 この店長・・・
そんなことを繰り返しながら働いていたら、やっとバイクが買えるくらいまで金が貯まった。
中古だけど。
でも、バイクは買えたけど、結衣の誕プレを買うにはまだ足りない。
「店長〜・・・ ちょっとお願いがあるんすけど・・・」
「なんだ? 金以外の話にしろよ?」
いきなり牽制してきやがった・・・
「イヤ・・・ ちょっとバイト料の前借りの相談なんすけど〜・・・」
「却下だ」
店長はオレの言葉を遮る。「給料日まで待ってろ」
「そこをなんとか・・・」
「しつこい!」
帳簿に目を落としたまま、言い捨てるドケチオヤジ・・・
「・・・・・どーしてもダメっすか」
「何回も言わせるな」
オレは大げさに溜息をついて、
「・・・じゃ、辞めよ」
「あ?」
店長が顔を上げる。
「ここの通りの先に、もう1件コンビニあるから・・・ そっちで働こ〜っと!」
「なんだと?」
「お姉さんたちに言っとかなきゃな〜・・・ こっち来てもオレいないし。 きっと今野セレクション楽しみにしてくれてるだろーし」
「お前―――・・・ッ!!」
店長がオレを見上げる。 肩が微かに震えている。
「いっすか? 辞めちゃって?」
店長は顔を真っ赤にしながら、
「〜〜〜いくら欲しいんだ?」
―――・・・これでやっと結衣の誕プレを買うことが出来る。
最初は指輪を買おうと思っていた。
でも、結衣のサイズが分からない。
結衣は今まで付き合ってきた女みたいに、特別アクセサリーに興味があるみたいじゃなかった。
休日私服で会ったときでも、あんまりつけてるのを見たことがない。
だから、結衣が持っている指輪からこっそりサイズを確認するってのは無理だった。
直接聞くか? ・・・・・・いや、当日いきなり渡して結衣を驚かせたいしな・・・
・・・やっぱ、指輪はやめとくか。 なんか、アキヒコの真似してるみてーで、それもヤダしな・・・
結衣は元彼のアキヒコから、付き合っているときに指輪をもらっていた。 ・・・捨てさせたけど。
それに、指輪は将来のためにとっとくってのもいい。
そんなわけで、結局ペンダントを買うことにした。
これだったら、いつでも身に付けといてもらえるしな。
「ちゃんとつけてる?」
「うん。つけてるよ」
「どれ? 確認させて?」
と言ってシャツのボタンを外す。
「ちょ、ちょっと、陸ッ!? ・・・あっ、いやん!」
・・・・・・なんてな♪
「陸! もう授業終わったぞ?」
「・・・あぁ〜?」
ジュンに起こされて周りを見てみたら、クラスの連中がザワザワと帰り支度を始めている。
「陸、最近ずっと寝てんな? ガッコ来なくてもいんじゃね? 家で寝てろよ」
「バイト時間、延ばしたからな〜」
実は結衣には内緒だけど(心配されるから)、結衣を送り届けたあとオレはまた店に戻っていた。 大体それから2時ごろまで働く。
下手したら、学校にいる時間より店にいる時間の方が長いくらいだ。
バイト時間を延ばしたせいでかなり睡眠不足になっている。 家で寝ていたいのはやまやまだけど・・・
「2学期の頭、それで休みすぎて・・・ 出席日数ヤべーんだよ」
机に頭を乗せたまま、ジュンを見上げる。
「それにお前、1回停学食らってるしな」
「まぁな」
オレは1学期の期末テスト中に暴力沙汰を起こし、停学を食らっていた。 理由が理由なだけに、3日ほどで済んだんだけど。
「あ、そーだ。気を付けた方がいいぞ?」
ジュンがオレの机にケツを乗せてくる。 オレはそれを押しやりながら、
「なにが?」
「停学3回で退学だとよ」
思わず身体を起こす。
「マジで?」
ジュンは肯きながら、
「普通科の連中が、商業科なんかいらねーって騒ぎ出してんの。 知らね?」
「知らねぇ。 なんで?」
「なんか、オレらのせーで受験に失敗したとかナントカ、ふざけたこと言ってんらしーぞ」
「なんだよそれ。 オレらカンケーねーじゃん。 実力だろ?」
「あいつら、テメーが頭悪いのこっちのせーにしてやがんだよ。 んで、オレら辞めさせるルール作ったってワケ! マジでムカつくよッ!!」
ジュンは眉間にしわを寄せている。
もともとオレたち商業科は、歓迎されてここに移転してきたわけじゃない。 移転当初から教師や普通科の連中に煙たがられていた事も自覚している。
けど、そんなの知ったことじゃねーし、オレたちはオレたちで やりたいことをやりたいよーにやってきた。
多少の問題があっても、やっぱり退学者を出すのは学校側としても避けたいことらしく、よっぽどのことをしない限り、処分も停学止まりだったし。
それが・・・ 3回停学を受けたら、退学?
「ヒカルちゃんに聞いてねーの? あっちでも相当騒ぎになってるはずだぞ?」
「あ〜・・・ 最近話すヒマねーんだよな・・・」
そう言えば、前にタバコやめろとか言ってたかもな・・・ よく聞いてなかったけど。
まぁ、商業科と普通科が敵対しても、オレと結衣にはカンケーないことだ。
なんせ、オレたちは学科を越えた愛があるからな!
「って、こんなヤベー状況なのに、なんか機嫌良くね? 陸」
今日は12月4日。 ―――結衣の誕生日だ。
予備校が終わった結衣を、海浜公園に連れて行った。
「誕生日おめでとう」
とペンダントを渡したら、結衣は顔を輝かせて、
「〜〜〜ありがとうッ!! 大事にするねっ!」
とオレを見上げる。
「いつもつけてて?」
「うんっ!」
結衣は、
「ありがとうっ!」
と、
「すごく嬉しい・・・」
を繰り返しながら、胸元のペンダントを指先でなでている。
今まで付き合ってきた女にもアクセサリーをやったことはある。 けど、みんな、
「あ、ロザリオだったらドルガバが良かったな〜」
とか、
「これと同じ値段で違うデザインのあったでしょ? 取り替えてもイイ?」
とか、礼を言う前に自分が身につけるモノのチェックを始める。
多少ムッとはしたけど、女ってのはみんなそんなもんなんだろうと思っていた。
だから結衣のこの反応が、新鮮というか・・・ 単純に嬉しかった。
「なんか・・・ あたしのために無理させてゴメンね」
・・・って、なんてかわいーんだよ! 結衣っ!!
思わず抱きしめて、結衣にキス♪
ホントはそのまま抱きたい勢いだったけど、時間が遅かったから無理だった。
そう言えば、しばらくしてねーよな・・・ 
オレもバイトで忙しいし、なにより平日は結衣の予備校があって、終わるの10時だし・・・
かといって、休日はウチに母親がいるしな・・・
・・・さらにバイト時間増やして、ホテル代か・・・?

「あ、陸! やっと来たよ!」
翌日。 連日のバイトのせいでうっかり寝坊したオレが、1限目が終わってから教室に入っていったら、ジュンが険しい顔を向けてきた。
「ヤベーよ。 ヒデがまた停学!」
「あん?」
ジュンが背後を親指で指し示す。 ヒデが自席でふて腐れたように座っている。
オレはカバンを机の横にかけながら、
「なんだよ? また万引きでも見つかったのか?」
「いや、今度はタバコ。 吸ってるとこ現行犯だよ」
「現行犯?」
「あぁ。 それがさ・・・」
ジュンが神妙な顔をして話し出そうとしたとき、当のヒデがオレのところにやってきた。
「おぅ、ヒデ! トロくせーな〜。 現行犯ってなんだよ?」
「おいッ!? 陸ッ!」
一瞬ジュンが慌てたような顔をする。
ヒデはオレを見下ろして、
「っせぇなッ! テメーの女のせいだろッ!?」
とオレに怒鳴りつけてきた。
「・・・はっ!?」
テメーの女って・・・・・ 結衣のことか?
「・・・なんだよ? 結衣がどーかしたのか?」
つか、結衣とヒデとじゃ何の接点もねーだろ? なんでここに結衣の話が出てくんだよ?
思わずジュンを振り返る。
「イヤさ・・・ もしかしたらオレら、ヒカルちゃんに売られたかも知んねーんだよ」
「売られた? ・・・どういう意味だよ?」
オレが眉間にしわを寄せてそう聞いたら、ヒデは、
「まんま、そーゆーイミだよッ!! 今朝オレらがタバコ吸ってる場所に、お前の女が川北連れてきたんだよッ!!」
「はぁ?」
ジュンがオレとヒデの間に入ってくる。
「オレはたまたま吸ってなかったから、反省文で済んだんだけどな。 ヒデやアツシはアウトだったんだよ」
え・・・ 結衣が川北連れてきたって・・・・・・
信じらんねぇ・・・
「いや・・・ なんかの間違いだろ?」
「陸の女だし、今までも色々抜き打ち教えてくれたり見逃してもらったりしてたけどさ。 やっぱ普通科の人間なんだよな! ・・・あ〜〜〜ッ! クソッ!! 最悪だよ、あの女ッ!」
結衣が、ヒデを・・・オレたち商業科を売った・・・・・?
―――・・・んなワケねーだろッ!!
ヒデの胸倉を掴み上げる。
「・・・ざけたこと言ってんじゃねーよ」
「・・・・・ッ!」
ヒデは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、すぐにオレを睨みつけてきた。
「川北が陸の女に言ってたぞっ! よく報告してくれたってなぁ!!」
「ウソつけよッ!!」
さらにヒデを締め上げる。
「おい、ヒデ! 陸! 止めろよ!」
ジュンが間に入ってくる。 けど、オレもヒデもジュンの話なんか聞いちゃいなかった。
「内申良くしてもらえるように言ってやる・・・っても言ってたぞ?」
「黙れってッ!!」
「やっぱアレじゃね? 受験だから点数稼ぎたかったんだろ? 内申とオレらと天秤かけたら―――・・・っつ!!」
オレに殴られたヒデが、近くの机ごと後ろに倒れた。 周りから悲鳴が上がる。 その声を無視してヒデに近づき、再び胸倉を掴み上げた。
息がかかるくらい近くに顔を近づける。
「・・・ぶっ殺されてぇ?」
「陸ッ! 止めろッ!!」
ジュンが慌ててオレを背後から押さえつけた。「お前が本気出したら、マジで死ぬぞ!」
ヒデが口の端を手の甲で押さえながら立ち上がる。
「・・・あと1回でオレ、退学だからな!」
ヒデは吐き捨てるようにそう言うと、自席に戻って行った。 そして、そのままカバンを担いで教室を出て行ってしまった。
「チッ!!」
近くにあった机を思い切り蹴飛ばす。 また小さく悲鳴が上がった。
「落ち着けよ」
ジュンが肩を抱くようにしてオレを席に座らせる。
「ふざけてやがる・・・」
「・・・ヒデ、あと1回なんかやったらクビだからな。 必死だろ」
ジュンもオレの隣の席に座りながら、「・・・つーかさ? オレも今回はヒデと同意見なんだよな」
「オイッ!」
思わず立ち上がりかけるオレを、再びジュンが抑えてくる。
「待てって! 話聞けよ!」
「なんだよっ!」
「今朝さ、特殊棟の屋上でタバコ吸ってたんだよ。 ちょっと前からそこで吸うこと多かったんだけどな。 そしたらそこにヒカルちゃんが来てさ・・・」
と話し始めたジュンの話はこうだった。
最近、ジュンやヒデたちは特殊教室棟の屋上でタバコを吸うことが多かったようだ。
特殊教室棟は、職員室や教科室が入っている校舎で 常に教師たちがウロウロしている。
でもだからこそ、その屋上は教師たちの死角になるベストポジションだった。
商業科校舎や普通科校舎は職員室の窓から丸見えだったからだ。
だから・・・特に1限目に特殊教室を使う曜日には、必ずと言っていいほどそこでタバコを吸うのが定番になっていたようだ。
実は先週、ジュンたちは同じ場所で吸っていたところを、風紀の見回り中だった結衣に見付かっている。
そのときは見逃してもらったらしいけど、今度やったら・・・と凄まれたらしい。
「ま、ヒカルちゃんが怒っても、全然怖くないけどな」
ジュンたちが結衣に言われたことを守るわけがない。
再び同じ場所でタバコを吸っていたら、また結衣がやってきた。 そして、結衣が来た直後、川北が屋上に現れた、と・・・・・・
「この時期、あんなクソ寒い場所に教師なんか来ねーんだよ。 今まで誰も来なかったし。 それに川北が屋上来たとき、ヒカルちゃんに、何の用だ?って言いながら現れたんだよな・・・ それってヒカルちゃんが川北呼んだってコトだろ?」
「ウソつくなよ・・・」
「こんなことでウソついてどーすんだよ」
ジュンが立ち上がる。「ヒカルちゃんが何考えてたのかは分かんねーけど、ヒデやオレが言ってることは全部ホントだぞ?」
オレは何も言い返す言葉が見付からなくて、ただ黙っていた。
昨日の結衣の笑顔が脳裏をかすめる。
「ありがと・・・ 大事にするね!」
とペンダントを指先でなでていた結衣が?
「なんかあたしのために無理させて・・・ゴメンね」
と申し訳なさそうにオレを見上げた結衣が・・・?
―――その結衣が、オレたちを売ったってのか・・・?
いや、そんなの絶対信じねぇ!!
周りでオレたちのやり取りを見ていたヤツらが、遠慮がちに机を直し始めたとき、
「ホラホラ、さっさと席着けよ―――!?」
と教師が入ってきた。 2限目が始まるチャイムはとっくに鳴っている。
「まったく、お前らは〜〜〜・・・ たまにはオレが来る前に着席してろっつの! これだから商業科は・・・」
教師が舌打ちをしながら教科書を広げた。


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