チェリッシュxxx 第4章
C 助けてッ!
「ダメだ〜! 全然ヤマ当たんなかった〜!」 期末テスト3日目。3限目の日本史が終わると、そこここで嘆き声やため息が聞こえた。 周りのみんなが帰り支度を始めて、やっと今日のテストはこれで終わりだったんだ、と気付く。 出来がどーだったのかもよく分からない・・・ いつまでも席に座ったままボーっとしていたら、 「村上さん? テスト終わったよ?」 五十嵐くんが声をかけてきた。「早く帰ったほうがいいよ。もうみんな帰っちゃったよ?」 言われて初めて、教室に残っているのが自分だけなのだと気付く。 あたしはリーダーの教科書とノートを広げた。 「・・・いいの。陸のコト待ってるから」 五十嵐くんが眉を寄せる。 「村上さんっ!? 用もないのに学校に残ってちゃ駄目だよ?」 「用があるから残るのっ!」 あんな電話一本で納得できないもん。直接会って話がしたい。 本当は昨日も一昨日も駅で陸のこと待ってたんだけど、避けられているのか、陸はいつもの時間に現れなかった。 本当は学校で捕まえるのが一番早いんだろうけど、五十嵐くんが心配する通り、人が少なくなった学校に残っているのがちょっと怖かった。だから駅で陸のことを待っていたんだけど・・・。 もう、今日6日だよ? 七夕は明日だよ? こんな状態で誕生日迎えるの? それとも、誕生日に・・・って思ってるのは、あたしだけなの? もう陸は、あたしのことなんかどーでもよくなっちゃった? 「村上さん・・・」 五十嵐くんがため息をつく。「あいつだって、やっと分かったんだよ。これ以上自分といたら、村上さんに迷惑がかかるって・・・」 「五十嵐くんッ!?」 あたしは立ち上がって五十嵐くんのネクタイを引っ張った。「・・・言っちゃったの? 陸に・・・」 五十嵐くんは無表情のまま、黙ってあたしを見下ろしている。 「なんで? なんでそんなことしたの? 絶対陸には言わないでって言ったのに・・・!」 「これ以上あいつと付き合ってても、不幸になるだけだよ。所詮、人種が違うんだよ。普通科と商業科じゃ・・・」 「そんなこと・・・ッ! 不幸かどうかなんて、五十嵐くんに分かるわけないでしょッ!」 もう、絶交だよっ! 五十嵐くんなんかっ!! 「―――分かるよっ!」 五十嵐くんが怒鳴った。 「五十嵐くん・・・」 五十嵐くんがこんな大きな声を出しているのを聞くのは初めてだったから、驚いてしまった。 |
「―――不幸になると分かってて、あいつのところになんか行かせられない」 五十嵐くんが苦しげに眉を寄せて、あたしの腕をつかむ。 ―――やっと気が付いた・・・ あたしって、なんて鈍感なんだろう―――・・・ 「あたし・・・ あたし、陸が好きなの・・・」 「・・・知ってるよ。腹が立つほどね」 あたしをつかむ手に力が入る。「でも、あいつとキミとじゃ幸せになんかなれない」 「・・・手、離して」 「離したら、あいつのとこ行くだろ?」 「離して」 「いやだ」 あたしは空いているほうの手でカバンを持った。 「・・・帰るから・・・ ホントに離して」 五十嵐くんがあたしを見下ろす。 「・・・村上さんが襲われそうになった理由・・・教えてあげようか」 「―――いい」 「あいつが・・・今野が、あの男たちの・・・」 「いいって言ってるでしょっ!」 聞きたくないっ! 「・・・彼女を寝取ったからだよ?」 持っていたカバンを五十嵐くんに投げつける。ファスナーが開けっぱなしだったから、ペンケースやケータイが床に散らばった。 五十嵐くんが、驚いてあたしをつかんでいた手を離す。 「―――嫌い・・・」 五十嵐くんを睨み付ける。「五十嵐くんなんか、大嫌い!」 あたしはそのまま教室を飛び出した。 もしかして・・・って、思ってた。 あの、化学室で男の子たちに捕まって、 「こいつのこともらっちゃったら、あいつどんな顔すっかな?」 「オレたちの気持ちが分かるんじゃね?」 って、会話を聞いた時から。 でも、そんなことあるわけないって、ずっと否定してた。そんなの昔のことだよ! |
会って確かめたい! 今すぐ陸に会いたい!! あたしは商業科の校舎に向かって走り出した。 「コラ、こんなところで何してる?」 商業科の校舎に入って、2年の教室に向かおうと階段を上っていたら、商業科の先生に見つかってしまった。 「まだテスト中だろう? ・・・ん?なんだ3年か・・・ 商業科の生徒じゃないのか?」 「あ、普通科です・・・」 「普通科が何の用だ? ―――とにかく、まだテスト中だから出てって」 「・・・はい・・・」 しかたなく階段を下りる。先生はそのまま階段を上がって行った。 あたしは昇降口に向かった。陸の靴箱を確認する。 ―――来てる。 あたしはホッとため息をついた。 あんまり連絡が取れないから、もしかして、あたしを避けるために学校を休んでいるのかと思ったから。 ここで待ってよ。 今日こそ、絶対話聞くんだから! 五十嵐くんの言うことなんか、信じない! 陸の口から本当のコトが聞きたかった。 でも・・・ もし、五十嵐くんの言うことが本当だったら? それが昔のことじゃなくて、最近のことだったら・・・? あたしは陸の靴箱の前にしゃがみ込んだ。 もしそうだったら、一緒に帰るのも今日が最後かもしれない・・・ 「あっ!?」 あたしはそこまで考えて、カバンを教室に置いてきてしまっているのに気が付いた。 五十嵐くんに投げつけたまま・・・ 今戻ったら、まだ五十嵐くんいるかな? なんか・・・気まずいな。会うの。 でも、カバン取ってこないと帰れないよ。もうちょっとしてから取りに行く? 商業科のテストって、あとどれくらいで終わるんだろ? と時間を確認しようとして、ケータイもないことに気が付く。 ―――ダメだ。 やっぱり取りに戻ろ。 と立ち上がりかけて、心臓が止まった。 あの男の子たち・・・ ターバンの子とIDタグの子が目の前に立っている。 |
「やっぱり、結衣だ〜」 「なんだよ。やっぱまだ付き合ってんじゃん。あいつウソつきやがったな」 走り去ろうとしたら、腕をつかまれた。 「今日、王子様は?」 「1人でこんなとこ来ちゃ危ないでしょ?」 と言って二人が笑う。 「な、なんで・・・? ―――まだ、テスト中のはずじゃ・・・」 ターバンの子が、 「うん。選択科目が多い2年はまだテスト中。でも、3年はもう終わってるんだよね」 「さっき廊下に結衣の姿見つけたときはビックリしたよー。なんで商業科の方にいんの?」 「・・・・・」 あたしは黙って二人を睨みつけた。 「今野とは別れたんでしょ? それとも、やっぱりまだ付き合ってんの?」 と言いながらあたしの腕を引っ張って行く。 「ど、どこ行くの?」 階段を4階まで上って行く。 普通科も商業科も、1年生の教室が最上階にあって、順に2年、3年と階が下がってくるように配置されていた。 1年生の教室は静かだった。 テスト中? あたしが教室の方を窺おうとすると、 「1年も、オレたちと同じく、3限で終わりだよ」 「だから、この階には誰も来ない!」 「―――ッ!?」 走り出そうとして、腕を強く引っ張られる。そしてそのまま男子トイレに連れて行かれた。 「・・・な、何する気ッ!?」 トイレに入ったところで、やっと手を離された。「は、犯罪だよっ!? こんなコトッ!!」 「お前が言わなければ、犯罪にはならないよ」 とポケットからケータイを取り出す。「誰にも言えないような写メ撮ってやる」 トイレの出入り口の鍵を閉められた。出入り口のドアには、上半分に窓がついているんだけど、すりガラスだから外から中の様子が分からないようになっている。 |
「―――いやッ・・・・・ンッ」 後ろから羽交いじめにされて、口をふさがれた。 思い切り暴れたけど、全然歯が立たなかった。 「どうする?」 「この階には誰も来ねーだろーけど・・・ とりあえず、オレ先でいい?」 「お前の後かよ・・・ じゃ、いーよ」 IDタグの子があたしの足首をつかもうとしてかがんだ。その顔を蹴ろうとしたんだけど、簡単にその足を捕まえられる。 「危ねーなぁ。 ―――あ、ピンク♪」 「―――ンンッ!?」 あたしはトイレの床に押し倒された。タイルに触れた腕や足が冷たかった。 ターバンの子が笑いながらあたしの口と腕を押さえている。 IDタグの子はあたしのネクタイを外してシャツのボタンを外し始めた。 あたしは半狂乱になりながら首と足をバタつかせる。 「イヤだ? でも恨むんなら自分の男を恨めよ? オレもね、同じコトされてんの」 ウソっ! 陸がそんなことするわけないよッ!! いい加減なコト言わないでよッ!! あたしはIDタグの子を睨みつけた。視線で人が殺せるなら、あたしは確実にこの子を殺していたかもしれない。 「いいね〜。そのイヤそうな顔! 余計にそそられるよ」 そう言ってあたしのブラを強引にずらそうとしたとき、ガチャガチャと出入り口のノブを回す音がした。 男の子たちがはじかれたように出入り口の方を振り返る。 た、助けてッ!? 「・・・誰だ?」 IDタグの子が小さく呟く。 誰でもいいから助けてっ!! 「ただ今、清掃中で〜す!」 ターバンの子が出入り口に向かって大声を出すと、ノブを回していた誰かは去って行ったみたいだった。ガチャガチャという音が聞こえなくなる―――・・・ あたしは絶望の淵に立たされた。 絶対泣きたくなかったのに、思わず涙がこぼれる。 「焦らせんなよなぁ」 「早くしろよ。胸なんかどうでもいいじゃん。こいつの小さいし。さっさとパンツ脱がしちゃえよ」 「だな」 IDタグの子があたしの下着に手をかける。「あ! 写メ撮っとかなきゃ、ね?」 とあたしにケータイを掲げて見せたとき、ガラスの割れる音がした。 出入り口のすりガラスが割れ、破片が飛び散る。 そこから腕が入ってきて、内側からかかっている鍵を開けた。 「だ、誰だッ!?」 素早くドアを開けて入ってきたのは・・・ 陸だった! |
な、なんで? だって、まだテスト中のハズじゃ・・・ 陸は一瞬だけあたしに視線を走らせた後、 「―――テメーら・・・ ぶっ殺す!!」 と男の子たちに向かって殴りかかっていった。 あたしを押さえていたターバンの子も、あたしを放して陸に向かっていく。 狭いトイレの中で、3人が殴りあっている。 2対1じゃ、絶対陸の方が不利なはずなのに、陸は壁を背後に構えて二人が同時にかかってこないようにしながら、男の子たちを相手にしていた。 ターバンの子が陸にお腹を蹴られて、うずくまった、そしてそのまま動かなくなる。 「怒るなよ? お前だって、オレの女に同じコトしたろ?」 IDタグの子が胸ポケットからナイフを取り出した。小さいけれど、刃が鋭く光っている。 陸はナイフが見えていないかのように男の子に向かっていく。ナイフが陸の顔をかすった。 「り、陸っ!!」 陸はそのまま男の子の背後に回りこむと、羽交いじめにしてグイッと髪の毛ごと頭を鷲掴みにした。 そしてそのまま男の子の頭を洗面台の上についている鏡に打ち付けた。何度も何度も打ち付ける。鏡にヒビが入って、男の子の額から血が流れ出した。 「陸ッ!! 止めてッ!! ホントに死んじゃうよッ!?」 陸はまだ男の子の頭を放さない。もう男の子は全く抵抗していなかった。 陸が男の子の頭を掴んだまま、その腕を下ろした。そして疲れたような虚ろな目線をあたしに向ける。 「り、陸・・・? ・・・顔から、血、出てるよ・・・?」 陸はあたしの姿を捉えると、また目に怒りの色を滲ませ、一旦は下ろした腕を持ち上げ、再び男の子の頭を壁に打ちつけようとした。 「陸ッ!? 止めてっ!!」 恐怖にあたしが顔を伏せようとしたとき、またトイレに誰か入ってきた。 「ッ! おいッ! もう止めろッ!!」 五十嵐くんだった。五十嵐くんは慌てて陸を背後から押さえ込んだ。 |
「陸ッ!! もうホントに止めてッ!! あたし大丈夫だからッ! 何もされてないからッ!!」 陸はやっと男の子の頭を放した。男の子が、まるで人形のように床に崩れ落ちる。 あたしはまだ手足がしびれていて、トイレの床に座りこんでいた。 陸がユラユラとあたしの方に近寄ってくる。 「―――陸?」 あたしの前まで来ると床に膝をつき、あたしのことを抱きしめてきた。「り、陸? 大丈夫?」 あたしも陸の背中に手を回した。 「おい、なんの騒ぎだ? ―――って、オイッ! なんだこれはっ!?」 さっき階段のところですれ違った先生がトイレに入ってきた。洗面台の前に崩れている男の子を見て驚いた声を上げる。 「コレは―――!? おい? お前、今野だろ? お前がやったのか?」 陸はあたしを抱きしめたまま、返事もしない。 「先生・・・ コレには事情がありまして・・・」 五十嵐くんが先生を取りなすように話し掛ける。「とりあえず、あの・・・彼女に服を・・・」 先生は、やっと陸の腕の中にあたしがいることに気が付いた。目線が、あたしの上半身やはだけた足元に移動するのが分かった。 「・・・なんてことだ。―――とりあえず今野は俺と一緒に来い」 陸は先生に引きずられるようにして立ち上がった。「すぐに戻ってくるから、ここを離れないで」 先生は五十嵐くんにそう言うと、陸を連れて足早にトイレを出て行った。 トイレに沈黙が戻ってきた。五十嵐くんが男の子たちの側にしゃがみ込む。 「・・・すごいね。半殺しって、初めて見たよ」 五十嵐くんがIDタグの男の子の頭のあたりを覗きこむ。「・・・早く服着ないと、また別な先生来ちゃうよ?」 あたしは慌ててそばに投げられていたシャツを拾い上げ、袖を通した。 「こっちはアバラでもやられたかな?」 「な、なに、のん気なこと言ってるのっ? 死んじゃってたかも知れないんだよっ?」 「いいんじゃない? あいつがやってなかったら、僕がやってたところだけど?」 「・・・・・ッ!」 あたしが絶句していると、保健の小池先生と風紀の川北先生がやってきた―――・・・ 男の子たち二人は、誰か先生の車で近くの病院に連れて行かれたみたいだった。 本当だったら陸は、即退学になってもおかしくないぐらいの暴力を振るったんだけど、事情が事情なだけに処分は保留になっていた。 「でも、停学は免れないからな。あとは期間だな」 保健室で顔と腕の処置を受けながら、陸は川北先生の話を聞いていた。陸は、ナイフで頬を切った以外にも、腕に傷があった。やっぱりナイフで切られたみたいにスパッと切れている。 「縫うほどじゃないけど・・・ ガラスを割ったときに切ったのね」 小池先生が救急箱の蓋を閉めながら、「暴力は褒められることじゃないけど、私はキミのやったこと、そんなに間違ってないと思うわよ」 と陸の肩を叩いた。 「ねぇ、川北先生?」 「あ、まぁ、そうですね」 「処分、軽く済みますよね?」 「は、はぁ・・・ まぁ」 川北先生は小池先生に向かって、曖昧に笑いながら返事をしている。陸がそれを横目で見て、フンと鼻で笑っている。 実は、川北先生は保健の小池先生に気がある。それを知っているのはあたしと陸だけなんだけど。 だから小池先生にこう言われて、川北先生は困っているようだった。 「あ、今野。お前んち、何回電話しても誰も出ないぞ? 引取りに来てもらいたいんだが・・・」 「親は仕事中」 「母親もか?」 「ウチ、母子家庭だから」 え? そうだったの? 「1人で帰れるよ」 と治療が終わった陸は立ち上がった。「心配しなくても、まっすぐ帰るし。謹慎してりゃいいんでしょ?」 「・・・明日のテストは、後日追試という形でやるからな」 陸は、いつもらしくない殊勝な態度で川北先生の話に返事をしていた。 夕方に近い時間になった頃、あたしたちは校門を出た。五十嵐くんと陸と3人で駅に向かう。 「五十嵐くん、迷惑かけてゴメン。ちゃんと言うこと聞いて、早く帰ってればこんなことにならないで済んだのに・・・」 「いいよ。無事だったんだから・・・不幸中の幸いだよ」 「陸も・・・ゴメンね」 「イヤ・・・ オレのせいだから」 トイレでは、人が変わったみたいな陸だったけれど、あたしが無事だったと知ってようやく落ち着いてきたみたいだった。 陸は下り方向で、あたしと五十嵐くんは上り方向の電車。 「遊んじゃダメだからね? 明日の分のテスト、謹慎明けにやるんだから、ちゃんと勉強するんだよ?」 「わーってるよ」 下り電車がホームに入ってきた。「結衣、オレ―――・・・」 「後で電話する。あたし、陸と終わったなんて思ってないよ?」 陸はちょっと間をあけてから小さく肯くと、電車に乗り込んだ。そのまま振り向きもせず、反対側のドアの所に立つ。そしてドアにもたれるようにして、窓の外を眺めていた。 発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。陸の背中がどんどん遠ざかって行く。 いつまでも陸が乗った電車を見送っていたら、五十嵐くんが、 「・・・村上さん。家まで送ってくよ」 と言った。あたしは、 「・・・大丈夫だよ。1人で帰れる」 と足元に視線を落とした。 気まずい空気が流れる。 「―――あの、五十嵐くん・・・ッ」 「なんか、勘違いしてる?」 「えっ?」 思わず五十嵐くんを見上げる。 勘違いって・・・ え? 「僕が、村上さんの事、好きだって」 えっ? え、え? ち、違うのっ? 五十嵐くんは、横目であたしを流し見ると、 「村上さんって、結構、自惚れが強いタイプ?」 とちょっとだけ笑った。 な・・・ なになになにっ!? ・・・は、恥ずかし―――ッ!! だって、だって! さっきの雰囲気で、あの流れで、あんなコト言われたら、誰だって勘違いするよね!? 「うう〜・・・ 五十嵐くんって、ケッコー意地悪だよね」 「そうかな」 「そうだよっ! 紛らわしいシチュエーション、作んないでよねっ!!」 五十嵐くんは楽しそうに笑っている。 もう―――・・・ ・・・でも、勘違いでよかった。 アナウンスが入り、間もなく上り電車がホームに滑り込んできた。あたしは五十嵐くんと一緒に電車に乗り込んだ。 そのまま反対側のドアの所に立つ。 あたしは黙って窓の外を見下ろしていた。 ・・・さっき、男子トイレで男の子たちに襲われそうになったとき、本当に怖かった。涙が出るくらい怖かった。 これはもうダメかも―――・・・って絶望しかけたとき、まだテスト中のはずの陸が助けに来てくれて・・・ 陸から一方的に別れを切り出されたとき、理由が分からなくて納得できなかったけど、今日やっと分かった。 陸は、あたしを守るためにあんなコトを言ったんだって・・・ それが分かって 陸がトイレに飛び込んで来てくれたとき、それまでの恐怖がスッとなくなった。 陸が来てくれたら、もう大丈夫だって、本当に心底安心した。 ・・・あたし、やっぱり陸と離れられない! ―――いつの間に、こんなに好きになっちゃってたんだろう。 ―――急に、さっきの陸の背中が脳裏に蘇ってきた。 やっぱり、あのまま陸と別れちゃいけなかった気がする! |
発車のベルが鳴り、ドアが閉まりかける。あたしはその隙間から車外に飛び出した。 「む、村上さんっ?」 五十嵐くんの驚いた顔が窓越しに見える。 「あたし、やっぱり陸のところに行ってくる! 明日、陸の誕生日なのっ! 明日会えないから・・・ だから行ってくるっ!」 電車がゆっくりと走り出す。ドンドン加速して行き、やがて五十嵐くんの顔も見えなくなった。 あたしは意を決して、下り電車が来るのを待った。 |
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