チェリッシュxxx 第3章

A 面白くないっ!


テーブルを挟んで座っている陸が、目を見開いてあたしを見上げていた。

「もー、いつまで突っ立ってんの?座ってよ。あ、何チャン?」
「・・・・・・ヒカル」
「ヒカルちゃん? カッコいい名前だね。じゃ、座って座って!」
さわやかクンがそのままあたしの隣に座る。
男女が隣同士に座るように席が振り分けられる。陸の右隣には麻美が座っていた。
麻美も心底驚いたみたい。複雑な表情であたしと陸を交互に見ている。
「ヒカルちゃん」
なんで、いるの?
・・・これ、合コンだよね?
「ヒカルちゃん?」
あたしは知らないで来ちゃったんだけど、陸は?
知ってて来たの?
昨日学校の帰りに会ったときも、何も言ってなかったよね・・・?
ってことは、やっぱり知らないで・・・・?
「ねぇ、ヒカルちゃん!!」
急に耳元で大きな声を出されて驚いて振り向く。
ヒカルって誰よ!?
「聞こえなかったー? 何飲むー?」
とメニューをあたしに差し出してくる。
・・・・・ヒカルって、あたしの事? あたしそう名乗ったっけ?
モニターの前では別な男の子がオレンジレンジを熱唱している。大声を出さないと、隣の席ですら声が聞こえない状態だった。
「あ・・・じゃ、ジンジャーエール」
とりあえず目に付いたものを言う。
「何それ〜。ソフトドリンクじゃん。―――じゃ、似たようなので・・・・・・モスコミュール!いいよね?」
モスコミュール? ってどんな飲み物?
さわやかクンはインターフォンに向かって、勝手にオーダーをしている。
いや、そんなことより・・・
ちょっと、何?
この状況がよく分かんないんだけどっ!?
陸は、初めこそ驚いてあたしを見ていたけれど、すぐに視線を逸らして、それからはあたしと顔を合わせようとしなかった。
なに、知らんぷりしてるのっ?
陸の左隣には泉さんが座っていて、チョコチョコ陸に話しかけている。陸も曖昧に笑いながら何か返したりしてる。
・・・そう言えば、泉さんって、前に陸のことカッコいいって言ってたよね?
お店入るときにさわやかクンが言ってた、「イズミさんのリクエスト」ってもしかして陸のことっ!?
もう、何がなんだか分かんないっ!
とりあえず、モスコ・・・ナントカが来たので、一気に飲み干す。
「ヒュ〜♪ ヒカルちゃんイケるんだ〜!」
と言いながらさわやかクンがインターフォンに手を伸ばす。「あ、モスコミュール2つ」
そして、オーダーをしながら、片手で歌本とリモコンを渡してきた。
でも、あたしはとても歌う気になれなくて、ごめんね、ちょっと・・・と言って、バッグを手に洗面所へ立った。
鏡に映った自分の顔を見つめる。
なんで? なんで合コンなんかに来てるのっ!?
まさかやっぱり、あたしの他にも女の子と付き合いたい?
鏡の中の自分を睨みつける。
いや、でも・・・ あたしと同じように、知らないで来ちゃってるだけかも・・・
だったらしょうがないけど・・・ とあたしは俯いた。
いやいや、もしかして、ちゃんと知ってて来てる? 合コンだって。
あたしがこの前の続きさせないからっ!?
「だから他の子とっ!? ―――っまさか!?」
そう言って再び見た自分の顔は怒りのためか、お世辞にも可愛いとは言い難い顔で・・・
・・・あ、前に陸が見たあたしの「百面相」ってコレか・・・・・・
洗面所にはあたし以外誰もいない。いなくてよかった・・・
あたしは溜息をつきながら、
「・・・やっぱり、本人に直接聞いたほうがいいよね」
と鏡の自分に確認し、一人肯いた。
百面相を止めて洗面所から出ると、陸が廊下の壁にもたれるようにして立っていた。
「―――なんで いんの?」
ちょっと怒ったような、バツが悪そうな、そんな感じで陸が言う。
「陸こそっ! あたしは、知らなかったんだから!合コンだって! 無理やり連れて来られたようなものなのっ!」
陸は? と聞くと、陸は目を伏せた。
「ああーっそ!合コンだって知ってて来たんだ!そーなんだ!?」
「いや、知ってたけどさっ。ノリっつーか、断り切れなくて?・・・」
と陸は言い訳しようとして、「・・・いや、とにかく悪かった。ゴメン」
と顔を伏せた。
あたしは、なんかスッキリしなくてそっぽを向いていた。
「あのさ・・・」
「・・・なに?」
「あんま、あいつらの相手しなくていいからね?」
「あいつらって?」
あたしはムッとしたまま、「シルバーアクセのさわやかクンのこと?」
「さわやかクン? 誰だそれ?」
陸はちょっとだけ眉をひそめて、「あいつら全員だよ。一晩付き合えりゃラッキーくらいに考えて、ココ来てるよーなヤツらばっかなんだから」
「っ!? 陸もそんなこと考えて参加してたのっ!?」
この前の続きさせないからっ?
「だから、違うってっ! 付き合い! ホントそれだけっ! どうしても来てくれって言われて仕方なく? 一次会で帰ろうと思ってたし・・・」
「・・・ホント?」
「ホントだよ」
「信じていいんだよね?」
「うん。裏切ったら、切ってもいいよ」
「?」
「ココ」
と言って下半身を指差して笑う。
「バカっ!」
と陸の背中を叩いて、「―――あたしも、すぐに帰ろうと思ってた」
陸の上着の裾をつまんだ。
陸が手をつないでくる。子犬みたいに首をかしげて、
「じゃ、一緒に帰ろ?」
とアーモンド形の目を細めて笑う。
この顔に、弱いんだよね・・・ あたし。
あたしは黙って肯いた。
きっと泉さんのリクエストで、さわやかクンが陸をメンバーに入れたんだとは思うけど・・・
でも、やっぱり・・・
「・・・もう、合コンとか、参加しないで?」
「うん。結衣も」
「だからっ! あたしは知らなかったんだってばっ!!」
陸の胸を叩こうとして、その腕を掴まれる。陸の顔を見上げたら、もう子犬の顔じゃなくなっていた。そしてそのまま唇を塞がれて・・・
「・・・なんで、今日そんなにカワイイ格好してんの」
陸がちょっと身体を離して、あたしの全身を眺める。
「か、カワイイ・・・かな?」
「うん。スカート短すぎて、パンツ見えてるよ?」
「うそっ!?」
あたしは慌てて裾を押さえた。
「大丈夫。普通にしてれば見えないから。座ったとき? 向かいのオレの席から見えるだけ♪」
だから、そのまんまでいいよ、と陸が笑う。
・・・・・・バッグだ。バッグで隠そう・・・
「ところで、どうする? 結衣がイヤじゃなければ、オレたち付き合ってるからって宣言して、先にバックレちゃう?」
「イヤじゃないんだけど・・・、ちょっと、こっちにも色々事情があるというか・・・」
なんとなく泉さんが陸狙いだとは言えず、とりあえずあたしたちは初対面を通そうという事にした。

「陸く〜ん♪ なんか歌って〜」
と泉さんが陸の肩に手をかける。「山ピー! 抱いてセニョリータ!!」
「あー、オレ、あんま歌知んないんだよね〜。ってか、イズミさん相当飲んでるでしょ?」
「うん! 飲んでるぅ〜。かなり酔ってるカモ〜? 介抱して、陸くん♪」
「いいよ。・・・ほらっ!」
陸が自分にしなだれかかっている泉さんの首筋に、グラスをくっつける。
「きゃぁ! つめたっ!」
泉さんがビックリして陸から離れる。
「ね? 冷めたでしょ?」
と陸はグラスを手にしたまま笑っている。
「―――もうっ! 陸くんって意地悪だよね〜っ!?」
と言いつつも顔は笑っていて、さっきよりも余計に陸にくっついた。
なんか、陸は合コンに慣れてるみたいで、女の子のあしらい方も上手かった。
面白くないんですけどっ!?
あたしは反対側の席に座って、隣のさわやかクンの話にテキトーに相槌を打ったり、勝手に入れられた曲を歌わされたりしながら、陸の様子を窺っていた。
泉さんも泉さんだよ!
ちょっと、馴れ馴れしすぎるんじゃないっ!?
あー、もうなんか、頭がカッカしてきた。やたら喉も渇くし。
あたしは、もう何杯目かのジンジャーエールもどきを飲み干していた。
「ヒカルちゃん、強いね? 今度は別なの行けば? 炭酸きつくない?」
「他に何があるの〜?」
もうなんだか、メニューを見るのも面倒になってきた。
なんだろ・・・実はさっきから身体が熱くなってきてるんだよね・・・
あ! 陸が泉さんと一緒に部屋出てった!
ちょっと、どこ行くのっ!?
急に立ち上がったせいか、一瞬目の前が歪んで見えて、あたしはストンとソファに腰を落とした。
「大丈夫?」
隣のさわやかクンが聞く。
「うん・・・。ちょっと立ちくらみ?」
「ねぇ、ちょっと、大丈夫?」
反対側の席から麻美が声をかけてきた。「・・・さっきから、何飲んでんの?」
モスコ・・・なんだっけ?
たしか、サンダルみたいな名前だったような気が・・・
と考えていたら、
「ジンジャーエールだよ」
とさわやかクンが代わりに答えた。
ん―――、そうだっけ?
ま、いっか。
「じゃ、次は〜、コレ! コーヒー牛乳みたいなもんだから」
またさわやかクンが勝手にオーダーする。
「ねぇ、結衣・・・」
と麻美が立ち上がりかけると、陸とは反対側で麻美の隣に座っている男の子が、
「まーまー、お姉さ〜ん」
と無理やり麻美を座らせた。麻美はちょっと怒った顔でその男の子に何か言っていたみたいだけど、誰かが歌っている曲がうるさくて、よく聞こえなかった。
「え? ヒカルちゃん、本当は結衣っていうの?」
とさわやかクン。
「うん。偽名だよ、ギ・メ・イ!」
あたしはさわやかクンの耳元で大きな声を出した。
陸にバレないようにって考えた名前だけど、意味なかったよね〜・・・
あ〜、陸って言えば・・・まだ戻ってこない。
何やってんのよっ! 泉さんと!
出入り口のドアの方を睨んでいると、
「偽名使うなんて、悪い子だな〜」
とさわやかクンが言ってあたしの肩に手をかけた。「お仕置きしちゃおうかな〜」
「あのね〜? 言っときますけど、あたしの方が年上ですから〜?」
さわやかクンはあたしの肩に腕を回したまま笑っていた。
まったく・・・ あたしが子供っぽいからって・・・
「いい? 良く聞きなさい? まず後輩はねぇ、先輩を〜・・・」
なんて、さわやかクン相手に説教を始めているうちに、・・・・・なんだか眠気が襲ってきた。
気が付いたら、あたしは麻美と一緒に電車に乗っていた。
「・・・ん? あれ?」
「・・・・・・起きたの?」
麻美に寄りかかって寝ていたあたしは、目をこすりながら体を起こす。
「あ、あれ? ここ・・・?」
「もうすぐ結衣んちの駅に着くよ」
え? あれ?
陸は? 一緒に帰ろうって言ってたんだけど・・・
「・・・結衣、何飲んでたの? 意識なくなるぐらい飲むなんて・・・」
と麻美は呆れたような疲れたような顔を向けてくる。
「何って・・・モスコ・・・ナントカとか、コーヒー牛乳みたいな・・・」
麻美は溜息をつきながら、
「それね、全部お酒だから!」
「・・・そうなんだ。分かんなかった・・・」
勝手にオーダーされたものを飲んでたから・・・「ねぇ、陸は?」
麻美がチラリとあたしを見る。そして無言のまま前に向き直る。
「?」
どうしたんだろ?
「麻美?」
「―――・・・もうっ! 結衣が寝てる間、大変だったんだからね?」
え? なになに? どうしちゃったの?
小説の目次 チェリッシュの目次 NEXT