チェリッシュxxx 第1章

D キスxキスxキス


教室に戻ると、当たり前だけど、とっくに掃除は終わっていて誰も残っていなかった。
あたしと五十嵐くんの机の横にだけ、カバンがかかっていた。
今ごろ職員室では、どんな話になってるんだろ?
あ――――… あたしが余計なことしちゃったせいで…
タバコ持ってたら、どれぐらいの処分なんだろ?
停学…1日くらい? いや、3日くらいはするのかな…
まさか、退学なんてことにならないよねっ!?
あたしは自分の席に座ると、机にうつ伏した。
なんで、こうなんだろ?
いつもはトロ臭いくせに、ちょっとでしゃばって何かやると、それが余計なことだったり…
もう、後悔とおり越して、自己嫌悪…
あたしが悶々としていると、ガラリと教室の戸が開いて、五十嵐くんが戻ってきた。
あたしは慌てて椅子から立ち上がり、五十嵐くんに聞いた。
「い、五十嵐くん。どうだった?」
五十嵐くんはあたしに一瞥をくれると、
「どうだったって? 何が?」
とだけ言って、さっさと帰り支度を始めた。
何がって…
「あの、今、職員室行ってきたんだよね?」
「そうだよ」
「じゃ、あの…、処分とか、聞いてないの?」
「だから、何の?」
なんか、五十嵐くんは怒っているようだった。
もしかして、さっき体育館であたしが睨みつけたから?
「―――ううん、…なんでもない」
それ以上聞けなくて、あたしものろのろと帰り支度を始めた。
帰り支度を終えた五十嵐くんは、カバンを肩にかけると、
「お疲れ」
と言って、教室を出て行こうとした。
「あ、うん…。バイバイ…」
と言いかけた時、五十嵐くんが振り返った。
「マルコポーロじゃなくて、マルボロだから」
「え?」
あたしは五十嵐くんの方を見た。「なに?」
「あいつが持ってたタバコ」
「え? マル……? あたしなんて言った?」
五十嵐くんはあたしの質問には答えずに、
「今野陸。1週間前に会ったのが初めて? それとも前から知り合いだったの?」
と静かに聞いてきた。
「…あのときが、初めてだけど……」
「―――どうやって、親しくなったの? まぁ、余計なお世話かもしれないけど、あんまり良いことじゃないような気がするな」
「どういう意味?」
「自分で考えなよ。ま、僕は言いふらすつもりはないけど、他のヤツらが知ったら、村上さん、何言われるか分かったもんじゃないよ?」
五十嵐くんはそれだけ言うと、じゃぁ、と言って教室を出て行った。
あたしは帰り支度も途中のまま、呆然と立ち尽くしていた。
良くないことって、商業科の子と知り合うことが?
それとも、陸とってこと?
でも、陸のこといいって言ってた子もいたよ? 実際、優しいところあるし。
―――商業科なんて、きっとロクな男じゃないよ―――
掃除の時間に女の子たちが言っていたセリフが、急に脳裏によみがえった。
そうなの…?
あたしは机の上に視線を落とした。
ううんっ! そんなことないっ! 学科で人決め付けちゃいけないよっ!
と顔を上げた直後、
でも…、体育用具室で、カレシのいる子と、エッチ…してたよね?
と、目線を机に戻す。
でもでもっ、あたしのこと、援交おじさんから助けてくれたし…
「やっぱり、優しいってことでっ!」
とあたしが顔を上げた瞬間、
「何が、優しいってことなの?」
すぐ隣から声が聞こえて、あたしは飛び上がった。
「きゃ…」
悲鳴をあげる直前、口を押さえられた。
「し―――っ! ミッフィーちゃん。オレだよ」
驚いて見てみると、陸だった。陸はゆっくりとあたしの口から手を離すと、「大きい声、出さないでね。こっそり普通科の方に来てるのがバレたら、これ以上なに注意されるか…」
「注意で終わったの?」
「うん。あと、反省文5枚」
あたしはホッと胸をなで下ろした。
「良かったぁ。あたしのせいで、どんな事になっちゃったんだろうって、心配してたんだよ?」
「話はあとあと! 誰か来たらヤバイよ。帰り支度出来てるの?」
「あ、ちょっと待って!」
あたしは慌てて机の中から必要な教科書やノートをカバンに詰め込んだ。
「何それ?」
陸が小声で問いかける。
「何って…、教科書よ?」
「持って帰るの?」
「うん、必要な物は…」
陸は、へぇ、と感心したような声を出した。
終業時間から大分時間がたっているせいか、下校する生徒の姿はほとんどなかった。
あたしは、校門を出たところでやっと陸に謝る事が出来た。
「本当に、ごめんね! 余計な事して」
「だから、大丈夫だったって。注意で終わったんだから」
「あと、反省文5枚ね」
「ははっ」
と陸は笑うと、学校前の路地を駅の方に向かって歩き出した。「結衣こそ、大丈夫?」
「え? 何が?」
「あいつになんか言われなかった?」
「あいつって…、もしかして、五十嵐くんのこと?」
「そう」
あたしはさっき五十嵐くんに言われたことを思い出した。
親しくなるのは良くないって言われたけど……
…そんなこと、陸に言えないよ。
あたしが黙っていると、
「じゃ、質問変える」
と陸が言った。「さっき、なんで百面相してたの?」
「え? 百面相??」
「うん」
陸はおかしそうに笑いながら、「う〜って唸って机を睨んだかと思えば、パッと顔を上げて、そんでまた、はぁって溜息ついてうつむいて、最後にゲンコツ作って『やっぱり優しい』って言ってたよ?」
…え? ……ええっ!?
い、いつから見てたのっ?
ってか、あたしそんなことしてたんだっ?? は、恥ずかし〜っ!!
「…百面相なんか、してないもん」
「してたよ」
「してない」
「してたって!」
と陸は言い切ると、「あと、ついでに言うと、オレが吸ってるタバコ、マルコポーロじゃなくて、マルボロだからっ」
と吹き出しながら言う。
うう―――っ
ちょっと、言い間違っちゃっただけでしょっ!?
それを… そんなに面白がって言うことないのに…
それに、女の子が、百面相してたなんて言われて、嬉しいわけないじゃない!!
あたしは陸を睨みつけると、
「意地悪な人、嫌い」
と言って、そっぽを向いた。
「―――商業科は意地悪?」
陸があたしの顔を見つめて聞く。
「違うっ! 商業科が意地悪なんじゃなくて、陸が意地悪なのっ! 学科はカンケーないっ!」
そう言うと、あたしは陸を置いてさっさと歩き出した。
もうっ! 優しいと思ったけど、やっぱり意地悪だっ!
あたしがプリプリ怒りながら歩いていると、陸が追いかけてきてあたしの肩をつかんだ。
今さら謝ったって、許してあげないんだから!
「何よっ……ンッ」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
ただ、目の前に陸の顔があって……、長い睫毛があたしの顔に当たってくすぐったくて……
そして……、息が出来なくて、苦しいっ!!
あたしがもがくと、陸はやっと唇を離した。
「…目ぇくらい閉じろよ。ムードねーなぁ」
「ちょっ…、いきなり何するのよっ!?」
「何……って、キスだけど?」
「なんで、いきなりそんなことするのよ」
「いきなりじゃなければいいの?」
「そーゆー問題じゃ…」
とあたしが言い終わらないうちに、
「キスする」
と言って、陸が再びキスしてきた。
ちょ、ちょっと待ってっ!
言えばいいって問題じゃ・・・ないって・・・
・・・え? え、え?
はじめは、啄ばむようなキスを何回か繰り返していたんだけど、そのうち唇を割って、陸が深くあたしの中に入ってきた。
「……んっ」
な、なに? この子…
なんなの、この…キス―――
陸の舌の動きに、頭の中が真っ白になってしまいそうだった。
あたしは立っていられなくなって、フラフラとしゃがみ込みそうになってしまった。
「…っと!」
陸があたしの脇の下に腕を入れるようにして抱きかかえた。
あたしも思わず陸の制服にしがみついてしまった。
それでやっと唇は離れたけど、まだ呼吸が上手く出来なかった。
陸の胸の中で浅い呼吸を繰り返していると、
「ねぇ、結衣、カレシいる?」
と陸が囁くように聞いてきた。
まだ呼吸が整っていなくて上手く話せないあたしは、首を振ることで返事をした。
「いないの?」
肯く。
「じゃ、アキヒコって、誰?」
…杉田先輩。
元カレ。…フラれちゃったの。
すっごく大好きだったけど。多分、今もまだ好きだけど。
でも、まだ息上がってて話せないから…あとで、話すね……って、ん?
「!? なんで、先輩のこと―――ッ ゲホゲホっ」
慌てて喋りだしたせいで、むせてしまった。
「ちょっ、結衣! 大丈夫?」
陸がビックリしてあたしの背中をなでた。
しばらくそうしてセキが治まるのを待った後、
「―――なんで、先輩のこと、知ってるのよ?」
と聞いた。
「指輪に彫ってあったから」
「指輪?」
そう言えば、この前指輪なくしたとき、陸が見つけてくれたんだっけ。
あたしは制服の上から胸に手を当てかけて、慌ててそれを引っ込めた。
でも、陸はそれを見逃さなかったようで、
「それ。カレシにもらったんじゃないの?」
と目線をあたしの襟元に寄越した。
別に隠すつもりもないので、あたしは正直に話した。
「っていうか、元カレ。先月フラれちゃったから」
「……別れたのに、なんでまだそんなのしてるわけ?」
「ん〜、多分、まだ好きだから…かな?」
あたしがそう答えると、陸はちょっとムッとした顔をして、
「捨てろよ」
「え?」
「もう、フラれたんだろ? じゃ、さっさと捨てろよ。そんなもの」
と怒ったように言う。
あたしは戸惑いながらも、
「…なんで、陸にそんなこと指図されなきゃならないのよ? 関係ないでしょっ!」
と反論した。
「カンケーあるよ」
「ないっ」
「あるっ!」
「ないっ!!……大体、どんな関係があるっていうのよ?」
「たった今から、オレが結衣のカレシだから」
は?
「……何、言ってんの? そんなの勝手に決めないでよ」
「いや、もう決めた」
「決めないで」
「決めた」
「決まってないっ!」
「決定っ!!」
あのね〜、とあたしが言いかけると、
「これ以上ウダウダ言ったら、また、さっきのキスするよ?」
と陸があたしの顎に手をかけた。
あたしは慌てて口に手を当てると、首を振った。
「じゃ、決定で、いいね?」
首を振る。
「決定!」
大きく首を振る。
「首振ったら、キス!」
今度は慌てて首を振るのを止める。
あんなキス…… もう1回されたら、今度こそ立てなくなっちゃう。
陸は小さく咳払いすると、
「じゃ、改めて…。決定でいいね?」
うっ。話せないし、首も振れないっ!!
「よしっ! じゃ決定なっ♪」
陸は嬉しそうにそう言うと、口を押さえていたあたしの腕をつかんで引き剥がした。
「え? 今度は、何っ?」
「何って…、オレ、結衣のカレシでしょ?」
と陸が笑いながら言った。「だったら、こーゆーコト、してもいいよね?」
と言うなり、またキスしてきた。
「ん、ん―――っ!?」
あたしはなんとか陸から離れようとしたんだけど、頭を押さえつけられて、全く動くことが出来なかった。
陸の舌が入ってきて、また別な生き物みたいな動きをする。
あ…、ダメ。
また、何も考えられなくなっちゃう……
今度こそ、腰が砕けてしまったあたしは、一緒に意識まで失ってしまった。
薄れゆく意識の中で、
「ゆ、結衣? ゴメンっ! オレ、やりすぎたよね? ゴメン、結衣? 結衣――…」
と、陸の慌てる声が聞こえた―――

これからどうなっちゃうの―――っ!?
おわり


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