チェリッシュxxx 第1章
C 冤罪晴れて・・・?
「ちょっと、川北先生! もう、見回り出来ませんよっ!」 と3年の風紀委員が、川北先生を取り囲んで抗議をしている。 あの、始業式後の委員会発足の時から丁度1週間が過ぎた。 ウチの学校は普通科が1学年に5クラスあり、ちょうど風紀委員の見回りが一巡した所だった。 一緒に回るはずの先生は、竹刀を持って校門に立ち、服装やら持ち物のチェックなどをしていたから、結局校内の見回りはあたしたち生徒だけで行われていた。 そこで、おおよその現状を把握する為に、3年の風紀委員だけ昼休みに招集がかけられているところだった。 「あいつら、年上だからって言う事聞くような連中じゃないですよ!」 「そうですよ! あたしなんかセクハラもどきまでされて…」 「タバコだって、見てください! これは僕たちが見回りをして集めた吸殻の数です。こんなにあるんですよっ!? 見回りしたってキリがないですよ!」 と言いながら差し出したバケツにはいっぱいの吸殻が入っていた。 うーむ、と先生が唸っていると、 「僕なんか、カツアゲされましたからっ! あいつら、まるでヤクザですよ」 とさらに泣き声が上がった。 そんなにひどいんだ… 他の委員の話を聞いて、ビックリしてしまった。 もしかしたら、陸たちはまだマシな方だったのかも知れない。 「おい。お前らはどうだった? おかしなのに会わなかったか?」 黙っているあたしと五十嵐くんに、川北先生は言った。 「はぁ。会いましたけど……、大した連中じゃなかったですよ」 と五十嵐くんが淡々とした口調で言った。「ちょっと脅かしてやったら、すぐに引っ込んでいきました」 「お。どうやったんだ?」 川北先生は身を乗り出した。あたしも思わず、 「先生、五十嵐くんすごいんですよ! セコンドやってて…」 と身を乗り出したんだけど、 「…あのね、テコンドーだから」 五十嵐くんに呆れたような目線を向けられて、すごすごと引っ込む。 「そうか、五十嵐はテコンドーやってるのか。そりゃ頼もしいな。風紀委員にはもってこいだな」 他のクラスの委員たちが冷たく笑いながら、 「それじゃA組にずっとやってもらいましょうよ」 と冗談とも本気ともつかないようなことを言うので、焦ってしまった。 先生は、とりあえず、今月いっぱいは見回りを続けよう、というとあたし達を解放した。 「それにしても、五十嵐くんって凄いよね。あたしもやれば出来るようになるかな? その…セコンド―――じゃなくて、テコンドー…だっけ?」 廊下を歩きながらあたしは五十嵐くんに話し掛けた。 「…ねぇ、村上さんのそれって天然?」 「え?」 「いや、なんでもない。……それより、今日の放課後なんだけど、大丈夫? 見回り。先週みたいに、朝だけでもいいけど?」 「ううん。五十嵐くんいるから安心だよ。他のクラスはちゃんと女の子も一緒にまわってるみたいだし…。掃除当番なんだけど終わったらすぐ行くから、昇降口のところで待っててくれる?」 あたしは、午後の授業を終えた後、さっさと掃除を終わらせようと、ホウキとチリトリを持って教室のゴミを集めていた。 「ねぇ、村上さん。風紀委員どう?」 いっしょに掃除当番をしている女の子が聞いてきた。「商業科の方も見回ってるんでしょ?」 「うん」 「荒れてるって聞くけど…、そこんとこどうなの?」 「先週、タバコ吸ってる子たちに会ったよ」 「げっ。校内で? やっぱ荒れてるんだ〜!」 そんな話を聞きつけて、他にも何人かの女の子が寄ってきた。 「え? なになに?」 「いや、商業科が荒れてるって話」 「そんなところ見回ってて、大丈夫なの? なんかされたりしない?」 女の子たちが心配そうに言う。 「うーん。大丈夫では…ないかも。他のクラスの委員の子が、セクハラまがいの事されたとか言ってたし…。でも、ウチは五十嵐くんが強いから、大丈夫だと思う」 「そうなんだ〜。なんか、ゴメンね、押し付けるように風紀委員にしちゃって」 |
「いいよ。もうなっちゃったんだし、なんとか慣れるようにするよ」 そう言いながら、壁の時計をチラリと見上げた。もう、掃除終了予定の時間を過ぎている。 早くしないと、五十嵐くんが待ってるよ… そんなあたしの胸中を知る由もない女の子が、 「あ…ねぇねぇ」 と囁くように聞いてきた。「商業科にさ、ちょっと、カッコいい子、いるよね?」 「なに、あんた―――っ!? そんなチェックしてるわけ?」 と他の女の子たちが非難の声を上げる。 「いや、だって、本当にカッコいいのよ! ちょっと、普通科にはいないタイプ?」 「いつ、チェックしたのよ?」 「昨日。特殊教室を使うためだと思うけど、こっちの普通科のほうに来てたのよ。その時…」 「出たよっ! 泉、チェック早いから!」 「ねぇ、それで、その子のコト知らないかなと思って」 「うーん、あたしも2〜3人の子しか、見てないから…」 あたしはホウキを掃く手を休めずに、曖昧に返事をしていた。 五十嵐くんがイライラしながら待っているに違いない。さっさと掃除を終わりにして行かないと…… 「あの〜…、実は、今日も見回り当番で、五十嵐くんが…」 待ってるから、と言おうとしたら、 「え? そうなの? じゃ、調べてきてくれない? その子のクラスとか」 とお願いされてしまった。「あのね、背が高くて、茶髪っていうか、オレンジ色の頭しててね、多分2年生だと思うんだけど…」 年下なの〜っ!?とまたみんなが騒ぐ。 「いいでしょっ?」 「ん―――…。でも、それだけじゃ分からないなぁ」 見回りだけしかやってないのに、そんなの分かるわけないよ〜っ。 「一緒にいた友達がその子のこと、リク、って呼んでたんだけど」 え? 「陸?」 「知ってるの?」 と顔を輝かせる。あたしは慌てて、 「ううん! 知らない知らないっ!!」 と首を振った。 「なんだ―――。知ってたら、紹介してもらおうと思ったのに」 「―――ごめんね」 「村上さん、気にすることないよ〜? この子、いい男チェックがシュミなだけだから」 なによ〜っ! という抗議の声に女の子たちが笑った。 あたしは一緒に笑いながら、リクって、多分、あの陸……よね? と考えていた。 確かに、整った顔立ちしてたけど、もうチェックが入るほどだったんだ…… 「でもほら、所詮、商業科だから」 と言う声に、我に返った。 「そうなんだよね」 と、陸をチェックしていた女の子が肩を落とした。 「ルックスはイケてるかも知れないけど、きっと、ロクな男じゃないよ」 「やっぱり、そうかな…」 「いくらイケメンでも、商業科とは付き合えないよね〜。レベル違うって言うか、人種違うもん。絶対」 みんなが口々に商業科の悪口を言うから、 「そ、そんなこと、ないよっ!」 あたしは、気が付くとそんなことを口走ってしまっていた。 この前、援交を迫ってきたおじさんから、陸が助けてくれたことを思い出しながら、 「タバコ吸ったり、色々したりするかもしれないけど、根は悪くないって子もいるよ?…あ、多分…」 「村上さん…? どうしたの?」 みんなが訝しげな顔であたしを見ている。 …なんか、ムキになってしまった。 「いや、だから、多分というか…、あたしの勝手な予想?」 あたしは曖昧に笑って誤魔化した。女の子たちは、なんだ〜、と言って一緒になって笑った。 「ちょっと、結衣―――?」 そのとき、教室の入り口から麻美が声をかけてきた。 「あ、麻美。どうしたの?」 「なんか、五十嵐が昇降口で突っ立ってたから。もしかして、今日見回り当番なんじゃないかと思ってたんだけど……、違うの?」 「やっばっ!」 あたしは慌ててホウキを他の当番の子に渡すと、 「ゴメン! 明日はちゃんとやるからっ!」 と言って、昇降口へ駆け出していった。 息を弾ませながら昇降口まで下りていくと、すでに五十嵐くんの姿はなかった。 も、もう、行っちゃったのかな? 乱れた呼吸を整えながら、昇降口の外も見てみる。 けど、やっぱりいない…。 どうしよう… 先に見回ってるのかな。 あたしは靴を履き替えて、校舎の外に出てみた。 先週と今朝は、普通科の方を先に見回ってから商業科の方に行ったから、きっと今も普通科の方を見回っている頃に違いない。 多分、今ごろは体育館裏辺りをウロウロしてるハズだから、行けば会えるかも。 あたしは小走りに体育館の方へ向かった。 遅れてごめんね、ちょっと掃除当番が長引いちゃって…… って、実際は途中で当番を押し付けて来ちゃったんだけど、とりあえず、そんな言い訳でいいか。 なんてことを考えながら、体育館の裏に回ろうとしたとき、 「知らねーよっ!」 と、体育館内から大きな声が聞こえてきた。 あれ? この声、もしかして…… と思いながら体育館を見上げたとき、 「お前に決まってるだろうっ! ふざけるなっ!!」 また別な声が聞こえた。 え? この声は…、五十嵐くん? だよね? なに? どうしたの? あたしは一抹の不安を抱えながら、体育館の中に入っていった。 |
五十嵐くんは、体育館のギャラリー部分にいた。 体育館は、校舎にして2階分くらいの天井高があるのだけれど、ちょうど2階部分に当たる場所に、ギャラリーが設けられていた。 ギャラリーといっても、体育館内をぐるりと一周出来るような、幅1.5メートルほどの通路なのだけれど。 そのギャラリーに五十嵐くんと一緒にいたのは、思った通り、陸だった。 体育館で部活動をしている子たちが、何事かとギャラリーを見上げている。 「五十嵐くんっ!」 あたしはギャラリー部分に駆け上がっていった。「どうしたの?」 五十嵐くんと陸が振り返る。 「ああ、村上さん。掃除当番は終わったの?」 「あ…うん。ゴメンね、遅れて。ちょっと長引いちゃって…」 って、なんで練習してきた言い訳をこの状況で使ってんのよ、あたしっ! 「いや、そんなことより、どうしたの?」 あたしは五十嵐くんと陸の顔を交互に見ながら聞いた。 「コレ」 と差し出した五十嵐くんの手の上にはタバコの吸殻が乗っている。「こいつが、このギャラリーの窓から外に投げたんだよ」 五十嵐くんがちょっと顔を陸のほうに向ける。 「だからぁ、オレじゃねーって!」 「お前しかいないだろ?」 「あのね、センパイが上がってくる前に、ここにいたヤツが他にもいるの。オレはバスケ部の練習見てただけ」 「誰だよ? じゃ、そいつの名前言えば、信じてやるよ」 「そんなの、イチイチ覚えてねーよ」 陸がポケットに手を突っ込みながら、面倒くさそうに言った。 「そんな話が通用すると思ってるのか? お前が投げたタバコのせいで、下にいた女の子の髪が焦げたんだぞっ!?」 「えっ? 本当なの?」 あたしは驚いた。 「ああ。幸い顔や手なんかは大丈夫だったんだけど、髪の毛がね。ちょっと焦げたんだよ」 五十嵐くんは陸を睨みつけながら言った。 陸はふてくされた顔をして、そっぽを向いている。 「……見てたの? り…、この子が投げるところ」 「見てたって言うか…。体育館の裏を見回っていたら女の子の悲鳴が聞こえて―――、慌てて駆けつけたら、体育館の窓からタバコが落ちてきてそれで髪が焦げたって泣いてるんだよ。で、すぐに上がってきてみたら、こいつがいたってワケ」 「―――じゃ、投げたところは見てないのね?」 あたしは確認するように聞いた。 「…まぁ、そう言われりゃ、そうだけど…」 「状況証拠だけじゃ決め付けられないよ。五十嵐くん、そのタバコ、見せて!」 あたしは五十嵐くんに手の平を差し出した。 五十嵐くんは一瞬絶句したあと、 「……村上さん? 何言ってんの? こいつがやったに決まってるでしょ?」 と、信じられないものを見るような目つきであたしを見返した。あたしは構わず、 「だから、それを確認するから、見せてよ。タバコ」 とさらに手の平を五十嵐くんに近づけた。 五十嵐くんが黙ってあたしを見下ろしている。 眼鏡の奥の瞳が、見る見る間に冷たいものに変わっていって怯みそうだったけど、あたしは手を差し出したまま五十嵐くんを見上げていた。 お互い視線を外せずに睨み合っていると、 「―――いいよ、もう! メンドくせーなぁ」 と陸が言った。「はいはい、オレがここから投〜げ〜ま〜し〜たっ!」 |
「なッ!?」 あたしは驚いて陸を振り返った。 「で? オレはどこに行けばいいワケ? 職員室? それともケーサツ?」 陸は、降参、といった感じに両手を顔の横に上げている。「ま、どこでもいいよ」 ちょっと! 本当にあんたがやったのっ? 「五十嵐くんっ。それ、貸してっ!」 あたしは五十嵐くんの手にあったタバコの吸殻を奪い取った。そして、 「ちょっと! タバコ出しなさいよ」 と陸に向かって言った。 「あ?」 「ポケットに入ってるでしょ? マルコポーロ…の緑だっけ?」 あたしは、この前の話を思い出しながら言った。 陸は一瞬目を細めてあたしを見たあと、フイッと視線を外し、 「―――知らねーよ。そんなモノ」 としらばっくれた。 「いいからさっさと出しなさいよ! 陸っ!」 あたしが迫ると、はぁ、と大きな溜息をついて、やっと陸は制服のポケットからタバコの箱を取り出した。 |
「…最初から、大人しく出せばいいのよっ!」 ひったくるように陸から緑色のタバコの箱を取り上げると、中から1本抜く。 五十嵐くんが拾った吸殻はフィルターの部分が白かったけれど、陸の持っていたタバコはそれが茶色だった! 「―――ねぇ、見てっ! ほらぁ! このタバコ、違うよ! やっぱり別な人が投げたんだよ!」 やっぱり、思ったとおり、陸じゃなかったんだ! あたしは嬉しくなって、 「もう! 違うなら違うって、もっとハッキリ言わなきゃ! もう少しで陸がやったことになっちゃってたんだよ?」 と陸の背中を叩きながら言った。 疑いが晴れて喜ぶかと思ったら、なぜだか陸は、困ったような顔をして額に手を当てていた。 それどころか、あたしと目を合わせようともしない。 なによ。疑いが晴れたっていうのに、なんでそんな顔してるワケ? 陸の態度にちょっと不満を感じながら、今度は五十嵐くんに向かって、 「ね、五十嵐くん。これでこの子がやったんじゃないって証明されたから、もういいよね? 解放してあげても」 と言った。 五十嵐くんはちょっとの間、あっけに取られた顔をしてあたしを見ていた。 けれど、すぐに、 「…女の子の髪を焼いたのがこいつじゃないっていうことは、認める」 と不本意そうに言った。 「そうよ! タバコの種類が違うんだから」 あたしが力強く肯くと、でも…と五十嵐くんが続けた。 「タバコ…、所持してたってことは事実だよね?」 「―――え? あ…」 直後、顔が強張るのが自分でも分かった。 五十嵐くんは、あたしの手から緑色の箱を取り上げると、 「ほら、一緒に来い! とりあえず、職員室だ」 と陸に向かって顎をしゃくってみせた。そして、動けないままのあたしを残して、体育館の出口に向かって歩き出した。 ……え? あたし、もしかして、余計な事しちゃった…の? 呆然とするあたしの横を、陸が通り過ぎようとして、 「バーカ、結衣。どうなっても知らねーぞ?」 とあたしに顔を近づけて囁くように言った。 「そ、そうだよね。どうしよう…。タバコのこと、バレちゃって…」 あのまま陸が知らないって言ってれば、タバコ持ってるのバレなかったかもしれないのに… それを、あたしが無理矢理出させたから…… 「違うよ。そんなことじゃなくて…」 と陸が言いかけたとき、五十嵐くんが振り返った。 「ねぇ、村上さん。そいつと知り合いなの?」 「―――え?」 「さっき、陸って呼んでたよね?そいつの事。ナニ陸? クラスも教えてよ」 |
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