チェリッシュxxx 第1章
@ 風紀委員は突然に
「結衣! おはようっ!」 新学期。 昇降口で上靴に履き替えていると、背後から声をかけられた。のろのろと振り向くと、親友の麻美が立っていた。 「あ…、なんだ、麻美か」 「なんだ、とは何よ。シツレーねぇ」 麻美は上靴に履き替えると、あたしと一緒に歩き出した。 「…なんか、暗いね。やっぱ、まだ吹っ切れないの?」 麻美は心配そうな顔であたしの顔を覗き込んできた。 「え? そんなことないよ! もう忘れたって!!」 あたしは慌てて笑顔を作って見せた。でも、麻美には通用しなかったみたい。 麻美はあたしの肩を抱くようにしながら、 「元気出しなさいよ! あの程度の男なら沢山いるって! 今度合コンセッティングしてあげるから!」 と、ウィンクをした。「男を忘れるには、男よ!」 あたしは苦笑しながら、そうだね、と答えた。 あたしの名前は村上結衣。今日から高校3年。 特に何の特技もない。勉強だって中の中。 部活はコーラス部。本当はスポーツ系の部活に入りたかったけど、この低い身長と(153しかない…)自分でもイヤになるくらいのトロ臭さのせいで、とても無理だと自分で諦めている。 容姿……これは、十人並、だと思う。いや、思いたいっ! 唯一の自慢は、髪の毛くらい。柔らかい栗色の髪をカットしに行くたびに、美容師に褒められるから、多分自慢にしていいんだと思っている。 |
肩甲骨くらいまで伸ばしていたその髪を、麻美が、 「本当にいい髪よね。女のあたしでも惚れちゃうわ〜」 と言いながら、よく編みこみにしてくれたりした。 その自慢の髪の毛を、あたしは10日ほど前にバッサリと切り落としていた。 原因は、恋人であった杉田先輩にフラれたからだった。 「でも、杉田先輩も、アレよね。根性ないわよね」 もう何度も言ったセリフを麻美が再び口にした。「なんで、京都の大学に行くからって、別れなくちゃならないのよ?」 「麻美……。あたし本当にもう忘れてるよ? それに、先輩だって、別れる時すごく辛そうだった…」 あたしがそう言いかけると、麻美は、は〜っ! と大きな溜息をつき、 「あんたお人よし過ぎっ! 遠恋も出来ないような男、庇うことないわよっ」 と軽く背中を叩いた。 あたしは曖昧に笑って誤魔化した。この話になると、麻美ってば長くなるのよね。 まさか、いまだにこんなもの大事に持ってるなんて知れたら、またなんて言われるか… あたしは、麻美に気付かれないように、胸のあたりを制服の上から押さえた。 見えないように制服の中にしているネックレスの先には、杉田先輩からもらった指輪がぶら下がっていた。 「はいはい! ちょっとごめんなさいね〜」 あたしと麻美が教室に行こうと階段を上っていると、上から机や椅子を持った用務員の人たちが下りてきた。 あたし達は階段の端に身を寄せた。 「あ〜あ。本当に今日から一緒なのね」 麻美がうんざりしたように用務員を見送りながら言った。「何も今さら一緒の敷地にしなくてもいいのに…」 「でも、そんなに荒れてるのかな?」 あたしは麻美の話の矛先が変わりそうになって、喜んでその話に乗った。 「って話よ? こっちは受験で大変だって言うのに、どうなっちゃうのかしら。チョー不安!」 麻美は溜息混じりにそう言った。 「商業科ってほとんど進学しないのかな? みんな就職?」 「でしょ? 気楽でいいわよね〜、就職組は。こっちに悪影響与えられたらたまんないわよ。聞いてよ! あたし、また塾一つ増やされちゃってさ…」 と麻美は、親に増やされた塾の話をし始めた。 あたしが通う県立桜台高校は普通科と商業科がある。 でも、土地の関係上、今まで普通科と商業科は別の場所に建てられていた。 ところが、普通科の隣に建っていた国立病院が移転する事になり、その空いた土地に商業科が移ってくることになったのだ。 それを聞いた普通科の生徒はみんな一様に不満を漏らした。 なぜなら、商業科が物凄く荒れているという噂を聞いていたからだった。 ウチの学校の普通科は県内でも有数の進学校、というわけではなかったけれど、それでも9割以上の生徒が大学や専門学校に進学するという現状にあった。 そこに荒れた商業科が入ってくることを普通科の生徒たちは嫌がっていたのだ。 あたしも、実際の商業科の子たちがどんな風なのかは分からなかったけれど、漠然とした不安は持っていた。 ひとしきり塾の話をしていた麻美は、 「ま、お互い頑張ろうね」 と言って自分のクラスの方に歩きかけ、「合コン。日付決まったら連絡するね」 とケータイを軽く持ち上げた。 「あたし、ホントに杉田先輩のことは忘れたんだからね?」 「はいはい。分かってるって」 じゃね、と言いながら麻美は歩いて行った。 あまりの展開に、あたしは絶句してしまった。 え? ちょっと待って? 無理無理! 絶対無理! あたしだって一応進学するつもりだから、そんなことやってる時間ないよ!? それに、そんな前例のないこと、このトロ臭いあたしに出来るわけないってば! と言うあたしの心の叫びを無視して、学級委員が、 「え〜、それでは、風紀委員は男子が五十嵐くん、女子は村上さんに決定いたしました〜」 と満面の笑みを浮かべて言った。 ちょっと待って、ちょっと待って! さらに学級委員が、拍手〜!と言うと、クラスメイトが一斉に手を叩いた。 それを合図に担任が満足そうな顔をして立ち上がり、 「―――やっと決まったな。ま、今までなかった委員だからしょうがないが…。はじめのうちは戸惑う事もあるかもしれないが、二人とも頑張ってやれよ!」 とあたしと、もう一人スケープゴートにされた男子の肩を叩きながら言った。 風紀委員? …って、何やるの? あたし今まで(それも中学までよ?)、図書委員と保健委員しかやったことないんですけど… しかも、今までなかった委員でしょ? ええ〜っ!? 今日は始業式と簡単な自己紹介、学級委員なんかの係り決め、あとは掃除だけして帰れる日で、午前中に帰れることにあたしは喜んでいた。 久しぶりに一人でショッピングでもしようと考えていたからだった。 確か駅の裏側に、新しい洋服屋さんが出来たって麻美が言ってたっけ。 春休み中は杉田先輩のことがあって、とても買い物なんて気分になれなくて行かなかったんだけど、今日あたり行ってみようかな… あ、そう言えば新作アイスが先週から出てるはず… それも買い物の合間に食べなくっちゃ… 係り決めのとき、あたしはぼんやりとそんなことを考えていた。すると、いつの間にかあたしが風紀委員をやることになっていた! 断るタイミングも、勇気もなかったあたしは、そのまま風紀委員に任命されてしまった。 ど、どうしよう… そんな不安な気持ちを抱えたまま呆然としていたら、いつの間にか放課後になっていた。溜息をつきながら帰り支度をしていたら、 「じゃ、村上さん。今から視聴覚室だから」 と黒いセルフレームの眼鏡をかけた男の子が声をかけてきた。 「え?」 「え、じゃないよ。風紀委員の集まり。さっき先生が言ってたでしょ?聞いてなかったの?」 と呆れたような顔をした。「もしかして、僕の名前も忘れてる?」 「お、覚えてるよ! …え〜と、五十嵐…くん?」 だったよね? 確か… 五十嵐くんは、イエスともノーとも答えずに、 「筆記用具だけあればいいって」 と言いながら、さっさと教室を出て行ってしまった。 確かに、五十嵐くんに声をかけてもらわなかったら、そのまま帰ってしまうところだったけど… そんなにボーっとしているように見えたのかな? あ、呆れられてる…? あたしはペンケースを手に、慌てて五十嵐くんの後を追った。 視聴覚室には各クラスから差し出された、スケープゴート…もとい、風紀委員が集まっていた。 みんな、不安そうな、不満そうな、うんざりしたような、そんな表情で席に着いている。 |
「…どんなことやるのかな?」 隣の席に座っている五十嵐くんに話し掛けると、 「その説明を今からするんじゃないの?」 当たり前だろ? といった感じで一瞥をよこした。 そうよね…とあたしが肩をすくめたとき、派手な音を立ててドアが開き、顧問の先生が入ってきた。 「よーしっ! みんな集まってるな!」 と、手に持っていたファイルを会議テーブルの上に叩きつけるように置いた。手には竹刀を持っている。 なに、あの竹刀…? 先生は、 「俺は、回りくどい話し方は好かん!」 と言って、あたしたちの顔を眺め回すと、大声で話し始めた。 「今日から、普通科と商業科が同じ場所で学ぶ事になった。校舎は新しく建てたが、特殊教室…ココのような視聴覚室や音楽室、実験室なんかだな。それと、体育館や校庭は一緒に使うことになる。当然今までと全く同じという学校生活を送る事は出来ないだろう」 と言って、竹刀で軽く床を叩きながら、あたしたちの間を歩き始めた。 あたしはなんだかこの先生の勢いが怖くて、テーブルの上に視線を落としたまま話を聞いていた。 「それに、もうお前らも聞いていると思うが、商業科はちょっと…荒れている。しかし、それを放っておくわけにはいかない。そうだろっ?」 「は、はいっ」 あたしの斜め前に座っている男子が、背中を思い切り叩かれ、慌てたように返事をしていた。 こ、怖いよ〜。 「そこでだ! 風紀を乱さないためにも、風紀委員を新しく作る事になった。ま、これは俺の提案で出来たような委員なんだがなっ」 先生は満足げに、大声で笑っている。 「配った用紙を見れば分かると思うが、これから当番制でしばらく校内を見回ることにした。まずは、3年にやってもらう」 ええっ? 受験生ですよ? 先生!? 「あの…、どうして3年からなんでしょうか?」 同じ3年の男の子が、おずおずといった感じで手を上げた。 「いい質問だ!」 先生はその男子を指差すと、「いいか? 風紀委員というのは、いわば風紀を乱すものを押さえる役目をしなければならない。それには上の立場から押さえつけることが手っ取り早いやり方だ。そんなとき、商業科の3年を、普通科の1年が押さえつけることが出来るか? 出来んだろう? やはり押さえつける役目は、年上が適任なんだ」 と自分の話に肯きながら言う。 そんな理由? ウソでしょ? 「俺も一緒に見回るが、会議や研修なんかでいない時は、お前らだけで回ることになるからな。しっかりやれよ! じゃ、ほかに質問は?」 この先生に質問が出来るような勇気ある生徒はいなかったようで、視聴覚室内はシンと静まり返っていた。 「…よし。無いようだな? それじゃ、今から当番の日付を黒板に書くから、3年はメモするように!」 3年生が一斉にペンケースを開ける音がする。あたしも慌ててシャープペンを取り出した。 「なんか、面倒なことになっちゃったね」 30分ほどの集会が終わった後、あたしは教室に戻りながら五十嵐くんに話し掛けた。 「ま、ね。今さら言ってもあの先生には何も通用しなさそうだし、言う事聞いてるしかないんじゃないの?」 「そうだけど…。あたしなんかで務まるのかな? 風紀委員…」 「務めてもらわなきゃ。早速明日、僕たちの当番だよ?」 ―――なんで、あたしA組なんだろ… 別に、シャッフルする意味もないのだろう。当然のごとく、当番はA組から始まることになった。 「ええ? 川北先生来れないの?」 昨日大仰に風紀委員の説明をしていた先生の名は、川北といった。 当面は、川北先生と各クラスの風紀委員二人の計3人で朝と放課後、校内を見回ることになっていた。 朝8時に普通科校舎前集合と言われ、あたしは7時50分から昇降口で待っていたのだけれど、5分前に五十嵐くんが現れて、 「先生さ、急に校門に立つとかいって、見回りできないって言ってんだよね」 と、眉間にしわを寄せながら言った。 あたしは驚きながらも、 「じゃ、今日の見回りは中止?」 小さな期待を胸に五十嵐くんに聞いてみた。 「いや、二人で回って来いって」 だよね… 初日だもんね…… 肩を落とすあたしに五十嵐くんは、 「じゃ、行こうか。SHRが始まる8時40分まで校内を見回れって言われてるんだけど…。どうする? 二手に分かれようか?」 「やっ、一緒で! あたし一人なんて絶対無理だから!!」 五十嵐くんが一人で行ってしまいそうだったので、あたしは慌てて五十嵐くんの袖を引っぱった。五十嵐くんは一瞬動きを止めた後、 「……じゃ、部室裏から始めようか」 と言い、あたしの腕を振り払うとさっさと靴を履きかえた。 「あ、ちょっと待ってよ!」 あたしはまたまた慌てて五十嵐くんの後を追いかけた。 部室裏や体育館、その他図書館や各教室をザッと見回っていたら、時刻は8時30分になっていた。 「なんか、大丈夫そうね」 あたしは安堵の溜息をつきながら言った。「ちょっと早いけど、もう…」 終わりにしてもいいんじゃない? と言おうとしたら、五十嵐くんが、 「まだ、肝心なところ、見てないでしょ?」 と顎をしゃくった。 え? やっぱり… あっちも見るんですか? 五十嵐くんの見ているほうに恐る恐る目を向ける。 「普通科の敷地内見て回ったって、あんまり意味ないっちゃ、ないんだよね。商業科を取締るための風紀委員なんだからさ」 そう言うと、五十嵐くんは商業科の校舎の方にスタスタと歩いて行った。 あたしは五十嵐くんの何の迷いもない歩調にビックリしながら、後をついていった。 五十嵐くんについていって、あたしは嫌なものを見つけてしまった。 商業科の校舎横、植え込みの裏からうっすらと煙が上がっている。 あれって、もしかして… 「タバコ…、みたいだな」 五十嵐くんはそう呟くと、まっすぐに植え込みの方へ歩いていこうとする。 「ちょ、ちょっと待って!」 あたしは慌てて五十嵐くんを引きとめた。 「何?」 「…って、あたしのセリフなんだけど? 何しに行こうとしてるの?」 「風紀を乱す者を押さえつけに」 待って待って待って! 相手は、荒れてるって噂の商業科だよ? あたしが焦りながら、 「あのさ、川北先生呼んでこようよ? ここは穏便に先生に収めてもらって…」 と言っても、 「あの先生が、穏便になんて済ますと思う?」 と五十嵐くんは再び歩き始めた。「それに、僕たち3年だよ? 相手は多分下級生だから、一言いやぁ、すぐごめんなさい、だよ」 ちょっとちょっとちょっとぉっ!! 「悪くて、同級生? どっちにしても、怖がる事ないよ」 五十嵐くんはズンズンと歩を進めると、「おいっ! お前らっ!」 と植え込みの裏側に大股で入っていった。 あたしはどうしていいのか分からずに、ビクビクしながら五十嵐くんについていった。 「あ?」 案の定、そこには商業科と思われる男の子達が、3人しゃがみこんでいた。 それぞれ、口や手にタバコを携えている。 「お前ら、何やってる? 未成年がタバコなんか吸っていいと思ってんのか?」 五十嵐くんは恐れた様子も見せず、3人を見下ろすような格好でそう言った。 「はぁ? 誰だよ、お前?」 「僕は風紀委員だ。校内の風紀を乱す者を取り締まってるんだよ」 五十嵐くんがそう言うと3人は一瞬黙り込み、顔を見合わせた後、大声で笑い出した。 「ぼ、ボク、だってよ〜」 「風紀委員ってなんだよ! マジありえね〜っ!」 「どうせ取り締まられるんだったら、そっちのオネエチャンがいいな〜♪」 と耳に沢山ピアスをつけた男の子が、立ち上がってあたしに近づいた。 「やめろ。僕たちは3年だぞ? お前ら、何年だ」 五十嵐くんはあたしを背後に隠すようにしながら言った。 「だ〜か〜ら〜、笑かすなって! 今どき高校生でボクはないでしょ、ボクは!」 ピアスの男の子は体を前かがみにして笑い転げている。口にはタバコを咥えたままだった。 もういいよ、五十嵐くん。 あとは川北先生に報告して、そっちで処分してもらおうよ。 あたしは五十嵐くんの制服を引っ張ろうとして、彼の体が強張っていることに気がついた。 呼吸も浅く速いものになっている。 やだ。もしかして、五十嵐くんも怖いの? どーするのよ、この状況!! 「じゃ、とりあえず、ボクちゃんは置いといて〜。そっちのミニスカポリスに取り調べ受けちゃおっかな〜」 とピアスの男の子があたしの肩に手をかけようとしたときだった。 一瞬、あたしとその男の子の間に何か風のようなものが走ったかと思うと、今まで男の子が咥えていたタバコが、フィルターの部分だけを残して先がなくなっていた。 え? なに? 今の… ピアスの男の子もポカンとした顔をしている。 あたしとその男の子が、何が起こったのかよく分からない顔をしている横で、五十嵐くんが少し腰をかがめ、両手を構えた格好で小さく息を弾ませていた。 ―――ええ? 五十嵐くんが…… 何かやったの? 「―――んっ、な? なんだ、お前っ?」 ピアスの男の子がハッと我に返り、五十嵐くんに殴りかかろうとした時、 「おい、アツシ。止めとけよ。お前、病院行くことになるぞ」 と、それまで二人の成り行きを見ていた、背の高い男の子が言った。 「はぁ? なんだよ、陸」 もう一人いた別な金髪の男の子が、陸と呼ばれた背の高い男の子に向かって言った。 「3年だからって、構うことねーじゃん。普通科のヤツなんてやっちゃえよ」 「バーカ。オレは、負けるケンカはやらない主義なの。ね、普通科のお兄サン?」 背の高い男の子は、まだ構えを解かない五十嵐くんに近づくと、顔を覗き込むようにして言った。 「なんだよ? どーゆーコトだよ、陸!」 ピアスの男の子が納得できないというような顔で言った。「お前が負けるっての?」 「お兄サン、テコンドーやってるでしょ? じゃ、ボク、負けちゃうな〜」 「テ、テコンドー?」 ピアスの男の子が、ひるんだようにあたしたちから離れた。 背の高い男の子が楽しそうに笑いながらピアスの男の子に言った。 「あの踵落しがあと2センチでもずれてたら、お前、救急車……いや、死んでたな!」 「……分かったら、お前もタバコ吸うの止めろよ」 五十嵐くんが、まだタバコを咥えたままのその男の子に向かって言った。 「……もし、イヤだって言ったら?」 |
と、男の子が言い終わらないうちに、五十嵐くんが踵を振り上げた。 「い、五十嵐くんっ!?」 あたしは思わず目を閉じた。 流血の大惨事なんて、止めてよっ!? 風紀を取り締まる者が、傷害の加害者になるなんて、シャレにならないじゃない! しばらくして恐る恐る目を開けてみると、背の高い男の子が笑いながらまだタバコを咥えていた。 あ、あれ? 五十嵐くんは怖い顔で男の子を睨みつけている。 「センパーイ、2度も同じ手は通用しませんよ?」 センパイ? ってことは、年下なの? 「でも、殺されたくないから、今日はこの辺で」 と男の子は言うと、タバコを指ではじいてあたしの足元に落とした。 「ミッフィーちゃん! 消しといて!」 背の高い男の子は、ピアスの男の子と、金髪の男の子を連れて校舎内へ入って行った。 今気付いたのだけれど、彼らは上靴のまま平気で外を歩いていたようだった。 「……ミッフィーちゃんって、何かな?」 あたしは靴の裏でタバコを踏みつけるように消すと、吸殻を拾ってティッシュに包んだ。 証拠品よ、証拠品! 「それだろ」 と五十嵐くんは、あたしの胸ポケットを指差した。 ポケットにはミッフィーのマスコットがついたボールペンがささっていた。 |
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