あの夏も、空も、風も、 |
高い丘の上にあるあたしたちの学校は、グラウンドがまるで空に浮いているようだった。 そこを走るあいつは、まるでポストカードか何かみたいに、ぴったりと景色に収まって見える。 ブルーのトレーニングウェアが、空との境界線をなくす。 まっすぐに前だけ見つめて走る姿は、本当に風にでもなったみたい・・・ 「この暑いのに、よく走れるよね…」 夏休みだって言うのに、他にやることあるでしょ? グラウンドでは陸上部の子たちが、トレーニングウェア姿で走ったり柔軟をしたりしている。 あたしはペットボトルに口をつけて、スポーツドリンクを一口あおった。 あっつ〜… なんでこんなに暑いのよっ!? 山形なのにっ!! 「山形だって暑いんだから、普通に夏休み長くして欲しいよね〜。 東京みたいにさ」 「ホントだよね。 もっと夏休み欲しいよね」 となりに立って、陸上部の方から目線を外さず理恵子が溜息をつく。「って言うか、今年はあんま遊べないよね…」 「え? なんで?」 「だって、色々進路のこととか?考えたら心配になっちゃうじゃん」 「はぁっ? だってまだ2年だよ?」 「そうだけどさ… 新学期始まったらすぐ進路表出さなきゃなんないじゃん?」 「あ〜…」 あたしたち2年生は夏休みが明けたら、すぐに進路相談がある。 だから、夏休み中に親と相談したりして、おおよその進路を決めて始業式には進路希望表を提出しなければならない。 希望大学まで決められればそれがベストだけど、せめて文系か理系かくらいは決めておかないと… でも、まだ高2の夏だし。 もっと遊びたいし。 どこか他人事って言うか、まだそんなに真剣に考えられないでいる子が殆どだと思う。 「ま、あたしは専門でも短大でもいいや。東京なら」 「え?」 理恵子が驚いてあたしを見る。「なつみ、もう進路決めてるの?」 「まさか。 でも、東京に行くってことだけは決めてる! 早くこんな田舎出て行きたいもん。 マック行くのに電車に乗ってくってありえないよ!」 「だよね〜!!」 理恵子と一緒になって笑う。 ひとしきり笑ったあと、 「…あたしも県外行きたいけど、無理だな〜。 親が許してくんない」 「理恵子はお嬢だもんね!? あたっ!」 あたしがちょっとからかってそう言ったら、理恵子はあたしの頭を叩いた。 「…っていうかさ…… 松本くんはどーするのかな…」 「は? ヒロ?」 叩かれた頭をさすりながら理恵子を振り返る。 「やっぱり、県外行っちゃうのかなぁ…」 「その前に、行ける大学があるかだよ。 アイツ走るの速いけど、勉強はイマイチじゃん? …つか、なんでヒロ?」 理恵子の目線の先にいる陸上部の子たちの中に、ヒロがいる。 ヒロはウチの近所に住む幼なじみ。 勉強はイマイチのくせに、走るのだけはやたら速い。 一応、あたしも中学まではヒロと一緒に陸上をやっていた。 …って言っても、学校の方針で必ずどこかの部に入らなきゃいけなかったからなんだけど。 でも、あたしも小さい頃はヒロと同じか、それよりもちょっと速いくらいに走れていたから、中学でもそれなりに活動はしてきた。 けど、高校に入ってから陸上は辞めた。 走るより楽しいことがいっぱいあったから。 友達とおしゃべりすること。 みんなとカラオケに行くこと。 新しい雑貨屋を偵察に行くこと。 カッコいい男の子をチェックすること…… あたしが毎日遊んでいる間、ヒロはどんどん先を走るようになって… 今じゃ、この辺の高校生の中で一番速く走れるようになっていた。 ―――多分、もう追いつけない… そのヒロを…… え? 「理恵子…?」 もしかして、ヒロのこと…… 好き、とか…? そう言えば、今日だってせっかく2人で新庄まで出てショッピングを楽しんできたっていうのに、帰りがけに、 「ちょっと、学校寄ってかない?」 って理恵子が言うから、不思議に思いながらもついてきたけど… …ヒロがいるから、だったの? 理恵子はちょっとだけ顔を赤くして、黙ってしまった。 「ヒロのこと好きなの?」 って聞きたかったけど… なんとなくそう聞くことを躊躇ってしまった。 理恵子がヒロのことを好きだって… ハッキリ知るのがイヤだったのかも知れない。 ―――? なんでだろう? 胸に沸いてきた感情がよく分からなくて、あたしもそのまま黙っていた。 まだ日は高かったけど、時計が5時を指したところで陸上部の練習も上がったみたいだった。 「…帰ろっか」 「ん」 理恵子と2人で校門に向かう。 「お! なつみじゃん。 なんでいんの?」 校門を出ようとしたところで織田センパイに会った。 「あれ? センパイこそ。 って、課外か」 「悲しい受験生だからな」 織田センパイは最近仲良くなった3年生。 オシャレで、流行にも敏感で、いつも面白くて楽しいことをあたしに教えてくれる。 「センパイ、もう行く大学とか決めてんの?」 「ん? まぁな」 「どこ? 県外っ!? もしかして東京っ!?」 「うん。 つっても都下だけどな。町田。受かったら」 「でも東京じゃん! いいなぁ〜」 とあたしが溜息をついたら、 「出たよ。 なつみの田舎嫌いが」 とセンパイが理恵子に目配せして笑う。 「なつみ、さっきもそんなこと言ってたんですよ?」 「あ、ねぇねぇ? 受かったらセンパイんち遊びに行っていい? 泊めて?」 「彼女でもないのに?」 センパイが横目であたしを流し見る。 「え? 彼女じゃないと遊びに行っちゃダメなの?」 「そーじゃないけどさ…」 「じゃ、いーじゃん! 決まりっ!」 校門の前であたしたちがそんなことをやっていたら、 「なつみ」 と背後から声をかけられた。 振り返ったら、ヒロが自転車を押して立っている。 ヒロはトレーニングウェアから制服に着替えていた。 「何やってんの?」 「え… なにって…」 チラリと理恵子の方を見る。 理恵子はさっきよりも顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。 理恵子に誘われて学校に… 陸上部の練習を見ていたってことは、言わない方がいいみたい。 「…理恵子と買い物とか」 買い物に行って、なんで学校にいるんだ?ということには、ヒロは突っ込んでこなかった。 ヒロはチラリと織田センパイに視線を向けたあと、 「帰るけど… 後ろ乗ってくか?」 と自転車にまたがった。 「あ〜… でも…」 このあとは理恵子と一緒にバスで帰ろうと思っていたんだけど・・・ 確かに、学校からバス停まで歩いて、そこから色々なルートを迂回して行くバスに乗るより、ヒロの自転車で帰った方が早くウチには帰り着く。 しかも、夏休みでバスの本数少なくなってるし。 でも… あたしがちょっと躊躇っていたら、 「あ。 あたしなら一人で帰るから、気にしないで? パパに迎えに来てもらってもいいし」 と理恵子が顔の前で手を振った。 「ん〜… じゃ、そうしようかな。 ゴメン理恵子。あとでメールするね。センパイも」 「またな」 「さっさとしろよ」 あたしがいつまでも2人に手を振ったりしていたら、ヒロがちょっとうんざりしたような声を上げた。 「こっちにだって、色々付き合いってもんがあんの!」 学校前の坂を、ブレーキをかけて減速しながら二人乗りした自転車が走り抜けて行く。 「どんな付き合いだよ。どーせ遊びだろ。 …つか、誰? あの男」 「ん? 織田センパイのこと?」 「知らねーよ。 名前なんか」 「この前、たまたま行ったカラオケでボックスがとなりになったんだよね。それから友達んなった」 「…もしかして、狙ってんの?」 「え? センパイのこと? あたしが?」 他に誰がいんの、とヒロが呟く。 「狙ってるとかじゃないけど〜… センパイ色々楽しいこと知ってるし、バイク持ってるし、東京の大学行くって言ってるし」 「なんだ? それ」 「や。 東京遊びに行ったとき便利じゃん! 色々案内してもらえるし、泊まるとこも確保できるし」 あたしがそう言ったら、ヒロがちょっとだけ振り返った。 「…お前さ、いー加減そーゆーのやめれば?」 「は?」 「あんま、男ナメんなってコト」 「はぁっ!? ……なにそれ? 全然イミ分かんないっ!」 ヒロの言いたいことは全然分からなかったけど、なんとなく見下されたような言い方にちょっとムカついた。 あたしがそのままムッとして黙ったら、ヒロもそのまま黙っていた。 東京から新幹線で3時間半。 そこから車で40分。 それがあたしたちの住んでるところ。 都会に住んでいる親戚なんかは、 「自然がいっぱいでいいわね〜」 なんてのんきなコト言ってるけど、住んでる方の身にもなって欲しい。 それでも、まだ学校や駅に近いところに住んでる子たちはいい。 あっちはかなり開けているし。 あたしたちが住んでいるところは、学校から自転車で1時間はかかるチョー田舎! マックはおろか、コンビニだって車に乗らないと行けない距離にある。 隣の家(ヒロんち)まで歩いて5分はかかるって… 東京じゃ信じられないと思う。 こんなところで、人生で一番楽しい高校時代をムダに送ってるって… 悲しくない? だから、あたしは絶対ここを出て行く! 卒業したら絶対東京に行くって決めてるんだもんね! 「あ、ちょっと基地寄ってって?」 もうすぐウチに着くっていう直前、ヒロに声をかける。 「なに?」 「今日買った物隠しておくの。 あんま沢山買い物してくるとお母さんたちうるさいんだよね」 あたしが買ってきた紙袋を眺めながらそう言ったら、ヒロは前を向いたまま、 「そーゆー事に神聖な基地を使うなよ」 「……あたしこの前、基地でアヤカの写真集見付けたけど?」 あたしがそう言ってやったら、途端にヒロが慌てる。 「や! 基地の使い方は自由だよな! うんっ!」 自転車が舗装された道路から脇にそれ、山に入る。 って、もともと山ばっかだけど。この辺は。 この山はヒロのおじいちゃんの山。 昔は割と平坦な場所に田んぼを作っていたんだけど、それも体力的に大変だからって、もう何年か前から放置されっぱなしだった。 そのときの農作業小屋と言うか、道具入れと言うか、そんな感じの物置が小さい頃からあたしたちの秘密基地になっていた。 広さは3畳くらいで、決して広いとは言えない。 けど、秘密基地だからこれくらいがちょうどいい。 あんま広いと「秘密」って感じしないし。 「あれ? 何?このマット」 「可愛いでしょ? この前見つけて買っちゃった。 だから土足禁止ね」 「昼寝するのにちょうどいいな」 「ヤラシーことに使わないでよ?」 「誰と? つか、お前こそな」 そんな話をしながら、買ってきたコスメを隠す。 空が暗くなり始めた頃、やっとウチについた。 自転車を止めてヒロもウチに入ってくる。 「あたし着替えてくるから」 「ん」 ヒロはそのまま居間に入って行った。 ヒロは生まれたときからずっと一緒にいるから、幼なじみって言うより姉弟みたいなもんだった。 ヒロんちは両親が小さい頃に死んじゃって、おじいちゃんおばあちゃんに育てられていた。 そのせいもあるのか、ウチの親がヒロのことを実の子供のように可愛がっている。 ヒロも、まるで自分ちのようにウチに上がってくるし。 いくら小さい頃から一緒だからって、どうなの? 年頃の娘がいるんだから、もっと警戒したらどーよ? ウチの親はっ!? ま、あたしも弟みたいなヒロとどーにかなるなんて思ってないけど… Tシャツとスウェットに着替えて居間に下りて行ったら、すでに夕ご飯が始まっている。 「ちょっとお父さんっ!」 ビールのビンを手にしたお父さんを、お母さんが諌めている。 「大丈夫だろ、少しくらい。 なぁ、ヒロ!」 「うん」 ヒロはグラスを手にしている。 「なに肯いてんの。 未成年が」 あたしがそう突っ込みながらヒロの隣に座ったら、 「おうっ、なつみ! ヒロがすげーぞ!」 とすでに大分アルコールが回った状態のお父さんが、機嫌良さそうに言う。 「なに?」 「聞いて驚け! 東京からお誘いがかかったぞ!」 「え? …なにそれ?」 意味が分からなくてヒロを振り返る。 「や、大げさだよ。 一緒に練習するだけだし」 ヒロはお父さんに向かって手のひらを振っている。 「…ちょっと? あたし全然意味分かんないんだけど?」 お母さんがあたしの前にご飯が入った茶碗とお箸を並べながら、 「ヒロね、来週から東京の学校に行って、陸上の合宿に参加することになったんだって。1週間」 「頑張りが認められたんだよ! すげーよな! さすがオレの息子だよっ!!」 お父さんも学生の頃陸上をやっていて、同じ陸上で頑張っているヒロのことが可愛くてしょうがないらしい。 「将来それで食っていけりゃ最高だよな! そうすりゃ天国のみっちゃんも喜ぶよ」 「そんな簡単に行かないよ」 なんて言いながら、ヒロがグラスに入った琥珀色の液体を口にする。 おい、未成年! 「ヒロぐらいの足だったらもっとゴロゴロいるって! それで食べていけるのなんて、ほんの一握りなんだから」 あたしがそう突っ込んだら、お父さんは眉を寄せて、 「なつみは夢がねーこと言うよなぁ…」 とあたしを恨めしげに睨んだ。「でも、ま、いいか。 そんときゃ、ヒロ。なつみと結婚してウチ継げ!」 「ははは。 いいね」 「ま〜た言ってるよ…」 お父さんが酔うと、必ず出る話。 ―――なつみと結婚してウチを継げ。 お父さんは駅に近いところで不動産屋をやっている。 でも、あたしは一人っ子だからウチを継ぐのが誰もいない。 どこまで本気なのか、お父さんはいつも、 「ヒロがなつみと結婚してくれりゃ、店の心配も、娘が売れ残る心配もないんだけどなぁ」 とボヤいている。 しょっちゅう出る話だから、あたしもヒロも全然本気にしていない。 酔っ払いの話を上手くスルーするワザを、あたしたちは小さい頃から身につけている。 「ヒロ、お父さん運ぶの手伝って」 いつも酔うと陽気なお父さんだけど、今日はヒロの話を聞いていつも以上に呑むペースが早かったみたいだ。 ヒロが帰る前に座卓の横に転がっていびきをかいてしまった。 居間の隣の部屋に敷いた布団にお父さんを運ぶ。 「暑いし、これだけで平気だよね」 と薄手のタオルケットをお腹の辺りにかける。 「ん。 あ、そだ。 あとでお前の部屋行ってい?」 「いーけど…」 時計はまだ9時前。 寝るにはまだ早い時間だった。 ドアの前でちょっとだけヒロを待たせて、脱ぎっぱなしだったパジャマなんかを隠してからヒロを部屋に入れる。 「なんか用?」 さすがに、いくら家族同然の付き合いだからって、あたしの部屋まで自由に出入りしてるわけじゃない。 だからヒロがあたしの部屋に入るのも、ちょっと久しぶり。 わざわざ、 「部屋行っていい?」 なんて… なんか用事でもあるのかな…… 「ん〜…」 ヒロはあたしの机の上に置いてあったテキストなんかをパラパラめくったりしている。 「あ。 数学進んでんじゃん。 あとで写さして」 「またぁ? あんた毎年じゃん。 …つか、話ってそれ?」 「ん〜…? うん」 ヒロが肯く。 ヒロは毎年夏休みの終わりの頃になると、宿題や課題を写しにやってくる。 あたしも頭良いって方じゃないけど、ヒロよりはマシ、と自負している。 「今年は早いじゃん。って、あ! 東京行くから?」 「ま、そんなとこ」 ヒロは、曖昧に肯きながらテキストを閉じて机の上に戻した。「や、あのさ…」 「じゃ、買って来て」 「あ?」 あたしはマガジンラックに放り込んであった雑誌を手に取った。ポストイットが貼られたページをヒロに見せる。 「東京行ったら、これ買ってきて?」 ヒロも雑誌を覗き込んで、 「なんだ、つっかけかよ。 つか、4000円? 高ぇーだろっ!?」 「つっかけじゃない!クロックス!!」 「こんなのこっちでも買えんじゃん。 シマダなら680円くれーで売ってんだろ」 シマダっていうのは近所の雑貨屋。 …近所って言っても車で行くんですが。 「今日さ、新庄まで見に行ったんだけど、欲しい色が売ってなかったの。 ヒロ、買ってきてよ」 「…金寄こせよ」 「お土産じゃないの?」 あたしがわざとらしく口を尖らしたら、 「つっかけじゃなくて、東京タワーのキーホルダーでもいいか?」 ヒロも意地悪く笑ってあたしを流し見た。 しぶしぶお財布から4000円渡す。 「同じ4000円なら、新しいスパイクに使うけどな。オレなら。 …ま、4000円じゃ買えねーけど」 「あんたと一緒にしないで!」 「なつみもまた走れば? 走るの速いじゃん」 「それ中学までだから。 それに他にもすることいっぱいあるから、陸上なんかやってらんないの!」 あたしはお財布をしまいながら、「…つかさ、走ってばっかで、あんた進学とかちゃんと考えてんの?」 今日の理恵子との話を思い出して、そんなことを聞いてみた。 「進学?」 「2学期始まったら、すぐ進路相談あるじゃん」 「あ〜…」 ヒロはあたしの勉強机の椅子を引いてそれに座った。 そのまま目線を足元の方に落とす。 「どーせ何も考えてないんでしょ?」 「うっせーよ!」 「図星か」 あたしは鼻で笑ってやった。 「そーゆーなつみはどうなんだよっ!? ちゃんと考えてんのかよ?」 ヒロがムキになって聞いてくる。 「考えてるよ〜! 東京行く!!」 「……そんだけかよ」 ヒロが肩をすくめる。 「なによ? 馬鹿にしてんの?」 「いや? …で? 東京行って何すんの?」 「それはまだ考えてないけど…」 「お前、今オレになんつったっけ?」 「う、うるさいなぁっ! そんなの行ってから考えればいーじゃん! 東京には夢もチャンスもい〜っぱいあるんだから!!」 そうだよ… 東京にさえ行ければなんとかなるもん。 なんとかする自信あるし! とりあえず、専門でも短大でも学校は行かないとならない。 じゃなきゃ、絶対家から出してもらえないし。 あたしが、進路とも言えないような進路のことを話したら、 「…オレはここが好きだから、出来ればここに残りたいけどね」 ヒロが呟くようにそう言った。 「じゃ、大丈夫じゃん! 何もしなくても叶う夢!! チョー羨ましいよ〜!! …そだ。マジで桐島不動産あげるし」 「親子で同じコト言ってんよ」 「てゆーか、ヒロはなんも悩みなさそうでいいなぁ」 「…なんだよ。 馬鹿にしてんのかよ?」 「だって、実際ないでしょ?」 「うっせって!」 「はぁ〜あっ!」 あたしはベッドに寝転がった。 進路進路って… あたし、まだ17だよ? そんな先のこと、まだ考えられないよ。 親は健在だし、お小遣いだってそこそこもらってるし、一緒に遊んで楽しい友達やセンパイもいるし… ただ、遊ぶにはちょっと…いや、かなり田舎すぎるってのが、強いて言うなら悩み。 だからあたしは東京に行く! そう決めてるの!! 「…なぁ?」 「ん〜?」 目を閉じたまま返事をする。 「もしさ、オレが東京行っちゃったら… なつみ、どーする?」 「行っちゃったらって、行くんでしょ?来週。 …クロックス忘れないでよ?」 …どうしよう。 オレンジ頼んだけど、やっぱカーキにしようかな… 2足買うほどお金ないし… とあたしがヒロに頼んだクロックスの色で悩んでいたら、急に目の前が暗くなった。 「ん?」 目を開ける。「…って、うわっ! な、なにっ!?」 目の前にヒロの顔があった。 しかもチョー近いっ!! 驚いて飛び起きたらおでことおでこがぶつかってしまった。 「〜〜〜ぃったぁ… って、何すんのよっ! 痛いじゃん!!」 おでこをさすりながらヒロを睨みつける。 「…なんだよ。 目ぇ開けんなよ」 「開けるよっ! つか、なにっ!?」 「……なんでもね」 「なんでもなくないでしょっ!? なによっ!?」 「うるせぇな〜… なんでもねーよっ!!」 ヒロは怒鳴るようにそう言って、顔を背けてしまった。 心なしか、顔が赤くなってるような気が…… 「まさか…… キス、しよーとした? 今」 まさかとは思いながらも、頭に浮かんできたことをそのまま聞いてみる。 「…だったら、なんだよ」 ヒロが顔を背けたまま小さくそう返してきた! あたしは驚いて、 「うっわっ!? ありえないっ!!」 「…なんで?」 「だって、ヒロだよっ!? 弟みたいなもんじゃんっ!!」 「なんでオレが弟なんだよ」 「だって、ヒロ11月生まれじゃん! あたし6月だし! あたしがお姉ちゃんでしょっ!?」 あたしが驚いたままそう言ったら、 「…そーゆー意味じゃねーよ」 とヒロが溜息をついた。 「じゃ、どーゆー意味よっ?」 「〜〜〜もーいーよっ! オレ、帰るっ!」 「はぁっ!?」 あたしがよく話を理解する前に、ヒロはさっさと部屋を出て行ってしまった。 ……な、なんなの? 急にワケ分かんない行動取ってきたと思ったら、最後にはあたしのこと怒鳴りつけて出てっちゃったけど… ………… 「キスしよーとした?」 って聞いたとき、ヒロ否定しなかったよね…? なんでっ!? 姉弟でキスしたら、キンシンソーカンじゃんっ!! って、ホントの姉弟じゃないけどさ。 でも、ありえないでしょっ!? ないないっ!! と自分に突っ込みを入れて…… ……でも… じゃ、ヒロはどういうつもりでキスなんかしよーとしたんだろ…? 普通、キスって恋人同士がするものだよね? まぁ、そうじゃない場合もあるかもしれないけどさ… でも―――… 少なくとも、相手のことを好きじゃなかったら… 自分からしないよね? え? ちょっと待って? それって… ―――ヒロがあたしのコト、す、好きってこと……? 「なつみ―――ッ!!」 「うわっ!」 急に名前を呼ばれて驚く。 「お風呂入っちゃって―――?」 お母さんが階下から声をかけてきた。 「わ、分かった―――!」 混乱した頭のまま、お風呂に入る。 ……ヒロ、ホントにあたしのコト好きなのかな? え? いつから? だって、今までそんな素振り、ちっともなかったよねっ!? それとも隠してたってことっ!? ―――イヤイヤ! 落ち着け、あたし!! はっきりヒロに、好きって言われたわけじゃないんだからっ! そんな先走って、勘違いだったら恥かくのはあたしだよ? ただちょっと、キスされそーになっただけで… …って。 だからそのキスは、好きだからするもんなんだよね? 普通っ!! 「あ―――ッ!! もう、全っ然分かんないっ!!」 …大体、あたし、人を好きになるっていうのが良く分からない… 「あの子可愛いよね〜」 とか、 「あのセンパイカッコ良くない?」 なんて友達と騒ぐこともあるけど… あの子は背が高いから好き。 バイクに乗ってるからいい。 流行の遊びを知ってるからいい。 東京に行くからいい…… 大体あたしが男の子に着目するのはそんなところ。 そんなのでも、好きって言えるのかな? っていうか、それだったら別にその人じゃなくても、バイク持ってればいいし、背が高ければ誰でもいいって話になる。 「…松本くんはどうするんだろ…」 理恵子のことを思い出した。 きっと理恵子はヒロのことが好き。 いくらそういうのに鈍くても、あんな理恵子を見たらあたしだってそれくらい分かる。 でも、その好きって気持ちがどんなものなのかが分からない。 まぁ、あの暑い中、わざわざ学校に行ってでもその姿を見たいんだって気持ちだけは分かったけど… …ってゆーか… そう考えたら、あたしって… 今まで人を好きになったこと、なかったんだなぁ〜… 「…ちょっと、なつみ? いつまで入って…… って、なつみっ!?」 お母さんの慌てた声がお風呂場に響く。 いろいろ考えすぎて、のぼせてしまった。 ―――これと言うのも、ヒロのせいだっ!! |
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