A 新入部員


「あ〜、市川さんダメダメ! そんなに直線的に投げても入んないよ!」
リングに当たってとんでもない方向に飛んで行ったボールを、経験者の中村さんが拾いながらあたしにアドバイスする。
「こうもっと…… 弧を描くような感じにふわっと」
「やってるつもりなんだけど…… ごめん、入んないね」
新学期が始まり、体育やLHRの時間は球技大会の練習に充てられるようになった。
あたしも経験者の指導の下、体育館でバスケットボールを追いかけていた。
メグや恭子の試合とか何回か見たことあるし、もしかしたら自分が思ってるよりイケるんじゃないかとか思ってたんだけど……
やっぱり思った通り……いや、思った以上に体が動かなかった。
まずドリブルが致命的に下手だった。
ボールばっかり見てるから目の前に敵が来ても気付かないですぐにボール取られちゃうし、ボールを見ないでドリブルしようとすると今度はすぐに自分の手からボールが離れてどっかに転がって行ってしまう。
あたしのドリブルっぷりを見た中村さんは遠慮がちに、
「えーと……ボール運びはあたしたちがするね。 市川さんは……あたしたちをサポートしつつ、ここならシュート打てそうって位置にいて? それで空いてたらボール回すから、打てたら打って?」
と指示してきた。
サポートっていっても本当の意味でサポートは出来ないから、経験者の邪魔にならないようにするのが1番。 それで運が良ければシュート打ってもいいし、さらにそれがマグレで入ったらラッキーっていう……
今はそのマグレを起こす練習中。
ゴール付近でパスをもらって、すぐにシュートを打つ。
ゴールにも近いしノーマークなのに…… これがなかなか入らない。
おかしいなぁ……
前にヤジマとちょっとだけやったときは、もうちょっと入ったのに。
やっぱり、パスをもらってすぐシュートっていうのが、タイミング取りづらくて余計に入らないのかな……
あのときは完全に自分のタイミングで打ってたもんね……
「……はあ。 こんなんで大丈夫なのかな、球技大会」
練習が終わりトボトボとみんなで教室に戻る。
「まあ、なんとかなるでしょ。 っていうか、市川さんなんか千葉くんに教えてもらえばいいじゃ〜ん?」
「えっ!?」
急に振られて驚いた。
「バスケ部の千葉くんと付き合ってるんでしょ? みんな知ってるよ」
メグと彼氏彼女になる前はずっと絶交していたし、お互い無視してたから周りの誰もあたしたちが幼なじみだとは知らなかった。
ううん、幼なじみどころか知り合いだとすら思われていなかった。
だから、見た目も中身もパーフェクトなメグと全てにおいて平凡女子のあたしが付き合い始めたときはかなり驚かれた。
ミドリになんか、
「なんか千葉の弱みでも握ってんのか?」
って、あたしがメグを脅しつけて無理矢理彼氏にしたと思われていたくらいだった。
それというのも、付き合い始めた当初、メグはあたしと付き合っているということをオープンにしなかったからだ。
あたしがみんなに、
「千葉くんと付き合ってるの?」
って聞かれて、
「うん」
って答えてたのに対して、メグは、
「さあ?」
とか誤魔化してたんだよね。
なんで?
もしかしてあたしが彼女ってみんなに知られるのやだ!?
あたしが彼女じゃ恥ずかしい?
って……あのときは本当に落ち込んだ。
なんとかメグに釣り合うようになりたくて、ダイエットとかスキンケアとか……色々頑張ったりもした。
でも、その頑張りも空回りなんじゃないか、やっぱり自分はメグに釣り合う彼女にはなれないんじゃないか……って落ち込んでいたら、急にメグがオープンにしてくれたんだよね。 あたしたちの関係。
だから、同じ3年や2年女子の間では、結構あたしたちの関係は知られるようになった。
でも、こうやって急に……しかも3年になって初めて口をきくようになった子からメグとのことを聞かれると焦ってしまう。
「すごいじゃん」
「え……そ、そーかな」
「あたしの周りでも結構いたよー、千葉くんファンだった子。 みんなショック受けてた」
「そーなんだ……」
「あたしもちょっとイイナ〜って思ってたし」
「……ごめん」
やっぱりメグはモテるんだ。
……でも、ごめん、みんな。
メグは譲れない。
「だから千葉くん独り占めした罰として、試合で必ずシュート決めること!」
「は?」
中村さんは笑いながら、
「あの千葉くんの彼女なんだから、1本くらい決めないとみんな納得しないかもよ〜?」
とあたしの前に人差し指を立ててきた。
そ、そんなっ!!
「ま、頑張ってね!」
「あいたっ」
中村さんはあたしの背中を思い切り叩いて、そのまま先に教室に入っていってしまった。
「千葉くんの彼女だったら1本くらいシュート決めないと!」
……だよね、やっぱ。
「お前にシュート決めさせられるかどうか、自信ない」
って言われたけど、やっぱりもう1回お願いしてみようかな…… メグに……

「え? シュート練?」
その日の夜、メグが部活から帰った頃を見計らって声をかけた。
お互いケータイを持っているのに、あたしたちは未だにベランダの仕切り越しに話をすることが多い。
お母さんがいなかったら、空いた仕切りの穴からメグにこっちに来てもらいたいところだけど、まだお母さん起きてリビングにいるしな〜……
顔見て話したいけど、声聞くだけで我慢しよう。
「うん。 チームメイトに……1本くらいは決めないとって脅かされちゃって」
メグの彼女だったら、ってところは伏せておく。
メグは一瞬黙ったあと、
「……そんなに入んないの? お前」
とちょっと心配そうな声を上げる。
「もう全然! 立ち止まって狙い定めて投げればまだ少しはマシだけどさ。 試合中にそんなこと出来るチャンス殆どないじゃん?」
「殆どじゃなくて、絶対無い」
「でしょ? で、パスもらってすぐシュートっていう練習してるんだけど…… 難しいね」
そう考えるとバスケ出来る子ってすごいよね。
ドリブルしながらシュートとか…… 体が流れたままでよくシュートが決まるよ。
経験者に言わせると、
「これが一番簡単なシュートだから」
ってことらしいけど…… ホントかな?
「……分かった。 教えてやる」
「えっ!? ホントっ!!」
思わぬメグの承諾に思わず飛び付く。 直後、
「ああ。 ……その代わり絶対決めろよ? 決められなかったら……」
そういうメグの声がいつになく真剣な感じがして、ちょっと驚いた。
「え、決められなかったら…… 何?」
ビクビクしながらそう聞いたら、またメグは一瞬黙ったあと、
「決められなかったら……そうだな。 お仕置き、かな」
とあたしを脅した。
「え……っ お、お仕置きって……」
あたしたちの間でお仕置きって言ったら…… キ……
とあたしの心臓がドキドキし始めた直後、
「……指立て10回かな」
とメグが。
「へ? ゆ……指立て?」
「ああ。 バスケ部でお仕置き……つーか罰則って言ったらダッシュか指立てだからな」
そ、そーなんだ…… 部によってお仕置きも違うんだ?
よく考えたらそーだよね。 鍛えるためのものだもんね。
バスケは走るの基本だし、指先鍛えるために指立てとかするのかも……
……良かった。 変なこと言わなくて。
とホッと胸を撫で下ろしたら、
「ぷっ!」
と仕切りの向こう側からメグが吹き出したような音が聞こえた。 メグはくっくっと堪えるような笑い声を漏らしながら、
「ごめん、期待させちゃった?」
「ッ!!!」
メグはあたしの勘違いなんかお見通しだったみたいだ。
「し、してませんっ! 期待なんか!!」
慌てて否定したら、
「そ? オレは期待してたんだけど」
「……えっ?」
―――今、なんて言った?
「んじゃ、今度の週末からな。 午前中の方が空いてるから……10時からでいいよな?」
今の発言を確認するまえに、メグの方が週末の予定を確認してきた。
「う、うん……大丈夫」
「じゃあな」
週末の約束をすると、メグはさっさと部屋に引っ込んでしまった。
静かになった仕切りの向こう側を見つめる。
……今、メグ、期待してるって言わなかった?
え、言ったよね? 今。
なんのことかハッキリ言わなかったけど、あたしが勘違いしたお仕置き……を期待してるってことだよね?
「〜〜〜ん、もうっ! メグってばーっ!!」
確かにクラス分かれちゃって会う機会減っちゃったし、最近じゃカテキョもテスト前の数回だけだからあんまりキスも出来なかったけど。
そんなハッキリ言われたらテレちゃうじゃん!
あたしだってメグとキスはしたいけどさ〜〜〜…
でも、普段メグがあんなふうにハッキリ気持ちを伝えてくれることってないからすごく嬉しいかも……
キャ―――!!
「……ちょっと、真由? あんた何やってんの? こんな夜遅くに……」
ベランダの窓を開けたままメグの発言に身悶えていたら、訝しげな顔をしたお母さんがあたしの部屋にやってきた。

「市川さん? なんか機嫌良さそうだね?」
翌日、浮かれて学校に行ったら津田沼に声をかけられた。
「そうかな?」
確かに浮かれてる。
週末はメグと約束出来たし(シュート練だけど)、メグはあたしとキスしたいって言うし…クラスは離れちゃったけどチョーラブラブなの! あたしたち!!
「そう言う津田沼はなんか大変そうだね? 何その荷物」
気付くと津田沼は両手にダンボール箱を抱えている。
「ん? これ? カメラだよ。 体験入部の子が増えたから、貸し出し用のカメラの手入れしてたの」
ダンボール箱の中にはカメラがいくつも入っている。
「これ全部写真部の? 多くない?」
「僕が昔使ってたヤツも入ってるから。 思ったより体験の子多かったから、家から持ってきたんだ」
確かに、よーく見てみるとあたしが過去に壊した一眼レフも入っている。
……あれ、ちゃんと直したんだ?
壊したときに謝りはしたけど、あの時はあたしもメグのこととか早坂のこととかでいっぱいいっぱいだった。
だから、そのあと壊したカメラがどうなったのかすっかり忘れてたんだけど……
そうだよね、津田沼が初めて買った大事なカメラだもんね。 簡単に捨てられないよね。
「……津田沼、あのときはゴメンね」
「え? 何が?」
津田沼は全然分からない顔をしている。
津田沼のこういうとこ、ホントに救われる。
「なんでもない! それよりさ、あたしも手伝うよ!」
とダンボール箱に手を伸ばす。
「え? いいよ、無理しなくても」
「いいのいいの! 今までちゃんと参加してなかったしさ。 最後くらい先輩らしいことしとかないとね」
「そーなんだ?」
津田沼はまだ不思議そうな目であたしを見ながら、「じゃあさ、お願いしていい? 体験の子が思ったより多くて僕と2年生だけじゃ対応するの大変なんだ。 今日で体験期間も最後だし昨日より多いかもってみんな心配してて…… 市川さんも来てくれれば助かる」
「いいよ! 任せて!!」
どうせ放課後はメグも部活で会えないし、することないもんね。
それに、あたし今チョー幸せだし! みんなに優しくしてあげたい気分なの!!
「じゃ、放課後ね!」
「僕、掃除当番だからちょっと遅れるけど」
「うん、分かった!」
あたしがスキップしそうな勢いで教室に入ろうとしたら、
「なんか…… ホントに今日の市川さん機嫌良すぎて…… ちょっと気持ち悪いよ」
と津田沼が呟いた。

放課後の部室には1年生の女子が10人近くもいた。 今までにない人口密度だ。
「なにコレ! ケッコー重たっ!」
「この部分外せばいいんじゃん?」
「あ、そっか!」
と1年女子の子たちがカメラのレンズ部分を無理矢理外そうとする。
「あー、ちょっと待って! あたしが外すから! レンズ直接触っちゃダメ!」
慌てて彼女たちからカメラを奪い取った。 
と思ったら、今度は背後から、
「これ、撮ったやつすぐ見れないんですかぁ?」
と声が上がる。
「デジカメじゃないから!」
「えー、チョー不便〜!」
「あのねぇっ!」
見れば分かるでしょっ!? デジカメかそうじゃないかくらいっ!!
しかも、先輩に対してその態度はなんなの!? その態度はっ!!
やたら語尾のばして鼻につくったら……
ちょっと注意してやろうとあたしが息を吸い込んだら、
「ちょ、ちょ! 市川先輩、落ち着いて!」
と2年生部員に止められた。
「なによッ!?」
「先輩の言いたいこと分かりますけど、ちょっと我慢してください」
「だってねぇ! この子たちカメラのこと知らなさすぎ! っていうか、舐めてる!!」
自分のことは棚に上げて1年女子を睨みつける。
「そうですけど、部のまま残れるかどうかの瀬戸際ですから! ここでこの子たちに逃げられたら同好会になっちゃいますよっ!」
「そ、そうだけど……」
それを言われたら……黙るしかない。
「それに体験期間は今日までですから。 明日以降は正式入部の子だけになるはずです。 そしたら……」
と田中くんは語尾を濁す。
……そうか。 シメるならそれからやればいいのか。
と怖いことを考えながら、それにしても……と窓際の席を眺める。
そこではトキワくんがのん気にカメラ雑誌を眺めていた。
ここにいる女子はみんなトキワくんのファンらしい。 全員が、
「写真部ってここですか?」
って入ってくるんじゃなくて、
「トキワくんいますかぁ?」
って入ってきたんだから。
こんな状況になってるのは自分のせいだっていうのに、なんでこんな無関心でいられるんだろう。
今でこそカメラに触り始めた女の子たちだけど、はじめはみんなトキワくんの周りに固まっているだけだった。
でもトキワくんが、
「あー、ウザッ! 写真に興味ないやつは出てけよ!」
って言ったから、とりあえず置いてあったカメラに手を伸ばし始めただけだ。
トキワくんは、あたしたち先輩部員には礼儀正しいのに、同学年の女子には本当に容赦ない。
全然嬉しくないのかな?
カッコいいしきっと高校に入る前からモテてただろうから…… もうこんな状況には慣れっこで、逆にうんざりしてるのかもしれない。
そんなことをしていたら5時になった。 体験入部は5時までと決まっている。
普段の部活動時間より早いけど、体験の子たちが帰ってから部員が本来の活動をするから仕方ない。
きゃあきゃあ騒いでいた1年女子がざわざわと帰り支度をしはじめる。
はあ…… やっとこれで静かになるよ。
「トキワくんは帰らないの?」
みんなが帰り支度をしている中、トキワくんはまだ窓際の席でカメラ雑誌を眺めていた。 そんな彼に1年女子たちが声をかける。
「一緒に帰ろうよー」
「うっせ、先帰れよ。 オレはもう正式部員だからまだ帰んなくていいんだよ!!」
「え〜、そうなんだぁ」
残念、と言いながら女の子たちはざわざわと帰っていった。
ちょっと……
今までどれだけモテてきたのか知らないけど、もう少し愛想良くしたらどうなのよ。
あんたに釣られてたくさんの女子が体験に来てくれたけど、まだ正式入部にまで至ってる子はいないんだからね!
明日以降あの子たちが何人入部届を出してくれるかはあんたにかかってるんだから!







そこんとこ分かってんでしょうね!?
2年生部員の田中くんたちも同じように思っていたのか、ちょっと難しい顔をしてトキワくんを見ている。
あたしは田中くんたちに肯いて見せた。
大丈夫! ここは最上級生のあたしに任せて!
さっき1年女子に注意してやろうとしたときは止められたけど、今度は誰もあたしを止めようとはしなかった。
あたしは、まだのん気にカメラ雑誌を眺めているトキワくんに近づくと、
「ねえ? もうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃないかな? みんなトキワくんに好意持って来てくれてるんだからさ」
本当は、
「ちょっと! あんた調子に乗ってんじゃないの!? あんたに写真部の将来がかかってるんだからねっ! そこんとこ分かってんのっ!?」
って言ってやりたいんだけど、先輩にそんな風に言われたら怯えたり落ち込んだりするかもしれない。 しかもあたし3年だし。
そう思って優しく言ってやったら、トキワくんはチラリとあたしを見上げて、
「興味ないヤツに周りうろつかれてもウザいだけっすよ。 分かりません? そーゆーの」
……って、トキワ―――ッ!!
なにこいつ!
一見礼儀正しそうに見えるけど、めちゃくちゃ生意気じゃない?
「……全然分かんないね! あたしキミみたいにモテたことないから! ごめんね!!」
怒りを押さえながらそう言ったら、
「え? そんなことないでしょ? 先輩かわいーし」
「ええっ!?」
急にそんなことを言われて驚いた。
「な、なな、なに言ってんのっ!? っていうか……えっ? あたしがっ!?」
トキワくんは真面目な顔をして、
「うん。 特にオリエンテーリングのとき? あんときかわいー先輩いるなって思ってたんすよ」
「は…… え、や、ホントに……?」
トキワくんは肯きながら、
「うん。 先輩かわいーよ?」
「そ、そっかな…… ありがと」
とりあえずお礼を言う。
……ちょっと待って?
こんなことメグにだって言われたことないから、どういう反応を示していいのか困ってしまう。
確かにオリエンテーリングのときは気合入れてあたしなりに可愛くしてったつもりだけど……
でも男子から……しかも、こんなイケメン男子から、
「先輩かわいーよ」
なんて言われるとは思わなくて……嬉しいけど、反応に困ってしまう。
ふと気が付くと田中くんたち2年生部員が呆れた顔をしてこっちを見ている。
「……先輩。 浮かれないで下さいよ」
「うっ、浮かれてなんかないよ!」
「顔、ニヤけてますけど?」
「っ!?」
慌てて顔を引き締める。
「ゴメンね〜、遅くなっちゃって。 急に先生に用事頼まれちゃってさぁ」
津田沼が部室にやってきた。
そういえば、1年女子の対応が大変だったせいで全然気が付かなかったけど、津田沼いなかったんだ。
掃除当番とか言ってたけど、それだけじゃ済まなかったのかな?
津田沼はコンクールの締め切りの話だとか、新聞部に提供する写真撮影の話だとかを簡単にすると、
「じゃ、あとは活動報告書書いて片付けたら解散にしようか」
と手を叩いた。
活動報告書は2年生に任せて、あたしは椅子や机を元の位置に戻した。 津田沼はカメラの手入れをしている。
はぁ…… それにしても疲れた。 年下の相手ってこんなに疲れたっけ?
っていうか、なんか1年女子とのジェネレーションギャップっていうの? そんなの感じちゃったよ。
それとも、あたしも2年前はあんなにはじけてたのかな?
ううん、入学当時のあたしはあんなんじゃなかった! もっと落ち着いてたよ!
なんてことを考えてたら、カメラを手入れしていた津田沼が、
「……あれ?」
と呟いた。
「ん? どうかした?」
津田沼は首を捻りながら、
「カメラが1台足りないんだよね。 5台あったはずなのに……」
と周りをキョロキョロと見渡している。
「えー? よく見た?」
「見たよ。 でもない」
えー、と言いながらみんなで部室内を探してみたんだけど…… やっぱり、ない。
「え…… 始まるときにはあったよね? あたしも見たし……」
とあたしが部室に来たときのことを思い出しながら言ったら、
「体験の人たちが持ち出したってことはないですか?」
と2年生部員が言った。「このカメラ、貸出し用ってシール貼ってあるし……」
「でも、黙っては持ち出さないでしょ? 借りるんだったら申請書書いてもらわなきゃだし……ていうか、体験のうちは部外に持ち出しの貸出しはしてないし……」
「その説明しました?」
「え?」
「はじめにそのカメラ持ってきたとき市川先輩が、貸出し用のカメラだから自由に触ってね……ってみんなに言ってましたよね? そのときちゃんと説明しました?」
「………あ!」
………してない。
「……やっぱり、体験の誰かが持って帰ったんですよ。 ちゃんと説明しなかったから〜」
と田中くんたち2年生部員が溜息をつく。
「……ゴメン」
「どうするんですか! 市川先輩の責任ですよ!?」
「そ、そうだけど…… ホントにゴメン」
「もう、たまに出てきたと思ったら……こんなんじゃ困るんですよ!」
「……」
田中くんたちの言うことはもっともで、反論の余地もない。
あたしが2年生部員の前で小さくなっていたら、
「あー、もういいよいいよ。 幸いなくなったのは僕の私物だったヤツだし」
と津田沼が助け舟を出してくれた。
「全然良くないですよ! 津田沼先輩が大切に手入れしていたカメラだったのに……」
「体験した子のクラスと名前だけは分かってるんでしょ? 月曜日その子たちのクラスに行って一人一人に確認すればいいし…… だから市川さんは気にしないで。 元々部活に遅れた僕が説明できなかったのが悪いんだし」
……津田沼って、ホントに心広いよ…… 何やってんだろ、あたし……
「津田沼ゴメン…… せめて体験の子たちに確認する作業はあたしがやるから…… ホントごめん」
「いいってば。 じゃ、確認作業は週明けやるとして……今日はもう遅いから解散にしようか」
みんなでゾロゾロと部室を出る。
落ち込むあたしを追い越すようにして、2年生部員はさっさと帰ってしまった。
トキワくんは1年生だからさすがに何も言わないけど…… 少し難しい顔をしている。
……やっぱり呆れてるよね。
さっき、可愛いとか言われて浮かれてたのが恥ずかしいよ。
津田沼だけは別にいつもと全然変わらない様子で、
「クラス見たら体験の子たち一クラスに固まってるみたいだから、確認もしやすいと思うよ?」
とあたしに声をかけてくれた。
「うん。 昼休みまでには全員に確認するから」
「僕も手伝おうか?」
「いいよ! あたし1人でやるから! っていうか、やらせて?」
自分でやらかした失敗だもん。 後始末くらい自分でやらないと!
昇降口のところまで津田沼とトキワくんと一緒にやってきた。
「あ、そうだ!」
さも今思い付いたように声を上げる。「あたし教室に忘れ物してきちゃった!」
「そーなの?」
「うん、先帰ってて?」
「じゃあ、またね」
二人と別れてから、あたしは慌てて職員室に向かった。 時計は6時を過ぎている。
先生たちまだ残ってるよね?
「はあ? 名簿を貸せ? なんで?」
あたしが1年3組の連絡先が分かる名簿を借りようとしたら、担任の先生はあからさまに嫌そうな顔をした。
「実は今日体験に来た子の中で、部の物を間違って持って帰っちゃった子がいるんです。 電話して確認したいので……」
津田沼は月曜でいいって言ったけど、週末2日も挟むことになるし……やっぱり今日のうちに確認した方がいいもんね。
「ダメだダメだ! 最近は個人情報がなんたらってうるさくてな。 そういうのは簡単に人に見せちゃダメなんだよ」
「そこをなんとかっ! すごく大事なものなんですぐに確認したいんです!」
「ダメだっつーの! ほら、さっさと帰れ!」
「そ、そんな〜…」
半強制的に職員室を追い出された。
なんでっ!? ちょっとくらいいーじゃん!
こっちは大事なカメラ持ち出されて(って半分はあたしの責任だけど……)困ってるっていうのに!
あんなカメラのこと何にも分かってなさそうな子たちに無断で持ち出されて、壊されでもしたら……
こうなったら…… 先生たちが全員帰ったときを見計らって……
と、あたしが職員室の窓の外に身を潜めていたら、
「そんなことしてバレたら、怒られるじゃ済まないかもしんないっすよ」
「うわっ!」
急に背後から声を掛けられ驚いて飛び上がった。
「月曜でいいって津田沼先輩も言ってたじゃないですか」
振り返ったら、トキワくんがあたしを見下ろしていた。
その呆れた顔を見ると……あたしが何をしようとしていたのかバレていたみたいだ。
「だって、カメラ持ち出されたのってあたしのせいだし…… それにあたし、ずっと前に津田沼のカメラ壊しちゃったこともあるし、今度はそんなことになる前に見つけたいんだよね」
だから、なんとしてでも名簿を手に入れないと!
あたしが再び職員室の中を窺い始めたら、トキワくんは軽く溜息をついて、
「仮に! ……今自宅に電話したってあいつら捕まんないよ? 週末だし。 9時とか…下手したら10時過ぎまで遊び歩いてるようなやつらなんだから」
そーなのっ?
そんな時間に自宅に電話するのって非常識だよね。
やっぱり月曜まで待つしかないのかなぁ……
とあたしが諦めかけたら、
「ケータイに連絡すれば?」
とトキワくんがポケットからケータイを取り出した。
「え……もしかしてあの子たちのケー番分かるのっ!?」
「無理矢理交換させられたのが、こんなときに役立つとはな」
トキワくんはそう言いながらケータイを操作すると、「あ、トキワだけど。 あんたカメラ持って帰んなかった?」
と今日体験に来てくれたらしい子に電話をかけはじめた。
なんであたしがこんなとこに潜んでるのが分かったんだろう……とか、さっき津田沼と一緒に帰ったんじゃなかったのか……とか、色々疑問が浮かんだけど、今はトキワくんたちの会話に耳を傾ける。
「……マジで? じゃ、誰が持ってったか知んない?」
どうやらカメラを持ち出したのは電話の相手じゃないみたいだ。
「あっそ。 んじゃもういーや」
トキワくんはさっさと通話を切ると、次の子にかけ始めた。
「あのっ」
とあたしが声をかけようとしたら、トキワくんはそれを手で制して、
「あ、もしもし? あんたさ、写真部のカメラ知んない? なくなっちゃったんだけど。 そこに一緒にいる子にも聞いてくんない?」
と次々に今日来た女子たちに電話をしてくれた。
一通りかけ終わったトキワくんは、
「あと繋がんないのが3人か…… 多分そいつらの誰かが持ってってると思うよ。 あとでかけ直す」
とケータイをたたんだ。
「ありがとう! 3人のケー番だけ教えてもらえればあとは自分でやるから! ホントにゴメンね!」
あたしが顔の前で手を合わせながらそう言ったら、
「いーよ、どーせだからオレがかけるよ。 知らない番号からじゃあいつら出ないかも知んないし」
とトキワくんはなんでもないことのように言う。
「でも、悪いし…… いーよ」
あたしがもう一度断ったら、
「いーって!」
とトキワくんはちょっと怖い顔になって、「……つか、オレがかけたいだけだから」
「え……?」
……なんで?
だって、部活の時間中はあの子たちに関わるのも嫌そうだったのに、電話とか……
これって…… あたしのためだよね?
あたしがやらかした失敗をトキワくんがフォローしてくれてるってことだよね?
しかも、
「オレがかけたいだけだから」
って……
―――もしかしてっ!?
急に胸がドキドキし始めてきた。
「先輩かわいーよ」
とか言ってたし…… もしかしてこの子、あたしに……気があるっ!?
ま、まさかでしょっ!? こんなイケメンくんがっ!?
ちょっと待って? あたし図々しいこと考えてないっ!?
と自分に突っ込みを入れながら、もう1人の自分が、
でも…… やっぱり客観的に見ても、トキワくんの今までの言動からそう考えてもそれほど図々しいことじゃない気がする……
なんて思ってしまう。
「あ、かかってきた」
あたしがドキドキしながらそんなことを考えていたら、トキワくんのケータイに着信が。
「……あーうん。 あのさ、カメラ持ってかなかった? ……そう、写真部の。 ……は?」
トキワくんが難しい顔になる。 直後、「アホかっ!」
とこっちがビックリするような大きな声を出した。
「お前それ今すぐ持って来いよっ! ……はあ? 知んねーよそんなことっ!」
どうやら今かかってきたのがカメラを持ち出した子みたいだ。
けど……
確かに黙って持って行ったのは良くないことだけど、なにもそんな風に怒鳴らなくても!
「ちょ……そんなに怒らなくてもいいから! あたしのせいでもあるし!」
あたしがトキワくんにそう言ったら、トキワくんはチラリとあたしを見下ろしてちょっとだけ声のトーンを落とすと、
「……おう。 じゃ、月曜必ず持って来いよ。 忘れたら許さねーからな!!」
ケータイの向こうにそう言い捨てて、一方的に通話を切ってしまった。
そのあとあたしを振り返って、
「カメラ持ってたヤツ見つかった。 今M駅の方にいるみたいで…… ごめん、持ってくるの月曜日でもい?」
と確認したあと、「あ、いっすか?」
と言い直した。
「いいよ、ですますじゃなくて!」
とあたしは顔の前で手を振った。「っていうか、ホントにありがとね。 助かっちゃった」
「いや、半分はオレも悪いし」
「え?」
「無責任なやつ連れてきたのオレだから」
「え、それはトキワくんのせいじゃないじゃん! 勝手についてきただけだし…… それよりもあたしがちゃんと話してなかったのが原因だよ!」
「いや、オレが」
「あたしだって!」
そんなことを言い合っていたらなんだかおかしくなってきた。
「ぷっ!」
とトキワくんが吹き出す。「もうどっちだっていーじゃん。 見つかったんだから」
「だね」
あたしもつられて笑ってしまった。 ひとしきり二人で笑ったあと、
「遅くなっちゃったな」
とトキワくんがケータイのパネルを確認する。「もうすぐ8時になるよ」
「えっ? もうそんな時間?」
すっかり遅くなっちゃった。
どうしよう……
そろそろバスケ部も練習終わるころかな?
いつもは、
「暗くなって危ねーから先帰れ!」
って言われてるんだけど、どうせこんな時間になっちゃったし、待っててもいいよね?
部活で遅くなったからって言えば問題ないよ、うん。
と、あたしが体育館の方を窺おうとしたら、
「……先輩、これからどーすんの? 一人で帰るの?」
とトキワくんが。
「暗いし危ないから……送ってこーか?」
「え…… ええっ!?」
また心臓が助走を始める。
や、やっぱりこの子、あたしに気があるんじゃ……?
いや、まだそんな……ス、スキとか? そんなんじゃないだろうけどっ!
でも、あの体験に来た子たちには、
「うるせーな、先帰れよ!」
って言ってたのに…… なんであたしのこと送るとか……
トキワくんはじっとあたしを見下ろしている。
「えー、と。 あの……」
なんか、メグと帰るって言いづらい……
もしトキワくんがあたしに気があるとしたら、ここで、
「彼氏と帰るから!」
なんて言ったらショック受けちゃうよね。 写真部も辞めちゃうかも……
「オレが送ってったら迷惑?」
「や、そんなんじゃないんだけど」
あたしがなんて言っていいのか迷っていると、
「……もしかして、他の誰かと一緒に帰る……とか?」
とトキワくんは探るような視線をあたしに向けた。
どうしようっ、なんて言うっ!?
焦りながら頭をフル回転させていたら、
「真由っ!」
と背後から良く通る声があたしを呼んだ。
「あ、メグ……」
振り返ったらジャージ姿のメグが立っていた。
「……何やってんだよ、こんな時間まで」
と言いながらあたしとトキワくんを交互に眺めるメグ。 その眉間にちょっとしわが寄っている。
「部活で遅くなっちゃって……」
とあたしが言い訳したら、
「こいつは」
とメグがトキワくんに視線を投げる。
「1年生のトキワくん。 新入部員なの」
メグは微かに目を細めてトキワくんを見下ろすと、
「……練習終わったから。 着替えたら帰るぞ」
とさっさと体育館の方に戻り始めた。 あたしも慌てて、
「ゴメン、あたし帰るねっ?」
と言って逃げるようにトキワくんの前から走り去った。
メグに追いついてからチラリと後ろを振り返ったら、トキワくんが微かに眉を寄せてこっちを見ていた。
そんな切なそうな目で見ないでっ!
なんかこっちまで切なくなっちゃうよ!!
メグが着替えるのを待って一緒に学校を出た。
「なにあいつ」
学校を出るなりメグの尋問が始まった。
「なにって…… さっきも言ったじゃん。 写真部の新入部員だよ」
「なんで新入部員とお前が二人でこんな時間まで残ってんだよ」
「それは……ちょっと色々トラブルがあって、トキワくんが助けてくれたの」
「トラブルって」
「あたしのミスで部のカメラがなくなっちゃって…… 体験の子が持って帰ったらしいんだけど、それが誰だか分かんなくて困ってたの。 そしたらトキワくんがみんなに連絡してくれて……」
あたしがそう説明したら、メグは一瞬黙ったあと、
「……あいつ、体験初日にバスケ部来たよ」
「えっ? そーなのっ!?」
メグは肯きながら、
「高校で経験者じゃないやつが入ってくるって珍しいから、相当バスケが好きなのかと思ったらそうでもなさそうだし。 隅で見てただけだった」
「そーなんだ?」
写真部には体験なしですぐに正式入部したみたいだから、はじめから写真部に決めてたんだと思ってたのに…… バスケ部も見に行ってたんだ?
しかも興味なさそうって…… 何しに行ったんだろ?
あたしが首を捻っていたら、
「涼がさ、オレのこと見てるって」
「え?」
「あいつ…… バスケじゃなくてオレ見に来たんだよ」
「え? なんで?」
あたしがそう聞いたらメグは、
「………それはお前が一番良く分かってんじゃねーの?」
と不機嫌そうな声を出した。
や、やっぱり…… トキワくん、あたしに気があるのかな……
興味ないバスケ部にわざわざ行って、それでメグのこと見てたって……
それって、あたしの彼氏がメグだって知って、それで見に行ったってことだよね?
殆どしゃべったことないのに…… なんであたし?
まさか…… 一目惚れとかっ!?
「オリエンテーリングのときかわいー子いるなって思ってたんすよ」
って言ってたし…… まさか、あのときに見初められたっ!? うそっ!!
あたし2コも年上だし、同い年にもっと可愛い子いるじゃん! そっちの方がいいんじゃないの?
何もあたしなんか相手にしなくたってさ〜…
そりゃ年上な分、大人の落ち着きっていうの? 同い年の子たちにはない魅力とか見えちゃったのかもしれないけど。
メグに釣り合うように努力してる成果が出て、いい女フェロモンが出ちゃってたのかもしれないけど!
困っちゃうよね〜!
だってあたしにはメグがいるし、メグ以外の人が入るすきなんかないんだもん!
「ホント困るよね。 どういうつもりなんだか……」
とあたしが大げさに溜息をついたら、
「……浮かれるなよ?」
とメグが眉を寄せる。
「え?」
「ニヤけてるぞ、顔」
「ええっ!?」
驚いて両手で頬を押さえる。
ニ、ニヤけてた……? あたし……
おかしいな…… 困ってたはずなのに……
っていうかこのセリフ、さっき2年生にも言われたよね……
慌てて顔を引き締める。
「とにかく、もうあんなふうにあいつと二人きりになるな!」
「今日はたまたまだから。 っていうか、ただの憧れとかそんなんだと思うよ?」
あたしがそう言っても、
「分かんねーだろ、そんなの」
とメグはまだ心配している。
大丈夫だよ、メグ!
さっきトキワくんも、あたしにはメグがいるってハッキリ分かっただろうし。
メグのことどれぐらい知ってるのか知らないけど、こんなパーフェクトなメグを前にしたら諦めるしかないでしょ?
……なんて。
あたしも、『諦められる』ような存在になれたんだなぁ……
「……またニヤけてる」
「えっ!?」
言われてまた慌てて顔を引き締めた。

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