H 拳
「センパイ・・・ ホントにその足で出るんすか?」 「出る。1番はオレじゃないと・・・このまま負ける」 矢嶋を避けようとした拍子に捻った足を、1年にテーピングしてもらう。 矢嶋は気が付いたら体育館からいなくなっていた。 真由も・・・・・ もしかしたら、一緒に保健室あたりに行っているのかもしれない・・・・・ そんなことを考えて軽く落ち込んでいたら、桜台がタイムアウトを取った。 選手がベンチに戻ってくる。 「大丈夫か? お前も足痛めたんじゃね?」 涼がタオルで汗を拭きながらオレの足元を窺う。 |
「これぐらい平気だ。 出る」 「もしかして・・・ お前が最近イライラしてた理由って、真由とあの8番か」 「・・・うるせーよ」 ホントにこいつはよく見てる・・・・・ 「何やってんだかな・・・」 と涼は苦笑して、「どーせまたいつもみてーに意地張ってるだけなんだろ? お前がさっさと謝れば、真由だってすぐ戻ってくるって」 「いや、もういーんだ」 もうそんなレベルの話じゃねーんだよ。 真由の幸せはオレのそばにはなかった。 だから、いーんだ・・・ オレが諦めにも似た気持ちで真由の話を終わりにしようとしたら、 「・・・千葉。 勝ちに行くか!」 と涼が。 「あん?」 「さっきはお祭りだろ、とか言ったけど・・・ やっぱやるからには勝ちてーよな」 「涼・・・」 涼はオレの足元に視線を落として、 「足・・・大丈夫だって思っていいんだよな?」 「ああ」 と肯いたら、それに涼も肯いて、 「んじゃ、パス高めに出してくれ。 あとタイミングもちょい早めに」 「・・・分かった」 タイムアウト終了の笛が鳴る。 コートに戻りながら涼が、 「1人で戦ってるわけじゃねーからな」 とオレの肩に手をかけてきた。「・・・少なくともバスケは」 「・・・そーだな」 真由のことでは負けたかもしれないけど・・・ バスケでは絶対矢嶋に負けたくない。 この試合、絶対勝ちたい! 正直、足は痛かった。 もしかしたら、涼もそのことに気付いていたかもしれない。 けど、涼は遠慮ないプレイを要求してくる。 涼が頑張ってリバウンドを取ってくれるから、ファーストブレイクで何度も走らされた。 開いていた点差がどんどん縮まっていく。 けど、残り時間も少ない。 あと2点差というところまできて、残り時間も15秒を切ってしまった。 夏に行われた地区予選の最後を思い出した。 あのときも2点差で、ラスト数秒だった。 なかなか得点に結びつく展開に持っていけなくて、結局は最後にオレが放ったシュートが外れて・・・・・負けた。 「千葉ッ! 打てッ!!」 涼が叫ぶ。 でも、もし・・・また外したら―――? 「リバウンド取ってやるからっ! だから打てっ!」 審判が笛を口に咥える。 |
オレは思い切ってボールを放った。 ボールが綺麗な弧を描いてリングに吸い寄せられる。 涼も他の選手やギャラリーも、そしてオレもそれを目で追った。 あのときはリングに当たった。 当たってボールは外側に落ちた。 けれど、今日は・・・・・ ―――体育館が歓声で包まれ、直後に笛が鳴る。 「千葉ッ!」 涼が走って来てオレの肩を抱き、髪をぐしゃぐしゃにした。「やったなっ!!」 スコアボードを見つめる。 1点差で・・・ 総武が・・・ オレたちが勝った。 「・・・・・は、はは。 勝ったんだ・・・?」 オレは3ポイントラインの外側からシュートを打っていた。 「お前、チョーヒーローじゃんっ! 足痛ぇーくせによ!」 やっぱり涼は、オレの足に痛みがあることに気付いていたのか・・・・・ っていうか・・・ 「わり・・・ ちょ、肩貸して」 今まで我慢していた足の痛みが、急に襲ってきた。 「千葉くんっ! だいじょーぶ〜?」 「すごいカッコ良かったよ!」 ギャラリーから声をかけられた。 テキトーに肯いておいた。 みんながオレたちを応援してくれた。 ・・・・・けど。 ―――その中に、真由の姿はない・・・ 「な〜んか、やべーなぁ」 「あ?」 「今年のMVP危うし」 「は?」 オレたちの文化祭では、その年1番輝いていた生徒をMVPとして後夜祭で表彰していた。 それは生徒の投票で決定され、去年は涼が取った。 涼は軽く笑いながら、 「いや、こっちの話。 つーか・・・ 勝ったな」 「ああ。 涼のおかげだよ。 サンキューな」 「・・・なんだよ。 気持ちわりーな」 「いや、マジでそう思ったからさ。 つか、やっぱバスケは最高だな!」 「余計なことゴチャゴチャ考えねーでボール追うのが1番だろ」 「・・・だな」 真由と矢嶋のことを色々考え、イライラしながら試合をしてたときは、思うように身体が動かなかった。 けど、もう真由とのことは駄目なんだ・・・と諦めがついてからは、ただ試合に勝つことだけを考えて走れた。 やっぱりオレはバスケが好きだ。 「恋愛もそーなんじゃね?」 「え?」 「このままじゃ負けるとか、もう負けだとか・・・ ゲームが終わる前に諦めたら、その時点で負けだろ」 「涼・・・」 「お前、いつも最後の最後まで諦めないよな? いつだって勝ちに行くよな? さっきだってそうだったろ? ・・・・・なのに、今回は諦めんのかよ?」 「いや、それは・・・」 思わず俯いた。「・・・・・今さら、遅いだろ」 「まだゲームは終わってねーのに? 試合終了前に諦めるなんてお前らしくないじゃん」 ・・・・・まだ終わってないのか? だって、もう真由は矢嶋と付き合ってるんだぞ? そして、そこにこそ真由の幸せがあるっていうんだぞ? なのに・・・ まだゲームは続いてるって言うのか・・・? ―――身体の奥が、熱くなる・・・ |
「まだ・・・ 終わってねーかな?」 「終わってねーだろ。 つか、始まったばっか?」 涼の言葉に肯いた。 ・・・・・けど。 何をどうしたらいいのか分からなかった。 2人はもう付き合い始めている。 矢嶋は、 「市川は多分・・・ まだお前のことが好きなんだと思う」 って言ってたけど、それだってどうだか―――・・・ 体育館を片付けて、1年がモップ掛けしているのをステージの縁に腰掛けて見ていた。 とりあえず・・・・・ 謝ろう。 あのとき、別れようなんて言ったことを取り消して、謝りたい。 それからオレの気持ちを正直に話して・・・・・・ ・・・・・って、こんな簡単なことなのに・・・ 上手く話せるかどうか自信がない。 色々シュミレーションしてみるけど・・・ 今までシュミレーション通りに事が運んだことなんて、一度もない。 でも、行動を起こさなかったら、確実に負ける・・・・・ そんなことを考えていたら、目の前に影が落ちた。 顔を上げたら―――・・・ 矢嶋が立っていた。 いつの間に掃除が終わったのか他の部員の姿はなく、体育館にはオレたち2人だけだった。 「総武が勝ったんだって?」 矢嶋はオレの足元に視線を落として、「ホントは痛くねーんじゃねーの?」 と笑った。 「・・・・・返せ」 「あ?」 |
「真由を返せ」 ステージから下りて矢嶋に向かい合った。「真由と・・・ 別れてくれ」 矢嶋は微かに笑顔を残しながら、 「お前から手を離したんだろ? 勝手なヤツだな」 「勝手だってのは分かってる。 分かった上で、言ってる」 オレがそう言ったら、矢嶋は眉を寄せた。 矢嶋が小学校の頃から真由を好きだったのは知っている。 明るくノリがいいから一見軽く見られそうだけど、実は色々考えていて人一倍気を使うタイプなのも知っている。 ・・・・・多分、オレより矢嶋の方が数段大人だ。 真由は矢嶋と一緒にいれば、絶対幸せになることが出来る・・・ そう分かっているけれど。 「・・・・・頼む。 別れてくれ」 そう言って頭を下げた。 例え真由の幸せがオレのそばにはなかったとしても・・・ それでもオレは、真由をそばに置いておきたい・・・・・ 矢嶋はしばらく黙ったあと、 「・・・んじゃ、土下座しろっつったら・・・ お前、出来る?」 「え・・・?」 思わず顔を上げた。 「土下座して真由を返してくれっつったら、返してやるよ」 矢嶋が表情のない顔でオレを見つめる。 「―――・・・」 一瞬躊躇ったあと・・・ オレは床に膝をついた。 「・・・・・頼む」 真由をオレに返してくれ・・・・・ オレがそうやって床に膝をついたまま俯いていたら、 「千葉・・・ お前、カッコわりーな?」 と、呟くような矢嶋の声が頭上から降ってきた。 カッコ悪くたってなんだっていい。 真由がオレのところに還ってくるなら・・・・・ ―――オレはなんだってやってやる。 「そのカッコわりーとこ、少しは市川にも見せてやれよ」 「え?」 矢嶋がしゃがみこんでオレと視線を合わせた。 「・・・お前がパーフェクトすぎてつり合ってねぇ、とか・・・つまんねーこと考えてんだからさ」 「は・・・?」 一瞬何を言われているのか分からなくて、矢嶋を見返した。 「・・・返してやるよ」 「矢嶋・・・」 矢嶋は小さく溜息をついて、 「っつっても元々・・・ 何ひとつオレのものにはならなかったけどな」 「え・・・?」 「安心しろよ。 まだ市川にはなんもしてねーよ!」 え・・・・・ マジで? だって前に、騙して真由にキスしたことあったろ? だから、もう絶対・・・・・ だと、思ってたのに・・・ ホントに何もしてない、のか・・・? とオレが安心しかけたら、 「・・・あからさまにホッとした顔しやがって・・・ ムカつくな」 「え?」 「殴っていい?」 「は? ―――・・・ッ!」 と思った次の瞬間には、矢嶋に殴られていた。 |
「〜〜〜・・・つ・・・」 左の頬が痺れ、思わず顔を歪めた。 矢嶋はそんなオレの顔を見て満足そうに笑うと、 「ったく・・・ つまんねーことしたよな。 オレも」 と立ち上がった。 オレも頬を押さえながら立ち上がる。 「市川とはさっき話した。 ・・・もうとっくに別れてるよ」 「悪い・・・」 「謝る相手、間違ってんだろ? ・・・ちゃんと言ってやれよ、市川に」 「ああ」 そんな話をしていたら、後夜祭準備のために実行委員が体育館に入ってきた。 「あれ? まだなんかやってんですか? もう後夜祭の準備始めたいんですけど・・・」 「あ。 出ます出ます」 矢嶋がカバンを肩に担いでオレを振り返った。 「次会うときはまたコートの上だな」 「・・・だな。 つーか、それ以外では別に会いたくねぇし」 「てめぇ! オレだってそーだよっ!!」 と矢嶋はオレを蹴るフリをして、「いっつ・・・」 と顔を歪めた。 「何? やっぱ捻ってんだ?」 矢嶋の足元に視線を落とす。 「・・・お前がしつこく追ってくるせいでな。 あ〜、いて」 「あ? オレだってお前避けてやろうとして足痛めたし」 「いや、お前は試合に出られたろ? やっぱオレの方が損傷がひどい」 「それはオレが我慢強いだけだろ。 てめーが弱いんだよ」 とオレが言ってやったら、矢嶋は一瞬ムッとした顔をして、 「・・・でも、ま、いっか。 そのおかげで保健室で市川と・・・♪」 とオレを流し見た。 「はぁっ!? ・・・お前さっき、なんもしてねぇっつったよな?」 「言ったっけ?」 「言ったろーよっ!」 「忘れた」 と矢嶋は笑っている。 テメェ・・・ どっちなんだよっ!? ハッキリしろよっ!! 後夜祭準備が始まった体育館に、矢嶋の笑い声が響いていた。 |
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