C2度目の告白
「真由・・・ 昨日はゴメン。 言い過ぎた」 翌日の朝。 あたしが登校してくるのを待っていたミドリは、すぐにあたしを屋上に連れて行き、頭を下げてきた。 「や・・・ ミドリは全然悪くないよ? ・・・ていうか・・・うん。ミドリの言うとおりだったなって。 ちょっと反省してたとこ! あはっ」 |
あたしがそう笑って見せても、 「なんか出すぎたマネしたな〜、とか?思ってたんだけど・・・ オチてねぇ?」 とミドリはまだ心配顔だ。 普段はすごい勢いで落としてくるくせに、あたしが本当に大変なときには心底心配してくれる・・・ そういえば・・・ ずっと前、あたしがみんなの前でメグに頬を叩かれたときも、 「どんな理由があったのか知らねーけど、女を殴るなんてサイテーだなっ! 千葉株大暴落間違いなしっ!!」 って、怒ってくれたことあったっけ・・・ 「オチてないオチてないっ! っていうか、逆に気付かせてくれてありがとう?って感じ?」 「だったらいいけどさ・・・」 やっとミドリは表情を緩めてくれた。 こんなにいい子なのに・・・ あたし、なんでミドリとメグのこと心配したりしたんだろ・・・ 「真由、もしかしてあたしと千葉のこと、なんかカン違いしてね?」 「え・・・」 「昨日そんなこと言ってたけどさぁ。 だとしたら、まっっっっったくのケントー違いだからっ! それで真由と千葉が揉めたらマジで気持ちわりーし・・・ あたしは涼が1番だし! ・・・あ、恭子には内緒な」 そう言って、ニッと笑うミドリ。 あたしも笑いながら肯いた。 絶対、ミドリにはメグとのこと話せない。 あたしとメグが別れた・・・なんて知ったら、絶対気にする・・・ 全然ミドリのせいじゃないのに・・・ 確かに、ミドリのことがきっかけであたしはメグにワガママを言い始めた。 けど、たとえ今回ミドリのことがなかったとしても、いつかあたしは同じことをしてる。 メグが他の女の子とちょっと話してるだけで、笑いかけているだけで・・・ あたしはまたドロドロした感情に飲み込まれていた。 だから、いつかはこうなる運命だったのかもしれない・・・ 「あたしもちょっとベタベタしすぎだな〜って思ってたし・・・ うん、これからはもうちょっとドライに付き合っていこうかな、と」 「ドライって・・・ んな、カッコいいこと真由に出来んのかよ? 普通でいんじゃね?」 ミドリがそうあたしに突っ込みながら笑う。 「出来るよっ!」 あたしもムキになってそう返した。 ミドリには知られないように、そっとメグから離れた方がいい・・・ 気にされたら、嫌だ。 そう思って、なるべく教室ではメグと接触しないようにした。 でも、あからさまに避けるのは不自然だったから、何か用事があったり・・・先生からの伝言を伝えたりするときは仕方ないからメグと話した。 用事だけ。 簡潔に。 そんな短い会話なのに、メグと目を合わせるのが怖かった。 「じゃ、別れよう」 って言われたときの目を思い出してしまいそうで・・・ 怖かった。 学校で泣き出しそうで・・・ 怖かった。 家ではちょっとしたことで涙が出てくることもまだあったけど、外では絶対泣かなかった。 ただ・・・ 学校でメグの姿を見るのがつらかった。 ときどき難しい顔をしたメグと目が合いそうになったりしたときには、慌ててそらした。 そんな日を何日か過ごした。 「あ。市川さん! 文化祭に出す写真現像上がったんだけど、あれ全部いいの?」 その日は、写真部の方の文化祭準備をしていた。 パネルのレイアウトや、やっぱり飾り付け、看板なんかの準備をする。 クラスから離れて、何か没頭できる作業があるのはいい。 余計なことを考えなくてすむから・・・ いい。 1年生と雑談しながらテキトーに準備をしていたら、津田沼に声をかけられた。 「え?」 「いや、ほら・・・ 千葉くんのプライベート写真頼んだじゃない。 その預かったフィルムの写真、全部いいのかなって」 ・・・・・思い出した。 文化祭で売るから、メグのプライベート写真を撮ってくるように津田沼に言われてたんだっけ、あたし・・・ 現像代は部費で払ってくれるからって、フィルムを津田沼に渡してたんだ・・・ 津田沼から写真を受け取り、中身をチェックする。 メグが机に向かっている。 メグがソファに座っている。 メグが・・・・・ ―――ダメだ。 この頃の写真見たら、せっかく今まで我慢していたものが堰を切ったように溢れ出てきてしまう。 |
あたしは慌てて写真を一枚だけ抜いて、 「ん! あと全部いーよ!」 と津田沼に渡した。 「ん? そっちは?」 「これは映りが悪いから・・・ ダメなの!」 あたしが調子に乗って撮った、 「お前・・・ それは絶対処分しとけよ!」 って言われたメグのプライベート写真・・・ あんまり見ると涙腺が緩みそうだったから、チラ見しただけでソッコーでカバンにしまった。 「・・・・・なんか、疲れた」 帰りの電車で思わず呟く。 みんなに気付かれないように、何もなかったフリ。 メグに気付かれないように、落ち込んでないフリ。 メグとの接触を避けるために、休み時間は用事があるフリ・・・ そうやって、ここ何日か学校で泣くのを我慢してた。 そんなことにもやっと慣れようとしてたときだったのに・・・ 津田沼があんな写真今頃出してくるから・・・・・ 反則だよ・・・ 「お客さん? 着きましたよ?」 そう声をかけられて、慌てて周りを見渡した。 いつの間にか降りる駅に着いていた。 全然気が付かなかった・・・ 普段だったら30秒もない停車時間なのに、たまたま・・・時間調整かなにかで停車時間がいつもより長かったみたいだ。 良かった・・・ 乗り過ごさなくて。 鈍る頭でそんなことを考えながら、座席から立ち上がろうとしたら、 「それとも このままどっか行くなら、付き合いますけど?」 「は?」 思わず顔を上げたら・・・ 「なんだよ、居眠り? ヨダレ付いてんぞ?」 目の前でヤジマが笑っていた。 「って、ウソウソ! ヨダレなんか付いてねーよ! ・・・つか、さっさと降りねーと、マジで発車しちゃうぞ?」 |
そうヤジマに急かされて、あたしも慌てて電車を降りた。 「同じ電車だったのな? スゲー偶然! 降りるまで気付かなかったけど」 「そーだね・・・」 途中まで方角が一緒だったから、駅を出てからも一緒に歩いた。 あたしの隣で笑いながら話すヤジマ・・・ なんか、ヤジマってホントいつも楽しそう。 いっつも笑ってるし・・・ 「なんでこんな時間に1人で? ・・・って、文化祭の準備か。再来週だもんな」 「・・・なんで知ってんの?」 「だって、オレら招待されてんもん。 千葉に」 「え・・・」 「あれ? 聞いてねぇ? 文化祭でやる招待試合のこと」 招待試合があることは知ってるけど、それがヤジマの学校だってことは聞いてない・・・ メグ、全然そんな話してくれてなかったし・・・・ ・・・っていうか、今メグのこと思い出したくない・・・・・ 「夏の大会んときは対戦し損ねたし、久しぶりだな〜。 千葉とやんの」 「あ、そ・・・」 そんな話をしながら大きな国道に出た。 ここから、あたしんちは右でヤジマんちは左。 「時間おせーし、送ってってやろうか?」 ヤジマが笑いながらあたしの顔を覗き込む。 「いいよ・・・」 「なんだよ〜、遠慮すんなよ! つか、また千葉に怒られるとか? あいつ意外と嫉妬深いよな〜」 ・・・もうメグの話はいーよ。 ・・・・・ていうか・・・ 「もう、怒られないから」 「え?」 「・・・もう怒られることもなくなっちゃったの」 「は? なに?」 メグに怒られるたびに、落ち込んだり、ムカついたり、あたしまで怒り出してケンカになったりしてたけど・・・ 今思うと、そんな事だって幸せだった。 メグの隣にいられるんだから、それだけで幸せだった。 ・・・メグと付き合ってると、嫉妬したりヤキモチ焼いたり、ドロドロした感情に飲み込まれて苦しかった。 けど・・・ 「・・・別れるのは、もっと苦しい」 立っていられなくてしゃがみこむ。 「ちょ、市川っ!?」 「・・・心臓に穴があいたみたいに、苦しいよ・・・」 「市川っ!?」 メグが隣にいないことに慣れてきたと思ったけど。 やっぱり、まだダメだ。 大好きだよ、メグ―――・・・ あたしが道の真ん中で泣き出したら、ヤジマは慌ててあたしの腕を掴んで、川沿いの土手まで引っ張っていった。 春に、ヤジマと一緒に転がり落ちた川。 ・・・それで病院に運ばれて、心配したメグが迎えに来てくれて・・・・・ そんなことも、もう思い出になっちゃうんだ・・・ 「う〜〜〜ん・・・ 確かに少し・・・ うぜー、か?」 ヤジマが眉間にしわを寄せて、ちょっと考え込む。 「ちょっと・・・? 普通、そんなことねーよ、とか言って慰めない?」 泣いちゃった手前、仕方なくヤジマに事情を話した。 慰められるんだろうと思っていたのに・・・ そこで肯くって、どうなのっ!? 「いや、殆どの男はウゼーって思うんじゃね?」 「あんたねぇ・・・」 ・・・確かあんた、あたしのこと好きなんじゃなかった? そしたら、慰めないっ!? ねぇっ? それともやっぱ、からかってただけなの? ホント分かんない! ヤジマってっ!! あたしがムッとして怒っても、やっぱり笑ってるし・・・ ていうか、ホントいつも笑ってるよね、ヤジマって・・・ ヒトの失恋まで笑ってくれてっ!! 「〜〜〜もういいっ! 話す相手、間違ったっ!」 あたしが怒って立ち上がったら、 「でもオレ、ウザい女キライじゃないよ」 とヤジマが。 「は?」 「ウゼーほど想われてるってことじゃん? ・・・オレなんか、羨ましいけどね。 千葉が」 驚いてヤジマを見下ろしたら、ヤジマもあたしを見上げていた。 ・・・・・やっぱり、笑ってる。 けど、その目がなんだか・・・ 優しすぎて・・・・・ 見ていられなくて、思わず顔をそらした。 ヤジマも立ち上がってあたしの前に立った。 「なんか・・・ こんなタイミングで言うのズルい気がすんだけど・・・ でも、チャンス逃したくないし・・・ だからやっぱ言うわ」 「え・・・ あの・・・」 ま、まさか・・・? ちょ、ちょっと待ってっ!? 「や、ヤジマ? ちょっと、待っ・・・」 「市川が好きなんだ。 だから・・・ 千葉と別れたんならオレと付き合って?」 止める間もなく、また告られた・・・ なんて言っていいか分からなくて、思わず俯く。 これでヤジマに告られるの、2回目・・・・・ ていうか、また土手って・・・ なんで同じ場所・・・・・ あたしが黙っていたら、ヤジマも周りを見渡して、 「・・・・・この前は、このあと2人で川に転がり落ちたんだよな」 って・・・ 同じこと考えてたみたい。 「・・・今日はもう落ちたくないから」 「だな。 11月だし、寒いし。 ヘタしたら死ぬな」 「うん・・・」 これでまたヤジマにケガなんかさせたら・・・ ・・・あたし、絶対あのお母さんに殺されちゃう・・・ なんて事を考えていたら、 「・・・・・で? 返事は?」 とヤジマがあたしを見下ろした。 「いや・・・ あの、さ・・・ あたしまだメグが・・・」 あたしがやんわり断ろうとしたら、 「千葉のコトなんか忘れさせてやるから!」 とヤジマは芝居がかったように言って、それから、「・・・なんてカッコいいこと言えたらいーんだけどな」 と、ニッと笑った。 「・・・言わないんだ?」 「言って欲しい?」 そう言って、イタズラっ子みたいな目であたしの顔を覗き込んでくる。 〜〜〜やっぱりふざけてるっ!! 「あたしホントに帰るっ!」 「待ってっ!」 ヤジマに背中を向けて歩き出そうとしたら、その手をつかまれた。 ヤジマは笑いながら人差し指を立てて、 「んじゃ、1ヶ月! お試し期間ってことで、1ヶ月だけ付き合って? それで良かったら、そのあとも付き合うってことで・・・・・ ダメ?」 ・・・なに? そのお試し期間って・・・ なんか、サンプル品のセールスみたい・・・・・ 「ダメだよ。 あたしまだメグが・・・」 |
「忘れさせてやるから」 つかまれていた手が、さらにぎゅっと握られる。 「え・・・」 驚いてヤジマを見上げる。 さっきみたいに笑いを含んだものじゃなくて、真剣なヤジマの瞳があたしを見下ろしている。 そのヤジマの瞳に映ったあたしが、微かに揺れている。 目が、そらせない・・・ 「・・・な? 1ヶ月でいいから」 「だって・・・ でも、そんなの・・・ ヤジマになんもメリットないじゃん」 他の男の人が好きな子と付き合ったって、つらいだけじゃん・・・ あたしがそう言ったら、ヤジマはまたいつもみたいに笑って、 「そんなことないよ? こーゆーことが出来る」 とあたしの肩を抱いた。 「は・・・?」 ―――えっ!? ま、まさか・・・・・ そーゆーコトが目的でっ!? とあたしが身構えたら、ヤジマはさらに楽しそうに笑って、 「んな警戒すんなって! これ以上のことは1ヶ月たつまでしねーから!」 「・・・・・驚かせないでよ」 そう言って睨んだら、ヤジマは、 「でも、市川がしたくなったらオレの方はいつでもウェルカムだから。 遠慮なく言って?」 「いっ、言わないよっ!」 「んじゃ、OKってことでいーよな? いや、もー決めた!!!」 ヤジマのこのノリ・・・・・ ホント明るくて気が楽になる・・・・・ 「・・・・・強引だなぁ」 あたしが笑いながら溜息をついたら、 「え・・・? ぃやったぁ〜〜〜っ!!」 「えっ!?」 と何かカン違いさせてしまったみたいだ。 ヤジマはゲンコツを握り締めて、今にも飛び上がりそうな勢いだ。 え? え? あたし今、肯いてないよね? 「あ、あの・・・ ヤジマ?」 恐る恐るヤジマに声をかける。 けど、ヤジマは全然聞いていないみたいで、 「やったー」 とか、 「チョー嬉しいっ!」 を連発している。 ど、どうしよう・・・・・っ 早く訂正しないと・・・・・っ!! でも・・・ 「真由って呼んでい? オレのことは祐介って呼んで?」 なんて・・・ こんなヤジマの嬉しそうな顔見たら、断れないよ・・・・・ 「・・・・・ヤジマって、祐介ってゆーんだ? 知らなかった」 「おいっ!」 あたしに突っ込みを入れながら、やっぱり笑ってるヤジマ。 けどいつもみたいな笑顔じゃなくて、ちょっと紅潮してるヤジマの笑顔。 その表情から、ヤジマがふざけてたんじゃなくて真剣だったっていうのが分かった・・・ まだ気持ちはメグの方にあるけど・・・ こんな明るいヤジマと付き合っていたら、本当に忘れられるかもしれない。 繋いでいた手をブラブラさせながら、ヤジマがあたしに話しかける。 それに肯いたり、笑ったり、突っ込みを入れたりしながら、ヤジマの横を並んで歩いた。 これでいいんだよね・・・ |
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