E 真由のお兄ちゃん?


「メ、メグ・・・?」
救急処置室前の廊下の椅子に座っていたら、メグが息を切らして飛び込んできた。
「―――・・・・・ッ!」
メグはすぐには話が出来ないほど呼吸を荒くしている。
「な、なんで・・・?」
メグがここにいるの?
「・・・っ お、お前・・・ 大・・・丈夫・・・・・ なの?」
「う、うん・・・ ちょっと膝すりむいただけ・・・」
メグはちょっとあたしの顔を見つめた後、
「・・・んだ、よ・・・ 焦らせんなよ・・・」
と言って、あたしの前にしゃがみ込んだ。
もしかして・・・ 心配して来てくれたの? でも、どうして?
「・・・お前んちの・・・おばさんから・・・電話、かかってきて、お前が・・・川に落ちたって・・・」
そーなんだ・・・・・
そう言えば、なんかあったときのために、メグんちに頼んでおいたとか言ってたっけ。お母さん。
きっと病院からお母さんのケータイに連絡行って、郡山からすぐには来れないからって、とりあえずメグんちに連絡したんだろうけど・・・
でも―――・・・なんでメグ?
「・・・オバさんたちは? ―――って、ぅわっ!?」
急にメグが抱きしめてきた。
ッ!? な、なにっ!?
「ちょっ、ちょっとメグっ!?」
とあたしが焦っていたら、
「ってか、ホントに大丈夫なのかっ? 頭とか打ってないか?」
メグはあたしの肩をつかんだまま身体を離して、頭のてっぺんからつま先まで確認するように眺め回した。
「・・・だ、大丈夫だよ?」
いつもムカツクぐらい冷静っていうかクールなメグが、こんなに取り乱すぐらい心配してくれるなんて思いもよらなかった。
あたしはメグの足元を見つめながら、
「・・・・・ゴメンね?」
と素直に謝った。 メグは溜息をついたあと、
「・・・心配かけんなよ。バカ」
と軽くあたしの頭を叩いてきた。
メグに、
「バカッ!」
って言われるたびムカついてたけど、今日は全然そんなことない。
・・・・・・ていうか、逆に嬉しかったり・・・
もうメグはすっかりいつもの調子に戻って、
「会計は、コンピュータが閉まってるから月曜でいいって。 帰るぞ」
と立ち上がった。
「あ、ちょっと待って! ヤジマが・・・」
「―――・・・ヤジマ?」
メグが眉間にしわを寄せてあたしを振り返る。「・・・ヤジマと一緒だったの? お前」
「うん・・・ 一緒に川に落ちたの・・・」
実はあのとき・・・―――あたしはヤジマと一緒に土手から川に転がり落ちていた。
その直前、・・・あたしはヤジマに告られていた。
「・・・市川の事がずっと好きだったんだよ」
「ちょ、ちょっとっ!? マジで待ってっ!?」
あたしがいくらヤジマの胸を押しのけようとしても、肩に回されたヤジマの腕の力の方が強くて、だんだん2人の距離が近づいてくる!
「ま、待って!ヤジマッ!? あ、あたしっメグが好きなんだけどっ!?」
「・・・付き合ってないんだろ? カンケーねーよ」
「な、なくないよっ! 待ってっ!!」
ヤジマが、空いてる方の手をあたしの顎にかける。
うわうわうわうわ―――っ!
「や、やだ―――っ!! ・・・きゃぁっ!」
思い切りヤジマの胸を突き飛ばしたら、逆にあたしの方がバランスを崩して土手の斜面を転がり落ちそうになった。
「市川っ!!」
慌ててヤジマが腕を差し伸ばしてくる。あたしはそれをつかんで・・・・・
・・・ヤジマを巻き込むような格好で一緒に川に転がり落ちてしまった。
犬の散歩をしていた人が驚いて救急車を呼び、あたしたちはこの三橋病院に連れてこられた。
その川は浅かったから溺れることはなかったんだけど、転がり方が悪かったのと、あたしを庇おうとしたせいでヤジマが腕に怪我をしてしまった。
「多分折れてると思いますよ」
病院に着いてすぐ、お医者さんにそう言われた。
どうしよう・・・
「どうしよう、メグ・・・ あたしのせいでヤジマが・・・」
・・・なんか、あたしっていつも人を巻き込んでケガさせてるよね・・・
前に、クラスでバーベキューやったときも、崖から落ちてメグのことケガさせたし・・・
メグの前で俯いていたら、また廊下に誰か飛び込んできた。
「祐介ちゃん!!」
―――誰?
あたしのお母さんくらいの女の人だけど・・・
あたしが戸惑っていたら、
「ヤジマの母親」
とメグが。「祐介って、ヤジマのことだろ?」
そーなんだ?
・・・ヤジマのファーストネームなんか興味なかったから知らなかったよ・・・
ヤジマのお母さんは処置室の近くにいた看護婦に詰め寄って、なにやら話している。
どーしよ・・・ 謝らなきゃ・・・ あたしが巻き込んで川に転がり落としたせいだし・・・
「あの・・・」
とあたしが謝ろうとしたら、
「あなたなのっ!? ウチの祐介ちゃんにケガさせたのっ!!」
ものすごい勢いでヤジマのお母さんに詰め寄られた。
「は、はい・・・ ごめんなさい・・・」
ヤジマのお母さんの勢いに押されて、思わず声が小さくなる。
「どういうことなのっ!? こんな時間にあんな人気のないトコにウチの祐介ちゃん連れてって、何する気だったのっ!?」
・・・・・いや、未成年なのにお酒飲んで酔っ払った息子さんを、送っていってあげようとしたんですけど・・・?
でも、ケガをさせたのはあたしのせいだから、黙って俯く。
「まったく、最近の女子高生は何考えてるんだか・・・」
「ちょっと待って下さい!」
あたしが俯いていたら、メグがあたしとヤジマのお母さんの間に入ってきた。
「こいつは、おばさんが思ってるような事しようとしてませんから」
「はぁ? ・・・誰よ、あなた? ・・・この子のお兄さんかなんか?」
ヤジマのお母さんがジロリとメグを見上げる。
「あ〜・・・ まぁ、そんなもんですけど?」
メグもヤジマのお母さんを睨みつけて、「つーか、なんかされそうだったのって、こっちじゃないすかね?」
「な、なに言ってるのっ!? ウチの祐介ちゃんがそんなことするわけないでしょっ!!」
ヤジマのお母さんが慌てる。
「そんときは、どう責任とってもらいますかねぇ・・・?」
「ちょっ!? あなた何言ってるのっ!? 兄だかなんだか知らないけど、怪我させられたのはこっちなんですからねっ!!」
「だから、その怪我も自業自得だろって言ってんですよ!」
「メ、メグ・・・」
もういいよ・・・と言おうとしたら、
「・・・お前、いつから市川の兄ちゃんになってんの?」
処置室のドアが開いてヤジマが出てきた。 腕に包帯を巻いている。
「祐介ちゃんっ!」
ヤジマのお母さんがヤジマに駆け寄る。「大丈夫なのっ!? 折れてるのっ? かわいそうっ!!」
凄い溺愛っぷり・・・
あたしが唖然としてヤジマのお母さんを眺めていたら、ヤジマのお母さんがあたしを指差して、
「ひどいのよっ! この人たち、祐介ちゃんがこの子に何かしようとしたって、言いがかりつけようとするのっ!」
ちょっとっ!? 言いがかりつけてんのはそっちでしょっ!!
「母さん。 市川は全然悪くないから・・・」
ヤジマは怪我してない方の手を顔の前で振って、「ってか、キスしよーとしたら突き飛ばされただけだから」
「ゆ、祐介ちゃんっ!?」
ヤジマのお母さんが目を白黒させる。
「そんくらいでも、責任取ったほうがいいっすかね? お兄さん?」
ヤジマがメグの顔を覗き込む。 メグはヤジマを睨みつけたあと、
「・・・帰るぞ」
とあたしの腕を引っ張った。
「う、うん・・・」
あたしはちょっとだけヤジマを振り返って、「ヤジマ、ゴメンね?」
怪我させたことを謝った。ヤジマが笑顔を見せながら、
「おうっ! またな!」
と言ったら、
「またはねぇっ!」
メグが振り返ってヤジマに怒鳴りつけた。
楽しそうに笑うヤジマの笑い声を聞きながら病院を出た。
「・・・・・メグ・・・ ここまでどうやって来たの?」
何を話していいのか分からなくて、とりあえずそんなことを聞く。
「チャリ」
そう言いながら、メグは駐輪場に向かう。
「・・・・・ケッコー時間かかった?」
この三橋病院はアクセスが悪い所にあって、普段はバスを使わないと来れない所なんだけど・・・
自転車だと大変だよね? 坂もあったし・・・
「知んね。時間なんか計ってねぇ」
・・・・・会話が続かない。
・・・やっぱり怒ってるんだよね?
こんな時間に呼び出されて・・・ テスト勉強してたはずなのに・・・
「おばさんに電話しとけ」
「え? お母さん?」
「スゲー心配してたから」
慌ててお母さんのケータイに連絡を入れる。お母さんはタクシーで郡山駅に向かっているところだった。
あたしが無事だったことを知らせたら、安心したあと怒鳴られた。
「ごめんなさい・・・」
『まったく何やってんのよ・・・ じゃ、ホントに大丈夫なのね?身体の方は』
「うん・・・」
『・・・ならいいけど・・・ ちょっとメグちゃんに代わって。お礼言うから』
メグにケータイを差し出した。
今までムッとした顔をしていたメグが、やたら愛想のいい声を出してお母さんと話している。
・・・メグって、あたし以外にはホントに愛想いいよね。 クラスの女子とか・・・
もしかして、メグって二重人格?
そんなことを考えていたら、
「ん」
とメグがあたしにケータイを返してきた。すでに通話は切られている。
「おばさん、予定通り明日の夕方戻ることにするって」
「そーなの?」
てっきり帰ってくると思ってたのに・・・ ま、いっか。
駐輪場にメグの青い自転車が倒れていた。カギもかけてなかったみたい・・・
自転車を起こすメグの足元を見つめる。
「・・・オレ自転車で帰るけど、お前バスで帰れば?」
自転車にまたがったままメグが振り返る。
「・・・お金ない」
「あ?」
「みんなが勝手にお酒とか注文しちゃって・・・ 会費だけじゃお金足りなくなっちゃって・・・」
「・・・そんでお前出したの?」
黙って肯く。
メグは呆れた顔をしたあと、バカじゃねーの、と呟いて自転車からおりた。
「オレも財布持ってこなかったから・・・ 歩くぞ」
メグが自転車を押して歩き始める。 メグの自転車には荷台がついていない。
メグ・・・ お財布も持たないで何しにきたの?
・・・・・それとも、そんなに慌てて出てきてくれたの?
またメグの足元を見つめる。
2人で夜の国道を並んで歩いた。 やっぱり、あんまり会話がないまま。
「え、と・・・ ごめんね?」
メグが黙ったまま視線だけあたしに寄越す。
「勉強してた?」
「・・・まあな」
だよね・・・・・
「あ、あたしもクラス会なんか行ってないで、勉強してればよかったかも・・・」
「あ?」
「亜紀ちゃんは変わっちゃって話ついていけなかったし、アオシマはエロになってるし、クボタにはガッカリとか言われるし・・・」
あたしは俯いて、「・・・ヤジマには怪我させるし・・・・・」
・・・メグはヤジマのお母さんにあー言ってくれたけど、やっぱり治療費とか払った方がいいよね・・・ 骨折だし・・・
骨折って治るのにどれくらいかかるんだろ? 1ヶ月とか? 2ヶ月くらい?
お見舞いとか行かなきゃだよね・・・・・
そんなことを考えていたら、
「・・・スイ?」
メグがなにか呟いた。 けど、あんまり小さい声だったから何を言っているのか分からなかった。
「ん? なに?」
「ミスイかって聞いてんの!」
ミスイ・・・? ミスイって・・・・・なんだろ?
「ミスイって?」
よく意味が分からなかったからそう聞き返したら、メグはちょっと怒ったようにして、
「〜〜〜だからぁっ! さっきのヤジマの話だよっ!」
・・・・・さっきのヤジマの話って・・・ もしかして、
「キスしようとしたら、突き飛ばされた」
って話のこと・・・?
ミスイって・・・
―――キス未遂ってことっ!?
「そっそんなの当たり・・・ッ」
当たり前じゃん、と言おうとして、ダイエー前でのことを思い出した。
あのときヤジマに騙されて・・・ しちゃったよ・・・・・ キス・・・・・
ど、どうしよう・・・ 言うべき?
イヤッ!? あんなの一瞬だし、事故みたいなもんだし、どうせヤジマだって酔っ払ってて覚えてないだろうし・・・
言わなくていいよねっ!?
「―――・・・お前、ホントにウソつけねーな?」
「えっ!?」
驚いて顔を上げる。
「したんだ?」
「な、なんでっ・・・」
分かったのっ!?と言いかけて、慌てて口をつぐむ。
「否定しかけといて それやめて、眉間にしわ寄せてんだもん。誰だって分かんだろ」
ええっ!?
慌てて眉間を手で隠した。隠しながら、
「ちっ、違うのっ! だってヤジマがコンタクトずれたとか騙すんだもんっ!」
大慌てで言い訳をしたらメグは、
「・・・古典的な手に引っかかりやがって・・・・・」
メグはそう言ったあと、また黙ってしまった。
・・・また怒っちゃった? それとも呆れてる・・・?
1時間近くかかってやっと社宅の前まで帰ってきた。
「さっさと風呂入って寝ろよ?」
「うん・・・」
病院で借りたタオルで一応拭いたけど、洋服は濡れたまま・・・
今が冬じゃなくて良かった・・・
「メグ、ありがと」
部屋の前まで上がってきたところで、改めてメグにお礼を言った。
「別に・・・ 大したコトしてない」
メグは、あたしとヤジマがキスしたって(し、したくてしたんじゃないけどっ!)知ってから、ずっとムッとしたまま・・・
「でも・・・ すごく慌てて出てきてくれたんでしょ?」
「慌ててなんかねぇよ!」
メグがムキになって言い返す。
だって、お財布忘れてくるほど慌てて来てくれたじゃん。
あたし・・・ 嬉しかったんだよ? すごく・・・
「慌ててたじゃん」
あの、いつもクールでパーフェクトなメグが。
「だから、慌ててねぇって!」
あたしはまたメグの足元を見つめて、
「―――靴・・・ 左右が違うんだけど?」
「―――・・・え?」
メグも自分の足元に視線を落とす。 見る見る間にメグの顔が赤くなる。
我慢できなくて吹き出してしまった。
「やっぱり気付いてなかったんだ? メグ・・・っ かわいいっ!」
「〜〜〜う、うるせぇっ!! かわいいとか言うなっ! 男に向かって!!」
メグは、やっぱり慌ててカギを出すと、「じゃーなっ」
と言って家に入ってしまった。
怒った?
・・・でも、やっぱりかわいいよ? メグ。
今日は色々落ち込むことが多かったけど・・・ なんか最後にあったかい気持ちになれて良かった・・・
ホントにありがとね。メグ・・・
ドアの前に立ち、あたしもカギを取り出そうとポケットを探る。
・・・・・あれ?
こっち側じゃなかった?
反対側を探る。
・・・・・・・・・ん? やっぱり・・・ない!
えっ!? ウソでしょっ!? マジで??
・・・お、落とした? いつ?
・・・・・って、まさか、川に転がり落ちたとき?
―――探しに行かなきゃっ!
と駐輪場から自分の自転車を取ってこようとして、
「あっ!?」
あたし、自転車土手に置いてきたままだ・・・
どうしよう・・・

「・・・・・何?」
玄関のドアを半分だけ開けてメグが顔を覗かせた。
さっきあたしが靴のことを指摘したせいか、メグはちょっと恥ずかしいような怒ったような顔をしている。
「・・・自転車貸してくれる?」
「自転車?」
メグが眉間にしわを寄せる。「・・・どっか行くのか?」
「うん・・・ ちょっと・・・」
「・・・もうすぐ10時になるぞ? どこ行くんだよ?」
「・・・土手」
あたしはポケットを探りながら、「・・・なんか、落としてきちゃったみたいなの。カギ・・・」
メグが眉をひそめる。
「家の?」
「・・・うん」
さらに眉を寄せるメグ。
「まさか・・・ 川ん中に・・・か?」
「多分・・・」
とあたしが肯いたら、
「バカッ! 見つかるわけねーだろっ!!」
・・・・・やっぱり?
「でも、カギないと家・・・ 入れないもん」
「・・・ベランダの窓のカギは?」
まだ仕切りは壊れたままだったから、そこからウチのベランダに入ることは出来る。
出来るんだけど・・・
「・・・・・・かけてる」
メグがチッと舌打ちした。
絶対呆れてる・・・
・・・やっぱり、ダメ元で1回探してこようかな・・・ 川・・・
自転車と・・・あと、懐中電灯も貸してもらって・・・
とあたしが考えていたら、
「・・・ホラ」
メグがドアを大きく開けて身体を半分ずらした。「・・・・・入れば?」
え・・・
「―――いいの?」
驚いてメグを見上げる。
「カギねーんだからしょーがねーだろ? ・・・早くしろよ」
メグはそれだけ言うと、さっさと中に入って行こうとする。 あたしは慌てて閉まりかけたドアに手をかけた。
「・・・お、おじゃましま〜す・・・」
・・・・・・メグんち入るの、6年ぶり・・・
「・・・ねぇ? おじさんとおばさんは?」
家の中静かだけど・・・ もう寝てるとか?
・・・そう言えば、なんでメグが病院に迎えに来てくれたんだろ?
ウチのお母さんから電話がいって、普通だったらおじさんかおばさんが迎えに来そうなものなのに・・・
あたしがキョロキョロしながらメグんちのリビングに入っていったら、メグはダイニングテーブルの上に広げてあった新聞をたたみながら、
「・・・2人とも高崎のじーちゃんち行った」
「え・・・?」
驚いて足が止まる。
「・・・・・だから、オレ1人。 このウチ」
そう言って、メグはあたしを振り返った。

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