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「おはよー」 「休み中、どっか行ったー?」 GW明け。 ほんの数日会わなかっただけなのに、クラスメイトに会うのがものすごく久しぶりな気がする。 「おはよっ、桃子!」 登校するなりエリカがあたしの席にやってきた。「どお? コレ?」 と言って髪を耳にかける。 「おはよー・・・って、うわっ、開けたのっ?」 「かわいっしょ?」 「え、まさか、自分で? 痛くなかった?」 「氷でめっちゃ冷やしたし、大丈夫だったよ? そのあとがジンジン痛かったけど」 エリカの耳に、ピンクの人工石が光っている。 ピアスだ。 「見つかったらヤバいんじゃない?」 「学校では外しとくし、穴も髪で隠しちゃえば全然大丈夫だって!」 「そっかー。 でも、エリカに似合ってるよ。 かわいい」 「ありがとー♪」 エリカはかわいらしく笑って、「桃子も開ければ?」 とあたしの髪を軽くかき上げた。 「でも痛いの苦手だし・・・」 何より、ピアスなんて開けたらお母さんに怒られちゃう。 前にお母さんと一緒に歩いていたとき、ピアスをたくさん付けている やっぱり高校生くらいの子とすれ違ったことがあった。 そのときお母さんは、 「親からもらった身体に勝手に穴なんか開けて! まったく今どきの子は!」 と腹を立てていた。 「穴って言ったって小さいものだし、外国なんかじゃ生まれた直後の赤ちゃんに開けるっていう国もあるみたいだから、別にいいんじゃない? ファッションだよ、ファッション!」 とあたしが気軽にそう言ったら、 「大きさの問題じゃないのっ! 外国じゃどうか知らないけど、日本じゃ赤ん坊に好んで傷つける親はいないんだからねっ!」 と、お母さんの怒りに、余計油を注ぐことになってしまった。 「ファッションなんて・・・・・・ 桃子? あんたまさか自分も開けたいとか思ってるんじゃないでしょうね?」 そりゃあたしだってオシャレに興味のある女子高生だし、中学の時と違ってかわいく変身したし、お店に並んでいる小さなかわいいピアスを見ると欲しくなるときだってある。 でも・・・・・ きっと痛いよね、開けるとき・・・ メチャクチャ・・・ あたしは予防接種の注射ですら我慢できないほど、痛みに弱い。 だから、ピアスに興味はあっても、多分怖くて開けられない気がする。 そんなわけで、開ける勇気はないんだけど・・・・・そう「開けちゃダメ!」と言われると、反抗したくなって、 「分かんないけどー。 あたしだってオシャレに興味あるしー」 と言ったら、お母さんはさらに形相を変えて、 「ばかっ! あんた結婚前に身体に傷つけたら、お母さん許さないからねっ!?」 身体に傷・・・というのが、ピアスホールのことを言っているだけじゃないっていうのは分かっている。 お母さんは、 「結婚は清い身体で! 婚前交渉なんてとんでもない!」 と考えている人で(いや、大抵の親はそう願っているかも知れないけど)、ニュースやドキュメント番組で、 『現代の高校生、性の乱れ!!』 なんて番組を見ると、血管切れるんじゃ?って勢いで怒っている。 バージンロードはバージンで! ・・・これがお母さんの口癖だ。 そんなわけで、あたしにはピアスホールも婚前交渉も許されていない。 そんなことを思い出していたら、 「痛いのなんて一瞬だって! 初エッチの方が何倍も痛いよ!」 とエリカは笑った。 エリカはピアスホールも婚前交渉も経験済みだ。 「アレに耐えられたんだから、桃子だって大丈夫だよ」 「そ、そうかな・・・」 なぜだかあたしも、「済み」だと思われている。 まあ、高校生になってイケてる女子に変身したあたしが、過去に何人もの男の子と付き合ってきた・・・とか思われても、しょうがないかもしれないけどっ?(嬉) でも、「済み組」の子たちが集まって、そっち系の話になったりすると困ってしまう。 「まだあんま濡れてないからダメだって言うのに、すぐ挿れようとするでしょ? だから同い年の男はイヤ! がっついてる!」 「そうそう! メチャクチャ頑張ってるつもりかも知んねーけど、痛いだけだって! ただ突きゃーいいと思ってる!」 「あとさ、変なワザとか試してきたりしない?」 「する―――ッ!! AVの見すぎだっつーの!」 こんな話題には本当についていけない。 「変なワザ」 の話にいたってはもう未知の世界で、何がなんだか・・・ 想像すらできない。 あたしは、見た目は変わっても中身は子供のままだった。 そんな話をしていたら、 「・・・あ、あの・・・」 と服部がやってきた。「カバン・・・ 置いても・・・」 エリカは服部の席に座って夢中であたしに話しかけている。 小さな、聞き取りづらい服部の声なんか聞こえていないみたいだ。 「エリカ! そこどいてあげなよ!」 「え?」 エリカがきょとんとした顔であたしを見た後、背後を振り返った。 途端に眉を寄せるエリカ。 そのエリカの視線を避けるように、顔を伏せる服部。 エリカは憮然とした顔で立ち上がると、 「・・・じゃ、またあとでね。 桃子」 と服部を一瞥して自席に戻って行った。 エリカが去った後の席に、服部が座る。 そしてそのままカバンの中身を机に移しはじめた。 服部はあたしの事なんか気にもとめていないって感じで、1限目の準備を始めている。 あたしもそのまま前に向き直った。 服部が連休前と全然変わらない態度でいるから、あたしもそうする。 そう、何も特別なことじゃない。 学校では今まで通り、服部はただのクラスメイトで、あたしの隣の席の地味系男子。 それは何も変わらない。 ただ・・・・・ 学校を離れたときのあたしたちの関係が、少し変わっただけだ。 「えっ!? あんたギター弾けんの?」 「うん・・・ 少し、ね」 「そっか〜! いいナ〜! あたしもちょっとだけやった時期あるんだけど、Fで躓いちゃって・・・ もうダメ!」 GW中のミナミのライブ帰りに、あたしは偶然服部と会った。 はじめは、今まで必死になって隠してたミナミファンだってことがバレて、焦って服部を脅していた。 けれど、その服部自体がミナミファンで当人もライブ帰りだということが判明してからは、しばしミナミ談義で盛り上がった。 ・・・・・って言っても、あたしがひとりで話しまくってたようなもんだけど。 元々服部はあんま話さない方だし。 最終バスが出てしまったあとのバス停のベンチに服部と並んで腰掛けて、夢中になってミナミの話をした。 堰を切ったように・・・というのは、きっとこういうことだ。 「今はギターばっかり弾いてるけど、小さい頃はピアノもやってたんだって! ギターは独学で覚えたんだって! すごいよね〜〜〜っ!!」 「・・・そーなんだ。 よく知ってるね?上原さん」 いつも服部は、学校でクラスメイトと話すとき敬語を使っている。 それもみんなから敬遠されていた理由のひとつで、 「おいおい。 タメなんだから敬語やめろよー」 って言われても、服部は、 「や・・・ コレがラクなんで・・・」 って言って、変えようとしなかった。 だけど、あたしとミナミの話で盛り上がっているうちに、やっとタメ口で話せるようになってきた。 まぁ、あたしが何度も、止めろって言ったせいだろうけど・・・ 敬語じゃない服部・・・ ちょっと新鮮だ。 それに、敬語じゃない方が聞き取りやすい。 「今みたいにメジャーになる前からのファンだから! 雑誌やテレビにも出ないし、チョー苦労したのよ!」 「・・・そんな、どんな顔かも分からない人、よく好きになれたね?」 「あんたもねっ!」 とあたしは服部に突っ込んで、「・・・なんて言うか、曲も好きなんだけど、詩が特に好きなのよね。 言葉遊びが上手い曲もあるけど、やっぱりストレートな歌詞が一番好きかな・・・」 あたしがイジメられていた頃、ミナミの言葉にどれだけ救われてきたか。 歌詞カードなんか、ボロボロになるくらい何度も読み返したし。 そこまでいくと、本人の真似したくなるのがファンってものだ。 「服部はどうやって覚えたの?ギター。 ・・・あっ、まさかミナミと同じで独学とかっ!?」 「や・・・ えーと・・・ 兄がいて・・・ その兄から・・・」 「へー。 あんたお兄ちゃんなんていたんだ?」 それは初耳だ。 ・・・って、服部とこんなに話すのは初めてなんだから、知らなくても当たり前か。 「でも、教えてくれる人がいるといいわよね〜! あたしもおじさんがやってたんだけど、やっぱりFで躓いてやめたクチだから、誰にも教われなくて。 軽音部とか入るのも今さらだし・・・ でも、もう一回頑張ってみようかなぁ」 ってコレ、ライブの後はいつも思うのよね。 ギターのことは諦めてたはずなのに、ライブに行ってミナミの曲を生で聞いちゃうと、すっかりインスパイアされちゃって、翌日クローゼットの奥からギター引っ張り出してきちゃったり。 特に今日は、ミナミの話を思いっきり出来てハイテンションになってるせいか、その気持ちが強く出てるみたい。 「あっ! そうだ!」 急に思いついて服部を振り返る。「あたしも教えてもらえないかな? お兄さんに!」 「ぇえっ!?」 服部が驚いた声を出す。 そうよ。 一瞬、軽音楽部に入って教えてもらおうかとも思ったけど、全然知らない他人の方が都合がいいのよ。 飲み込みが悪くてカッコ悪いとか、ミナミのファンだってこと知られちゃマズイとか、余計な心配しなくていいし! 「ねっ!? 頼んでもらえる? あたしもミナミの曲弾けるようになりたいんだ!」 あたしがそう言ったら、服部は黙り込んでしまった。 「・・・・・? 服部?」 「いや・・・ 兄は今、一緒に住んでないから・・・」 「え〜・・・ そうなんだぁ。 じゃ、無理か〜・・・」 上がっていたテンションが少し下がる。 せっかくあたしがミナミファンだってことがバレても大丈夫な人見つけたと思ったのに〜・・・ 「あの・・・ ごめんね?」 まぁ、しょうがないわよね。 仮に一緒に住んでいたとしても、お兄さんだって忙しいだろうから断られる可能性の方が高かったかもしれないんだし。 あ〜あ・・・ どっかにいないかなぁ・・・ 気を張らなくてもよくて、ミナミファンだってことがバレても問題なくて、それでギターも弾ける人・・・ あたしがそんな事を考えていたら、 「あの・・・ 上原さん? ホントにごめんね?」 とまた服部が謝ってきた。 ちょっと考え込んでいただけなのに、服部にはあたしが相当落ち込んで見えたらしい。 「いーわよ、別に。 服部のせいじゃないし、こうやってミナミの話出来ただけでも・・・・・」 そこまで言って動きが止まる。 気を張らなくてもよくて、ミナミファンだってことがバレても問題なくて、それでギターも弾ける人・・・ ―――見つけた! 「上原さん? ・・・・・って、うわっ!」 あたしが服部の腕を掴んだら、服部は驚いたようにしてその腕を引っ込めようとした。 けれど、あたしはその腕を放さずに、 「教えてっ!」 「・・・・・は、はい?」 「あんたが教えて、ギター! あたしにっ!!」 「お、おれがっ!?」 そうよ、こんなに近くにいたんじゃない。 あたしにギター教えてくれる人! 服部には、あたしがミナミファンだって事はすでにバレている。 あたしがギター初心者だって事も分かっているから、イチから教わるのはカッコ悪い・・・とかそういう事も考えなくていい。 一応クラスメイトだけど、普段服部は学校で誰とも話さないから、服部からこのことがバレる心配も殆どない! ・・・・・逆に、お兄さんに教わるよりいいかも。 いくらクラスメイトのお兄さんだからって、タダで教わるってワケにはいかないから、お礼とか手土産とか用意しなきゃならないだろうし・・・ 服部なら練習のあと、コーラでもご馳走すれば十分だ。 あたしがそうお願いしたら、服部はしどろもどろになりながら、 「え・・・ いや、ちょっとそれは・・・・・ つーか、おれそんなに上手くないし」 と断ってきた。 「上手くなくてもいいの! 普通で! あんたがミナミほど弾けるなんてあたしだって思ってないわよ!」 そりゃ、上手く弾けるに越したことないけど、あたしに普通に弾けるように教えてくれさえすればそれでいいんだから。 「あの、でも・・・・・ おれもイロイロ忙しいし・・・」 「なにが?」 「なにって・・・ だから、イロイロです」 「イロイロってなによっ! 説明してよ!」 「え〜と・・・」 そう言ったきり言葉に詰まる服部。 普段、教室でのあたしはこんなに押しが強くない。 友達に嫌われたくないから、いつもみんなに合わせるようにしている。 だからあたしがこんなに強気に出るのは珍しい。 というか、初めてだ。 服部相手だからかな・・・・・ なんかコイツ弱い感じだし、変な征服欲が駆り立てられるっていうか・・・・・ そんな感じ。 結局、 「はいっ! 説明できないから決まりねっ!」 そのまま強引に服部をギターの先生に仕立て上げてしまった。 「忘れてるかと思った。 っていうか、逃げちゃうんじゃないかなって」 「おれが?」 放課後。 学校からちょっと離れた、大きな池のある公園で服部と待ち合わせをした。 この公園は、周囲3キロ以上ある大きな池の周りにジョギングコースが作られていたり、その周りに子供用の遊具があったりと、結構利用者が多い。 でも、その殆どが子供とか中高年ばかりで、あたしたちみたいな学生には退屈な場所だった。 みんな学校が終わると、駅ビルやその周辺に遊びに行く。 だから今も、制服を来た高校生はあたしたちくらいしかいなかった。 服部にギターを教わるにはちょうどいい場所だ。 服部はケースからギターを取り出しながら、 「もう約束しちゃったし・・・ せめて何か1曲弾けるようになるまでは教えるよ」 と言った。 あのあとちょっとだけ冷静になったあたしは、 「なんか・・・少し・・・っていうか、かなり強引だったわよね?あたし・・・ 服部、ずっと断り続けてたのに無理矢理やらせちゃって・・・」 と少しだけ反省していた。 いくら地味系男子 服部相手だからって、かなり自分勝手な言い分だったような気が・・・ 「連休中は忙しいから・・・ せめて連休終わってからでもいいかな?」 あのとき服部はそう言ってたけど、結局連休明けには、 「すみません、やっぱり無理です」 って断り入れてくるかも、なんて思ってたんだけど・・・ 律儀だなぁ・・・ 服部。 あたしは服部に頭を下げた。 「えっと・・・ 今さらだけど、どうもありがとう。 あの、スパルタでいいから。 よろしくお願いします」 とは言っても、服部の事だから、 「上原さんに厳しく言えないし・・・」 とか遠慮される気がするけどね・・・ ―――と思っていたら。 服部は、全然遠慮なんかしなかった。 いや、怒鳴ったり暴言を吐くって事はないんだけど(服部がそんなキャラに変身したら怖い)、ちゃんと教わったことをこなさないと先に進ませてくれなかった。 大体これくらいでいけるんじゃないの?っていう、中途半端を許さなかった。 初めは、 「とりあえず、コード覚えないと話になんないから」 と、3つ4つのコードを延々と覚えさせられた。 「ねぇ〜・・・ なんか曲やりたい〜。 ずーとこんなんじゃつまんないよ。 そうだ! アレやろ、ミナミの新曲!!」 あたしから頼んだくせに、まだそんなにやっていないうちからそんなことを言う。 「元はと言えば、ミナミの曲が弾けるようになりたくてギターを始めたんだから。せっかくこの前、楽譜も手に入れたんだし・・・」 あたしがそう言って口を尖らせたら、 「あのね・・・? ミナミの新曲なんか、ギター始めたばっかりの上原さんに弾けるわけないでしょ? 大体バレーコードのオンパレードだし・・・」 「バレーコードって?」 ギター初心者のあたしがそう言ったら、服部は一瞬絶句した後、 「・・・上原さんが、今の4つのコードを迷わずチェンジ出来たら、それで弾ける曲用意します」 と小さく溜息をつかれた。 服部ごときがあたしに溜息をっ!! ・・・と思ったけど、今はヤツが先生だから文句は言えない。 そうやって、やっと言われた通り4つのコードを思い通りチェンジできるようになったとき、服部が、 「じゃ、そろそろ曲いってみようか。 練習したコードだけで弾けるから」 「ホント?」 やっと曲にいける〜〜〜!! 「上原さんも聞いたことあると思うよ? CMの曲だから」 と言って、まず服部が弾いて聞かせてくれる。 「! コレ知ってるー! あのおっきな木が出てくるCMよね?」 服部のギターに合わせて、CMで聞きなれた曲を口ずさむ。 「上原さんはばらして弾くの大変だろうから、ストロークで」 服部が用意してくれた手書きのコード表を見ながらジャカジャカかき鳴らす。 ギターを弾く方法は、通常2通りある。 和音をばらして弾く方法と、ジャカジャカまとめて弾くやり方だ。 こんな基本的なことも服部から教わった。 「・・・すごいっ! ちゃんと曲になってた!!」 「いきなり難しいコードが入ってる曲だったり、まだコードもうろ覚えの状態で弾くと必ずつっかえるから。 途切れずに弾けると嬉しいし、これからもっと曲増やそうって気にもなるでしょ」 あんなに難しいと思っていたギターを、あたしが弾いている。 しかも、ちゃんと曲になっている! そのことが単純に嬉しかった。 前にかじったときは、楽しいとか嬉しいなんて思う前に挫折しちゃったし。 服部は本当に驚くほどいろんなことを知っていた。 ギターのことはもちろんだけど、音楽全般に詳しい。 「親が音楽好きで・・・やらせたがりなんだ。 小さい頃はピアノとエレクトーン、あとバイオリンも習ったことあるよ」 ・・・だそうだ。 お兄さんもギター上手みたいだし、きっと音楽一家なんだろう。 服部はあたしと話すのに慣れてきたのか、以前のような聞き取りづらい話し方じゃなくなってきた。 それから、前はあたしが一方的に話して、それに服部が相槌を打つってパターンだったのに、最近では服部の方から話を振ってくることもある。 服部といるのはすごく気がラクだった。 エリカたち他のクラスメイトといるときは、みんなに合わせるというか、カッコつけちゃってる自分に疲れたりしたんだけど、服部にはそんな気を使わなくていい。 夏に近づき、気温が高くなってきたときは、 「あっつ〜っ!!」 「ちょ・・・っ! う、上原さんっ!?」 なんて、服部の前でスカートをバサバサやることもしばしば・・・ 「あの・・・ 見えますけど」 「見るなっ!」 慌てて回れ右をする服部。 そんな服部を見て楽しくなるあたし。 服部は、ギターの練習のときはきっちり『先生』だったけど、それ以外では何でもあたしの言うことを聞いた。 まるで、忠実なペットを飼っている感じだ。 「あたし、服部といると楽しい」 「え?」 あたしがそう言ったら、服部が驚いて固まった。「いや、あの・・・ おれ・・・」 案の定、服部が慌てる。 そんな服部を見て吹き出すあたし。 「何、誤解してんのよっ! あんたなんか異性として見てるわけないでしょっ!」 「・・・・・ですよね」 ショボンとする服部が可愛くて、また楽しくなった。 「桃子。 今日こそバイキング行こうよ!」 またエリカが、ケーキバイキングのお店に誘ってきた。 「ん〜〜〜・・・ でも、今日もちょっと用事があるのよね・・・」 「またぁ? 最近付き合い悪いよ、桃子!」 「ゴメンゴメンッ」 頬を膨らますエリカに手を合わせる。 確かに最近、以前のようにエリカたちクラスメイトと遊ぶことが少なくなってきた。 服部とギターの練習をするからだ。 毎日練習しているわけじゃない。 けれど、服部との練習がない日はひとりでも練習したかったから、ここのところあたしは学校が終わるとさっさとウチに帰っていた。 だって、あたしが教わったところを完璧にこなせるようになると、普段表情らしい表情のないあの服部が・・・ 少しだけ嬉しそうに笑うんだよね―――! ううん。 表情がないって思ってたのは、あたしが気付かなかっただけなのかもしれない。 確かに伸びた髪のせいで分かりづらいんだけど、よーっく観察してると、困ったときとか、嬉しいときとか・・・表情の違いがあることに気が付いたのよね。 この前も、そんな発見が嬉しくて、じっと服部の顔を覗き込んだら、 「・・・・・あの・・・ おれの顔に・・・何か?」 って、ちょっと後ずさってテレてたいた。 ・・・服部って、テレたとき必ず耳の裏掻くのよね。 なんか・・・ 「かわいい―――っ!!」 とか思っちゃって、思わず髪をぐしゃぐしゃって(元々ボサボサだけど)やりたくなっちゃう。 もう、可愛がってる犬とか? そんな感覚。 服部と一緒にいるのが本当に楽しくてしょうがない。 |
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