ひとつ屋根の下   第7話  故郷A

「え、徹平、風見鶏なんか買ったの!?」
「だって母さんが神戸に行ったら買ってこいって」
徹平が持っている大きな紙袋の中を覗くと、金属製っぽいものがプチプチシートで包まれて入っていた。
「いくらした?」
「12,000円」
「たっかー!!」
修学旅行も折り返し地点を過ぎた3日目の夜、あたしたちは京都入りした。
バスで宿泊するホテルに到着後、ロビーで荷物を持ったまましばし他のクラスの子とおしゃべりタイム。
修学旅行中は基本的にクラス単位で動くから、他のクラスの子としゃべる機会があんまりない。だからこんなふうにホテルに着いたときとか、学年全体が集合してちょっとざわついてるときなんかを見計らっておしゃべりしてたりする。
幼なじみの徹平ともクラスが違うから、修旅が始まってからまともに話すのはこれがはじめて。
「そんなにお金使っちゃって、明日の自由行動のお金残ってんの?」
「大丈夫。母さんに風見鶏代2万もらってるし」
徹平がVサインを出す。「逆にお釣りで潤った!」
「ちゃっかりしてる」

あたしたちがわいわいしゃべっていたら、
「ほらー、無駄話してないでさっさと部屋行けー。すぐに夕食になるから荷物を置いたら大広間に集合―!」
と先生がパンパンと手を叩いた。それを合図にざわざわと生徒が流れ始める。
あたしはその流れの中に伊吹の姿を探した。
修学旅行が始まってから、1回も伊吹の姿を見ていない。
伊吹は1組であたしは4組って離れてるせいもあるけど、こんなに長いあいだ伊吹の姿を見ないなんてことないから、なんだか不安になる。
本当に参加してるんだよね? 修学旅行……
法子さんにも言われてるしちゃんと参加してるはずだけど……お墓参りも行かなきゃならないし……
とそこまで考えたところでハッとした。
まさか伊吹、もう抜け出して行っちゃった……とか?
今日はもう遅いし、明日の自由行動のときに行くんだと思ってたけど……まさかでしょっ!?
あたしも一緒に行きたかったのに。……ついてくんなって言われるだろうけど。
キョロキョロと伊吹を探していると、
「ラッキーだったねー」
と言いながら里香とまりあがやってきた。
「あ、ナナ。こんなとこにいたの? 今ホテルの前で写真撮ってたんだよ、みんなで」
「他のクラスの子とかも入って、すごい盛り上がったんだよー」
里香とまりあがそれぞれケータイやデジカメを見せる。
「あ、そーなんだ」
あたしは2人の差し出す画面を見もしないで辺りを見回した。
申し訳ないけど、今は写真なんかどうでもいい。
それより伊吹だよ〜…
もしかして見落としてるだけで、もう部屋行っちゃったのかなぁ……
とみんなが流れていく方に行こうとしたら、
「伊吹くんなら、先生に話があるからってあっちから先に行っちゃったよ」
と里香が反対の廊下を指差した。
「え? そーなの?」
慌ててそっちに視線を向ける。当然だけど、もう伊吹の姿は見えなかった。
先生に話があるって……きっとお墓参りのことだ。
よかった。まだ行ってなかったんだ。
と、ホッと胸をなで下ろした直後、
「あれ? もしかしてナナが片想いしてる相手って、伊吹くん?」
とまりあが突っ込んできた。
「えっ!? いや、まさかっ! いや〜…その……ただのファン? みたいなもの!」
あたしは慌てて誤魔化した。
誤魔化しつつ里香の方を軽く睨む。里香は、ごめん、と笑いながら口をパクパクさせた。
「へーそっか、ナナも伊吹くんファンなんだー。カッコイイし優しいもんねー」
とまりあがあたしに笑顔を向ける。
「うん! そーそー!!」
まりあはあたしの言葉をそのまま信じてくれたみたいだ。
伊吹はみんなの人気者で、男女問わずに好かれている。
それは彼氏や別に本命がいる子も同じで、気軽に、
「伊吹くんっていいよねー」
と言えるような存在だ。
だから、誤魔化しやすい反面、本命だとバレたときの周りの反応が怖くもある。
ましてや一緒に暮らしてるなんて知れたら…… 恐ろしい。
うっかり口を滑らせた里香も、そこのところだけはまだ言わないでくれている。
「だったらますます残念だったねー。今、伊吹くんも一緒に写真に写ってたんだよー」
「えっ、そーなのっ!?」
まりあの言葉に驚く。里香は、
「あたしなんかツーショットで撮ってもらっちゃった♪ ごめんね、ナナ」
とケータイを見せてくれた。
ホテルの前でほっぺにピースサインをくっつけた里香と、ポケットに手を突っ込んだ伊吹が写っている。
…………ズルイ。
あたしだって伊吹と一緒に写真撮りたかったのに―――っ!!
ていうか、写真どころか姿さえ見てないんですけどっ!?
こうなってくると、余計にお墓参りについて行きたくなってきた。
モンモンとしながら部屋に荷物を置いて、みんなで大広間に向かった。
あたしはその途中で、
「ごめん、あたしちょっとトイレ寄ってくから、先に行っててくれる?」
とひとりで抜け出した。そしてそのまま自販機や公衆電話が並んでいる廊下の隅にこっそり身を潜めた。
ここから、斜め前に見える階段を見張る。
あたしたち女子の部屋は5階で、男子は4階。
この大広間は3階だから、男子はこの階段を使って下りてくるはずだ。
そのときに伊吹をつかまえて、お墓参り一緒に行かせてもらうようにお願いしよう。
まもなくぞろぞろと男子が下りてきた。
「あー腹減ったー」
「ステーキも出るってよ」
「マジかっ!」
見知ったクラスの男子を流し、伊吹を探す。
「マッキー、なんかニワトリの飾り買ったんだって?」
「風見鶏な」
「屋根に付けんの? スゲーな、マッキーんち」
徹平……ここでも突っ込まれてるよ、風見鶏のこと。
次々に男子たちが流れていく。
「黒田、3組の八木に告られたらしいよ」
「マジで? 付き合うって?」
「どころか、もうチューしたってよ」
「修旅マジックかよっ!? オレも誰かに告ろうかなー」
……八木ちゃんが黒田と? そーなんだ?
やっぱみんな修旅中ってテンションが上がってるから、いつもより大胆になるのかな?
なんか……いいなぁ。
あたしもこの修旅で少しでも近づきたい。伊吹に。
告白はとっくに(しかも何回も)してるけど、全然相手にされてないし。
相手にされないどころか、この前なんか不機嫌にさせたしね。
あの、無神経に伊吹の前ではしゃいでしまった夜以来、あたしたちの間で修学旅行やお墓参りの話は出ていない。
変に何回も謝ると余計に伊吹に嫌な思いをさせそうだったし、伊吹もあのとき怒っただけでそのあとは普通に接してくれたから、あえて触れないでいる。
あたしの言動より、修学旅行……というか、京都に来ること自体を嫌がっているみたいだった。
修旅が近付くにつれなんとなく伊吹の口数も減っていったし……
あたしは、そんな伊吹をひとりでお墓参りに行かせるのが忍びなくて、どうしてもついて行きたいと思っていた。
きっと伊吹は嫌がるだろうけど……でも行きたい。
余計な詮索はしないし、なんなら一言も口をきかなくたっていい。
ただお墓参りする伊吹のそばにいられるだけでいい。
少しでも近づきたい。 ―――伊吹の心に。
祈るようにそんなことを考えていたら、だんだん人がいなくなってきた。そろそろみんな大広間に集まったみたいだ。
え? まだ伊吹きてないよね?
人が下りてこなくなった階段を見上げてみる。……もう誰も下りてくる気配はない。
え、まさか見落とした?
それともエレベーターで行った? まさか1階分を!?
こんな時間になっても下りてこないなんて、もうそうとしか考えられない。
「なにやってんのよ、伊吹はっ」
1階分くらい階段使いなさいよねっ! しかも下りでしょ!?
見当違いな怒りをお腹の中で伊吹にぶつけながら、慌てて大広間の方に移動しようとしたら、
「……お前こそなにやってんだよ。こんなとこで」
と階段を下から伊吹が上がってきた。
「伊吹っ!?」
「もうメシの時間だろ」
いや、ご飯なんかどうでもいいからっ!
「なんで下から来るわけっ!? あたしずっと上から来るもんだと思って見張ってたのに! ……て、まぁいいやそれは。それより先生に話に行ったって聞いたけど、それってお墓参りのことでしょ? 明日の自由行動で行くんだよね? いいって? だったらあたしもついてっていい?」
「……いっぺんにしゃべるな」
伊吹はあたしを見下ろして眉間にしわを寄せた。
伊吹を待っている間にいろいろ考えてたせいか、一気にまくしたてるようになってしまった。
「ごめん」
「ホント学習しねーよな、お前は」
伊吹が呆れたようにあたしを見る。「……最後の質問以外はYES。墓はどの辺なんだとか、ちゃんと時間を守って帰って来いとか言われたけど、まあ普段から信用されてるし、一発OKだった」
どうやら先生の許可はもらえたみたいだ。
「へぇ。優等生の仮面被っといてよかったね」
「殴ってやろうか」
「明日の自由行動のときに行くんでしょ?」
「それしか時間ねーだろ。あさってはもう帰るんだし」
修旅に行く前は嫌そうにしていた伊吹だったけど……
なんとなく吹っ切れたのかな?
こうやって目の前で話している伊吹はいつもと変わりない感じがする。
……よかった。
せっかくの修学旅行、伊吹にも楽しく行って欲しいもんね。
「何時ごろ行く? どっか駅とかで待ち合わせしよ」
あたしも上手く班のみんなに言い訳しないと。
自由行動とはいっても、班ごとに事前に立てた計画通りに回ることになっている。
先生にはバレないだろうけど、班のみんなに途中から抜けることは許してもらわないといけない。
男子は……まあいいとして、里香とまりあが許してくれるかな。
本当のことは話せないから、なんとか上手いこと考えないとね。
どうしても外せない大事な用事がある……くらいじゃ、突っ込まれるよね、絶対……
と、あたしが上手い言い訳を考えていると、
「お前、聞いてなかったのか?」
と伊吹。
「え? なにを?」
「最後の質問以外はYES、って言ったろ」
「え?」
……最後の質問以外はYES? 伊吹、そんなこと言った?
ていうか、最後の質問ってなんだっけ?
一気にまくしたてたから、どんな順番で話したのか全然覚えてないんだけど……
すぐに思い出せなくて伊吹の顔を見ていたら、
「相変わらず物覚えが悪いな、文系は」
と伊吹は鼻で笑って、「あたしもついてっていい? ……だけ却下」
と言った。
「……え?」
「墓参りはオレひとりで行ってくる。お前はついてくんな」
え―――ッ!
「な、なんで?」
「邪魔だしウザいから。……つか、ついてくる意味が分かんねぇ」
伊吹が普通に受け答えしてくれてたから、てっきりついて行ってもいいのかと思ってた。
……けど、これぐらい想定済みだもんね。
「伊吹には分からないかもしれないけど、あたしには大事な意味があるの。絶対邪魔しないから連れてって」
「ダメ」
「お願いっ! なにも詮索しないからっ! ただついていくだけだから!」
「ダメだっつーの。しつこい」
あたしは伊吹の前で両手を合わせた。
「お願いったらお願いっ! 絶対余計なこと言わないっ! なんなら一言も口きかなくてもいいからっ! ただお墓参りする伊吹のそばにいたいだけなのっ! お願いっ!!!」
これでもダメだったら、もうこっそりついていくしかない!
必死に頭を下げていたら頭上からため息が聞こえてきた。
「……ほんっとーに一言も口きかねーんだな?」
「うんっ!」
伊吹のセリフに顔を上げる。
「一言でも余計な口きいたら、鴨川に投げ込むからな」
「うんっ! ……って、鴨川ってどこ? いたっ」
またデコピンされた。
「京都に来るならそれぐらい勉強してこい」
あたしはまだジンジンするおでこを押さえながら、
「それで、えっと…… ついてっていいってことだよね?」
と確認した。
「こそこそストーキングされるよりはマシだからな」
と伊吹は肩をすくめる。
やった!!
「何時ごろ行くの? 駅で待ち合わせよっ!」
「お前らどこ回んの」
「えっとねー…」
なんてことをやっていたら、
「あ―――っ! こーんなとこで密会してるーっ!」
と里香がやってきた。「あんまり遅いから心配して探しにきたら……ナナ、こんなとこで伊吹くんとなにコソコソやってんのっ!」
里香は腕組みをして頬を膨らませている。
「べ、べつにコソコソなんかしてないからっ!」
あたしは慌てて顔の前で両手を振った。
「えー、してるじゃん。トイレ行くとかウソついてさー。やっぱ付き合ってんじゃないのぉ?」
里香があたしと伊吹の顔を交互に見る。
「いや、ホントに違うからっ!」
「普段からひとつ屋根の下で顔合わせてるのに、修旅に来てまでコソコソ会うなんて、よっぽどラブラブなんですなぁ」
「里香〜〜〜っ」
とあたしが里香の対応に困っていたら、
「冗談でしょ」
と伊吹がにっこり笑いながら間に入ってきた。「親同士が再婚しただけで、オレたちなんの関係もないから」
伊吹にはこの前、里香にだけ我が家の事情を話したと報告した。
はじめは渋い顔をしていた伊吹だったけど、カラオケ店火事の一件からどうしても話さざるを得ない状況になったと説明したら、最後には納得してくれた。
どうも伊吹は、例の『食い逃げ事件』以来、里香にいい印象を持っていないみたいだ。
まあそれでも、外面がいい伊吹だから、ニコニコと笑顔で対応することが出来るんだけど。
……と、伊吹の外面の良さに感心していたら、
「うそー! だってナナは伊吹くんのこと好きじゃん」
と里香がとんでもないことを言った。
里香っ!? なに言ってんのっ!?
そんなこと伊吹の目の前で言わないでよ―――ッ!!
と焦りながら伊吹を窺うと、
「あー、なんかそうらしいね」
と伊吹はサラリと流した。
え…… それだけ?
いや、伊吹がテレるとか焦るとかそんなところは全然想像できないけど、でももうちょっとなんか反応あってもいいんじゃないの?
まるで、
「明日の天気晴れだって」
「あー、そうらしいね」
なんて会話と一緒じゃん!
伊吹の反応が薄いことには里香も驚いたみたいで、
「え、リアクションそれだけ?」
と目を丸くしたあと、「……って、そっか! 伊吹くんそーゆーの言われ慣れてるもんね。べつにそれで意識することもないのか」
とヘンに納得していた。
「そーゆーこと」
と伊吹も笑顔で肯く。
いや、そりゃたしかにそのとおりなんだけど…… なんだか落ち込む。
伊吹は笑顔を残したままちょっとだけ申し訳なさそうな顔をあたしに向けた。
「それにオレ、髪短い子タイプじゃないし。ごめんね」
「えぇっ!?」
そ、そーだったの?
知らなかったよ、そんなこと……
もうっ! そーゆーことははじめに言ってよね―――ッ!!
この前、修旅行くからって髪切ったばっかなのに……
落ち込むあたしの横で里香がはしゃいだ声を上げる。
「えっ、じゃあ髪長い子の方が好きってこと?」
一瞬黙ったあと、笑顔のまま首を傾ける伊吹。
「……まあ、そうかな」
「やだもー、伊吹くんっ! ナナがかわいそーじゃんっ!」
里香はちっとも可哀想じゃなさそうな顔をして、自分の長い髪を耳の横でまとめるように撫でた。
「じゃーね」
落ち込むあたしと、なぜかはしゃいでいる里香を残して、伊吹は大広間の方に行ってしまった。
「なんか、ごめんねー? ナナ」
と里香は髪を撫でながらあたしに謝ってきた。「ナナの好きな人だし、あたしはそーゆーつもりないけど。でも、伊吹くんの方からきたら、断れないかも〜」
「…………」
いや、絶対そういう意味で言ったんじゃないからっ!
髪の長い里香に好意を持ってるとか、そーゆーんじゃないからっ!
なんなら、苦手な方だから、里香のこと!!
今、変な間があったでしょ!?
……なんて、言えないけどさ。
勘違いしている里香に慰められながら2人で大広間に向かった。すでにいただきますは済んでいて、みんなおしゃべりに花を咲かせながら懐石料理をつついている。
ちょっと背伸びをして奥の1組の方……伊吹の席を窺った。伊吹の周りにはいつも人がいて賑やかだからすぐに分かる。
伊吹はなにが楽しいのか笑いながら(……もしかしたら、愛想笑いかもしれないけど)となりに座っている女子と話している。
その女子がときどき、長い髪を指先で耳にかける。その仕草が女のあたしから見ても色っぽくて……なんだか焦ってしまった。
そういえば、法子さんも元カノのコトミも、2人とも髪が長くて女っぽかった。
そう思って周りをよく見てみたら、女子のほとんどがセミロング以上じゃない? 髪の長さ!
あたしみたいに短い子って、運動部の子くらいだよ!
体も中身も女っぽさに自信のないあたしが、こんな短い髪じゃまずいんじゃないの!?
せめて髪くらい伸ばして女っぽさをアピールしないとダメなんじゃないの!?
髪は女の命って聞いたことあるし……
「……まりあ、どうやったら髪って早く伸びるの?」
「え? 髪?」
となりで湯葉をつついていたまりあが振り返る。
まりあも髪は長いほうで、シャンプーのCMに出られそうなくらい綺麗でツヤのある髪をしている。
「えーと……良くわかんないなー。あたしどっちかというと伸びるの遅い方だし」
戸惑うまりあの横で里香が身をくねらせる。
「ん、もーっ! ナナってばチョーかわいいっ! 好きな人の理想に合わせるとか、チョー乙女じゃん!」

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