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夏休みに入り、まもなく課外が始まった。 あの雨の夜に受けたショックがいまだに抜けないあたしは、とても学校に行く気にはなれなかったんだけど、里香に、 「あたしも一緒に学校行くよ!」 と言ってしまった手前、のろのろと学校に向かった。 さすがに、課外組じゃないあたしが一緒に課外を受けることは出来ないから、校内の日陰で里香の課外が終わるのを待った。 「お待たせ〜、ナナ!」 お昼を過ぎた頃、やっと里香の課外が終わった。 「お昼どうする? マックとかでいいかな?」 「うん……」 「あ、その前に自販機寄ってっていい? 喉乾いちゃった」 「うん……」 里香と一緒に、校舎脇に設置されている自販機でイチゴ牛乳を買った。 「はー! 生き返るね!」 「うん……」 「ナナどこにいたの? 外暑くなかった?」 「うん……」 「ていうか、教室もマジヤバかった! 設定温度27度とか、なんの拷問だよって思ったもん! せめて25度にして欲しいよ!」 「うん……」 「……ナナ?」 「うん……」 「なんかあったの?」 里香が急にあたしの顔を覗き込んだ。 「……え」 「さっきから、うん、しか言ってないよ?」 「え……? …そう?」 里香の質問を逆に聞き返したら、里香はうん、と肯いて、 「なんかあったんでしょ?」 「なんか……」 ……ううん。 何もない。 悲しいくらい何もない。 伊吹とあたしの間には、確かなものが何ひとつない。 ただ親同士が再婚して、偶然ひとつ屋根の下に一緒に暮らすことになっただけだ。 しかも、その家すら伊吹は出て行きたがっている。 こんな状態で伊吹と離れたら、あたしたちを繋ぐものは何ひとつなくなってしまう…… そう思ったら、不安で泣きそうになった。 「里香…… あたし、どうしていいか、分かんなくなっちゃった……」 そう言って両手で顔を覆ったら、 「ちょっと、ナナ? どうしたのっ!?」 里香が慌てたようにしてあたしの肩を抱く。 そのまま自販機の横のちょっとした段差に座らされた。 「なんかあったんでしょ? 話してみ?」 寸前で泣くのは堪えられた。 けれど、鼻の奥が痛い…… 「……あいつ、どっか行っちゃう」 「あいつって…ナナの好きな人?」 里香の質問に肯く。 |
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「何? ……もしかして、夏休みにナナを放って旅行でも行っちゃうとか?」 今度は首を振った。 「それじゃ、転校?」 「それは……分かんない」 あの家を出て行くとは言ったけど、学校まで変わるかどうかは聞かなかった。 里香が不思議そうな顔をする。 「? 転校じゃないなら学校で会えるじゃん」 また大きく首を振った。 会えないよっ! だって、伊吹は特進クラスであたし普通クラスだし! それに、『みんなのアイドル伊吹くん』に校内で声掛ける勇気ないし! なにより…… 学校で声掛けるなって伊吹に言われてるし…… あの家出てったら、本当に何の繋がりもなくなっちゃうんだよ……… 里香は不思議そうな顔のまま、 「どっか行くって……いつの話? 今すぐ?」 「それも分かんない…… 今はまだお金貯めてるって言ってた」 あたしがそう言ったら、里香はちょっとだけ笑って、 「なーんだ! じゃ、まだまだ先の話じゃん!」 とあたしの肩を叩いた。 「そんなの分かんないよっ! あいつ、今すぐにでも出て行きたそうだったしっ!」 「だとしても、そんなに遠くじゃないでしょ? 高校生の所持金なんて高が知れてるもん」 「あいつ学校に内緒でバイトしてるの! だから大金持ってるかも……っ!」 「ナナ、ちょっと落ち着こうよ」 里香に肩を抱かれた。 「だって……っ」 「ナナの好きな人がどこかに行っちゃう。 しかも、いつ行くのかどこに行くのかも分からない…… でしょ?」 「……うん」 「だったら、今それをナナが止めるのは無理だよ。 出来ない」 「そんな……っ!」 思わず里香の腕をつかんだ。 じゃあ、あたしはどうすればいいの? ただ黙って伊吹が出て行くのを見送るしかないの? そんなの、やだよ…… また泣きそうになって、顔を伏せた。 そんなあたしに構わず里香は、 「だから、今ナナがするべきことはひとつだよ」 と人差し指を立てた。「気持ち伝えちゃいな」 「え……?」 「彼がいついなくなるか分かんないんでしょ? 気持ち伝えないまま会えなくなったら、絶対後悔するよ? そうなってからじゃ遅いんだよ?」 「で、でも……」 「なんなら、今からでも告ってくれば? その彼も課外受けてるんでしょ? まだ学校に残ってるんじゃない?」 「それはムリっ!」 慌てて首を振った。 「なんで?」 「だって、あっちの気持ち全然分かんないし! リサーチすらまだだしっ!」 「もうそんなの気にしてる余裕ないじゃん。 早くしないと彼どっか行っちゃうよ?」 「そっ、そーだけど……っ! でもムリっ!」 とあたしは頭を抱えた。「だってあいつ、あたしのことバカにしてるんだよっ!? すぐ文系文系言うしっ! 他の子にはチョー優しいくせにあたしにはひどい暴君だしっ! っていうか、あたし奴隷にされてるんだよっ!?」 そんなあたしから告白なんかされたって、どうせ、 「キモッ!」 とか言われて、一瞬で切り捨てられるのがオチだよ…… 思わずあたしがそう言ったら、里香が驚いた顔になる。 「奴隷って…… ナナ、その彼にナニされてんの? っていうか、チョードS男なんだ?」 驚いた里香の顔がちょっと赤くなっている。 「な、何もされてないからっ! 変な想像しないでっ!?」 今まで、あたしも徹平も、徹平んとこのアッくんナオくんも、奴隷って聞くと必ずエロいことされてるって勘違いしてきたんだよね。 それは絶対にないからっ! 大慌てで否定した。 「奴隷っていっても、お皿洗いさせられたり肩揉みさせられたり…あとは買い物とか? そーゆーパシリ的なことやらされてるだけだから!」 里香が眉間にしわを寄せる。 「……なんでそんな男好きになれるの? もしかしてナナってM?」 「はあっ!? あたしはMなんかじゃ…っ」 ない、と里香の発言を否定しようとしたら、 「へ〜、キミってMなんだ?」 聞いたことのない声が頭上から降ってきた。 驚いて見上げたら知らない男子が立っていた。 手にパックのジュースを持っている。 どうやら課外を受けている子で、この自販機にジュースを買いに来たみたいだ。 一体いつからいたんだろう? 夢中になって話していたせいか、全然気が付かなかった。 「そんな男好きになってもしょうがないよ〜。 やめときな〜?」 ……話を聞かれたみたいだ。 立ち聞きするなんて…と軽く腹が立ったけど、こんな自販機の横で話してる方も悪いんだし、どうせ誰のことだか分からないに決まってる。 ……良かった。 名前出してなくて。 「……聞いてたの? サイッテー!」 里香が眉を吊り上げる。 「こんなとこで話してる方が悪いんでショ」 「だからって立ち聞きしなくてもいーじゃん!」 「り、里香っ! いいよっ! やめなよ!」 とあたしが里香をなだめようとしても、里香は余計に勢いづいて、 「あんた特進クラスでしょ? 頭いいくせにそんなことも分かんないわけっ!?」 とその男子に怒鳴りつけた。 ……え? 特進クラス……? その単語を聞いた途端、心臓がドクン…と大きく脈を打った。 そして…… 「勝手に聞こえてきたの! なー、伊吹!」 ……次の瞬間、止まった。 ―――ウソでしょ…… その男子の言葉に里香が振り返り、 「えー、なにー? 伊吹くんまで立ち聞き? チョーありえないんだけど〜!」 と自販機の向こう側にいる人物を確認して困ったような笑顔になる。 …………どうしよう。 怖くてそっち向けない…… 俯いたままのあたしの前に男子がしゃがみ込む。 「キミ、ご主人様が欲しいの? オレならチョー優しいご主人様になってあげるよ? どお?」 「はあっ? あんたバッカじゃないのっ!?」 里香がまたその男子に対して声を張り上げる。 居ても立ってもいられなくなって、思い切って立ち上がりそのままの勢いで振り返った。 やっぱり―――… そこにいたのは伊吹だった。 |
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伊吹は、信じられない…という顔をしてあたしを見下ろしていた。 「あんたみたいな勉強しか出来ないバカをナナが相手にするわけないじゃん!」 「ただのバカより頭いー方がいいじゃん? ねぇ?」 ……どうしよう。 聞かれた。 どうしようどうしようどうしよう……っ!!! 伊吹がちょっとだけ目を細め、唇を微かに動かした。 声にはならなかったけど、でもなんて言ったのかはっきりと分かった。 ―――マジかよ…… 伊吹はそう言った。 その場に固まったまま、困ったような顔をして…… 伊吹はたしかにそう言った。 「〜〜〜…うっ、うそだからっ!!」 怒鳴るようにそう言って1歩あとずさった。 里香と、里香と言い争っていた男子もあたしを振り返る。 「全然好きじゃないからっ! あたし……その人のこと、全っ然なんとも思ってないからっ!! だから勘違いしないでっ!!!」 それだけ言い捨てて、その場から逃げ出した。 どうしよう…… まさか伊吹本人に聞かれるなんて。 伊吹、どう思った? やっぱり、キモいとか……思われた? 『―――マジかよ』 冗談だろ、やめろよ、そういう目でオレのこと見るなよ…… ……あのときの伊吹の顔は、そう言っていた。 「あ―――っ! もう消えたいっ!!」 制服のままベッドに倒れ込んだ。 直後、ケータイにメールがきた。 『ナナ、ごめんね〜(>人<;) まさか人が来るなんて思わなくて(;´д`A あの無神経な男はあたしがシメといたから(#`∧´) 伊吹くんも大丈夫! 他の人に話したりするような人じゃないよ(*^_^*)! っていうか、「オレはよく聞こえなかったから」…ってチョー気遣いだよね! 優しい!! だからあんまり気にしないで? …ってあたしが言うのもアレだけどさ。 ホントごめん(>人<;)』 2回読んでケータイを閉じた。 『オレはよく聞こえなかったから』……か。 そう言うしかないよね…… 聞こえてても。 はあ…… これからどんな顔して生活すればいいんだろ…… 朝食と夕食のときは嫌でも顔合わせなきゃなんないけど……でも、パパや法子さんがいるから気まずい感じにはならないよね。 伊吹、外面いいからその辺上手く立ち回りそうだし。 問題はそれ以外だけど…… なるべく伊吹と顔を合わせないようにしよう。 またあんな困った顔されたら、ショックで立ち直れないもん…… ……絶対伊吹と2人きりにならないようにしないと…… 「じゃあ、行ってくるな!」 スーツケースを手にパパが振り返る。 法子さんは心配そうな顔をして、 「夜とか戸締りには気を付けてね?」 「大丈夫だよ、心配しないで!」 伊吹がそつのない笑顔を二人に向ける。「行ってらっしゃい! 楽しんできてよ」 パパと法子さんがハワイ旅行に行く日がやってきた。 いろいろあってすっかり忘れてたけど…… そうだった。 夏休みにパパと法子さんで1週間ハワイに行くんだった! |
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絶対伊吹と2人きりにならないようにって思ったそばから、なんでこんな状況に……っ!! やっぱりあたしも連れてってもらえば良かった―――っ!! 「伊吹、あなた毎日帰り遅いけど、私たちがいない間は早く帰ってきてあげてね? 夜ナナちゃん1人じゃ物騒だから」 法子さんっ! そんなこと頼まなくていいからっ! 逆に遅く帰ってきて欲しいぐらいだからっ!! そんなあたしの胸中を知ってか知らずか、 「分かってるよ」 と伊吹は笑顔で肯く。 「本当?」 とまだ心配する法子さんをパパが、 「伊吹くんはしっかりしてるから大丈夫だよ」 と宥める。そして伊吹に向かって、「ナナのこと頼んだよ」 伊吹も、 「母のことよろしくお願いします」 とパパに軽く頭を下げた。 本当にパパたち行っちゃうの? これから1週間もこの家で伊吹と2人きりなの? 「えっ、駅まで送ろうかっ?」 スーツケースを引いて玄関を出て行こうとする2人に慌てて声をかけたけど、 「大丈夫だよ。 じゃ、行ってくるから」 と簡単に断られた。 バタン、とドアが閉まり玄関に静けさがやってくる。 気まずい静けさが……っ 「……行ったな」 伊吹は独り言のようにそう呟くと、2階に上がっていこうとする。 まるであたしなんかいないかのように…… 2人きりになったら困る…とは思っていたけど、こうやってなに気に避けられるのもツライものがある。 「〜〜〜ばっ、晩ご飯どうするっ?」 居ても立ってもいられなくなってそう声をかけた。 階段の途中で伊吹が振り返る。 「コンビニとかお弁当なら……言ってくれれば買いに行くしっ! ……つ、作るなら材料買いに行ってくる!」 気まずくなりたくない。 気まずくなるぐらいなら、今まで通り奴隷扱いされて命令される方がいい。 そう思って命令を待ったら、 「……オレはバイト先で食ってくるから気にしなくていい」 「え……今日バイトなの?」 「毎日。 明日からは課外が終わったら直で行く」 それだけ言うと、伊吹は自分の部屋に行ってしまった。 ……あからさまな無視はしない。 けれど、絶対今までと態度違う。 やっぱり、あたしの気持ちが迷惑なんだ…… ううん、迷惑どころか、 「キモい!」 とか思われてるかも…… ……もう本当にあの日のことが悔やまれる。 なんであたし、あんなとこであんな話しちゃったのかな!? いくら夏休みだからって、課外を受けてる子たちがいっぱいいる学校で、しかもあんな自販機のそばとか…… 伊吹じゃなくたって、誰に聞かれてもおかしくないじゃん! 自分の迂闊さ加減に腹が立つ…… あたしがいつまでも玄関でそんなことをうじうじと考えていたら、トントンと2階から伊吹が下りてきた。 そして、あたしがまだ玄関にいるのに気が付いて、 「お前、まだいたのか」 とちょっと驚いた顔になる。 「え、うん……」 伊吹は肩からカバンをかけている。 もうバイトに行くみたいだ。 あんなに、 「伊吹と2人きりにならないようにしないと!」 って思ってたのに、こうやって置いていかれるとやっぱりなんだか寂しい…… しかも避けられてるとか…… ホントやだ…… ふいに鼻の奥が痛くなってきた。 慌てて俯く。 伊吹はそんなあたしの前を通り過ぎ、さっさと出掛けようとする。 玄関ドアが閉まる直前、 「……7時には帰ってくるから」 「……え?」 驚いて顔を上げたときには、すでにドアは閉まっていた。 ……7時は帰ってくるから、って言った? 今。 なんでそんな報告わざわざ…… と考えかけて、 ああ… 法子さんと約束してたもんね。 「夜、ナナちゃん1人じゃ物騒だから」 って。 その約束がなかったら、そんなに早く帰ってくるはずない。 いっぱいバイトしてお金貯めて、それでこんな家早く出て行きたいんだもんね。 早く帰って来いって言う親はいないし、家に残ってるあたしとは顔を合わせたくないしで、遅くまでバイトしてくるいいチャンスだもんね! でも、法子さんが帰ってきたとき、 「伊吹は毎日帰ってくるのが遅かった!」 ってあたしに告げ口されるのがいやだから、だから仕方なく7時に帰ってくるんだよね! ホント、お母さん第一だよね! やっぱりマザコンなんじゃないのっ!? あいつっ!! ―――って… ……そんなひねくれた考えしか出来ない自分がいやになる。 こんなひねくれた女子の気持ちなんか、迷惑にしかならないに決まってる。 あたし……もっと素直にならないとダメだ。 伊吹と恋人同士になりたいとか、そんなことまで望まない。 奴隷のままでもいい。 ただ―――… 今まで通り接してくれれば、それだけでいい。 「お帰りっ! 遅かったじゃんっ!」 バイトから帰ってきた伊吹をそう言って出迎えた。 「……は?」 伊吹が戸惑った顔をあたしに向ける。 「7時に帰ってくるって言ったじゃん!」 とあたしは時計を指差した。 伊吹も時計に目を向けて、 「……7時だろ」 「5分過ぎてる!」 伊吹はまたあたしに視線を戻すと、 「たった5分だろ」 と言い返してきた。 「5分でも過ぎてるものは過ぎてるのっ! 7時に帰ってくるって言うからお味噌汁までよそっちゃったのに! 冷めちゃったじゃんっ!」 とテーブルについた。「早く食べよ!」 「いや……」 伊吹は戸惑っていた。 それには構わず、 「お弁当とかで済まそうかな〜とか思ったんだけど、ヒマだったから作ったの! ついでにあんたの分も用意してあげたから!」 とお箸を手にした。 ……大丈夫かな? 不自然じゃないかな? 食べてくるって言ったのに夕食作って待ってるとか…… ウザがられてないかな? 「……オレ、食ってくるっつったじゃん」 案の定、そう言われた。 「そ、そーだっけっ? 忘れてたっ!」 大丈夫。 そう言われることくらいちゃんと分かってたから。 「んじゃ、明日の朝にでも食べてよ。 ラップしとくからさ〜」 急いでキッチンにラップを取りに行く。 ……俯く前に、取りに行く。 「お味噌汁は〜… 箸つけてないから、そのまま鍋に戻しちゃえ!」 そして、あたし1人でテーブルに座り直す。 「じゃ、あたし食べちゃうねっ! …いただきますっ!」 慌てて食べ出した。 ……大丈夫。 そんなに不自然じゃない。 不自然じゃないって思うことにする! 伊吹はまだリビングにいる。 どんな顔をしているのか気になったけど、見たらまたショックを受けそうだったから、ご飯の方だけ見つめて箸を動かした。 食べている間は会話がなくても不自然じゃないから、黙々とご飯を口に運んだ。 すると、急に目の前に影が落ちた。 「……味噌汁にもネギ多いんだ?」 「え?」 驚いて顔を上げる。 「入れすぎだろ、どう考えても。 ……まあ、オレネギ好きだからいいけど」 「あ、あの……」 戸惑うあたしの前の席に伊吹が座った。 「味噌汁」 「は?」 「だから、味噌汁だよ!」 伊吹はちょっと怒ったように、「味噌汁よそえっつってんの!」 「え、だって…… 食べてきたんでしょ?」 「食ってきた。 けど味噌汁だけ飲みたい」 伊吹…… 飲んでくれるの? あたしが作ったお味噌汁、飲んでくれるの……? 早くしろよ、という伊吹を見ていたら目の奥が熱くなってきた。 そんなあたしの顔を伊吹が覗き込んでくる。 「なにお前。 もしかして泣くの?」 「は、はあっ!? なんであたしが泣くのよっ!」 慌てて鼻をすすった。 伊吹はニヤリと笑うと、 「パパがいなくて寂しいんだろ? 2人が出かけた後、お前玄関でショボンとしてたじゃん!」 「し、してませんっ!」 「ホントにファザコンだよな、お前は」 そう言って伊吹は笑った。 あたしが玄関で落ち込んでいた理由はそんなんじゃない。 |
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そしてそれは伊吹も知っているはず。 ……伊吹も気を使ってくれている。 絶対気まずいはずなのに。 あたしの気持ちは迷惑なはずなのに あたしが無理にいつも通り接しようとしているから、伊吹もそれに合わせてくれている。 それだけで嬉しかった。 「やっぱネギ多すぎっ!」 あたしがよそい直したお味噌汁を飲んで笑う伊吹を見て思った。 ―――あたし、伊吹が好きだ。 |
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