ひとつ屋根の下   第5話  告白@

「ええっ!? ハワイっ!?」
「ああ、夏休みだしちょうどいいだろ? 一緒に行こう」
あんまりパッとしない1学期の期末テストの結果も返ってきて、まもなく夏休みに突入するっていうある日の朝食の席で、パパが唐突にそんなことを言い出した。
「ハワイってあのハワイ?」
あたしが驚いて聞くと、パパはちょっと照れたように笑いながら、
「ちょっと遅くなったけど……まあ、なんだ、その……新婚旅行というか…… なあ?」
とキッチンにいる法子さんに声をかけた。 法子さんもちょっと恥ずかしそうに、
「違うわ、家族旅行よ。 夏休みだしみんなで行けたらって」
と言い直した。
そういえばパパたちって、再婚はしたけど特に式を挙げたりしてなかったし、ましてや新婚旅行なんてものも行ってなかったんだっけ……
ハワイか〜……
行ったことないけど(っていうか、海外自体初めてだけど)、海とかショッピングとか楽しそう……
それに……
と、目の前に座っている伊吹をチラリと窺う。

あたしの名前は倉本ナナ。 地元の公立高校に通う普通の高校2年生。
あたしを産んでくれたお母さんはあたしが幼い頃に死んじゃって、これまで10年以上ずっとパパと2人きりの生活をしていた。
これからもずっと2人きりの生活が続くんだろうと思っていたら、この春、急にパパが、
「好きな人が出来た。 結婚したい」
と言い出した。
はじめは戸惑ったし反対もしてたんだけど、パパだってまだ若いんだし新しい人生をスタートさせたって悪くない……って結局は賛成してあげたんだよね。 法子さんも気さくで優しくていい人だって分かったし。
ただ…… 増えた家族は法子さんだけじゃなかった。
実は法子さんには息子がいた。
しかもその息子っていうのが、なんとあたしと同じ高校の同級生の椎名伊吹だった。
それを知ったときの驚きっていったらなかった。
だって伊吹は学校内じゃちょっとしたアイドル並みの人気だったから。
見た目は男にしておくのがもったいないくらい華奢で可愛いし、運動もそこそここなせるし、特進クラスの1組にいるくらい頭もいい上に、人当たりも良くて先生や生徒のウケもいい。
あたしもはじめは、
「あの伊吹くんとひとつ屋根の下―――!」
って喜んでたんだけど、すぐにそんな浮ついた気持ちはなくなってしまった。
だって伊吹は学校内とあたしの前とじゃ全然違う二重人格者だったから。
横暴だし自分勝手だしオレ様だし…で、あたしなんかヘタに弱み握られているせいで奴隷にまでされている。
ホントにムカツク!
なんでこんなヤツが家族になっちゃったんだろう!? ほんっとにヤダっ!!!
伊吹なんかどっか行っちゃえ!!
―――……ってずっと思ってたんだけど。
「オレはパス」
あたしの目の前に座ってお味噌汁をすすっていた伊吹は、顔も上げずにそう言った。
「え? どうして?」
法子さんが驚いて伊吹に問い返す。 すると伊吹は笑顔で、
「夏休みっていっても部活と課外があるし」
え? 伊吹、行かないの?
ハワイだよ?
ビーチにショッピングだよ!? 楽しそうじゃんっ!
「そんなの休めばいいじゃない」
と法子さんが言っても伊吹は、
「そうもいかないよ。 1週間でしょ? その間模試とかもあるし……」
と譲らない。
「でもせっかくみんなで一緒にって思ってたのに……」
不満そうに頬を膨らませる法子さんをパパが宥める。
「まあまあ。 そういうことなら仕方ないさ、こっちも急に立てた計画だったしな。 勉強や部活の方を優先させたらいい」
「すみません」
伊吹はまたそつのない笑顔でちょっと頭を下げる。
「本当に行かないの? 1人で残ることになるのよ? ごはんとかどうするの?」
と法子さんはまだ諦めきれないみたいだ。
「母さん、もう子供じゃないんだから。 1人で平気だし、飯だってテキトーに用意できるよ」
「でも……」
「伊吹くんが平気だって言うんだから信用してあげよう」
とパパは法子さんに言って、「お土産買ってくるからね」
と伊吹に笑いかけた。
「ありがとうございます。 でも、マカダミアンナッツチョコは勘弁してください」
「甘いもの苦手だもんな」
パパと伊吹が笑う。
伊吹……行かないんだ………
……一緒に行けると思ってたのに……
「じゃあ、今回は3人で行こう。 ナナも早目にパスポート取って……」
「あっ、あたしも行かないっ!」
思わずそう言ってしまった。
「え?」
「? どうして?」
法子さんとパパが不思議そうな顔をする。
どうしてって…… あたしが聞きたい!
ハワイは楽しみだし、行ってみたいはずなのに……
なんであたし行かないとか言っちゃってんのっ!?
自分の行動が理解できないうちに、口はどんどん動いていく。
「あたしだって色々予定とかあるしさっ」
「予定って?」
「えっと〜〜〜… り、里香とイロイロっ!」
「なんだそれ? それこそ断れるだろう」
パパが眉間にしわを寄せる。
「断れないよっ! 友達付き合いって大事なんだからっ! ……それに、2人の邪魔しちゃ悪いしっ!」
「え?」
「だって新婚旅行なんでしょ? 2人で行ってきなよ! だからあたしも今回は残る! 次に連れてってもらうから!」
と断言した。
しばらく、
「いや、家族旅行も兼ねてるんだから!」
としつこくあたしを誘っていた2人だったけど、
「もうホント、ラブラブな2人の邪魔したくないし! っていうか、そんなの目の前にして自分1人とか悲しくなるから!」
と、最後にはあたしも残ることを無理矢理承諾させた。
―――承諾させてから気が付いた。

パパたちがいない間、1週間2人きりなんだ…… 伊吹と………

自分で言い出したことだけど……
ど、どうしよう……

伊吹はリビングのテレビで天気予報を確認しながら、
「お前なんで行かねーの? 行ってくりゃいーじゃん」
とあたしを振り返った。 パパと法子さんは先に仕事に出かけていった。
あたしはお皿を洗いながら、
「だからさっき言ったじゃん! あたしにだって色々予定があんの!」
「どんな予定だよ。 どうせ大した予定じゃないんだろ」
た、たしかに大した予定は入ってないけど……っ
それは認めずに、
「そ、それに2人の邪魔したくないじゃんっ! だからっ!!」
と言い返した。
あたしがそう言ったら、伊吹は笑いながら、
「たしかにな」
と言ってまた天気予報に顔を戻した。「あ、今日夕立あるかもって」
「えっ? ホント? 雷とか鳴ったらやだな〜…」
今年は梅雨が明けるのが早くて、その代わりというか最近夕立のある日が多い。
雷が鳴ることも結構あって、それが苦手なあたしは毎回ビクビクしている。
「ホント、ガキだなお前」
「うっ、うるさいなぁっ!」
バカにしてくる伊吹に応戦しながら、あたしはあのことを思い出して、またドキドキし始めてしまった。
「ガキ」
と言いながら、あたしの唇にくっ付いていたごはん粒を伊吹が食べたことを……
あれから1週間以上経つのに、あたしはまだあのときのことを思い出してドキドキする毎日を送っている。
なんで?
なんで伊吹相手にこんなドキドキしなきゃなんないのっ!?
ホントワケ分かんないっ!
ハワイ旅行のことだってそうだよ!
楽しみだなって思ったはずなのに、伊吹が行かないって聞いたら口が勝手に……
あたしが自分の言動に戸惑っていたら、
「洗い終わった?」
とリビングのテレビで天気予報やニュースをチェックしていた伊吹が声をかけてきた。
「え?」
一瞬何のことか分からなくて聞き返したら、
「皿だよ、皿」
と伊吹。
「あー… うん」
伊吹と2人分の食器を洗うのは奴隷のあたしの仕事…ということにいつの間にか定着してしまった。
はじめのうちは、
「オレの分も洗っとけよ!」
なんて言い捨てて、自分はさっさと学校に行っちゃう伊吹に、
「なんであたしばっかり!」
ってムカついてたんだけど、弱みを握られている身としては反抗も出来なくて……
しぶしぶ洗っているうちに、いつの間にかそれが当たり前で自然なことになってしまった。
習慣って恐ろしい!!
「洗い終わったけど…… 何?」
なんかまた命令されるのかと思って身構えたら、
「んじゃ、オレ行くな?」
と伊吹はカバンを肩にかけた。
「え?」
「カギかけ忘れんなよ!」
伊吹はそれだけ命令するとさっさと学校へ行ってしまった。
……?
今のどういう意味?
あたしがお皿洗い終わるのをなんで伊吹が確認したのか。
それが終わったら、
「んじゃ、オレ行くな」
って…… ホントなに?
―――……もしかして。
もしかして、まさかだけど、あたしがお皿洗い終わるの待っててくれたとか?
そういえば、あたしがお皿洗ってる間いろんなチャンネル見てたけど……朝のニュースや天気予報なんてどのチャンネルも同じようなのやってるし、だったら1局だけ見ればそれで済むことだよね?
それって、あたしがお皿洗い終わるの待ってるために時間潰してたってこと……?
ま、まさかでしょ?
あの自分勝手でオレ様な伊吹がっ!?
……ないないっ! 絶対ないって!
そんな自分に都合のいいように解釈して、あとで違ってたなんて分かったら腹立つだけだって!

伊吹の行動に首を捻りながらあたしも遅れて登校。 すると、教室に入るなり、
「どうしたの? ナナ。 なんかゴキゲンじゃん」
「は…えっ!? そ、そうかな?」
と里香に顔を覗き込まれた。
「うん。 だってニヤニヤしてる」
「!?」
驚いて頬に手をあてる。
なにっ!?
あたし、ニヤニヤしてたのっ!? なんでっ!?
今朝の伊吹のワケの分からない行動を不思議に思ってただけなのに……
慌てて顔を引き締める。
「な、何もゴキゲンなことなんかないけどっ!?」
「うそ〜〜〜?」
あたしが顔を引き締めたのとは反対に、今度は里香の方がニヤニヤとしはじめて、
「ナナ。 カレシでも出来た?」
とありえないことを聞いてきた!
「はあっ!? そんなの出来てないよっ!」
驚いて否定する。
なんでそんな話になるの!?
そうあたしが否定しても、
「でも恋はしてるでしょ? 誰よ?」
と里香は引き下がらない。
「恋なんかしてないって!」
「うそ! 好きな人出来たでしょ? あたしの目は誤魔化せないよ?」
「だからいないって、そんな人! 出来たら里香には言ってるよ!」
「ほ〜んと〜? なんか怪しいんだけど」
と里香は目を細める。
怪しいとか言われても、本当にそんな相手いないんだから否定するしかない。
一体何を勘違いしてそんなことを言うのか、まったく理解できない。
里香はちょっとだけ肩をすくめて、
「なーんだ、つまんないの!」
「つまんないって、あのねぇっ!」
「だってナナ、恋してるって顔してたもん! 絶対好きな人のこと考えてるって思ったぁ」
「それはないっ!!!」
即座に否定した。
だって、今考えてたのって伊吹のことだし、それが好きな人とか……ありえなさすぎるっ!!
なに言ってんの!?
たしかに里香は恋愛経験豊富だし、よく友達の恋愛相談とかにのってあげたりしている。 さらには、
「あの子さ、きっとカレシ出来たよ。 雰囲気変わったもん」
なんてことまで当てたりする。
でも、そんな恋愛上級者の里香も、今度ばかりは予想が外れている。
だって伊吹だよっ!? ありえないじゃんっ!!
誰があんな性格悪いヤツ……っ!!!
あたしが大声で否定したせいか、里香が驚いた顔をする。
「……ナナ?」
「……なによ」
自分の間違いを謝ってくるかと思ったら、里香は、
「顔が真っ赤だよ?」
とあたしの顔を指差した。
「!!!!!!」
うそっ! な、なんでっ!?
慌てて顔を隠した。 そんなあたしを見て里香は、
「あははははっ! ナナ、かーわいい〜〜〜♪」
とお腹を抱えて笑っている。
「〜〜〜…もう、里香キライっ!」
里香から顔を背ける。
「あーん、ナナちゃん怒んないで? なんでも相談に乗るから〜」
「乗ってもらわなくていいしっ! っていうか、恋なんかしてないしっ!!」
「素直になりなよ〜〜〜」
ホントになに言ってんの!?
里香ってば自分が恋愛経験豊富だからって、人の恋バナ聞くのが大好きだからって、あたしのことまでそうだって決め付けないでよねっ!
大体あたしは徹平とのことで懲りてるし、伊吹と元カノ琴美のことでもいろいろ考えさせられたりしてるから、今はそう簡単に人を好きになるとかはありえないのっ!
ましてやそれが、あの性格悪くてオレ様な伊吹だとか…… ホントありえないからっ!!

「おい、肩!」
……ほらね。
こんな命令しかしてこないような男だよ?
しかも、
「おい」
って呼び掛けと、
「肩」
って名詞だけで人に肩揉みさせるような男だよ?
なんでこんな男相手に恋なんか出来るのっ!?
お風呂上り、リビングのソファに偉そうに座った伊吹は、当然のようにあたしに命令してくる。
テレビを見ていたあたしは、ムッとしながらも、
「あー、はいはい」
と言いながら、伊吹の背後に回る。
こんな男なんで好きになれるのよ? ホントありえないっ!!
と溜息をつきながら伊吹の肩に伸ばしかけた手が、それに触れる寸前で止まった。
お風呂上りで濡れたままの伊吹の髪から、シャンプーのいい匂いがする。
ちょっと長めの襟足から覗くうなじが、男のくせにミョーに色っぽい……
「? 何やってんだよ?」
急に伊吹が振り向いた。「さっさと揉めよ」
「もっ、揉むよっ!!!」
慌てて伊吹の肩に両手をかける。
何あたし何あたし何あたしっ!
なんで一瞬止まっちゃったのっ!?
しかも、匂いとか、うなじとか…… 目線がオヤジだからっ!!
それも、伊吹相手に……っ!!!
「ぶはっ!」
慌てて揉み始めたら、今度は伊吹が吹き出した。 そして肩を捻ってあたしの手を退ける。
「え? な、なに……?」
「お前それ揉んでんの? 力入ってなさすぎ! つか、くすぐったい!」
「ちょ、ちょっと考え事してただけっ! 今度はちゃんと揉むよ」
「おー」
再び伊吹が前を向く。
よーし。 じゃあ、痛いぐらいに揉んでやろうじゃないの!
と思ってもう一度伊吹の肩を揉んだら、
「……? 何やってんだよ、さっきから」
とまた伊吹が振り返った。「力入れろよ」
「え…… は、入ってない?」
「入ってない」
なんで?
あたし、ちゃんとやってるよ?
三度伊吹の肩を揉んでみたら、
「……もういい」
と伊吹は立ち上がってしまった。「全然力入ってねーじゃん」
「お、おかしいな。 ちゃんと力入れてるつもりなんだけど……」
驚いて自分の両手を眺めてみる。
「具合悪いんじゃねーの?」
「そんなこと……ないと思うけど」
別に熱なんかないし、体調は悪くない。
「夏風邪はバカが引くって言うしな」
「それどーゆー意味よっ!!」
伊吹は笑いながら毒を吐くと、そのまま2階に上がって行ってしまった。
もう一度自分の両手を眺めてみる。
………なに?
どうしちゃったのあたし……
なんで力入んないの……?
「法子さん、ちょっと肩揉ませてもらってもいいですか?」
伊吹が2階に上がっていくのと入れ違いに、お風呂から上がった法子さんがリビングにやってきた。
「え? いいけど…… どうしたの? 急に」
「いえ、ちょっと……」
この前まで肩揉みには自信があったのに、なんで急に力が入らなくなっちゃったのか……
ちょっと法子さんで試させてもらおう。
そう思って法子さんの肩に手をかけ揉み始めた途端、
「痛い痛い痛い! ちょっ、ナナちゃんやめてっ!?」
と法子さんが悲鳴を上げた。
「えっ!? い、痛い…ですか?」
「痛いわよ〜… ナナちゃんって見た目より力あるのね。 ちょっとビックリしちゃった」
「ご、ごめんなさいっ」
……どういうこと?
法子さんにはちゃんと力入れられたのに、なんでさっきは全然力が入らなかったんだろう?
なんで伊吹のときはダメだったんだろう……

―――ナナ、恋してるね!

急に、今日里香に言われた言葉を思い出した。
な、なんで今そんな言葉思い出すのっ!?
全然カンケーないでしょっ!?
恋って、好きな人といつも一緒にいたいとか、その人といるとドキドキするとか…そういうことでしょっ!?
別に、伊吹といるときいつもドキドキしてるってわけでもないしっ!
一緒にいたいとか思ったこともないしっ!!
ただときどき…… 優しくされたり助けてもらったりしたときなんかはドキッとしたこともあるけどさ……
あと、仕草とか?
伊吹って男のくせになぜか動作がすごくしなやかなんだよね。
そんなときは見惚れちゃったりするけどさ。
それから、いつも一緒にいたいとは思わないけど……伊吹が行かないんならあたしもやめようかな、ハワイ……なんて思っちゃったりすることもあったけど……
でも、それだけだからっ!
それくらいじゃ好きとは言えないよねっ!!
……って、こういうことを伊吹相手に考えてること自体がおかしいっ!
あ〜〜〜、もうっ!
なんか最近、ホントに伊吹に振り回されてばっかりいる気がする……

「……夏休み、どうする?」
「夏休みって?」
突然部屋を訪問してそんなことを言うあたしに、伊吹はちょっとだけ訝しげな顔をした。
「だ、だからぁ! ……パパたちがいない間だよ。 ご飯とか〜…あと洗濯とか? あたしたち二人だけだし……」
振り回されるのは嫌だと思いつつ、結局伊吹に声をかけてしまうあたし……
しかも、そんなこと別に今わざわざ部屋まで行って聞くことじゃないじゃん、っていうくらいどうでもいい内容……
案の定伊吹も、
「ああ… 別にどうでもいんじゃん?」
と本当にどうでもよさそうな顔をして、「洗濯は洗濯機が乾燥までやってくれるし、飯はコンビニでも出前でも……お前が作っても」
と言ってあたしを見下ろした。
「あ、あたしがぁっ!? なんでっ? やだよ、絶対ムリっ!!」
大慌てで首を振る。 そんなあたしを見て伊吹は笑いながら、
「なんでだよ。 この前作ってくれたじゃん、チャーハン」
「!!!」
ま、また思い出しちゃったじゃん、あのごはん粒のこと………
伊吹は何考えてあんなことしたんだろ……
何も考えてなかったのかな、やっぱ……
いつまでもあのときのことを思い出してドキドキしてるのは、あたしだけなんだ、きっと……
……なんか悔しい……
「? なんだよ?」
急に黙り込んだあたしに伊吹は訝しげな顔をすると、「お前のチャーハン、そこそこ美味かったぞ?」
「そ…っ そこそこってなによっ!? ホント失礼なやつだよね、あんたってっ!!」
「褒めてやってんのに、一応」
「だからぁ! そこそことか一応とか一言余計なのっ!!」
なんて言いつつ、どこか嬉しい気分のあたし。
ホントにおかしい……
「ん?」
そのとき、伊吹の部屋の中から電子音が聞こえた。
「電話?」
「いや、メール」
そう言って伊吹は部屋に引っ込む。 ……ドアは開けっ放しで。
そういえば、伊吹の部屋って1回も入ったことない。
男子の部屋って徹平のしか入ったことないけど…… やっぱり散らかってんのかな?
徹平の部屋は服とか脱ぎ散らかしてあったし、机の上も雑然としてた。
なんかエロい雑誌とかもあったっぽいし……
……や、やっぱ伊吹の部屋にもあんのかな? そーゆーの。
可愛い顔してるけど、男だもんね。 一応……
そう思ったら、急に伊吹の部屋が気になりだした。 ついつい開けっ放しのドアからそっと中を窺う。
伊吹はあたしに背を向ける格好で、ベッドの上に置いてあったらしいケータイをいじっていた。
それを確認してから、ざっと部屋の中を見渡す。
見渡して驚いた。
……なに、この部屋……
よく確認しようと1歩中に入る。
「同じクラスのヤツだった。 課題、テキストの何ページからかって」
そう言って伊吹があたしを振り返る。
勝手に部屋に入ったあたしを伊吹は別に責めたりせず、そのまままたケータイに目を落とし返事を打ち始めてしまった。
「……これだけ?」
「んー… なにが?」
ケータイを打ちながらのせいか、ちょっと間延びした感じの返事をする伊吹。
「物……少なすぎない?」
……なんで伊吹の部屋はこんなに物が少ないの?
家具といえる物は、シンプルなパイプ製のベッドと、同じくシンプルな机の2つしかない。
机の上だってブックスタンドに挟まれた数冊の教科書、参考書しかないし、徹平みたいに読みかけのマンガ雑誌とかそんなものは一切乗っていない。
ベッドもキチンと整えられているし、その周りに脱ぎ散らかしてありそうな洋服だって1枚もない。
ううん、洋服どころかラグ一枚敷いてない。
伊吹、ホントにここで生活してるの?
モデルルームだってもうちょっと生活感あるよ……
「ん? なに?」
返事を打ち終わったらしい伊吹がやっと顔を上げる。
「物。 少なすぎないって言ったの」
「ん? あー…」
伊吹も自分の部屋を見渡して、「あんまゴチャゴチャしてんの好きじゃねーから」
ゴチャゴチャしてんの好きじゃない…ってレベルじゃないでしょ?
なんにもないじゃん!
「タンスもないし…… 服とかどこにしまってんの?」
「クローゼット」
と伊吹は部屋に作り付けの、畳半分もないような小さなクローゼットを指差す。
「そー、なんだ……」
なんとなく徹平の部屋みたいなのを想像してたから、そのあまりのギャップに驚いてしまった。
それとも、徹平の部屋が特別散らかってるだけで、他の男子はこんな感じにシンプルなのかな?
部屋に入るような仲いい男子がいないせいで、よく分かんないや……

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