|
||||
「もしかして…… あたしが怒らせたのかなぁ」 翌日の土曜日。 特に予定も入ってなかったあたしは、リビングのソファに転がって悶々としていた。 考えることといえば徹平のことばかりだ。 一日経って、あたしは昨日のことをよく思い出そうとした。 昨日、徹平はなんで急に機嫌悪くなったんだろう…… 考えられる理由は、堤とかいう3年か伊吹かのどっちかだ。 だって、帰り道それしか話してないんだから。 でも、伊吹のせいって可能性は低い。 伊吹と徹平は直接は何も絡んでないんだし。 一番疑わしいのは、部活中に徹平に下手なパスしか回さなかった堤って3年だけど…… でも徹平、あたしが堤のこと悪く言ってたとき、逆にフォローしてた感じだよね? となると、残る原因は…… あたし自身? 無意識のうちに徹平の気に障るような話し方しちゃってたとか? でも、全然思い当たりないしなぁ…… 「はぁ〜……」 思わず溜息をついたら、 「4回目」 とキッチンから法子さんが声をかけてきた。 「はい?」 「ナナちゃんが溜息ついた数。 今ので4回目よ」 法子さんがタオルで手を拭きながらリビングの方にやってくる。「どうかしたの?」 「それが…… よく分からないんです」 「ん?」 一人で悩んでても全然出口が見えそうになかったから、法子さんに相談することにした。 あたしは簡単に昨日のことを法子さんに話して聞かせた。 まさか、伊吹に奴隷にされてることまでは話せないから、毎晩やらされている肩揉みのことは、たまたま数回やってあげただけの話……ということにしておいた。 「……と言うわけで、なんで徹平が急に怒り出したのか分からないんです」 あたしの話を聞いた法子さんは、 「あら…… うふふ」 と笑っている。 「? あたしなんか面白い話しました?」 法子さんが笑っている理由が全然分からなくてそう聞いたら、 「違うの違うの! 面白くて笑ったんじゃなくて…微笑ましいなぁって思って」 「微笑ましい?」 |
||||
……ってどこが? 法子さんのセリフに首を捻っていたら、法子さんは笑顔のまま、 「どうして徹平くんが怒り出したか、私分かるわよ」 「えっ!? な、なんですかっ!?」 今のあたしの簡単な説明だけで徹平が怒り出した理由が分かるって…… 法子さんってもしかしてエスパーッ!? エスパーとは真逆の、どっちかというとのんびりタイプの法子さんを驚いて見つめる。 法子さんは人差し指を立てると、 「徹平くんはアレね。 ヤキモチ焼いちゃったのよ、伊吹に」 「………は?」 一瞬、法子さんが何を言っているのか分からなかった。 徹平が……ヤキモチ? 「ナナちゃんが伊吹の肩揉んでるなんて言うから。 ナナちゃんを伊吹に取られると思って焦っちゃったのよ!」 法子さんは笑いながらあたしの肩を突ついてきた。 徹平が…… あたしを伊吹に取られると思って…… ―――ヤキモチッ!? 「やっ! それは絶対ないですよっ!」 慌てて法子さんの前で手を振った。 「あら、どうして?」 「だってあたし、中学のとき徹平にフラれてますもん!!」 「え? そうなの?」 あたしは肯きながら、 「今はもうなんとも思ってないから全然平気だけど…… 当時は出したラブレターそのまま突っ返されて、しばらく落ち込んだんですから、あたし!」 だから徹平がヤキモチとか……そんな話は絶対にありえないっ! あたしが必死にそう説明したら、 「……なんだ。 伊吹と徹平くんでナナちゃんを取り合うとか…そんな展開かと思っちゃった」 となぜか少し残念そうな法子さん。 「そんなの……マンガの中だけの展開ですよ」 こんな平凡女子のあたしが、同時に二人の男子に好かれるとか……ありえない! 徹平にはとっくにフラれてるし、伊吹には……好かれるどころか奴隷にされてるし! だから法子さんが言うような展開には絶対になりえない! 「それじゃあどうして徹平くんは怒ってるのかしらねぇ……」 「う〜ん……」 ……また振り出しに戻ってしまった。 しばらく法子さんと二人で考え込む。 「原因はよく分からないけど… とにかくナナちゃんは徹平くんと仲直りしたいわけよね」 「はい…」 いつまでも原因の分からないことで徹平に怒られてると思うと、気が滅入ってくる。 あたしがまた溜息をついたら、 「じゃ、とりあえず食べ物でご機嫌伺ってみる?」 と法子さん。 「食べ物って…… 徹平の好きなものご馳走するとか、ですか?」 徹平が好きなものっていったらケンタのチキン。 それを奢るってこと? でもそれって、いかにもご機嫌伺ってるってのが見え見えで…… なんかやだなぁ。 あたしがそう言ったら、 「特別な理由もなしにそんなことしたら、魂胆見え見えで逆に気分悪くさせちゃったりするから…… なんか手作りとかどう?」 「……手作り?」 「そう。 作りすぎちゃったから食べて…とか、味見してみて…とかそんな理由つけて。 多少ご機嫌伺いってことは感付かれちゃうかもしれないけど、それだってナナちゃんが自分のために頑張って作ってくれたんだって事は伝わるだろうし。 試してみる価値あると思うけど……どう?」 それだったら……ただ奢るよりもいいかな。 でも、ケンタのチキンってどうやって作るんだろ? 鳥の唐揚げなら何回か作ったことあるけど…… とあたしがケンタのチキンの味を思い出していたら、 「簡単なお菓子とかどう?」 と法子さんが提案してきた。 手作りのお菓子? 確かに高校生女子が手作りの食べ物を男子にあげるとしたら、唐揚げよりお菓子って気がする。 「……でも、あたしお菓子とかあんまり作ったことないんですけど……」 パパと二人暮しの間に多少の料理は出来るようになったけど、それだって必要に迫られて覚えたようなものだから簡単なものばかりだ。 大体お菓子作りって、料理好きな女らしい子が出来ることでしょ? それに小麦粉とかベーキング…なんとかとかたくさん使いそうだし、計量も大変そう…… あたしがそう言ったら、 「私が教えてあげるから大丈夫! 簡単だけど可愛くて美味しいものがあるの!」 と法子さんが笑顔になる。 本当にあたしでも作れるのかすごく疑問だけど……あたしは法子さんにお菓子作りを教わることになった。 材料の殆どはウチにあるものだったけど、牛乳が残り少なかったからそれだけ買いに行くことにした。 「私が行こうか?」 って法子さんは言ってくれたけど、たかが牛乳1本だし、それに教わるのはあたしの方だから……とお財布だけ持って一人でコンビニまで出かけた。 6月の太陽がじわじわと肌を焼いてくる。 とっくに梅雨入りはしているはずだけど、今年は空梅雨なのか雨の日が少ない。 もう日焼け止めとか塗り始めた方がいいかなぁ。 あたし、太陽に当たるとそのまま黒くなっちゃうタイプだし…… 牛乳と日焼け止め、あと新作のアイスなんかを買ってコンビニを出たところで、 「まーた買い食いかよ。 ブタ!」 聞きなれた憎らしい声が背後から飛んできた。 振り返ったら案の定伊吹だった。 「買い食いじゃありません! 牛乳買いに来ただけだもん!」 「ホントかよ」 とコンビニ袋を覗こうとする伊吹。 アイスが入った袋を慌てて反対側に持ち替える。 「こ、これから法子さんにお菓子作り教えてもらうんだっ! それで牛乳!」 「へえ……」 あたしがそう言ったら、伊吹は意外そうな顔をした。 それから、 「……母さん、スッゲ喜びそう」 と、子供みたいな無防備な笑顔になった。 うわっ! なにその笑顔っ!! 殺人的に可愛いんですけどっ!? ―――やっぱり『みんなのアイドル伊吹くん』なだけある。 「なっ、なんでっ?」 思わずその笑顔に見惚れそうになり、慌てて顔をそらせる。 伊吹はそんなあたしの様子は気にも留めず、笑顔のまま話し続ける。 「母さんお菓子作りとか好きなんだけど、オレ甘いもの好きじゃないから、せっかく作ってもらってもあんま食えなかったんだよね」 そう言えば初めてみんなで食事会したとき、杏仁豆腐の小鉢を、 「甘いのキライ」 って法子さんに渡してたっけ…… 「だから、作り甲斐がないとか言われてたんだよな」 「そーなんだ」 「女の子だったら喜んで食べてくれるだろうし、一緒に作れたのにー…とか、しょっちゅう言われてたよ、オレ」 と話す伊吹は本当に嬉しそう。 伊吹は本当にお母さんである法子さんを大切にしている。 一緒に暮らし始めた頃あたしは、伊吹が法子さんにベッタリなのを、 「マザコン!」 とか言ってバカにしていた。 でも、伊吹が法子さんをやたら気遣うのには理由があった。 普通に生活してたからはじめは知らなかったんだけど……実は法子さんは、腕にちょっとだけ障害があるらしい。 しかもその原因は伊吹だという。 詳しくは伊吹が話したくなさそうだったから聞いてないけど……一体何があったんだろ? まあ、その事がなくてもずっと母子家庭で二人きりの生活だったろうから、女手ひとつで自分を育ててくれた法子さんを伊吹が大事にするのは分かるんだけど。 そう言えば、伊吹と法子さんっていつから二人きりの生活だったんだろう? 伊吹のお父さんとだって、離婚して別れたのか……それとも、うちのお母さんみたいに小さい頃亡くなったのかとか…… その辺全然聞いたことない。 そういえばあたしって、ウチに来る前の伊吹のこと……なんにも知らないや…… |
||||
「だからサンキューな」 「えっ?」 「これからも付き合ってやって、母さんに。 喜ぶから」 そう言う伊吹は本当に嬉しそう。 そんな可愛い笑顔で……しかも命令じゃなくお願いなんかされたら、一も二もなく肯いちゃうよ。 「うん……」 「今日は何作るって?」 「え、とね。 カップケーキとか言ってた」 「あー、あれだ。 中にチョコ入ってるやつ」 伊吹がちょっと顔をしかめる。「あれスッゲー甘いんだよな……」 甘いものが苦手な伊吹。 でも法子さんが作ったものを無下にも出来なくて…… きっと苦労しながら食べたんだろう。 その様子が見えるようで思わず笑ってしまった。 「甘くてもいいの! っていうか、徹平は甘いの好きだから大丈夫!」 あたしがそう言ったら、伊吹は、 「へぇ……」 と驚いた顔をしてから、「マッキーに作ってやるんだ?」 とニヤリと笑った。 「ちょっ!? ……その顔、なんか勘違いしてるでしょ? 別に深い意味ないからっ!!」 あたしは慌てて顔の前で手を振った。 ……いや、ある意味『深い意味』かもしれないけど。 ご機嫌伺い用だから。 でも伊吹は絶対違う方に勘違いしてる気がする。 案の定伊吹はニヤニヤ笑いながら、 「別に隠さなくたっていいって!」 「だから隠してないってば! 確かに中学の頃は好きだったけど…… 徹平にはとっくにフラれてるんだから!」 「え?」 伊吹が意外そうな顔をする。 実は伊吹には、あたしが昔徹平のことを好きだったことがバレている。 あたしが中学の頃徹平宛に書いたラブレターを……ちょっとしたことから伊吹に読まれてしまったからだ。 でも伊吹は、そのラブレターはあたしが勢いに任せて書いただけで、徹平本人には渡せなかったと思っていたみたいだ。 「だからフラれてるのっ! あんたが読んだラブレターは徹平から突っ返されたものなのっ!」 ……って、あたしなんでこんなこと伊吹に説明してんのっ!? 伊吹が複雑そうな顔であたしを見ている。 『みんなのアイドル伊吹くん』は今まで、失恋なんかしたことないに違いない。 ましてや、出したラブレターを突っ返されるなんて……きっと想像も出来ないだろう。 「……同情してるでしょ?」 うっかり冷やかしちゃって悪いことしたなー…とか。 「同情って言うか……」 と言って言葉を切る伊吹。 何か慰める言葉でも探してるのかもしれない。 その言葉が出てくる前に、 「同情とかいらないから! 今は全然そんな風に思ってないし、徹平のこと! ホントだよ? だから今回のも深い意味はなくて……え〜と……」 あたしがうっかり徹平の機嫌を損ねてしまったことを知らない伊吹に、どう説明しようか迷っていたら、 「あ〜、よしよし。 頑張ったんだな〜。 今度は喜んで貰ってくれるよ、きっと!」 と伊吹は子供にするようにあたしの頭を撫でてきた! あたしはその手を振り払って、 「バカにしてるっ!」 「してねぇよ?」 「いーや、してるねっ! ……そうだ、あんたにもカップケーキ食べさせてあげるよ!」 あたしがそう反撃してやったら、うげっと伊吹が嫌そうな顔をする。 「いや……オレはいーや」 「遠慮しないで? ご主人様!」 「だから、甘いもの苦手だっつったろ!? ……つか、お前が作るんだよな?」 「それどーゆー意味よっ!!」 「あいてっ!」 持っていたコンビニの袋を伊吹の足にぶつけてやる。 いつもは決して仲が良いとは言えないあたしたちだけど、今日はなんとなくいい感じがする。 そんな感じで、突っ込んだり突っ込まれたりしながら伊吹と家の前まで帰ってきたら、偶然徹平が家から出てくるところに遭遇した。 昨日の徹平とのやり取りを思い出して、思わず足が止まった。 「ナナ……」 徹平もあたしに気が付いて動きを止める。 どうしよう…… 昨日の今日でどんな態度を取っていいのか分からない。 謝るにしたって徹平を怒らせた原因が分からないままだし… っていうか、これから仲直りのきっかけのためのカップケーキを作ろうとしてたところだったのに……ッ! なんでこんなタイミングで会っちゃうかな!? 徹平は、やっぱり昨日みたいにちょっと怒った顔をしている。 ……ううん。 心なしか、昨日よりももっと怖い顔してるんですけど…… そんな徹平の前で首をすくめていたら、徹平はチラリと伊吹を見たあと、 「……ナナ。 ちょっと話ある」 と低い声であたしを呼んだ。 「……はい」 大人しく肯くしかないあたし…… 「ごめん、これ法子さんに渡して」 あたしは牛乳の入ったコンビニの袋を伊吹に渡した。「……あとアイスは冷凍庫に入れといて」 |
||||
「……分かった」 さすがの伊吹もこの状況で、 「やっぱ買い食いしてんじゃん。 ブタ!」 とは言わなかった。 何も聞かずにコンビニの袋を持ってさっさと家の中に入ってくれる。 伊吹には徹平と気まずい状態になっていることは話してないのに、すぐにその辺を察してくれたみたいだ。 本当に伊吹って、そういうの察知するのが上手いと思う。 ……なんて、伊吹に感心してる場合じゃなかった。 これからどうしようっ! とりあえず徹平の出方を待つしかない…よね? 「えーと…… は、話って何かなっ?」 徹平に近所の公園まで連れて行かれ、そこのベンチに並んで座ってからそう聞いた。 「………」 「あの…… 徹平?」 話があるって言ったのは徹平の方なのに、徹平はなかなか話し出そうとしない。 もう、本当になんだって言うんだろ? どうやらあたしが怒らせたのは間違いないらしいけど、せめてその原因だけでも教えて欲しい。 いつまでもこんな風に無言で責められるのたまんないよっ! 「ねえっ? あたしなんかした? したなら謝るからちゃんと言って?」 あたしが思い切ってそう切り出したら、徹平はちょっと驚いた顔をあたしに向けた。 「昨日の帰りにあたしなんか徹平の気に障るようなことしちゃったんでしょ? だから昨日から機嫌悪いんでしょ?」 「いや……」 「あたし鈍感だから全然気が付かなかったけど…… 何したの、あたし?」 一気にまくし立てたら、徹平は驚いた顔をしたあと軽く目を伏せた。 そしてそのまま沈黙。 言うこと言ったし、あたしも黙って徹平が話し始めるのを待った。 たっぷり2分は待って、いい加減しびれが切れてきた頃、 「ナナ、さ……」 とやっと徹平が話し始めた。 「うんっ、なにっ?」 あたしは徹平の方に身を乗り出した。 そのあとも徹平は軽く逡巡したあと、 「ナナさ…… もしかして、椎名のこと……好きになったのか?」 「……は?」 思わず徹平を見返した。 一瞬何を言われたのか分からなかったからだ。 椎名って……伊吹のことだよね? 伊吹のことを好きになったのかって聞いた? 今…… あたしが伊吹のことを好きになったのかって…… そう聞いたのっ!? 「ちょっ!!? 何言ってんのッ!? そんなことあるわけないじゃんッ!!」 思い切り徹平の背中を叩いた。 徹平がちょっとだけ顔を歪める。 「あんな二重人格! 学校じゃ猫被ってるけどあたしの前じゃヒドい暴君だしっ! っていうか、あたしが奴隷にされてること徹平だって知ってるでしょっ!?」 そんな伊吹をなんであたしが好きになるのっ!? っていうか、なにをどう勘違いして徹平はそんな風に思ったんだろうっ!? 徹平はあたしに叩かれた背中をさすりながら、 「や…なんか、さ。 最近ナナ、椎名の話するとき変わったから……」 と言い訳のように呟いた。 「変わったって? なにが?」 「前はもっと椎名に対して毒吐いてたじゃん。 それが最近楽しそうっつーか……」 「は?」 楽しそうって…… どこがっ!? あたし徹平に伊吹の話するとき、伊吹にされたひどい仕打ちとか、伊吹の悪口とか……そんなことしか言ってないよね? 伊吹との楽しい話なんかしたことないし…… っていうか、そもそもあたしと伊吹の間に楽しいことなんかひとつもないしっ!! なのになんで……? 徹平の勘違いにあたしが戸惑っていると、それまで俯き加減に話していた徹平が急に怖い顔をしてあたしを睨みつけた。 「つーか! 肩とか揉んでんじゃねーよっ!!」 「……え?」 「え?……じゃねーよっ! 椎名の肩なんか揉むなっつってんだよっ!」 今までボソボソと話していた徹平が、急に大きな声を出したから驚いてしまった。 「だ、だって……あたし奴隷だし、逆らえないよ。 それに、宿題をやらされるよりは全然マシになったんだよ? だから……」 急に怒鳴りだした徹平の真意はよく分からなかったけど、多分あたしが伊吹の奴隷にされてるのを心配して言ってるんだろうと思って、少しでも安心させようとそんなことを言ったら、 「まだ宿題の方がマシだろっ!」 と徹平はさらに大きな声を出した。 「徹平……」 徹平の言ってることが全然分からない。 だって、実際奴隷にされてるあたしが、宿題より肩揉みの方がマシだって言ってるんだよ? なのになんでそんなに怒るの? っていうか、奴隷の件では確かに徹平に心配はかけているかもしれないけど……迷惑はかけてないよねっ? なのに、なんでこんなに徹平に怒られなきゃいけないわけっ!? 「もう奴隷なんかやめろっ!」 「勝手にやめられるならやめてるよッ! 好きでやってるんじゃないの! 脅されてるんだって言ったでしょっ!?」 「ナナが言えないならオレが言ってやる!」 と徹平は立ち上がる。 今にもあたしんちに向かって行きそうな勢いだ。 「ちょ、ちょっと待ってよっ!」 慌てて徹平の腕を引っ張った。 「なんだよっ!? たかが勝負に逃げたくらいで奴隷になれとか、あいつがおかしなこと言ってんだって分からせてやるんだよ!」 そうなんだけど…… でもそれだけじゃない理由があるのっ!! そんなことを知らない徹平は、そのままあたしを振り切って歩き出そうとする。 「いいからやめてってばっ! これはあたしと伊吹の問題なのっ! 徹平には関係ないのっ!!」 徹平の腕にしがみつくようにしてそう言ったら、ピタリと徹平の動きが止まった。 そしてそのままゆっくりあたしを振り返る。 ……徹平は今まで見たことないような怖い顔をしていた。 「……オレには関係ない?」 思わず身がすくみ、同時に迂闊な自分の発言に頭を抱えたくなった。 心配してくれてる徹平に、あたしってばなんてこと…… 今さら後悔してももう遅い。 「あ、あのね? 徹平……」 しどろもどろになりながらなんとか言い訳しようと頭をフル回転させていたら、 「……なんだよ。 やっぱ椎名のこと好きになったんだ」 と徹平が意地悪く笑った。 |
||||
なんでまたそこに話が戻るのっ!? っていうか、そんな意地悪い笑顔、徹平らしくないっ!! 「だから好きじゃないって言ってるでしょっ!?」 「ホントのこと言えよ! 一緒に暮らしてるうちに椎名のこと好きになったんだろ? だから肩なんか揉んでやってんだろっ? そーなんだろっ?」 「徹平っ!!」 「なんで椎名なんだよ……」 徹平は額に手を当てて俯いた。「たったの2ヶ月じゃねーか…… それだけで好きになるのかよ」 「だから、そんなんじゃないって何回も言ってるじゃん……」 徹平はあたしのセリフなんか全然聞こえていないみたいだ。 しきりに、 「なんで椎名なんだよ……」 と呟いている。 あたしは混乱していた。 だって、こんなのまるで…… ―――まるで徹平が伊吹にヤキモチを焼いているみたいだ。 ううん! そんなことありえない。 だってあたしは3年前に徹平にフラれてるんだから。 混乱しながら頭の中に浮かんできたことを否定しようとしていたら、 「オレだってずっとナナのこと好きだったのに……」 と徹平が信じられないことを言った。 |
||||
ひとつ屋根の下 Top ■ Next |