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「うわっ!」 「・・・・・なんだよ」 朝。 リビングに行こうとしたら、同時にすぐ隣の部屋から伊吹が出てきた! |
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「なんで今出てくんのよっ!」 「何時に出ようとオレの勝手だろーがっ!」 「何時に出ても構わないけど、あたしと同じ時間だけはやめて!」 「はぁ? ワケ分かんねー!」 と言ったあと、伊吹はあたしの格好をジロジロと眺めて、「・・・ひでぇ格好」 と眉をひそめた。 「!!っ」 自分がパジャマのままだってことを忘れていた! 「みっ、見ないでよっ! ヘンタイッ!!」 そう怒鳴りつけて、慌てて自分の部屋に飛び込んだ。 昨日から椎名一家との生活が始まった。 あたしが生まれる直前に建てられたこの家は、2階に3つの部屋がある。 パパが使っている寝室と、あたしの部屋。 そして、残るひとつは空き部屋だった。 その部屋は、本当は今頃―――・・・ お母さんが身篭ったまま死んだ、あたしの弟か妹が使っていたはずの部屋。 そこに今は伊吹が住んでいる。 伊吹は、可愛らしい顔に成績も良く、陸上部でもそこそこ活躍しているちょっと・・・いや、かなり目立つ男の子だ。 学校では、人当たりがいいから女子だけでなく男子や先生たちのウケもいい。まさしく学内のアイドル的存在といってもいい。 ・・・・・けれどそれは猫を被っているだけに過ぎないことを、あたしは知っている。 というか、 「あたしに何か恨みでもあるんじゃないの?」 っていうくらい、あたしにだけ態度が悪い。 実際、伊吹のお母さんである法子さんやあたしのパパには、学校で見るような超優等生っぷりなのに、あたしには、 「なんだよ」 「どけよ」 「邪魔だなぁ。 このブス!」 って・・・・・ ブスってどうなのっ!? ブスって!! そりゃ確かに里香みたいにキレイだとか、そこまで勘違いしてないよ!? けど、そんな・・・ブ、ブスとか言われるほどの顔っ!? っていうか、仮に伊吹の主観で本当にそう思ったとしても、そんなこと本人に言わないでしょっ!? 普通!! あ〜〜〜っ! ホンットにムカつくっ! あいつっ!! ムカつきながら制服に着替えて、リビングに下りていったらキッチンに法子さんと伊吹がいた。 「これ?」 「そう。 ありがと」 シンクの上に設置されている吊り戸棚から伊吹が何かを取り出している。 どうやら法子さんに頼まれたみたいだ。 「昨日踏み台買ってきたじゃん。 なんで使わないの?」 「あれちょっと大きいから、キッチンに置いとくと邪魔だし・・・」 踏み台とは、きっと昨日伊吹がホームセンターで買った物のことだ。 かなり安定のよさそうなものでその分幅が広いから、確かにうちのキッチンに置いておいたらちょっと邪魔にはなる。 ・・・・・あの踏み台、キッチンで法子さんが使うために買ってきた物だったんだ? っていうかうちの吊り戸棚、背が低い人でも取り出しやすいようにスライドするようになってるから、踏み台いらないと思うんだけど・・・ あたしだってそれで十分手が届くし、法子さんとあたし、そんなに背 変わらないよね? とあたしがそんなことを考えていたら、 「邪魔になんかならないよ。どうせキッチンに立つの、殆ど母さんなんだからさ」 と伊吹が馬鹿にしたような目線をあたしに向けた! それで法子さんもあたしに気が付く。 「あ、ナナちゃん、おはよう! 朝食の用意出来てるわよ。 ほら、伊吹ももういいから食べなさい」 法子さんがあたしに笑顔を向ける。 ダイニングテーブルには焼き魚にご飯、味噌汁・・・と純日本風な朝食が用意されている。 今までパパと2人きりだった頃はパン食が普通だった。 「あ、どうも・・・」 あたしは肯くように挨拶をすると、ピンクの食器が並んでいる席に着いた。 向かいの席には伊吹のものと思われる食器が並んでいる。 「法子さんはもう食べたんですか?」 リビングから法子さんに声をかけてみる。 「ええ、私はさっきお父さんと一緒に」 今日は、週1である朝会議のある日でパパはもうすでに出かけたあとだった。 「パ・・・」 一瞬、パパ、と言いかけて、「お父さんもご飯?」 と言い直した。 「そうだけど・・・ あっ、もしかしていつも朝はパンなの?」 そう聞かれてあたしが肯いたら、 「やだっ! 新一さん何も言わないから、私・・・ ナナちゃんもごめんなさいね!? 明日からパンにするからっ」 と法子さんは慌てた。 あたしたちがそんな会話をしていたら、向かいの席から伊吹が、 「余計な話してねーで、さっさと食えよ」 とボソリと呟いた! もちろん、法子さんには聞こえないような小さい声で。 ムッとして伊吹を睨み返そうとしたら、伊吹はキッチンにいる法子さんの方に向かって、 「母さん、もうあとはオレたちで勝手にやるから。 だから仕事行っていいよ!」 と笑顔を振りまいた。 「でも・・・」 法子さんはパパと再婚したあとも、以前と同じ仕事を続けている。 どこかの会社の事務をしていると聞いた。 以前住んでいたところより出勤に時間がかかるから、早めに家を出ないとならない。 「じゃぁ、お皿だけ流しに下げといてくれる? 帰ってきてから私が洗うから」 はーい、とあたしが返事をしようとしたら、 「それぐらい自分たちで洗うよ。 もう子供じゃないんだからさ」 と伊吹が再び笑顔を見せる。 「でも、2人だって学校・・・」 「いーから母さんは早く行きなよ。 遅刻しちゃうよ?」 伊吹に追い出されるようにして、法子さんは出かけていった。 ふぅん・・・ ちゃんと自分でお皿洗う気なんだ? エライじゃん。 とあたしが感心しかけたら、 「・・・・・お前、感じワリーな?」 と伊吹がジロリとあたしを睨んだ。 「は?」 「米だろうがパンだろうがどっちだっていーだろ? 出されたもの黙って食えよ!」 「・・・・・っ!?」 はぁ―――!? な、なに・・・? あたし、そんなに感じ悪いこと言った? 確かに、せっかく用意してくれた朝食に、 「いつもはパン!」 みたいなこと言っちゃったけど・・・ 別に悪気があったわけじゃないし、聞かれたから肯いただけなのに・・・・・ なんでそんなふうに言われないといけないわけっ!? あたしが唖然としている間に伊吹はさっさと朝食を食べ終え、お皿を流しに下げた。 そしてそのまま自分の部屋に上がると、カバンを手にして家を出て行こうとしている! 「ちょ、ちょっとっ!!」 慌てて呼び止めた。 「あぁ?」 いかにも、面倒くさい、といった顔で振り返る伊吹。 「食器! 洗って行かないわけっ?」 とキッチンを指差してやる。 伊吹は、 「ああ・・・」 と呟いて、「お前、洗っといて」 「はぁっ!? なんであたしがぁっ!!」 「朝飯作ってもらったんだから、食器ぐらい洗えよ。 そんぐらい働いて当然だろ? 食い逃げすんのかよ」 「食い逃・・・っ!?」 思わず絶句する。 何か言い返してやりたいのに、とっさに言葉が出てこなかった。 な、なにっ!? あたしだって自分の分は自分で洗うつもりでいたよ!? けど、それはあんただって同じ立場でしょーがっ! それともなに? 自分は親子だからいいって言うの? ちょっと甘えてんじゃないのっ!? っていうか、ちょっとマザコン気味だよね? あんた! 必要以上に法子さんに気ぃ使っちゃってさ! それに、食い逃げってなにっ!? 食い逃げって―――!! それはコーヒー代700円をいまだに払わないあんたのことなんじゃないの―――ッ!! 「ちょっと! それはこっちのセリフなんだけどっ! さっさと700円返してよっ!!」 あまりの伊吹の言いっぷりに、あたしはとうとう我慢できなくなった。 今までは、 「忘れてるのかも・・・」 とか、 「返してとか言いづらい・・・」 とか、 「時間経っちゃって・・・ なんか今さらだよね」 とか思って言わなかったけど・・・ そっちが、食い逃げとか言い出すんなら、こっちだって言わせてもらうからねっ!! 「は? ・・・なんだよ。700円て」 伊吹がカバンを手にしたまま眉間にしわを寄せる。 「コーヒー代だよっ! 初めて食事会した日、一緒にお茶したでしょっ! そのときのコーヒー代! 忘れたわけっ!? 特進クラスのくせに!! それとも覚えてられるのは勉強のことだけってわけっ!?」 一気にまくし立ててやったら、伊吹が唖然とした顔であたしを見た。 どうっ? 思い出したでしょっ!? 今まで何が気に入らなくてあたしにそんな態度とってたのか知らないけど、これで態度改める気になったでしょっ? あんたはあたしに、そんな横柄な態度とる権利はないんだからね―――っ!! と、あたしが内心勝利を感じていたら、 「それが?」 と伊吹が馬鹿にしたように笑った! それが? それがって・・・ どういう意味っ!? 「覚えてたんだ? ・・・つか、いーじゃん。たかが700円くらい! シフォンケーキ美味かったろ? あんな美味いケーキをオレと一緒に食えたんだから、逆に安いくらいだろ? 地味女のお前がさ!」 ――― 一瞬、伊吹が何を言っているのか分からなかった。 けれど、徐々に脳が伊吹のセリフを理解していく・・・ |
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・・・・・伊吹は忘れてなんかいなかった。 ちゃんと覚えていたのにもかかわらず、返す気がなかったんだ! 「どーせ小遣い沢山もらってんだろ? その金でたまには人に奢ってやってもバチ当たんねーぞ?」 伊吹は笑いながらそう言うと、さっさと家を出て行ってしまった! な、なんなの? あいつ・・・ あたしのお小遣いがいくらかなんて知らないくせにっ! 毎月、やりくりするのがどんだけ大変かなんて知らないくせにっ!! たまには人に奢ってやれって・・・・ あたしだってたまに・・・本当にたまーにだけど、友達に奢ってあげるときがあるんだからっ! でも、それは絶対あんたじゃないっ! あんたになんか絶対奢ってやらないんだから――――――ッ!! それからは極力伊吹を避けるように心掛けた生活を送った。 本当は、パパに伊吹の酷さをチクって、 「もう一緒に暮らすのやだ! お願い!また2人の生活に戻ろうよっ!」 って訴えてもよかったんだけど、パパの、 「いや〜・・・ 食卓がにぎやかだと嬉しいね」 なんていう幸せそうな顔を見ていたら、そんなこと言い出せなかった。 それに、伊吹には頭にくるけど法子さん自身はいい人だし・・・ それにしても、伊吹の二重人格っぷりには驚く。 パパや法子さんがいるときはあたしにも笑顔で接するくせに、周りに誰もいなくなると途端に嫌なものでも見るような目つきになる。 朝食の後片付けも、 「母さんも働いてるんだしさ、家事はみんなで分担しようよ。 とりあえず、朝の食器洗いはオレたち交代でやるから!」 とか調子いいこと言ったくせに、実際は、 「お前食うの遅すぎ! 待ってんのタルいからお前が洗っとけよ!」 と言って、さっさと学校に向かってしまう! それから、 「お前と知り合いだと思われるのヤだから、学校で声かけんなよな!」 とも言われた。 誰がかけるかっ! あ〜〜〜っ! 本当にムカつくっ!! そんなある日、ちょっとした事件が起こった。 あたしが被服の課題が授業時間内に終わらなくて、家でやろうとしたときのことだ。 伊吹たちが引っ越してくるからって家を片付けたせいで、ミシンをどこにしまったのか分からなくなってしまった。 納戸にあることは確かなはずだから・・・と、あたしがごそごそと納戸を探っていたら、 「何やってるの?」 と法子さんがやってきた。 「ミシンを探してるんです。 被服の課題が終わらなくて・・・」 と言ったら、 「じゃあ、私も一緒に探してあげる。2人の方が早く見つかるわよ」 と申し出てくれた。 納戸は4畳ほどの広さなんだけど、ちゃんと整理していないせいで何がどこにあるのか分からない状態だった。 一緒に探していたら、間もなく法子さんの方がミシンを見つけた。 そのミシンを法子さんが持ち上げようとしたときだった。 法子さんが手を滑らせたかなにかして、ミシンが派手な音を立てて床に落ちた。 「だ、大丈夫ですかっ!?」 あたしは慌てて法子さんの傍にしゃがみこんだ。 法子さんはちょっとだけ顔をしかめながら、 「大丈夫よ。 それよりミシンが・・・」 「あ・・・」 ミシンは外側のケースが割れていて、勢いでボビンまで飛び出してきている。 もしかしたら・・・ 動かないかもしれない。 ミシンが壊れていたとしたら課題が進まなくて困るけど、まあ、法子さんに怪我がなかったから、いっか・・・ と思っていたら、 「何っ!? 今の音っ!!」 ともの凄い勢いで伊吹が納戸に飛び込んできた。 床に座り込んでいる法子さんと、その傍に転がる壊れたミシンを見て絶句している。 「あ・・・ あたしが課題で使うミシンを探してて・・・」 と状況を説明しようとしたら、 「バカッ! 母さんに重いもの持たせるなよっ!!」 と怒鳴りながら伊吹があたしを突き飛ばした! 「伊吹っ! 違うの! お母さんが勝手に転んだだけなの! 怪我もしてないし・・・」 法子さんが慌てて伊吹をなだめていたけど、伊吹は全然聞かないで、 「腕大丈夫? 怪我・・・怪我とかしてないっ!?」 と法子さんの全身をチェックしている。 |
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突き飛ばされたあたしは勢いで棚に肩を強打したけど、伊吹はあたしのことなんかには目もくれない。 「伊吹っ!」 法子さんが怒鳴るようにそう言って伊吹の腕をつかんだら、やっと伊吹も我に返ったみたいだ。 「お母さんは大丈夫だって言ったでしょ? それよりナナちゃんに謝りなさい。ナナちゃんは全然悪くないんだから!」 そう言われて、ノロノロと伊吹があたしの方に顔を向ける。 そして口を開いて・・・ 「・・・・・」 何か言おうと・・・ 多分、法子さんにも言われたし、謝ってくれようとしたんだろうけど・・・ 伊吹の口からは何も言葉は出てこなかった。 ―――謝る気はないらしい! 目の奥が不意に熱くなってきた。 そこからとんでもないものが飛び出す前に、 「もういいっ!」 と、あたしは納戸を飛び出した。 なんで? なんであいつはあたしにだけそんな冷たいのっ? あたしなんかした? パパが再婚するって聞いてショックだった。 けど、子供っぽいワガママでいつまでも困らせちゃいけないって賛成してあげた。 法子さんとだって上手くやって行こうって・・・あたしなりに気だって使ってる。 なのに、なんであたしがこんな思いさせられなくちゃいけないの? ―――もう我慢できないっ! 「・・・・・お前・・・」 夜、あたしが伊吹の部屋をノックしたら、伊吹は一瞬あたしの全身に視線を這わせたあと、 「何か用かよ?」 と、またいつものようにバカにした視線をあたしの顔に向けた。 「出てって!」 「は?」 「出てってって言ってるの! この家からっ!!」 伊吹は一瞬黙ったあと、 「なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ。お前の父親に言われるなら分かるけど」 「ここはあたしとパパの家だもん! それにパパはあたしの事が一番大切なのっ! 本当は法子さんよりもあたしの方が好きなんだからねっ! あたしがお願いしたら、あんたなんかすぐに追い出してくれるよっ!」 あたしがそう怒鳴ったら、伊吹は、 「・・・・・やっぱお前はサイテーだな? 最初に思った通りだよ」 とまるで汚いものでも見るかのような目つきであたしを見下ろした。 「そーゆーあんたは見た目と全然違うよねっ! この二重人格者! なんでそんなに態度違うわけっ!? みんなとあたしと!」 「オレだってちゃんと人見てんだよ! まともな人間には普通に接してるし」 「あたしがまともじゃないって言うのっ!?」 「分かってんじゃん!」 あたしたちが2階の廊下でそんなことを言い合っていたら、 「どーした〜?」 と階下からパパが声を掛けてきた。 「な、なんでもな―――い!」 慌ててそう返事をした。 パパはそれ以上声を掛けてくることはなく、そのままリビングに引っ込んでくれたみたいだ。 「と、とにかく出てって!」 小声で続きを再開させる。 伊吹も心持ち小さな声で、 「だから、まともなオレが出て行く理由がないだろうって言ってんだよ。 頭悪いな?」 「あんたよりはいいと思うけどっ!」 伊吹が特進クラスなのも忘れて、思わずそう言ってしまった。 途端に伊吹が馬鹿にしたような笑みを顔中に広げる。 「ゴメンゴメン。 オレ勘違いしてたみたい。 お前何組だったっけ? もしかしてオレと一緒?」 頭に血が上る。 「だったら凄い失礼なこと言っちゃったよな。 ホントゴメンな〜?」 伊吹が笑いながらあたしの顔を覗き込んだ。 自分でも怒りで顔が真っ赤なのが分かる。 「とっ、特進だからって全員が頭いいってワケじゃないんだ? だって、あんたみたいなのだって入れるんだからさっ!」 あたしの悔し紛れの切り返しにも、伊吹は、 「あ〜、はいはい! オレはお前より頭悪いですよ? これで満足? 文系ちゃん」 とバカにするだけで、本気で相手にしようとしない。 そしてそのまま自分の部屋に引っ込もうとする。 「ちょっと待ちなさいよっ!」 閉まりかけたドアに慌てて手を掛けた。 「なんだよ? 文系!」 「じゃあ、ちゃんと勝負しようじゃない!」 「・・・はぁ?」 伊吹が眉間のしわを深くする。 「今度のセンター模試。 あんた受けるんでしょ?」 今度の日曜日、某有名予備校主催の全国センター模試がある。 まだ2年生になったばっかりだし、希望者のみが受けるテストだからあたしの周りで受ける子はかなり少ない。 けれど特進クラスの子は、今から再来年のセンター試験に照準を合わせて殆どの子が受けると聞いている。 「決まってんだろ。 文系」 文系文系言うなっ! 「じゃあ、それで勝負しようよ!」 「は?」 「あんたがバカにする文系で! 国語もちゃんと受けてよ!」 悔しいけれど、こいつが言うとおりトータルでは絶対特進クラスに勝てるわけがない。 だけどあたしは、国語だったらちょっとは自信がある。 もしかしたら伊吹と張れるくらい・・・ううん、伊吹よりいい点数取れるかもしれない! 目指してる大学やその学部によっては国語に力を入れてない生徒もいる。 だから国語は、模試を受ける受けないの選択も出来るようになっている。 これで伊吹が国語に力を入れていなかったらラッキーだ。 もしかするともしかするかもしれない! 「それで負けたら出てって! この家から!」 伊吹があたしの顔を見下ろす。 あまりに一方的な条件だったし、また何か言ってくるかと思ったら、伊吹は、 「・・・いいよ」 と意外にもあっさりと肯いてくれた。 「ほ、本当っ!?」 思わず確認する。 伊吹は肯きながら、 「いいよ。負けたら出てってやるよ。 ・・・その代わり条件がひとつある」 とあたしの前に指を1本立てた。 「な、なによ・・・」 まさか、国語だけじゃなく他の教科も受けろとか言い出すんじゃないでしょうね? とあたしが身構えたら、 「もしオレが負けたとして・・・ 出て行くのはオレだけだ。 母さんはこの勝負には関係ないからな」 と伊吹が真面目な顔であたしを見た。 何か難しいことを言われるのかと思って身構えていただけに・・・ ちょっと驚く。 ―――法子さんのことは全然考えていなかった。 「わ、分かった! 元々法子さんには全然不満なんかないしっ! あたしはあんたさえ出て行ってくれればいいだけだからっ!」 「・・・ならいい」 法子さんのことなんか持ち出してきたけど・・・ それはやっぱり法子さんのことを思い遣っているから? 法子さんはあたしのパパとは愛し合ってるわけだし、息子としてそれを引き裂くのは悪いと思ってる? ・・・ふんっ! マザコンめっ!! その気遣い、少しはこっちにもしろってーのっ! でも、そうとなったら勉強しなきゃ! 一応得意教科ではあるけれど、それは他の科目よりって意味だし・・・ それに特進クラスは確かに理系に力を入れてるけど、だからといって国語に対して手を抜いているというわけじゃないかもしれない。 いつもは学内の定期考査にすら力を入れないあたしだけど、今度ばかりはそうはいかない。 このテストであたしの今後が決まってくるんだから!! あたしが意気込んで自分の部屋に戻ろうとしたら、 「・・・あ。 待てよ!」 と伊吹が声を掛けてきた。「ところでさ、オレが勝ったらどうなるわけ?」 「え?」 「オレが負けたときのことはそれでいいよ。お前の言うとおりにする。 で、オレが勝ったときはお前何してくれんの?」 「・・・・・」 思わず言葉に詰まってしまった。 伊吹が勝ったとき―――・・・? ・・・・・そんなこと考えてもみなかった。 っていうかあたしが負けても、「伊吹が出て行く」っていう話がなくなるだけだと思ってた・・・ けど良く考えたら、伊吹が言うことも・・・・・ もっともだよね・・・ あたしが黙っていたら、伊吹は、 「ま、同じ条件でいっか。分かりやすいしな」 と呟いた。 ―――同じ条件? 「負けた方が出て行く。 んじゃ、そーゆーことでヨロシク!」 伊吹はそう言うと、今度こそ自分の部屋に引っ込んでいった。 廊下に静けさが戻ってくる。 その静かな廊下で1人たたずむあたし・・・・・ 負けた方が出て行くって・・・・ え? もし・・・ もしあたしが負けたら、あたしがこの家出て行くってことっ!? さっきまで沸騰直前に頭に上っていた血が、一気に下がっていく。 そしてそのままフリーズしかけた頭を必死に振った。 こうしちゃいられないっ! あたしは慌てて自分の部屋に戻ると、今まで買ったままだった問題集や参考書を机の上に積み上げた。 伊吹には負けられない! 絶対に―――・・・ッ!! |
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このときのあたしは、この賭けのせいでとんでもないことになるなんて予想だにしていなかった・・・ |
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