ひとつ屋根の下   第1話  最悪な同居人@

「ナナ、おはよう!」
朝。 そうあたしに挨拶をしながら、パパがダイニングテーブルの上にお皿やコップを並べた。
ハムエッグとインスタントのポタージュスープから、美味しそうな香りと湯気が立っている。
いつもはそれにロールパンが添えられているんだけど、今日はクロワッサンになっている。
多分、ルチアのクロワッサンだ。
・・・・・パパ、早起きして買いに行ってくれたんだ。
ルチアというのは近所のパン屋さんで、小さいけれど美味しいと評判のお店だ。
特に人気なのが、表面がサクサクとして でも中はしっとりとしていて、そしてほんのり甘いクロワッサンだ。 すごく人気があるから売り切れるのが早い。
1日に何回か焼かれるんだけど、朝イチのをゲットしようとしたら開店前にお店に行かないとならない。
あたしがこのクロワッサンを好きだってことはパパも知っている。 だから、パパはあたしのために買いに行ってくれたんだ。
けれど・・・・・
「・・・・・・・・・」
あたしはパパにお礼も、挨拶すらしないでテーブルに着いた。
「いや〜、なかなか買えないってナナ言ってたけど、ホントにすごい人気なんだなっ!? パパが買ったのが最後だった!」
パパがあたしのご機嫌を取るためにそんなことをしてるっていうのは目に見えていたから、本当だったらこのクロワッサンに釣られちゃいけないって分かってるんだけど・・・・・
でも、クロワッサンの誘惑には勝てず、それを頬張るあたし。
―――至福の美味しさ・・・
本当はゆっくり味わいたいんだけど、パパといつまでも顔を合わせていたくないから、さっさと朝食を済ませて席を立った。
「ナナッ!」
あたしがカバンを持って無言で玄関に向かったら、パパが追いかけて来た。
「ナナ・・・・・ ごめんな?」
パパに背中を向けたまま靴を履く。
「・・・・・・」
「そんなに怒らないでくれよ・・・・・ ナナに反対されたら、パパ・・・ 泣いちゃうよ」
パパのセリフに、靴を履きかけていた動きを止める。
「ナナが大好きなんだ。 だから、ナナには分かって欲しくて・・・」
あたしの背中で、パパが懇願と言ってもいいくらいの声を出す。
あたしだってパパが大好きだ。
出来ることならパパを困らせたり泣かせたりなんかしたくない。
でも・・・・・
―――先に裏切ったのはパパの方だ!
「〜〜〜パパなんか大っきらい!!」
あたしはそう怒鳴ると、振り返りもせずに玄関を飛び出した。

あたしの名前は、倉本ナナ。 地元の公立高校に通う高校2年生。
学力レベルも県内で中くらいのこれといった特色もない普通の高校で、これまた中くらいの成績でいるのがあたし。
見れないほどじゃないだろうけど、だけどみんなに振り返られるような美人でもない・・・・・ やっぱり、見た目も普通な女子。 それがあたしだ。
強いてみんなとちょっと違うところを上げるとするなら、あたしにはお母さんがいなくてパパと2人っきりで暮らしているということくらい。
けれど、今どき片親なんて珍しくもないし、それを引け目に思ったこともなければ誰かに何か言われた事もない。
あたしのお母さんは、あたしが5歳のときに死んだ。
あたしの弟か妹になるはずだった子を身篭ったまま・・・・・
詳しくは知らないけど、切迫・・・ナントカで救急で運ばれたときの処置が悪かったらしい。
当時まだ幼稚園児だったあたしは、突然お母さんがいなくなって大泣きだったらしい。
それでもパパは仕事があるし親戚も近くには住んでいなかったから、誰にもあたしの世話が頼めなかった。
そこでパパは、家事やあたしの世話をしてくれる家政婦さんを雇ってくれた。
でも、パパは家政婦さんにあたしを任せっきりにしていたわけではなく、それまで休みと言えば、接待だ、ゴルフだ、と出かけてばかりいたパパが、出来る限りあたしと一緒に過ごしてくれるようになった。
みんながお母さんに来てもらっていた平日の授業参観にも、パパは会社を休んで来てくれた。
見た目も中身も若いパパは周りの友達やそのお母さんたちからも羨ましがられていて、そんなパパはあたしの自慢でもあった。
そんなわけで、お母さんがいなくなってすごく悲しくはあったけど、それで不便に思ったり寂しい思いをすることは殆どなかった。
あたしが高校生になってからは、家政婦さんも断っている。
お母さんがいなくなって12年で、あたしもある程度の家事は出来るようになっていた。
多少・・・ お料理とかはまだアレだけど・・・・・ でも、パパと二人きりの生活にとても満足している。
ときどき、
「軽くファザコン入ってるかも?」
と自分でも思う。
年齢イコール彼氏イナイ歴なのは、もしかしたらパパのせいかもしれない・・・と、この頃では真剣にそう思う。
そんなあたしの大好きなパパが、3日前とんでもないことを言い出した。

「えぇっ!? 再婚っっ!?」
「うん・・・・・」
大好きなパパが顔を赤らめる。
あたしが作ったカレーで夕食を終えたあと、二人でテレビを見ているときだった。
「ちょ、ちょっと待って!? 再婚って・・・ まさか、パパ・・・が?」
「うん」
さらに顔を赤くするパパ・・・・・
な、なんでなんでっ?
「ナナももう高校生になった事だし、そろそろいいかなって・・・・・」
ちょっと待って?
あたしが高校生になったことと、パパの再婚とどう関係があるわけっ!?
全然分かんないんだけどっ!!
大体パパ、そんな・・・ 好きな人がいるとか、そんな素振り見せたことなかったじゃん!
―――・・・
――――――・・・はっ! まさかっ!?
あたしの家事じゃ、やっぱり不満とかっ!?
あたしが、
「もう高校生だし大体のこと出来るから、家政婦さん断ろうよ。 お金だって馬鹿になんないしさ!」
なんて言って家政婦さん辞めさせたりしたから・・・?
だから、再婚とか言い出しちゃったわけ・・・・・?
「あたし頑張るからっ!」
慌ててパパの前に正座をした。
「え?」
「ちょっとまだ和食とか苦手だけど・・・ 今日のカレーなんかケッコー美味しく出来たと思うしっ! これからもっとレパートリーだって増やすしっ!」
「ナ、ナナ?」
パパが驚いた表情であたしの顔を覗き込む。
「どうしてもあたしのお料理じゃヤダって言うなら・・・ また家政婦さん雇ってもいいからさ! その分のお金はあたしだってバイトとかするし・・・・・」
だから、再婚するなんて言わないでよ・・・・・
パパが優しい顔であたしを見つめている。
そのパパの目を見ていたら、急に目の奥が熱くなってきて思わず俯いた。
「・・・・・ナナ」
そのあたしの顔を、パパが両手で挟むようにして上に向かせる。
「すぐに上手にはなんないかもしれないけど・・・ あたし、頑張るよ・・・・・」
「そーじゃないんだ、ナナ」
「・・・・・え?」
「家事がどうとか言ってるんじゃないんだ」
「??」
パパの言っていることが良く分からなくて、今度は逆にあたしがパパの顔を覗き込んだ。
え・・・・・? だって、家事が不便だからそんなこと言い出したんでしょ?
家政婦さん雇ったりしたらお金がかかるから、だから再婚しようと・・・
「パパな・・・」
そこで言葉を詰まらせるパパ。
心なしか、さっきよりも顔が赤い・・・
ちょっと間を空けたあと、思い切って!という感じでパパが顔を上げた。
「パパな、好きな人がいるんだ!」
「好き・・・・・」
―――好きな人・・・・・って・・・・・?
・・・・・ああ、好きな人ね! 一瞬、何言われたのか分かんなかったよ!
パパの好きな人? 知ってるよ!! あたしでしょっ!?
小さい頃から何回も、
「ナナ〜〜〜! 大好きだよっ! 世界で一番・・・いや、宇宙で一番大好きだっ!」
って言われてるし、そんなこと今さら言われなくたって分かってるって!
「実は3年前くらいから想ってたんだけど・・・ なかなか告白出来なくて・・・」
・・・・・3年前?
あたし、今年17ですけど?
「去年ナナが高校に上がったときに、やっと気持ち伝えられたんだけど、でも断られて・・・」
えっ? あたし、断ったことないよね? パパの告白・・・・・
「だけど諦め切れなくて、ずっとアタックし続けてたら先週やっとOKもらえてさ。 今度家族で一緒に食事でもしましょうってことに・・・・・」
アタック・・・って・・・ パパ、ずいぶん古い言葉使うなぁ。
見た目若いしカッコいいんだから、もっとイマドキな言葉使った方がいいよ?
―――・・・ じゃ、なくてっ!!
「パ、パパっ! 好きな人いたのっ!?」
驚きすぎて声が裏返ってしまった。
「うん」
まるで中学生のようにテレた顔をするパパ。
あたしが動揺している間に、パパは好きな人が出来た経緯をかいつまんで説明していた。
けれどあたしは、その殆どを頭に留めることが出来なかった。

なんで・・・ なんでなの? パパっ!
いや、パパだって男としてまだ若い方だと思うよ?
42歳には見えないし・・・ 実際、30台半ばだって言っても全然通用するし、気だって若いから(ときどき古臭い言葉使うけど)まだ恋愛だって全然現役でイケると思うけど・・・・・
でも、でもでも・・・・・

パパが知らない女の人好きになるなんて、絶対ヤダ――――――っ!!
「ナ〜ナ! どーしたのよ? 最近チョー機嫌悪いじゃん!」
放課後。 クラスメイトで友達の里香が声をかけてきた。
「・・・・・ちょっとね」
あたしは不機嫌さを隠しもしないで、椅子の背もたれにダラリといった感じで背を預けて座っていた。
もう授業はとっくに終わってるし、帰り支度だって出来ている。
「帰んないの? ナナがこんな時間まで残ってるなんて珍しいじゃん。 今日水曜日だよ?」
何も部活に入っていないあたしは、今まで用事がない限りまっすぐうちに帰っていた。
特に水曜日は、不動産業界に勤めるパパのお休みの日で、授業が終わるとソッコーで帰っている。
けれど、パパの再婚の一件で今朝も揉めたし・・・なんとなく帰りづらくてあたしはグズグズと教室に残っていた。
こんなことをしてパパを困らせたって、なんの意味もないことは分かってる。
子供っぽいわがままだって事も分かってる。
パパはあたしのパパだけど、それと同時に一人の男の人だ。
お母さんが死んでもう12年も経ってるし、まだ若いんだし、自由に恋愛をする権利がある。
頭ではそう分かっているのに、感情が付いていかない。
パパにはずっと、死んだお母さんだけを想っていて欲しかった・・・
ずっと、あたしだけのパパでいて欲しかった・・・・・
「なんか悩みでもあんの? だったらチョー相談乗るし!」
里香があたしの顔を覗き込んでくる。
里香は、格好も言動も割りと派手な方で、先生たちから色々言われることも多い子だけど、不思議とあたしとは気が合う仲のいい友達だ。
あたしはすぐ周りに埋もれてしまいそうなフツー女子だけど、里香はただそこにいるだけで目立つていうか、華がある。
ノリもいいから男子にも女子にも好かれている。
ただ、ときどきそのノリが良すぎて失敗したりするんだよね。
性格も明るいしちゃんと謝れる子だから、あたしもみんなも笑って済ませられるんだけど・・・
「う〜ん・・・ 悩みっていうか・・・」
いくら仲のいい里香でも、パパの再婚の話はしづらい。
・・・っていうか、話したら、
「やっだ、ナナ! そんなことで機嫌悪かったわけ? チョーファザコンじゃん!」
とか言われそうで・・・・・ 言えない。
「ちょっとパパとケンカしちゃってさ!」
とりあえずあたしがそう誤魔化したら、
「なーんだ! ナナ、お父さんと仲良しだもんね〜!」
と里香は笑って、「・・・・・そうだ!」
直後にいい事を思い付いた、という顔になった。
「? なに?」
「ナナさ、すぐに帰りたくないんなら、ちょっと付き合わない?」
「え? いいけど・・・ どこに?」
「楽しいとこ! お腹すいてない? ご飯も食べられるよ!」
「え・・・ あたし、あんまお金持ってないけど・・・」
ご飯も食べられるところって・・・ ファミレスとか?
あたし、今月のお小遣いそろそろヤバいんだよね・・・ 外食する余裕なんかないよ・・・
・・・ていうか、晩ご飯はよっぽどの事がない限りパパと食べるって決めて・・・・・
と、思いかけて、
はっ! なに言ってんの? あたしっ!!
そのパパとは今ケンカ中(・・・あたしが一方的に怒ってるだけだけど・・・)で、顔合わせたくないからこーやって時間潰してたんじゃん!
と、慌てて首を振る。 あたしが慌てている間に、
「だーいじょうぶだって! お金ならあたしも持ってないし。 ホラ!これ着て!」
と里香は自分のカバンから大きめのカーディガンを取り出した。
「は? 何これ・・・ なんでこんなの着るの?」
「ん? 学校がバレないように」
そう言いながら、里香があたしのブレザーを脱がせてカーディガンを被せる。
「バレるって?」
「いーから、とにかく行こっ!」
よく意味が分からないまま、二人で教室をあとにした。

「おっ! 大塚愛〜! 誰〜〜〜?」
「あたしでーす♪」
里香はマイクを受け取ると、イエーイと言いながらモニターの前に移動して行った。
あのあと、あたしたち二人はカラオケボックスに来ていた。
いや。
正確に言うとあたしたち二人だけじゃなくて、里香とあたしと・・・ あと知らない男子が3人・・・・・
学校を出たあと、里香に引っ張られるようにして行ったのは駅前広場だった。 よく待ち合わせに使われる場所で、平日だって言うのに結構な人がいる。
みんな誰かを探すような視線を周りに向けたり、ときどきケータイをいじったりしながら突っ立っている。
「なに? もしかしてあたしたち以外にも誰か来んの?」
「うん」
「誰?」
「う〜ん、とぉ・・・」
と言いながら、里香もみんなと同じように周りに視線を走らせている。
里香は交友関係が広い。
学内はもちろん学外にも友達がいっぱいいて、一緒に歩いているとあたしが顔も知らないような子から声をかけられたりている。
だから、もしかしたら今から来る子もあたしが知らない子かもしれない。 里香もハッキリ名前を言わないし・・・
だとしたら・・・ ちょっとやだなぁ・・・
あたしは仲のいい友達とはケッコーはじけて遊べるんだけど、そうでもない子といるときは割りと大人しくしてる方だったりする。
パパに言わせると、
「ナナは内弁慶だからなぁ」
という事らしい。
どうしよう・・・ 今のうちに断って帰る?
気晴らしするつもりで里香についてきたけど、知らない子がいたら逆に気を使って疲れちゃうかもしれないし・・・
「あ、あのさぁ、里香? あたしやっぱり・・・」
とあたしが思い切って断ろうとしたら、
「ねぇねぇ? キミら誰か待ってんの?」
と背後から声をかけられた。
「えっ?」
驚いて振り返ったら、あたしたちと同じ歳くらいの男の子が3人立っていた。
3人とも髪は黒くなくて、耳に沢山ピアスを付けている。
こんな格好で学校に行って怒られないのかな・・・?
なんてことを考えていたら、
「ううんっ! あたしたち二人だけ〜!」
と里香が笑顔を作った。
「はっ?」
あれ? 里香さっき、他にも誰か来るみたいなこと言ってなかったっけ?
「んじゃさぁ、オレらとどっか遊びに行かねー?」
「行く行くぅ〜! あたしちょっと歌いたいな! お腹もすいたしっ!」
「よっしゃ! んじゃカラオケ行くべ!」
と言うが早いか、里香とその男の子たちはさっさと場所を移動しようとする。
「ちょ、ちょっと、里香っ!?」
あたしは慌てて里香の腕をつかんだ。里香があたしの方にちょっとだけ顔を向ける。
「ん?」
「カ、カラオケ行くの? っていうか、これって・・・ もしかしてナンパじゃないの?」
先を歩く3人に聞こえないように、里香の耳元でそう囁いた。
「だね」
「だね・・・って」
分かっててついて行くの? な、なんで・・・?
あたしの心配が顔に出たのか、里香は、
「そんなに心配しなくたって大丈夫だって! 一緒に歌ってご飯食べるだけだし」
とあたしの腕を組んだ。
「そー、なの? ・・・っていうかあたし、カラオケ行くようなお金持ってないよ・・・」
「あたしだって持ってないって!」
「え?」
「とにかく大丈夫だから、行こ!」
結局、そのまま里香と男の子たちと一緒にカラオケに行くことになってしまった。
「とりあえず〜・・・ 3時間で!」
と言って入ったカラオケで、2時間ほど歌ったときだった。
「あたしちょっとトイレ〜! あ、1人じゃヤだからナナもついて来て?」
と里香に部屋の外に連れ出された。
あたしもちょうどトイレに行きたかったし、里香がいない部屋で知らない男の子たちに囲まれている勇気もないから、言われるまま立ち上がった。
「ナンパってもっと怖いイメージあったけど、結構楽しいね〜」
誘われてついて行ったらイキナリ襲われるとか、挙句の果てにお金巻き上げられたりとか? そんなイメージ持ってたけど・・・
全然違うじゃん。
男の子たちも初対面で緊張しているあたしに色々話しかけてくれたりして、ケッコー話しやすいし・・・
「見た目派手な感じだけど、ケッコーいい子たちだよね?」
あたしがそう言いながらトイレに向かおうとしたら、里香は早口で、
「初めのうちはね。 あの子たち桜台の商業科だよ」
「え? どこ?」
「行くよ!」
そう言うと、里香はトイレとは逆の方向、出口に向かって歩いていこうとする。
「里香? どこ行くの?」
「帰るの。 ナナも急いでっ!」
「え? だって、みんなに何も言ってないし、カバンだって・・・」
「ナナのカバンならあたしが持ってきた」
「えぇ?」
驚いて里香の手元を見たら、確かにあたしのカバンを持っている。
「早くしないと、あいつらに気付かれちゃう!」
な、なになにっ!? 全然意味わかんないっ! 気付かれちゃうって、なにっ!?
まだ部屋の方を振り返っているあたしの腕を取って、
「早くっ!!」
と里香は走り出した・・・・・

「・・・・・里香。 もしかして、いつもこんなことやってんの?」
カラオケ店から大分離れた公園まで走ってきてから、里香はようやくその足を止めた。
「・・・いつもじゃ、ない」
「けど初めてでもないんでしょ?」
あたしがそう言ったら、里香は唇を尖らせてちょっとだけ目を伏せた。
「あたしだっていつもはちゃんと最後までいるよぉ。 大抵の子は奢ってくれるし。 けどさ、今日はあんまお金持ってなかったからワリカンとか言い出されても困るし、仮に奢ってもらってもあいつら代わりにヤらせろとか言い出しそうだし・・・ 知らない? 桜台の商業科ってヒドいの多いんだから!」
「だからって精算の前に逃げてきちゃったら、里香だって同じだよ? ヒドい子だって思われちゃってるかもよ?」
って、結局は一緒に逃げてきたあたしもヒドい子だって思われてるだろうけど・・・
「まだ部屋にいるかな・・・?」
食い逃げ(っていうか、歌い逃げ?)なんて出来ないし、カラオケ店に戻ろうとあたしが振り返ったら、
「・・・ナナ、お金持ってるの?」
と里香が。
「え・・・ いや・・・・・」
―――そうだった。
あたしが言葉に詰まったら、里香はあたしを見上げて、
「・・・この前、桜台の商業科と合コンやった子たちが、かなりお酒飲まされてヤバかったって」
「ヤバかったって?」
「突っ込む直前」
「突・・・・・ッ!? ウソッ!?」
思わず絶句する。
「ホント。 だからさぁ・・・」
里香が上目遣いにあたしを窺う。
確かに・・・ そんな子たちのところに戻ったら、何をされるか分からない。
そうじゃなくても、一度は逃げ出したあたしたちに気付いて腹を立てているはずだ。
挙句の果てに、ワリカンにしようにもお金も持っていない。
「金がねぇ? ふざけてんのか、あぁっ!? カラダで払え!!」
なんていう展開にならないとも限らない・・・・・
あたしが自分の想像に青ざめていたら、
「ナナ、巻き込んじゃってごめんね? もう、絶対しません。 ごめんなさい」
と、里香が顔の前で両手を合わせ、必死になって謝ってきた。
あたしもお金ないし、戻ったところで何されるか分からなくて怖かったから、
「・・・・・もう、ホントにやめなね? いつか痛い目に遭うよ? そーなってからじゃ遅いんだから・・・」
と言うしかなかった。

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