Cube!   第3話  Junior High School DAYS(後編)

「あれ? 今日はオチてるね。どうしたの?」
昼休みに入っても机にうつ伏せになったままのあたしに、絵里が声をかけてきた。
「ねぇ〜絵里ぃ。加納くんってどんな人?」
あたしは顔を上げずに唸った。
「加納クン? H組の?」
絵里は怪訝そうな声を出した。「洋子、加納クンのこと知ってるの?」
……やばっ!
絵里は加納くんに憧れてたことがあったんだっけ。すっかり忘れてた!
「ううん、知ってるっていうか……ちょっと話す機会があって。どんな人かなと思ったのよ。ほら、あの人ってなんか冷たそうなところあるじゃない?」
慌てて言い訳をするあたしを絵里は別になんとも思わなかったみたいで、
「そうねぇ。冷たいっていうか、クールって感じよね。大人っぽいってうか。他の男子が子供っぽかったから目立ってはいたわよ」
と唇に指を当てて目線を浮かせた。1年のときのことを思い出しているらしい。
「あんまり女子と話さないタイプじゃない? 苦手なのかな」
とあたしが言うと、絵里は首を振りながら、
「ううん、そんなことないわよ。女子とも普通に話してたし。ただ、スキがないっていうか、誘っても全然乗ってこないのよね〜。言わないだけで加納クンのファンだっていう子、意外といるんじゃないかな?」
あたしみたいに、と絵里は付け足した。
……よかった。余計なこと言わなくて。
この前は、
『1年のときにちょっと憧れていた』
とか言ってたけど、絵里はきっと今でも加納くんに好意を持っているに違いない。
でも……そっか。
意外と人気あったんだ、加納くん。
そうよね、結構フェロモン出してたもんね。
本人気付いてないだろうけど。
あたしは絵里の話を聞いて、ますます憂鬱になってしまった。
昨日、ちょっとパンを譲ってもらっただけでいい気になり、一緒に帰ろうなんて誘うこと自体、図々しい考えだったんだ。
ちょっといいな〜、と思ってたんだけど、これは諦めたほうがいいみたい。
……って、別にスキとかそこまで思ってたわけじゃないけどっ!
あたしは慌てて自分に言い訳をした。

翌日の水曜日は例によって部活の日だった。
なんか気が抜けちゃって、正直部活なんてどうでもよかったんだけど。
加納くんが戸締り当番の日だから、なんて心のどこかで期待しちゃってる自分がいて……
ホントにあきれる……
気付いたら練習時間は終わっていて、みんな帰り支度をしていた。
あたしもノロノロと帰り支度を始めた。
―――今日も加納くんが戸締りに来るはずだから、残って待ってようかな……
―――いや、そんな不毛なことしないで、スッパリ諦めちゃったほうがいいに決まってる!
でも……
と、その2つの思いがぐるぐると脳内を駆け回っていた。
ふと気付くと、音楽室にはもう誰も残っていなかった。
どうしよう。
そろそろ帰らないと、本当に加納くんが戸締りにやってくる。
あたしはカバンを肩にかけたまま、音楽室内に突っ立っていた。
すると、ふいにドアが開いた。
―――来たっ!!!
心臓が大きく跳ね上がった。
「……洋子ちゃん」
でも、そこに立っていたのは加納くんではなく、倉橋先輩だった。
な、なんだ…… 先輩か。
「あ、先輩。まだ残ってたんですか。もう帰られたと思ってましたよ」
今日は珍しく何も誘ってこなかったと思ったら、まだ残ってたんだ?
やだなぁ、また誘われたら。どう言って断ろう。
先輩は後ろ手にドアを閉め音楽室に入ってきた。そしてあたしの目の前に立つと、黙ってあたしを見下ろしてきた。
「先輩?」
黙ったまま突っ立っている先輩の顔を覗き込もうとしたとき、逆に先輩の顔が近付いてきた。
「!? 何するんですかっ!」
あたしは驚いて後ろに飛び退いた。
もうちょっと遅かったらキスしてしまうところだった。
「洋子ちゃん、何か勘違いしてないかな」
先輩は首をかしげながらあたしを見つめた。
「勘違い?」
先輩の言ってる意味が分からない。一体あたしが何を勘違いしてるっていうんだろう。
あたしが戸惑っていると、
「僕が洋子ちゃんを振るなら分かるけど、洋子ちゃんが僕の誘いを断るのっておかしくない? ねぇ、おかしいよね?」
と肩を強くつかまれた。
「ちょっと、放して下さい!」
叩くように先輩の手を振り払った。勢いで楽譜がこぼれ落ちる。
「ほうら、やっぱり勘違いしてるよ。……間違いは正さなきゃ、ね」
と言いながら先輩が口の端を上げる。
あたしはカバンを胸の前で抱きしめるような格好で、先輩との距離を取ろうとしていた。
けれど、確実に不利だった。
せめて自分がドア側だったら一気に駆け出して逃げていけるのに。
「洋子……」
と先輩が再びあたしの肩をつかもうとしたとき、また入り口のドアが開いた。
あたしと先輩が驚いて振り向くと、そこに立っていたのは加納くんだった。
加納くんはあたしたちがいることに気が付くと、
「あ、まだ残ってたんですか。帰るときは生徒会室に一声かけていってくださいね」
と音楽室を出て行こうとした。
あたしは、
「か、加納くんっ!」
と慌てて加納くんを呼び止めた。加納くんが振り返る。
「い……一緒に帰らない?」
「え……」
加納くんが微かに目を見開く。
この前同じように誘ったときはすぐに断られた。
けれど…… お願い! 断らないで!!
加納くんはあたしを見たあとチラリと先輩を見て、再びあたしの方を見た。
「……いいよ。一緒に帰ろう」
―――え?
今、いいって言った? 本当に?
よ、よかった〜!!
あたしが驚きながら安堵の溜息をつくと、
「〜〜〜ッ! そーゆーコトかよっ!」
と先輩が吐き捨てるように言った。「ガキが色気づいてんじゃねぇぞっ!」
先輩は捨て台詞を残し、どすどすと足音荒く音楽室を出て行った。
た、助かった……
あのまま加納くんが入ってこなかったら、本当に貞操の危機だったかもしれない。
いつもはフェミニストを気取っている先輩が、まるで別人みたいで本当に怖かった。
「あ、ありがと……」
呟くようにお礼を言い、思わずその場にしゃがみ込む。
多分加納くんは、入ってくる直前までのあたしと先輩のやりとりを知らないはず。
だから、あたしが一緒に帰ろうって言ったときは、なんとなく雰囲気を察知して助け舟を出してくれたんだろうと思う。
一緒に帰ると言ってくれたのはその場限りの口合わせだったと思うけど、それでもいい。
心底うれしかった。
諦めたほうがいいと思っていただけに、この出来事は涙が出るくらい感動した。
改めて加納くんにお礼を言おうと顔を上げると、もうそこに加納くんの姿はなかった。
いつの間にか音楽室を出て行ったらしい。
先輩も出て行ったし、もういいだろうと思って帰ったのかもしれない。
大丈夫だった?とか、そんなセリフくらいあるかなと思っていたんだけど。
もしかして……呆れられちゃったのかな。先輩とのあんなところを見て。
たった今感動したばっかりなのに、またすぐに落ち込む。
あたしは気落ちしたまま散らばった楽譜を拾い集めると、支度を整え直して音楽室を出た。
すると、音楽室の外の廊下に、加納くんが壁にもたれるようにして立っていた。
目線を下げていた加納くんはあたしに気付くと、
「支度できた?」
と壁から離れた。
「加納くん……どうしたの?」
てっきり生徒会室に戻ったと思っていたのに。
「一緒に帰るんだろ」
よく見ると加納くんも肩にカバンをかけている。
「え、でも…」
あれはあの場を切り抜けるために合わせてくれただけじゃなかったの?
あたしが戸惑っている間にも、
「内沢んちどこ?」
と加納くんは昇降口に向かって歩き出している。
「中山町だけど……」
と答えながらあたしも慌ててその後を追った。
え? 加納くん、本当に一緒に帰ってくれるの?
「でも……戸締りはいいの?」
戸惑いながら加納くんの背中に問いかけると、加納くんはちょっと振り返って、
「もう1人役員がいたから、そいつに任せてきた」
となんでもないことのように言った。
校門を出て学校前の坂を下っていると、道路を挟んで建っている高等部からカップルらしい2人が出てきた。
あたしはふと、自分たちもそんなふうに見えるのかな、なんてことを考えた。
ううん、見えるわけないわね。こんなに離れてるんだもん……
あたしは加納くんの2メートルくらい後ろをついて歩いていた。
そのままトボトボと加納くんのあとをついて歩いていると、急に加納くんが振り返った。
「ごめん、早いか?」
「あ、ううん。大丈夫よ!」
あたしは加納くんに駆け寄り、彼と並んで歩きはじめた。
この前パンをもらったときは、
『もっと加納くんと話がしたい!』
って、慌てて話題を探していたのに、今日はそんな会話がなくてもとなりを歩けるだけで嬉しかった。
駅について、加納くんがあたしと同じ下り方向のホームに上がってきた。
へぇ。加納くんちもこっち方向なんだ? 全然知らなかった。
今まで1度も同じ電車になったことなかったけど、通学時間が違ってたのかしら……
そんなことを考えていたら、あっという間に中山町の駅に着いた。
加納くんちはこの先か…… どこの駅で降りるんだろ?
「加納くんちってこの先なんだ? なに駅?」
電車が減速し始めたときに加納くんにそう聞いた。すると加納くんは、
「いや」
と小さく首を振った。
「え?」
加納くんの返事に戸惑っているうちに完全に電車は停車し、ドアが開いた。
加納くんに挨拶をして別れようとしたら、加納くんもあたしと一緒に電車を降りてきた。
「え? あの……加納くん?」
と問いかけながらハッとした。「……もしかして、加納くんちって上り方向!?」
「ああ」
加納くんが肯く。
「うそっ! なんで言ってくれなかったの!?」
普通一緒に帰るっていったら、途中まででしょ!? 方向が違ったらそこで別れるもんじゃない!
―――もしかして、わざわざ送ってくれたの……?
「遠回りになっちゃったじゃない」
つい加納くんを責めるような口調になってしまった。加納くんは、
「なんだよ。嫌なのかよ」
と微かに眉を寄せた。
「や…… イヤとかじゃなくて……」
イヤどころか、加納くんに送ってもらえるなんて…… ありえなさ過ぎて信じられない。
なんて言っていいのか分からなくてもじもじしていると、加納くんはちょっと怒ったように、
「お前、女なんだからもっと気をつけろよ。いつも1人で音楽室残ってたりするだろ。あれ、良くな いぞ」
とあたしに説教をした。
「え……なんで知ってるの? いつも残ってるって……」
たしかにあたしは、家で吹きづらいフルートを吹くために音楽室に残ることがあった。
でも、そんなときに加納くんと会ったのは2回ほどしかないはず。
「フィガロの結婚。いつも生徒会室まで聞こえてたんだよ。あれお前だろ」
うそ……
あたしはビックリして声が出なかった。
そんなあたしをよそに、加納くんは小さく溜息をつくと、
「内沢んち、ここから遠いのか?」
と聞いてきた。
あたしは駅のホームから見える自宅マンションを指差した。
「あのマンションだけど……」
「そっか。じゃ、人通りがあるから大丈夫だな」
と言って加納くんは上り方向のホームへと移動しかけた。そして思い出したようにあたしの方を振り返り、
「ああいうタイプはプライドが高いからしつこく付きまとうことはないと思うけど……まぁ、一応気を付けたほうがいいぜ」
とだけ言い残し、今度こそ上り方向のホームへと歩いていってしまった。
加納くん、倉橋先輩とのこと心配してくれたんだ……
胸がじんわりと温かくなった。
あたしは下りのホームに突っ立ったまま、反対のホームに上がってくる加納くんを待った。
階段を上がってすぐあたしに気付いた加納くんは、さっさと帰れ、と眉間にしわを寄せて顎をしゃくった。
あたしはちょっと肯いてから改札に向かった。
―――なんか、感動した。
加納くんはあたしのことなんかなんとも思っていない。それは断言できる!(悲しいけど)。
でも、特別な存在でもなんでもないあたしにここまでしてくれた。
しかも全然押し付けがましくなく……
加納くんって、なんか―――カッコいい!!
あたしは押さえられない気持ちを、まるで走ることで静めようとしているみたいに、マンションまで一気に駆けていった。

翌朝、あたしは倉橋先輩にさっさと退部届を出すと、その足で職員室に向かった。
そして担任に、
「先生。あたし、生徒会役員に立候補します!」
と宣言した。担任は涙を流さんばかりに喜んでいた。
なにしろ、候補者の締め切りは今日の放課後までだったんだから。


そして演説日。
『皆さん! 右手を上げてください!』
全校生徒が右手を上げる。『……はい、結構です。ご覧のように僕には皆さんを動かす力があります!』
3年の中谷さんが、会長に立候補してその演説を行っている。
体育館内は温かい笑いに包まれていた。
あたしは用意していた原稿に目を落とし、それを口の中で呟いた。
暗記するほど読み込んではきたけれど、全校生徒の前で演説するというのはやはり緊張する。
「立候補するのか」
となりの椅子に座っている加納くんが、顔は中谷さんの方を向けたまま話しかけてきた。
「そうよ。ヨロシクね」
あたしがそう答えると加納くんは、
「モノ好きだなぁ」
と苦笑した。あたしは、
「お互い様でしょ」
と返してやった。
「じゃ、まあ頑張って」
中谷さんに続いて、加納くんの演説が始まった。
加納くんは、1年の時から生徒会役員だったんだけど、今回は副会長に立候補するらしかった。
目を閉じて加納くん演説を聞く。
……本当にいい声してるわ。
あの声で愛の言葉を囁いてもらえるのは一体誰なんだろう。
加納くんとあたしは、見事生徒会役員に当選した。……ついでに中谷さんも。


それから2年が経ち、あたしたちは無事高等部に進学することできた。
加納くんとは生徒会で一緒だったこともあり、仲のいい友達のようになれた。
でも、お互いファーストネームで呼び合うくらいにまでなったのに、やっぱり友達以上にはなれなかった。
中学最後のバレンタインにはチョコもあげたんだけど、
「洋子は律儀だなぁ」
と完全に義理だと思われた。
高校に入ったら一緒のクラスになれるかも……って期待していたんだけど、高校は1学年12クラスもあって、また一緒のクラスにはなれなかった。
中等部から進学してきた子は全体の半分くらいいた。
仲が良かった絵里は外部の高校に行ってしまい、あたしは新しいクラスの友達と親交を深めようと頑張っていた。
そんな新しい環境にも慣れ始めたGW明け。久しぶりに加納くんと廊下ですれ違った。
「高弥! 久しぶりね」
加納くんのファーストネームは『高弥』。
なんか、いまだにそう呼ぶとき照れちゃうんだけど。
「ああ。……そういえばお前、また生徒会やるのか?」
この学園は6月で生徒会役員が入れ替わることになっている。そろそろ新しい役員決めの選挙がある。
「っていうか、推薦されたわよ。やっぱ中等部の方でやってたからだと思うけど」
「俺も」
「じゃ、また一緒にやれるわね!」
加納くんはA組であたしはJ組だったから、教室の階も違うし滅多に会うことができない。
けれど、また一緒に生徒会役員をやれば、毎日のように会うことができる!!
あたしは嬉しくてたまらなかった。
……もちろん態度には出さないけど。
2年前に加納くんへの気持ちは封印したつもりだった。
友達以上にはなれないけれど、今のままで十分楽しい。
それに加納くんのクラスの女子より、今はまだあたしの方が近い位置にいるはずだし……
でも……安心はできない。
加納くんは高校に入って、ますますイイ男に磨きがかかってきた気がする。身長も伸びてるし。
中等部から上がってきた子はともかく、外から入ってきた女の子が加納くんに目を付けないとも限らない。
それにしても、加納くんはどんな女の子が好みなんだろう。
きっと、クールで理知的な子に違いない。
それぐらいじゃないと加納くんの相手はできないと思う。
意外と、年上とかあり得るかも……
とあたしは考えていた。
ところが――……

6月に入り、生徒会の仕事が始まるのをあたしは心待ちにしていた。
「あ、内沢。このプリント1年の生徒会役員に配っといてくれ」
職員室に行ったときに、生徒会顧問の村上先生からプリントを渡された。
「はい」
あたしは歩きながらプリントを読んだ。
生徒会役員の仕事の概要だった。
多分、来週ある顔合わせのときに使うものなんだと思う。
いよいよまた加納くんと一緒にいられるんだ! 嬉しい!!
あたしは加納くんのいるA組に向かった。
昼休み中の教室はざわめいていた。その中から加納くんの姿を捜す。
……あ、いたいた!
と加納くんを見つけた直後、
「……ん?」
あたしは目を凝らした。
加納くんは昼休みだっていうのに自分の席に座っていた。
そしてその前の席にいる女の子が、加納くんと向かい合わせになるように後ろ向きに座っている。
ほとんど女の子の方が一方的に話しているようだけれど、加納くんもときどきそれに何か返したりしている。
しかも、あの加納くんが……笑っている!
いや、今までだって笑ったことはあるけど、そのほとんどが冷笑とか苦笑とかそんなものだったのに……
なのに、あんなに楽しそうに笑うなんてっ!
誰なの!? あの子は!
よく顔を見ようと、あたしは反対側のドアに移動した。
……初めて見る顔だわ。多分、高等部からの入学ね。
「あ、ねぇ。あの子誰? 加納くんと一緒にいる子!」
あたしはたまたまA組から出てきた同じ中等部出身の子に声を掛けた。その子は加納くんの方を振り返って、
「ああ、桜井さんのこと? 桜井美紀っていうの。最近加納くんと付き合い始めたらしいよ」
と教えてくれた。
……嘘でしょ?
加納くん、彼女できちゃったの!?
ショックで軽く眩暈がした。
でも……外部から来た子でまだ良かったかもしれない。
これが中学から一緒だった子だったりしたら、なんであの子なの!?とか思っちゃったかもしれないし。
それに、加納くんが選んだ相手だもの。きっと理知的で素敵な子に違いない。
あたしはA組の子に、プリントを加納くんに渡してもらうように頼むとそのまま自分のクラスへ戻った。

……何日か観察しているうちに、あたしは自分の考えが間違っていたことに気付いた。
桜井さんはあたしが想像していた加納くんの恋人像とははるかにかけ離れていた。
とてもおしゃべりで落ち着きがなく、いつも動き回っている。
しかも結構でしゃばりらしく、どこにでも顔を出している。
それから……ありえないぐらい加納くんを束縛している!
この前なんか、生徒会のことであたしが加納くんと廊下で立ち話をしていたら、桜井さんがやってきて、
「高弥、ちょっと」
と加納くんを引っ張っていった。そして、「あの子とどういう関係なの? 名前で呼び合ったりして!」
と加納くんに詰め寄った。加納くんは、
「中学から一緒に生徒会やってる子だよ」
と困ったように言い訳させられていた。
その嫉妬深さには本当に驚いた。
なによっ! 話くらいしたっていいでしょっ!!
それに、あなたよりあたしの方が加納くんとは付き合い長いんですからねっ!!!
無性に腹が立った。
加納くんはあんな子のどこが良くて付き合ってるんだろう。
見た目は……背はあたしよりちょっと小さいくらい。
髪は栗色で、ちょっとクセがあるのか毛先がカールしている。
顔は全体的に小作りで、くりっとした目が小動物 を思わせる……
……ま、まぁ、悪くはないわね。それは認めてあげる。
けれど、どうしても許せないことがあった。
あの、人前でベタベタするのだけは本当にやめて欲しい。
明らかに加納くんは迷惑している。
1回なんか、あたしが生徒会室に入っていったら桜井さんが加納くんに抱きついてキスしているところに出くわしたこともある。
加納くんは慌てて離れ言い訳しようとしていたけど、桜井さんは何食わぬ顔をしていた。
〜〜〜もう、許せない!
加納くんに対して恋愛感情は持っていない、持つまいと決めていた。
だから同じ仲間として、加納くんが桜井さんを迷惑に思っているなら相談に乗ろうと思った。
早速、加納くんと生徒会室で2人きりになったときに、
「高弥、桜井さんと付き合ってるの?」
と聞くと、あのクールな加納くんが、
「ま、まあな」
と顔を赤くしている。
〜〜〜なに、そんな顔してんのよ!
……気を取り直して話を続ける。
「高弥、ホントは迷惑してるんじゃない?」
「え?」
あたしは身を乗り出した。
「だって桜井さんってかなり強引でしょ? だから、高弥が言いにくいんだったらあたしが話つけてあげるわよ」
とあたしは肯いた。
きっと加納くんは強引に桜井さんに付き合わされているだけなのよ。
クールだけど優しいから、自分から断れないだけで……
加納くんかわいそうっ!!
とあたしが心配していると、加納くんは驚いたように目を見開いた。それから、
「洋子、何か勘違いしてるみたいだけど……」
と少し困った顔をした。「俺、イヤイヤ付き合ってるんじゃないぜ。その、なんて言うか……す、好きだから付き合ってるんだ」
と、最後はまた赤くなった顔をそむけながら言った。
え…… 今なんて?
―――嘘でしょ?
加納くんってああいう子がタイプだったの!? 信じられないっ!!
それからの加納くんは見ていられなかった。
普段はクールで落ち着いているのに、桜井さんのことになると途端にペースが崩れる。
まいったなぁ、と言いつつ、意外とまんざらでもなさそうな……
なんなのっ!?
こんなのあたしが知ってる加納くんじゃない!
……これは本当に、完全に諦めるしかないかもしれない。
今までは、心のどこかでまだ加納くんのことを想っていたところがあった。
でも、こうまで変わった加納くんを見せられたら、ああ、本当に桜井さんのこと好きなのかも、と思わざるを得ない。
そう吹っ切ってからのあたしは、逆に加納くんをからかうぐらいになった。
特に桜井さんのことでからかったときの加納くんは、本当にかわいい反応を見せてくれる。
最近ではそれが快感になりつつある。
まだ完全に想いを断ち切れていないかもしれないけど、これから薄れていくのは確実に思える。
そうなったら、あたしも彼氏作っちゃお。
加納くんぐらいの……ううんもっとイケメンをゲットしてやる!
それまでは加納くんをからかう日々を楽しもう。

「高弥〜」
「ん?」
「昨日見ちゃったわよ! 桜井さんと駅のホームで……」
とあたしが唇を突き出すと、途端に加納くんが慌てる。
「ばっ! 違う、あれはだなぁ……!」
ムキになってるムキになってる。
ようし、もうちょっとからかってやろ。
「普段クールな高弥があんなことしてるなんて、会長が知ったら驚くわね」
思ったとおり加納くんは真っ赤になり、
「お前っ、絶対余計なこと言うなよ!」
とあたしの腕をつかんだ。
「どうしようかな〜」
とあたしがわざとらしくもったいぶると、
「―――お願い、言わないで」
加納くんは両手を合わせて懇願してきた。
その言い方がかわいくて、あたしは思わず笑ってしまった。

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