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「まったく、なにが面白くてあたしたちのことからかってんのかしら。榎本くんは」 その日の帰り道。今日は生徒会の雑用を安田に押し付けて、久しぶりに美紀と一緒に駅に向かった。 学園前の坂は、まだ時間が早いこともあって生徒の姿もまばらだった。みんな学園祭準備で校内に残っているのだろう。 「多少女子には人気あるみたいだけど……あのとおりのイケメンだしね」 俺は美紀の話を聞きながら、俺とどっちが、というセリフを飲み込んだ。 くだらないヤキモチだ…… 「でも、あんまり女子とは話さないっていうか、ナンパなところは全然なかったのよね。男子とも話はするけど、特定のコと仲いいってわけじゃなさそうだし。一匹狼っていうのかな。そんな感じなのよ」 美紀はひとりで榎本の分析をしている。 「ま、いいじゃないか。榎本の話はもうよそうぜ。異装許可も特例ってことで出してやるから」 俺は早く榎本の話を切り上げたくてそんなことを言った。 「ホント? ありがと、高弥。大好きよ。お礼にキスさせてあげるっ!」 させてあげる、って……美紀がしたいだけだろ! 俺は苦笑しながらも、辺りを見回して誰もいないことを確かめ、美紀の唇に自分のそれを重ねた。 |
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しながら、そういえばしばらくキスしていなかったな、と考える。 学園祭の準備で忙しかったりケンカしていたりで、かれこれ半月くらいは美紀とまともに会っていなかったのだ。 「―――ん……っ」 美紀が息苦しそうに鼻を鳴らし、離れようとした。が、俺はそれを許さなかった。 「高弥、どうし……んっ」 俺はカバンを足元に落とすと美紀を背後のブロック壁に押し付け、唇を重ね続けた。 逃げる美紀の唇を食むように、何度も角度を変えて唇を押し付ける。 自分でも驚いたが、止めることが出来なかった。 ふいに美紀の身体が崩れ落ちた。 ビックリしてみると、まるで陸に上がった魚のようにはぁはぁと肩で息をしている。 「美紀!?」 俺は慌ててしゃがみこみ、美紀の肩に手を置いた。「大丈夫か? 具合悪いのか?」 美紀はしばらくそのまま息をしたあと、 「―――バカ。急にあんなキスされたら、こうなるに決まってるでしょ」 と顔を真っ赤にして言った。 そう言われて、なんだか急に恥ずかしくなった。 「――悪い。立てるか?」 「もう、立てなくなるほどのキスしないでよ」 美紀は少し肩で呼吸を整えてからやっと立ち上がった。 「これからは気をつける」 としか言いようがない。美紀はふふっと笑い、 「もう、高弥ってば。急に変わるから驚いたわよ。普段はストイックな感じなのに」 と俺をからかった。 どうも最近、からかわれることが多いような気がする…… 次の日。俺はいつもより早く登校した。 昨日、安田に任せた仕事が気になったからだ。一応安田も副会長をやっているぐらいだから、ほとんどの事は指示さえ出せばひとりで出来る。 でも、最後には俺が責任を取るつもりでいるから、念のため確認だけはしておくのだ。 校内はシンと静まり返っている。おそらく日直の教師以外では俺が1番早いだろう。 そう思いながら昇降口で上靴に履き替え、脱いだ靴を取ろうと腰をかがめたところで、ふいに目の前に人が立った。 榎本だった。 「オス」 榎本はすでに靴を履き替えている。カバンを持っていないところをみると、すでに1度クラスに行ったあとなのだろう。 「早いな」 俺はそう言いながら靴をしまい生徒会室の方に歩き始めた。 「ひとりか?」 と言いながら榎本は昇降口の入り口の方を気にした。 「美紀のことを言ってるのか?」 「まあな」 榎本は鼻だけで笑うと俺のあとについてきた。 お前のクラスはあっちだろう、と言おうとしたとき、 「女の子は優しく扱わなきゃダメだぜ」 と榎本が言ってきた。 何のことを言っているのか分からない。目で問い返すと、 「腰が砕けるほどのキスってどんなだよ。スゲーな、お前」 と榎本は笑いをかみ殺すようにしている。 途端にカッと頭が熱くなった。昨日の美紀とのことを言っているのだ。 「――――てめぇ、覗いてたのかよ」 |
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榎本はハハッと笑うと、 「人聞きの悪いこと言うなよ。公道であんなことしてる方が悪いんだろ。オレはたまたま通りかかっただけ」 としれっとして言う。 俺は榎本を無視して足を早めた。 「なぁ」 なおも榎本はあとをついてくる。当然無視する。 「クラブハウスの増設工事っていつから始まるんだよ」 榎本があまりにも意外な事を聞いてきたので、俺は思わず足を止めた。 「クラブハウス?」 「ああ、この前生徒会室で……ほらオレが初めてお前に会ったとき、美紀がそんなこと言ってたろ」 そうだったか? 記憶にないが…… 「いつから始まるんだよ」 再び榎本が問いかける。先程までの笑みは消えていた。 「―――学園祭が終わった翌日からだけど……」 それがどうした、と聞く前に、 「そうか」 と榎本はさっさと自分のクラスの方に歩いていってしまった。 クラブハウスがどうしたって? 最近、クラブハウスのことをよく耳にする。 初めは幽霊騒ぎだった。まぁ、その幽霊騒ぎもすぐに治まったのだが…… 榎本はクラブハウスの何を気にしているのだろうか。 その日は、クラブハウス増設工事の下見のため、業者が来ることになっていた。すべてのクラブ活動も今日は休止になっている。 生徒会の方で作業開始と終了を確認しなければならないため、俺と洋子のふたりが残ることになった。 美紀はクラスの友達と買い物に行くといって、先に帰った。 先程、授業が終了して間もなく業者の下見が入った。 俺たちは開始の時と終了の時に、立ち会うだけでいいことになっていたから、その間は生徒会室で待機していた。 洋子はまたペーパーフラワーを作っている。 一体いくつ作るんだろうと思いながらその作業を眺めていると、 「暇なら高弥も手伝ってよ」 とカラフルなペーパーを寄越してきた。 「ああ」 俺は洋子が作るのを参考にしながら、なんとか花の形にしようとしたのだが……これが結構難しい。 「高弥は不器用ねぇ。榎本くんとは大違いだわ」 洋子が呆れたように俺の手元を覗き込む。 「洋子、榎本のこと知ってるのか?」 「うん。1年の時同じクラスだったから。彼も私も美術選択だったのよ」 1年のクラス編成は選択授業ごとになっている。洋子は手を止めずに話を続けた。 「すごく手先が器用だったわね。彫刻なんかプロ並みの出来だったわよ」 「ふうん」 俺はペーパーフラワーを作るのは諦めて、頭の後ろで腕を組んだ。そして、さも今思いついたように聞く。 「榎本ってのは、アレか。……えーと、なんていうか……ナンパというか軽いというか、そんなふうなところがあったのか?」 「ああ、桜井さんにちょっかい出されるんじゃないかって心配なわけ?」 瞬時に見抜かれ、恥ずかしいことこの上ない。が、一応、 「そんなんじゃないって」 と余裕のあるところをみせておく。 洋子は俺を一瞥すると、 「ま、心配いらないんじゃない? なんだかんだいってもあんた達上手くやってる感じだし。愛し合ってる、みたいな?」 と言いながら出来上がったペーパーフラワーを傍らのダンボール箱にぽいっと投げ入れた。 「こんなもんかな」 俺もダンボール箱の中を覗き込んで驚いた。 「これいくつ作ったんだ? 相当な数あるぞ」 「いろんな所に使うらしいから。高弥たちが作ってた看板にもつけるし、ゲートにもつけるしね。あればあっただけ使う所はあるのよ」 でも今日はもうおしまい、と言って洋子はダンボール箱を片付けた。 「榎本くんだけど」 さっきの話の続きらしい。 「見た目はああだけど、そんなに軽い人じゃないわよ。少なくとも手当たり次第に女の子に声かけるようなタイプじゃない。いつもひとりでいるようなイメージがあるわね。友達がいないわけじゃないんだろうけど……」 洋子はそこで一旦言葉を切ると、 「ちょっと、変わった噂がないでもなかったかな……」 「変わった噂って?」 俺は思わず身を乗り出した。 「うーん……あんまりいい噂じゃないから。あたしの口からは言えないわね」 そこが聞きたいが、言いたくないものを無理に聞き出すわけにもいかない。 「でもあたし、榎本くんは桜井さんがどうこうっていうよりも、高弥のことを気にしてるような感じがするけどな」 「俺?」 「うん」 「なんで?」 「う〜ん、なんとなく…… 女の感? かな?」 洋子は首をかしげながらそう言った。 女の感と言われてはもう男は黙るしかない。太刀打ちできないのだから。 「それに……」 と言って洋子は俺のそばに歩み寄ると、「なんで桜井さんにばっかりイイ男が寄っていくわけ?」 俺の制服の襟の辺りを、ツツツと指でなぞった。上目遣いに俺を見つめる洋子の瞳が心なしか潤んでいるように見える。 俺は思わず後ずさった。 逆に洋子は一歩近づいてくる。 さらに後ずさる。洋子が近づく。 そのまま俺は後ずさり続け、とうとう背中が窓にぶつかるところまで追い詰められてしまった。 洋子の指先が俺の喉に届く直前、 「ぷッ」 と洋子が吹き出した。「ごめん! もう我慢できない」 と言ってお腹を抱えて笑い出した。 「な、なんだよ」 俺がひとりで焦っていると、 「ホント、最近の高弥ってからかい甲斐があるわ〜。ちょっと前までの高弥だったら、絶対にこんな手に引っかかってなかったわよ」 と洋子は涙を浮かべてひぃひぃ笑っている。 「やっぱりアレね。榎本くんの出現で、高弥余裕なくなってるんじゃない?」 「お前なぁ……」 俺が呆れながら体勢を直すと、ごめんごめんと言いながら洋子も俺から離れようとした。 ところが洋子は、一瞬俺の背後の窓に目を向けたかと思うと、きゃっと短い悲鳴をあげて再び俺に抱きついてきた。 「おいおい、まだ続けるのかよ」 肩を掴んで洋子を離そうとしたとき、その肩が震えているのに気が付いた。 「洋子?」 「――――いる……」 「え?」 俺が聞き返すと、 「クラブハウスのところに、なんか……いる」 と洋子は声を震わせた。 俺は洋子の肩をつかみ少し身体を離すと、首をひねって窓の外に目を向けた。 いつの間にかとっぷり陽は暮れ、クラブハウスの周りもひっそりとしていた。 業者の下見は終わったのだろうか。先程まであった営業車がなくなっている。終了時には声をかけるように言ってあったのに、忘れて帰ってしまったらしい。 「業者……じゃないみたいだな」 今日は誰もクラブハウスを使用しないはずである。というか、作業の邪魔にならないように立ち入り禁止になっているのだ。 生徒会室の窓からはクラブハウス全体を見ることは出来ない。死角になっている部分があるのだ。それに距離もある。 「ちょっと見てくる」 俺は洋子を残しクラブハウスへと走った。 クラブハウスは校庭の東側に建てられていた。靴を履き替えなくても行けるように屋根のついた渡り廊下が伸びている。 俺は1階まで階段を下り渡り廊下に出た。クラブハウスの方を見るが、今のところ誰もいないように見える。 洋子の見間違いだったのだろうか。 渡り廊下は途中で一旦校舎の裏側を通る形になっている。その間、視界からクラブハウスが消える。 俺は小走りに校舎裏を通った。校舎の角を曲がった直後、前方から人が歩いてくるのに気が付いた。 目を凝らしてよくみると……それは榎本だった。 ひどく疲れた様子でうつむき加減に歩いている。 そのせいか榎本の方はすぐに俺には気付かず、すぐそばに来てやっと俺の存在に気付き顔を上げた。 暗闇で見るせいか、やけに榎本の目がギラギラしている。もう11月だというのに首筋に汗が光っていた。 「―――お前、どこから来た?」 洋子がクラブハウスのところに見た『なにか』は……こいつではないだろうか。 榎本は面倒臭そうに軽く右手を上げると、そのまま俺の横を通り過ぎようとした。俺はその手を掴み、 「おい、質問に答えろ」 ともう1度榎本に問いかけた。 榎本はほんの数秒俺の顔を見たあと、 「―――図書館」 とだけ答え、俺の手を払いそのまま校舎の方に歩いていってしまった。 図書館? たしかに、クラブハウスの手前で渡り廊下はY字に分かれ、左に行くと図書館ではあるが…… なにか釈然としないものを抱えたまま、俺は榎本の後ろ姿を見送った。 「どうだった?」 洋子はまだ帰らず生徒会室に残っていた。 「なんかいたでしょ!?」 「いたっていうか……クラブハウスの手前で榎本に会った」 「榎本くん?」 俺は肯きながら自席に座った。 あいつには絶対何かある。 ここ最近起きていることのほとんどに、榎本が関わっているような気がする。 美紀とのことを除いたとしても、少なくともクラブハウスの幽霊騒ぎにはなんかしらの関係がありそうだ。図書館から出てきたなんて嘘に決まっている。 |
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「榎本くん、何してたのかしら」 洋子が眉をひそめる。 「本人は図書館から出てきたって言ってたけど……俺は嘘だと思ってる」 洋子はちょっと逡巡する仕草を見せたあと、 「さっき話してた……榎本くんの噂の件なんだけど」 と思い切ったように話し出した。「お金の為ならなんでもするって話よ」 「なんでも?」 洋子は肯きながら、 「うん…… 榎本くんてあのとおり見た目がいいじゃない。だから、カラダを売ってるとかなんとか……」 俺は再び考え込んだ。 洋子の聞いた噂が本当だとしても、それが今の榎本の行動と何の関係があるのかさっぱり分からない。 クラブハウスと榎本に一体どういう繋がりがあるのか…… 翌日、授業が終わったあといくつかの雑用をこなし、俺は資料室に向かった。 クラブハウスについて調べたかったからだ。 学園祭まであと2週間。本当だったらこんなことをやっている余裕はないのだが、どうしても榎本の奇怪な行動が気になって他のことに集中できないのだ。 それに、昨日洋子にもからかわれたが、榎本の存在がどうも俺の調子を狂わせていることもたしかだ。 こうなったら、納得がいくまで調べてやるつもりだ。 俺は夕べ通った渡り廊下を歩いて図書館に向かった。資料室は図書館に併設されている。 図書館は地上2階、地下1階の建物で、資料室は地下部分にある。 階段を下り資料室のドアを開けると、ひんやりとした空気が身体を包んだ。 ここには学園創設の頃からの資料が収納されている。名簿や卒業アルバムといった類のものから、古いトロフィーのようなものまで飾ってある。 当然ここを訪れる生徒はほとんど……いや皆無といってもいいだろう。 「さてと、どこから手をつけるかな……」 俺はとりあえず年度別にまとめられている学園史から調べにかかった。学園史にはその年学園内で起こったことが事細かく載っているのだ。 あのクラブハウスは一体いつ頃建てられたものなのだろうか。そんなに古くはないし、おそらく10年は経っていないだろう。 10年前の資料を見たが、やはり載っていない。 それから順番に新しい資料を引っ張り出してみる。すると、5年前の資料に「クラブハウス竣工」とあった。 榎本が気に掛けるほどの何かがあるのでは、と目を凝らして細かい文も追っていったが、これといって怪しい点はなく、普通に設計・建築されていた。 昨日、立ち入り禁止になっていたクラブハウスに榎本は何をしに行っていたのか。 いやむしろ、立ち入り禁止になり人がいないのを狙って何かしていた気がする。 そこまで考えたとき、先日の幽霊騒ぎも榎本が仕掛けたものではないかと気がついた。 もともと色々な大会も終わったあとで、遅くまでクラブハウスに残っている生徒は少なかったはずだ。 そこに幽霊騒ぎが起こって、さらに生徒が近づかなくなった。 それはすべて榎本が仕掛けたものなんじゃないだろうか。 ―――なにか目的があって…… 俺は自分の考えが核心に近づいているような気がして、さらに色々な資料を探した。同じ年の卒業アルバムも持ち出してみる。 クラスや個人の顔写真ページのあと、最後の方にその年度内に起こった社会的出来事が載っている。 凶悪犯罪や大きな事故、オリンピックでメダルを取った選手などが写真付きで載っていた。 その中に、小さな、写真も載らないような事件が記されていた。 隣町の宝石店強盗事件だった。 時価3000万円相当の宝石、貴金属が盗まれた。犯人は2人組みで依然逃亡中。盗んだ宝石は見つかっていない……とある。 日付を見ると、クラブハウスが出来上がる1ヶ月前の出来事だった。 そのとき俺は昨日洋子から聞いた話を思い出した。 『榎本くん、お金のためなら何でもするって噂よ』 俺は資料を抱えて生徒会室に向かった。 |
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