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「だから、高弥はダメなのよ」 「? 何が」 「この事件についてよ」 「だから、それが何だって?」 放課後。俺と美紀は定期テストを10日後に控えて、ここ図書館で数学のテキストを広げいてた。 定期テストより盗まれた予算の方が心配だったが、何も解決に結びつく情報や案がない以上全員で集まるのは無駄だということになり、新しい情報や案が出た場合その都度集合するということした。 図書館にはオレたちと同じようにテスト勉強をしている生徒が結構いた。 それぞれ静かに、テキストやノートに目を落としている。 俺も出来るときに勉強をしておこうと思っているのだが、美紀がそうさせてくれない。 俺と洋子から予算が盗まれたことを聞いた美紀は、もうテスト勉強どころではないようだ。先ほどから根掘り葉掘りと俺に質問を投げかけてくる。 |
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「もう、じれったいわね! 気付かないの!?」 興奮した美紀の声がだんだん大きくなってきた。俺は慌てて美紀の唇に指を当てた。 「シ――――ッ! 頼むから、もうちょっと小さい声で話してくれよ」 俺は周りの白い目を気にしながら言った。 「ねぇ、予算が入っていたのは金庫でしょ?」 「ああ」 「金庫って、すぐ目に付く所にあるじゃない? なのに、なんでそんなに生徒会室をメチャクチャにしていったのかしら? お金だけが目当てだったら、金庫だけ荒らせばすむことでしょ」 俺はちょっと考えながら、 「……まあ、俺たちを混乱させるためなんじゃないか。現に予算以外、目立ったもの盗まれていないみたいだしな」 と答えておいた。 「それにしたって、変だわ」 美紀は探偵よろしく考え込んだ。 俺は苦笑すると視線を数学のテキストに戻した。 「ねぇ」 美紀が俺の顔を覗き込む。 「何だ?」 「その金庫の鍵はどうだったの?」 「かけてあったさ、もちろん」 俺が、さも当然、という顔で答えると、美紀は呆れたような顔で俺を見返した。 「当たり前でしょ。金庫の鍵が開いてたんじゃ、事件にならないじゃない」 「金が盗まれたってだけで十分大事件だろ」 開いていたから盗まれた……じゃ、美紀は面白くないようだ。 どうも美紀はこの事件を複雑にしたがっているような嫌いがある。 「あたしが聞きたいのは、金庫の鍵があたしたちみたいな一般生徒でも開けられちゃうような簡単なものだったのかってことよ」 「それは無理だ。俺たち生徒はもちろん、先生たちだって鍵がなきゃ金庫は開けられない。前に一度鍵をなくしたことがあったんだが、そのときは業者を呼んで大騒ぎになった」 「ふうん」 俺の話を聞いて美紀が考え込む。「―――犯行推定時刻は?」 美紀が刑事のようなことを言うのがおかしくて、俺は笑い出しそうになった。 「何よ」 「いや……っ」 美紀はいたって真剣だ。ここで笑い出したらどんな事になるか…… 「5時半までは俺と亜希子がいたから……5時半から次の日の朝、中谷さんが来るまでの8時、かな」 美紀は俺の話にうんうんと肯きながら、 「今の時期、6時半には校舎が閉まるでしょ。朝も7時半ごろに先生が来てやっと開くんだから……」 とちょっと視線を浮かして、「前日なら1時間、次の日なら30分。そんな短時間で、生徒会室の鍵を開けて金庫も開けて、出て行くときはご丁寧に生徒会室の鍵まで閉めて……なんてこと出来るかしら?」 「鍵がないんじゃ、まず不可能だな」 「生徒会室の鍵は高弥と会長が持ってたんだから……犯人は職員室にある鍵を使ったのかしら?」 「そっちもさらにロックかかってるぜ」 「あ、そーだったわね」 美紀は軽く舌打ちをして、「生徒会室の鍵と金庫の鍵…… 犯人はこの二重ロックをどうやってクリアしたのかしら……」 と腕を組んで長考する。 「―――出ようか」 俺は美紀を促して図書館を出た。 もう5時を回っているということもあり、外は薄暗くなり始めている。 美紀と2人で学園前の坂を下りていく。その坂の途中まで来たところで、 「……さっきは人がいたからな。言えなかった」 と俺は切り出した。 「え? なあに?」 美紀が俺を見上げる。 俺はまわりを見回し、辺りに人がいないことを確かめてから美紀に顔を近づけた。 すると美紀は、 「なぁに、こんな所で…… うふっ、でもいいわ! はいっ!」 と何を勘違いしたのか、眼を閉じて唇を俺の方に突き出してきた。 「おい、勘違いするなよ!」 俺は身体をちょっと後ろへのけぞらせた。 「……え?」 美紀が薄く片目を開ける。 「残念ながら、キスするわけじゃない」 俺がそう言うと、 「なんだ、がっかり」 と美紀は大袈裟に肩を落としてみせた。俺は苦笑しながら、 「いいか、誰にも言うなよ。トップシークレットだからな」 と美紀に耳打ちした。 「え? なになに!?」 トップシークレットと聞いた美紀は途端に目を輝かせた。 「金庫の鍵、普段誰が持っているか知ってるか?」 美紀はちょっと考えると、 「あの会計の亜希子って子じゃないの? それとも生徒会顧問の村上先生? ま、どっちにしても、あの会長じゃないことは確かね」 と肩をすくめた。 美紀は中谷さんの性格をよく把握している…… 「誰も持ってないんだ」 「? どういう意味?」 美紀が首を傾げる。 「さっき、前に金庫の鍵をなくしたことがあるって言ったろ。あれ以来鍵は生徒会室に置きっぱなしなんだ」 「ええっ!?」 美紀が驚く。 「もちろん、すぐには見つからない所に保管してあるけどな」 「じゃ、犯人はその鍵を見つけようとして、部屋を漁っていったのかしら。そして鍵を見つけ、金庫を開けた……」 「俺もそれは考えた。けど、金庫の鍵が同じ生徒会室の中に置いてあるなんて犯人はどうやって知ったんだ?」 俺が首を捻ると美紀は、 「それはやっぱり内部の人間から漏れたって考えるのが普通じゃない?」 「は? オレたちのうちの誰かが犯人に情報漏らしたってのか?」 生徒会メンバーの顔を思い浮かべる。……いや、あの中の誰もそんなことをするはずがない。 「故意に、とは言ってないでしょ? うっかりなにかのはずみで話題にしたとか、役員同士で話しているのをたまたま聞かれたとか…… そんなとこ?」 だったら、可能性として……なくは、ない。 詳しい隠し場所までは話していないだろうが、室内にあるくらいのことはどこかで漏らしてしまったかもしれない…… 「じゃ、犯人は金庫の鍵が室内にあったということを知っていたと仮定して……残るは生徒会室の鍵よね。どうやって開けたのかしら」 「時間的に余裕もないし、鍵を使ったって考える方が自然だろ。鍵穴もきれいだったし」 やはり、職員室に保管してある鍵を使ったのだろうか。いやでも、そっちもロックがかかってたわけだし……と俺が考えていると、 「職員室にある鍵は取り出すのが困難。あとは会長と高弥だけが鍵を持っていた、と……」 と美紀が確認するように言う。 「ああ」 「会長ほどのお金持ちが、たかが42万円のために危険を冒して盗むとは思えないし……大体ドロボウなんて出来る才覚持ってる人じゃないわよね」 「その通りだ」 深く肯く。 中谷さんが犯人だとは、どんな証拠があっても……たとえ現場を目撃したとしても信じられない。そして、美紀が言うとおり、そんな才覚もない。 俺が肯いたのを見て美紀は、 「となると残りは高弥しかいないわよね」 「その通りだ……って、おいっ!」 うっかり肯きかけて慌てて突っ込む。 「だって、金庫の鍵の在り処も知ってるし、生徒会室の鍵も持ってる」 と美紀は俺を流し見る。 「そんな状況証拠だけで俺を犯人にするなよっ!」 慌てる俺を見て美紀がプッと吹き出す。 「冗談よ」 「……笑えない冗談はやめてくれ」 美紀に言われて気付いたが、たしかに俺が1番犯行に及びやすい状況だ。中谷さんのように大金持ちでもないし…… まさかだが、他の生徒会役員メンバーも俺を怪しんでいるとか……ないだろうか? |
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急に心配になってきた。 俺が黙り込んだのを見て美紀は、 「ちょっと、本気にしたの? 冗談だってば。そんなこと思ってないわよ!」 と俺の背中を軽く叩いた。 「いや、美紀は信じてくれてても、他の役員もそうとは限らない」 「もう、高弥ってば心配性なんだから〜」 美紀は笑いながら俺の腕に自分のそれを絡めると、「大丈夫よ。いざとなったらあたしが犯人挙げてあげるから!」 とウィンクをしてみせた。 「ああ、頼むよ……」 「任せて! ……ところで、金庫の鍵って生徒会室のどこに隠してあったの」 「それは……」 俺は美紀に鍵が隠してあった場所を教えた。 「へぇ、そんなところに隠してたんだ……」 「絶対見つからないと思ったんだけどな。やっぱり鍵は顧問に預けるべきだったか……」 と今さら後悔してももう遅い。それに、最初に鍵をなくしたのがその顧問なのだから。 俺から金庫の鍵の隠し場所を聞いた美紀が、ふと黙り込み、 「……そっか」 と呟いた。 「なんだ?」 「高弥たちが持っている鍵を使わなくても、生徒会室の戸を開ける方法があるかもしれないわ」 俺は驚いて、 「どんな方法だよっ!?」 と聞いた。すると美紀はクスッと笑って、 「名探偵は、そういうことを最後まで言わないものよ」 とすまして言った。 「高弥っ! 大変よ!!」 翌日の昼休み。また洋子が俺のクラスへ駆け込んできた。 「おい、洋子。あんまりクラスへ来ないでくれって言ったろ? それでなくても美紀が……」 「それどころじゃないわよっ!」 洋子は大きく肩で息をしながら言った。「生徒会室が……っ」 「どうしたっ?」 俺は洋子の緊迫した様子を見て言った。 「とにかく来てっ」 俺と洋子は一緒に教室を飛び出した。 「こりゃあひどい……」 俺たちより一足遅れてきた中谷さんが、生徒会室の中を見て驚いた。そしてそのまま中に入ろうとする。 |
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「危ないですよ、会長。入らないで下さい」 俺は中谷さんを遮った。 そこへ、どこで聞きつけたのか美紀がやって来た。そして、 「やったわね」 と俺の顔を見て言う。 「やったわね……って、俺がやったんじゃないぜ」 「当たり前じゃないの。犯人の事を言ってるのよ、バカね」 美紀はそう言い捨てると、さっさと生徒会室の中を見回した。「なに、これ」 生徒会室のガラスというガラスが割られていた。外に通じる入り口の戸とベランダ側の窓ガラスを除いた、戸棚のガラス、花瓶、蛍光灯も何本か割られて粉々にされていた。 入り口の戸が割られていなかったおかげで、幸い他の生徒にはまだ知られていなかった。 昼休み、俺から鍵を借りて私物を取りに来た洋子が発見した、というわけだ。 「あ―――――ッ!」 急に中谷さんが叫んだ。 「ど、どうしました? 会長」 驚いて中谷さんの方を振り返る。 「僕のマグカップが割られてるっ! ミッキーのヤツで、お気に入りだったのに……」 「どう思う?」 俺は慌てて美紀の方を向いた。 「きっと犯人は同じね」 そこへ和歌子さんが駆けつけてきた。 「正臣!」 「あ、和歌子。今来たの? 今日はもう休みかと思ってたよ」 和歌子さんはたった今登校してきたらしく、肩にカバンをかけていた。 「午前中ちょっと病院に行ってたの」 と見せてくれた右手に包帯が巻かれていた。 「どうかしたんですか?」 俺も心配になって聞いた。 「今朝、学校前の坂のところで、急にボールが飛んできてね。とっさに手を出したら当たっちゃって……指脱臼しちゃったの」 「大丈夫なの?」 中谷さんが心底心配そうな声を出す。 「うん、もう平気。でも変よね。何であんな所にボールが……」 「気をつけてよね」 「はいはい。それよりコレ……」 和歌子さんも生徒会室の中を見るなり絶句した。 「見ての通りなんだよ。僕のマグカップまで割られちゃって……」 「そ、そう?」 それまで熱心に生徒会室の中を覗き込んでいた美紀が振り返り、 「永井センパイ!」 と和歌子さんに声をかけた。「おはようございます。指、大丈夫ですか?」 「え? 美紀? どうしてあなたがここに……」 和歌子さんが美紀を見てちょっと驚いた顔になる。 今ここに集まっているのは生徒会メンバーだけだ。そこに美紀が交ざっているのが不思議なようだ。 それにしても……美紀と和歌子さん知り合いだったのか? 今までそんなこと聞いたことなかったが……と驚く俺に、美紀はスルリと腕を組むと、 「あたしこの人の秘書なんです」 と答えた。 秘書だって? 「加納くんの? あら、いつの間にこんなかわいい秘書つけたの?」 と和歌子さんがからかうように俺を見上げた。 「え? はあ、まあ……」 俺がなんと答えていいものか迷っていると、美紀がすまして言った。 「プライベートな、ね!?」 「それにしても……」 と、急に中谷さんが何やら考え込む風情になった。 大体中谷さんが考え込んでもロクな事を言わないのだ。どうせ今回もロクな事じゃないだろうと思って聞いていると、 「なんでこんなにガラスばっかり割られているんだろう」 と割合まともなことを言った。 たしかに、それは言えている。 予算が盗まれたときのように部屋を荒らされた形跡はない。ただ、ガラスというガラスが割られているだけだ。 俺が、そうですね、と相槌を打とうとした直前、 「誰かが中で素振りの練習でもしてたのかな……」 と中谷さん。 「……とにかくっ」 俺は、変な相槌を打たなくて良かった、と思いながら言った。「午後の授業が始まる。とりあえずみんなクラスに戻ろう。さぁ、会長も教室に戻ってください」 俺たちは生徒会室に鍵をかけると、自分達のクラスへ戻ることにした。 一緒に2年のクラスの方へ歩きながら、 |
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「おい、美紀。お前なんで和歌子さんと知り合いなんだ?」 と美紀に聞いた。 「中学の時、同じダンス部で先輩だったの。あたしは和歌子センパイが青葉にいるって知ってたけど、センパイは知らなかったみたいね。まぁ、クラスも多いし学年違ってたら会う機会もないしね」 そう言うと美紀は自分のクラスへ入って行った。 「美紀さんて素敵な人ですよね〜。可愛いし!」 と一緒に歩いていた安田がうっとりしたように言う。 「そうか? けっこう跳ねっ返りで困ることも多いんだけどな」 「いいなぁ加納先輩は。あんな人が彼女で。今度レンタルしてくださいよ!」 と安田が本気で言うので、俺は苦笑してしまった。 |
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