C 麻美と陸が…付き合ってる!?


「ねえ、村上さん」
月曜日の朝。教室に入るとすぐに泉さんが声をかけてきた。
「あ、おはよう。……なんか土曜日大変だったんだって?」
「もう大変なんてもんじゃなかったよ! 村上さん爆睡しちゃってて知らないだろーけど」
「ねぇ、一体何があったの?」
土曜日の帰り、麻美に大体の事は聞いたんだけど麻美も原因が良く分からないみたいで困った顔をしていた。
陸に電話しても、
「あの程度のコトしょっちゅうやってるよ。なんでもないよ」
って詳しく教えてくれないし……
「なんか商業科の子たちでケンカ始まっちゃったって聞いたけど……」
「そう! もうね凄かったんだから〜! ヒデくんは陸くんに馬乗りになって殴りかかるし、マリは泣き出しちゃうしで……」
「何が原因だったの?」
その辺は麻美にも聞いていたけれど、原因については麻美も分からないと言っていた。
泉さんは周りを見渡してちょっと声を潜めた。
「……多分なんだけどぉ」
「うん」
「原因は渡辺さん」
……え? 麻美が原因? どういうこと?
「あたしあのとき少しだけ会話が聞こえちゃったんだけどぉ。なんかね陸くんとヒデくん、席代われとかなんとか…そんなことでケンカ始まっちゃたんだよね〜」
「そーなんだ。でもそれと麻美とどーいう……?」
「これも多分なんだけどぉ」
と泉さんはさらに声を潜めた。「渡辺さん、陸くんと付き合ってるよ」
「……え? ええ―――ッ!?」
「あ、やっぱり村上さんも知らなかった?」
ちょっと待って? どーゆー話になっちゃってるの?
「あたし陸くんの隣りに座ってたんだけど、なーんかあの2人知り合いっぽそうだったんだよね。はじめに聞いたときは陸くんしらばっくれてたけど、後から結局彼女だって言ってた」
泉さんは彼女がいるのに合コンなんか参加しないでよね〜、と文句を付け足した。
「り…その子に直接聞いたの?」
「うん。陸くんあたしにそう言ったよ。誰も知らないから内緒にしておいてくれって」
……え、ほんとどういうこと? 何がなんだか分かんない。
「で、ヒデくんが席代われって言ったときにやだって事になったんじゃないかな? 男の子たち結構酔ってたから心配だったんじゃん?彼女に何かされそうで」
……絶対なにかの間違いだよ。泉さん勘違いしてない?
「いや村上さんも危なかったんだよ〜! あそこでケンカ始まってなかったら絶対ジュンくんに連れてかれてたよ!」
麻美と陸が……? 絶対ありえないっ!
「でも、ジュンくんもさわやか系で結構イケてたよね〜」
大体麻美、陸のこと良く思ってなかったよ? いつも悪口言ってたし、陸の方だって…… 2人犬猿っぽかったもん!
「陸くん狙いで行ったんだけどさぁ。でもジュンくんもいいかなって」
これは……本人に聞いてみないと本当のことは分からない。
「もし村上さんジュンくん狙いじゃないなら…あたし行ってもいい? 陸くんは渡辺さん相手じゃ諦めるしかないから〜。マリも陸くんが良かったみたいなんだけど諦めるって。悔しいけど渡辺さんってめっちゃ美人だし。お似合いだよね、陸くんと」

「はぁ?」
陸は素っ頓狂な声を上げた。「なにそれ?」
「……泉さんの話ではそういうことになってるよ」
昼休み。メールでは上手く聞き出せないと思ったあたしは体育館の裏に陸を呼び出していた。
「オレとあの人が付き合ってるって?」
「うん。ケンカの原因もそれだって」
陸は困惑した顔をしながら、なんでそんな事になってんだ?と呟いた。
「だって……陸が直接言ったんでしょ? 泉さんに」
「は?」
「オレは麻美と付き合ってるって……」
「へっ!?」
陸の動きが一瞬止まる。それから、「言ってない言ってないっ!」
と慌てて手を振る。
「でも……」
「勘違いしてるよ、彼女」
あたしが目で問いかけると陸はちょっと困ったような表情で話し出した。
「イヤ、実はさ。色々あって…イズミさんに迫られてたの、オレ」
「迫られてた?」
「うん。キスしてくれって」
「えっ!? したのっ!?」
そんな話、さっき泉さんしてなかったけど!?
「するわけないだろ。彼女がいるから出来ないって断ったよ」
「それが……麻美ってコトになったの?」
「みたいだね。完全にイズミさんの勘違いだよ」
……なんだ、そっか。
そうだよね! 麻美と陸があたしに内緒でそんなコトするわけないもんね!
………でも…
「あれ? 勘違いだって分かったのになんかまだオチてる?」
と陸が顔を覗きこんできた。
「……泉さんが麻美は美人だし、陸とお似合いだって」
「は?」
と陸は眉をひそめて、「似合ってないでしょ? つかチョー気ぃ合わねーし、あの人と」
「でもみんなからはそう見えるの! お似合いだって!」
とあたしがまだブツブツ言っていると、
「べつに気にしなきゃいいじゃん。……それとも宣言しちゃう?オレたち付き合ってるって」
そんなコト言ったら笑われそうでイヤだよ。似合ってないって。
「何? ……商業科と付き合ってるって知られるの、まだイヤ?」
あたしが黙っていたら陸が窺うように聞いてきた。
「違う違う!」
あたしは慌てて首を振って、「学科なんか気にしてない!そんなことじゃないよ」
「じゃ何?」
「……陸、結構人気あるんだよ?普通科でも。だから釣り合ってないって思われそうで…… あたしすっごく普通だし子供っぽいし……」
商業科が引っ越してきて2ヶ月。最初の頃こそ商業科を一括りにして嫌っていた普通科の生徒も、中にはそんなに荒れてない子もいると気付き始めていた。
特に女子は、
「普通科にはいないタイプよね♪」
と商業科でもオシャレでカッコいい男子に目を付けたりしていた。
そんな女子たちの話の中で陸の名前をときどき聞くこともある。
陸は黙ってあたしの話を聞いていた。
「麻美は背も高いしスラッとしてて美人で、陸とお似合いとか言われてるけど…… 実は付き合ってるのがあたしだったなんてみんなが知ったらなんて思われるか……笑われるかも」
自分で話しながら、本当に陸はあたしなんかのどこがいいんだろう……と疑問に思ってしまった。
「……バッカじゃねーの、お前」
ふと気付くと陸が怒った顔をしていた。
お、怒ってる…… なんで?
くだらないヤキモチだって思った? あたしもそう思うけど、でも〜…
といつまでもウジウジしていたら、陸があたしの顎をつかんで強引に上に向かせた。
「っ!? ご、ごめんなさ…っ ンッ!」
怒られるんだと思ってとっさに謝ったら、陸が強く唇を合わせてきた。
〜〜〜く、苦し…っ 息、出来ない、よ…っ
陸は唇を合わせたままあたしを背後の壁に押し付けた。
怒ったように陸があたしの口内をかき乱す。微かにタバコの味がした。
「んっ、……ふっ り、陸っ」
ど、どうしちゃったの?
普段のキスも優しいってわけじゃないけど、今日のは特に激しすぎてあたしは立っていられなくなってしまった。
も、ダメ―――…
足が震えてしゃがみ込みそうになったとき、陸があたしの膝を割って自分の足を入れてきた。
頭も抱え込むようにされていて、陸から身体を離すことが出来ない…っ
抵抗しようにも陸の激しいキスのせいでその力も出せなかった。
た、立ってられないよ……  陸、足どかしてよ…っ
腰に回されていた陸の手がスカートの裾の方に下りてきた!
えっ ま、まさかこの前の続きしようとしてるっ!?
こんなところでっ!? ウソでしょ!?
とあたしが焦りまくっていたら、突然昼休み終了の予鈴が鳴った。
ちょうど頭上にスピーカーがあって、予想以上の音量に陸が驚いて唇を離した。
「り、陸……?」
肩で呼吸をしながら陸を窺う。陸の顔がもの凄く至近距離にあった。
「……今度そんなつまんないコト言ったら、学校だろーとどこだろーと今以上のコトするからな」
陸は真面目な顔で囁くように言って、それからやっと笑ってくれた。
「う、うん」
「それにしても……」
陸はスピーカーを見上げ、「なんでいつもいいとこで邪魔が入るんだよ」
と舌打ちしながら身体を離してくれた。
た、助かった……
陸と付き合い始めた頃あたしは自分に自信がなくて、
「こんなあたしと陸が本気で付き合いたいなんて思うわけない」
と陸の気持ちを疑っていたことがあった。
それを陸に話したら、
「自信なんかいらないよ。オレは結衣が好きなの。結衣だから付き合いたいの! なのにそんなコト言われたら…そんなにオレの気持ち信じられないのかとか思っちゃうよ」
と怒られたことがあった。……怒られたけど嬉しかった。
それ以来陸の前で、
「あたしなんかのどこがいいの? 本気なの?」
的な話はしちゃいけないことになっていた。
校舎の方に戻る途中で、
「そう言えばさあの人、好きな人いるんだってね」
と陸が思い出したように言った。
「え? あの人って……もしかして麻美?」
なぜか麻美も陸も、お互いのこと名前で呼ばないんだよね。あの人、とか、商業科、とか呼び合ってる。陸は五十嵐くんのことなんかテコンドーって呼んでるし……
「うん」
「うそぉ!」
「ホント。この前の合コンのときにそー言ってたよ」
「誰って?」
「さぁ? それは聞いてない」
うそ…… 麻美に好きな人が? そんな話全然聞いたことないよ!?
この前彼氏作んないのって聞いたときも、面倒くさいとかなんとか言ってたのに……
なんで話してくれなかったんだろ……
思わず足が止まってしまった。
「結衣? どした?」
あたしじゃ話し相手にならない? 相談も出来ない?
あたしって頼りない? ……いや、自分でも頼りがいあるとは思ってないけどさ…
でも……なんで陸には話したんだろ?
「どうしたの? 5限目始まっちゃうよ?」
陸が振り返る。
「あ、うん……」
胸の中にモヤモヤとしたものが広がっていくのを感じた……

「五十嵐くん。友達…いる?」
放課後。あたしは風紀の見回りで普通科校舎の南側にある中庭を五十嵐くんと一緒に歩いていた。
「……村上さん。それってかなり失礼な質問だよね」
五十嵐くんが眉間にしわを寄せてちょっとだけあたしの方を向いた。
「じゃ、いるんだ」
五十嵐くんはちょっと間を開けて、
「それがどうかしたの?」
とまた前を向いて歩き出した。あたしも五十嵐くんと並んで歩きながら、
「じゃあさ……五十嵐くん、好きな人いる?」
とまた質問した。
五十嵐くんはまたあたしの方を向いた。今度は眉間にしわは寄っていなかった。
ちょっと驚いたように少しだけ目を見開いていた。いつも感情が読めないくらいポーカーフェイスの五十嵐くんの表情がちょっとだけ変わった。
「あ!いるんだ〜!?」
あたしは五十嵐くんにいつも注意されるか呆れられるか…そのどっちかだったから、彼のそんな表情を見つけて嬉しくなってちょっとからかうように顔を覗きこんだ。
「……だったらなんなの?」
五十嵐くんはすぐにいつもの表情に戻るとクルリと前を向いた。
「さっさと回らないと遅くなっちゃうよ」
「ね、誰? クラスの子? 誰にも言わないから教えて!」
「冗談でしょ? やだよ」
スタスタと早足で歩いていく五十嵐くんの後を小走りに追いかける。
「冗談じゃないよ? 協力出来るかも知れないし… ね、相談に乗ってあげる!」
急に五十嵐くんが立ち止まった。すぐ後ろを追いかけていたあたしは勢いで五十嵐くんの背中に手を付いた。
五十嵐くんが素早く振り返ってそのままの勢いであたしに顔を近づけた。
「……無理」
20センチも離れていない距離まで近づいて五十嵐くんは言った。
び、ビックリした〜。
一瞬、キスされるのかと思っちゃった…… そんなことあるわけないのに。
「な、なんで?」
五十嵐くんはさらに顔を近づけた。息がかかる。
「……村上さんに話しても絶対協力なんかしてもらえないから」
と言って五十嵐くんはあたしを睨んだ。
五十嵐くんは数秒そうやってあたしを睨んだ後、ふいっと顔をそらしてまた歩き出した。
「そんなことより早く回っちゃおうよ」
絶対協力してもらえない……か。五十嵐くんから見てもあたしって頼りないんだね…
麻美もそう思ってる?
「……じゃ、質問していい?」
「何さっきから…… なんかあったの?」
再び足を止めて五十嵐くんがあたしを振り返る。
「五十嵐くん好きな子いるんでしょ?」
「……またその話?」
五十嵐くんはちょっとイヤそうな顔をした。
「で、友達もいるんだよね?」
「失礼だね、いるよ」
「その友達って…色々相談したりされたりする仲?」
「内容によるけど…… まあね、するんじゃない?」
五十嵐くんは中庭に設置されているベンチに腰掛けた。話を聞いてくれるみたい。あたしも並んで腰掛ける。
「普段はなんでも話してくれるのに、急に話してくれなくなっちゃうのって……どーゆーことかな?」
「? どういう意味?」
五十嵐くんが首をかしげる。
あんまりハッキリ言ったら、あたしと麻美のコトだってバレちゃうよね。
「お、弟の話なんだけどっ! 弟の友達には好きな人がいるはずなのにいないって言われたんだって! なんかそれで悩んでるみたいでっ!」
「あ、そういうこと……」
五十嵐くんは、村上さん 弟いたんだ、と呟いたあと考え込むような顔つきになった。
よかった…… 弟の話だって信じてる。
しばらく考えたあと五十嵐くんはあたしの方を向いて、
「……これ僕の勝手な考えだからね?」
と前置きをした。
「うん!」
「考えられるコトとしては…… その友達が弟さんと同じ人を好きだとか? もしくは弟さんの恋人を好きだとか? そんなところじゃない」
………え?
この例え話の弟はあたしってことで、その友達が麻美。
あたしと同じ人を好き……? あたしの恋人を好きって……
「ちょ、ちょっと待って? 麻美が陸を?」
「え?」
「だってあの2人仲悪いよね? そんな……っ ええっ!?」
「あのさ、村上さん? これは僕の勝手な考えだってはじめに…… っていうか、えっ弟の話じゃないの?」
五十嵐くんは絶句した後、「……何? 村上さんたちどうなっちゃってんの?」
と眉間にしわを寄せた。

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