A 面白くないっ!


テーブルを挟んで座っている陸が、目を見開いてあたしを見上げていた。

「もーいつまで突っ立ってんの?座ろうよ! …あ、何チャン?」
「……ヒカル」
「ヒカルちゃん? カッコいい名前だね。じゃ座って座って!」
さわやかクンがそのままあたしの隣に座る。
男女が隣同士に座るように席が振り分けられる。陸の右隣には麻美が座っていた。
麻美も心底驚いたみたい。複雑な表情であたしと陸を交互に見ている。
「ヒカルちゃん」
……なんでいるの? これ、合コンだよね?
「ヒカルちゃん?」
あたしは知らないで来ちゃったんだけど、陸は? もしかして知ってて来たの?
昨日学校帰りに会ったときは特に何も言ってなかったよね…
ってことはやっぱり知らないで……?
「ねぇ、ヒカルちゃん!!」
急に耳元で大きな声を出されて驚いて振り向く。
ヒカルって誰よ!?
「聞こえなかったー? 何飲むー?」
とメニューをあたしに差し出してくる。
……ヒカルってあたしの事? あたしそう名乗ったっけ?
モニターの前では別な男の子がオレンジレンジを熱唱している。大声を出さないと隣の席ですら声が聞こえない状態だった。
「あ、じゃ……ジンジャーエールで」
とりあえず目に付いたものを頼んだ。
「何それ〜、ソフトドリンクじゃん。んーじゃあさ、似たようなのでモスコミュール! いいよね?」
モスコミュール? ってどんな飲み物?
さわやかクンはインターホンに向かって知らない飲み物をオーダーをしている。
いや、そんなことより……
ちょっと何? よく分かんないんだけど!? この状況!
陸は初めこそ驚いてあたしを見ていたけれど、すぐに視線を逸らしてそれからはあたしと顔を合わせようとしなかった。
え、なに知らんぷりしてるの?
陸の左隣には泉さんが座っていてちょこちょこと陸に話しかけている。陸も曖昧に笑いながら何か返したりしてる。
そう言えば……泉さんって前に陸のことカッコいいって言ってたよね?
お店入るときにさわやかクンが言ってた、「イズミさんのリクエスト」ってもしかして陸のことっ!?
もう、何がなんだか分かんないっ!
とりあえず、モスコ…ナントカが来たから一気に飲み干す。
「ヒュ〜♪ ヒカルちゃんイケるんだ〜!」
と言いながらさわやかクンがインターホンに手を伸ばす。「あ、モスコミュール2つ」
そしてオーダーをしながら片手で歌本とリモコンを渡してきた。
でも、あたしはとても歌う気になれなくて、ごめんねちょっと…と言ってバッグを手に洗面所へ立った。
鏡に映った自分の顔を見つめる。
なんで? なんで陸合コンなんかに来てるのっ!?
まさかやっぱりあたしの他にも女の子と付き合いたい?
鏡の中の自分を睨みつける。
いやでも……あたしと同じように知らないで来ちゃってるだけかも。
だったらしょうがないけど……
いやいや、もしかしてちゃんと合コンだって分かってて参加してたんじゃない!?
あたしがこの前の続きさせないからっ!?
「だから他の子とっ!? まさかでしょ!?」
そう言って再び見た自分の顔は怒りのためか、お世辞にも可愛いとは言い難い顔で……
……あ、前に陸が見たあたしの「百面相」ってコレか。
洗面所にはあたし以外誰もいない。いなくてよかった……
あたしは溜息をつきながら、
「…やっぱり本人に直接聞いたほうがいいよね」
と鏡の自分に確認し一人肯いた。
百面相を止めて洗面所から出ると、陸が廊下の壁にもたれるようにして立っていた。
「……なんで いんの?」
ちょっと怒ったような、バツが悪そうな、そんな感じで陸があたしを見る。
「陸こそっ! あたしは合コンだって知らなかったの! 無理やり連れて来られたようなものなのっ!」
陸は? と聞くと陸は…目を伏せた。
「ああーっそ! 合コンだって知ってて来たんだ? そーなんだ!?」
「いや知ってたけどさっ。ノリっつーか…断り切れなくて」
と陸は言い訳しようとして、「…いや、とにかく悪かった。ゴメン」
と顔を伏せた。
あたしはなんかスッキリしなくてそっぽを向いていた。
「あのさ……」
「なに?」
「あんまあいつらの相手しなくていいからね?」
「あいつらって?」
あたしはムッとしたまま、「シルバーアクセのさわやかクンのこと?」
「さわやかクン? 誰だそれ?」
陸はちょっとだけ眉をひそめて、「あいつら全員だよ。一晩付き合えりゃラッキーくらいに考えて、ココ来てるよーなヤツらばっかなんだから」
「っ!? 陸もそんなこと考えて参加してたのっ!?」
あたしがこの前の続きさせないからっ?
「だから違うって! 付き合い! ホントそれだけっ! どうしても来てくれって言われて仕方なく? 一次会で帰ろうと思ってたし」
「……ホント?」
「ホントだよ」
「信じていいんだよね?」
「うん。裏切ったら切ってもいいよ」
「?」
「ココ」
と言って自分の下半身を指差して笑う。
「バカっ!」
と陸の背中を叩いて、「……あたしもすぐに帰ろうと思ってた」
陸の上着の裾をつまんだ。
陸が手をつないでくる。子犬みたいに首をかしげて、
「じゃ、一緒に帰ろ?」
とアーモンド形の目を細めて笑う。
この顔に弱いんだよね、あたし……
きっと泉さんのリクエストでさわやかクンが陸をメンバーに入れたんだと思う。
でも、そう分かっていても……やっぱり面白くない。
「……もう合コンとか参加しないで」
「うん。結衣も」
「だからっ! あたしは知らなかったんだってばっ!!」
と陸の胸を叩こうとしたらその腕を掴まれた。見上げたら陸はもう子犬の顔じゃなくなっていた。そしてそのまま唇を塞がれて……
「……なんで今日そんなにカワイイ格好してんの」
陸がちょっと身体を離してあたしの全身を眺める。
「カ、カワイイ…かな?」
「うん。スカート短すぎてパンツ見えてるよ」
「うそっ!?」
あたしは慌てて裾を押さえた。
「大丈夫。普通にしてれば見えないから。座ったとき? 向かいのオレの席から見えるだけ♪」
だからそのまんまでいいよ、と陸が笑う。
……バッグだ。バッグで隠そう…
「ところでどうする? 結衣がイヤじゃなければ、オレたち付き合ってるからって宣言して先にバックレちゃう?」
「イヤじゃないんだけど、ちょっと……こっちにも色々事情があるというか」
なんとなく泉さんが陸狙いだとは言えず、とりあえずあたしたちは初対面を通そうという事にした。

「陸く〜ん♪ なんか歌って〜」
と泉さんが陸の肩に手をかける。「山ピー! 抱いてセニョリータ!!」
「あー、オレあんま歌知んないんだよね〜。ってかイズミさん相当飲んでるでしょ」
「うん! 飲んでるぅ〜。かなり酔ってるカモ〜? 介抱して陸くん♪」
「いいよ…… ほらっ!」
陸が自分にしなだれかかっている泉さんの首筋にグラスをくっつける。
「きゃぁ! つめたっ!」
泉さんがビックリして陸から離れる。
「ね? 冷めたでしょ?」
と陸はグラスを手にしたまま笑っている。
「もうっ! 陸くんって意地悪だよね〜っ!」
と言いつつも顔は笑っていて、泉さんはさっきよりも余計に陸にくっついた。
陸は合コンに慣れてるみたいで、女の子のあしらい方も上手かった。
……面白くないんですけど。
泉さんも泉さんだよ! ちょっと馴れ馴れしすぎるんじゃないっ!?
あたしは反対側の席に座って、隣りのさわやかクンの話にテキトーに相槌を打ったり、勝手に入れられた曲を歌わされたりしながら陸の様子を窺っていた。
あーもう! なんか頭がカッカしてきた。やたら喉も渇くし。
あたしはもう何杯目かのジンジャーエールもどきを飲み干していた。
「ヒカルちゃん強いね! 今度は別なの行けば? 炭酸きつくない?」
「他に何があるの〜?」
もうなんだか、メニューを見るのも面倒になってきた。
なんだろ… 実はさっきから身体が熱くなってきてるんだよね……
霞みそうになる視界の端に陸と泉さんが一緒に部屋を出ていくのが見えた。
ちょっと! どこ行くのっ!?
急に立ち上がろうとしたら一瞬目の前が歪んで見えて、あたしはストンとソファに腰を落とした。
「大丈夫?」
隣りのさわやかクンがあたしの顔を覗き込む。
「う〜ん… ちょっと立ちくらみ〜? だと思う〜」
「ねぇ… ちょっと大丈夫?」
反対側の席から麻美が声をかけてきた。「さっきから… 何飲んでんの?」
モスコ…なんだっけ?
なんかサンダルみたいな名前だったような気が……
と考えていたら、
「ジンジャーエールだよ」
とさわやかクンが代わりに答えた。
ん〜〜〜? そうだっけ? ………ま、いっか。
「じゃ、次は〜…コレ! コーヒー牛乳みたいなもんだから」
またさわやかクンが勝手にオーダーする。
「ちょっと結衣…」
と麻美が立ち上がりかけると、陸とは反対側で麻美の横に座っている男の子が、
「まーまー、お姉さ〜ん」
と無理やり麻美を座らせた。麻美はちょっと怒った顔でその男の子に何か言っていたみたいだけど、誰かが歌っている曲がうるさくてよく聞こえなかった。
「え? ヒカルちゃん、本当は結衣っていうの?」
とさわやかクン。
「うん、そー! 偽名だよ、ギ・メ・イ!」
あたしはさわやかクンの耳元で大きな声を出した。
陸にバレないようにって考えた名前だけど、意味なかったよね〜!
あ〜、陸って言えば……まだ戻ってこな〜い!
何やってんのよ〜! 泉さんと〜!
やっぱりちょっと様子見に行ったほうがいいんじゃ……
でも、なんかダルくて……動くのツラいかも……
とあたしが悶々としていると、
「偽名使うなんて悪い子だな〜」
とさわやかクンがあたしの肩に手をかけた。「お仕置きしちゃおうかな〜」
「あのね〜? 言っときますけど〜あたしの方が年上ですから〜?」
さわやかクンはあたしの肩に腕を回したまま笑っていた。
まったく…あたしが子供っぽいからって……
「いい〜? よ〜く聞きなさ〜い! まず後輩はねぇ、先輩を〜…」
なんて、さわやかクン相手に説教を始めているうちに……なんだか眠気が襲ってきた。
一瞬だけ目をつむって……… 気が付いたらあたしは麻美と一緒に電車に乗っていた。
「……ん? あれ?」
「……起きたの?」
どうやら麻美に寄りかかって寝ていたみたい。あたしは目をこすりながら体を起こした。
「ここ……え? あたしたちカラオケにいたはずじゃ…」」
「もうすぐ結衣んちの最寄駅に着くよ」
え…? あれ? なんでもう電車…ていうかあたしんちの最寄駅って…いつの間に……
……はっ! 陸は? 一緒に帰ろうって約束してたんだけど!
陸はどこにいるんだろう…とあたりを見回したんだけど…… いない。
「結衣、何飲んでたの? 意識なくなるぐらい飲むなんて……」
麻美は呆れたような疲れたような顔であたしを見た。
「何って…… モスコ…ナントカとか、コーヒー牛乳みたいなやつ?」
「それね、全部お酒だから!」
と麻美はため息をつく。
「え、そーだったの!? 分かんなかった……」
勝手にオーダーされたものを飲んでたから……
「……ねぇ、陸は?」
麻美がチラリとあたしを見る。そして無言のまま前に向き直る。
「?」
どうしたんだろ?
「麻美?」
「〜〜〜もうっ! 結衣が寝てる間大変だったんだからね!!」
麻美は眉間にしわを寄せてあたしの膝を叩いた。
え? なになに? 何があったの!?

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