あの夏も、空も、風も、 #3 |
「やっぱり転校しちゃうんだって! 松本くん」 「マジでっ!? つか、そんなに足速かったんだ?」 久しぶりにみんなが集まった全校登校日は、ヒロの話で持ち切りだった。 「なんか、休み中に参加した合宿でスカウトされたって!」 「さっき廊下で三宅理沙見たよ。チョー泣いてた。あいつ松本のこと好きだったんだ?」 聞きたくなくても、噂は勝手に耳に飛び込んできた。 どうしよう・・・ ヒロがココからいなくなっちゃう・・・ あたしの手が届かないところに行っちゃう・・・・・ 「なつみ? 何やってんの? こんなとこで」 校庭の隅でボーっとグラウンドを眺めていたら、織田センパイがやってきた。 「センパイ・・・」 「なんかスゲー久しぶりって感じじゃん? なつみ最近付き合いわりーし」 「や・・・」 テキトーな言い訳が思いつかない。 ていうか、今は織田センパイのことを考える余裕がない。 あたしがそのまま黙っていたら、 「・・・なんか、オチてんね?」 「あ〜・・・ まぁ・・・」 センパイはあたしの顔を覗き込んだあと、 「・・・よしっ! 今日はオレのおごりだ! ちょっと付き合えよ!」 「え? や、でも・・・」 「いーからいーから!」 半ば引きずられるようにして、先輩と校門を出た。 「・・・門限7時は早すぎるだろって思ったけど・・・」 織田センパイが辺りを見回す。「・・・スゲーな、真っ暗じゃん」 「でしょ? 民家が少ないから、街灯も少ないんだよ」 センパイがバイクでウチの近くまで送ってくれた。 結局あのあと、センパイと一緒にゲーセンに行って、それからカラオケにまで行った。 「ウチの前まで送んなくていーの?」 「うん。 バイクの音聞きつけてお父さんが出て来そうだし。 うるさいこと言われるのやだから」 バイクから降りてヘルメットを外す。「ありがと。センパイ」 「少しは元気でたか?」 「うん。 出た出た」 って、ホントはあんまり元気出てないけど。 でも、センパイがせっかく気を使って誘ってくれたんだから、あんまり落ち込んでたら申し訳ない。 「なんか、色々ゴチになっちゃったね。ありがと。 今度ちゃんとお礼するね?」 とあたしがセンパイの顔を覗き込んだら、 「ん〜・・・・・・つか、さ」 とセンパイがあたしの腕をつかんだ。「今度じゃなくて、今は?」 「え?」 「今、お礼くれよ」 急にセンパイが顔を近づけてきた!! 「や、やだっ!!」 思わず持っていたヘルメットをセンパイの胸の辺りに投げつけてしまった。 ゴロゴロという音を立てて、ヘルメットが地面に転がる。 センパイは顔を歪めて胸を押さえていた。 「ってぇ〜・・・ なにすんだよ」 「ご、ごめんっ! ・・・だって、センパイが変なことしよーとするから・・・」 「・・・なんだよ。 変なことって」 センパイがちょっとムッとした顔をする。 「え・・・ だって、今・・・」 ・・・キス、しよーとしてなかった・・・? あたしが戸惑っていたら、 「いーだろ? 減るもんじゃないし」 とセンパイがまた腕をつかんできた。 「ちょ・・・っ セ、センパイ? 待ってっ!?」 慌ててその手を振り解こうとしたんだけど、センパイの力の方が強くて全然敵わない! 「何待つの? ・・・つか、なつみだってそのつもりだったろ?」 「な、何言ってん・・・ ンンッ!?」 乱暴に口付けられた。 「や、やだッ! ―――ッ!!」 思い切りセンパイの胸を押し返す。 でも、やっぱり敵わない。 「センパイっ! やめ、てっ!」 「オレが東京行ったら、泊まりに来たいって言ってたじゃん。 ヤリたかったんだろ、オレと」 「そんな意味じゃ、な・・・―――きゃあっ」 道路脇の茂みに押し倒された。 そのままセンパイが胸を触ってくる! 「や、やだ―――ッ!!」 「叫んだって、誰も来ねーよ。こんなとこ。 諦めな」 「やだやだやだっ!」 「どーせ何人ともヤッてんだろ? 今さらぶってんじゃねーよ」 センパイは笑いながら、「安心しな。 ちゃんと避妊はしてやるよ」 とあたしのシャツを捲り上げた。 やだ・・・ やだやだ・・・・・・ 抵抗しながら、周りを手探りした。 コブシ大の石が指先に触れた。 「なつ・・・・・・ ッてぇ!!」 夢中で石を振り回したら、それがセンパイの額の辺りに当たったみたいだった。 「・・・や、やめて・・・って、言ったのに・・・」 あたしは震えながら石を握り締めていた。 センパイはあたしの上に馬乗りになったまま額を押さえている。 震えるあたしの頬のあたりに、生温かい液体が数滴垂れてきた。 月明かりにうっすらと照らされたセンパイの額が、真っ赤になっている。 ―――血だ。 センパイの血を見て、さらに震えが大きくなってきた。 センパイがゆっくりとした動作で、自分の手に付いた赤いものを確認する。 「・・・セ、センパイ・・・」 あたしもそっとセンパイの下から這い出て、センパイの額を覗き込んだ。 「ゴ・・・ ゴメンナサイ・・・ 大丈・・・夫?」 センパイがあたしの方を見た。 その目が氷のように冷たく光っていて、思わず鳥肌が立った。 あまりの恐怖に、呼吸を止めて一歩後ずさった。 ジャリ、と言う音を立ててセンパイがあたしに一歩近寄る。 あたしは踵を返すと、全速力で走り出した。 振り返らなくても、センパイが追いかけてくるのが分かる。 舗装されている道路から、脇道にそれた。 砂利道のせいで走りにくい。 その砂利道のせいでセンパイの足音が余計に大きく聞こえる。 あたしは死に物狂いで走った。 良かった・・・ 前に陸上やってて。 これ、普通の女の子だったら絶対追いつかれてる。 引き離したわけじゃないけど、捕まえられそうな超近距離でもない。 ヒロは瞬発力がある短距離タイプだけど、あたしはどっちかと言うと持久力がある長距離タイプだった。 このまま走っていけば、センパイの方が先にダウンしてくれるかも・・・ そうしたら、このまま秘密基地に逃げ込んで・・・ ―――そこで一瞬躊躇ってしまった。 もし、・・・秘密基地まで追いかけてきたら? あたしとヒロだけの場所を、センパイに知られてしまったら・・・? そんなことを考えたせいで、少しだけスピードが落ちてしまった。 「ッ!? きゃぁっ!!」 グイと、肩をつかまれた。 「・・・ナメんなよ」 「や・・・だっ、やだ―――ッ! やっ・・・」 また砂利道の上に押し倒される。 打ちつけられた背中や腰の辺りに痛みが走った。 センパイの大きな手が、あたしの両手を絡め取る。 乱暴にシャツを脱がそうとしたせいで、そのボタンがいくつか千切れた。 胸元が外気にさらされ、恐怖が全身を駆け上がってくる。 誰か・・・ 誰か助けてッ!! 「―――・・・ッ!!」 声が出なかった。 あまりの恐怖に、声を出すことも抵抗することも出来なかった。 生暖かくちょっとざらついたものが、あたしの胸の上を這う。 ・・・なに? 何これ・・・・・・ 気持ち悪い・・・ 恐怖と嫌悪感で頭がおかしくなりそうだった。 スカートの中にセンパイの手が入ってきて、強引に下着を下ろされた。 自分ですらあまり触ったことのない場所に、センパイの手が触れる。 「・・・やっぱ、まだ濡れてねーな」 と言いながら、センパイがズボンのベルトを外す。「ま、どっちでもいいか」 ズボンと下着をちょっとだけ下ろしたセンパイの下半身が、月明かりに照らし出される。 「ッ!? や、やだ―――ッ!!」 それを見た途端、あたしはまた暴れ出した。 「いい加減諦めろって。 抵抗すると余計痛い目見るぞ?」 「やだ・・・ やだ―――ッ!!」 「だから、叫んでも無駄だって」 ・・・絶対やだ・・・ 初めてがこんなのなんて・・・ やだ・・・・・・ 初めては、絶対―――・・・ 「・・・ッ ヒロ・・・ ヒロ――――――ッ!!!」 「誰それ」 センパイがあたしの両足を抱えるようにつかんで笑う。 いくら抵抗しても全然振り解けない。 さっき避妊すると言ったセンパイが、そのままあたしの中に入ってこようとする。 ―――ヒロの顔が脳裏をよぎった。 小さい頃から全然変わってない、優しい笑顔であたしに笑いかける。 ・・・・・・初めては、ヒロがよかった・・・ と、あたしが諦めかけたとき。 「なつみッ!!」 あたしの名前を呼びながら、誰かが砂利道を走ってくる音がした。 センパイが弾かれたように振り返る。 「なつみっ!? なつみ―――ッ!!」 ・・・・・・この声は・・・ ヒロだッ!! 「ヒロ―――ッ!!」 あたしも力いっぱいヒロの名前を叫んだ。 センパイが舌打ちをして、掴んでいたあたしの足を放した。 そのまま慌ててズボンを穿きなおす。 「・・・誰にも言うなよ」 そう言いながらセンパイがあたしから離れる。 「言ったら、こんな狭いとこだ。 あっという間に噂されて、好奇の目で見られるのは自分だからな」 「なつみッ!!」 ヒロの声がすぐそばまで近づいてきた。 「いいか。・・・絶対言うなよ?」 そう言い捨てると、センパイは来た道ではなく林の中に走り去って行った。 入れ違いにヒロが走ってきた。 すぐには立ち上がることが出来なくて、あたしはそのまま地面に座り込んでいた。 「・・・なつみ? 今、誰か・・・・ッ!!」 あたしの姿を見たヒロが固まる。 まるで、時間が止まったかのように、呼吸までも止まってるんじゃないかって感じにヒロが固まる。 でもそれは一瞬のことだった。 ヒロはすぐにあたしの方に駆け寄ってきた。 「ヒロ・・・」 自分でも驚くくらい声が震えている。「あ、あたし・・・」 「大丈夫。大丈夫だ」 ヒロはそう言うと、あたしのすぐそばに落ちていた布切れのようなものを拾って、あたしを抱き上げた。 そのまま秘密基地まで連れて行かれた。 ラグマットの上にそっと下ろされる。 「これ、穿いて」 さっきヒロが拾ったのは、あたしの下着だった。 それをあたしに渡したあと、ヒロは基地を出て行こうとする。 「ヒロッ!? 待ってッ!! 行かないで!!」 「すぐ戻るから」 「やだやだっ! 一人にしないでっ!! 一緒にいてっ!!」 もしまたセンパイが戻ってきたら・・・ あたし、今度こそ・・・ さっきの恐怖を思い出して、また体が震える。 「なつみ・・・」 基地を出て行きかけたヒロが、あたしの側にしゃがんでそっと抱きしめてくれた。 震える体を落ち着かせるように、優しく抱きしめてくれるヒロの腕・・・ 徐々に震えが収まってくる。 「待ってな?」 「で、でも・・・」 またセンパイが来たら? ヒロはちょっとだけ目を細めて、 「ここはオレたちの秘密基地だぞ? 誰も知らない。 誰も来ない」 とあたしを見つめた。「2人だけの、秘密基地だ。 だろ?」 「・・・・・・う、ん」 もう一度あたしを抱きしめて、ヒロは秘密基地を出て行った。 基地の中に静けさが戻ってくる。 周りで鳴いている虫の声だけが、うるさいぐらいに響いていた。 またさっきのことを思い出す。 もしヒロが来てくれなかったら・・・・・・ あたし絶対センパイに犯されてた。 なんで? なんでセンパイ急にあんなことしたの・・・? 「泊まりに来たいって言ってたじゃん。ヤリたかったんだろ?」 センパイが言ってたことを思い出す。 「あんま、男ナメんなよ」 ヒロが言ってたことを思い出す。 ――――――あたしはバカだ。 そのまま膝を抱えるようにして座り込んでいたら、外で物音がした。 ジャリ、ジャリ、と砂利道を踏みしめる足音が聞こえる・・・ ――――――センパイ・・・? また体が震え始めた。 思わず両手で自分の体を抱きしめる。 ガタン、と音がして、秘密基地の戸が開いた。 「きゃ―――ッ!!」 思わず目をつぶって大声で叫んだ。 「・・・・・・オレだよ」 「・・・・・・え・・・?」 恐る恐る目を開けてみたら、ヒロだった。 脇にスポーツバッグを抱えている。 ヒロはそのまま基地に入ってくると、スポーツバッグの中身を出し始めた。 「これに着替えて」 中からヒロのTシャツやスウェットが出てきた。 「え・・・?」 ヒロ、これ取りに戻ってたの? でも・・・ 早すぎない? ココからヒロんちまで片道でも10分はかかる。 そこを往復して、服まで用意して・・・ なのに、絶対10分もかかってない。 それにしても・・・ なんで、服なんか・・・・・・ あたしが戸惑っていたら、 「いーから早く脱げ。 そっちはオレが処分する」 「え? 処分って・・・」 戸惑ったまま自分の姿を確認した。 秘密基地の中に電気はないから、微かな月明かりを頼りに・・・ 「―――・・・ッ!!」 息を飲んだ。 制服のシャツが血だらけだった。 ボタンは千切れているし、ところどころ破れてもいる。 「ヒ、ロ・・・ あ、あたし・・・・・・」 「いい。 何も言うな」 ヒロは目を伏せたまま、震えるあたしの着替えを手伝ってくれた。 脱いだ血だらけの制服をヒロがバッグに詰め込む。 その間ヒロは何も言わなかった。 「ヒロ・・・? あ、あたし、何も・・・何もされてないよ・・・?」 ヒロが黙ったままなのがなんだか怖くて、そんなことを言った。 「・・・・・・分かってる」 「ホント・・・ホントだよッ!?」 「分かってるって」 そう言ってヒロがあたしを抱きしめてきた。 しばらくそうしてから、2人であたしんちに向かった。 「・・・オレ居間に行くから、お前はまっすぐ風呂行け」 「え・・・」 「おじさんやおばさんには何も言うな」 「え・・・ あの・・・」 「いーから言うとおりにしろ」 ヒロは強い口調でそう言うと、「ただいま―――!!」 と居間に入っていった。 「おっ! ヒロ〜♪ 久しぶりじゃねーか!」 「おとといも来たじゃん」 「バ〜カ! 息子の顔は毎日見たっていいんだよ! おい、母さん!ヒロのグラス取って」 「だから、お父さん? ヒロは未成年―――・・・」 居間からヒロとお父さんたちの談笑する声が聞こえてくる。 あたしはヒロに言われたとおり、そのままお風呂場に向かった。 脱衣所の鏡に映った自分を見て、また息を飲む。 ヒロが、 「まっすぐ風呂行け」 と言った意味が分かった。 あたしの顔にもセンパイの血が付いていた。 あたしはお風呂場に飛び込んで、慌ててシャワー栓を捻った。 翌日は一日中自分の部屋にこもっていた。 いろんなことを考えすぎて、頭も痛い。 「なつみ。晩ご飯はちゃんと食べなさい」 お母さんが心配して声をかけてきた。 「おじさんやおばさんには何も言うな」 ってヒロが言ったのは、お母さんたちに心配かけさせないためだと思う。 ここであんまりあたしが塞ぎこんでいたら、色々勘ぐられるかもしれないし、心配もされる。 食欲なんか全然なかったけど、仕方なく居間に下りていく。 「ん〜〜〜・・・ オレも何も聞いてねぇなぁ・・・」 居間では、お父さんが腕を組んで頭を捻っていた。 「・・・・・・こんばんは・・・?」 お父さんの前にヒロのおばあちゃんが座っていた。 遠慮気味に頭を下げる。 「こんばんは。 なつみちゃんでも聞いてないかねぇ」 「え? 何が・・・?」 お父さんとヒロのおばあちゃんの深刻そうな雰囲気に、ちょっと不安を覚える。 「いやな。 ヒロ、東京の学校に行く話・・・アレなくなりそうなんだってよ」 「え・・・?」 な、なんで・・・? ヒロのおばあちゃんが、 「さっき学校から連絡があって、誰かに暴力振るったって・・・」 心臓が大きく跳ね上がった。 「普段そんなことするような子じゃないし、なんか理由があったんだろうって先生も言ってくれてるんだけど・・・ 当のヒロが何も言わないから先生も戸惑っちゃってねぇ・・・」 「相手の親が、もうすぐ推薦の面接があるのに、あんな顔じゃ絶対落ちるって学校に怒鳴り込んできたみてーなんだよな」 「・・・ヒ、ヒロ、は・・・?」 「ウチでおじいちゃんに睨まれてる。 ・・・あんなに頑固なヒロは初めてだよ・・・・・・」 「今まで反抗期らしい反抗期もなかったしなぁ・・・」 「東京に行けなくなったこと自体は全然構わないんだよ。ヒロがそばにいてくれるのが一番嬉しいんだから。 ただ、なんで他人様を傷つけたりしたのか・・・ やっぱり、駄目なのかねぇ。親じゃないと・・・」 「ばあちゃん、何言ってんだよ! ばあちゃんたちはちゃんと立派にヒロ育ててるよっ! 普通の親よりちゃんとやってるよ!!」 「だけどね・・・」 ヒロのおばあちゃんが俯く。 あたしはまた自分の部屋に戻ろうとした。 「なつみ? ご飯は?」 あたしの足音を聞きつけて、お母さんが台所から顔を出した。 「ごめん・・・ やっぱ、いらない」 「はぁ? ちょっとあんた、ちゃんと食べないと夏バテするよっ!?」 お母さんの怒鳴り声を背中に受けながら、そのまま2階へ上がった。 ベッドに寝転がり天井を見つめる。 ・・・・・・ヒロが暴力を振るった相手は織田センパイだ。 きっとヒロは、昨日あたしを襲ったのが織田センパイだって探し当てたんだ。 でも、どーやって・・・? と、一瞬考えかけて、 ・・・すぐ分かるか。 センパイのバイクは道端に無造作に停めてあっただろうし、そのそばにはあたしのカバンが落ちてたろうし・・・ きっと昨日ヒロがあそこに来たのだって、偶然じゃなくて そのあたしのカバンを見つけたからで・・・ あたしは一日たって、やっと色々考えられるようになっていた。 なんでヒロが、制服を処分してまでセンパイに襲われたことを隠そうとしたのか。 センパイも言ってたけど、こんな田舎の人付き合いが密なところでそんな噂が立ったら、あっという間に町中に・・・ううん、隣町にまで広まってしまう。 そんなことになったら、被害者はあたしだって言うのに、あたしだけじゃなくてお父さんもお母さんも肩身の狭い思いをしなければならない。 大分前に、・・・これは別な町の話だけど、やっぱり誰かに襲われた子がいて、その子が警察に届けたらあっという間に噂が広まってしまった。 何人にも犯されたとか、逆に誘ったんだろうとか、妊娠までしてしまってそれを堕ろしたとかなんとか・・・ 本当のところはどこまでが噂通りなのか分からない。 けれど、噂というのは、ときに真実よりも真実らしく人の口から口に伝えられていく。 結局その子と家族は、県外のどこかに引っ越したって・・・ これも噂で聞いた。 あたしは、寸前で助かったけど、それだってどういう風に噂されるのか分かったもんじゃない。 だからヒロは、あたしやお父さんたちを守るためにあんなことを・・・ でも、あたしを襲った人物をそのまま放って置くことは出来なくて、それを探し当てて仕返ししてくれたんだ・・・ 東京の学校に特待で行くことが決まっていたのに・・・ 今なにか騒ぎを起こしたらそれがダメになることくらい、ヒロだって分かってるはずなのに・・・ ―――ヒロ・・・・・・ッ!! また胸が締め付けられるように痛んだ。 どうしよう・・・ あたしのせいで、ヒロが学校やおじいちゃんたちに責められている。 本当に悪いのは、センパイだって言うのに。 本当に悪いのは、バカなあたしだって言うのに・・・ ・・・あたしがちゃんと話した方がいいのかも知れない。 噂されるかもしれない。 お父さんやお母さんを悲しませるかもしれない。 けど、ヒロが悪者でいるのは我慢できない。 「―――・・・・・・」 そう思うのに、体が動かない。 噂が怖くないって言ったら、嘘になる。 お父さんやお母さんのことだって、出来れば悲しませたくない。 ・・・けれど、あたしが本当のことを話して、ヒロの誤解が解けて・・・・・・ ―――ヒロが東京に行ってしまうのが一番イヤだ。 あたしがこのまま何も言わなければ、転校の話はなくなり、ヒロはここに残ることになる。 また今までみたいにあたしのそばにいてくれる。 もしかしたら、走ること自体続けられなくなるかもしれないけど・・・ でも、あたしのそばにヒロを置いておける・・・・・・ |
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