パーフェ☆ラ 第7章

D ワナA


相変わらず森下の低俗な嫌がらせは続いていた。
チクチクと嫌味を言われることはしょっちゅう、机やロッカーを荒らされることもあった。
でも、元々気が小さい人間だからちょっとこっちが強気に出ると、
「ちょ、調子に乗ってんじゃねーぞ」
とか、
「なめんなっ」
とか、捨て台詞を吐いて引っ込んでいってしまう。
それを追いかけてまで文句を言うのも面倒だから放っておくと、また同じことをやってくる。
クラスメイトは森下のことを、
「頭はいいけど変なヤツ」
という位置付けで見ていて、基本的にあまり相手にしていない。
そんな人間を本気で相手にしたりする方がカッコ悪い。
そう思って毎日我慢してるけど……
チリも積もれば、というか、くだらない嫌味や嫌がらせも毎日続くとさすがに相当なストレスになってくる。
「メグ…… なんか疲れてる?」
週末、市営の体育館でシュート練をしていたら、真由が心配そうにオレの顔を覗き込んできた。
マズイ。
森下のことを考えていたらうっかり溜息をついてしまった。
シュート練とはいえ、せっかく真由と2人きりでいるってときに、つまらないことを考えるのはよそう。
「いや、別に?」
と慌てて笑顔を作ったけど、真由は心配顔のまま、
「部活で疲れてるだろうし、勉強だって……1組は大変なんでしょ? ちょっと休んでてもいいよ?」
とボールを弾ませながらゴールに近づいて、「大分コツつかんだし…… もう1人でも練習出来るから!」
と言いながら、えいっとボールを放り投げた。
………エアボールだった。
「あ、あれ〜〜〜? おかしいなぁ…… さっきは入ったのに」
と首を捻りながらボールを追いかける真由。
その後ろ姿がなんだか小動物みたいに見えて…… 可愛い。
「誰がコツつかんだって? オレの教えでエアボールとかありえねーだろ!?」
「ち、違うよっ! 今のはちょっと……手が滑ったっていうかっ!」
慌てて言い訳を始める真由を見ていたら、なんだか気持ちが盛り上がってきた。
「ほら、外したんだからお仕置き」
「ええっ!?」
土曜の午前中、ここを使う利用者は少なく、この日も体育館にはオレたちしかいなかった。
「で、でもっ、誰か来たら……っ」
慌てる真由の腰を抱き寄せる。
「誰も来ない」
「だけど…っ んっ!」
そのままやわらかい真由の唇に自分のそれを押し付けた。
真由の唇ってなんでこんなに甘いんだろう。
唇だけでもこんなに甘いのに…… その奥にはどれだけ甘美な世界が広がってるんだろう。
そう思ったら、もうその奥を確かめずにはいられない。
もっと深く口付けようと真由を強く抱き寄せたら、真由が持っているボールが二人の間の邪魔をした。 即座に奪い取ってその辺に放り投げる。
甘いものは体力を回復させてくれるって聞いたことがあるけど、ホントだな。
オレにとって真由は砂糖菓子だ。
味わえば味わうほど気持ちが盛り上がってくる。
つか、盛り上がりすぎて…… ちょっと、ヤバイかも……
「も、もうっ! 練習より息上がっちゃうじゃん! 激しすぎだよっ!!」
そう言って真由は怒るけど、それも真由のせいだ。
……真由は気付いていないけど。
オレの胸中なんか知る由もない真由は、顔を赤くしたまま、
「お仕置きばっかじゃつまんない! 試合でシュート入ったらご褒美ちょうだいっ!」
とオレに迫ってきた。
「ご褒美って…… んじゃ、キスとか?」
とオレが返したら、
「それじゃお仕置きと同じじゃん! そんなんじゃヤダっ!」
とさらに顔を赤くする。
ああ、もうその顔。 めちゃくちゃお仕置きしたいんだけど。
つか……
マズイ。 今すぐ抱きたくなってきた。
そういえば最近してないよな……
平日はオレも部活があって遅いから時間的に無理だし、かといって週末や休日にどっちかの部屋でっていうのも厳しい。 お互いの親がいるからだ。
だから真由の母親が、単身赴任している真由の父親のところに、月に一度泊まりに行く日が唯一のチャンスといえる。
月に一度のチャンスだから、そのチャンスは最大限に生かしたい。
「も、限界だよ。 寝かせてよ〜…」
「寝てていいよ」
「やだ―――っ!!」
なんて、下手したら外が明るくなる頃まで真由を寝かさないこともあるくらいだ。
それがこの春休みは無理だった。 ……真由の父親が長めの有給を取ってこっちに帰ってきたからだ。
正直、ちょっと……いや、かなり落ち込んだ。
どこか、誰にも邪魔されない場所に真由と行きたい。
一日中手を繋いで、キスして、抱き合って…… そんなことが出来る場所に行きたい。
今年は受験でそうそう出かけられなくなるかもしれないけど…… 夏休みとか? ちょっと時間作って……
って、こんなこと去年は考えなかったよな。
やっぱ、クラスが分かれて寂しいのはオレの方なのかな……

「また見に来てるぞ? あいつ」
「え?」
涼に言われて振り返ったら、体育館の扉のところに例の……あの、写真部に入った常盤とかいう1年が立っていた。
「もう体験終わったっつーのにな」
涼が不思議そうに首を捻る。
「いや、あいつが興味あんのはバスケじゃなくてオレだから。 ……つか、正しくは真由だけどな」
「え、なに? あいつ真由のこと狙ってんの?」
と涼は驚いたあと、「あ〜、だからお前のこと見に来てんのか」
とすぐに状況を理解した。
「そういえば最近可愛くなったもんな、真由。 お前に女にされてから……って、いでっ!」
「しつけーんだよ、お前は」
前にも言われたことをまた言う涼の背中を叩いてやる。 涼は叩かれた背中をさすりながらニヤニヤ笑っていた。
しつこい涼を残し、オレは常盤のところに近づいた。
常盤がちょっと驚いた顔でオレを見上げる。
「なんで見てんの? 体験もう終わったよ?」
オレがそう言ったら、常盤はちょっと逡巡する仕草をしてから、
「……先輩、オレのこと覚えてます?」
と上目遣いにオレを窺ってきた。 ……見ようによっては睨んでいるようにも見える。
こっちも睨み返してやってもよかったんだけど、一応年上の余裕を見せて笑顔で、
「覚えてるよ。 キミ体験初日にバスケに来たろ? ……つか、写真部入ったって聞いたけど? 真由に」
とわざと真由の名前を出してやった。 途端に常盤が顔を赤くする。 そしてちょっとだけ目を伏せて、
「……先輩、ホントに市川先輩と付き合ってんですか?」
と聞いてきた。
そんなことを聞いてくるってことは……やっぱり真由と付き合ってるオレが気になって覗きにきたってことか。
「ああ。 付き合ってるよ」
間髪置かずにそう言ってやったら、常盤はますます顔を赤くして、
「……合わない」
「は?」
「先輩とあの人は全然合わない! ……相応しくないっ!」
と怒鳴りつけて足早に体育館を出て行ってしまった。
―――オレと真由は…… 似合わない?
予想外の発言に呆然とその後ろ姿を見送っていたら、
「あいつなんだって?」
と涼がやってきた。「なんか怒鳴ってたみてーだけど」
オレは戸惑ったまま、
「や…… なんか、相応しくねーって」
「は?」
「オレは真由に相応しくねーって。 そう言われた」
「マジかよっ!? あの1年がっ?」
真由に気があることは分かっていた。 だから牽制するつもりで近づいて行ったのに……
まさか、殆ど初対面に近い、しかも1年からあんなことを言われるとは思いもしなかった。
真由に対する気持ちは、ただの年上に対する憧れみたいなものだと思っていたけど……まさか、本気なのか?
「勇気あるなぁ、あの1年。 3年に…しかも千葉みたいな完璧主義の男に勝負挑むとは」
「別に完璧主義じゃねーっつーの」
「でも、こりゃ面白いことになりそうだな〜。 真由を取り合って千葉と1年のバトル! まさか3年が1年に負けるわけにはいかないし、年下相手に本気になりすぎてもカッコ悪いしな〜」
涼はオレの話なんか全く聞かず、完全に面白がっている。
真由が矢嶋に取られそうになったときは、マジで心配して色々世話焼いてきたくせに……なんなんだよ、こいつは。
それにしても、常盤はどういうつもりなんだろう。
オレが3年だからか低姿勢ではいるけど、
「相応しくない」
なんて、言うことは言うしな……
「真由を取り合って千葉と1年のバトル!」
とか涼は面白がってるけど…… 勘弁して欲しい。
そりゃ、常盤が本気で真由を取りに来たときは受けて立つけど……
部長やクラス代表だけでも結構神経使うのに、今は森下のこともある。
この上1年のことなんか考える余裕ねーよ……

そんなある日、朝練が終わって教室に向かうと、教室の後ろの方に何人かの女子が集まっていた。
集団の真ん中にいる女子が泣いていて、どうやら周りでそれを慰めているような感じだった。
一体何があったんだろう……と遠目に様子を窺いながら教室に入ったら、そこにいた全員がオレを振り返った。
……な、なんだ?
そのまま自席につこうとしたら、
「ちょっと、千葉くんっ!」
とその女子集団の1人に呼び止められた。 なんだか怒った顔をしている。
「なに?」
「なに?……じゃないよっ! なんでこんなことすんのっ!?」
その女子はいきなりオレのことを責めてきた。
「は?」
「千葉くんに彼女がいることは知ってるよ? それでも気持ちだけでも伝えたいって……優香の気持ち分かんないっ!?」
……優香って誰だ?
オレはまだ、新しいクラスの女子のファーストネームを覚えていなかった。
いや、そんなことより……
「や、ちょっと待って?」
何の話なのかさっぱり分からなかった。
こんな非難されるようなこと、なんかしたか? オレ。
訳が分からなかったから素直にそう聞いたら、
「とぼけるのっ!? こんなことしておいてっ!」
と目の前に紙を突きつけられた。 ……どうやら手紙みたいだ。
可愛らしい丸文字で書かれた内容は殆ど読めなかったけど、その上に赤いマジックで殴り書きされた文字だけは一瞬で読めた。
『オレには彼女がいる。 諦めろ、バカ!!』
―――…なんだ、これは。
「一生懸命書いた手紙にこんなこと書かれるのだってショックなのに、その上黒板に貼り出しておくなんて…… サイッテー!!」
興奮しながらオレを責める女子の話を聞いているうちに、段々状況が分かってきた。
睨むように森下の席を振り返ると、オレと目が合った森下が微かに口の端を上げた。
それを見た途端頭に血が上って、思わず森下に駆け寄ろうとしたら、
「ちょっと、どこ行くのよっ! 優香に謝ってよ! 優香泣いちゃったじゃんっ!!」
と腕をつかまれた。
「いやっ、その……」
何からどう説明していいのか分からない。
でも、目の前で泣いてる女子が気の毒になって、かなり不本意だったけどとりあえず、
「あの…… ゴメン」
と謝った。 すると、
「千葉くんの優しいところが好きだったのに……っ うわあああんっ!」
と余計に泣かれた。
オレは泣いている女子の肩に手をかけ、
「あのさ、信じてもらえないかもしれないけど… それやったのオレじゃないから。 つか、手紙の存在自体今知ったくらいだし」
「ウソ!」
「ホントだよ」
泣いていた女子がハンカチから顔を上げ、上目遣いにオレを窺ってきた。 オレは肯きながら、
「彼女はいるけど…… だからってあんなことしないよ」
泣いていた女子はちょっとの間逡巡する仕草を見せてから、
「……そう…だよね」
と涙を引っ込めた。「じゃ、誰がやったのかな…」
それは…… 分かっているけど証拠がない。
「……さあ? どっかのバカな暇人じゃない?」
オレがそう言ったら、泣いていた女子がちょっとだけ笑った。
「きっと千葉くんがモテるのをひがんでるバカだよ」
「だね」
と、オレも一応笑顔を見せたけど、腹は煮えくり返っていた。
休み時間、視聴覚室に移動する森下を待ち伏せた。
森下は慌てて逃げようとしたけど、退路を塞ぐように廊下の死角に追い詰めた。
「……てめぇ。 マジでいい加減にしろよ!」
オレが本気で怒ったら森下は視線を逸らして、
「だからぁ何の証拠があるって言うんだよ?」
ととぼけた。
「オレだけならまだいい。 けど他のヤツを巻き込むようなことはやめろっ!」
「オレだけなら……ね。 相変わらずカッコつけるね? 本音を言えばいいじゃん」
「本音?」
「女子の人気が下がるようなことやめてくれって…… うわっ!」
森下の胸倉をつかみ上げ背後の壁に押し付けた。 そのまま森下に顔を近づける。
「……お前さ、マジでぶっ飛ばされてぇ?」
森下は爪先立ちになった足を微かに震わせながら、
「ぼ、暴力振るう気かよ……? そんなことしてただで済むと…」
「先に仕掛けてきたのはそっちだろ。 それに……仮に言いつけたとして殴ったのがオレだって証拠がどこにあるって話だよな?」
森下のセリフを取ってやった。
「オレ学年主席だしクラス代表だし部活では部長もやってるし……それに今まで人殴ったことないしな。 みんなどっちの話を信じてくれるかな?」
森下がギリ、と歯を鳴らす。 オレは息がかかるほど森下に顔を近づけて、
「今までのは目をつぶってやる。 ……けど、今度なんかしやがったら、マジでぶっ飛ばすからな?」
そう言って森下をつかんでいた手を乱暴に放した。 勢いで森下が尻餅をつく。
森下は尻餅をついたままの体勢で2、3歩後ずさり、
「くそ…っ 覚えてろよっ!」
と捨て台詞を吐くと、転げるように走り去っていった。
……なんなんだよ、ホントあいつは。
今朝の手紙の件は、女子も一応オレの話を信じてくれて事なきを得たけど……
森下のあの様子じゃ今後も何か仕掛けてきそうだし、その都度フォローに回るのかと思うと本当にうんざりしてくる。
今度は何をしてくるつもりなのか……
「メグ? なんか顔色悪いよ?」
廊下ですれ違ったとき真由に声をかけられた。「体調悪いの?」
「そんなことないけど」
……バカな男にまとわりつかれて疲れてるだけだよ。
一応笑顔を返したつもりだけど、
「ホント〜? なんか顔にタテ線下りてたよ?」
と真由はまだ心配顔だ。 タテ線の意味が分からなくて、
「タテ線?」
と聞き返したら、
「タテ線」
と肯かれた。
いや、確認じゃなくて疑問だったんだけど……
「明日は球技大会だよっ! 体調崩してる場合じゃないよっ!!」
と真由はすこぶる元気だ。
「そうだ! 今日部活ないでしょ? 帰りにアイス屋さん行こうよ! エネルギーチャージしに行こ! ゴチしてあげる! 昨日お小遣いもらったばっかなんだ!!」
最近の真由は会うたびに元気になっている気がする。
不安だった球技大会もオレとのシュート練で逆に楽しみになってきたみたいだし、同好会になるかも…と心配していた写真部もその危機を脱したみたいだ。
それから…… その写真部の1年にも好かれてるしな。
それに比べて、最近のオレは本当に調子が悪い。 体調じゃなく精神的に。
その主な原因は森下だけど。
そういえば、去年は平井にも逆恨みされてたっけ……
どうもオレは男から恨まれることが多いような気がする。
異性に嫌われるより同性に嫌われる方が精神的にくる。
……もしかして、オレが知らないだけで、他にももっとオレに反感持ってるヤツとかいんのかな……
そんなことを考えながら、放課後 真由と学校を出ようとしたら、昇降口のところでまた森下が絡んできた。
森下は例によってネチネチと嫌味を言ってきた。 しかも、オレがクラスの女子からタオルや手紙を貰ったことまで。
よりによって真由がいるときに……
いや、真由がいるときを狙って言ってきたに違いない。
真由を巻き込みたくなかったし変な誤解をされても困るから、さっさと真由を連れて学校を出ようとしたら、
「ちょっとあんたっ! あたしのメグになんか文句あるわけっ!? あるならあたしが聞くけどっ!!」
と真由はオレを庇うように森下の前に仁王立ちになった。
「あんたの言うことなんか信じない! メグのことはあたしが1番良く分かってるのっ!」
……まさか真由がそんなことを森下に言うとは思わなかった。
逆に、森下の話を聞いて妬いたり不安になったりするんじゃないかとすら思っていた。
なのに……
―――真由はオレを信じて、オレを守ってくれた。
そのあとも真由は森下に何か怒鳴りつけていたけど、何を言っているのかよく聞こえなかった。
いや、聞こえていたけど、頭がそれを理解する余裕がなかったっていうか……
……ヤバイ。 オレ、感動してる……
そのあと真由がオレの手を引いて明後日の方向に行こうとするから引き止めたら、
「……ゴメン。 気付かなかった」
と真由は怒りで自分がどこを歩いているのかも気付かなかったみたいだ。
……一瞬、泣きそうになった。
慌てて真由の頭を抱え込むようにして真由を抱き寄せた。
公道でそんなことをしてきたオレに真由は慌てて離れようとしたけど、オレはそのまま真由を抱きしめていた。
真由も諦めて大人しくオレに抱かれたまま、でも、
「なにあいつ! 明日1組に文句言いに行くからっ!!」
とまだ森下への怒りが収まらない様子だ。
オレとしては、真由に庇って、そして信じてもらえたことでかなりすっきりしてるんだけど。
「まともに相手にするより流してる方がラクだから」
と、オレは気にしてない、ということを伝えたら、真由は、
「そうじゃなくて、あたしがムカツクのっ! あたしのメグに文句とか絶対許せないっ!!」
……どうやら真由は本気でオレを泣かせたいらしい。

誰に嫌われたっていい。
真由さえオレのそばにいてくれたら…… もう他の誰もいらない。

「すごいよ、千葉くん!」
昼食を取るために一度教室に戻ったところで、クラスメイトに拍手をされた。
「まさかあたしたちのクラスが決勝まで残れるなんて思わなかった!」
球技大会で、オレが出た男子バレーが決勝まで勝ち残ったからだ。
例年3年1組は、勉強ばっかで運動はまるっきりダメというクラスで、元々この球技大会も気合の入ったヤツは少なかった。
だからこの結果は快挙と言っても良さそうだった。
「おいおい! 千葉以外にもバレーに出たやつはいるんだぜ! オレらにも拍手くれよ!」
同じバレーに出たヤツがオレの肩に手をかけながら女子に応戦する。
「でも、殆ど千葉くんが点取ってたじゃない」
「そーだけどっ! オレのトス上げが良かったからだろ、なぁ千葉?」
「あ〜、まあ…… そうかな?」
オレがわざとらしく間を空けてそう答えたら、
「うわっ! ビミョーな返事っ!」
「ほら〜〜〜っ!」
とその場がどっと沸いた。
「午後は応援行ったげるから、あんたたちも頑張んなさいよ!」
「応援次第だな」
「生意気〜〜〜! 負けたら許さないから!」
そんなセリフを残して女子がワイワイと散らばっていく。 女子がいなくなってから、
「千葉っ、ここまで来たら絶対優勝しような!」
と背中を叩かれた。
「ああ」
と答えた直後、視界の端に森下がこっちを見ているのが映った。
オレがこうやってクラスメイトに囲まれてることは面白くないに違いない。
またあとでなんか言ってくるか?
まあ、言われても全然いいけどな。
オレには真由がいる、と思うと森下のことなんかどうでも良くなってくる。
それにさっきエネルギーチャージもしたしな……
オレは、シュートが入らないと言って嘆いている真由に、
「コツ」
と称してキスをしてやった。
真由も応援に来てくれるって言ってたし、優勝したら「コツ」の続きもさせてもらうことにしたし…… 午後の決勝は絶対負けられないな。
そんなことを考えながらカバンから弁当を取り出そうとしたら、二つ折りになったメモのようなものが入っているのに気が付いた。
なんだろうと思いながら広げてみると、
『大事な話があります。 旧体育倉庫に来てください。  真由』
前にも見たことのある文面、文字での呼び出しだった。
学習能力ってものがないのか? あいつには。
オレはわざと派手にそのメモを丸めると、森下の視線を気にしながら教室の隅に置いてあったゴミ箱に放り投げてやった。 丸めたメモが見事にゴミ箱に吸い込まれる。
そのまま何事もなかったように弁当を広げた。
アホか。 オレは今さっきまで真由といたんだっつーの!
弁当を食いながら森下の方を窺うと、元々歪んだような顔をさらに悔しそうに歪めていた。
その顔をみていたら、なんだか楽しい気分になってきた。

「千葉〜、次オレもアタック決めてみたいから、打ってもいい?」
「あ〜、いいよ」
と答えながら体育館の中を見渡した。
午後の体育館は女子バレーの決勝、続いて男子バレーの決勝、そのあとに女子バスケ、男子バスケの決勝が行われることになっている。
もう自分の出番がない生徒が、続々と体育館のギャラリーに集まってきた。
女子バレーの決勝は白熱し、ギャラリーも交えてかなり盛り上がっている。
その勝負も間もなく決着がつく、という時間なのに……
―――まだ真由が体育館に現れない。
何やってんだ? あいつは。
「絶対応援に行くね!」
って言ってたのに…… もうすぐオレの試合始まっちゃうぞ?
この女子の決勝戦だって恭子が出てるってのに見に来てないし……マジで何やってんだよ?
イライラしながら体育館の入り口の方を窺っていたら、背後に不穏な気配を感じた。
振り返った途端、自分の顔が歪んだのが分かった。
「……のん気だな」
……森下だった。
無視して前に向き直る。
そんなオレに森下は背伸びをして顔を寄せると、
「自分の女が大変だってときに、よく球技大会なんか出ていられるよな? ある意味感心するよ」
と耳元に囁いてきた。
「もうその手にはのらねーよ」
虫を追い払うように森下を追い払ってやる。
どうせそれでもしつこく食い下がってくるんだろう、と思ったら、
「あっそ。 別に信じなくてもいーけどね」
と意外にも森下はあっさりと引き下がろうとする。 今までのしつこさを考えるとそのあっさりさが逆に気になった。
「……なんだよ」
「いーよ、別に。 オレもお前の女がどうなろうと知ったこっちゃねーしな」
そう言うと森下は薄ら笑いを浮かべながら立ち去ろうとする。
「おいっ」
その肩をつかんだ。 森下は面倒くさそうに振り返り、
「冗談だよ、冗談。 なんもしてねーよ。 マージーで! 千葉は安心して試合出てくれよ」
と濁った目をオレに向けた。
なんだ…… どっちなんだよ……
「本当のこと言え」
「言っても信じないだろ? もうどっちでもいいじゃん。 な!」
「言えっつってんだろっ!」
と森下の胸倉をつかみ上げたところで、
「千葉ー、女子の試合終わったぞ。 オレにアタックの打ち方教えてくれよ」
とチームメイトに呼ばれた。
「ほらほら、呼ばれてるぞ? 早く行ってやらないと。 クラス代表なんだし!」
どっちだ……?
確かに真由が体育館に現れないのは気になる。
だからって森下の言うことも信用出来ない。 真由のことを匂わせ、オレに試合を放棄させるのが目的かもしれないからだ。
決勝戦でいきなり試合を放棄したら、クラスメイトから非難を受けることは必至だ。
そうなったら森下にとって喜ばしい状況になるだろう。
やっぱりこれは森下の罠だ。
そう思ってコートに向かいかけたら、
「あの1年上手くやってるかな?」
さらに森下はそんなことを言った。
「……1年?」
思わず振り返る。
「世の中には物好きが結構いるんだな? お前以外にもあの女のこと好きだっつうのがいるとはな〜。 驚いたわ」
「……」
真由に気がある1年といえば……写真部に入った常盤のことだ。
その常盤が上手くやってるかって……
「……どういう意味だ」
「そのまんまの意味だよ。 あの1年が上手くヤッてるか」
森下は口の端を持ち上げ、「……お前の女が上手くヤラれてるか」
とオレを見上げた。
常盤が上手くヤッてるか……?
真由が…… ヤラれてるか…………?
心臓が助走を始める。
まて、落ち着け。
これもこいつの罠だ。 オレに試合を放棄させるための罠だ。
と思う一方で、
いやでも、なんでこいつが常盤のことなんか知ってんだ?
やっぱりこいつの言うことは本当なのか……?
……頭が混乱してきた。
そうこうしているうちに、
『そろそろ男子バレーの決勝を行います。 3年1組と3年7組の選手はコートに集まってください』
と試合開始時間になってしまった。
「千葉ぁ! さっさと来いよ!」
チームメイトがオレを手招きする。「グダグダやってるから練習するヒマなかったじゃん」
「わり……」
チームメイトの抗議にも上の空でしか答えられなかった。
もし森下の言うことが本当だったら、こんなところでのん気にバレーなんかやってる場合じゃない。
今すぐ真由のところに行かないと……
もし真由に何かあったら―――… オレは尋常じゃいられない。
どうする?
どうするどうするどうする……
半分コートから出かかったところで、
「お〜、千葉! 負けねーぞー?」
と相手チームがネットの向こうにそろってしまった。
その中に涼の笑顔も見えたけど…… 今はその笑顔に応える余裕がない。

―――真由ッ!!


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