パーフェ☆ラ 第7章
B メグの心労
「……いい気になるんじゃねーぞ」 新学期初日、オレは全く面識のないヤツからいきなりそんなことを言われた。 「は?」 「女の機嫌取って票集めて…… ご苦労なことだな」 声の方を振り向くと、オレよりかなり背の低い男が俯き加減にそんなことを言っている。 最初何を言われているのか分からなかった。 ……というか、自分が言われたのかどうかも分からなかった。 それぐらいそいつの声は小さかったし、体こそオレの方に向けてあったけど視線は別な方を見ていたからだ。 「バスケ部の部長もやってんだろ? この上クラス代表までやりてーってか。 そうまでして内申稼ぎたいんかね〜」 ……なんだ、こいつ。 改めて相手を見返してみる。 背はどっちかと言うと低め。 運動は体育くらいでしかしてないだろうと分かるユルイ体型。 長めの前髪を分けた感じが……なんだ? あの、妖怪アニメの主人公を思わせる…… 同じ3年1組なのは分かるけれど、オレはまだこの妖怪の名前を覚えていなかった。 こいつが何を言いたいのか、その真意は分からないが、少なくとも友好的でないことだけは分かった。 「……なんだよ」 オレがそう言って妖怪に一歩近づいたら、そいつは逆に一歩後ずさって、 「とにかく、あんま調子に乗ってっと後悔するからな!!」 とオレに怒鳴りつけ、あっという間に走り去ってしまった。 なんだよ、あいつ…… クラス代表とか内申とか言ってたけど…… なんの話だよ? 明らかにオレに対して悪意持ってるのは分かったけど、オレなんかしたか? オレが呆然と妖怪の後ろ姿を見送っていたら、 「なに森下のヤツ―――! 千葉くんにあんなこと言ってチョーむかつく!!」 と同じクラスの女子が声をかけてきた。 「気にすることないよ! クラス代表千葉くんに取られてやっかんでるだけだから!」 「そうそう! あたし2年のときも同じクラスで森下がクラス代表だったんだけどさ〜、もう最悪だったもん! 球技大会も文化祭もホンットつまんなかった!」 妖怪の名前は、どうやら森下というらしい。 「仕切れないくせに仕切りたがりでさ〜… 出来るのは勉強だけ?みたいな。 でも今は千葉くんがTOPじゃん? この上クラス代表まで取られて余計に悔しがってんだよ」 「仕方ないよ、あいつ勉強しか出来ないバカだから。 常識知らないし!」 「それにミョーにプライド高いんだよね。 間違いとか指摘されると半ギレになるしね」 女子の話を聞いて大体のことが分かった。 森下は入学してから2年の途中までずっと学年主席だった。 オレもテストのたびに貼り出される成績上位者表で、その名前だけは知っていた。 けれど、いつもTOPに書かれていたその名前は、2年の冬からオレに変わっていた。 それと、森下は今までずっとクラス代表も務めてきたらしい。 しかも周りに薦められてなったクラス代表じゃなく、自ら立候補してなったようだ。 クラス代表なんて面倒なだけで、わざわざ立候補するヤツがいるとは思わなかった。 今回そんなクラス代表を決めるとき、森下が立候補する前にオレが推薦されあっという間にオレに決まってしまった。 今年も自分がなるものだと思っていた森下は面白くなかったに違いない。 主席の座も奪われて、この上クラス代表までなれなかった……という思いが、さっきの、 「いい気になるんじゃねーぞ」 発言に繋がったってわけだ。 知るか、そんなこと。 主席になれなかった事もクラス代表になれなかった事も、オレの責任じゃない。 こんなヤツと1年間同じクラスなんて…… 高校生活最後の年だというのにつまんない1年になりそうだ。 いや、真由とクラスが分かれた時点で、とっくにつまんない1年には変わりないんだけど。 家は隣同士だし、付き合ってるんだし、会おうと思えばいつだって会える……そう思っていた。 進路別にクラス分けがされることは分かっていたし、覚悟していたことだけど…… 同じ教室に真由がいないというのは想像以上に寂しかった。 振り返ればいつでも真由がいる…… そんな2年の頃に戻りたい。 「なんでクラス替えなんかあるんだろ…… メグと離れちゃうなんてヤダよ。 球技大会も文化祭も別なんてつまんない!」 オレだってそう思ってるよ? ……なんて、真由には絶対言えないけど。 小5のときから絶交していて、やっと仲直りできてからもオレたちはなかなか素直になれずにいた。 それが、付き合うようになってオレたちの関係を周りにオープンにしてから、真由は前ほど意地を張らなくなった。 だからこうやって素直に気持ちを表してくれることも増えたんだけど…… オレは真由ほど気持ちを表すことはしていない。 というか、出来ない。 真由の前ではいつもクールでパーフェクトなオレでいたい。 本当はちゃんと言ってやった方が真由だって喜ぶんだろうけど…… 「お前なんで真由のシュート練付き合ってやんねーの?」 部活中に涼が声をかけてきた。 「今度の球技大会真由がバスケに出ること知ってんだろ? お前がシュートの仕方教えてくれないって、真由オチてたぞ?」 5月の連休明けに球技大会がある。 それのバスケに真由が出ることは聞いていたし、実際シュート練もお願いされていた。 けれど、オレはすぐに応えてやることが出来なかった。 「シュート入るようにしてやれるか自信ない…とか言ったんだって? パーフェクトなお前にそう言わせるほど自分はセンスないんだって。 半泣きだったな」 そう言って涼は笑う。 確かに真由にはそう言った。 けれど、真由と涼は勘違いしている。 自信がないって言ったのは…… ―――オレが矢嶋ほど上手く真由に教えてやれるか…… その自信がなかったという意味だ。 矢嶋はオレと真由の小学校時代のクラスメイトで、その頃から真由に気があった。 勉強も運動もそこそこ出来てノリもいい。 その上、人への気遣いも出来る…… オレなんかよりよっぽど大人な人間だ。 そんな矢嶋と真由が、去年の秋頃少しだけ付き合っていたことがあった。 その頃オレは部活のことでテンパってて、真由は真由でオレと成田との仲に嫉妬していた。 成田は真由の友達で言動が全て男っぽい。 というか、女の皮を被っただけの、中身は完全な男だとオレは思っている。 だから、他の女子に使うような気を使わなくて済んだし、気軽に話せたんだけど…… どうやらそれが真由には気になっていたらしい。 そんなことにオレは全然気が付いてなかったから、真由がワケの分からない言いがかりをつけてきたときに、つい、 「分かった。 じゃあ別れよう」 と言ってしまった。 もちろん本気じゃなかった。 それまでだってケンカはしょっちゅうしていたし、まさかそれを真由が本気に取るとは考えもしなかった。 そんなときだ。 真由と矢嶋が付き合いだしたのは。 真由と矢嶋が体育館でバスケをしているのを見たときには、本気で心臓が止まるかと思った。 オレが好きなバスケを、オレの大好きな真由が…… 矢嶋としている。 矢嶋の教え方は上手かった。 コツを教えつつバスケの楽しさもちゃんと真由に伝えている。 真由の性格も把握していて、飽きさせずに上手くやらせている。 実際、はじめは全く入らなかったシュートが、矢嶋の指導ですぐに入るようになってしまった。 そんな矢嶋と比べられたら……と思うと、怖くて真由にシュート練なんか出来なかった。 真由はそんな半年も前のことなんか、矢嶋とのことなんか口に出してこない。 いや? 案外忘れてしまったのか、それとも真由の中ではすでに消化されてしまったことなのかもしれない。 だから、 「比べられたら」 なんて考えは無用で、真由に乞われるまま教えてやればいい。 そう分かっているのに、オレは肯いてやることが出来なかった。 |
涼はボールを弾ませながら、 「あんまつれなくすんなよ」 「あ?」 「クラス別れて少しでもお前と一緒にいたいんだよ。 だからシュート練なんか口実だって」 ……そうかもしれない、と思いつつ、 「そんなの……付き合ってんだから会おうと思えばいつだって会えんじゃねーか」 そう言い返したら、 「会おうと思えば、だろ? 会おうと思わなかったら会えないんだよ。 クラスが違うと」 と切り返されハッとした。 真由とクラスが違って寂しい…… そう自分だって思っていたくせに。 学内一モテて自分の人気にしか興味なさそうに見えるけど、涼は意外と観察眼が鋭い。 そうだよな。 オレが寂しいと思ってるように、真由だって寂しがっているかもしれない。 ……というか、実際そう言われているし。 クールでパーフェクトなオレでいたい……なんてカッコつけてないで、少しは気持ち表した方がいいんだろうな…… なんてことを考えていたら、 「……あいつさ、さっきからお前のこと見てんぞ?」 と涼が耳打ちしてきた。 「は? 誰?」 言われて振り返ったら、体育館の壁際に制服姿の男が1人立っていた。 真新しい制服に見たことない顔。 多分新1年生だ。 今日から新1年生の体験入部が始まっている。 1週間好きな部活動に体験で参加し、そのあと本入部するという流れになっている。 オレたちバスケ部にも何人か体験入部者がやってきていた。 体験前に記入してもらったリストでは、殆どが中学からの経験者だった。 みんなジャージ姿ですぐにでもボールに触りたいという勢いだ。 だからあんな風に制服姿で、しかも壁際に立っているだけというヤツは珍しい……というか、異様だった。 そんなヤツが……オレを見てるって? 「もしかしてお前の知り合い?」 「……いや?」 マジマジと見てみたけど…… 全く心当たりがない。 「そろそろゲーム始めるけど、あいつもやるかな? つか、制服じゃ無理か」 オレはボールを弾ませながら壁際の1年に近づくと、 「キミも体験だろ? ゲームやるけど、やる? ていうか、なんで制服で来たの? 動けないじゃん」 と笑いかけた。「靴は体育館シューズでいいとして…… Tシャツとバスパンで良ければオレの貸すけど?」 本当は、 「ジャージに着替えて来い」 と言ってやっても良かったんだけど、どうやら未経験者みたいだし、知らずに制服で来ただけかもしれない。 そう思って気を使ってやったら、そいつは一瞬怒ったように顔を赤くして、 「……結構です」 と体育館を出て行ってしまった。 ……なんだ? なんか怒らすようなことしたか? オレ。 「……あれ? あのイケメンくん帰っちゃったの?」 涼が指先でボールを回しながらオレの方にやってきた。 「ん? あー… なんかあんま興味なかったのかもな」 オレがそう言ったら涼は、ふうん、と言ったあと、 「気を付けろよ」 「あ?」 「お前のことガン見してたし、なんか恨みでも買ってんじゃね? 女がらみとか」 「あるか! お前じゃあるまいし」 と涼に返しながら…… オレは平井のことを思い出していた。 自分の好きな女がオレのことを好きだったからって、理不尽な怒りをぶつけてきた平井。 まさか、それと同じだっていうのか? 「ま、バスケ部にこれ以上イケメンはいらねーから、別に帰ってもらっても全然構わないけどね」 涼はそう言ってのん気に笑っている。 もし涼の言うことが当たってるとして…… なんでオレなんだよ。 恨まれるんなら、学内一モテる涼が恨まれるはずだろっ!? それを、平井といい同じクラスになった森下といい……今度は新入生かよ!? いい加減にしてくれよな〜… オレが何したって言うんだよ!? まあ、今度は1年生だし、まさか3年のオレに何か仕掛けてくるってことはないだろうけど…… 「こら、千葉! もう授業はとっくに始まってるんだぞ?」 「……すみません」 英語教師は腕時計を確認すると、 「4分経過しているが…… みんなと同じ時間で終了してもらう。 いいな?」 「はい」 この教師に言い訳なんかしても意味がない。 オレは黙って肯いた。 急いで席に戻ると、机の上に置いてあった小テストに向かう。 視界の端に森下がバカにしたようにニヤついていたのが見えたけど、無視した。 2年までは選択授業でクラス分けがされていたせいか、定期考査以外の小テストはそれほど多くなかった。 ところが3年になって進路別にクラス分けがされてから、オレたち1組はこういった小テストが増えている。 特にこの英語教師は、毎回授業始めに小テストを行っている。 10分のテストだから量的には少ないが、その分の予習や復習もするから、毎回となるとかなりの負担だ。 「千葉くんが授業に遅れてくるなんて珍しいね。 どーしたの?」 次の休み時間に女子が話し掛けてきた。 本当のことを言っても面倒なだけだから、 「や、ちょっとね」 とテキトーに誤魔化した。 女子は、 「小テスト5分も短かったけど、大丈夫だった? ……って、千葉くんなら平気か」 と笑った。 ……平気なわけないだろ。 50分のテストが45分になったって大した問題はないけど、10分が5分になったんだぞ? そんなんでまともに問題なんか読めるか。 「平気なわけないでしょー。 今回はマジやばいよ」 「そっかー。 さすがの千葉くんもね〜、5分じゃねー…」 なんて話を女子としていたら、 「やー、千葉なら平気だろ? なんせ学年主席だしな」 と森下がやってきた。「5分くらい遅れたって余裕だったんだろ。 なぁ?」 オレは黙って森下を睨みつけた。 森下は何食わぬ顔で、 「それとも、時間ギリギリまでどっかで予習でもしてて遅れたのかな?」 誰のせいで遅れたと思ってんだよっ! オレは立ち上がって森下を見下ろした。 目線で20センチは差がありそうなオレが上から見下ろしたら、 「とにかく、クラス代表が授業に遅れてくるなんてみんなに示しがつかないようなことするべきじゃないな」 と森下はそそくさと自分の席に戻って行った。 勉強しか脳のなさそうなヤツだし、ちょっとこっちが強気に出るとすぐに引っ込んでいくからあんまり相手にしてなかったけど…… 森下の嫌がらせは低俗かつ陰湿だった。 机の中に教科書がない…と思ったら、ロッカーに入っていたことがあった。 はじめは自分の勘違いだと思った。 けれど、それも二度三度と続けば誰だっておかしいと気付く。 ―――誰かが嫌がらせをしている。 すぐに思い浮かんだのは森下だった。 でも証拠がないし、大した害もないし、どうせ問い詰めてもシラを切られるに決まっていると思い、無視していた。 ところがある日、 「迷惑だったらそう言ってくれればいいのに……」 と女子に言われたことがあった。 何のことか分からなかったから、よく話を聞いてみると、 「千葉くんに使って欲しくて…… ロッカーの中にタオル入れといたの。 そしたら……」 次の日、それはその女子の机の中に丸めて突っ込んであったと言う。 しかもかなり汚された状態で、だ。 当然だけどオレはそんなことしてないし、タオルの存在すら知らなかった。 「お前、いい加減にしろよ」 さすがに頭に来て森下にそう言ったら、 「なんのことだよ?」 と森下はとぼけた。 「人の教科書隠したり、勝手にロッカー漁ったり…… ガキかてめーは」 「なんの証拠があるんだよ? つか、自分でやったこと忘れただけじゃねーのか? 人のせいにするなよ」 森下はそう言って笑うと、「彼女がいるくせに他の女からもチヤホヤされたいんかね〜。 タオルだったら自分の女から貰えばいーだろーが」 と勝ち誇ったようにオレを見返した。 「……誰がタオルのことなんか言った?」 オレがそう言ってやったら、森下は急に慌てたようにして、 「と、とにかくっ! イチャモン付けるなら証拠を揃えてからにしろよっ、証拠をよ!」 と逃げて行ってしまった。 ……それでもう認めたようなもんだ。 誰かが、 「勉強しか出来ないバカ」 と言っていたが、まさしくその通りだった。 そのあとも細かい嫌がらせが何回かあったけど、無視していた。 それが今日はうっかり森下の策略にはまってしまった。 『新しいクラスのことで悩んでいます。 旧体育倉庫まで来てください。 真由』 というメモがオレの机の中に入っていた。 昼休みのことだった。 真由は何か用事があるときは大抵メールで連絡してくる。 メモなんて珍しいな、と思いつつ、 『新しいクラスのことで悩んでいます』 という部分が気になった。 もしかして新しいクラスで、オレみたいに誰かに嫌がらせされているとか……? 自惚れるわけじゃないけど、オレと付き合ってることで他の女子から何か言われてるとか…… 前にも似たようなことがあり真由はツライ思いをしていたことがある。 それでも真由はオレには何も言わず、オレは友達の成田から教えてもらった、ということがあった。 そう考えたら急に心配になってしまい、慌てて旧体育倉庫まで向かってしまった。 旧体育倉庫は校舎を挟んだ校庭の反対側にある。 こんなところに呼び出すなんてよっぽど人に聞かれたくないことなんだろう……と心配していたら、いつまでたっても真由が現れない。 おかしいなと思いつつ真由のケータイにメールをしてみても返事がない。 仕方がないからそのまま待っていたら、昼休み終了の予鈴も鳴り終わり、本鈴がなる直前に、 『ごめーん(><) メール今読んだ! どうかしたの?』 と真由から返事が返ってきた。 ―――やられた。 森下の仕業だ。 と思った直後、本鈴が鳴った。 急いで教室に戻ったけど、もう英語の小テストは始まっていた。 「……というわけでね、全然入んないんだ。 だから、やっぱりシュート練習付き合ってくんないかなぁ」 森下の低俗な嫌がらせに辟易していた頃、真由からもう一度そんなお願いをされた。 前に断ったときと同じように矢嶋のことが頭をよぎったけど、 「会おうと思わなかったら会えないんだよ」 という涼のセリフを思い出した。 お互いケータイを持っているのに、オレたちは未だにベランダの仕切り越しに話をすることがある。 というか、3年になってからは本当に大した用事もないのに真由の方から声をかけてくることが多くなった。 やっぱりクラスが分かれて寂しいのか……? 一度は断られたシュート練をまたお願いしてくるなんて…… 「……いいよ、分かった。 教えてやる」 とオレが答えると、 「えっ! ホントっ!?」 と嬉しそうな真由の声が返ってきた。「ありがとっ、メグ!!」 そんな真由の嬉しそうな声を聞くのは3年に上がってからは初めてで、こっちも嬉しくなってきた。 思わず声が弾みそうになって、 「そ、その代わり絶対決めろよ?」 と慌てて声を低くした。 すると真由は、 「え? き、決められなかったら?」 と今度は焦った声を出す。 オレの発言にいちいち分かりやすい反応を示す真由が本当に愛しくなってきた。 なんでかな…… 前はこんな他愛ないやり取りでこんな気持ちになったことなんかなかったのに。 やっぱり、クラスが分かれて寂しいのは、真由よりオレの方かもしれない。 |
「決められなかったら…… そうだな、お仕置きかな?」 だからわざとそんなことを言って真由の反応を楽しむ。 「お、お仕置きって……っ!」 そう言って真由が絶句する。 オレたちの間でお仕置きといったら、キスのことだ。 オレが真由の家庭教師を始めた頃、 「1回教えたとこ間違ったらお仕置きな!」 と言ってキスしたのがはじまりだ。 案の定真由の声が上ずり、仕切り越しにも真由が緊張しているのが分かる。 オレはそのタイミングで、 「外したら指立て10回な!」 と真由の緊張をスルリとかわすセリフを投げる。 「へ? ゆ、指立て……?」 「ああ。 バスケ部でお仕置き…っつーか罰則って言ったらダッシュか指立てだからな」 オレがなんでもないことのようにそう続けたら、 「……そ、そっか。 そーだよね」 と空気が抜けたような声を出す真由。 その反応…… お前絶対勘違いしてたろ? 予想通りの反応に我慢できなくなって吹き出してしまった。 「ごめん! 期待させちゃった?」 オレがそう言って笑ったら、真由は、 「し、してませんっ! 期待なんかっ!!」 ってムキになってきて…… ―――ダメだ。 マジ可愛い…… 今すぐ真由の方に行きたかったけど、今真由の顔を見たら、それこそ「お仕置き」のキスくらいじゃ済まない気がする。 案外、「お仕置き」を期待しているのは、オレの方かもな。 週末のシュート練が楽しみになってきた。 「お。 今日はなんか機嫌良さそうじゃん」 体験入部期間が終わる金曜日の部活中、涼がオレの方にやってきた。 「あ?」 「ここんとこずっと難しい顔ばっかしてたじゃん、お前。 ここんとこにしわ寄せて」 と涼が自分の眉間を指差す。 「そうか?」 と答えながら、森下のことを思い出す。 確かにあいつのせいでここんとこ気が晴れないことが多かったし、眉間にしわくらい寄っていてもおかしくない状況が続いていた。 でも、週末は真由と「お仕置き」付きのシュート練だしな…… もう森下のことなんかどうでもいい。 そんな事情を涼に説明するのも面倒だったから、テキトーに流そうとしたら、 「さては、なんかイイコトあったろ?」 と顔を覗き込まれた。 「……別になんもねーけど?」 そう言ってはぐらかそうとしたら、 「今鼻歌歌ってたよ? お前」 と涼に指摘され慌てた。 鼻歌って…… オレが? オレが慌てているのをちょっと面白そうに眺めている涼。 ホントにこいつは良く見てる…… 「……週末さ、真由のシュート練見てやることになった」 「お!」 涼が眉を上げる。 「なんかチームメイトに脅されたらしくて……で、泣き付いてきたから仕方なく…」 オレがそんな風に言ったら、涼は、 「別にそんな経緯なんか誰も聞いてねーって! つか、素直じゃないね、相変わらずお前は」 と一蹴された。 何もかも見通されてるようで少し悔しくなる。 「……そういうお前はどうなんだよ。 恭子に素直になってんのかよ」 オレがそう反撃したら、 「なってるよー。 だからオレが女子に騒がれてても不安になんないでいられんじゃん」 こともなげにそう返された。 「……そーかよ」 「会いたいときは会いたいって言う。 したいときはしたいって言う」 もう、何を?って聞く気も起きなかった。 そんなオレを見て涼は笑いながら、 「お前も少しは素直に言ってやれよ。 待っててくれてありがとう、とかさ」 とオレの背中を叩く。 「? ……待っててくれて、って?」 意味が分からなくてそう聞いたら、 「今日待たせてんだろ、真由のこと。 さっき職員室の前でウロウロしてんの見かけたぞ?」 「え?」 「こんな時間まで残ってんの珍しいなーと思ってさ。 お前あんま部活終わりまで真由のこと待たせたりしねーじゃん? これからどっか行くんだろ?」 と涼が含み笑いをする。 オレは全くと言っていいほど、真由に自分の部活が終わるのを待たせたことはない。 一応写真部には所属しているけど、殆ど帰宅部のような真由にバスケ部の練習が終わる8時近くまで1人で校内に残っていて欲しくないからだ。 「練習終わるの待ってる」 って何回か言われたこともあるけど、その度に、 「危ねーから帰れ!」 と先に帰している。 なのに、残ってるって言うのか? 真由が……? 体育館内にある時計を見上げた。 あと10分ほどで8時になろうとしている。 「悪い、オレちょっと出る。 挨拶間に合わなかったらお前がやっといてくれ」 そう涼に言い残して慌てて体育館を出た。 夏に向けて日が伸びているとはいえ、8時じゃさすがに外は真っ暗だ。 なんでこんな時間まで残ってんだよ、お前は…… 会ったらソッコーお仕置き……いや、説教だ。 そんなことを考えながら真由の姿を探していたら、ちょうど職員室の前辺りで真由を発見した。 真由は1人じゃなかった。 もう1人、真由の傍に誰かいる。 遠目だしよく顔が分からなかったけど、制服から男だということだけは分かった。 ―――誰だ? 「真由っ!」 怒鳴るように真由を呼んだ。 オレの声に真由ともう1人が振り返る。 オレが、 「こんな時間まで何やってんだよ」 と問い詰めると、 「部活で遅くなっちゃって……」 と真由。 ……部活? なんで写真部がこんな遅くまで残ってんだよ。 つか…… 誰だ。 こいつは。 オレが真由と一緒にいる男に視線を投げかけたら、 「1年生の常盤くん。 新入部員なの」 と真由が説明する。 マジマジとその男を眺めて…… どっかで会った顔だな、と思い出す。 |
そうだ。 体験入部が始まった初日、バスケ部に来てたヤツだ。 あの、体験入部だっていうのに制服で来て、何もしないで帰っていった…… ―――いや。 何もしなかった、じゃない。 「あいつお前のことガン見してたよ?」 とオレを観察はしていた。 「なんか恨みでも買ってんじゃね? 女がらみとか」 って涼に言われたけど…… 女がらみって、まさか真由か!? 体験で来たくせにバスケ自体には全く興味なさそうに、ただオレのことだけ見ていった。 そして、真由がいる写真部に入部し、こんな時間まで真由と2人きりでいる…… まさかこいつ、真由のこと狙ってんのか? 確かに最近の真由は可愛くなってきたと思う。 好きだからそう見えるのかもしれないけど…… いや、客観的に見ても1年前より絶対いい女になってる気がする。 オリエンテーリングのときなんか特に可愛かった。 すれ違ったときは思わず二度見しそうになったし…… ……あのときに目を付けられたとしてもおかしくない。 真由は、部活であったトラブルをフォローしてもらってただけだって言うけど…… 相手に好意がなかったら、こんな時間まで残ってフォローしたりしないだろ? 普通。 それにはさすがの真由も気付いているみたいで、 「も〜、困っちゃうよね〜! どういうつもりなんだか!」 と全然困ったようには見えない顔で嘆いている。 まだ、本気で好きとかそこまでの感情じゃないかもしれない。 この前まで中学生だったヤツだ。 年上の女に憧れるって程度の気持ちかも…… 一応真由にはクギを刺しておいたけど…… 腹立つくらいに無防備だからな、こいつ。 よく注意して見てないと…… |
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