パーフェ☆ラ 第3章

B 白雪姫の告白


「ンッ!?」
ヤジマはすぐに唇を離して、
「あははっ! 市川って騙されやすいよな〜!!」
と至近距離からあたしの顔を覗き込んでいる。
「〜〜〜ふっ、ふざけないでよっ! この酔っ払いっ!!」
あたしは慌ててヤジマを突き飛ばした。勢いでヤジマが花壇に倒れる。
な、なにすんのよっ!!
あたしは肩で息をしながらヤジマを見下ろした。
ヤジマが小さく呟く。
「―――ふざけてるフリしなきゃ、こんなこと出来ねーもん・・・」
「・・・えっ?」
そう言ったきり、ヤジマは目を閉じてしまった。
「・・・ちょっと、ヤジマ? ・・・また騙す気なの?」
けれどヤジマは返事をしない。 恐る恐る顔を覗き込んでみたら、小さく寝息が聞こえてきた。
―――こいつ・・・ 寝てる!
「ちょっとっ! ヤジマっ!! 起きてよっ!!」
あたしは思い切りヤジマの体を揺すった。 けど、全然起きる気配がない。
どーすんの? このまま寝かしておけないよ・・・
それにヤジマ幹事だし・・・
あたしはちょっとだけ考え込んだあと、ヤジマのジーンズのポケットに入っていた封筒を取り出した。―――思ったとおり、みんなから集めた会費だった。
あたしはそれを持って店内に戻ると、
「これで精算お願いします!」
とレジに向かった。
「97,150円です」
封筒を見たら、93,000円しか入ってない。 足りないじゃんっ!!
仕方なく自分のお財布を取り出した。そこから3,000出して、
「ごめんなさい。コレしかないんですけど・・・」
と店員に頭を下げた。
「え―――!困りますよ」
あたしたちと、そう変わらなさそうな若い店員が迷惑そうな顔をする。
だよね・・・
「あの・・・ 店長さん、呼んでもらえます?」
クボタのオジサンなんだよね? 確か・・・
アルコール頼んじゃったのはこっちだけど、本当は未成年だしソフトドリンクだけって話だったんだから、なんとかしてくれるかも・・・
それにしても、注文受けた時点で気付かなかったのかな〜・・・
あたしたちも悪いけど、クボタのおじさんだってちょっとは責任あるでしょっ!?
「店長はさっき、本店の方から呼ばれて出て行きましたけど?」
「えっ!?」
―――もうっ! クボタもいい加減なら、オジサンもいい加減だなぁっ!!
「・・・あのねぇっ!? ここの店長はあたしたちを高校生だって知ってて入店させてんのっ! しかも、ソフトドリンクだけって話だったのに、アルコール出したのはそっちなんだからねっ!!」
「え?」
「それ知られたら、ただじゃ済まないんじゃないの? ここだって」
半ば脅すようにして、無理やり精算してもらった。
あたしは比較的酔ってなさそうな子を見つけて、
「ゴメン! ヤジマもう帰ったから! 精算は済んでるから、あとはみんなで勝手に帰ってくれる?」
「え―――っ!? 2次会は? どーすんだよ、幹事っ!!」
知らないよっ! そんなことっ!!
「そんなの、行きたい子だけで勝手にやってよ! とにかくここでクラス会はお開き!」
あたしはそう言い捨てると、店の外に出た。
ヤジマは相変わらず花壇の上で横になっている。 土曜日の夜ってこともあって飲んでる人が多く、誰も酔っ払い1人に気をとめたりしていなかった。
紫色のパンジーに囲まれているヤジマ。
・・・・・なんだか、毒リンゴ食べて死んだ白雪姫みたい・・・
「ヤジマっ!!」
無駄とは思いつつ、もう一度呼んでみる。 ・・・やっぱり寝てる。
どうしよ・・・
タクシー呼びたいけど、さっきの精算でお金全部使っちゃったし・・・
あたしはダイエーの駐輪場から自分の自転車を取ってきた。
「ヤジマッ! ちょっと起きてよッ!!」
「・・・ん・・・」
一瞬目を覚まし、でも再び目を閉じようとするヤジマ。
「待って待って! 寝ないでっ!?」
あたしはヤジマの腕を引っ張って、「送ってってあげるから! 帰ろっ!?」
「・・・先帰って、いーよ・・・」
「こんな酔っ払い、放っておけないよっ! パンジーだって可哀想っ!!」
こんな巨体に潰されて!
あたしがなんとかヤジマを自転車に乗せようとしていたら、酔っ払ったおじさんが、
「ホラ〜、彼氏〜! 彼女に迷惑かけちゃダメだろ〜ッ!?」
と言って、ヤジマを自転車に乗せるのを手伝ってくれた。
「ちゃんとつかまっててよ?」
「ん・・・」
・・・って、ホントに大丈夫かなぁ? なんか途中で落としそう・・・
ヤジマはあたしの肩に頭を預けるような格好で眠っている。
あたしは片手でハンドルを握りながら、もう片手で あたしの腰に回させたヤジマの腕をつかんだ。
ギアを軽い方に入れなおして、ゆっくり走り始める。
・・・全く、なんであたしがこんなこと・・・
確かに、ウニスパは美味しかったけど、すごく高くついてるよねっ!!
こんな巨体を運ぶハメにはなるし、3,000円も余計に払わされたし、クボタにはガッカリとか言われるし・・・
・・・ホントに、何しに行ったんだろ? あたし・・・
「―――あっ!?」
肝心なコト忘れてたけど・・・ ヤジマんちって、どこ?
腕に力が入ってないところをみると、まだ寝てるよね・・・
とりあえず、五中方面に走ればいっか・・・
「うわっと! あぶねーだろっ!!」
「すみませんっ!」
危うく通行人にぶつかるところだった。
2人乗り・・・しかも、寝ている人間を乗せての片手運転だから、どうしてもフラフラする。
あたしは川沿いの土手の上を走ることにした。
ときどき、ジョギングをしている人や犬の散歩をしている人とすれちがうぐらいで、土手の上は静かだった。
走りながら横目で土手を見下ろす。季節的に、シロツメクサがたくさん咲いていた。
・・・そう言えば絶交する前、メグがシロツメクサで冠作ってくれたことあったっけ・・・
メグって器用だよね、ナニゲに・・・
勉強やスポーツ以外はよく知らないけど、料理とか裁縫とか?やらせたらケッコー出来るんじゃないかな? あたしより・・・
ホントにパーフェクトだよね・・・・・
「―――市川ッ!!」
「きゃあッ!!」
背後で寝ていたはずのヤジマが、急に抱きついてきた。驚いてハンドルから手を離してしまった!
ガシャンという音を立てて自転車が倒れる。 あたしとヤジマも土手の斜面に咲いているシロツメクサの上に転がり落ちた。
「〜〜〜んも―――ッ!! なにすんのよっ! 危ないでしょっ!!」
あたしはヤジマを怒鳴りつけた。「一歩間違ってたら、このまま川に落ちてたよっ!?」
「ここら辺浅いから、溺れねーよ・・・」
ヤジマはヘラヘラ笑っている。「もしかして、オレんちまで送ってくれよーとしたの?」
「・・・酔っ払い放っておけないからね」
とヤジマを軽く睨んだら、ヤジマはさらに楽しそうに笑った。
まだ酔ってんのかな? こいつ・・・
とりあえず怪我はしてないみたいで、ホッと安心する。
あたしは服についた草をはらいながら立ち上がった。 けれど、ヤジマはそのまま土手に座り込んでいる。
「市川〜」
「・・・なによ?」
「・・・真由ちゃ〜ん♪」
「だから 何ッ!?」
「真由ちゃん、大スキ♪」
「・・・・・まだ酔ってんだ?」
あたしは呆れてヤジマを見下ろした。
「酔ってないよ〜」
「酔ってるッ! ・・・じゃなきゃ、そんな軽いノリで好きなんて・・・・・言えるわけないもん!」
あたしとメグだって、なかなか言えないのに・・・
それをそんなに簡単に言えるわけないッ!!
あたしがヤジマを睨んだら、
「・・・市川さ、この前会ったとき オレがノリだけで付き合おうって言ったと思ってるだろ?」
とヤジマが真面目な顔をして聞いてきた。
「そーなんでしょ?」
だって、あのあと電話したときだって、今日会ったときだって、あんた普通だったじゃん。
断られても、全然平気だったからでしょ?
あたしが当然のようにそう答えたら、ヤジマはちょっとだけ目を伏せて、
「・・・市川、スキな男・・・・・いんの?」
「なっ、なんでっ!?」
急にそんなこと聞くのっ!?
「なんとなく・・・・・ ってか、それって千葉?」
なんて答えていいのか分からなくて黙っていたら、
「そーなんだろ?」
と再びヤジマに問い詰められた。「なのに、なんで付き合ってねーの? お前ら」
「だって・・・」
お互い素直になれないんだもん・・・ 口開くたびにケンカになっちゃう・・・
あたしとヤジマは土手のヘリに並んで座った。
「―――人をスキになるって、難しいよ・・・」
あたしが俯いたままそう言ったら、
「んなコトねーだろ?」
「そーかなぁ・・・」
「ヒト好きになるのは簡単だよ。 難しいのは、好きな相手に自分の気持ち伝えることだろ?」
「・・・うん」
・・・確かにそうだよね。
あたしもメグも、お互い好きだってことはなんとなく分かってるのに、素直にその気持ち出せないでいる・・・
「って、オレもエラそーなこと言えないんだけどな」
「ん?」
ヤジマの顔を見上げる。
「オレ5年のとき、市川にちゃんと気持ち伝えらんなくて、スゲー後悔してたの」
「え・・・?」
「だからぁ! 市川のこと好きだったの! ・・・知んなかった?」
「・・・・・知んなかった」
・・・って、本当はクラスの女子にそう言われてたんだけど。
「でも・・・ なんであたし? 他にもカワイイ子いっぱいいたじゃん」
照れ臭さから、そんなことを言ってみる。
「確かにな・・・ 顔だけ見たら、もっとカワイイ子いたよな」
―――おいッ!!
「・・・でも、やっぱ市川がよかったんだよな。オレ」
「あっそう・・・」
ヤジマ、よく恥ずかしげもなくそんな話できるよね。 いくら小学生の頃の話とはいえ・・・
・・・ちょっと羨ましいくらい。
あたしも、素直にメグと話できるようになりたい・・・
足元のシロツメクサをいじりながらヤジマの話を聞く。
「・・・5年になってすぐ、遠足行ったじゃん?」
「ん? ・・・そーだっけ?」
「行ったんだよっ!成田の航空博物館にっ!!」
ヤジマはムキになって言い返してきた。
けど・・・ そーだっけ? 全然覚えてない・・・
「オレ飛行機スキだし、コーフンしすぎて前の日眠れなかったんだよな」
ヤジマが懐かしそうに話す。「したらさ、バスに酔って吐いたの。オレ」
「そーなの?」
ヤジマは肯きながら、
「隣に座ってたヤツは、気持ち悪り〜って言って別な席に移動しちゃうし、他のヤツらも気の毒そうに見てるし・・・ オレ、マジで消えたかったね。あんときは」
そんなことも覚えてない・・・ あたしって記憶力弱いのかな?
自分の記憶力に疑問を抱いていたら、ヤジマがあたしをチラリと見て、
「・・・したらさ、市川がオレのとなり座ってくれたの。 覚えてね?」
あたしがっ!?
「・・・全然覚えてない」
だよなー、とヤジマが笑う。
「あんたたち!吐きたくて吐いたんじゃないんだから、からかうのやめなっ・・・て」
「・・・・・もしかして、それだけで?」
ヤジマは笑っている。
「単純だろ? もしかして、こいつオレのこと好きなんか?・・・まで思ってたからな」
5年生くらいって、そんなことで人好きになったりするもんなのかな・・・
「したらさ、千葉がいんじゃん」
「ん?」
「お前らいっつも仲いい・・・ ってか、お前いつも千葉の世話やいてたじゃん?」
「だって弟・・・っていうか、妹みたいだったから。メグ・・・」
妹かよっ、とヤジマが笑う。
だって、メグ 目鼻立ちハッキリしてるし、まつ毛長いし、あたしより背低かったし、声変わりもまだで女の子みたいだったから・・・
弟っていうより、妹だよ。
「・・・だからムカついて千葉のことイジメてたの。オレ」
―――それも女子に言われた・・・
「それにさ、千葉イジメると お前オレに向かって来んじゃん? ヤジマ―――ッ!!って。 多分、クボタもアオシマもみんなお前にかまって欲しくて、千葉に手ェ出してたんだぜ?」
それも女子に・・・ って言うか・・・
「それ、みんな5年の頃の話でしょ? 今は全然違うよ・・・」
「ん?」
「―――さっきクボタに、再会したくなかった、ガッカリしたって言われた・・・」
あたしは俯いて、「オレの夢を返せって・・・」
「なんだ? それ?」
さっきクボタに言われたことをヤジマに話して聞かせた。
きっと同情されるんだろうと思っていたら、ヤジマは同情どころか お腹を抱えて笑い出した。
「なっ!? 何よッ!! バカにしてっ!!」
「いや、してねーよ」
と言いつつ、まだヤジマは笑っている。
「してるっ! もう、いーよっ!!」
あたしはヤジマから顔を背けた。
「ゴメンゴメン!」
ヤジマはやっと笑うのをやめた。「・・・ってか、お前 女っぽくなったよ? それなりに」
それなり・・・・・ですか・・・
やっぱり同情されてんだ? 慰めだよねそれって・・・
あたしがそんなことを考えていたら
「だから、オレなんかまた会えて、超うれしーんだけど」
「え・・・?」
驚いてヤジマの顔を見上げる。 ヤジマはあたしを見つめていた。
「あの・・・・・ ヤジマ?」
・・・なに?
「ずっと会いたかった・・・」
と言いながら、ヤジマがあたしの肩を抱く。
なっ、なになになになにっ!?
「ちょッ、ヤジマッ!!」
あたしは慌てて肩に回された腕を解こうとした。「も、も―――ッ!! またふざけてんのっ?」
「・・・オレ、超マジだけど?」
解こうとした腕に、余計に力が入った。「・・・ってか、市川だってホントは分かってんだろ? はぐらかすなよ」
うわうわうわっ!
・・・そんな、切なそーな目で見ないでよっ!
「・・・・・・好きだ」
「ちょっとッ! ホントに待ってっ!?」
って言っても、ヤジマは全然あたしの話を聞いていない!
「5年の時から、ずっとコレ言いたかった・・・」
「ヤ、ヤジマッ!? 待ってッ!!」
ヤジマが顔を寄せてくる!
「ずっとこーしたかった・・・」
ヤジマの息がかかるッ!!
ちょ、ちょっと、ホントに待って――――――ッ!!


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