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「・・・泣いてるの?」 「・・・・・・え?」 詩織が俺の目元に指を這わせた。 詩織は脱いだシャツだけ身体の上にかけて、ソファに横になっている。 俺も下着だけ穿いてフローリングに直接座り、そのソファにもたれかかっていた。 「や・・・ 泣いてないけど・・・」 慌てて笑顔を作った。 「なら、いいけど」 詩織もちょっとだけ笑顔になって、「もしかして、後悔してるのかなー、とか?」 と俺の顔を覗き込んで来た。 「・・・なんで?」 「イトコ同士でこんなことしちゃって」 「・・・別に、そんなん・・・・・」 そう・・・ せめてイトコだったら・・・・・ 自分から足を踏み入れたのに、今さらながら俺は、犯した罪の大きさに恐ろしくなっていた。 しかも、詩織は・・・・・ 「あたしね、初めてハルくんを見たときから、ずっとハルくんが好きだったんだよ」 「・・・は?」 「ずっと好きだったの」 「・・・ウソ・・・」 驚いて詩織を見つめる。 「ホントだよ」 詩織はちょっとだけ目を細めて、「だから、こーなって、すごく嬉しい・・・」 そんなことを言う詩織の顔を直視できなくて、思わず顔を背けた。 いくら詩織だって、俺たちの本当の関係を知ったら、嫌悪感でいっぱいになるに違いない。 いや・・・・・初めての相手が弟だなんて、辛すぎる・・・ 「・・・けど。 別に何も望まないから、心配しないで?」 「・・・え」 詩織のセリフに驚いて顔を上げる。 俺と目が合うと、逆に詩織は、 「いい思い出ってことで。・・・・・うん。 その方がいいと思う」 と俯いた。 「・・・なん・・・」 なんで?と聞こうとして、すぐに詩織の考えていることが分かった。 ・・・・・詩織には、中絶同意書を拾われている。 俺は・・・ 何度詩織を傷つければ気が済むんだろう・・・・・ 本気で死にたくなった。 「・・・・・先、シャワー浴びていいよ」 詩織の方を見ないで立ち上がり、そのまま自室に上がった。 これ以上、詩織を傷つける訳にはいかない。 今だったら、彼女がいるのに自分を抱いたサイテーなイトコ・・・だけで済む。 ・・・・・最悪な事実を知らないままで、済む。 詩織は、こんなサイテーな俺を好きだと言ってくれた。・・・・・けれど。 詩織には悪いけど、その気持ちはなくなってくれなければ困る。 幸い、長坂とは完全に駄目になったわけじゃない。 俺への気持ちがなくなれば・・・・ 俺さえいなければ・・・・・ ・・・あれだけ完璧な男だ。すぐに長坂に気持ちが動くに違いない。 すぐに俺なんか―――・・・ 忘れるに違いない・・・・・ 「It requires more courage to suffer than to die・・・ はい、じゃこの訳を北村くん」 「え〜・・・と・・・ 死んだ方がましだ? ・・・じゃなくて、死ぬ勇気を出せ?」 美和に当てられたタクヤが首を捻りながら答える。 「全く違います! 死ぬことより、苦しむことの方が勇気がいる、です」 美和は黒板に向き直ってナポレオンの言葉を書き出した。 タクヤが笑いながら席に着く。 苦しむことの方が勇気がいる・・・・・ 確かにそうだ。 俺は今までヒトの気持ちを利用して好き勝手なことをしてきた。 自分が本気で人を好きになれないのは、父親のせいだ、シオリのせいだ、と責任転嫁して・・・ 自分の悪業に今さら気付き、死にたくもなったけど・・・ そんな簡単なことで許されるわけがない。 ちゃんとそのツけを払うときが・・・ いや、払わなければいけないときが来たんだ。 美和にも、詩織にも・・・・・ まだ美和には返事をしていなかった。 ポケットには同意書が折りたたまれたまま入っている。 でも、美和からの催促は何もない。 電話も、メールも・・・・・ 「え〜と・・・ じゃ、次を・・・ 工藤くん。読んでくれる?」 美和がチラリと視線を寄越した。 ・・・・・ごめんな、美和。 俺、今まで美和のプライドに甘えすぎてたよ。 俺は黙って立ち上がった。 それから、ちょっと早口で、 「I'm very sorry, I've been too selfish till now.So you must have had a hard time.」 「・・・え?」 美和が驚いて教科書から顔を上げる。 「But I considered, and made up my mind」 そう言って、美和を見つめ返した。 「ちょ・・・? どこ読んでんの?」 「早すぎて分かんなかった・・・ どこ?」 他のクラスメイトが、慌てたようにして教科書をパラパラとめくる。 「・・・・・工藤くん。 ・・・12行目からよ?」 美和が眉を寄せる。 「・・・すみません。 間違えました」 ・・・・・そう。 俺は自分で犯した間違いを正さなければならない。 「ええっ!?」 担任と学年主任が驚いた声を上げた。 2人の横に同席している美和も、驚いた顔をして俺を見ている。 「ちょっと待ちなさい。・・・・・それは、本気かね?」 「はい。 やめます」 「・・・ウチをやめて、どこの高校に行くんだ? それとも高認でも受けて・・・?」 「・・・・・働きます」 「えぇっ!?」 学年主任と担任が顔を見合わせる。 無理もない。 この、進学率ほぼ100%の高校から就職者を出すっていうだけでも驚くことなのに、その上俺は、中退しようとしている。 「工藤くんの家は金に困っているわけじゃないだろう? なんで急に・・・」 「・・・でも、もう決めたことなんで・・・・・」 昨日まで俺は、美和に中絶させることしか考えていなかった。 正直言うと、今だって・・・・・ 詩織のことがなかったらそうしていたはずだ。 でも、詩織の気持ちを知ってしまった今、俺は詩織の前から消えなければならない。 俺が美和と生きていくことを決めれば、詩織は必然的に俺のことを忘れざるを得なくなる。 ・・・・・詩織が最悪なことを知る前にそうしなければならない。 結局美和には最低なことをするんだってことはちゃんと分かっている。 逃げ道にしようとしてるんだってこともちゃんと分かっている。 けど、美和のプライドに甘えてきた責任、俺の不注意で妊娠させてしまったことに対する責任、・・・・・それから、禁忌を犯してしまったことを詩織に知られないようにするために、俺にはこうするしか他に方法が思い浮かばなかった。 「とにかく、親御さんともよく相談して・・・ 週明けにもう一度よく話し合おう。いいね? それまでこの話は保留にしておくから・・・」 「・・・・・どういうつもりなの?」 教師たちに、早まるなよ、と見送られながら指導室を出た後、美和に呼び出されて屋上にやってきた。 「どういうって・・・ 指導室で言ったとおりだけど」 「・・・・・まさか、お腹の子の責任とって・・・なんて考えてるつもり?」 確かにそのつもりだけど、純粋にそれだけのためじゃない。 俺は黙って俯いた。 「・・・ハルが考えてるほど世の中甘くないわよ? 中卒を雇ってくれるところなんてないんだから」 「や・・・ ちゃんと探すよ」 俺がそう言ったら、美和は焦れたようにして、ちょっと声を高くした。 「仮に見つかったとして! それでどれだけ稼げると思ってるの? あたしだって働けなくなるのよっ?」 「そーだけど・・・ 俺、頑張るよ?」 「あたしはイヤっ!」 そう言って美和は俺に背を向けた。「そんな・・・ 中卒で安いお金で必死に働いてるハルなんか見たくない」 「美和・・・」 「・・・あたしは、この第一高校で、ちゃんと将来が見えてる、クールでカッコいいハルが好きなの」 そっと美和の背後に歩み寄った。 「・・・・・それ、本気で言ってんの?」 「ほ、本気に決まってるでしょっ! じゃなかったら、誰が高校生なんか・・・」 美和の肩が震える。「本気でハルなんか、相手に・・・・・・」 背後から美和を抱きしめた。 8歳年上の女の肩は、なんて頼りなくて小さいんだろう。 こんな頼りなく小さいものに、俺は今まで甘えてきたのか・・・ そんなことにも今気が付いた。 「―――・・・ウソよ」 小さな肩を上下させて美和がしゃくりあげる。「・・・子供が出来たなんて・・・・・ウソよ」 「・・・え?」 美和が俺に抱かれたまま振り返る。 「ハルを試しただけよ! 困らせてやろうと思ったのっ! それだけよっ!!」 え・・・・・・ な、に・・・? 「ハル、ちゃんとあの夜も避妊してたわよ。 あたしが付けないでって頼んでも・・・あんなに酔っ払ってても、ちゃんと避妊してたのよ・・・」 え・・・・? 「あんな激しい、素のハル見たの初めてだった。 いつもはもっと憎らしいくらい余裕あるハルが・・・ 好きだ、好きだって・・・泣きそうな顔で何回も・・・」 それは翌日にも言われたことだ。 全く記憶にない上に、無意識の俺がそんなことを言うなんて・・・信じられなくて驚いた。 だけど、なんでそれでウソなんか・・・ 「あの夜・・・ ハル1度もあたしの名前呼んでくれなかった・・・」 「え・・・」 「その代わり、1回だけ・・・ 別な女の名前、呼んだ・・・ッ!」 ―――まさか・・・っ? 「だからッ!!」 涙で濡れた瞳が俺を見上げる。「だから、困らせてやりたかった! どうせハルは同意書にサインすると思ってたから、あたしも堕ろしたフリして一生ハルの心の枷になってやろうと思ってた!」 「美和・・・」 「なのに・・・ ハルがあんなこと言い出すから、あたしの計画が台無しよっ!」 ・・・なんて言っていいのか分からない・・・ 俺はそこまで美和を追い詰めていたのか・・・ 「だから、遊びはこれでおしまいっ!」 そう言って美和が俺に向き直った。 「え?」 思わず美和を見つめる。 「・・・あたし、7月いっぱいで学校辞めるから」 「え・・・? なんで?」 「実家に帰って・・・ お見合いした相手と結婚するの」 「・・・お見合い? ・・・いつそんなのしたの」 「ゴールデンウィーク」 そんな話は初耳だ。 「・・・そんなの、美和らしくないよ」 「あたしもそう思う。 しかも相手は、すっごく真面目な公務員!」 そう言って美和はちょっとだけ笑った。 「ますます美和らしくない。 ・・・まだ俺の方がマシだろ」 「そうね。 ・・・でも、もう歳だしケッコー遊んだし・・・ あたしもそろそろかな・・・って」 「だからっ! なんでそれが俺じゃないの?」 美和は俺が好きなんだろっ? なんで我慢してそんなのと・・・・・ッ!! 美和が俺を見上げる。 「あたし、本気であたしのこと好きな人と結婚したいの」 「―――ッ!!」 ・・・言葉に詰まった。 だから、もうハルと遊ぶのはおしまい、と言って美和は校舎の中に戻ろうとする。 「あ。勘違いしないでよね」 階段室の手前で美和が振り向いた。「あたしがフラれたんじゃなくて、あたしがハルを捨てるんだからね!」 美和の顔に、もう涙はなかった。 「・・・泣いちゃうよ。俺」 「当然でしょ? こんないい女に捨てられるんだから!」 美和はちょっとだけ首を傾げて、「・・・もういらないから、誰にでもあげるわ」 そう言って、今度こそ校舎の中に消えて行った。 8歳年上の女のプライドは、なんて高潔で格好良く、そして思いやりがあるんだろう。 ・・・・・俺は、初めて美和のことを思って、泣いた。 「ハルくんっ!」 家に着き玄関ドアを開けるなり、詩織が飛び出てきた。 「・・・・・た、ただいま」 ・・・・・ビビッた・・・ 「ちょっとっ! さっき学校から電話がかかってきたんだけど、本当なのっ!? 学校やめるって!!」 「え・・・」 まさか、もう家に連絡が来るとは思わなかった・・・ いずれ父親には連絡が行くかもな、とは思っていたけど、どうせ殆ど家にいないし、学校側との話は自分だけで済むだろうと思っていたのに。 自分の考えの甘さに舌打ちする。 「しかも働くって・・・」 ・・・ったく、教師は詩織に何を話したのか。 一応姉だけど、この春籍を入れたばかりの殆ど他人のようなものなのに・・・・・ッ 「・・・うん」 仕方なく肯く。 いずれはバレることだ。 美和との関係は終わったけど、詩織から離れようという考えは変わっていない。 だから俺は、本当は美和が妊娠していなかったことも詩織に話すつもりはなかった。 庇ってくれた詩織には、結局心配を掛けっぱなしになってしまうけど・・・ でも、それでいい。 そうすれば、詩織の気持ちが俺から離れていくのだって時間の問題だ。 問題は、今後の自分の身の振り方だけだ。 「働く」 とは言ったけど、確かに美和が言うとおり中卒じゃまともなところはどこも雇ってくれない。 詩織との接点をなくすためにも、学校はやめて家を出るとして・・・ バイトしながら勉強して、高認を受けて大学進学・・・という手もある。 父親には相当言われるだろうけど、要は再来年の春、それなりの大学に滑り込んでいれば文句はないはずだ。 俺がそんなことを考えていたら、 「・・・なんで? だって、あの・・・ に、妊娠のことは彼女の勘違いだったんでしょ?」 と詩織が言いにくそうにしながら、俺を窺ってきた。 「・・・え?」 「しかもハルくんフラれたって・・・」 「ちょ、ちょっと待って? ・・・あんたそれ、誰に聞いた?」 驚いて詩織を問いただす。 「学校から電話が来たあと・・・ 今度はハルくんの元彼女だっていう女の人から電話かかってきた・・・ 弟さんが馬鹿なこと考えているから、やめさせてくれって・・・」 ――――――美和ッ!! 「だったら、学校やめて働く理由なんかないじゃないっ!」 なんでこう、俺の思い通りにならないんだよ・・・ 「え〜〜〜っと・・・」 考えろ考えろ・・・ ここで俺の脳を使わないでいつ使う? と俺が思考回路をフル回転させていたら、 「・・・・・なんで1人で抱え込もうとするの」 と詩織が小さく呟いた。 「え・・・?」 思いがけない詩織のセリフに、驚いて詩織を見つめる。「・・・何?」 詩織も俺を見つめ返した。 「あたし、知ってるよ。 ・・・あたしたちの本当の関係」 心臓が一瞬動きを止めた後、大きく脈打った。 「え・・・ な、何・・・? 意味、分かんねーんだけ、ど・・・」 詩織の言った意味を必死に頭が否定しようとしている。 聞き違いだ。 そんなことあるわけがない。 ・・・耳鳴りがする。 心臓が壊れそうな勢いで早鐘を打つ。 こめかみを汗が伝う。 喉が渇きすぎて、唾を飲み込もうとしても、余計に粘膜が絡まっただけだった。 ―――吐きそう・・・ そんな俺に構わず、詩織は続ける。 「あたしとハルくんが異母姉弟だって・・・ あたし、知ってたよ」 知っていた・・・・・ 詩織が、俺たちの関係を知っていた―――・・・ 「・・・いつから」 否定すら出来ずに、ただ俺はそう聞いていた。 「初めてハルくんを見たときから。 あたしが中1でハルくんは小学6年生だった」 「小6・・・」 「ハルくんのお母さんが亡くなったときだよ。 あたし、こっそり見に行ってたの」 「お母さん・・・」 詩織の言葉をただ繰り返すことしか出来ない俺に、詩織は5年前のことを話してくれた。 詩織は小さい頃から、自分の父親には別に家庭があることを知っていた。 ・・・どうしてお父さんは自分たちのものにならないんだろう? ・・・どうしてお父さんはお母さんを泣かせるんだろう? いつも詩織は、父親に疑問と不満を持っていた。 はっきり聞いたわけではなかったけれど、詩織は自分の父親が、本当は母親の姉の夫であることを知った。 ・・・じゃぁ、伯母さんがいなくなればお父さんは自分たちのものになる・・・ 幼い詩織はそう考え、どこから仕入れてきたのか呪いの本なるものの教えどおりに、ずっと俺の母親に呪いをかけていたようだ。 「小学校の図書館にあったの。そのお話の中では、それでイジワルな継母が死ぬんだよ」 ―――当時の詩織は、それを本気で信じていた。 何年も何年もかけ続けたおかげか、念願叶って俺の母親が死んだ。 ちなみに、俺の母親は交通事故で死んでいる。 しかも苦しまず、あっけなく・・・ 自分の母親からそれとなく伯母の死を聞いた詩織は、当然自分の呪いのおかげだと信じて疑わなかった。 散々自分たちを苦しめた伯母がちゃんと死んでいるかどうか・・・・・どうやって調べ上げたのか、詩織はウチまで確認に来ていた。 「そしたらね、庭の隅っこで男の子が泣いてたの。 お母さんが死んじゃったって泣いてたの」 ・・・この子のお母さんを殺したのは自分だ・・・ ・・・この子は何も知らないのに・・・何も関係なかったのに・・・ ・・・大好きなお母さんだったのに・・・ ・・・それを、自分がかけた呪いのせいで・・・・・ このときになって初めて詩織は、自分がとんでもないことをしたのだと怖くなったという。 「・・・俺、泣いてないよ」 「泣いてました! うえ〜ん、うえ〜んって、泣いてました!!」 自分のせいで、まだこんなに小さい男の子から(って、3ヶ月しか違わないのに詩織はそう言った)お母さんを奪ってしまった。 そう責任を感じた詩織は、それから度々俺の様子を見に来ていた。 「はじめはこ〜んなに小さかったのに、いつの間にかあたしより大きくなっちゃって・・・」 途中から覗きに来るのが楽しみになっていたという。 「・・・軽くストーカー入ってるね」 「だよね。あたしもそう思う」 しかし、そんな詩織のプチストーカー行為も、詩織が高校に上がった頃から行われなくなった。 詩織の母親が病気になったからだ。 それまで殆どしたことのない家事一般をこなさなければならなくなった。 一度は、入学したばかりの進学校を退学しようとすら考えたようだ。 一応公立ではあったけど、それだって授業料や各種積み立てなど金はかかる。 そんなことに金をかけるなら、母親の入院費用に充てたい。 学校をやめて、その分アルバイトをして少しでも金を稼ぎたい。 ・・・でも、詩織の母親はそれを許さなかった。 「とにかく、高校だけは出ておきなさいって言われたの」 詩織は学校が終わると家事をこなし、さらに少しでも空いた時間にアルバイトもしていたと言う。 自分の時間というものは全くなかった。 そんな中で、唯一といえる楽しみがあったらしい。 「あの男の子は、どんな風に大きくなってるかな〜って考えるの」 詩織は会えなくなった俺のことを度々思い出すようになっていた。 「・・・それって、妄想?」 俺が照れくささからそう言うと、詩織は口を尖らせて俺を睨みつけた。 「街でね、こう・・・その男の子ぐらいの子とすれ違ったりするでしょ? そしたら、ああ、あの子もそろそろ修旅の時期かな、とか、もしかして彼女なんか出来てるかも、とか考えるの」 家事の合間に、母親の看病の合間に、バイトの合間に・・・ 詩織の頭の中で俺はどんどん成長していった。 「一応あたしとは血が繋がってるわけだし、カッコ悪くなるはずがない!って・・・ ハルくん相当あたしに期待されてたんだよ?」 「・・・・・んで? 実際会ったら期待ハズレだったってオチ?」 「うん。 想像とは違ってた」 「・・・・・あっそ」 少しでも、 「ううん!想像よりずっとカッコ良くなってた!!」 という答えを期待してしまった自分が情けない・・・ いや、しかし、こういうときはお世辞でもそう言うのが社交辞令ってもんじゃないか? 俺の胸中も知らない詩織は続ける。 「あたしの頭の中ではね、ハルくんは男の子だった。 いつまでも男の子だった」 「・・・今でもそうだけど」 俺がそう言うと、詩織は首を振りながら、 「違うよ。 ・・・春になって久しぶりに会ったハルくんは、もう男の子じゃなくなってた」 と俺を見上げた。「・・・素敵な男の人になってた」 「え・・・・・」 驚いて詩織を見つめ返す。 「だから、どうしよう、って思った」 「・・・何が」 「好きになったらどうしようって思った」 え・・・ だって・・・・・ 「・・・彼氏は? いたんでしょ? 前の学校に」 「そんなのいないよ。勉強とバイトと家事で時間なんかなかったもん」 「はぁ?」 だって、ここに来たばっかりの頃・・・ 俺がまだ、 「絶対復讐してやる・・・」 と息を巻いていた頃、それらしいこと言ってただろ? 俺がそう言ったら、詩織は顔を背けて、 「この歳で彼氏もいなかったって言うのが恥ずかしかったのっ!」 ・・・女っていうのは、8歳上でも3ヶ月上でも同じプライドがあるらしい。 「ちゃんとフィルターかけてたよ? 好きにならないように」 詩織はそう言ったあと、「・・・だってあたしたち、姉弟だもんね」 と俯いた。 でも、どんどん気持ちは膨らんでいき、不安にすらなり始めた頃、詩織は長坂に告白された。 信じられない話だけど、詩織は今まで一度も告白というものをされたことがなかったらしい。 だから、長坂からの告白もかなり戸惑ったと言う。 その上、実の弟なのに気持ちが傾きかけている俺からは、 「付き合えば?」 と言われるし、そうかと思えば、いきなりキスされるしで・・・ 半ばパニック状態だったようだ。 「でも、そこであたし気付いちゃったの。・・・ああ、あたしはハルくんが好きなんだ〜って」 でも、そんなこと・・・ 実の姉弟で、なんていうことは許されることじゃない。 だから、長坂からの告白にOKしたらしい。 「サイテーだよね、あたし・・・ 長坂くんのこと逃げ道にしてた」 そんなの・・・・・ 「・・・俺だって同じだよ」 「え・・・?」 「俺だって美和のこと・・・ 彼女のこと逃げ道にしようとしてた」 そう言って俯いた。 散々気持ちを利用した挙句、あんな辛いウソをつかせるまでに追い詰めていたのに・・・ さらに俺は美和を逃げ道にしようと・・・・・ 「ねぇ・・・ そんなに悪いことなのかな?」 詩織が泣きそうな顔をして俺を見上げる。 「・・・・・え?」 「そんな・・・ 誰かを傷つける、サイテーな道だって分かってても逃げなきゃならないほど、・・・あたしたち悪いことしてるのかな?」 詩織の瞳が潤んでいる。 「血が繋がってるって・・・ 実の姉弟だからって・・・ 諦めなきゃいけないのかな?」 あのとき・・・ 詩織を抱いた夜のことが思い起こされる。 確かに詩織は迷っていた。 俺に身を委ねていいのか迷っていた。 でもまさか、詩織が俺たちの関係を知った上での迷いだったなんて全然知らなかったから・・・ ―――後悔してるの? ―――ずっと好きだったんだよ ―――だから、こーなって嬉しい どんな気持ちで詩織がああ言ってくれたのか・・・ ―――痛いぐらいに胸が締め付けられる。 たまらなくなって詩織を抱き寄せた。 「ハルくん・・・・・」 俺を見上げる瞳に、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっている。 「・・・絶対、辛い思いするよ?」 「・・・うん」 「誰にも言えないんだよ?」 「・・・うん」 「いつも・・・後ろめたい気持ちに・・・・・・」 「それでもいい!」 詩織の瞳から涙が零れ落ちる。「ハルくんと一緒に生きていけるなら、あたしどんなことだって耐えられるよ?」 ―――詩織ッ!! 思い切り抱きしめて強く口付けた。 どうして俺たちは姉弟なんだろう・・・・・・ なんて・・・ もう、考えるのはやめた。 |
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