Honey Beat   #6 告白


翌日の土曜日、あたしは東京行きの電車に乗った。
「まったく! 急にお金貸せとか駅まで送っていけとか・・・・・ 茶碗洗い2週間だからねっ!!」
お母さんに小言を言われながら、なんとかお金を借りてライブ会場へ。
野外ライブ会場について、驚いてしまった。
やっぱりミナミのライブだから前から10列分くらいは空席にされてるんだけど・・・・・
あたしが受け取ったチケットは、その客席にされた席の最前列だった。
「おれにはコネがあるから」
とか言ってたけど・・・
どんだけのコネなのよっ!? 確かお兄さんのコネだったわよね?
最前列なんか座ったことないせいで、なんだか前の席に人がいないと落ち着かない。
服部、まだかな・・・・・
と周りを見渡す。 あたしの隣の席は空席のままだ。



出来れば・・・ ライブが始まる前に話がしたいな・・・
それから、一緒にミナミのライブを思いっきり楽しみたい!
そう言えば、服部っていつも大人しい方だけど、ライブではどうなるんだろう?
意外と縦ノリすごかったり? 人が変わっちゃうとか・・・・・
そんなことを考えていたら、開演のブザーが鳴ってしまった!
でも、隣の席は相変わらず空席のままだ。
えっ? ちょ・・・ 服部、何やってんのっ!? もう始まっちゃうわよっ??
焦って振り返るけど、服部らしい姿は確認できない。
っていうか、観客が全員立っているから、よく見えないっていうのが現状だ。
そうこうしているうちに大きな音が鳴り、オレンジ色の髪に深くニット帽を被ったミナミがステージに出てきてしまった。
ちょっと、服部―――ッ!!
ホント、何やってんの!? あんたっ!!
ミナミのライブで、しかも最前列取れたのに、開演に遅れてくるってファンとしてどうなのよっ!?
ああっ、しかもオープニング新曲よ? コレ聞かないで、どうすんのよ・・・・・
もう知らないっ! あたしひとりで楽しんじゃうからっ!!
ミナミのギターと周りに合わせて、あたしも手を打ちながら身体を揺らした。
あ〜・・・ ホントミナミの曲って最高!
CDもいいけど、やっぱり生で聞くのが一番よね!
「―――・・・」
曲の間奏の部分で、やっぱり気になって背後を振り返る。
服部・・・・・ まだ来ない。
そう言えば、あいつ学校に来るのも大抵時間ギリギリだ。
もうっ! あたしみたいに、ちゃんと5分前行動しなさいよねっ!
お腹の中で服部に悪態をつきながら、またミナミの歌声の方を振り向く。 ポップな曲に変わっている。
やっぱり、ミナミって言葉遊びが上手い! 韻を踏んでて、なおかつオシャレな言葉を選んでるし。
特にこの、ベリーピンクなキミ、がいいのよね! 言葉遊びが随所にちりばめられてて・・・
この曲を聞き逃すなんて・・・
あ〜〜〜、服部カワイソっ!
と服部を哀れみながら、また背後を振り返る。
〜〜〜〜〜っ!! もうっ! 本当にバカなんじゃないの!? あいつっ!!
もうライブ半分終わっちゃったわよっ!? 何やってんのよっ!!
それとも来る気ないわけっ!? 服部がここで会おうって言ったのよねっ!?
なのになんで・・・・・
とそこまで考えて、急に不安になってきた。

―――まさか、事故とか・・・じゃないわよね?

あいつ授業中もよくボーっとしてるし、なんか面倒なことに巻き込まれてるとか・・・・・
それとも・・・ 途中で具合悪くなってる?
昨日も早退したって言うし、こっち来る途中で倒れてたり・・・・・
そんなことを考えていたらメチャクチャ心配になってきた。
どうしよう・・・・・ ちょっとその辺まで見に行ってみようかな・・・・・
でも、ミナミのライブ・・・ しかも最前列なのに・・・・・っ!!
それに、一度出たあと再入場させてくれるかどうかも分からない。
この人混みだし、途中で入れ違いにならないとも限らないし・・・・・
あ〜〜〜っ! もう、どうすればいいのよっ!!
何度も振り返っていたら、後ろの席の人に訝しげな顔をされた。
軽く頭を下げて、前に向き直ろうとしたら、
『なんか・・・せっかくのライブなのに、全然こっち見てくれない人がいますが』
とステージ上のミナミがマイク越しに笑った。
「えっ!?」
も、もしかして、それあたしの事っ!?
慌てて前に向き直る。
もうっ! せっかくの最前列なのに、全然ライブに集中できない!
服部のバカっ!! これとゆーのも、あんたのせいだからねっ!
来たら絶対文句言ってやる!
チケット代だって払わないからっ!
昨日のことをちゃんと謝ろうとか、お礼言わなくちゃとか思ってたけど・・・・・ 絶対文句言ってやるっ!
『じゃー、次がラストの曲です。 えーと、昨夜慌てて作った曲なんだけど・・・』
と言いながらミナミがギターの弦を弾く。『気に入ってもらえたら嬉しいです』
ほらっ、もう最後の曲になっちゃった・・・じゃ、ない・・・・・
「〜〜〜〜〜・・・っ」
急に胸が詰まって、喉の奥が痛くなってきた。
まぶたの奥も熱くなってきて、慌てて俯いた。
心地良いはずのミナミのギターの音も、周りの観客の声も、変にボワンと間延びした音に聞こえる。
『♪キミが、好きです』
―――早く来なさいよっ!
『♪キミの笑顔が、好きです』
―――早く来てよ、服部っ!
『♪ボクを呼ぶキミの声が、好きです』
―――お願いだから・・・ 早く来て・・・・・
喉の奥の痛みを我慢していたら胸まで苦しくなってきて、思わずしゃがみこみそうになったとき、
「・・・え? ウソ? なにあれ・・・・・」
と周りがざわざわと騒ぎ始めた。「ミナミの髪が・・・・・ 黒い!」
「え?」
ミナミの髪が・・・・・ なに?
周りのざわめきに、あたしも顔を上げた。
「――――――・・・え」
ステージの上にミナミの姿がない。
『♪ワガママなキミが、好きです』
けれど、ミナミの歌はそのまま続いている・・・・・
『♪嘘つきなキミが、好きです』
ステージの上にミナミはいないけれど、代わりに黒髪の男が・・・・・
長めの髪にメガネをかけた、地味系男子が・・・ ギターを抱えて、ミナミの歌を・・・・・
――――――歌ってる!?



『♪寂しがりやなキミが、好きです』
そう歌う服部と目が合った。









―――ボクはキミが、大好きです。





ギター弾き語りのラブソングを最後に、ミナミのライブは終わった。
ざわざわと他の観客が帰り支度を始めても、あたしは誰もいなくなったステージの上から目が離せなかった。


「・・・・・今日ぐらい、特急で帰って来れないわけ?」
いつものように各駅停車で地元駅に帰ってきたら、改札を出たところに服部が立っていた。
「2時間も待ってたんですけど。 おれ」
「・・・だって、お金ないもん。 しょうがないじゃない」
こっちは普通の高校生なんだから。
服部みたいに、稼いでる高校生じゃないんだから。
あたしがそう言ったら、服部は耳の裏を掻きながら、
「・・・・・ってか、恥っず」
とちょっと怒ったような、恥ずかしいような・・・ そんな顔を背けた。
「・・・・・何が」
「歌告って、どーなの・・・おれ。 ―――ホント恥ずいんですけど」
って、そんなのあたし頼んでないし、自分で歌ったんじゃない・・・・・
それに、いつもはもっとラブラブな歌うたってるくせに・・・・・
―――――って、今はそんな話じゃなくてっ!!
あたしは服部の顔を覗き込んで、
「ちょっとっ!? 何が何だか分かんないんだけど・・・・・ あの、服部・・・だよね?」
服部は肯きながら、
「服部です」
「え、じゃあ・・・ 服部がミナミなのっ!?」
服部は一瞬気まずそうに黙ったあと、
「ごめんなさい。 ・・・・・実は、そうです」
とまたあたしから顔を背けた。

え――――――ッ!!


「ウチさ、親が芸能事務所やってんだよね。 スッゲー小さいとこなんだけど。 いや、マジで潰れそうだったの、2年前までは」
ワケが分からなくて半分パニくっていたあたしに、服部が丁寧に説明してくれた。
「もともと少なかった所属タレントもみんな他に行っちゃって、逆に借金ばっか増えちゃって・・・ もう潰れるの時間の問題ってときに、親がおかしな事言い出してさ」
「おかしなことって・・・・・」
服部はチラリと上目遣いにあたしを見て、
「や・・・ なんか、おれに歌うたえとか・・・」
芸能事務所をやっている服部の両親は、小さい頃から服部にピアノやエレクトーン、バイオリンなんかを習わせていた。
けれど、中学に入った頃某アーティストに影響された服部は、我流でギターを弾き始めたという。
「最初はおれもFで躓いたんだよ。上原さんと一緒!」
と服部は笑った。
小さい頃から音に囲まれて育ったせいか、元々の才能なのか(多分どっちもだろう)、音楽全般に関してセンスのいい服部は、すぐにギターも弾きこなせるようになり、作詞や作曲までするようになっていった。
でも、服部がそんなことをしている間、両親の事務所はどんどん貧困に陥っていった。
「おれ頭もそんな良くないし、高校行くお金ももったいないから働くっつったのね。 そしたら親が、どうせ働くならウチで働けとか言い出して・・・」
半ばやけくそで息子の服部を歌手デビューさせることを考えたらしい。
音楽は好きだったけど、芸能活動に興味なかった服部は即座に断ったという。
「それに、こんなおれ程度が通用する世界じゃないって知ってたからさ。 下手にデビューなんかして売れなかったら、潰しきかないじゃん」
けれど、服部の両親は諦めなかった。
この世界は自分たちの夢だった、だから諦めるには最後に何か大きなことにチャレンジしてからやめたい・・・・・そう言って、服部に泣きついたという。
「それで仕方なく協力することにしたんだけど、条件出したんだよね」
それが、顔、素性は一切明かさないという事だった。
はじめはラジオとか有線とかで地道にデビュー曲をかけてもらうのがやっとだった。
けれど、そのうち少しずつ曲を気に入ってくれる人が増えてきて・・・
「でも、他のメディアに出るのは嫌だったから断ってたら、それが逆にウケたみたいで・・・・・ まぁ、今も隠れながら細々とやらせてもらってます」
と、また服部は耳の裏を掻いた。
思いもよらない話の連続で、なんて言っていいのか分からなかった。
服部があたしの顔を窺う。
「・・・・・もしかして、怒った?」
「な、なんで・・・?」
「だって、いつもはあんなにおしゃべりな上原さんが、何もしゃべんないから」
「や・・・ だって・・・・・」
ライブでも自分の目で見たし、実際服部からこうして話を聞いたから、頭では納得出来たんだけど・・・・・
感情がついていかないっていうか・・・・・
あまりの衝撃に言葉が出ない!!
・・・・・服部が・・・あの、ミナミなの?
今、目の前に座ってるのが・・・ あの、憧れ続けたミナミなのっ!?
信じられないっ!!
「昨日、上原さんラジオにメールくれたでしょ? すごく嬉しかった。 ・・・ずっと隠しておきたい事だったはずなのに、おれに伝えるために誰に聞かれるか分からないラジオであんな告白してくれて・・・・・」
「や・・・ 他に思いつかなくて・・・ ケータイないし、家電も分からなかったから・・・・・」
あたしがそう言ったら、服部は気まずそうにポケットから何か取り出してテーブルの上に置いた。
「・・・・・ケータイ、持ってたんだ?」
あたしがそう言ったら服部は肯いて、
「誰も知らないんだ。 おれのケー番。 親だけ、知ってんのは」
「そーなんだ・・・」
服部がミナミだと知った今は、それも納得できる。
「上原さんがメールくれたとき、嬉しかったんだけど心苦しくもあった。 上原さんが本当のことを話してくれてるのに、おれは隠し事してたから」
「それは・・・ しょうがないわよ」
人の口に戸は立てられないっていうし、どこから正体がバレるか分からないんだから・・・・・
あたしがそう言ったら、服部は目を伏せて、
「正体がバレて、音楽活動に支障が出るっていうのもあるけど・・・ それより、周りが変わっちゃうのがイヤなんだ」
「え?」
「今までのヤツはみんな変わったから。 友達とかみんな・・・・・」
「そーなの?」
「うん。 ・・・おれ、元々積極的な方じゃないから中学の頃はそんなに友達も多くなかったんだ。 まぁ、今もだけど・・・」
と服部は笑った。
「それでも一応高校行かせてもらって、親友って感じの友達も少しだけ出来た。 高校入ってもしばらくの間は今まで通りの生活を送ってたんだけど、そのうちバレないはずの素性がバレ始めて・・・ 親友だと思ってたヤツは住む世界が違うとか言って離れちゃうし、今までなんの接点もなかったヤツらが擦り寄ってきたり、逆に、調子のんなよ!とか言われたこともあった。 結局おれが否定してたし、決定的な証拠もなかったから、おれの周りで騒ぎになっただけで世間的にはバレないですんだんだけど・・・・・ でも、これ以上騒がれるのがイヤで転校」
茨城には服部のお母さん方のおばあちゃんちがあって、服部はそこからマキ高まで通っていて、仕事があるときだけ東京に行っているという。
昨日学校を早退したのも、ライブのリハーサルがあったからだった。
「実は、この話上原さんにするの迷ってた」
「言わないよっ!? あたし、服部がミナ・・・ッ」
と慌てて否定しようとして、「・・・・・ミナミだってこと」
と声を小さくした。
服部は笑いながら、
「上原さんが言いふらすとか、そんなこと思ってないよ。 そうじゃなくて・・・ 上原さんまで変わっちゃったらイヤだから」
「え?」
「上原さんには、ミナミとしてじゃなく本当のおれを見て欲しかったから。 おれがミナミだって知ったら、上原さんもうおれに素を見せてくれなくなるでしょ。 きっと飾っちゃう。 ・・・・・おれ素の上原さんが好きなんだ」
素のあたし……?
確かに、教室で他のクラスメイトに使うような気を、服部には使わなかった。
いつでもあたし優先に考えてくれるし、ペット感覚で付き合ってたから、本当に気を抜いたところばっかり見せちゃってたと思うけど・・・・・
――――――って・・・
あたしそう言えば、こいつの前でスカートバサバサやったり、平気でメイク直したこともあるし、思いっきり鼻かんだこともある・・・・・っ!!
急激に頭に血が上ってきた。
じゃあ、あたし、ミナミの前で鼻かんでたって事?
ミナミにメイク途中の顔見られてたって事?
「・・・・・あ、あの、見えますけど?」
って・・・ミナミにパンツ見ら・・・・・ッ!!!



「ちょっと、服部――――っ!! そ、そういうことは早く言いなさいよねっ!! あたしはあんたが服部だと思ってたから、あんなこと―――・・・っ!!」
そ、それがミナミだったなんて・・・・・ッ!
「・・・気付かない上原さんが悪いんでしょ? ホントにおれのファンなわけ?」
確かに、声が似てるかな?って思ったときもあるけど、まさかミナミがこんな近くにいるとは思わないじゃない!?
「服部のバカっ! もう絶対許さないっ!!」
「・・・・・っていうか、そこに反応?」
「何がよっ!?」
恥ずかしいのとムカついたのとで、怒ったように聞いた。
「いや、おれ今、告ったんだけど?」
「・・・・・え?」
「上原さんが好きだって言ったの」
「す・・・・・」
身体が固まった。
今まで、服部がミナミだったっていう事実や、そのミナミの前でひどい格好を見せてきたということで頭がいっぱいだったけど・・・・・
そうだ・・・・・ あたし、服部に告白されたんだ・・・・・
そう思ったら、急にドキドキしてきた。
あ、あたし、生まれて初めて告白されたのよね・・・・・
今の今まで文句を言っていたのに、その服部の顔が急に見れなくなって思わず下を向いた。
「上原さんがミナミのファンだって知って、その正体バラしてから告るってすごい卑怯だと思うけど」
「や・・・ そんなこと、は・・・・・」
服部がミナミだと知ったとき、驚きはしたけどこんなにドキドキはしなかった。
それが、服部に好きだって言われたんだ・・・と思ったら、急に、し、心臓が・・・・・
「おれミナミだけど、多分上原さんが思ってるような男じゃないよ。 今のクラスでは正体バレないようにわざと暗くしてるとこはあるけど・・・ でも、もともとそんなにノリいい方じゃないし」
確かにバレたら騒ぎになるだろうし、学校にだって通えなくなるかもしれない。
だから、教室ではわざと地味系男子を装ってたんだ。
「上原さんの理想がミナミなのと同じで、ミナミもおれが作った理想なの。 願望が作り出した幻影ってゆーか」
「・・・そーなんだ」
「幻滅した? 理想と違ってて」
服部が心配そうな目であたしの顔を覗き込む。 そのメガネの奥の瞳を見つめ返して、
「・・・あたし、ずっとミナミのファンだった。 何度もミナミの歌に励まされて・・・ ミナミこそあたしの理想だった。 一番大好きな人だった」
だった、とあたしが過去形で話したら、服部はちょっとだけ目を伏せた。
「けど、それは違うんだって、今日分かった」
「・・・・・だよね」
服部が諦めたように笑う。 それを無視して、
「あたし、ミナミのライブであんなにいい席座ったの初めてだった。 なのに、全然ライブに集中できなくて・・・ あんたの・・・・・服部のことばっかり考えてて、全然ライブどころじゃなかった」
「上原さん・・・」
「あたし・・・ あたし、いつの間にか服部のこと好きになっちゃってたみたい」


「遅いよっ! 服部!」
「ごめん。 ちょっと父親から電話が・・・・・」
待ち合わせ場所に10分遅れで現れる服部。

あたしたちは付き合うことになった。

ライブでいつもの格好(黒髪にメガネ)を披露しちゃったから、もしかしてみんなにバレちゃったんじゃ・・・?と心配していたんだけど、どうやらそういった心配はなかったみたいだ。
もともと会場にカメラの類は持ち込み禁止だし、ケータイカメラじゃ画像が悪くてよく分からないし、ステージと客席の間も開けてあるし・・・・・
観客はみんは、演出のひとつか何かだと思ったみたいだ。
今の服部を知っている人じゃなきゃ、あのステージに立っていたのが服部だっていうのは見抜けなかったと思う。
「もうっ! いっつもあんたって遅れてくるわよね! 学校だって遅刻ギリギリだし・・・ あたしみたいに5分前行動を・・・」
とあたしがプリプリ怒り出したら、
「あ、あ! おれ昨日小遣いもらったんだよねっ! お詫びにおごるし! 何でもっ!!」
と慌ててあたしの機嫌を取る服部。
まぁ、メチャクチャ売れてる歌手ってワケじゃないけど、それでも普通の高校生じゃ考えられないようなお金を稼いでるくせに、服部はいまだに親からお小遣いをもらっている。
「だって、おれの稼ぎ殆ど借金返済に充てられてるし。 自由になるお金なんかないよ」
・・・・・だそうだ。
とは言っても、あたしのお小遣いに比べたら、全然もらってるんだけど。
「・・・・・じゃ、CD買って」
「いいよ」
あたしも、服部相手だと感情だだ漏れ状態で、結構わがままし放題なんだけど、服部はそんなあたしに呆れもせず付き合ってくれている。
まぁ、あたしも単純な方だから、こうやって謝られるとすぐに怒りなんか忘れちゃうんだけど・・・・・
というわけで、怒ってたことなんかすっかり忘れて二人でCDショップへ。
新譜のコーナーへ行き、3日ほど前に出たシングルを手に取る。
「今月お小遣い厳しいし、来月買おうと思ってたのよね」
服部もあたしの手元を覗き込んで、
「あれ? おれのCDじゃないんだ?」
「・・・・・そんなの、予約して発売日に手に入れてる」
あたしがそう言ったら、
「なんだ〜。 言ってくれればあげたのに。いくらでも」
服部は、これからはそうするね、と笑った。
「そんなことしてくれなくて、いい」
「なんで? なんならサインも付けてあげるけど?」
いたずらっ子のような目であたしの顔を覗き込んでくる服部。
すぐそういうこと言う・・・・・
あたしはムッとして、
「あたし、ミナミのファンだけど、付き合ってるのは服部だと思ってるから!」
と言って、手に持っていたシングルを服部に押し付けた。
確かにミナミ本人からCDをもらえたら、ファンとしてこんなに嬉しいことはないと思う。
お小遣いだって少ないから金銭的にも助かるし・・・・・
でも、あたしは服部と付き合っているのであって、ミナミと付き合ってるんじゃない。
だから、これからもCDは自分で買うし、ライブのチケットだって自分で取るつもりだ。
あたしがそう言ったら、服部は嬉しそうな顔をして、
「・・・・・上原さんのそーゆーとこ、好き」
と、キュッとあたしの手を握ってきた。
「あ〜・・・ うん」
・・・・・服部って、サラッとこーゆーこと言える人間なのよね・・・ 意外と。
あたしは告白されたのも、付き合うことになったのも、服部が初めてだ。
だから、こういうセリフにいちいちテレてしまう。
服部も、
「おれも上原さんが初めてだよ」
って言ってたけど・・・・・
ホントかな。
それにしては言い慣れてる気がしないでもないけど・・・・・
それとも、普段ラブソングとか歌ってるせいで、そういうセリフに慣れちゃってるとか・・・?
「はい。どうぞ」
「ありがと」
お目当てのCDを買ってもらって、CDショップを出ようとしたら、
「あ! ミナミのCD出てたんだ〜」
という声が聞こえてきた。
思わず立ち止まるあたしたち。 振り返ったら制服を来た中学生らしい女の子が2人。
「どうしよう・・・ レンタルではまだ出てないよね〜」
「多分ね。 買えば?」
「う〜〜〜・・・ん」
ミナミのCDを手に、悩む女子中学生。
「お願い。 買って」
隣の服部が小さく呟く。 その呟きが切実で、ちょっと笑える。
「でもさ、ミナミってなんで正体隠してんだろうね?」
「もしかして、ものすっごいブサだとか」
「ありえる―――ッ!」
「あんないい歌作ってるけど、ルックスが・・・って言うんじゃね―――! だったら隠れてくれてた方がいいよね!」
「だね〜!!」
そうやって、何度かCDを手に取ったり棚に戻したりしていた彼女たちは、結局買うことにしたようだ。
「・・・・・なんてこと言われてますが?」
「いいんじゃない。 歌は気に入ってもらえてるみたいだし、ホントに大した顔してないし」
「そーよね」
あたしがそう言ったら、服部はちょっと傷ついた顔をしたあと、
「いーんだ、別に。 ・・・・・正体バレてたら、こうやって上原さんと手ぇ繋いで歩けないし」
と、また繋いでいる手に力を込めて、あたしの顔を覗き込んできた。
また・・・・・ すぐ、そーゆーこと、言う・・・



あたしには、誰にも言えない秘密がある。


―――それは、彼氏がミュージシャンだっていうことだ。

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