Honey Beat   #4 反古


「服部、あんた今日の古文当たるよ。 ちゃんと予習やってきた?」
「え? 今日何日?」
「14日。 あんた14番」
そう言って服部を指差したら、途端に服部が慌てた顔になる。
あたしは笑いながら、自分のノートを差し出した。
最近、こうやって教室でも服部と話すことが増えてきた。
はじめのうちは、あたしも色々気にしてなるべく学校では服部と話をしないようにしていたんだけど、どうしても連絡したいときなんかは、学校で話すしかなかったから。
というのも、服部が、
「おれ、かける相手もいないし・・・ ケータイ持ってないんだよね」
って、今ドキの高校生にあるまじき状態だから!
じゃあ、連絡したいときは家にかければいいの?って聞いたら、その家電も、
「親がうるさいんだ・・・」
って番号を教えてくれない。
服部にはあたしのケー番も家電も教えてあったから、服部の方で何か話したいこと(っていっても、その殆どは練習日の変更という事務的なものばかりだけど)があるときは服部から連絡出来るけど、あたしが連絡したいときにはそれが出来ない。
なんで教えてくれないんだろう・・・
多少気になったけど、あんまりしつこく聞いても悪いし、ケータイ持てないのだって色々・・・・・家庭の事情とか、金銭的な面から持てないのかもしれない。
大体、服部から、
「お願いっ! 上原さんの連絡先教えて?」
って言われるならまだしも、あたしの方から「教えて」とかそんなの・・・・・



だから、あたしが話したいことがあったときは必然的に学校で話し掛けるしかなかった。
それも最初のうちはコソコソと最小限のことだけ話してたんだけど、回数を重ねるうちにいつの間にか他のクラスメイトと同じように服部と話すようになっていた。
みんなから、
「なんか・・・ 桃子、最近服部と親しくなってない?」
って聞かれることもあったけど、
「ん? 親しいってほどじゃないと思うけど・・・ 普通よ?」
「つか、服部なんかと話すことなくない? キモいし!」
「ん〜〜〜・・・ でも、アイツ地味系だけど、話すと意外と面白いわよ?」
なんてテキトーに誤魔化したりしていた。
でも、服部が話すのに慣れてきたのはあたしだけなのか、やっぱり教室ではあたし以外とは殆ど会話らしいものを交わしていなかった。
それでも誰かと話さなければならないときは、
「あ、あの・・・」
「あぁ? 聞こえね―よ!」
なんてことになっている。
もしかしたら服部は、ものすごく人見知りをするタイプなのかもしれない。
だから、服部の良さがなかなかみんなに伝わらないのがもったいない気がする。
いじりがいのあるキャラだと思うんだけどな〜・・・
話すと結構と面白いし、今まで気付かなかったけど、時計とか靴とかさりげなくオシャレな物を身につけていたりするし・・・
ペットみたいにカワイイときもあれば、ギターを抱えているところなんか・・・ちょっとカッコ良かったり・・・・・
そういえば、ちょっと・・・ ほんのちょっとよ!?
―――服部の声ってミナミに似てる気がする・・・ 笑い声とか?
って言っても、あんまり声立てて笑うこと少ないんだけど。 服部って。
本当に服部は分からない。
分からないから、もっと知りたくなる。
「まーたこんなとこにひとりでいる。 少しはクラスメイトと交流を深めたら?」
昼休み、服部はいつもひとりでどこかに行く。 それが屋上だということも最近知った。
「あ、上原さん」
服部は例のノートを広げて、何か書き込んでいた。 けれど、あたしの姿を確認した途端、それを閉じてしまった。
「・・・・・もしかして邪魔だった?」
「そんなことないよ。 なんで?」
「だって、今なんか書いてたでしょ? あたしが来たから止めたっぽいし・・・」
あたしがそう言ったら、服部は、
「あ〜・・・」
と言ったあと、「今日、天気いいね」
と話を誤魔化した。
「―――・・・」
服部はこういうことがよくある。
特に家族の話とか・・・プライベートなことを殆ど話してくれない。
多分聞かれたくないことだろうと思ったから、あたしも深追いして聞いたりはしなかった。
すごく気になったけど、しつこく聞き出そうとして嫌われたら・・・・・ そっちの方がイヤだ。

って・・・ ん?

―――あたし、なんで服部に嫌われたくないんだろう?


そりゃ、誰にだって嫌われるのはイヤだけど・・・・・
でも、こんな地味系男子の服部ひとりに嫌われたって、あたしには他にも友達がいる。
服部なんかより背も高くて、カッコいい男の友達だってたくさんいる。
なのに、なんで服部に嫌われたくないなんて思うんだろう・・・・・
なんか、最近そんな事を考える時間が増えてきた気がする。
そんなとき、必ず気持ちが悪くなる。 胸がつかえるというか、モヤモヤしてくるというか・・・・・
また気持ちが悪くなりそうな気がして、慌てて話を変えた。
「そ、そう言えば、もうすぐミナミのライブがあるわねっ!」
「そーだね」
前回のGW以来、2ヶ月ぶりのライブだ。
「今回のは会場が狭いから、あんまり入れないのよね。 チケット取れるかな?」
「どうかな・・・ ま、大丈夫じゃない?」
申込者が多いと、ファンクラブに入っていても取れないときがある。
「もし取れなかったらショック・・・ でも、あたしか服部か、最悪どっちかは取れるわよね!」
服部もファンクラブに入っているはずだから、そっちでも申し込んでおけば安心だ。
あたしがそう言ったら、服部は、
「え?」
と言ったあと、黙り込んでしまった。
当然服部だって行くものだと思っていたから、その鈍い反応にちょっと戸惑う。
「え、って・・・ だって、服部だって行くでしょ? ライブ」
あたしがそう聞いたら、服部は大分間を空けてから、
「・・・・・うん。 行くよ?」
「じゃぁ・・・」
と再び聞こうとして、今度はあたしの方が言葉に詰まってしまった。
あたし、すっかり服部とライブに行く気になっていたけど、もしかして服部の方はそうじゃなかった・・・・・?
まさか、ひとりで行きたいとかっ!?
それとも、他に一緒に行く友達がいる・・・?
元々東京から引っ越してきた服部だし、そっちに友達がいても全然おかしくない。
ライブ会場は今回も東京だし、そっちの友達と行くのかも・・・・・
あたしひとりが服部と行く気になっていたけど、服部は全然そんな気なかったんじゃない?
あたしにはミナミのことを一緒に語れる友達は服部しかいないけど、服部には他にも友達がいるんじゃないっ!?
急に恥ずかしさや寂しさのようなものがあたしを襲ってきた。
あたしは服部から顔を背けて、
「べっ、別に、他に行く友達がいるなら、いいっ!」
「いや、そうじゃないんだけど・・・・・」
あたしが怒ったようにそう言ったら、服部が言い訳しようとした。 それがまたあたしの感情を逆なでする。
「いいわよっ! どうせ今までだってひとりで行ってたわけだし。 服部は友達と行けば!?」
「そんな・・・ 一緒に行く友達なんかいないよ」
「別にウソつかなくたっていいっ!」
あたしがそう言って屋上をあとにしようとしたら、
「ウソじゃないよっ!」
と服部があたしの腕を取った。



・・・・・何やってんの、あたし・・・
こんなの・・・ まるで、一緒に行けなくて拗ねてるみたいだ。
なんで服部相手にそんなことをしているのか、自分でもよく分からなかった。
こんなのいつものあたしじゃない。
今の一連の行動をなんとかして取り消したかったけど、どうしていいのか分からなかった。
結局あたしは、服部に腕を掴まれたまま黙って俯いていた。
「ごめん、一緒に行こ?」
せっかく服部がそう言ってくれているのに、
「無理しなくていい。 あたしだって別に・・・そこまで服部と行きたいって思ってたわけじゃないし」
って、かわいくない返事しか出来ないあたし・・・・・
それでも服部は、
「・・・チケットおれが取るし。 2枚」
と、まだあたしの腕を放さない。
「そんなの自分で取れる」
あたしが不機嫌なままそう言ったら、服部は一瞬黙った後、
「でも、きっとおれの方がいい席取れると思うよ?」
と機嫌を取るような・・・あたしを窺うような声をかけてきた。
あたしの機嫌取りたいからって、そんなテキトー言わないでよ・・・
「なんでよ・・・ そんなの分かんないじゃない・・・」
あたしがそっぽを向いたままそう言ったら、服部が、
「おれには・・・コネがあるから」
「・・・・・コネっ!?」
機嫌が悪かったことも忘れて、驚いて服部を振り返る。
コネって何よっ!? コネって!!
服部はちょっと言いにくそうにして、
「いや・・・ 実は、さ。 身内が・・・音楽業界に勤めてるというか・・・・・」
「えぇっ!? そーなのっ?」
そんな話は初耳だ!
「なんで今まで教えてくれなかったのっ!? もうっ!」
そしたら今までだって、もっといい席取れてたかもしれないのにっ!
・・・って、そのときはまだ服部とこうやって親しくなる前なんだからしょうがないんだった。
それにしても、たった今まで機嫌損ねてたのに、
「ミナミのライブでいい席取れるかも」
って言われた途端 機嫌良くなるあたし・・・・・ かなり単純。
「あ、もしかして身内ってお兄さん? 今は別に暮らしてるって言ってた」
「・・・・・うん、そう・・・」
「そーなんだぁ!」
今までどんなに頑張っても、10列より前の席は取れたことがなかった。
でも、今度はもっといい席が取れるかもしれない!
もっとミナミに近づけるかもしれないっ!!
チョー嬉しいっ!!!
あたしが喜んでいたら、お昼休み終了のチャイムが鳴った。
「あっ、次コバティの数学よ! 遅れたら当てられちゃうし、急ごっ!」
「うん・・・」
服部もあたしのあとをついて来る。
「もしかして、服部は今までも結構いい席で見てたのー?」
階段を下りながらそう聞いたら、服部からの返事はなかった。
「服部?」
不思議に思って振り返ったら、服部はあたしが立ち止まったことに気付かず、そのままの歩調で階段を下りてきた。
避ける間なんかなかった。
「きゃっ!」 
「うわっ!!」
バランスを崩しそうになり、慌てて階段の手すりを掴もうと手を伸ばしたら、
「上原さんっ!」
と服部があたしの腕を引っ張って階下に転げ落ちそうになっていた身体を支えてくれた。
勢いで服部の胸に寄りかかる。
「危なかった・・・ 大丈夫?」
服部のシャツから微かに香る 柑橘系の匂いが、あたしの鼻をくすぐった。
背中に添えられた服部の手の暖かさが、シャツ越しに伝わってくる。
そして、頭上から降ってくるあたしを心配する声が・・・
ものすごく耳に心地いい・・・・・
・・・なんか、こんな心地良さ・・・前にもあったような・・・・・
「あの・・・・・ 上原さん?」
頭上から降ってくる、服部の戸惑った声で我に返った。
「って、うわっ! ごめんねっ!?」
慌てて服部から離れる。
なっ、なにやってんの!? あたしっっ!!?
「いや、おれがボーッとしてたせいだから・・・ こっちこそごめん。 怪我なかった?」
「う、うん・・・ 大丈夫みたい・・・・・」
あたしは顔の前で両手をヒラヒラと振った。 けど・・・
全然大丈夫じゃ、ない・・・・・
なんかものすごいドキドキいってんですけど・・・ 心臓・・・・・
確かに、ここから転がり落ちたらタダじゃ済まなかったと思うから、焦ってドキドキするのも分かるんだけど・・・
でもなんか、このドキドキはそれだけじゃない気がして、頭が混乱してしまった。
「上原さん? 本当に大丈夫?」
そう言いながら、服部があたしの顔を覗き込んでくる。
ちょ、ちょっと! 顔、近っ!! 離れて離れてっ!!
「? なんか上原さん、やっぱおかしいよ? 保健室行った方が・・・」
「だ、だからっ! 大丈夫だってばっ!!」
「桃子っ!」
焦って服部から顔を背けようとしたとき、階下からあたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ったらエリカだった。 エリカはちょっと難しい顔をして、
「・・・・・そんなとこで何やってんの? もうすぐ5限目始まるよ?」
「い、今行く!」
とエリカに返事をして、「じゃ、あたし先行くねっ?」
と服部の方を見ないで、逃げるようにして階段を駆け下りた。
よかった・・・ エリカに声かけてもらって・・・
あのまま服部と一緒にいたら、余計に動悸が治まらなさそうだったから。
なんであたし、こんなにドキドキしちゃってるんだろ?
危ないところを助けてもらったから?
って、そんなの単純すぎるでしょっ!?
あんなの、少女漫画なんかじゃよくあるベタなシチュエーションじゃない。
しかも、相手はあの地味系男子 服部だし!
そりゃ、ペットみたいでかわいいときもあるけど・・・
ギター弾いてるときなんか、ちょっとカッコ良かったりするけど・・・・・
いやっ! でもっ!! 服部にドキドキするなんておかしいっ!! ありえないっ!!!
と自分に突っ込みを入れる。
――――――でも・・・
・・・・・服部って、意外と睫毛長いのね・・・
今までだって服部の顔を覗き込んだりしたことはあったけど・・・ あんなに近かったのは初めてだ。
それに、いつもはテレてるとか、困ってるとか、そんな顔ばっかりだけど、あんな真剣な表情見たのも初めてだし・・・
あたしはさっき見た服部の顔を思い出していた。
顎から頬にかけてのラインが意外とシャープだったなぁ・・・
それに肌がものすごくキレイだった・・・・・
・・・・・って、なに変なこと思い出してんのっ? あたしっ!! 服部の顔なんか興味ないって!!
あたしが慌てて首を振っていたら、エリカが、
「あんなとこで何やってたの? 服部なんかと2人で」
「いや、ちょっと話があって・・・・・」
「なんか最近ホント服部と仲いいよね? 桃子」
「な、仲なんか良くないってっ! 服部なんかっ!!」
エリカのセリフにさらにドキドキしてしまう。

あたし、ホントにおかしい・・・・・



「え?」
「だからぁ! 最近ヤバいって、桃子!」
ある日の昼休み、エリカや数人のクラスメイトが難しい顔をしてあたしのところにやってきた。
エリカが怒ったように、
「あんた、服部と親しくしすぎっ! 桃子が博愛主義者なのは知ってるけど、手を広げすぎでしょ? だって、服部だよ? キモオタじゃんっ!?」
「キモオタって・・・ 確かに服部は地味系だけど、キモくないしオタクでもないわよ? 話すと結構面白いし・・・・・」
突然のエリカたちの言葉に戸惑いながら反論する。
確かに前まではあたしもエリカたちと同じように思っていた。
地味でドンくさく、オタクっぽくてキモい男子。
それが服部。
でも、実際近づいてよく見てみたら、服部はそうじゃなかった。
普段は何しゃべってるのか聞き取れないほどなのに、いざ話してみると会話がスマートというか、センスが感じられた。
それから、あたしたちみたいに、ムキになって流行を追いかけたりしない。
すぐにみんなに合わせようとするあたしとは違って、周りに流されない。
確かにオタクと言えば・・・ ギターオタクとは言えるかもしれないけど・・・
それだって、オタクとはバカに出来ない技量を持ってるし。
「おれ、そんなに上手くないよ?」
って謙遜してたけど、でもやっぱり服部は上手い。 自分もギターをはじめて、それがよく分かった。
ただ・・・ それがみんなに伝わらないだけだ。
服部は極端な人見知りみたいで、自分から積極的に人と交わっていくタイプじゃない。
あたしたちが親しくなったのだって、あたしが無理矢理ギターの先生に仕立て上げたからだし。
やっぱり、あの見た目が良くないのよね。
「もう、暑くなってきたし、その鬱陶しい髪切ったら?」
って言ったんだけど、
「いや、コレが気に入ってるから・・・」
と言って切ろうとしない。
普段あんまり見たことない服部の顔だけど、この前・・・あの階段のところで助けてもらったときに見た服部の顔は、そんなに悪くなかった気がする。
だから、髪を切るだけで大分イメチェン出来ると思うのよね。 肌なんかキレイだったし。
メガネもコンタクトを勧めたんだけど、
「合わないみたいで、すぐ充血しちゃうんだよね」
って言ってるから、無理強いは出来ないし・・・
やっぱり、あたしがなんとかしてあげないとダメかな。
高校デビューの先輩として(って、このことは服部にすら内緒だけど)、磨けば人間変わるんだってことを教えてあげないと!
と、内心あたしが変な使命感に燃えていたら、エリカが、
「今なら間に合うからっ! 早くこっちの世界に戻っておいで!?」
とあたしの肩をつかんだ。
「こっちの世界って・・・ 服部だって同じ世界に住んでる普通の男子よ?」
あたしが笑ってそう言ったら、エリカはさらにあたしの肩を強くつかんで、
「桃子っ! 気付いてない時点ですでにヤバいんだって! 服部菌に侵されてるっ!!!」

―――服部菌・・・

その言い方に、心臓がキリ・・・と痛む。
遠い昔に封印したはずの、イヤな記憶がフラッシュバックしてくる・・・
『え〜っ! マジで上原菌の隣かよ〜! なんか、感染しそうっ!!』
とあたしのことを笑った男子の声が、すぐそばで聞こえた気がした。
あたし、まさか・・・・・ あたし、あの頃に戻り始めてる?
こんな・・・エリカたちがみんなで心配するほど、戻っちゃってるの?
あの血の滲むような努力で高校デビューして、そのあともこのポジションをキープするために頑張ってたことが・・・ 無駄になっちゃってるの?
・・・・・またひとりぼっちになっちゃうの?
そんなのイヤだ! ・・・絶対イヤ!!
あんな孤独感に押しつぶされそうになる日々を送るくらいなら、死んだ方がましだ。
「桃子、どうしちゃったの? 前はもっとオシャレにも敏感だったじゃん! 爪なんか酷いよ!?」
「そ、それは・・・」
爪が伸びていると、ちゃんと弦を押さえられないから・・・・・
って・・・
確かにあたし最近、自分を磨く時間が減ってきてる気がする。
家でも、今まではパックしながら爪の手入れしていた時間を、ギターの練習時間に充てちゃってるし・・・
服部の前ではホントに気を使わなくてすむから、気を抜くことが多くて・・・その雰囲気がみんなの前でも出ちゃってるとか・・・?
―――もしかして、服部とギターを始めたのがきっかけで、あたし・・・・・ 元に戻り始めてる?
そう思ったら、居ても立ってもいられなくなってきた。
もう・・・ 絶対あの頃には戻りたくない。
何があっても・・・・・

その日の放課後は、服部とギターの練習をする日だった。
けれどあたしは、授業が終わるのと同時に、逃げるようにしてウチへ帰ってしまった。




「桃子―――ッ! 電話よ―――!!」
案の定、夜服部から電話がかかってきた。
時計を見上げたら8時だった。 公園での待ち合わせは4時だ。
まさか、今まで待ってたなんて事・・・ ないわよね?
夏に近づいて日が伸びてきているとは言え、8時じゃ外は真っ暗だ。
いくら温厚な服部でも、4時間も待っているわけがない。
いや、もしかしたら1時間くらいは待っていたかもしれない。 それからやっとあたしが来ないことに気付いてウチに帰って、でもすぐには連絡出来ないほど腹が立って・・・・・
落ち着いてきた今、改めてあたしに文句言うために電話してきたとか・・・・・?
あ、ありうる・・・・・
どうやって言い訳しよう、なんて考えながら受話器を受け取る。
「・・・・・はい」
『あっ! 良かったぁ! ちゃんと家に帰ってたんだ?』
けれど、受話器の向こうから聞こえてきた服部の声は、あたしが予想したものとは全然違っていた。
『いや、時間になっても来ないから心配してたんだ。 なんかあったのかなって』
「・・・もしかして、今まで公園で待ってたの?」
『うん』
こいつは・・・ 本当に馬鹿だ。
なんで服部はそこまであたしを信じられるんだろう。
あたしは、自分の保身のためにあっさり約束をすっぽかすような人間なのに・・・
「なんで? 外真っ暗でしょ? なんであたしがもう来るはずないって思わないわけっ!? 帰って良かったのにっ!!」
あたしが怒ったようにそう言っても、服部は、
『そーなんだけど・・・ もしかしたら、もうすぐ来るかも・・・って思ったら動けなくなっちゃって・・・』
「だったら連絡・・・」
と言いかけて、服部がケータイを持っていない事を思い出した。
『今日に限って・・・・・ えと、手帳忘れちゃってさ。 上原さんちの電話番号分からなくて・・・ で、今ウチに着いて電話したところ。 ごめん、連絡が遅くなって』
やっぱりケータイ必要かなぁ、なんて笑いながら謝ってくる服部。
なんで服部はこうなんだろう。
いつだって服部は、あたしに合わせてくれる。
あたしが理不尽なことで怒ったりしても、いつでもあたしを受け入れてくれる。
なのにあたしは・・・・・
『体調でも悪かっ・・・』
「服部ッ!!」
服部の話に無理矢理割り込んだ。「ごめん。 ギターの練習・・・ もうナシにする」
『え・・・?』
「・・・・・もうやめるから、ギター。 ・・・あたしが言い出したことなのに、急で悪いけど」
少しの沈黙のあと、
『なんか・・・あったの?』
服部があたしを心配しているのが声で分かる。
「な、なんにもないわよっ! あの、ちょっと・・・忙しく・・・・・・ そうっ、忙しくなっただけ!」
『忙しく?』
「そ、そうよっ。 だから、ギターなんかやってる時間なくなっちゃったのっ!」
服部は一瞬黙ったあと、
『・・・・・そっか。 分かった』
とすぐにあたしの話を理解してくれた。『じゃ、もう練習はなしってことで』
「ホントにごめん・・・」
『なんで謝るの? 上原さん、何も悪い事してないのに』
と服部は笑って、『こっちこそ、あんま上手に教えられなくて・・・ごめんね?』
「そんなこと・・・」
喉が詰まって上手く言葉を出せなかった。
っていうか・・・
―――これ以上、服部と普通に話せる自信がない。
「ごめん。 ちょっと今、立て込んでて・・・」
早く電話を切りたくて、またウソをついた。
『あ、ごめん。 忙しいんだったよね。 じゃ、切るね』
「うん・・・」
短く別れを告げて、そのまま通話を切ろうとしたら、
『上原さん』
と服部が。
「え?」
『今までありがとね。 おれいつもひとりでギター弾いてたけど・・・・・ 上原さんといっしょにやれて本当に楽しかったよ』
「服部・・・・・」
服部はもう一度、ありがとう、と言って今度こそ通話を切った。


激しい自己嫌悪に襲われた。
・・・けれど、やっぱり昔には戻りたくないっていう気持ちがあることは確かだ。
服部のことは友達だと思ってる。
気を使わないでいる分、もしかしたら他の友達より近い場所にいるのかもしれない。
ミナミのことを話せるのだって、服部だけだし・・・・・
けど、服部を取ったらそれ以外の友達がみんな離れてしまう。 また中学の頃に逆戻りしてしまう。
だから、しょうがない。

服部だって許してくれたんだし・・・ 何も問題ない。
また今までの生活に戻るだけだ。 あたしも。 服部も・・・・・

大丈夫・・・ 大丈夫よ・・・・・

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