Honey Beat   #1  秘密


「上原さんって〜、今まで何人と付き合ってきた?」
新しいクラスにも馴染みはじめた4月中旬。 昼休みになると、自然とみんながあたしの周りに集まってくる。
それは当然だ。
だって自分で言うのもナンだけど、あたしってキレイだし、スタイルいいし、頭いいし、運動・・・はちょっと苦手だけど、流行だってちゃんとチェックしてるから話題だって豊富だし・・・・・
誰がどう見ても、「イケてる女子」なんだから!
女の子の友達も多いけど、同じくらい男の子の友達も多い。



こんなイケてる女子のあたしだけど、実は誰にも知られたくない秘密がある。

あたしの名前は、上原桃子。 茨城県にある私立花ノ牧高校の2年生。
この花ノ牧高校(略してマキ高)は学力から言ったら、県内でも中の下か下の上くらいで、
「どこの高校行ってるの?」
って、あんまり聞かれたくない高校だ。
本当言うと、あたしの学力だったらもっと上の高校・・・しかも、県立に入れた。
なのに、イロイロ・・・まぁ事情があって、このマキ高に通っている。
でも、マキ高にして本当に良かったと思っている。
友達は沢山出来たし、かなり学力を落として入った学校だから、テストの結果はいつでも学年トップクラスで、先生からのウケもいいし。
学校がこんなに楽しい所だと思ったのは、小学校以来かもしれない。
中学の頃は・・・ 本当に最悪だった。
思い出すたび気分が悪くなるから、出来れば中学の頃の思い出を脳細胞から消滅させたいくらいだ。
そんな思い出したくもない中学時代が・・・ 誰にも知られたくないあたしの秘密。
今とは全然・・・180度違うあたし。
あたしは、あの頃の自分を葬りたくて、同中からは誰も進学しなかったこのマキ高に進学したのだ。


「うっわ! 上原の隣かよ〜っ! 勘弁してくれよ!!」
席替えで隣になった男子が大げさに溜息をつく。「ちょー、誰か席代わってー?」
隣になった男子にそんなことを言われても、俯くことしか出来ないあたし。
他のクラスメイトは、そんな酷いコトを言った男子を諌めるどころか、あたしたちを見て笑っている。
「マジ上原菌が伝染っちゃうじゃん! つか、匂うし!」
と言いながら、男子があたしの机から自分の机を引き離す。
―――なんでそんなコト言うの? あたし、ちゃんと毎日お風呂入ってるし、歯だって磨いてるよ?
「なぁ? なんでお前の髪っていつも爆発してるわけ? 実験失敗した博士かって!」
―――これはくせっ毛なだけよ。 湿気が多いと広がっちゃうの!
「お前の顔、岩みてーなんだけど? なんでボコボコしてんの?」
―――ニキビの痕なの。 他にも出来てる子いっぱいいるじゃん……
元々あたしは目立たない女子だった。
容姿に自信があったわけじゃないし、成績だってズバ抜けていい方でもない。
それまでは友達だってそれなりにいて、クラスでちょっと地味な感じの子達のグループにも入っていた。
男子にだって、特別好かれはしていなかったけど、
「上原菌!」
なんて呼ばれる事はなかったのに・・・・・
それが、いつの間にか友達だった子達が離れていき、男子からも疎まれるようになって・・・
気が付いたら、あたしはクラスで孤立していた。
いわゆる、イジメだ。
と言っても、殴られたり蹴られたりとか、給食にゴミを入れられるとか、トイレの個室に入れられて上から水をかけられるとか・・・そんな目立ったことはなかったから、先生にも親にも言わなかった。
ていうか、言えなかった。
先生に言ったら、学活の時間に、
「みんなー、上原さんを仲間ハズレにするのはやめましょうね!」
なんて、1番最悪な形でテキトーに収めようとされるのがオチだし、親に言ったら、お父さんは、
「どいつだっ! お父さんが行ってぶん殴ってやるっ!」
ってバット持って出て行きそうだし、お母さんは、
「まさか桃子がイジメに遭ってるなんて・・・」
って泣いちゃうかもしれない。
みんなにイジメられるより、お父さんお母さんを悲しませる方が嫌だ。
だからひとりで頑張った。
本当は学校なんか休みたかったけど、休んだりしたらそれこそみんなの思うツボだと思ったから、意地でも毎日学校に通った。
だけど、どうして自分がみんなからイジメられるんだろう・・・
特に目立ったことをしたわけじゃない。 
自分で言うのもなんだけど、あたしは平和主義者というか博愛主義者というか・・・ とにかく揉め事が苦手だったから、友達関係でも少しの事なら我慢してしまう方だ。
だから、どうしてあたしがこんなことになってしまったのか全然分からなかった。
そんな孤立したクラスの中でも、あたしを気にかけてくれる子はいた。
その子は私とは正反対の子だった。
キレイでスタイルも良くて、クラスでもちょっと先を行ってる女の子グループにいる子だったから、それまでは殆ど話もしたことがなかった子だ。 その子が、
「みんなヒドイよね〜? 上原さん、大丈夫?」
とか、
「辛かったら保健室登校でもいいんだよ? あれでも出席扱いになるんだって」
とか、ときどきあたしに声をかけてくれた。
て言っても、いつもそばにいてくれるかと言うとそうではなくて、いつもはみんなと一緒にいるんだけど、ときどきみんなに気付かれないようなときに、そっと声をかけてくれたり・・・ そんな程度だ。
けど、それでもあたしは嬉しかった。
見えるところであたしに気を使ったりしたら、今度はその子も一緒にイジメの対象になってしまうかもしれない。
だから、彼女の小さな気遣いだけでも嬉しかった。
時々かけてくれる彼女の励ましだけが、希望の光だった。

でも・・・・・ その小さな光は幻影にすぎなかった。

「チョーウケるんだけどっ!」
ある日の放課後。 一度学校を出たあたしは忘れ物をして再び教室に戻ってきたことがあった。
「見た? あんときの上原菌の顔っ!」
教室に入る手前でそんなセリフが聞こえてきて、あたしは思わず立ちすくんでしまった。
放課後の教室で、誰かがあたしの悪口を言っている。
「めっちゃ嬉しそうな顔してなかった? 殆どすがるような目!」
「してたしてた! バンビちゃんの目!」
「それバンビに失礼だって!!」
いつも聞いていることだけど・・・ でも、やっぱり、聞きたくない・・・
そう思うのに、足がすくんでその場から動けなかった。
聞きたくないのに、ひとりの声があたしをその場に固まらせた。
あたしの悪口を言っている子達の中に・・・ あの子の声が混じっている。
いつもあたしを励ましてくれているあの子の・・・ 内藤さんの声が混じっている。
「もーさー、アイツ絶対 佳代だけは自分の味方だとか思っちゃってるよ! マジで」
「だよねー! 面白いから味方のフリしてたけどぉー、最近ホントに何かあるとあたしの方見るしさー。 マジウザいんですけど!」
「佳代もよくやるよね〜! 自分が上原イジメの発起人のくせにさぁ」
―――心臓が潰れそうになるっていうのは、きっとああいう事だ思う。
「だって、上原 あたしの三井くんと一緒に帰ってたんだもん! チョームカつくじゃん」
「まー、三井っちは女子みんなに優しーからねー。 地味系女子の上原でも誘われたら一緒に帰るしかなかったんじゃん?」
え・・・? 三井くん? 内藤さん、三井くんのことが好きだったの?
三井くんっていうのは、同じクラスでサッカー部に所属している男の子。
背が高くて、運動も勉強も出来て、顔もジャニーズ入れるんじゃ?っていうくらいカッコ良くて、オマケに優しい。
こんな完璧な人がいるんだ、ってあたしもちょっと憧れてはいたんだけど・・・
その三井くんと、あたしは1回だけ一緒に帰ることがあった。
なんで一緒に帰ることになったのか理由は覚えていない。 多分、たまたま帰りが一緒になったとか、そんなんだと思う。
けど・・・・・
そんな事が原因で? たったそれだけで?
愕然とした。
たったそれだけの事が原因で、あたしはクラスの殆どから無視されたり嫌がらせをされたりしていたのだ。
しかも、唯一の味方だと思っていた内藤さんがイジメを始めた張本人で、親切なフリしてあたしが一喜一憂する様を見て陰でコソコソ笑い者にしていたなんて・・・
一気に人間不信に陥った。
みんなからイジメられたこともショックだったけど、親切なフリしてあたしの反応を面白がっていたっていう事にも大きなショックを受けた。
内藤さんに、
「ありがとう」
なんて言った自分を振り返り、自分にも腹が立った。
憧れていた三井くんが、中3の秋頃 内藤佳代に告白されて付き合いだしてからは、三井くんにも幻滅した。
三井くんは取り立てて庇ってくれたわけじゃなかったけれど、他の男子みたいにあたしを、
「上原菌!」
と言ってバカにしたりはしなかった。 だから、
「やっぱり完璧な人は、ちゃんと分かるんだ! 見た目や噂で人を好きになったり嫌いになったりしないんだ!!」
って思ってたのに・・・
結局、三井くんも見た目派手でキレイ系の内藤佳代みたいなのに騙されちゃうんだ・・・

結局ヒトは見た目第一だ。
どんなに人間性が悪くても、見た目さえ良ければそれもカバーされる。
そんなことに、今頃気が付くなんて・・・
―――あたしはバカだ。

それからのあたしはメチャクチャ自分を磨いた。
高校の受験勉強もそこそこに、ダイエットのため毎日運動もした。
勉強の合間に食べるチョコも我慢して、大好きなリンゴジュースもウーロン茶に変えた。
中学に入ってから増えたニキビの痕も、薬用の洗顔フォームやなけなしのお小遣いをはたいて通ったケミカルピーリングで少しずつ改善されていった。
春休みに入ってからは、小さい頃からの悩みだったくせ毛を縮毛矯正で流れるようなストレートにした。
こうやってあたしは大変身して、同中から誰も進学しない このマキ高に入学したのだ。



初めは、
「元はイジメられっ子の地味系女子だってバレたらどうしよう・・・」
と心配していたんだけど、それが杞憂だということは入学式初日に分かった。
「上原さん・・・だっけ? めっちゃくちゃキレーだよね?」
初めに声をかけてきたのは女子の方だった。
しかも、中学までだったら絶対接点のなかったキレイ系女子だ!
「肌とか?ツルツルじゃん! 羨ましー! なんかやってんの?」
「え? 別に・・・ 洗顔後フツーに化粧水塗るだけ」
当然ケミカルピーリングや、高い薬用洗顔フォームのことは内緒だ。
「マジでそんだけっ?」
「お前と違って上原さんはモトがいいから、余計な手をかけなくていいんだよ!」
なんて男子まで言ってくれて・・・
「あやかりた〜い! つか、友達んなろ? あたしエリカ! 桃子って呼んでい?」
「んじゃ、オレもそう呼んでいー? オレのことはソウタって呼んで!」
ありえない・・・
家族以外で・・・友達と下の名前で呼び合うなんて!
「メアドとケー番教えて? あとで面白い写メ送るし〜」
ケー番聞かれるのがこんなに嬉しいことだったなんて・・・!
人生がバラ色に見えるって、きっとこういうことだ。

あたしの高校デビューは大成功だった!

キレイ、かわいい、美人・・・ みんなあたしが欲しくてたまらなかった言葉をかけてくれた。
この1年間、そんな言葉をたくさん聞いてきた。
キレイでかわいい女子の友達も、オシャレでカッコいい男友達もいっぱい出来た。
彼氏は・・・まだいない。
みんな、
「上原さん美人だよねー。 モテるっしょ?」
とか言ってくれるけど、実は告白されたことすらない。
だから、
「今まで何人と付き合った?」
なんて聞かれても、
「何人?って・・・ 数えてないから分かんないわ」
「おお〜〜〜っ!」
なんて誤魔化すしかなかった。
だって あたしはみんなから見たら「モテる女子」なんだから、今まで彼氏の1人もいなかったなんておかしいじゃない?
だから、今までたくさんの人と付き合ってきたフリ。
本当はそんなに積極的な方じゃないんだけど、そんなんじゃダメだから、明るくノリがいいフリ。
本当はミステリー小説を読む方が好きなんだけど、みんなとの話題が合わないと困るからファッション雑誌や情報誌をチェックしたり、流行りのテレビ番組を見たりしている。
キレイで明るい人気者・・・ このポジションをキープするのも大変だ。
こんな自分にときどき疲れることがある。
自分で望んで始めたことなのに、だんだん本当の自分が分からなくなってくる。
作っている自分が嫌で、何もかも捨てたくなるときもある。
こんなメッキを貼った、偽りだらけの自分を好かれて本当にあたしは嬉しいんだろうか・・・
結局好かれているのはあたしじゃなく、あたしの名前を借りた別人なのと同じじゃないだろうか・・・
そう思う反面、いつ本当の姿がバレて、せっかく出来た友達が離れていくか分からない・・・という不安もある。
こんなに気張らなくても、少しくらい素を出したって誰も気にしないのかもしれない。
・・・けど、その気の抜き方が分からない。
どれくらいまで素を出してもみんなが許してくれるのかが・・・分からない。
気を抜きすぎて中学の頃に戻ってしまったら最悪だ。
だったら、今のままでいい。
好きなコトも我慢して、興味ないことに興味あるフリをして・・・
本音を話せる友達は1人もいないけど・・・
それでも、周りに誰もいなくなるよりはずっといい。
また1人ぼっちになるくらいなら、仮面を被り続けることくらいなんでもない・・・・・

「うわっ! ちょ・・・服部が来たよ!」
あたしたちがいつものように教室で話していたら、今までどこかに行っていたらしい服部が席に戻ってきた。
服部の席はあたしの隣で、今までそこに座っていたクラスメイトが慌てたようにして立ち上がった。
服部はチラリとあたしたちの方を見た後、自分の机の中からノートを取り出し、それを持って再び教室を出て行った。
「・・・はぁ。 アイツが来るとなんで息詰まるんだろ?オレ」
服部が出て行くのと同時にみんなが息を吐き出す。
「あ! あたしもー! なんか緊張するっつーか・・・ 暗いし何考えてるか分かんないし、キモいし・・・ 完全にA系だよね?」
「言えてるー! アイツ絶対休日はアキバとか行ってるクチだよ!」
隣の席の服部蓮は、この4月にマキ高に転校してきた男子だ。
前は東京に住んでいたらしいけど、親の仕事の都合でこの茨城県に引っ越してきたらしい。
服部には友達がいない。
まだ転校してきて日が浅いからしょうがないのかもしれないけれど、友達がいないのはそのせいだけじゃない。
まず、風貌が良くない。
鬱陶しいくらいに伸ばした髪。 それをカッコ良くセットしてるんならまだしも、
「あんた、絶対それ洗いっぱでしょ?」
ってくらいにボサボサだし。
その鬱陶しい髪が顔の大部分を隠しているせいで表情が読み取れない。
何を考えているのか・・・笑っているのか怒っているのかさえも分からない。
視力が悪いみたいでメガネをかけてるんだけど、それもさえなさに拍車をかけている。
背は低くないけど、(・・・って言っても175はなさそう)いつも背中を丸めて歩いているせいで、やっぱり小さく見える。
おまけに何をしゃべっているのか、よく聞き取れない。
転校初日、黒板の前に立った服部は、
「・・・家族の都ご・・・で、引っ越して・・きまし・・・ ハットリ、レンです」
と俯きながら、もごもごとそれだけ言った。
服部はある意味目立っていた。 その異様な風貌や雰囲気、しゃべり方のせいで。
イジメ・・・とまでは行っていないけれど、女子からはもちろん、男子にも相手にされていなかった。

―――服部を見ていると、嫌な事を思い出しそうになる・・・



「・・・でも、服部みたいな男は勘弁っしょ?」
「え?」
服部が出て行ったドアの方をボサッと眺めていたら、急に話を振られた。
「・・・ごめん、何?」
慌てて笑顔を作る。
「いや、だから、上原さんの好みのタイプの話!」
男子がそう言ったら、入学して最初に友達になったエリカが、
「当然でしょ? このクールビューティな桃子が、あんなキモオタと付き合うわけないじゃん! ねぇ?」
とあたしに笑顔を向けた。
「う、うん・・・」
多少抵抗はあったけど、肯く。
情けは無用だ。
あたしはもう、あっち側の人間じゃない。
「でも、桃子気を付けなねー? カン違いされないように」
エリカが眉間にしわを寄せる。
「カン違い?」
「桃子、隣じゃん?席。 たまにしゃべるときとかあるでしょ?」
確かに、授業によっては隣の席同士でしなければならないこともあるけど・・・
「しゃべるって言っても、事務的なことばっかよ?」
「それだけでも十分なの! あーゆーAボーイは普段女に免疫ないから、ちょっと話したり優しくされただけでカン違いするの! 桃子なんかかわいいから、絶対オカズにされてるって!」
「オカズ・・・?」
・・・って、なんだろう?
そう聞く前に、テンポの速い会話はどんどん進んでいく。
「ありえるーっ! 桃子との会話思い出して、夜1人で悶えてたり!」
「フィギュアに、桃子って名前付けてたり!」
「やめて! マジで笑い死にしそうっ!!」
エリカたちクラスメイトがお腹を抱えて笑う。
オカズの意味は分からなかったけど、服部がバカにされてるんだってことだけは分かる。
あたしも一緒になって笑った。
別に全然おかしくなかったけど・・・ 笑った。
―――笑われる服部が悪い。
鬱陶しい髪も切るか、ちゃんとセットするかすればいいのに。
背筋ももっと伸ばせばいい。
それから、もっとハッキリしゃべるように・・・
もう高校生なんだから、自分が周りからどういう風に見られているか分かってるはずなのに、それを直そうとしない服部が悪い。
「あ、チャイム鳴っちゃった。 んじゃ桃子、またあとでね〜♪」
あたしの周りにいたクラスメイトたちが、それぞれの席に戻って行く。
笑顔で手を振りながら、そっと息を吐き出す。
友達が出来たのは嬉しいことなんだけど、このポジションをキープするためにメチャクチャ気を使う。
だから、あたしにとっては昼休みよりも、むしろ授業中の方が気が休まるくらいだ。
軽く肩を揉みながら数学の教科書を取り出していたら、服部が席に戻ってきた。 ・・・片手にノートを持って。
あのノートいつも持ってるけど、何が書いてあるんだろ? 普通のキャンパスノートみたいだけど・・・
・・・・・もしかして、バカにされてる自覚はあって、ムカつくクラスメイトの名前があのノートに書き連ねてあったり・・・
あの大流行したマンガの殺人ノートみたいに、
「死ね・・・」
とか呟きながら、殺したい人間の名前書いてるとか・・・
・・・・・まさか、ね。
そんなコトを考えながら授業を受ける。
普段から何考えているのか分からない服部は、授業中もよくボーっとしている。
そのくせ、何かを思い出したように慌ててノートを取り始めたり・・・
この前の古文の時間も、授業終了間際までボーっとしてたくせに、チャイムが鳴ると同時に慌てて板書を始めた。
案の定、服部が黒板を写す前に週番がそれを消してしまった。
「あ〜・・・」
と言いながら諦めたようにノートを閉じる服部。
本当にドンくさい!
「ホラ!」
見ていられなくて、自分のノートを服部の机の上に放り投げてやった。
「え?」
「写せなかったんでしょ? 貸してあげるわよ!」
「・・・あ、ありが・・・」
ありがとうって言ったつもりらしい。
だから、もっとハッキリしゃべりなさいよっ!!
あ〜〜〜! ホントにイライラする、コイツ!
今だって、先生の話なんか全然聞いてないって感じだし・・・
「ここまでくればもう分かるよな? じゃ、ここの解を・・・ 服部!」
「え? は・・・ カイ?」
先生の話なんか全然聞いてなかった服部は、急に名前を呼ばれて慌てて立ち上がった。
けど・・・
こいつ絶対分かってない。 下手したら「解」って言葉も、こいつの頭の中じゃ「貝」になってるかもしれない。
あたしはイライラしながら、
「〜〜〜∠BAE=45度ッ!」
「えっ!?」
服部が驚いてあたしの方を振り返る。
「だから、45度だって! さっさと答えなさいよっ!」
あたしがノートに目を落としたまま小声でそう怒鳴ってやったら(小声で怒鳴るって言うのも変だけど・・・)、服部は慌てて、
「え・・・っと、45・・・度」
「よし!」
先生は満足気に肯き、また黒板に向かい大きな声で授業を進めた。
「あの・・・ ありがと・・・」
服部が聞き取りにくい声で、おずおずとお礼を言う。 そっちを見ないで軽くシャープペンを振ってやった。
〜〜〜もうっ! なに助けちゃってんの? あたしっ!!
こんなドンくさい男、放って置けばいいのに・・・っ!
ドンくさい服部にもイライラするけど、その服部が困っていたりすると放っておけない自分にも嫌気がさす。
やっぱり、 服部の向こうに中学の頃の自分が見えるからかなぁ・・・
取り立てて何したってわけでもないのに、その要領の悪さと見た目のせいでみんなから煙たがられて・・・

もっとしっかりしなよ、服部!
あんたも頑張れば、ちょっとはマシになるはずだよ?
あたしみたいにさ・・・



Honey Beat Top ■ Next