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翌日、早速里香に見せびらかした。 「へー…良かったね」 里香はトイレの鏡に向かってリップを塗りながら、チラリとあたしのケータイを見た。 「すっごいかわいいでしょ? シンプルで小さいけど、それがまたオシャレっていうか」 そーいえば、前に見た伊吹のケータイにも小さなシルバーのストラップ(たしかテントウムシ)が付いてたっけ。 こーゆーのが伊吹の趣味なのかな。 「買ったばっかりなのに貰っちゃって、ホントにいいのかなー……って、里香! ちゃんと聞いてるっ!?」 「聞いてるよー。だから良かったねって言ったじゃん」 里香はちょっと面倒くさそうに、「はなっからナナにあげようと思って買ってあったんじゃないのぉ? なんだかんだ言って、付き合ってんのと同じじゃん。伊吹くんもプレゼントなんかあげちゃってさ。まんざらでもないんじゃないの、ナナのこと」 「い、いや〜っ! それはないんじゃないかなっ? 気まぐれだよ、気まぐれっ!!」 なんて言いながらも、ついついニヤけてしまう頬を引き締めるのが難しい。 里香は少しだけ眉間にシワを寄せて、 「あたし、人の恋愛相談聞くのは好きだけど、ノロケ話聞くのは好きじゃないんだよねー」 「えー、もっと聞いてよ! こんなこともうないかもしれないんだからさ〜」 「あーはいはい」 そう言いながら里香の腕をつかんで左右に振ると、やっとこっちを見てくれた。 「ホラ、ストラップ!」 「あー、ホントだ。かわいいねー… ん?」 「でっしょー! もうあたしすっごく気に入っちゃって、用もないのにケータイ取り出しちゃったりしてー…」 あたしが気を良くして語っていると、 「ナナ、これ男子が持つ方じゃない?」 と里香がストラップをマジマジと見つめた。 「は? ……男子が持つ方って……え? どーゆーこと?」 里香の言ってる意味が分からなくて聞き返した。里香はあたしからケータイを取り上げると、 「だからー、これは男子が持つ方なの。ほら、ここのとこがブルーになってるじゃん。女の子の方はピンクだったよ」 「え? なになに? 意味が分かんないんだけど……」 「どこのお土産屋さんだったかなー。修旅で買ってる子何人かいたよ。ピンクとブルーのペアで売ってるの。カップルで分けたり、好きな人にあげたりするんだよ」 「え、そーなの?」 そんなの売ってたなんて知らなかった。 「伊吹くん、間違えてナナに渡したんじゃん?」 「そー、なのかな……」 と言いつつ、なんだか胸がドキドキしてきた。 |
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カップルで持つって…… ペアで買って、片方を好きな人にあげるって…… 伊吹、そんなもの買ったの? あの伊吹が? あたしにくれようとして……? ウソでしょ―――っ!! い、いやっ、カップルとか好きな人とか、そーゆーアレじゃないだろうけどさっ! きっと、あれだね! 京都でのお父さんの一件……あれのお礼のつもりなんだよ、きっと! うん、そうそうっ! ……ま、まあ、万が一ってこともなくはないだろうと……思わないでもない、みたいな……いやいや、やっぱり深い意味はないかなっ。 まあ、深い意味ないとしても嬉しいことに変わりないんだけど! もう伊吹ってば意外とかわいいことするんだから〜! しかも、男女の区別間違えちゃうとか、かわいすぎるでしょっ! 「取り替えてくる!」 居ても立ってもいられなくなって、ケータイからストラップを外した。 「って、伊吹くんが持ってるヤツと? 今から?」 あたしは肯きならトイレを飛び出した。 初めて伊吹が買ってくれた物だもん。どうせならちゃんと女の子用の方がいいし! ピンクってどんなのかな〜。 それにしても伊吹、袋から出すとき気付かなかったのかな? ピンクとブルーがあったら、ふつう女の子にピンクを渡すでしょ? それとも、逆にピンクの方が欲しかったとか? ピンク(あたし)を身につけたかった……とか? うわ―――っ! い、いやっ、やめよう、こんな図々しいこと考えるのは! 本当に間違っただけかもしれないし……うん、きっとそうだよ! そわそわしながら1組に向かい、出入り口から中を窺った。伊吹は窓際の席でクラスメイトとなにやら談笑している。 出入り口付近にいた子たちがチラリとあたしを見た。 そのうちの1人に、 「あの、伊吹呼んでもらえる?」 と頼んだ。その子は微かに笑いながら、 「……いいよ」 と肯き、「伊吹ー、客だぞー!」 と伊吹の方に声をあげた。その声の大きさに焦ってしまった。クラスのみんながこっちを振り返る。 そ、そんな大きな声出さなくてもっ! 伊吹はこっちを見た途端、思いっきり眉を寄せた。 その伊吹の表情を見て、しまった、と思った。 ヤ、ヤバイ…… 興奮しててすっかり忘れてたけど、学校では声かけるなって言われてたんだっけ…… 伊吹はこれ以上ないってくらいの笑顔を作ってあたしのところまでやってくると、 「……なんか用かな」 と優しい声を出した。 そ、その笑顔が怖い…… でも、どうせ声かけちゃったあとだし、ここで何も言わずに帰るほうが不自然だから話しちゃお。 「あ、あの、ちょっと用があって。……ストラップのことなんだけど」 おずおずと切り出すと、 「……ストラップ?」 と伊吹は微かに首を傾げた。 「うん。伊吹あたしに間違えて渡してない? ピンクのほう持ってるでしょ?」 伊吹は一瞬黙ったあと、 「………ちょっと、あっち行こうか」 と笑顔のままあたしを渡り廊下の方まで連れ出した。 人気のないのを確認すると、途端に伊吹は不機嫌そうな顔をした。 「……で、なに。学校で声かけんなって言っただろ」 案の定、怒られた。 「ごめんね、うっかりしちゃって。早く取り替えてもらいたかったから……」 「取り替える?」 あたしはポケットからストラップを取り出した。 「昨日くれたこのストラップ、男子が持つ方なんだって。伊吹、間違えて渡したでしょ?伊吹が持ってる方が女の子用なの。だからもし今持ってたら、取り替えてもらおうっと思って……」 伊吹はストラップを見下ろして一瞬口をつぐむと、 「……知らねーよ」 と視線をそらした。 「え? 知らないって……?」 「オレが持ってたのそれだけだし」 伊吹の言ってる意味が分からない。 「え? ……なになに? どーゆー意味? だってこれ、ピンクとブルーのペアで売ってたでしょ?」 |
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「いや、それオレが買ったんじゃねーし。だから知らねぇ」 ……え? これは伊吹が買ったものじゃ……ないの? どーゆーこと?? 伊吹は視線をそらしたまま首の後ろを撫でた。 「……オレが墓参りで嵐山回れなかったからって、クラスのヤツが買ってくれたんだよ」 これは、伊吹がクラスの子から貰ったものだったの? 「……それって、女子?」 あたしがそう聞くと、伊吹はまた一瞬黙ったあと、 「……だとしたら、なに。なんかカンケーあんの、お前に」 とため息をついた。 心臓が一瞬で凍りついた。 ……これは、伊吹のクラスの女子が、伊吹に買ってあげたもの…… 「なんでそんなもの……くれたの?」 「オレはいらなかったし、おまえそれ気に入ったみたいだったから」 悪びれもせずそう言い放つ伊吹が信じられなかった。 凍りついた心臓が、すぐにカッと熱くなった。 「そーじゃないじゃんっ! なんで自分が貰ったものを、簡単に別な人にあげちゃうの?」 「貰った時点でオレのものだろ。それを人にやろーが捨てよーがオレの勝手だろ」 「違う違うっ!」 あたしが焦れてクビを振ったら、伊吹も、 「なんだよっ!」 と声を尖らせた。 「伊吹、これくれた子の気持ちとか考えないの? その子は伊吹に使って欲しくてこれ買ってくれたんだよ? 伊吹は知らなかったのかもしれないけど、これペアで売ってるヤツで、それって伊吹のことが好きだからってことでっ」 「気持ち押し付けんなって言ったろっ!?」 興奮するあたしのセリフを、伊吹が途中で遮った。 「なんなんだよっ! ペアで持つ? 知らねーよそんなこと! 欲しいなんて一言も言ってねーし、勝手に押し付けられて逆に迷惑だっつーのっ!」 |
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「信じられない……」 「……どうとでも勝手に思え」 そう言うと、伊吹はそっぽを向いた。 ……それが伊吹の本心? これくれた子は伊吹のことが好きで、伊吹に使って欲しくて買ったんだよ? ただそれだけなんだよ? 絶対見返りなんか期待してない。 そんな気持ちも迷惑だっていうの? 本当にそう思ってるの? ううん、たとえ迷惑だと思っても、使わないとしても、引き出しの隅にでもしまっておけばいいじゃん。 それを他人にあげるなんて…… 信じられない。 「……もし、それをあげたのがあたしだったら? やっぱり伊吹は平気で他の人にあげちゃったりするわけ?」 伊吹は眉間のシワをより深くさせて、 「……そんなこと議論してなんか意味あんのか。くだらねぇ」 「くだらなくなんかないっ! 大事なことなんだよっ! 答えてよっ!」 伊吹は小さく舌打ちをしたあと、 「……誰からもらったってストラップはストラップだろ」 ……ああ。 それが伊吹の答えなんだ。 送り主が誰だろうと、それにどんな気持ちが込められていようと、ただの「物」でしかないんだ。 だから平気で他の人にあげたりできちゃうんだ。 「……返す」 あたしは伊吹にストラップを返した。伊吹は黙ってそれを受け取った。 「……あたしそれもらったとき、すっごく嬉しかった。伊吹からなんかもらったの初めてだったし。 今まで買い集めてケータイに付けてたストラップ全部外してそれだけにしたり……宝物にしようって思った」 伊吹は視線をそらしたまま眉間にシワを寄せている。 あたしの話も聞いているのか、それとも聞き流しているのか…… どっちにしろ、楽しくないことには変わりない。 「……って、こんな話伊吹にしても分かんないよね。ゴメン、時間取らせて……」 と、そこまで言ったところで、伊吹があたしの背後に視線を走らせた。 「……なんか用?」 「え?」 伊吹のセリフにつられて、あたしも後ろを振り返った。 「ごめん。なんか話し中だった?」 そう言いながらこっちにやって来たのは唐沢勝利だった。 「べつに。……大した話してないよ。唐沢こそなんか用?」 大した話じゃない……そう言う伊吹の顔はすでに笑顔だった。 目の奥が、ジワリ、と熱くなり、慌てて俯いた。 「や、椎名じゃなくて……倉本さんにちょっと」 ……え? 唐沢勝利があたしなんかになんの用? 伊吹は一瞬黙ったあと、ふーん、と呟いて、 「じゃあね」 と1人で教室に戻ってしまった。 あたしを残して行くことに、なんのためらいもない足取りで…… 伊吹が好き。 少しでも伊吹の心に近付きたいってずっと思ってた。 ……けど。 こーゆーことがあると、さすがに落ち込む。 「なんか……邪魔しちゃったかな、オレ」 伊吹と入れ替わりに、今度は別な足音が近付いてくる。 ……ああ、そうだ。唐沢勝利がいたんだっけ。 ショックで一瞬忘れてた。 「えー、邪魔なんかしてないよ。ぜんぜん大した話してないし」 あたしが慌てて笑顔を作ったら、唐沢勝利も少しだけ笑顔になった。 「マジで? オレ、あとから椎名に怒られるんじゃないかって心配なんだけど」 「それは……ないんじゃないかな」 逆に感謝されてるかもしれないよ? 面倒なところを救ってくれたって…… 自分の想像にまた落ち込む。 「それよりなんか用事があったんでしょ? なに?」 沈んだ気持ちを振り切るように顔を上げた。 「ああ、うん。これ」 唐沢勝利はスボンのポケットからハンカチを取り出した。……昨日あたしが貸したハンカチだ。 「ありがとう。助かったよ」 「助かったとかそんな……こっちが悪かったんだし。制服、大丈夫だった? 落ちた?」 ハンカチを受け取りながらそう聞くと、唐沢勝利は笑いながら両手を広げた。 「この通り! ……クリーニング中」 「!!」 言われて気付いた。唐沢勝利は制服のジャケットを着ていない! 「やっぱニオイがね。取れなくて」 と唐沢勝利は苦笑いする。 「うわ〜っ、ごめんなさい!! ホントにゴメンねっ!?」 「いいよ、気にしないで。昨日も言ったけど、こっちも悪かったんだからさ」 「ごめんなさい」 「分かったって! もう十分謝ってもらったから。ゴメンはもうなし!」 「う…… あ、ありがと」 唐沢勝利……頭いいだけじゃなく、性格までいいんだ。 |
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完璧な人間っているんだなぁ…… 「……そういえば、なんであたしの名前知ってたの? 唐沢勝利ほどの人が」 さっき、倉本さん……ってあたしのこと呼んだよね? あたしみたいな平凡な人間のことを、学年トップの唐沢勝利が知ってるなんて…… 不思議に思ってそう聞くと、唐沢勝利はまた笑って、 「だって倉本さん今、時の人、だし。知らない人なんかいないんじゃない?」 とあたしを見た。 「え? どーゆー意味?」 「あの椎名の彼女、って有名ですよー」 「はっ? あたしが伊吹の彼女って……ち、違うからっ!」 慌ててクビを振った。 「隠さなくてもいいのに。さっきだってこんなとこに2人でいたじゃん?」 「それはちょっと話があってっ」 「なんで隠すの? あの椎名が彼氏だよ? 自慢でしょ」 「自慢とかそんな……考えたことない」 伊吹は校内のアイドル的存在で、そんな伊吹と付き合えたらそれはたしかに自慢かもしれない。 けれど、あたしが好きになったのは、そんな猫被った優等生の……みんなのアイドルの伊吹じゃない。 いや、そもそも付き合ってないし…… 「……なんか複雑みたいだね。ゴメン、詮索するような真似して」 あたしが俯いてしまったら唐沢勝利が謝ってきた。 「いや、唐沢勝利のせいじゃないから。あたしが勝手に落ち込んだだけだから」 無理に笑顔を作って手を振ると、 「そっちこそなんでオレの名前知ってんの? てゆーか、なんでフルネーム呼び?」 と唐沢勝利が吹き出した。 「あ、ゴメンっ!」 あたしってばつい呼び捨てで…… 「いや、それこそ唐沢…くんの名前知らない子なんかいないよ。いつも学年トップじゃん」 その字面で覚えてたから、ついフルネームで呼んじゃった。 「へぇ。オレも少しは知られてんだ」 唐沢勝利がはにかんだように笑う。……ちょっと可愛い。 「少しどころじゃないよ。学年全員が知ってるよ!」 「でも倉本さん、昨日は分かんなかったでしょ、オレのこと」 図星を指されて焦る。 「いや……っ でも、名前は知ってたよ! 顔が分かんなかっただけでっ」 「そーなんだよねー。オレ名前は派手だけど、顔は地味なんだよねー」 と唐沢勝利は眉を下げる。 「違う違うっ! 名前を知ってたのは派手とかそーゆーんじゃなくて、学年トップの頭の良さがあるからでっ! 顔が地味なんて思ってもないよっ!?」 「勉強は出来るけど、存在感ないしねー」 と言って、とうとう唐沢勝利は俯いてしまった。 「そ、存在感あるよっ! 不動のトップ! みんなの憧れ! 雲の上の人!!」 あたしが昨日すぐに唐沢勝利に気付かなかったせいで、こんなに落ち込ませちゃうなんて! 唐沢勝利はこんな平凡女子のあたしを知っててくれたのに(……ってまあ、伊吹の件があったからなんだけど) コーヒーこぼした挙句、あんた誰?……みたいな態度取っちゃってたんだ、昨日のあたし! ほんと失礼極まりない! 「昨日のことはホントにごめんね? すぐに気付かなかったのは、あたしがバカなだけだからっ」 焦りながらフォローしていると、俯いている唐沢勝利の肩が小刻みに揺れだした。 ―――泣いてるっ!!! 「か、唐沢くんっ」 慌ててその肩に手を掛けようとしたら、 「ぶはっ」 と唐沢勝利が笑い出した。 「……え?」 「ごめんごめん。イジメ過ぎちゃった」 くっくっと笑いながら唐沢勝利が顔を上げる。……目尻に涙を浮かべるほど笑いながら。 「え? あの……?」 「あの椎名と付き合ってるっていうからどんな子かなって思ってたけど。フツーにかわいいね、倉本さん」 |
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……は? かわいい? あたしが? …………ど、どーゆー意味だろ? 今の短いやりとりで、かわいいって思われるポイントなんかあった? 頭いい人の考えることってよく分かんない…… 唐沢勝利の言動に戸惑っていたら、予鈴が鳴ってしまった。 唐沢勝利はやっと笑いをおさめた。 「ごめんね、時間とらせちゃって。ハンカチありがと」 「いや、それは本当にあたしが悪かったから」 慌てて2人で教室の方に戻った。 別れ際、 「さっきはホントからかってゴメンね。お詫びに、もしなんかあったら相談のるよ。勉強のことでも……彼氏のことでも」 唐沢勝利がイタズラっぽく笑う。 唐沢勝利はまだ伊吹とあたしが付き合っていると勘違いしている。 でも、今そんなことを訂正している時間はない。 あたしはテキトーに挨拶をすると、自分の教室に向かって駆け出した。 |
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