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「……班は6人構成な。男子3人女子3人。班長も決めて。決まったら学級委員は職員室に知らせに来い」 先生は必要なことだけ言うとさっさと教室を出て行ってしまった。 ガラガラばたん……と戸が閉まるのと同時に教室内が賑やかになる。 「ナナ、一緒になろっ!」 と親友の里香が声を掛けてきた。 「うん」 「女子あと1人はまりあ入れてい?」 「いーよ」 いつも何かでペアを作るときは、あたしはたいてい里香と組んでいる。 けれど今回の班は女子が3人。 班の人数を聞いたときから、もう1人は誰になるんだろう……と心配していたあたしは、それがまりあになると聞いて安心した。 「よろしくね、ナナ」 「こっちこそ。楽しみだねー」 まりあとは里香ほど深い付き合いしてないけど、ホンワカした癒し系のかわいい子。 もう1人がまりあで良かった。あたし意外と人見知りする方だし。まりあだったら気兼ねしないで一緒に行動できそう。 どうせだったら思いっきり楽しみたいもんね、修学旅行!! 「女子はこれでいいとしてぇー… 男子どうする?」 里香が腕組みをする。「やっぱノリがいいイケメンと一緒になりたいよね。せっかくの修旅だし!」 「あたしは誰とでもいいよ。里香に任せる」 まりあが可愛らしく首を傾げる。 「あたしも。里香がいいと思う男子でいいよ」 真剣に悩む里香の前で、あたしとまりあは結構のん気だ。 どうせ好きな人はクラスが別で一緒に行動できないし…… だったら誰と組んでも一緒だ。クラス内にとくに苦手な男子もいない。 「もうっ! 2人ともぬるいなー。もっとガッついていこうよ! 修旅だよ!? 貴重な班行動を一緒にする男子だよ!?」 と里香は頬を膨らませる。 「えー、だってほんとに誰でもいいしー。ね、まりあ」 「うん」 とあたしとまりあが顔を見合わせていると、里香はちょっと意地悪そうに笑って、 「もうナナってば〜! 彼氏が別クラだからっていい加減すぎるぞ!」 ととんでもないことを言った。 「り、里香っ!?」 慌てて里香の制服を引っ張った。 な、なに言い出すのっ!? 「え、ナナ彼氏いるんだ? 知らなかったー、何組?」 里香の爆弾発言にまりあが反応する。 「いや、いないからっ! 彼氏なんかいないからっ! 片想いだって言ったじゃん!」 あたしが慌てて否定するのを見て、里香は楽しそうに笑った。 |
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あたしの名前は倉本ナナ。地元の県立高校に通う2年生。 勉強も運動も容姿も、良くも悪くも普通中の普通な本当に平凡な女子高生。 強いて平凡じゃないところを言うなら、家庭環境がちょっとみんなと違うくらいかな。 あたしのお母さんはあたしが小さい頃に死んじゃって、ずっとパパと2人きりの生活をしていた。 そんな生活も今年の春、パパが法子さんと再婚したことでピリオドを打った。 はじめのうちはパパの再婚に反対していたあたしも、今ではその生活に馴染む……どころか、パパが再婚してくれて良かったとさえ思っている。 だって、おかげで好きな人……伊吹とひとつ屋根の下で暮らせるようになったんだから! まあでも、残念なことにその伊吹からは、 「オレがお前を好きになることは絶対ない」 とか言われてて、完全なあたしの片想いなんだけどね。 それでも、いつかは……って夢見るくらいいいよね? あたしが好きな伊吹は、アイドル並の可愛い顔立ちに運動もそこそこできて、特進クラスに入れるほど頭もいい。 そのうえ人当たりも良くて(……って、実は猫被ってるだけなのをあたしは知ってるけど)女子からだけじゃなく、男子や先生たちのウケもいい。 言わば、学校内のアイドルみたいな存在だ。 そんな伊吹とひとつ屋根の下で暮らしてるなんてみんなにバレたら、どんなことになるか……想像するだけで恐ろしい。 このことを知っているのはウチのとなりに住んでる幼なじみの徹平と……親友の里香だけだ。 でも、里香に伊吹のことを話したのはつい最近のこと。 信用してなかったってワケじゃないんだけど……里香はノリが良すぎて暴走することがあるのと、あたしひとりだけの問題じゃないっていうのがあって、迂闊に話せなかった。 伊吹も里香のことは苦手みたいで、あんまりよく思ってないみたいだし。 里香は、あたしの好きな人が伊吹とは知らずに、いろいろ相談にのってくれていた。 あたしが伊吹に対しての気持ちに気付けたのも里香のおかげだし、そのあとも親身になってアドバイスしてくれたり…… 里香が本当にあたしのことを思ってくれて話を聞いてくれてるってのが分かってたから、内緒にしてるのは心苦しかったけど…… そんな親身になってくれていた里香だから、あの一件のあとは大変だった。 あの一件っていうのは、先日行ったカラオケで……あたしの好きな人が伊吹だとバレてしまったことだ。 カラオケ店が入っているビルが火事になって、あたしは伊吹を探しにビルに飛び込んで行き、伊吹は伊吹でそんなあたしを心配して里香たちの制止を振り払ってあとを追いかけてきたっていう…… これで、 「あたしたちべつに何の関係もありません」 なんてことが通用するはずもなく……あのあとの里香の尋問はハンパなかった。 「……で? いつから付き合ってんの? あの伊吹くんと! 正直に白状しなさいよね」 里香は不機嫌さを隠しもしないであたしに問い詰めた。 「いや、ホントに付き合ってないからっ!」 「この期に及んでウソついたり誤魔化したりしたら、あたしナナとは絶交するから!」 里香は冷たい目であたしを見下ろした。 これが伊吹じゃなくて徹平あたりだったら、こんなに責め立てられたりはしなかっただろうなと思う。 「ホントだってば! あたしの勝手な片想いなのっ! あたし程度が”みんなのアイドル伊吹くん”と付き合えるわけないじゃん!」 「ウソ! 今までのナナの話だとほとんど毎日顔合わせてるような関係のはずじゃん。特進科の伊吹くんとそんな毎日顔合わせることなんてないはずじゃん、ただの片想いで!」 「そ、それは……っ」 「それにお互い下の名前で呼び合ってたよね!」 「いや、あのっ」 「そういえばナナ、1年のころは一緒になって伊吹くんのこと可愛いとかかっこいいとか騒いでたのに、2年になった頃からぜんぜん騒がなくなったよね。そーか、あの頃から付き合い始めたんだ!」 「里香〜〜〜…っ」 こと恋愛カンケーに関して里香の観察眼は鋭く、あたしの今までの言動から不自然なところを細かく突いてきた。 仕方がないから、全部話して聞かせた。 パパが法子さんと再婚して、その息子が伊吹だったこと。(もちろん、血が繋がっていないことなんかは話してない) その伊吹から、学校では自分たちのことを話すなと……いや、声さえかけるなと命令されていたこと。 なにより、「みんなのアイドル伊吹くん」とひとつ屋根の下で暮らしていることなんて、怖くて誰にも言えなかったこと、などなど…… はじめは疑っていた里香も、徹平を呼びつけ一緒に尋問することでやっと納得してくれたみたいだ。 「ずっるいよね〜、なんでナナが伊吹くんと」 「いやだからさっきから言ってるけど、あたしの一方的な片想いなんだからね? むしろウザがられてるくらいなんだからね!?」 「でもあの伊吹くんとひとつ屋根の下とか、チョー羨ましいんですけど」 「それでね里香。騒ぎになるとあれだから、あんまりこのこと人に言わないで欲しいんだけど……」 「どーしよっかなー。なんかナナばっかズルいしー、言っちゃおうかなー?」 「里香〜〜〜っ!!」 ……なんて、ことあるごとにあたしをイジメていた里香だけど、どうやら誰にも言わないでくれているらしく、今もあたしの平穏な学校生活は続いている。 まあ、ときどきさっきみたいなきわどい発言でいじめられたりはするけど。 「そっか、片想いなんだー。でも好きな人と一緒に修旅とか、やっぱテンション上がるよね。自由行動のときとか? 一緒になれたらいいね」 「〜〜〜まりあー!」 まりあは里香のセリフに、好きな人ってだれ……なんて聞いてくることもなく、純粋にあたしを応援してくれた。 里香にいじめられた直後だからか、まりあのセリフにすごく癒される。 そうだよね! せっかくの修旅、いっぱい楽しまなくちゃね! 伊吹とはクラスが離れてるからなかなか会えないかもしれないけど、事情を知った里香や優しいまりあがいればいろいろ協力してもらえるかもしれない。 一緒に回ることはできないだろうけど、せめて一緒に写真撮るくらいならできるかもしれないし。 あ。おそろいのお土産……ストラップとか? 欲しいな。 あ―――! 修学旅行、なんかすっごく楽しみになってきた―――!! 「オレ、行かないから」 「は……はぁ―――っ!?」 あたしと法子さんと、珍しく早く帰ってきていた伊吹との3人で夕食をとっていたとき、いきなり伊吹がそんなことを言った。 伊吹の発言にあたしは食べていたクリームシチュー吹き出しそうになった。法子さんも驚いた顔をしている。 「行かないって……修学旅行?」 「うん」 当たり前のように肯く伊吹。あたしはスプーンを置いて口元をティッシュで拭うと、 「いや、ちょっと待ってよ。家族旅行じゃないんだよ? 学校行事なんだよ? そんな自分勝手なことできるわけないじゃん!」 と抗議した。 「だれにも迷惑かけないんだから、自分勝手じゃないだろ」 あたしの抗議にも、伊吹はしれっとして返してくる。 「いや、かけるからっ!」 「だれに」 「だれにって……っ」 伊吹と一緒に修旅行ける! ……って楽しみにしてたあたしに迷惑がかかるでしょうがっ!! ……なんて、法子さんのいる前でそんな話をしたら伊吹に殺される。 |
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「しゃ、写真とか? 集合写真に写れないよ? いいの?」 「べつにいいよ」 伊吹はフッと鼻で笑った。 「卒業アルバムにだって載るんだよ? いいの、あの上の方に丸い顔写真貼られてもっ!?」 「いいよ、つかそんなの貼ってもらわなくていーし」 「〜〜〜い、行かないからって、伊吹の分なんかお土産買ってきてあげないからねっ!? パパと法子さんと自分の分しか買ってこないからっ!」 「いらねーよ」 「〜〜〜…っ」 それ以上、伊吹を引き止める言い訳が思いつかなかった。 目の前の伊吹は、表情ひとつ変えずにクリームシチューを食べている。本当に修学旅行なんかどうでもいいみたいだ。 ……本当に行かないの? 伊吹と修旅行けると思って楽しみにしてたのに…… しょぼんとクリームシチューに視線を落としたら、 「伊吹、行ってきなさい」 と法子さんが言った。 「え?」 ビックリして法子さんを見上げる。 「いや、でも……」 法子さんの発言に伊吹が眉を寄せる。 「学校行事なんだからちゃんと参加しないとダメよ。課外だって部活だってないはずでしょ」 「そーだけど、でもっ」 「それに」 伊吹が何か言う前に法子さんは続けた。「こっちに来てからまだ1度も行ってないでしょ。お墓参り」 「…………」 法子さんのセリフに伊吹が黙り込む。 ……お墓参り? 「ちょうど命日だし。今年は私、仕事の関係で行けないの。だから伊吹、あなたが代わりに行ってきてくれる?」 「…………」 いつも法子さんのお願い事には二つ返事で快諾する伊吹が、今回は黙り込んだまま視線を落としている。 どうしたんだろう? それに、お墓参りって…… もしかして……? ……と、頭に思い浮かぶことはあったけど、あたしも黙っていた。 「行ってきて」 二度目のお願いには疑問符がついていない。 伊吹はしばらく躊躇ったあと、 「……分かった」 と肯いた。 夕食のあと、法子さんがお風呂に入っている隙に、伊吹の部屋のドアをノックした。 「……なんだよ」 面倒くさそうに伊吹が出てくる。 「あ……あのさ? さっき言ってたお墓参りって、もしかして……」 遠慮気味にそう尋ねると、 「……なに詮索してんだよ。マジうぜぇな、お前」 伊吹は不機嫌さを隠しもしないでそう言い捨て、さっさとドアを閉めようとした。 「ま、待って! 興味本位で聞いてるわけじゃないからっ! ただ、伊吹のことが知りたくてっ」 「それを興味本位っていうんだよ」 「違うよっ! あたしは伊吹のことが好きだから、だからっ」 なんとかあたしの気持ちを分かってもらいたくて言い訳をしようとしたら、 「お前、なんかっつーとそれ言うけど、それを免罪符のように使うなよ」 最後まで言い切る前に、伊吹に遮られた。「好きなら何してもいいってか」 ……なにも反論できなかった。 たしかにそうだ。 相手に好意を持っての言動だとしても、何もかもが許されるわけじゃない。 ……そんなことに今さら気付かされた。 あたしは俯いて、 「……ごめんなさい」 と謝った。 人には誰でも踏み込んで欲しくない部分がある。 しかもあたしは、なんとなく気付いているくせに、それを伊吹に直接確認したくて根掘り葉掘り聞こうとしていた。 きっとそんなことも伊吹には全部お見通しだったはずだ。 鬱陶しがられても仕方ない。 「ホントにごめん、ね……」 自分の行動に落ち込みながら自室に戻ろうとしたら、背後で小さく伊吹のため息が聞こえた。 「……言い過ぎたよ」 「え?」 「お前が想像してるとおり、オレを生んでくれた人の墓参り」 驚いて伊吹を振り返る。 まさか伊吹が話してくれるなんて…… ため息まじりだったけど……さっきのあたしの言動を許してくれたってことだよね? あたしは急に嬉しくなって伊吹にかけ寄り、 「え、どこっ? 広島? 岡山? 神戸? 京都?」 と今回の修旅で行く地名を挙げた。 「なんだよ、その変わり身の早さ。いきなりテンション上げてんじゃねーよ」 伊吹は呆れたようにあたしを見下ろした。 「こっちに来るまでそこに住んでたってことでしょ? どこ?」 伊吹は一瞬躊躇ったあと、 「………京都」 と視線を落として言った。 そっかー、京都かー! 中学の修旅で行ったことしかないけど、いいとこだよねー! お寺はピカピカだし、橋は大きくて長いし、舞妓さんはキレイだし、京都弁はかわいいし…… 「典型的な観光地しか見てねーな、お前」 伊吹が眉を寄せる。 「そういえば伊吹って完全に標準語だよね。全然訛ってない」 「……悪いか」 「悪くないけど……伊吹が京都弁話すの聞いてみたい! ねえ、なんかしゃべって……あいたっ!」 いきなり伊吹にデコピンをされた。おでこに激痛が走る。 「いったーい」 「調子に乗ってんじゃねーぞ」 「ごめーん」 怒られたっていうのに、なんだか嬉しい気分のあたし。 またひとつ伊吹のことを知れた! そっかそっか、京都か。 今回の修学旅行はどっちかというと、行ったことのない広島や岡山、神戸の方を楽しみにしていた。 けれど、京都は伊吹の住んでいた場所だと聞いて、断然そっちの方が楽しみになってきた。 お墓参りって、自由行動のときに行くのかな? たしか、京都で自由行動あったよね? 自由行動は班別って決まってるんだけど、遊びに行くわけじゃないし、事情を上手く話せば先生だって許してくれるよね。そのへん伊吹なら上手くやれそうだし。 と、そこまで考えたところで、ふと思いついた。 ……あたしもついて行っちゃダメかな? お墓参り。 ていうか、ついて行きたい! 伊吹とはクラスが違うから修旅中は全然一緒に行動できないし、このお墓参りだけでも一緒に行きたい! それに、伊吹のお母さんのお墓参り自体もしたいし…… 伊吹は絶対、ウザイ、ついてくんなって言うだろうけど……とりあえずお願いしてみよ。 と、ダメ元でお願いしてみようと伊吹を見上げたら、伊吹は、 「誰がしゃべるか、京都弁なんか。思い出したくもねーよ、あんなとこ」 と忌々しそうに吐き捨てた。 |
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「あ……」 その伊吹の表情を見て、ハッとなる。 ―――思い出した。 そんなあたしの様子を見て伊吹は、 「いいな、お前は能天気で。羨ましいわ」 と口元だけで笑った。 「……ごめんなさい」 あたしの謝罪に伊吹は眉間にしわを寄せて、 「これで気が済んだか。さっさと部屋帰れ!」 とあたしを追い払った。挨拶もなしにドアを閉められる。 固く閉ざされたドアをしばらく眺めてから、肩を落として自分の部屋に戻った。 ……なに浮かれてたんだろ、あたし。 伊吹がなんでこっちに引っ越してきたのか忘れてた。 伊吹にとって、忌々しくさっさと忘れたい……けれど絶対忘れることのできないイヤな思い出。 実のお父さんとの刃傷沙汰の末、逃げるように出てきた…… それが伊吹の故郷の……京都。 そんなところに伊吹が喜んで行くわけがない。 ちょっと考えれば分かりそうなものなのに……ほんとあたしって頭悪い。 |
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