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あたしが家に帰って2時間ほどたった頃、やっと伊吹も帰ってきた。 「あー、臭ぇ」 「伊吹っ!」 急いで玄関まで迎えに行った。「今日は、そのっ」 と助けてもらったことのお礼を言おうとしたら、 「お前、シャワー浴びた?」 と伊吹に遮られた。 「あ、うん。帰ってきたとき……」 あまり火の出ない火事だったけど、煙がすごかったせいで髪や服、体中に焦げ臭い匂いが染み付いていた。 このまま服なんか着替えられなかったから、あたしは帰ってきてすぐにシャワーを浴びていた。 「んじゃ、オレにも浴びさせろ。この匂い、我慢できねぇ」 そう言うが早いか、伊吹はさっさとお風呂場に行ってしまった。 「どうぞ……」 ……あ、あれ? なんか以前みたいに普通に話できちゃってる? 伊吹と話したくてしょうがない。でも、どうやって話したらいいのか分からない、って悩んでたのに…… 緊張して伊吹のこと待ってたから、なんか気が抜ける…… 10分ほどで伊吹はシャワーから戻ってきた。 「えっと。き、今日はその……いろいろごめんなさいっ!」 濡れた髪にタオルを被ったままの伊吹にそう言ったら、伊吹はチラリとあたしを見下ろしてソファに腰掛けた。あたしもおずおずとその斜め前に座る。 |
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「いろいろ迷惑かけちゃって……ほんとにごめん」 「……」 伊吹は無言で窓の外を眺めている。 あれ? さっきは普通にしゃべれると思ったのに…… やっぱりまだ怒ってる? 聞いているのかいないのか、伊吹からはなんの返事もない。 「火事のときはあたしのせいで危ない目にあわせちゃったし、伊吹が働いてるところにみんなで押しかけたり……ホントにごめんね」 なんかこうやって考えてみると、あたしって伊吹にとってまるで疫病神だよね。 あたしがいなければ、今日里香がみんなを連れてカラオケに行ったりしなかったはずだし、あたしさえいなければ、火事のビルに伊吹がもう1度戻ることもなかったんだから。 伊吹を幸せにしたいって思ってるのに、なんでこう反対のことばっかしてんだろ…… と、自分の行動に落ち込んでいると、 「……あのさ」 伊吹が真面目な顔であたしを見た。 「え?」 「ちょっと聞きたいことあんだけど」 伊吹が真面目な……ちょっと怒ったような顔であたしの方を振り向いた。 「は、はい……」 と返事をして、幾分背筋を伸ばすようにしてソファに座りなおす。 伊吹は何回か溜息をついたあと、被っていたタオルで顔を覆った。 「お前さ、今日なんでビルに戻ってきた」 「……」 ……やっぱり。 いくら謝っても伊吹が返事もしてくれないのは、そこに一番腹立ててたからだよね。 お前さえいなければ、オレはあんな危ないことしなくて済んだのに、っていう…… 「……ごめんなさい」 あたしは素直に頭を下げた。「伊吹にまで危険な目にあわせて。せっかく先に逃げてたのに、あたしのせいで逆に危険なことさせちゃって……ホントにごめん」 とあたしが謝ると、余計に伊吹はイライラしたように、 「そーじゃなくて、なんで戻ってきたのかって聞いてんだよ」 と、乱暴にタオルを外した。 「え?」 「お前火事の前にビルから出てったよな? なのになんでわざわざ戻ったんだよ」 「や、それは……」 思わず言いよどむ。 伊吹がまだビルの中に取り残されてると思ったから。 だから助けなくちゃって思って…… でも結局、伊吹はビルの中にはもういなくて、逆にあたしのせいでもう一度火事の中に飛び込まなければならなかったっていう…… ……なにやってんだろ、あたし。 「それは、その…… 伊吹がまだ中に取り残されてると思って……」 あたしがもそもそと言い訳をしたら、 「お前に心配されるほど、オレはグズじゃねぇよ」 と切り捨てられた。 「……だよね。ごめん」 再び謝る。 「状況よく見てから行動しろよ。大体、女のお前が男担いで逃げられるわけねーだろ。そーゆーときはプロに任せろよ」 「だって……」 とあたしが反論しようとしても、伊吹は間髪置かずに、 「だっては聞かねぇ。とにかく、もう二度とすんな!」 と強い口調で命令してきた。それでもあたしは、 「だって!」 と、伊吹の言葉を無視して無理矢理続けた。「そんな状況なんか冷静に判断できないもん! また同じことが起きたら、あたしはきっと伊吹を探しに行く!」 「ナ」 「だって好きなんだもんっ!!」 伊吹が反論する前に先を続けた。「伊吹が好きだからっ! あたしが今日ビルに戻った理由はそれだよ。だから、同じ状況になっても、あたしはまた伊吹を探しに行く! あたしが伊吹を好きでいる限り、絶対探しに行く!」 一気にまくしたてて伊吹の顔を見たら、伊吹は眉間のしわを深くした。それからまた溜息をつく。 「信じらんねぇ……なんで探しにくんだよ」 「だから、好きだからだって言ってるじゃん!」 自分のセリフに肯いた。「伊吹が信じてくれなくても、あたしは伊吹が好きなの! だから探しに行くの!!」 あたしがそう言い切ったら、また伊吹は視線をそらしてしまった。 あー… またウザがられてる? でも、もういいや、ウザがられても。 今まで伊吹に冷たくされたり、あたしの気持ちを無視するようなことをされたりするたびに落ち込んだりしてた。 ……けど。 今日の一件でそんなのどうでもよくなった。 伊吹が生きて元気でさえいてくれるなら、こんなに嬉しいことはないんだって、そう思えたから。 「ごめんね、伊吹。あたしこれからもあんたにウザい思いさせるかもしれないけど、まあ、諦めてよね!」 なるべく伊吹に嫌な思いはさせたくないとは思うけど…… ……ていうか、伊吹にウザい思いをさせながら伊吹を幸せにするって、かなり難しいよね。 なんか矛盾してる? う〜〜〜ん…… …………ま、いっか! 難しいこと考えてもよく分かんないや。 「あ、それとさ。ついでみたいでアレだけど…… この前は、その……ごめんね?」 こんな気まずい関係になってしまった始業式の朝の出来事を謝った。 「は?」 いきなり謝られたことに伊吹が眉をひそめる。一体なんの話なんだ、という顔をしている。 でも、法子さんの話は2度とするなって言われたし…… 「えー、と…… もう2度とあんな話しません。ホントにごめん。伊吹が誰を想おうと伊吹の自由なのに……あたしってデリカシーないよね」 となんとなくボカして謝った。 「ああ……」 すぐに伊吹はなんの話だか察してくれたみたいだ。ちょっと難しい顔をして、 「お前がデリカシーないのは知ってたから」 と肯く。 ……普通、ここは否定してくれるよね。 そんなことないよ、とか。形だけでもさ。 ……まあ、ホントのことだからまったく反論できないんだけど。 自分で言ったことだけど、それに肯かれたことに軽くショックを受けていたら、 「つーか、念のため言っとくけど、オレもうそんなふうには想ってないからな」 と伊吹が。 「へ?」 「母さんがお前の父親と再婚してからは……なんつーか、そんなふうに想うことが減ったっつーか……」 と言いながら手元のタオルを弄ぶ伊吹。 「ホントッ!?」 伊吹は肯きながら、 「2人の幸せそうなとこ見てたら、諦めついたっつーか…… 普通に良かったな、って」 とあたしの方を見た。 その顔が穏やかだったから、あたしもホッとした。 「そーだったんだ!? あのときすごい剣幕で怒ってたから、てっきりまだ伊吹は法子さんのこと好きなんだと……っご、ごめんっ」 うっかりまた法子さんの名前を出してしまい、慌てて口を押さえる。 せっかくボカして話進めてたのに…… なにやってんの―――ッ!! あたしの慌てっぷりを見て、伊吹は呆れた顔をしながら、 「ホント学習しねーな、お前は」 と溜息をついた。「アレぐらいの勢いで釘刺しとかねーと、うっかり口滑らせるだろお前、母さんや“パパ”の前で。そーなったら、どんだけ居づらくなると思ってんだよ、オレ」 そーだよね。 いくらフォローが上手い伊吹でも、さすがに2回も、罰ゲームでした冗談です、なんてことは出来ないだろうし…… 「……デスヨネ。ほんとに気をつけます」 あたしは神妙に頭を下げたあと、「……でも。ということは、あたしにもまだチャンスあるってこと?」 と大事なことを確認した。 今、気持ちの上で伊吹が完全にフリーなんだったら、あたしにだってチャンスあるってことだよね? 今はウザがられるだけだったとしても、そのうち……ってこともあるかもしれないよね? と期待したら、 「いや、それはない」 と即答された。 「な、なんで〜〜〜… あっ、もしかしてまだあたしの気持ち疑ってるの!? 同情だって。そこは信じてよもう! あたしは伊吹が好きなんだってば!」 これだけ言ってもまだ信じてくれないのかな!? とあたしが焦れていたら、伊吹は、 「それ今日、何回も聞いたから」 もういい、というように片手を上げた。 「だったらいい加減信じてよっ!」 信じてくれるまであたし何回でも言うよ? 伊吹が好きだって! 「あたし、伊吹が好き!」 「もういいっつーの!」 「本当に伊吹が好きっ!!」 「……分かった。信じる」 「もう、なんでっ!? なんで信じてくれな……って、えっ!?」 思わず聞き返した。「今、なんて……」 勢いで繰り返した会話の合間に、意外な一言が挟まってたような気が…… 窺うように伊吹を見つめると、 「だから、お前の気持ち? 信じるっつったの」 と伊吹もあたしを見た。 「ウソッ!」 「ウソってなんだよ。今度はお前がオレの言葉疑うのかよ」 と伊吹が眉を寄せる。 「や、そーじゃないんだけど……ほんと?」 だって、今まで散々否定されてきたから…… なんかこんなにあっさり、信じる、とか言われても信じられないというか、現実味がないというか…… 伊吹はちょっとだけ視線を落として、 「信じるから。……だからもう二度と今日みたいなことするな」 と言った。 「え……」 今日みたいなことって……あたしが伊吹を探しに火事のビルに戻っていったこと……だよね。 もしかして、伊吹が急にあたしの言葉を信じてくれる気になったのは、そのせい? 今日あたしがあんなことをしたのは、伊吹に気持ちを信じてもらうためだと思ってる? いつまでも自分があたしの気持ちを信じないと、また同じことをされるから…… もうそんなはた迷惑なことされないように……だからあたしの気持ち信じてくれる気になったの? 「や、あたしそんなんでビルに戻ったわけじゃないよ!? そんな計算してなかったしっ! 気付いたら体が勝手に動いていたというか……」 あのときは本当に勝手に体が動いてた。 伊吹がまだビル内に取り残されてるかも…って思ったときにはもう走り出してた。無意識だった。 でも、たとえちゃんと考えたとしても、やっぱりあたしは伊吹を助けに行ってたと思う。 それは伊吹にあたしの気持ちを認めて欲しいからとかじゃなくて、伊吹が好きだから。 誰よりも、なによりも大切だから。 だから…… 伊吹は長く溜息をついてから、 「約束……つか、これこそ命令だな。もうあんなこと……オレなんかのために、あんな危ないことするな。絶対に」 と言いながら目を伏せた。「もう、オレなんかのせいで人が傷つくのは……耐えられない」 |
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「あ……っ」 ふいに、法子さんが過去に伊吹を庇って大怪我したことを思い出した。 実のお父さんと伊吹が揉めたときに、お父さんに刺されそうになった伊吹を法子さんが庇ったっていう…… それで法子さんは腕に障害が残ってしまった。 「いぶ、き……」 たしかに伊吹を庇わなければ負わなかった怪我かもしれない。 でもあれは伊吹が悪いわけじゃない。 絶対に伊吹は悪くない! なのに……伊吹はずっとそれを自分のせいだと思い込んでいたんだ。 だから今日のことも、自分のせいであたしが危ない目にあったって…自分を責めてるんだ。 「ごめんなさいっ! あたし、その……っ」 そうだった。 伊吹は他人が傷ついたとき、それに少しでも自分が関わっていたら、ものすごく自分を責める人なんだった! たとえ自分にはまったく責任がなくても…… やっと今日伊吹にかけた本当の迷惑が分かった。 伊吹はあたしを助けに来ても来なくても、同じように苦しむことになってたんだ。 迷惑をかけてごめんなさい……じゃなかったんだ。 「……心配かけちゃって、本当にごめんなさい」 本当の意味でもう1度謝った。 「これからは無謀なことしないように約そ……」 約束、と言おうとして、「……努力します」 と言い直した。 「努力、ね」 と伊吹があたしを流し見る。 だって、もし伊吹がピンチに陥ったら、やっぱり無意識に体が動いちゃうと思うから。 今日みたいに、逆に伊吹を危険な目に合わせたりしないようには注意するけど…… 伊吹に心配かけるようなことがないように……とは思っているけど。 でも、こればっかりは、「約束」は出来ない。 そんなあたしの様子を見て伊吹は、やれやれ……といった感じに肩をすくめている。 ……いいの、かな? もしかして、許してくれた? 伊吹もなんとなく納得してくれたみたいだから、今度はあたしからお願いをしてみよう。 「あたしも努力するから、伊吹も約束してくれる?」 「は?」 「オレなんかって……なんか、なんて言うのやめて。そんなどうでもいいことみたいに自分を扱うのはやめて。伊吹はどうでもいいと思ってるかもしれないけど、あたしにとっては大事な……大好きな人だからっ!」 「お前……」 伊吹が目を見開く。 伊吹の1番の問題は自分を大事にしないところだ。 いつも自分は後回しで優先順位の上の方に持ってこない……どころか、下手したら切り捨てる方に入れてしまう。 伊吹を幸せにするには、まずそこからなんとかしなくちゃいけない。 どうしたらいいかな…… どうやって伊吹を変えようか考えていたら、 「…ひとの命令には努力する、で済ませるくせに、お前はオレに約束させようってのか。いい度胸だな、奴隷の分際で」 「ぁいたっ」 といきなりデコピンをされた。「いったぁ〜… なにすんの、いきなりっ」 弾かれたおでこを押さえて、伊吹を睨みつけた。 「最近、これといった命令してないせいか、おまえ生意気になったよな。どうやらもう1度しつけし直さないとダメらしいな」 と伊吹はあたしを指差す。 「え? 命令って……また肩揉みとか!?」 デコピンの痛みも忘れて、伊吹を見つめる。「全然いいよ! 今日からまたやってあげる!」 嬉しくなって何度も肯いた。 伊吹に気持ちを知られてからは、まったくやらされていなかった肩揉み。 奴隷になりたてのころはイヤでイヤで仕方なかったけど、今となっては、こうやってまた伊吹に触れられるんだから、嬉しいことこの上ない。 それに、上手に揉んであげたら伊吹だって嬉しいはずだし……少しは幸せな気分になってくれるよね! いそいそと伊吹の背後に回ろうとしたら、 「おまえ、命令されてなんで喜んでんの」 と伊吹が眉を寄せる。 「だって、伊吹のだったらいくらでも揉みたいし! 気持ちよくなってもらいたい!」 嬉々としてそう返したら、 「……誤解されるような表現はやめろ」 と伊吹は眉間にしわを寄せて体を引いた。 え? あたし今、なんか誤解されるような言い方した? 「……ちょっと待て。肩揉みはしなくていい」 伊吹は一瞬考えるような仕草をしたあと、立ち上がってリビングを出て行った。 「え? ……肩揉みじゃないなら何?」 伊吹のセリフに首を傾げていたら、伊吹はすぐにリビングに戻ってきた。手に何か持っている。 「お前がやるのはコレ。金曜までにやっとけ」 伊吹はそれをバサッとテーブルの上に投げて寄こした。 A4サイズくらいのプリントが5〜6枚ホチキス止めされている紙の束…… 「なにこれ。まさか……」 以前にも感じた不安とおんなじものを感じながらも、それを手に取る。 ……英文が印刷されている。 これってやっぱり―――…っ! 「ああ、リーダーの訳」 と伊吹は眉間にしわを寄せて、「ホントあいつ、そーゆー時間かかる課題出すの好きなんだよな」 と英語担当の先生のことを愚痴った。 「訳ならいくらでもするから、口頭でやらせろっての。書く時間がもったいねぇ」 「ちょ、ちょっと待ってよっ」 慌てて伊吹に紙の束をつき返した。「これは無理だからっ!」 「いや、無理とかそんなこと聞いてねーし」 「無理なものは無理! 前にも言ったじゃん、あたしが特進科の宿題なんかやっても恥かくのは伊吹だって……」 あたしの必死の言い訳に、伊吹も顔をしかめる。 「数学はな、ホント最悪だった。でもおまえ、前にやらせた英語の訳はわりとマシだったし。やっぱ文系だな」 「それ褒めてんの? けなしてんの? ……って、そんなことはどうでもいい!」 伊吹が喜ぶことならなんだってしてあげたい。 けど、勉強系……しかも特進科のだけは勘弁して欲しい! 「時間ならたっぷりあんだろ?」 「や、あたしのレベルだとそれほどたっぷりじゃないからっ!」 「ちゃんとあとで見返すし。お前レベルでいいからやっとけ」 「見返すくらいだったら、はじめから自分でやればいーじゃん!」 とあたしが必死の抵抗をしていたら、 「……言い訳ばっかしやがって」 と伊吹が舌打ちをした。 言い訳じゃないじゃん! 事実を言ってるだけじゃん!! 「……おまえ、オレを幸せにしてくれるんじゃなかったっけ?」 と伊吹があたしの顔を覗き込む。 「す、するよっ」 向かい側のソファに座っていた伊吹が、あたしのとなりに移動してくる。 ……な、なんで急にとなりに来るわけ? 「オレ、バイトと部活で時間がなくて、出された課題が出来ないんだ」 |
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「そ、そーなんだ」 そのまままたあたしの顔を覗き込んできて……距離ちかっ! 「だから、誰かがオレの代わりに課題やってくれたらすげー嬉しいし、すげー幸せなんだけど」 伊吹が体をあたしの方に寄せてきて、ギシ、とソファがきしむ。 うわうわうわうわ〜〜〜っ!! う、嬉しいけど、近すぎて…… ちょっとヤバイって―――っ!! 「だから……ナナ、やって?」 耳元で名前を呼ばれ、体と脳が震える。 「わ、分かったからっ! やる! やればいいんでしょっ!!」 怒鳴るようにそう言って、慌てて伊吹から体を離した。 伊吹とこんなふうに距離が縮まるのは嬉しいことだけど、そんなこと慣れてないせいで、体も頭もついていかない。 オーバーヒート起こしちゃうよっ!! 「よし! んじゃ頼むな」 あたしが肯いたのを確認すると、伊吹はさっさとあたしから離れた。 ……分かってた。 これも伊吹の作戦だって分かってたけど…… なんか悔し―――っ!! これも惚れた弱みっていうのかな。 っていうかあたしの場合、気持ちだけじゃなく、食い逃げ事件っていう本物の弱みも握られてるし。 「……なんか、ズルイよね」 と恨みがましい目を向けても、伊吹は、 「ん? なんのこと?」 ととぼけている。 逆らっても無駄なんだよね。 勝負する前からあたしは伊吹に負けてるんだから。 「金曜日まで、だよね」 諦めてプリントに目を落とす。 ……いったいなにが書いてあるんだろ? なんか物語系だったら読みやすいからまだいいんだけど……時事的な? 社会問題なんかを取り上げた文章だとやっかいだな…… と、英文に目を走らせていたら、ポン、と伊吹があたしの頭に手を乗せてきて…… 「サンキューな」 とかわいい笑顔を見せてくれた。 ……その笑顔、反則だよ。 そんなかわいい顔でサンキューなんて言われたら、あたしなんだってやっちゃうよ…… ―――なんか、一生伊吹には勝てない気がする…… |
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第6話 おわり | ||||
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