ひとつ屋根の下   第6話  believe inA

「……里香? あたしの話聞いてる?」
あれから数日後、あたしは里香に連れられてドーナツショップに来ていた。
里香と学校帰りに寄り道をすることはしょっちゅうで、べつに珍しいことじゃない。ドーナツショップだけじゃなく、ファーストフードにだって行くし、そこで何時間もおしゃべりをして過ごすことがよくある。
今日もおしゃべりをするために来たんだと思ってたら、里香は時間を気にしてばかりいてあたしの話もろくに聞いていない気がする。
「もしかして、なんか用事でもあるの?」
「ん〜〜〜…」
と唸りながら、壁の時計と出入り口の方を気にする里香。
やっぱりこれから何か用事があるみたいだ。
でも……それだったら、里香からこんなとこに誘ったりしないよね。
「そろそろ出よっか?」
とあたしが席を立とうとしたとき、
「あ、やっと来たぁ!」
と里香が出入り口の方に向かって手を振った。
「え? 誰?」
つられてあたしも振り返って……驚いた。
「あれ? ナナもいたんだ?」
なんと、店に入ってきたのは徹平だった。他にも徹平と同じクラスの子が2人いる。
「んもー、遅いよっ! 待ちくたびれたしっ!」
里香は大げさに唇を尖らせて拗ねてみせている。
え、里香……徹平たちと待ち合わせしてたの?
なんか状況がイマイチ飲み込めないんですけど……
「お詫びにジュース奢るから許して!」
「えー、カラオケ代!」
「マジでかっ!?」
「マジです! ていうか早く行こっ! 時間もったいないよ!」
戸惑うあたしをよそに、里香と男子たちの会話は進んで行く。
え? どっか行くの?
全然聞いてないんですけど……
そんなやり取りをする里香と男子2人を気にしながら、徹平に話し掛けた。
「どーしたの、徹平。今日部活は?」
「今日は学校の都合で体育館使えなくて休み。……つか、ナナも一緒にカラオケ行くとか知んなかった」
と徹平は笑顔になる。
「え、これからカラオケ行くの? あたしも知んなかったけど……」
「うん。オレたちはそー誘われたよ?」
「誘われたって、里香に?」
「うん」
やっぱりおしゃべりがしたくてここに来たんじゃなくて、徹平たちとの待ち合わせが目的だったんだ。
どうやらこれからカラオケに行くらしいけど……なんではじめに言ってくれなかったんだろう?
……はっ! まさかだけど。
―――また食い逃げするつもりじゃないよ……ね?
あの時と状況が似ているせいで、ついそんなことを思ってしまう。
いや、それはさすがにないか。同じ学校の子にそんなことするわけないし……
じゃあ……?
―――まさか里香……?
とさらにいやな予感がしたとき、徹平が、
「実は大野が直接誘われたんだけど、大勢のほうが楽しいからオレも誘えって言われたって。大野、菅井のこと好きだからさ、どうしても行きたいって言って、オレにも付き合えって」
とあたしに耳打ちしてきた。
菅井っていうのは里香のことで、大野っていうのは徹平と同じクラスの子。
そうか…… 大野くん、里香のこと好きだったんだ?
大野くんって面食いなんだね。
……って、そんなことどうでもいいっ!!
徹平のことも誘えって里香が言ってたって……
それってやっぱり!!
「んじゃ行こっか〜」
「里香っ!!」
大野くんたちと先にお店を出て行こうとする里香を慌てて呼んだ。
「ん? どしたの、ナナ」
どしたの、じゃないよっ! 余計なことしないでって言ったじゃんっ!!
やっと里香の考えていることが分かった!
今日のこのカラオケは、里香があたしのためを思ってセッティングしたものだ。
あたしと徹平をくっつけようとして……っ!
あの日以来、徹平のことは全然突っ込んでこなかったからすっかり油断してた!
「余計なことしないでって言ったじゃん!」
徹平たち男子に聞こえないように小声で抗議をしても、
「え? 余計なことってー? ただカラオケに行くだけじゃん?」
と里香はとぼけている。
ただ、じゃないでしょっ!?
くっつけようとしてるでしょ!? あたしと徹平のこと!
どうしようっ!!
この調子じゃカラオケ中も、
「はい、ナナはマッキーのとなりね〜」
とか、
「次2人で歌いなよ〜」
とか余計な気を回されそうだ。
あ〜〜〜、あのとき余計なウソをついたせいでこんなことに……っ!
みんな楽しそうにしてるし、この雰囲気の中あたし1人だけ、
「帰る!」
なんて言う勇気ないし…… どうしようっ!
頭を抱えながら里香たちについていったら、さらに最悪なことが起こった。
「あれ? 伊吹くん、ここでバイトしてたんだぁ!」
って、なんでよりによって伊吹のお店なのよ―――ッ!!!
ヤバイ……
バイトのことあんまり人に知られたくないのに、こんなに大勢で来ちゃって……
あたしがみんなを連れてきたって思われてないかな?
いや、思われてもおかしくないよね!?
あたしの焦りをよそに、当の伊吹はあたしたちが客として来ても全然動じたところは見せず、
「いらっしゃいませー」
と愛想良く挨拶をしてくれた。
……あれ? 意外と普通?
「伊吹くんがここでバイトしてるってみんな知らないよね? ここ学校からちょっと距離あるし。みんなに教えなきゃ!」
思いがけない所で伊吹に会えたことに、里香はすごく嬉しそうだ。カウンター前ではしゃいだ声を出す。
「でも、学校に内緒にしてるから…… あんまり人に知られたくないんだ。秘密にしといてくれる?」
里香のハイテンションなノリにも、笑顔で返す伊吹。
「あ、そっかー! 分かった、あたしたちだけの秘密ね!」
秘密、という言葉を聞いて里香がさらに嬉しそうな声を出す。
……さすが、人あしらいが上手い伊吹だ。
「あれ、マッキー部活は?」
伊吹が徹平に話しかけた。……あたしとおんなじこと聞いてる。
「今日は休み。つか、椎名のバイト先ってここだったんだ?」
「うん」
「毎日入ってんのか? 部活やってバイトして……そんであの成績とかスゲーな」
「いや、たまにしか入ってないから。部活もマッキーほどマジメにやってないし」
「ねぇねぇ伊吹くん、バイトって何時に終わるの? 終わったらあたしたちの部屋おいでよぉ」
里香が甘えた声を出しながらカウンターに身を乗り出す。
「終わるの夜だし、ちょっと無理かな」
伊吹がそつのない笑顔で里香をあしらう。
「え〜、じゃあ二次会! 晩ご飯一緒に食べに行こ! 終わるの待ってるし!」
里香がなおも食い下がったら、
「ん〜…」
と伊吹は笑顔のまま受付機の操作を始めた。
伊吹……これ笑顔だけど、絶対怒ってる。
うっぜーなぁ、とか絶対思ってる!
「じゃ、35番の部屋ね」
伊吹は笑顔で伝票ホルダーを渡すと、さっさとあたしたちをカウンターの前から追い出そうとしている。でも、里香はそんなことには気付かずに、
「ねえ、伊吹く〜ん」
とまだ伊吹を誘っている。
「り、里香っ、もう行こっ!」
慌てて里香の腕を引っ張った。
これ以上伊吹の機嫌を損ねたくない!
「えー、ちょっと待ってよ」
「時間もったいないし、あたし早く歌いたい! ねっ、徹平!」
早く里香を伊吹の前から連れ出したくて、徹平にも声を掛けた。
「おー、そうだな。仕事の邪魔しちゃ悪いし……じゃあな!」
徹平は伊吹にそう声を掛けると、里香やみんなを引き連れて部屋の方に移動し始めてくれた。
……ふう。助かった。
とホッとしたのも束の間、あたしが伊吹の横を通り過ぎるときに、チッ、と舌打ちをされたことにひどく落ち込んだ。
……やっぱり、あたしがみんなを連れてきたと思ってる……
それとも、そんなことは関係なく、やっぱりあのときのことをまだ怒ってるのかもしれない。
伊吹とは2学期の始業式の朝揉めて以来、ずっとこんな感じだった。
パパや法子さんの手前多少口はきくけど、それだって挨拶程度。
あ〜〜〜… 早く仲直りしたい……
さっさと謝ればいいって思うのに、上手い言葉が見つからなくて、あたしはずっと謝れずにいる。
はあ…… あたし、なにやってんだろ。
伊吹のこと幸せにする……なんて豪語したけど、これじゃ幸せどころか逆に機嫌損ねてばっかだよ。
本当に伊吹の言うとおりだ。
こんなんじゃ、伊吹があたしのことを好きなるなんて絶対にありえない……
カラオケには全然集中できなかった。
案の定、里香が気をまわして、
「はい、ナナとマッキーの歌入れといたから〜。次一緒に歌ってね!」
とか勝手に曲を入れてくれたけど、何を歌ったんだかもよく覚えてない。
「倉本さんって意外と音痴なんだね〜」
里香に気のある男子、大野くんがあたしを茶化す。
「そんなことないよ〜。ナナ普段はもっと上手く歌ってるよ! 今日はちょっと……キンチョーしてる?」
と里香があたしに目配せをする。「マッキー、フォローしてあげなよぉ!」
伊吹のことが気になって、里香セリフに反論する気も起きない。
あたしが言われっぱなしで黙っているのが気になったのか、徹平が、
「いや、ナナはもともと音痴だから!」
と、絶妙なツッコミを入れてその場を盛り上げた。
「ひっどー! 他の誰が言っても、マッキーだけはそんなことナナに言っちゃダメ!」」
「は? オレ?」
徹平が訝しげな顔をする。
「ごめん、あたしちょっと……」
里香のノリについていくのが面倒になって、あたしは部屋を出た。べつにどこに用事があるってわけじゃない。とりあえず洗面所に向かう。
里香……ちょっとあからさますぎるんだけど。
あれ徹平も絶対不審に思ってるよ。かわいそうに……
巻き込んじゃってごめんね、徹平。
内心で徹平に謝りながら廊下を歩いていたら、
「伊吹―、これチンして35番に持ってってー」
という声が聞こえてきた。
伊吹、という名前に驚き、思わず手近な角に身を隠す。
どうやら、注文された食事かなんかを運ぶように言われているみたいだ。
35番って……あたしたちの部屋じゃん!
そういえばさっき、スナックやピザを里香が注文してたっけ。
そっか、伊吹が運んでくるのか……
じゃあこんなところでウロウロしてないで、部屋に戻ってようかな。
家では気まずい状態だけど、お客としてだったらちゃんと接してくれるだろうし……
と思い、部屋に戻りかけたとき、、
「あー… ちょっと悪いんですけど、里中さん持ってってくれます?」
と伊吹の返事が聞こえてきた。
……え?
伊吹持ってこないの? なんで……?
「え、なんで? 同じ学校のヤツらだろ? 伊吹が持ってったほうがいーじゃん」
「や、会いたくないヤツがいるんで」
―――体が凍りついた。
会いたくないヤツって、誰のこと?
もしかして……あたし?
あたしそんなに伊吹に嫌われてたんだ。
注文されたものを持っていくのも嫌なくらい、お客として接するのも嫌なくらい……
それくらい伊吹に嫌われてたんだ。
思わずその場にしゃがみこんだ。
……ウザがられたっていい。嫌われたって構わない。
伊吹を幸せにできるなら、あたしは伊吹のそばにいる。
……そう決めたけど。
けど……こんなふうに避けられたら、やっぱり落ち込んじゃうよ……
「ナナ、どうした?」
廊下の隅でうずくまっていたら徹平がやってきた。
「あ、徹平……」
「なかなか戻ってこないから心配になってさ。具合でも悪いのか」
「や、具合は全然悪くないから……」
と上げたあたしの顔を見て徹平が驚いた声を出した。
「ちょっ!? マジで大丈夫か?」
「え……?」
「泣くほどつらいんだろ!?」
「は?」
そう言われて指先を目元に当てたら、たしかに濡れている。
うそっ、全然気がつかなかった。
伊吹に避けられてショックではあったけど、まさか涙まで出てるなんて……
「とりあえず部屋まで戻れるか? なんなら担いでやろうか?」
そう言うが早いか、徹平はあたしの横にしゃがんであたしを抱き上げようとする。
「ちょっと待って!? 全然なんでもないから!」
慌てて徹平を制した。
「なんでもなくねーだろ! 涙出るくらい具合悪かったんだろ!? なんで言わねーんだよ!」
「いや、ホントになんでもないから! 泣いてなんかないしっ!」
徹平の剣幕に驚いて、涙なんかとっくに引っ込んでしまった。
「いーからオレに任せろ! 部屋で少し横になって、それでも良くなんなかったら帰るぞ」
「ちょ、ちょっとっ!!」
廊下でそんなふうに揉めていたら、部屋から里香や大野くんまで出てきた。
「あれ? ナナ、どうしたの!?」
里香が驚いた顔をする。そんな里香に徹平が、
「こいつ具合が悪いみたいなんだ。悪いけど少し部屋で休ませてくれっ!」
と大げさに説明する。
「え、そーだったの? ナナ大丈夫? ……って、ヒュ〜♪ お姫様抱っこぉ!」
里香が手を叩いて喜ぶ。
平気だって言ってるのに、徹平は無理矢理あたしを抱き上げてしまった。
「徹平! 下ろしてってば!!」
そんなふうに騒いでいたら、今度はキッチンの方から何人かの店員と一緒に伊吹まで出てきた。
「……どうした?」
伊吹が訝しげな顔をする。
「ナナが具合悪いんだ!」
「は? 具合が……?」
伊吹がチラリとあたしを見る。
「平気だってばっ! ちょ…ホントに下ろしてっ!」
あたしの抵抗なんか無視して、徹平は話を進めてしまう。
「椎名、悪いんだけど、もし他に部屋が空いてたらちょっと貸してくんねーか?」
はっ!?
徹平なに言い出すのっ!?
「徹平! ホントに平気だからやめて!!」
部屋を借りるとか……もうこれ以上、伊吹に迷惑とかかけたくない!
ていうか、本当に具合が悪いわけじゃないしっ!
「なにが平気なんだよ! 涙出るほど苦しいんだろ!?」
「や、それは……っ」
涙の理由をどう説明しようか迷っていたら、里香が、
「あ、そゆこと〜」
と含み笑いをした。「ナナってばやるじゃん!」
里香はなにを勘違いしたのか、あたしと徹平を交互に見てウインクなんか飛ばしてきた。
……は? なに?
里香は笑顔のまま、
「そーだよ、ナナ! 空いてる部屋あったら休ましてもらいなよ! マッキー、もちろんついててくれるでしょ?」
なんてことを言っている。それに徹平も、
「おう! 任せろ!」
と力強く肯く。「部屋空いてますか?」
ちょっと待ってちょっと待って!?
なんか話がどんどん進んじゃってるけど、ホント全然そんなんじゃないからっ!!
「いやちょっと! ほんとになんでもないんだって言ってるでしょ!?」
あたしが本気で抵抗したら、里香があたしに耳打ちしてきた。
「いーじゃん、ナナ。マッキーと2人きりになれるよ!」
―――やっぱりまた余計な気を……っ!!
どうやら里香は、あたしが徹平と2人きりになりたくて仮病を使ったと思っているらしい。
全然そんなんじゃないのにっ!!
ていうか伊吹、止めてよっ!
伊吹の勘の良さならこの状況分かるでしょっ!? あたしlこんなに必死で抵抗してるんだし!
なのに、なんで黙って見てんの!?
と心の中で伊吹に腹を立てていると、
「あの〜悪いんだけど、部屋をカラオケ以外で使用されるの困るんですよね〜…」
と伊吹より先に、小太りの先輩店員らしき人が眉を寄せた。
……よかった。止めてくれる人がいて。
徹平の勘違いと里香の余計な気遣いのせいで、このまま別室に2人きりにされるかと思った。
と小太りの店員の言葉に安心しかけたら、横から、
「里中さん、いーじゃないですか。今けっこう部屋空いてるし」
と横から伊吹が口を出してきた。
え…… 伊吹……?
「いやでもなぁ。最近の高校生はナニするか分かったもんじゃねーし……それに、ここで休むより病院行ったほうが良くね?」
……なんで?
なんで伊吹がそんなこと言うの……?
「おじさん、ヤラシイ! なんで大人はすぐそーゆーふうに考えるのかなぁ!」
里香が腰に手を当てて小太り店員を睨む。
「お、おじさん!?」
「部屋空いてるんでしょ、貸してよっ! ね、伊吹くんもお願い!」
里香のセリフに伊吹が肯く。
……なんでそこで肯くの?
伊吹、ホントは分かってるよね? あたしが具合悪くないってこと。
徹平が勘違いしてて、それを利用して里香が気を回してるってことも分かってるよね!?
あたしが……あんたのこと好きだってことも、ちゃんと分かってるよね?
……それ全部分かってて、あたしと徹平が2人きりになるようなことするんだ?
そう思ったら、一気に頭に血が上った。
「……徹平、下ろして」
「無理すんなって。オレに任せろ!」
「そーだよ、ナナぁ。マッキーに甘えちゃいなって〜♪」
2人のセリフが、余計にあたしの頭を熱くする。
「いーから下ろしてってばっ!!」
叫ぶように怒鳴ったら、徹平が驚いて動きを止めた。その隙に徹平の腕からすり抜ける。
大野くんや里香も、小太り店員もみんな驚いた顔をしている。
「……あたし、全然具合悪くない」
「いや、でもさっき……」
徹平が微かに眉を寄せる。
「さっき泣いてたのは、具合が悪いせいじゃないから」
「そー、なのか?」
戸惑う徹平の言葉に肯いた。それから里香に向かって、
「里香、ウソついててゴメン。あの話……本当は徹平じゃない」
と謝った。
「あの話?」
里香が微かに首を傾げる。あたしは肯きながら、
「始業式の朝した話」
少しの間考えるような仕草をしていた里香が、あ、という顔になる。
「えぇっ!? そーなのっ!?」
里香はそのまま徹平の顔を見上げた。
「え? なんの話?」
里香が驚き、徹平が首を傾げる。
あたしは伊吹に向かって、
「……そーゆーワケなので、部屋はいりません。お気遣いありがとうございましたっ」
と言い捨てると、さっさと自分たちの部屋に戻った。
「スーパーフライ入れて! タマシイレボリューション!!」
部屋に1人で残って歌っていた男子からマイクを奪った。
「ちょ…? なに急に。さっきまでとノリが違うんですけど!?」
マイクを奪われた男子が引き気味に笑う。
「あたしはスロースターターなのっ! ホラみんな、テンション上げてくよ!!」
あたしは1人で、イエーイ、とマイクを振り上げた。
「……ナナ、マジで具合悪いわけじゃなかったんだ?」
徹平が不思議そうに聞いてくる。
「だからぁ、はじめからそう言ってるじゃん! もう徹平は心配性だなぁ!」
徹平の肩をバンバンと叩く。その横で里香が眉間にしわを寄せてあたしを見ている。
「ナナ……?」
「あ、里香ゴメンね、ウソついてて! あたしホントは好きな人なんかいないんだ!」
まだ何か聞きたそうな顔をしている里香の話を、そう言って遮った。遮って無理矢理終わりにした。
続けざまにシャウト系を2、3曲歌った。
あー、歌うってチョー気持ちいい! イヤなこと全部忘れられるよねっ!!
好きな人に告白してフラれたことも。
その告白を信じてもらえなかったことも。
気まずくなって、ろくに口もきいてもらえないことも。
その好きな人から……他の男子と2人きりになるように手を回されたことも。
全部……
全部忘れ……られ……る………
―――って。
忘れられるか―――っ!!
「あたしちょっとトイレ行ってくるっ!」
自分の曲が全部歌い終わったところでそう宣言して部屋を飛び出した。
なんなの、あいつ! 一体どーゆーつもり!?
今まで気まずくてろくに口もきけなかったけど、今日ばかりは言わせてもらう!
なんであたしの気持ち知ってて、徹平と2人きりになるようなことすんのよっ!
あたしがあんたのこと好きだって知ってて、なんでそんなことすんのっ!!
「伊吹っ!!」
ちょうどカウンターにいた伊吹を呼びつけた。「話があるからちょっと来てっ!!」
伊吹が面倒くさそうに振り返る。
「……なんだよ。仕事中なんだけど」
「いーから! 3分で済むからこっち来て!!」
渋る伊吹を半ば強引に階段の方に連れ出した。

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