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気持ちを自覚してからは、それまでより素直に伊吹に接することが出来るようになった気がする。 っていうか、気がラクになった。 気持ちを認めるということは、自分を認めるということだ。 自分を認めてしまうと、一気に肩の荷が下りラクになる。 そんなことに今さら気がついた。 ……伊吹がどう思ってるかは分からないけど。 あたしとしては、今までの接し方とそんなに変わりはないと思ってるんだけど…… でも、やっぱり気は使われてるかな……って思う。 前に比べて乱暴な口の利き方はしなくなったし、命令も減った。 肩揉みなんか1回もやらされていない。 お皿を洗うときだって、 「じゃ、よろしく」 って……そんなこと法子さんがいる前でしか言ったことないよね!? 嬉しく思う反面、今までの伊吹じゃないみたいに思えるときもあって、なんか寂しい…… あの横暴で自分勝手な態度に腹が立つこともいっぱいあったけど、今思うと、伊吹がそんな自由に振舞うのはあたしの前だけだったのに……とか、ちょっと寂しくなってしまう。 ……ううん、そんなのあたしの我がままだ。 避けられないだけ…普通に接してくれるだけでいいって思ったはずじゃん! 気持ちは知られちゃったけど、これからも家族として仲良くやっていければそれでいいじゃん! そんなことを思いながら、パパたちがいない1週間を2人で過ごした。 2人でっていっても、伊吹は朝から課外に行くし、課外の後はそのままバイトに行っちゃうから夜まで帰ってこない(あたしはアレ以来、里香の課外について行っていない)。 夜は7時前には帰ってきてくれるし晩ご飯も家で食べてくれるようになったけど、そのあとは特に用事がなければ自分の部屋に行ってしまう。 でもそれは、今までもずっとそうだったから、全然気にならない。 以前と何も変わりはない。 変わらないのがいい…… 「明日、何時ごろ帰ってくるんだっけ?」 「あー… 夕方とか言ってた気が…」 パパたちが帰ってくる前日の朝。 いつも通りあたしが用意した朝食を2人でとった。 「そっか。 …じゃあ、晩ご飯用意しておいてあげようかな。 疲れて帰ってくるだろうし、法子さんだってその方がラクだろうし」 「ラクはラクだろうけど…… 味の方がな」 「それ、どーゆー意味よっ!?」 伊吹を叩くフリをする。 それを笑いながら避ける伊吹。 あれから1週間が経ち、これくらいの軽口なら叩けるようになった。 気持ちを知られた直後ほど、あたしも伊吹ももう気を使わなくなってきている。 これなら、明日パパたちが帰ってきたあとも、何事もなかったように自然に振る舞えそうだ。 本当に良かった―――… 「ごちそーさま。 行ってくる」 食べ終わった伊吹が席を立った。 「あっ、待って!」 「あ?」 カバンを手に玄関に向かいかけていた伊吹が振り返る。「なに?」 「えっと…… 今日も7時には帰ってくるよね?」 「そのつもりだけど…… なんで?」 「いや、2人で晩ご飯食べるのも今夜が最後だから、ちょっと豪華にしようかなー…とか思って」 「え…」 「何食べたい? リクエストあったら聞くよ。 ……あ。 あんまり手の込んだものは無理だけど」 あたしがそう言ったら、伊吹はちょっとだけ視線を逸らして、 |
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「別に、普通でいいよ」 と早口で言った。 そんな伊吹にドキリとする。 な、なんか伊吹…… もしかして迷惑そう? 何食べたいとか、よく考えたら彼女気取りでウザかったかな…… 「そ、そうだよねっ! 別に特別な日でもなんでもないしねっ! ……っていうか、あたし人のリクエスト聞けるほどレパートリーないやっ! あははっ!!」 慌てて自分の発言を取り消す。 「いや…っ」 伊吹が何か言いかけたけど、続きを聞くのが怖かったから、それに被せるようにして、 「じゃー、カレー! 早めに作っても温めるだけで食べれるし、ラクだから! いいよねっ!?」 と一気にまくし立てた。 伊吹は一瞬だけ黙ったあと、 「……いいよ」 と肯いた。 「よし、今日はカレー、今日はカレー…」 間が持たなくて呪文のように繰り返した。 そんなあたしを伊吹はちょっとの間見下ろすと、 「……じゃ、行ってくる」 と今度こそ玄関に向かった。 「いってらっしゃいっ!」 元気良く送り出してあげた。 玄関のドアが閉まってから、その場に座り込んだ。 はー…… リクエスト聞くとか、迂闊だった…… そんな腕もないくせに彼女気取りかよ、って鬱陶しく思われるに決まってる。 せっかく前みたいに戻れそうだっていうのに、変なこと言って気まずい空気ぶり返してどうすんのよ。 絶対に気持ちを押し付けるようなことしちゃダメだ。 この気持ちは自分の中だけに置いておかないと…… 押し付けさえしなければ、想うことは自由だ。 ―――…よしっ! 買い物行こっ! 作るものは普通のカレーだけど、特別美味しいもの作ってあげたいもんね! そうと決まったら、スーパーの開店と同時に買い物行っちゃおう! あたしはソッコーで朝食の食器を片付け始めた。 「これ……やっぱウザがられるかな〜…」 作ったものを眺める。 開店と同時に買い物に行って、どんなにゆっくり丁寧に作っても、昼過ぎにはカレーが出来上がってしまった。 伊吹が帰ってくるまでヒマだし……かといって出掛ける気にもならないし…… ……で、プリンなんか作ってしまった。 甘いものがキライな伊吹だけど、プリンだけは食べられるって前に法子さんに聞いたことがあったから。 作ってる最中は、 「喜んでくれるかな?」 とか思いながら作ってたんだけど、いざ出来上がってみると、 「ご機嫌取りあからさまな感じがするし…… これも気持ちの押し付けなんじゃ…?」 って不安になってきちゃったんだよね。 でももう作っちゃったし…… いいや、冷蔵庫に入れといて、帰ってきたときの伊吹の様子次第で出そう。 最悪、明日パパたちが帰ってきたときにみんなで食べればいいや。 さすがにみんなと一緒だったら、伊吹も食べてくれるでしょ。 そんなことを思いながら伊吹が帰ってくるのを待った。 ときどきお鍋を火にかけたりしながら、時計を見上げる。 もうすぐ7時。 伊吹が帰ってくる。 ご飯も炊き上がってるし、カレーはさっきから弱火にかけてあって、もういつ伊吹が帰ってきても大丈夫だ。 ……はっ! 福神漬けあったっけ? さっき買い物に行ったとき、全然気が付かなかったけど…… 慌てて冷蔵庫を覗いてみる。 ―――ない…… どうしよう…… 買ってくる? 伊吹って福神漬け乗せる派だったような…… でも……と、時計を見上げる。 ―――…7時10分前。 もうすぐ伊吹が帰ってくる時間だ。 今からスーパーに行ったら7時には帰って来れない。 しかも駅とは反対方向だから、途中で伊吹に会えるということもない。 伊吹が帰ってきたときには家にいたいし、どうしよう…… ……あ! 帰りに伊吹にスーパー寄ってきてもらう? 福神漬け買ってきてって。 ……ダメだ。 それこそ彼女気取りだよ…… きっと伊吹ももうすぐ帰ってくるだろうし、帰ってきたらソッコーで買いに行こう。 そんなことを考えながら伊吹が帰ってくるのを待った。 ……でも、7時を10分過ぎても伊吹は帰ってこない。 一体何やってるんだろう? バイトって6時までだって言ってたよね? それから着替えたり電車に乗ってきたりしたって、7時前には帰ってこれるじゃん? 実際今までだって、初日の5分遅れ以外は7時前に帰ってきてたのに! どこに寄り道してんのよっ!? も〜〜〜っ!! こんなんだったら、福神漬け買いに行けたじゃん! イライラしながら何回も時計を見上げた。 ―――7時30分。 いったんカレー鍋の火を止める。 本当に何してるんだろう? ちょっと遅すぎない? |
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なんか、 「今どこにいるの? 何時に帰ってくるのよっ!?」 って連絡するのもウザいって思われそうで我慢してたけど、ちょっと電話してみようかな? とケータイを取り出して…… 気が付いた。 ……あたし、伊吹のケー番知らない…… そういえば今まで、外で伊吹に連絡することなんてなかったから、聞いたこともなかった…… 連絡が取れないということで、一気に不安が襲ってきた。 連絡もなしにこんなに遅くなるなんて、何かあったんじゃないかな? 事故とか…… 慌ててテレビをつけニュースを確認しようとした。 けれどこの時間は、どの局もバラエティやアニメを放送していて、ニュースをやっているチャンネルはなかった。 本当にどうしたんだろう。 ちょっと駅の方まで見に行こうかな…… でも、伊吹もあたしのケー番知らないだろうし、何かあったら家に連絡が入るだろうから、ここで大人しく待ってた方がいいかな…… そうこうしているうちに8時になってしまった。 絶対なんかあったんだ! 連絡出来ないようなトラブルが……っ! でも…… おかしくない? もし事故にでも遭ったんだとしたら、とっくに病院や警察から連絡が来てるはずだよね? 途中寄り道してるんだとしても、あたしが待ってるって知ってるんだから連絡くらいは入れてくれるよね? 遅くなるって…… いや、そもそも法子さんと早く帰ってくるって約束してるんだから、つまんない寄り道なんかするわけない…… もしかして…… 伊吹…… 連絡が出来ないんじゃなくて、自分の意志で連絡してないんじゃ……? あえて時間通りに帰って来ないんじゃ……… ―――すぅっと体温が下がった。 心臓がドキドキして、呼吸が上手く出来ない。 慌てて2階に駆け上がった。 そのまま伊吹の部屋に駆け込む。 伊吹の部屋は前に見たときと何ひとつ変わっていなかった。 必要最低限のものしか置いていない、生活感のない部屋…… クローゼットを開けてみる。 キレイに洋服が掛けられていた。 ……ダメだ。 これじゃ全然分からない。 今まであった物がなくなってるとか、必要な物を持ち出していないか…とか、全然分からない。 ―――この部屋に……この家に戻ってくるつもりなのか全然分からない。 早く自立したいといっていた伊吹。 そのためにバイトをしてお金を貯めいていた伊吹。 詳しい時期は言わなかったけど、気持ちは今すぐにでもこの家を出て行きたがっていた。 いつでも出て行けるように、部屋にもほとんど物を置かなかった…… もしかして伊吹は、もう帰ってこないつもりなんじゃない……? このまま、どっか行っちゃうんじゃ……? 不安で心臓が潰れそうだった。 なんで? なんでこんな急に出て行くの? 一言くらい言ってくれたっていいじゃんっ! 行き先くらい教えてくれたっていいじゃんっ!! なんで何も言わないで、こんな急に…… と、そこまで考えてから、ハッとした。 ―――もしかして…… あたしのせい? あたしが伊吹のこと好きになっちゃったから? この気持ちが迷惑だったから? 同じ家の中じゃ、きっぱり断りたくても断れなくて……もう我慢できなかったとか? だからこのタイミングで出てっちゃったとか……? 呼吸が浅く速いものに変わる。 過呼吸のせいか、軽く手足が痺れてきた。 でも、そんなのに構っていられなかった。 喘ぐような呼吸を繰り返しながら、転がり落ちるように階段を駆け下り、そのまま玄関を飛び出した。 どうしよう…… 伊吹が帰ってこないのはあたしのせいだ! あたしが伊吹を好きになったから…… 想うのは自由だ…なんて、そんな考えすら間違ってたんだ。 どこに行ったらいいのか分からなかったけど、とりあえず駅の方に向かって走った。 雲に覆われた空が、遠くの方で光っている。 もしかしたら、また雷が鳴るのかもしれない。 でも、今はそんなことどうでもいい。 汗だくになりながら駅に着いた。 ……これからどうする? 伊吹がもう帰ってこないかも…と思って、焦って家を飛び出して来たけど、伊吹が行きそうなところに心当たりがあるわけじゃない。 今日、バイトには行ったんだよね? だとしたら、お店の人がなんか知ってるかも…… 汗だくの顔に、ポツポツと冷たいものが当たる。 ……雨だ。 とりあえずバイト先まで行ってみよう。 カラオケ屋さんだったら、まだまだ開いてるはずだ。 と改札に向かって気が付いた。 ……あたし、スイカもお財布も持ってきてない…… っていうか、ケータイすら忘れてきてしまった。 どうしよう…… 取りに戻る? でも、その間にも伊吹はどっかに行っちゃうかもしれないし……っ 泣きそうになった。 頭上でゴロゴロと鈍い音が響き渡り、その空の下を仕事帰りの人たちがカサを手に足早に家路につく。 あたしはその流れの中で、呆然と立ち尽くしていた。 どうすればいい……? どうすれば…… 伊吹…… 伊吹、伊吹っ! いなくなっちゃヤダよ……っ 「……ナナ」 ふいにどこかからあたしを呼ぶ声が聞こえた気がした。 慌てて周りを見渡す。 でも、みんなカサをさしていてどこから誰が呼んだのか分からなかった。 もしかして空耳? それとも、本当はあたしじゃなくて別な人が呼ばれたてただけかも…… とあたしがキョロキョロしていたら、もう一度、 「おい、ナナッ!」 と今度はさっきよりハッキリと聞こえた。 この声は…… 伊吹だ!! 慌てて声の方を振り返ったら、道路の反対側に伊吹がカサをさして立っているのが見えた。 「伊吹っ!!」 慌てて道路に飛び出した。 途中大きくクラクションを鳴らされたけど、構わず走り抜けた。 そのまま伊吹の目の前に走って行ったら、伊吹は驚いた顔をしてあたしを見下ろした。 「お前、雷平気なのか? ……って、おいっ!」 驚く伊吹を無視して伊吹にしがみついた。 「絶対あんたのことは好きにならないっ! だから出て行かないでっ!!」 「は……?」 「困らせないし、気持ち押し付けたりもしない! 約束するっ! だからあの家にいてよっ!!」 「ちょ……っ」 「家族以上の感情持ったりしないっ、絶対にっ! だから…だから出て行くなんて言わないでっ!!」 「ちょ……とりあえず、離れろ。 みんな見てる」 頭上から伊吹のちょっと困ったような声が降ってきた。 けれど、あたしはそれを無視して、 |
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「やだっ! 放したら伊吹どっか行っちゃうっ!」 と伊吹にしがみついた腕に力を込めた。 「行かねーよ」 「ウソッ! 行っちゃう! だって伊吹ウソつきだもん!」 そう言ったら伊吹は、微かに笑ったような気がした。 絶対放さない、というあたしを伊吹は宥めすかすようにしながら、家の方向に向かって歩き出した。 「逃げないし歩きづれーから離れろ。 ……つか、今離れねーとマジでどっか行くぞ?」 と言われて、仕方なく伊吹を解放する。 けれど、どうしても心配だったから、Tシャツの裾だけはつかんで放さなかった。 「……伸びるんですけど」 つかまれたTシャツの裾を見下ろす伊吹。 「……新しく買えばいーじゃん。 バイトしたお金で」 鼻をすすりながらそう言い返した。 「だから貯めてんだって」 「お金なんか全部使っちゃえばいいっ!」 強くTシャツを握り締めた。「……そしたら出て行けなくなるもん…」 そう言ったら、伊吹がまた笑った。 雨の中、ひとつのカサで伊吹と一緒に家まで帰った。 伊吹は、 「なんでカサ持ってねーんだよ。 びしょ濡れじゃねーか! バカ!」 と文句を言いながら、カサをあたしの方に傾けてくれる。 そんな悪態にはもう慣れた。 ……悪態をつきながらだって、伊吹は優しい。 家に着くなり、 「シャワー浴びて来い。 風邪引く」 と伊吹にタオルを渡された。 あたしは首を振って、 「いい」 と、渡されたタオルで顔だけ拭いた。 「いーから浴びて来い!」 「その間に伊吹どっか行っちゃうもんっ!」 「……しつこいね、お前は。 バイトだったって言ったろ?」 伊吹が遅かったのは、急にバイトの延長を頼まれたからだったみたいだ。 「でも…っ」 と尚もあたしが食い下がったら、 「つか、スケてんぞ」 と伊吹は、目線をあたしの顔から体の方に下げた。 「え……?」 「服。 びしょ濡れで」 「!!!!!」 慌てて自分の体を見下ろす。 ……薄いグリーンのTシャツが雨で濡れて、その下のブラが……っ!!! 逃げるようにバスルームへ飛び込んだ。 熱いシャワーを頭から浴びているうちに、少しずつ落ち着いてきた。 落ち着いて、冷静になってきた…… ……あたし、何しちゃったんだろ…… ……あんな駅前の、公衆の面前で……伊吹に抱きつくとか……… ぎゃ――――――っ!! は、恥ずかしくて顔が見れない……っ!! 伊吹の前に出て行きたくないっ!! でも、いつまでもバスルームにこもっているわけにもいかないし、伊吹がいなくなっちゃうんじゃないかっていう心配もあったから、簡単にシャワーを済ませる。 おずおずとリビングに向かった。 「……お、お待たせしました」 「ん」 伊吹はリビングのソファで待っていた。 テレビをつけたり、ケータイをいじったりもしないで、ただあたしが出てくるのを待っていてくれた。 「い、伊吹は? シャワー浴びないの?」 駅前での自分の行為と、雨で濡れたTシャツのせいでブラを確認された恥ずかしさとで、とりあえずそんなことを言って間を持たせようとした。 でも伊吹は、 「オレはそんなに濡れてないし、着替えたからいい」 「そ、そう……」 それきり会話が途絶える。 お互いソファに座って、あたしは伊吹を、伊吹は自分の足元に視線を落としていた。 小さく伊吹が溜息を漏らす。 あたしが伊吹に溜息を漏らさせた…と思ったら、居ても立ってもいられなくなってきた。 「しょっ、しょーがないじゃんっ!!」 立ち上がって伊吹を見下ろす。「あたしだって、なんで伊吹なんかって…今でも思うもんっ! あんたって二重人格だし横暴だし気まぐれで何考えてるか分かんないし…… 好きになったっていいことないっ!!」 |
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「ひでー言われようだな」 と伊吹が笑う。 「でも、なんか気になっちゃうんだよ。 イジワルだと思ったら優しかったり、バカにされたと思ったら認めてくれたり……あたしが困ってるときは助けてくれたりして…… 気付いたらあんたのことばっかり考えてる」 「……考えなくていいのに」 小さく呟いた伊吹のセリフは無視する。 「でも、この気持ちが伊吹を困らせるなら…そのせいであんたが出て行くっていうなら、あんたのこと好きになんかならないっ! 絶対ならないっ!」 伊吹がいなくなるぐらいだったら、伊吹のこと嫌いになる方が何倍もマシだ。 嫌いな人と一緒にいるより、好きな人がいなくなる方が何倍も辛い。 伊吹が困った顔をして、 「……泣くなよ」 とあたしの顔を覗き込んでくる。 「なっ泣いてなんかないっ」 と言ったそばから、握り締めていた拳にポタリと涙が落ちてくる。 「ホラ」 と伊吹にタオルを渡された。 ……その行為で余計に目頭が熱くなる。 「だ、だからぁっ! そーゆー風に優しくすんのがダメなのっ! 全部伊吹のせいなのっ!!」 「なんだよ。 オレが悪いのかよ」 「そーだよっ! もっと悪態つけばいーじゃん! バカとかアホとか、前みたいにさぁっ!」 あたしがそう言ったら、伊吹は単調な口調で、 「バカ、アホ、泣くな、ウザい」 と言った。 「そっ、そこまで言わなくてもいいでしょっ!? ウザいとか……伊吹に泣かされたっていうのにっ!!」 「なんだよ、お前が言えっつーから言ったのに。 つか、オレはどーすればいーんだよ?」 と伊吹は首を傾げる。 「そんなの分かんないよっ!!」 あたしがそう怒鳴ったら、また伊吹が笑った。 何言ってるのか自分でも分からない。 伊吹に優しくされると嬉しくなる。 嬉しくなって伊吹のことばっかり考えてしまう。 でも、そんな気持ちは伊吹に迷惑をかける。 もう、どうしていいのか分からない。 けれど…… ただ、ひとつだけ分かっていることがある。 ―――伊吹にこの家を出て行って欲しくない。 だから…… 「……好きになんないから、出て行かないで」 「まだいるよ」 「まだ、じゃなくてっ!」 焦れったくなって伊吹の方に体を乗り出した。「なんで出て行くの? 自立なんかしなくたっていいじゃん! あたしたちまだ高校生だよっ!?」 あたしがそう言ったら伊吹は、 「まだ…じゃなくて、『もう』なんだよ。 オレにとっては……」 とちょっとだけ目を伏せた。 ……それって、高校生になる前からずっと考えてたってこと? 中学生の頃から? まさか、小学生の頃から……? 伊吹の考えていることが全然分からない。 「……あたし、伊吹のこと知りたい」 「は? ……何を」 伊吹が微かに眉を寄せる。 「なんでもいい! 伊吹のことならなんでも知りたい!」 「何でもって…… 身長なら171だけど?」 「そーゆーことじゃないよっ! 分かってるくせにっ!!」 笑ってはぐらかそうとする伊吹を怒鳴りつけた。 外面がよく人当たりもいい伊吹。 波風立てずに周りと付き合ってきた、優等生伊吹。 でも、あたしには本当のことを話して欲しい。 本当の伊吹が知りたい。 「……前に、失恋したことあるって、そう言ってたでしょ」 「あー…」 と視線を浮かせる伊吹。 「それって、どーゆー子?」 「……なんでそんなこと聞くんだよ」 「なんでも! 知りたいのっ!」 伊吹はまた、はあ、と溜息をついて、 「……女って、なんでそーゆーこと知りたがんの?」 「女だからっ!!」 全然答えになってなかったけど、それに伊吹は突っ込んできたりしなかった。 それきり2人とも黙っていた。 長い沈黙…… リビングにかかっている時計は10時を過ぎていた。 エアコンが効いているはずだけど、なんだか部屋の中が蒸し暑い。 そして、その熱気だけじゃないなにか、密度の濃い空気があたしたちの周りに立ち込めている。 息苦しくなるぐらいの沈黙は、もうとっくに我慢の限界を超えていたけど、それでもあたしは黙っていた。 伊吹から話を聞くまでは絶対動かない。 しばらくそうしていたら、 「……お前の母親は、死んだんだよな」 と伊吹がポツリと言った。 長かった沈黙を伊吹が破ってくれたことと、そのセリフの内容に驚きながら、 「う、うん…… あたしが小さい頃」 と肯いた。 あたしのお母さんは、あたしが5歳のときに死んでいる。 お腹にあたしの弟か妹を身篭ったまま…… あたしが肯くのを確認して、また伊吹が黙る。 続きが気になったけど急かすことも出来なくて、そのまま伊吹が話し始めるのを待った。 伊吹はちょっと躊躇いながら、 「オレの父親は…… 今どうしているのか分からない」 と言った。 「え? ……それじゃ、法子さんと伊吹のお父さんは…離婚したってこと?」 あたしがそう確認したら、伊吹は黙って肯いた。 法子さんがパパと再婚する前、前の旦那さんとどうなっていたのかは全然知らなかった。 ウチみたいに死に別れちゃったのか、それとも離婚したのかとか…… そっか…… 伊吹んちは両親が離婚してたんだ…… 「それってやっぱり幼い頃とか?」 「いや、正式に離婚が成立したのは1年くらい前だけど…… でも、最後にあいつに会ったのは中1の終わり。 それから一度も会ってない」 伊吹が自分のお父さんのことを、あいつ、と呼んだことにちょっと驚く。 それと同時に、前に琴美が言っていた、 「中2でこっちに来る前は…」 という話を思い出した。 中1の終わり以来会ってない…ということは、そのときに法子さんと伊吹はお父さんと別居したってことだよね? で、中2に上がるときこっちに引っ越してきたってことなのかな…… とあたしが頭の中で辻褄を合わせようとしたら、 「オレの父親さ、どーしようもない人間だったんだよな」 と伊吹が話し始めた。 「金にも女にもだらしなくて……外面はいいけど、家じゃ酷い人間だった。 オレも母さんもいつもつまんねーことで怒鳴られたりしてた」 「そー、なんだ…」 「酒が入ると最悪。 外で善人演じてる反動か暴れたりしてさ。 マジで死んでくれって何回も思ったよ、オレ小学生だったけど」 小学生が実の父親のことをそこまで思うなんて…… そんなにひどいお父さんだったのかな…… 「父親の機嫌を損ねないように毎日ビクビクして……オレは父親が好きじゃなかった。 父親も自分に懐かないオレを好きじゃなかったみたいだ。 ……その分、母さんにはべったりだったな」 お父さんのことを話すときは険しい顔をしていた伊吹だったけど、法子さんの話をするときだけは、昔を思い出したのか懐かしそうな笑顔になった。 そうか。 そんな昔から法子さんにベッタリだったのか…… と、ちょっと法子さんを羨ましく思っていたら、伊吹の顔が意地悪そうな笑顔に変わった。 「よく、なんでお母さんはお父さんと結婚したの?……って聞いたよ。 したらさ、本当は優しい人なのよ……って。 今でも思うよ。 母さんは男見る目なかったなって」 「ちょっとっ!!」 思わず口を挟んでしまった。 法子さんの男を見る目がないって…… それって、あたしのパパのことも否定するってことだよっ!? いくら伊吹だって、パパを侮辱するようなこと言ったら許さないからねっ!! と怒りかけたら、 「見る目あったら死んでねーよっ! 母さんはあいつに殺されたようなもんなんだから……」 と伊吹が吐き捨てるように言った。 「……え?」 ……どーゆー意味? 今…… 死んだ、とか言わなかった? 意味が分からなくて伊吹を見つめ返した。 伊吹は足元に視線を落として、 「……オレを産んでくれた人はオレが小6のときに死んだ。 自殺だよ」 「自殺って…… ちょっと、待って!?」 |
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あたしは軽く混乱していた。 伊吹を産んでくれた人は死んだって…… じゃあ、法子さんは血の繋がったお母さんじゃないってことっ!? しかも、本当のお母さんは自殺って…… 「一応、交通事故ってことになってるけど…… あれは絶対自殺だよ」 「な、なんで……?」 混乱するあたしに伊吹は、 「原因は、父親の浮気」 と、その理由を教えてくれた。 そして、そのまま衝撃的なことを告げた。 「そんで、そのときの浮気相手が今の母さん」 |
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