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「あーあ! せっかく明日から夏休みだっていうのに…… なんで課外なんか出ないとなんないのよ」 里香ががっくりと肩を落とす。 「まあまあ……仕方ないじゃん。 赤点取っちゃったんだからさ」 あたしたちの高校は、期末テストで赤点を取ると夏休みに1週間の課外を受けなければならないことになっている。 そして、そのあとに行われる再テストで合格しないと単位がもらえない。 その期末テストの数Uで里香は赤点を取ってしまった。 「仕方ないとか…… 頭いい人はいいよね〜」 里香が恨みがましい目をあたしに向ける。 「良くないって! あたしの点数知ってるじゃん!」 あたしもギリギリ赤点は免れたってだけで、里香と大して違いはない。 「でも課外受けなくていいじゃん。 学校来なくていいじゃん」 と里香は唇を尖らせる。「あーあ! 課外なんか特進クラスだけ受けてればいーんだよ」 ……そっか。 課外があるのは赤点を取った子たちだけじゃなくて、特進クラスもあるんだっけ…… もちろん、赤点を取った子たちとは課外の内容も目的も違うけど。 でも、同じように学校に来るんだよね…… 「仲いい子はみーんな期末クリアしちゃってるから、あたし1人だけだしさ〜」 と里香は溜息をつく。 ふーん、そっかー。 里香1人じゃ寂しいよね〜 あたしも夏休みは特に予定もないし、ヒマだから学校来よっかな〜… 「あたしも一緒に来ようか?」 ふと思いついてそんなことを言ったら、 「え? だってナナ赤点取ってないじゃん」 と里香が驚く。 「そーなんだけどさ。 ほら里香1人じゃ寂しいかなって思って」 「それはそうだけど…… でも、せっかくの夏休みだよ? わざわざ学校来るとかダルいじゃん」 「特に予定もないし。 いいよ、あたしも来る!」 「マジで?」 と里香は驚いた顔をしたあと、「……あ、分かった!」 と急にいたずらっ子のような顔になった。 ……なに? その顔。 なにが分かったっていうの? 里香の次のセリフを待っていたら、 「ナナの好きな人も課外受けに来るんだ?」 とまたワケの分からないことを言い出した。 「はぁっ!? なんでそんな話になるのっ!?」 「だって、それ以外に学校来る理由ないじゃん? え〜誰がいたっけ? 他に赤点取ってる子〜」 と里香は考える仕草をする。「マッキーは……数学クラスに名前あったかな?」 「徹平が赤点取ったのは数学じゃなくて英語だから!」 せっかくあたしがノートコピーさせてあげたのに、徹平は赤点を取ってしまった。 まあ、部活が忙しくて元々あんまり勉強出来なかったせいみたいだけど…… まさか、あたしが貸したノートのせい……なんてことないよね? 「……っていうか、なんで徹平が出てくんのっ!」 驚いて里香を見返す。 「いや、ナナが好きなのってマッキーあたりかなって」 「残念でしたっ! 全然違いますーっ!!」 あたしが徹平を好きだったのは中学のときの話で今は全然違うからっ! さすがの恋愛上級者の里香も、今度ばかりは外れたねっ! あたしが勝ち誇ったようにそう言ったら、 「違うってことは、やっぱり他に好きな人はいるんだ?」 と切り返された。 「えっ!? や…… だからそれはぁ、言葉のあやっていうか〜…っ」 「もう言っちゃいなって!」 「やだっ、絶対言わないっ! っていうか、好きじゃないもん! あんなヤツっ!!」 「あんなヤツ……ねぇ?」 「!!!!!!」 また自分が余計なことを言ってしまったことに気が付く。 慌てて口を押さえた。 もう〜〜〜… 何やってんの? あたし…… 「……分かった、もう茶化さないから。 誰って名前も聞かない」 急に里香が真面目な顔になる。「だからさ、話だけは聞かせて?」 「里香……」 「あたし、ナナとは親友だって思ってるんだ。 だからあたしに彼氏や好きな人が出来たらナナには聞いてもらいたいし、出来ればナナにも話して欲しいって思ってる」 いつになく真面目な里香に心が揺れる。 どうしよう…… 話しちゃう? 実際、最近伊吹のことばっか考えてて、もう自分じゃワケが分かんなくなってるし。 人に話すことでちょっと頭も整理つくかも…… |
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「……っていうか、好きかどうかまだ分かんないから。 ただ気になるだけで……」 そう。 あんなヤツ好きじゃない。 ただ気になる…… すごく気になるだけだ。 「うん。 それで?」 「はじめはムカツクことばっかりだったんだ。 横暴だし自分勝手だしチョー俺様だし…… あたしのこといつもバカにしててさ」 里香は肯きながら、 「いつ頃からその人のこと気になるようになったの?」 「え、いつからだろ…… 分かんないけど……」 伊吹が元カノの琴美とごたごたしてたときには……もう気になってたよね。 あたしも2人のことなのにやたら首突っ込んじゃったりしてたし。 その前にあたしが徹平といろいろあったときも助言してくれたり、あたしの知らないところでもフォローしてくれたりして…… ちょっと感動したんだよね。 あ、そうだ。 徹平んとこのアッくんナオくんと繁華街ではぐれたときも、自分はバイト中だったのに一緒に探すの手伝ってくれたことあったっけ。 ……… こうやって改めて思い出してみると、最初から伊吹はあたしのことを助けてくれていた。 あの、 「カラオケで食い逃げ」 の誤解がまだ解ける前ですら……桜台の子たちに襲われそうになったときも伊吹はあたしを助けてくれた。 人のこと奴隷扱いするし、いつも上から目線だし、ムカつくこともいっぱい言われるけど、あたしが本当に困ったときはいつも助けてくれた。 いつでも助けてもらってた…… 伊吹に。 ……どうしよう。 なんかまた、ドキドキしてきちゃったよ…… 「……どうしよう、里香」 「え? なにが?」 「またドキドキしてきちゃった」 「は?」 あたしは胸を押さえて、 「なんかおかしいっ! ムカつくしケンカばっかりしてるのに……あいつのこと考えるとドキドキしちゃうんだよっ! ここが苦しいっ!!」 と里香に訴えた。 里香は真面目な顔をして、 「ナナ」 とあたしを見つめた。「それが恋だよ」 「え……」 ―――恋……? 「その人のことを考えるとドキドキしちゃうってのが恋! その人のことが好きってこと!」 その人のことが好きって…… ちょ、ちょっと待って!? 「だ、だってムカつくこともいーっぱいあるんだよ? ケンカだって1週間に……ううん、3日に1回はなんかしら言い争ってるし! そんなんで好きっていえるのっ!?」 慌てて里香に確認する。 里香は、当然、という顔で、 「好きだからムカつくしケンカもするの! ムカついたりケンカするのって意外と気力も体力も使うんだよ? どうでもいい相手だったらそんな疲れることしないって!」 「そ……そう、なの?」 里香は大きく肯いて、 「ナナはその人のことが好き。 気付いてなかっただけで。 もう認めちゃいな?」 ―――あたしが……伊吹を、好き……? 〜〜〜う… うわ―――――――――っ!! 里香が言った言葉を心の中で繰り返したら、いてもたってもいられなくなってきた! |
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ウソでしょっ!? 信じらんないっ! ありえないっ!! でも、里香の言葉を否定する材料が何一つ見つからない! ってことはやっぱり、あたしは伊吹のことを―――…っ 心臓が爆発しそうな勢いで脈を刻む。 「里香っ!」 「え?」 里香の両腕をガシッとつかんだ。 「……あたし、これからどうすればいい?」 「どうって…… 告るとか?」 と里香はありえないことを簡単に言って首を傾げる。 「ムッ、ムリッ! ムリムリ、絶対ムリッ!!!」 慌てて首を振った。 昨日まで……いや、今朝もつまんないことで言い争ってたようなあたしたちだよっ!? 「おい、醤油」 「あたしは醤油じゃない!」 「取れって意味だよっ!」 ……なんて、そんなつまんないことでもめてるような関係だよっ!? そんな状態で告白とか、絶対ムリっ!! 大体、今さっきまで、 「なんか気になる……」 って程度だった相手で、すす、す好き……とか? 今気付いたような相手だよっ? それになにより…… 「……あっちがあたしのことどう思ってるか分かんないもん」 あたし憎まれ口しかきいてないし、好かれるようなこと何ひとつしてないし…… そんなんで告白なんか、怖くて出来ないよ…… 俯いたあたしの目の前に、里香が人差し指を立てて、 「まずはリサーチだよね!」 「……リサーチ?」 「うん。 相手のことよく知らないとアプローチ出来ないじゃん? 例えば趣味とか好きなテレビ番組とか? そーゆーのが分かればいろいろ話出来るじゃん。 あたしも好きなのー、とか?」 「……そっか」 「男子ってケッコー単純だよ? 趣味が同じとか、自分が興味あるものに関心示してくれる女子にすぐなびくから!」 「そ、そーなの?」 あの伊吹があたしになびくところなんて全然想像出来ないけど……里香の言ってることは納得出来る。 なるほど。 さすが恋愛上級者だ。 「ありがとっ、里香! 早速リサーチしてみるよ!」 ……とは言ったものの、リサーチってどうやってするんだろ? 趣味とか全然知らないし、好きなテレビっていっても、そもそも伊吹が夢中になってテレビを見ているところを見たことがない。 様子を窺おうにも、毎日帰ってくるのが遅いし…… ……って、なんで伊吹はいまだに帰ってくるのが遅いんだろ? 琴美との関係があったときなら分かる。 しょっちゅう呼び出されたり、琴美と付き合うためにバイトをしたりしていたから。 でも、その琴美との関係はこの前すっぱり切れている。 遅くまで付き合わされる相手も、またそのために使うお金を稼ぐ必要もなくなったはずだ。 時計を見上げると、もうすぐ9時になろうとしている。 今日は1学期の終業式で、学校は午前中に終わっている。 本当に何やってるんだろう? 「ねえ、法子さん」 「ん? なあに?」 キッチンで明日のお米を研いでいた法子さんに声をかける。 「今日……なんで伊吹帰ってくるの遅いの?」 「なんか友達と遊んでくるって聞いてるけど…… そういえば遅いわね」 法子さんも時計を見上げて、「晩ご飯は家で食べるって言ってたのに」 「へえ……」 ……友達って男かな? それとも女子? 外面がいい「アイドル伊吹くん」は、男子にも女子にも受けがいい。 だからどっちから誘われてもおかしくないんだけど…… 「なんか伊吹に用事?」 「いやっ! 用事っていうか…… べ、勉強? 分かんないとこ教えてもらおうと思って!」 「そう?」 と法子さんはまたお米研ぎを再開させる。 ……どうしよう。 リサーチしようにも、伊吹が帰ってこないんじゃしようがないよ。 いっそ法子さんに聞いちゃう? 「伊吹の趣味ってなんですか? ついでに好きなテレビ番組とか」 って。 ………いや、なんか聞けない。 っていうか、伊吹は何やってんのよっ!? 早く帰ってきなさいよっ!! こっちがせっかくあんたのこと知ってやろうとしてるのにっ!! と見当違いな怒りを伊吹にぶつけていたら、 「あら? 雨降ってきた?」 と法子さんが耳を傾ける。 「え?」 言われてあたしも窓の外を窺ってみると…… たしかにポツポツと雨が降りはじめている。 「なんか最近多いわね。 梅雨明けたっていうのに」 「そうですね」 と返事をしながら閃いた。 もしかして伊吹、カサ持ってってないんじゃない? 天気予報でも雨降るなんて言ってなかったし。 「法子さん、あたしちょっと出掛けてくる!」 「えっ? こんな時間からどこ行くの? っていうか、雨降りだしたのに……」 「ちょっとそこのコンビニに行くだけだから」 そう言うが早いか、さっさと玄関に向かう。 カサ立てからカサを取り出すときちょっと迷って……1本だけ持って家を出た。 わざわざ迎えに来たとか思われるのは恥ずかしいし。 ちょっとコンビニに出掛けたら偶然伊吹に会った……ということにしたい。 カサを差して外に出る。 さっき窓から外を見たときはポツポツだったのに、今はもう普通に降りはじめている。 これじゃ、カサなしで駅から帰ってきたらびしょ濡れになってしまう。 迎えに来てもらえたらかなり嬉しいはずだ。 伊吹だって喜んでくれるよね? きっと…… 「あれ? どうした?」 「ん? ……ちょっとコンビニにね。 あんたもしかして、カサ持ってないの?」 「うん」 「しょうがないなぁ…… じゃ、入れてってあげるよ」 「お、サンキューな!」 とか、そんな展開になったら話もしやすいし、色々リサーチも出来そう。 なんてシュミレーションしながら駅に向かっていたら、川向こうの東京方面の空が一瞬だけ明るく光った。 少し遅れてゴロゴロという鈍い雷鳴も聞こえてくる。 えー…… まさか、雷? やだなぁ…… 早く伊吹を拾って帰ろ。 足早に駅に向かっていたら、向こう側から伊吹が小走りにやってきたのが見えた。 いつも肩にかけているスポーツバッグを頭の上にかざしてこっちに走ってくる。 やっぱりカサ持ってなかったんだ。 「伊吹っ!!」 あたしが呼びかけたら伊吹は一瞬周りを見渡して、すぐにあたしに気が付いた。 そのままこっちに駆け寄ってくる。 「あれ? お前こんなとこで何やってんの?」 「ん? ちょっとコンビニにね。 っていうか、あんたカサ持ってないの?」 「あー… 持ってないけど……」 よしよし。 シュミレーション通り! これで帰り道話が出来るし、カサに入れてあげたんだからいい印象持ってもらえるよね! と自分の計画に満足しかけたら、 「コンビニって……お前手ぶらじゃん。 今から行くのか? つか、コンビニってあっちだろ?」 と伊吹はコンビニがある方を指差した。「方向違くね?」 「!!!」 ……しまった! そんなことまで考えてなかった!! 本当にコンビニに行くつもりじゃなかったからお財布も持ってきてないし、これから寄るってことも出来ない。 |
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っていうか、方向が全然違うとか……っ 適当な言い訳が思いつかない!! どうするっ!? と内心焦っていたら、 「まあ、いいや。 家まで入れてけ」 伊吹は、そんなことはどうでもいい、というようにスルーしてまた命令してきた。 ちょっと! 「サンキューな!」 はどうしたのよっ? あたしのシュミレーションでは、伊吹があたしにお礼を言って、それでいい感じになる予定だったのに……っ! しかもまた命令って! シュミレーション通りにいかない伊吹にちょっとムッとしながら、 「……こんな時間までどこで遊んでたのよ? 法子さんも心配してたよっ!?」 と言ったら、 「バイトだよ、バイト!」 と伊吹はカバンを肩にかけ直した。「6時で上がるはずだったのに、急に延長頼まれてさ」 「え……?」 驚いて伊吹を見上げる。 「終業式で打ち上げやる奴らが多くて忙しかったんだよ。 面倒だったけど、時給上乗せしてくれるって言うから」 「バイトって……カラオケの?」 「そうだよ」 「……まだ続けてるんだ?」 「おー」 伊吹はなんでもないことのようにそう返すと、「ちょ、カサ貸せ。 お前が持つと低くて歩きづらい」 とあたしの手からカサを奪った。 「なんで?」 「は? ……いや、だからお前がカサ持つと低くて歩きにくいんだよ」 〜〜〜カサの話じゃないっ!! 「なんでまだバイト続けてるの? もう元カノとは終わったんだしお金必要ないでしょ?」 「はぁ? 元カノって……琴美か? なんだよ急に」 伊吹はちょっとだけ眉を寄せた。 「だって、あんたが家族にも内緒でバイトしてたのって、あの子にお金がかかったからでしょ? だったらもうバイトする必要ないじゃんっ! それとも、もしかしてまだあの子と続いてるのっ!?」 一気にそうまくし立てたら、伊吹はあっけに取られた顔をして、 「お前、何言ってんの? 全然イミ分かんねーんだけど。 つか、あれ以来琴美とは会ってねーし、連絡もないけど?」 「じゃ、なんでまだバイト……」 「いや、別に元々琴美のためにバイト始めたんじゃねーし」 「え……?」 琴美のためにバイトしてたんじゃないの? てっきりそうだと思ってたのに…… 急に入っていた力が抜けた。 よかった、琴美と続いてるんじゃなくて…… 「? なにお前」 伊吹が不思議そうにあたしを見下ろす。 「べっ、別にっ!」 じゃあ、なんでまだバイトしてるんだろ? もしかして、何か欲しいものでもあるのかな? お小遣いじゃ買えないようなものとか…… そんな大金使って買うものって、よっぽど欲しいものってことになるよね? なんだろう……? 何か趣味のものとか? ……あ! これっていいリサーチになるんじゃない? そう思って早速伊吹に聞いてみる。 「じゃあ、なんか欲しいものでもあるの? そんなにバイトするなんて」 一体何が欲しいのか知らないけど、あたしが話広げられるものだったらいいな。 なんてことを思いながら伊吹の返事を待っていたら、伊吹はチラリとあたしを見下ろして、 「内緒」 とニヤリと笑った。 「えー、なによ! 教えてくれたっていーじゃん!」 「ダーメ! お前口軽そうだから。 母さんとか『パパ』に言いそう」 「絶対言わないから〜! だから教えてよ、ねっ!?」 とおねだりするフリをしながら…… ……なんか、いい感じじゃない? なんて思ってしまった。 傍から見たら、恋人同士のじゃれあいに見えなくもないかな、なんて…… うわ―――っ! 恋人同士とか、なに考えてんのあたしっ!! そんなの気が早いって! 伊吹の気持ちも確認してないし、気持ちどころか、趣味や好きな番組のリサーチもまだなのに〜っ! 「カサに入れてあげたでしょ〜?」 と尚もあたしが尋ねたら、 「……んじゃ、絶対言うなよ?」 と伊吹が念を押してきた。 やった―――っ!! どうか話が広がるものでありますように…… 心の中で手を組む。 ……でも、伊吹の口から出たのは、あたしが思いつきもしなかった言葉だった。 「一人暮らししたいの、オレ」 「………え?」 「引越し費用とか生活費とか? スゲー金かかんじゃん。 だからバイトしてんの」 伊吹の言ってる意味がすぐには分からなかった。 ……一人暮らし? 引越しって…… あの家を出て行くってこと? な、なんで……? ―――…あ! 「もしかして、行きたい大学って家から通えないのっ?」 普通クラスのあたしは再来年の受験のことなんか全然考えてないけど、伊吹は特進クラスだもんね。 もう志望大学が決まってたっておかしくない。 どこの大学だろう? 家から通えないなんて、どっか地方の大学? そう思って伊吹に聞くと、 「いや…… 進学のことはまだ考えてない」 伊吹は首を振った。 「え? ど、どーゆー意味?」 地方の大学に進学するから一人暮らしするんでしょ? 家から通えないから……だから一人暮らしするしかないんでしょ? 不安になりながら伊吹を見上げる。 伊吹は前を向いたまま、 「早く自立したいんだ」 とちょっと早口で言った。「だから、大学行くかどうかも決めてない」 「だ、大学……行かないの?」 だって伊吹、特進クラスじゃん…… いい大学に行ける頭いい人たちのクラスにいるんじゃん。 なのに…… 進学しないの? 「スゲー金かかるし、行くとして公立だろうな。 ……まあ、そんな先の話より、とにかく今は早く金を貯めたい」 その言い方に、気持ちは今すぐにでもあの家を出て行きたいんだ……っていうのが伝わってきた。 |
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なんで? どうしてそんなこと…… 「……もしかして、あたしが前に、あの家から出て行け…みたいなこと言ったから?」 「は?」 伊吹は何のことだか分からなかったみたいで、眉間にしわを寄せる。 「あんたが家に来たばっかりの頃、あたしそんなこと言ったじゃん」 伊吹があたしんちに引っ越してきたばかりの頃。 あたしは伊吹の横暴さに我慢出来なくなって、伊吹を追い出そうとしたことがあった。 『センター模試であたしの方がいい点数を取れたら、伊吹にはこの家を出て行ってもらう』 それがあたしが仕掛けた勝負だった。 それじゃ一方的過ぎるということになり、結局、 『センター模試で負けた方が家を出て行く』 っていう勝負になったんだけど…… 「ああ… そんなこともあったな」 伊吹もそのことを思い出したみたいで、「つか、お前が負けたんだろ!」 と笑いながらあたしのおでこを突いてきた。 「!!!」 突かれたおでこが熱くなる…… そんなあたしにはまったく気付かず、伊吹は笑ったまま、 「別にお前のせいじゃねーよ。 もうずっと前から決めてたことだし」 「それって…… ウチに来る前からってこと?」 「んー… まあ、そうかな」 熱かったおでこが一瞬で冷たくなる。 なに、それ…… どういうこと? 伊吹、あの家出てっちゃうの? なんで? いつ? 元々そのつもりだったの? ウチに来る前から? ―――ふいに伊吹の部屋を思い出した。 異様に物が少ない部屋。 本当に必要最低限のものしか置いてない、生活感のまったくない部屋…… 「ゴチャゴチャしてるの好きじゃない」 って言ってたけど、本当はこのためだったの? いつでも出て行けるように…… あえて物を置かなかったの? 「オレがいなくなっても、母さん困らせたりすんなよ〜?」 そう言う伊吹の声が、どこか遠くからぼんやりと聞こえる。 不安が一気に体温を奪っていく…… 「ん? どうした?」 俯いたあたしに伊吹が声をかけてくる。 けれど、それに応えることが出来ない。 伊吹は遠くの空を指差して、 「あ。 アレか、雷!」 と笑った。「スゲー遠くじゃん! あんなんも怖ぇーの? お前、ホントガキな?」 すごく遠いのは、雷じゃない。 ―――伊吹だよ…… 伊吹のこと知りたいって思ってた。 知ったらもっと近づけると思ってた。 ……けど。 ―――知れば知るほど、余計に伊吹が遠く感じられる…… 「ほら、急げ。 置いてくぞ?」 そう言いながらも、伊吹はちゃんとあたしの歩調に合わせてくれる。 そのさりげない気遣いに、いつもだったらドキドキするはずなのに…… 頭上にある厚い雲よりも、もっとどんよりしたものがあたしの胸を覆っていた…… |
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