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「すみませんっ、この辺で双子の男の子見ませんでしたか? 小学生なんですけどっ」 「え? 見てないなぁ〜」 つれない返事に、どうも…と頭を下げて、次の場所に走り出す。 次の場所っていってもあてがあるわけじゃない。 ただ二人が行きそうなゲームショップとか別なゲームセンターを見て回るくらいだ。 二人がいなくなってからどれぐらい時間が経っただろう? いなくなったときに時計を見てなかったから正確な時間は分からないけれど……もう30分は経ってる気がする。 どうしよう…… 交番に行った方がいい? もしかして、二人で先に帰ってるってことはないかな? もしあのあと二人が家に帰ったとしたら、そろそろ家に着いてもいい頃だよね? と徹平の家に確認の電話を入れようとして、二人のお金は自分が預かっていることを思い出した。 これじゃ切符が買えないから、先に帰れるはずがない。 どうしようどうしようっ!! そうだっ! 徹平に電話…っ!! と徹平のケータイに連絡を入れたら、留守電だった。 そうだ、確か今日練習試合だって…… ―――泣きそうになった。 ……もし、何か事故とか事件に巻き込まれたりしてたらどうしよう。 最近じゃ小学生を狙ったりする怖い事件も起きてるし、アッくんもナオくんも可愛いからそういうのに狙われてもおかしくない…… やっぱり交番に届けよう! でも、この辺の交番ってどこ…… 「……お前、何やってんの?」 泣きそうになりながら交番を探していたら、誰かに声をかけられた。 振り返ったら……伊吹だった。 |
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「交番どこっ!?」 噛み付くように伊吹に詰め寄った。 伊吹は、 「は?交番? もう1本向こうの通りにあるけど……」 と眉を寄せた。「なに、もしかして財布でも落した?」 バカッ! そんなんじゃないよっ!! あたしは伊吹の腕をつかんだ。 「アッくんとナオくんがいなくなっちゃったのっ! 伊吹見かけなかった?」 「アッくんとナオくん?」 伊吹はちょっとだけ首を傾げた。「誰それ?」 「おばさんたちは出掛けてていないし、徹平は試合行ってるし…… どうしようっ」 「ああ、マッキーんとこの双子か」 と伊吹は肯いて、「はぐれたのか」 一瞬で状況を理解してくれた。 「先に帰ったってことはないのか?」 「お金はあたしが持ってるし、アッくんもナオくんも初めて来る場所だし…それはないと思う」 伊吹は肯きながら、 「じゃ、とりあえず交番だな。 着てきた服とか覚えてんだろ?」 とあたしを交番まで連れて行ってくれた。 住所や名前、服装なんかの特徴と二人を見失った時間と場所を告げて交番を出た。 伊吹は辺りを見回しながら、 「もう小学3年だから大げさな捜索はされねーだろうな。 まだ時間も早いし。 ……オレたちも探すぞ」 「え…… あんたも探してくれるの?」 驚いて伊吹を見上げる。 伊吹はあたしの問いかけなんか聞いてないって感じで、 「あ、ねえ? この辺で双子の男の子見なかった? 小3なんだけど」 とパスタ屋さんの店先を掃除している女の子に声をかけた。 カラーリングされたロングヘアの女の子が振り返る。 「あ、伊吹くん♪」 女の子が笑顔になる。 「小学生の双子の男の子。見なかった?」 伊吹がもう一度問い掛けると、女の子は、 「双子? 同じ格好してる子がそろって歩いてたら目に止まっただろうけど…… 気付かなかったなぁ」 と思い出すようにちょっと上の方に視線をさまよわせた。 「あ… 双子だけど、服装は全く違うんです。 すみません」 あたしがそう言ったら、女の子は困ったような顔をして、 「え〜、じゃあ気付かないよぉ。 大体歩いてる子の顔とかマジマジ見てないもん。 …っていうか伊吹くん、最近食べに来てくれないよね」 と伊吹に向かって頬を膨らませた。 「ゴメンゴメン、また今度行くから。 つか、双子見かけたら電話して!」 伊吹は笑顔で女の子にケータイを振って見せると、そのまま歩き出した。 「……知り合い?」 どう見ても大学生以上に見えたけど…… 「お前さ、写真かなんか持ってねえの? 人に聞きづらい」 伊吹はまたあたしの質問を無視した。 「写真は持ってないけど……」 あたしはバッグの中を探って、「さっき撮ったプリクラならあるよ?」 と6分割されたカラフルなシートを取り出した。 「ぶっ! ……すげーな」 プリクラを見た伊吹が吹き出す。 「だ、だってっ! アッくんとナオくんがいろいろ書き足すからっ!!」 恥ずかしくなって慌てて言い訳をした。 アッくんとナオくんの後ろに写ったあたしには、ヒゲメガネをさせられていて、頬に書き足されたホクロからは毛が生えているという…… なんでよりによってこんなプリクラっ! 伊吹はひとしきり笑ったあと、 「まぁいっか。 双子さえちゃんと写ってりゃ」 とそのプリクラをポケットにしまった。 そのあともショップの店員さんや通りを歩いている人たちにアッくんたちのことを聞いてくれる伊吹。 ちゃんとプリクラも見せて確認してるから、そのたびにみんなに笑われた…… 「……知り合い多いんだね」 「あー… まあ、この辺でバイトしてると知り合いも増えるよな」 今日はじめて伊吹があたしの質問に答えてくれた。 そっか。 伊吹がバイトしてるカラオケボックスもこの近くだもんね。 バイト帰りに近所でご飯も食べたりするだろうし、買い物だって…… そういったショップの人と仲良くなることもあるか。 と、そこまで考えて…… 「え……? もしかしてあんた、今バイト中なんじゃないのっ!?」 伊吹がカラオケボックスの名前が入ったエプロンをしていることに気が付いた。 「あ?」 伊吹も自分の姿を見下ろして、「ああ… 店のチラシ配ってたんだった」 と自分が何をしていたか思い出したみたいだ。 「うわーっ、ごめん! もういいよ、あとは自分で探すから…… 交番にも届けたし」 そう言って伊吹を解放しようとしたら、伊吹はチラリとあたしを見下ろして、 「……いーよ、別に。 チラシ配るついでだし」 とポケットからクーポン付きのチラシを取り出した。 でもそれは口実で、本当は伊吹もアッくんたちを心配して探してくれてるんだってのが分かった。 「ごめん…… ていうか、ありがと」 いつもは口が悪くて横柄でムカつくことばっかりの伊吹なのに…… なんか、調子狂う。 でもそれは伊吹も同じだったみたいで、 「お前からありがとうとか、気持ち悪い」 と顔をしかめた。 「な、なによっ! 素直にお礼言ってあげたのにっ!!」 「揉めてる場合かよ? さっさと探すぞ。 オレだっていつまでも店に戻らないわけにはいかねーんだからな」 「わ、分かってるよっ!」 二人でもう一度最初のゲームセンターに戻った。 「もしかして戻ってきてるかも、とか思ったんだけどな」 「ホントにどこ行っちゃったんだろ……」 「仕方ねぇ。 小学生が行きそうな場所もう1回まわってみるか」 「うん……」 伊吹の言葉に肯きかけて、「あっ、今度は分かれて探そ。 その方が効率いいし」 早く見つけて伊吹のこともバイトに戻してあげないと。 そう思って、伊吹とは逆の方向に歩きかけたら、 「待て」 と腕をつかまれた。「一緒に探すぞ」 「え? だって二手に分かれた方が効率いいじゃん」 不思議に思ってそう言ったら、 「いーからついて来い。 これ以上捜索者を増やすな!」 と言い返された。 ……はあ? なにそれ。 あたしが迷子になるとでも言いたいわけっ!? 「バカにしないでよっ! ……うわっ」 反論してやろうと思ったら、急にあたしの頭に伊吹の腕が伸びてきた。 そしてそのまま抱きかかえられるようにされて…… |
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伊吹の肩で顔が圧迫されて、苦しいっ!! 「ちょ…っ くる、し…っ!」 慌ててもがいたけど、全然振り解けない。 なんでっ!? こんなに華奢な身体してるくせに……っ と焦っていたら、急にその力が緩んであたしは解放された。 「な、なに…っ?」 息を弾ませながら伊吹を見上げたら、伊吹は後ろを振り返りながら、 「……制服だけじゃ普通科か商業科か分かんねーな」 と呟いた。 「え…?」 伊吹が見てる方を振り返ってみると、そこには笑いながら歩いていく男の子が二人。 あれは多分……桜台高校の制服。 「まぁ、あいつらももうお前の顔なんか忘れてるだろうけど……少しは自覚持って行動しろよ」 そう伊吹に言われて、先日の食い逃げ事件のことを思い出した。 食い逃げしたあと相手の男の子たちに捕まって、襲われかけた…… 確かあのときの子たちが桜台の商業科だった。 じゃあ、伊吹は……あたしを隠そうとしてくれて……? 驚いて伊吹を見上げたら、 「それに、あいつら他にも女引っ掛けてそうだし、お前レベルの顔じゃすっかり記憶の外かもな」 と意地悪そうな笑顔が降ってきた。「行くぞ」 「う、ん……」 お前レベルの顔……なんて、いつもだったらムカつくようなことを言われたけど、今日はそんな気にならなかった。 一歩先を歩く伊吹の背中を見つめた。 ―――いつも意地悪なくせに、なんで助けてくれるんだろう。 襲われたときだって、文句言いながら結局は助けてくれたし。 今だって、アッくんとナオくんを見失ったあたしを責めもしないで一緒に探してくれて…… しかもバイト中なのに。 なんか、もしかして…… 伊吹ってちょっといいヤツ……? と感動しかけていたら、 「おいっ!!」 と背後から、幼さの残る声に呼び止められた。 この声は…… 「アッくん! ナオくんっ!!」 振り向いたら二人が立っていた。 「どこ行ってたのっ!? すごく心配したんだよっ!」 二人はあたしの話なんか聞かずに、 「おいっ! ナナから離れろっ!!」 と伊吹に向かって怒鳴っている。 なんだか二人は怒っているみたいだった。 腰に手をあてて仁王立ちになり、眉を吊り上げている。 |
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「は?」 いきなり二人に責められて伊吹も戸惑った顔をしている。「何言ってんだ? お前ら」 アッくんが伊吹を指差す。 「お前がナナんちに押しかけてきて、ナナを奴隷にしてることはお見通しなんだよっ!」 「やらしいことしやがって…… さっさとナナんちから出てけっ!!」 ナオくんも顔を真っ赤にしてこぶしを握っている。 「やらしいことって……」 伊吹が絶句する。「……なんでお前らの中で、奴隷はそーゆー位置付けなんだよ」 とチラ見されて思わず小さくなるあたし。 あたしも同じように伊吹に言ったんだよね…… 恥ずかしい。 「どーせ風呂とか覗いてんだろっ!? この変態っ!」 「ナナっ、気を付けろよっ! 何されるか分かんねーぞ!」 二人は道の真中で怒鳴っている。 通り過ぎる人たちが何事かと振り返る。 「ちょ、ちょっと二人ともっ! そんなことされてないからっ!」 とあたしが諌めても二人は、 「ナナに手ぇ出したら許さねーからなっ!」 「そーだぞっ! ナナはおれたちのモノなんだからなっ!」 と喚くのをやめない。 「それ以上言ったら…」 怒るよっ!と言おうとしたとき、伊吹が二人に歩み寄っていった。 「な、なんだよっ!」 「なんか文句あんのかっ!?」 二人が伊吹を見上げる。 そんな二人を伊吹はちょっとの間見下ろして…… 「ッ!? ……いって〜〜〜っ!!」 いきなり二人の頭に拳骨を落した。 「い、伊吹っ?」 二人は殴られた頭を押さえながら、 「なにすんだよっ、このやろうっ!!」 「そーだぞっ! 児童ギャクタイで訴えてやるっ!」 と噛み付きそうな勢いで伊吹に詰め寄っている。 伊吹は軽くあしらうように、 「そーゆーことは、ギャクタイって字が書けるようになってから言え」 と二人を見下ろした。 「うるせえっ! 子供扱いしてんじゃねーよっ!!」 さらに二人が伊吹に噛み付こうとしたら、 「子供だろーがっ!!!」 伊吹が急に大声で怒鳴った。 アッくんとナオくんが驚いて息を詰める。 アッくんたちだけじゃなくてあたしまで驚いてしまった。 驚いて口が利けなくなった二人に伊吹は続ける。 「いいか? 子供じゃないヤツはな、勝手にいなくなって周りに心配かけたりしねー人間のことを言うんだよ!」 「だ、だって……」 「だってじゃねぇ!」 と伊吹があたしを指差す。「ここでこいつとはぐれて、お前らどーやって家まで帰るつもりだったんだよ!? 電車の乗り方分かんのか? 金は持ってんのかよっ!?」 畳み掛けるように伊吹に怒られて、二人は俯いてしまった。 「いいか、二度とするな。 分かったなっ!?」 俯いたまま小さく肯く二人。 「……アッくんとナオくんがいなくなって、あたしも…伊吹もすごく心配したんだよ。 いろんな人に探すの協力してもらったり」 あたしが二人の肩に手をかけてそう言っても、二人は顔を上げようとしない。 もしかしたら、泣きそうなのを我慢してるのかもしれない。 どうやってフォローしようか考えていたら、 「……もういい。 お前ら帰れ」 と伊吹はあたしたちを追い払うように手を振った。「あとはオレがやっとく」 「え? あとはって……」 一瞬意味が分からなくてそう言ってから気が付いた。「……あっ、交番!」 いくら大掛かりな捜索はされてないっていっても、捜索依頼書みたいなもの出しちゃってるし、見つかったことちゃんと報告しておかないと…… それに伊吹の友達にも声かけちゃってるし、その人たちにも報告とお礼しないとだよね。 あたしがそう言ったら、伊吹はアッくんとナオくんを見下ろしながら小さく、 「交番はオレが行っとく。 同じことで2度も怒られる必要ねーだろ。 声かけたやつらにはメールしとくし」 「でも……それならあたしも……」 「いいっつーの! お前ら足手まとい! …つか、さっさと終わりにしてバイト戻りてーの、オレ」 面倒くさそうにそう言って伊吹は歩き出した。 伊吹は、あたしたちが起こした騒ぎの後始末を全部一人でやってくれると言っている。 |
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その背中に思い切って、 「ありがとっ!」 と声をかけたら、伊吹は少しだけ振り返った。 「だからそれ、気持ち悪いって」 「ごめん、ナナ。 おれたちナナを困らせようとしてやったんじゃないんだ」 帰りの電車の中で、二人はしょげたまま謝ってきた。 「ナナがあいつにいじめられてると思ってさ…… あいつのバイトしてる店が近くだってナナ言ってたろ? ちょうどいいから、仕返しに行こうって……」 なっ、と二人が顔を見合わせる。 あたしが伊吹に奴隷にされてることに不満だった二人は、いつか伊吹に仕返ししてやろうと思っていたらしい。 それで、あのゲームセンターが伊吹のバイト先から近いことを知って、あたしが両替に行っているすきに二人で仕返しに行ってしまったらしい。 そう言えばあたしあのとき、伊吹のバイト先が近いみたいなこと言ってたっけ…… 「二人の気持ちは嬉しいけど、ホントに大丈夫だから。 二人が心配するようなことはされてないから、絶対!」 「でも、なんか嫌なこと押し付けられたりしてんだろ? 兄ちゃんにそう言ってたじゃん!」 「そ、それは、そうなんだけど……」 思わずそう言ったら、 「ほらなっ! やっぱりあいつはサイテーなやつなんだよ!」 「そうだよ! 居候のくせにっ!」 とまた二人が勢いづく。 「う〜ん…… でもね? それはあたしにも…ちょっとだけど原因のあることだから。 だからもう絶対今日みたいなこと伊吹に言ったりしないでね?」 「でも……」 「それに今日、伊吹がアッくんとナオくんのこと心配してくれたのは本当だよ? バイト中なのにわざわざ捜すの手伝ってくれたんだから」 あたしは二人の顔を交互に覗き込んで、「それでも伊吹に仕返しする気?」 そこまで言ったら、さすがの二人も黙り込んでしまった。 3人で家の前まで帰ってきたら、玄関の前で徹平が待っていた。 ジャージ姿のところを見ると、帰ってきてから着替えもしないで玄関前に待ち構えていたらしい。 はじめにアッくんとナオくんがいなくなったときにあたしが徹平のケータイに連絡したせいで、さっき帰る途中、徹平から折り返しの電話があった。 一応今日のことを報告したら、心配したあとやっぱり怒っていた。 「敦樹っ! 直樹っ! 何やってんだ、お前らはっ!!」 あたしたちの姿を見た徹平は、怖い顔をして近寄ってきた。「迷惑かけやがってっ!」 徹平に怒鳴られてアッくんとナオくんが小さくなる。 あたしは徹平に手の平を向けて、 「あんまり怒らないでやって? 二人ともあたしを心配してやったことだから…… 伊吹に仕返ししてくれようとしたらしいの」 あたしがフォローしようとしても、徹平は、 「それにしたってなぁ……」 とまだ二人に怖い顔を向けている。 「それに、もう十分伊吹に怒られてるから、ちゃんと反省してるはずだよ。 伊吹も同じことで2回怒られる必要ないって」 さらにあたしがそう言ったら徹平は少し難しい顔をしたあと、ナナがそう言うなら…とやっと溜飲を下げてくれたみたいだ。 でも、多少はまだ思うところがあるみたいで、 「おらっ、敦樹、直樹! さっさと家入れっ!!」 「兄ちゃん、いてーよっ!」 と二人を小突いた。 「サンキューな、ナナ」 「全然だよ。あたしがちゃんと二人を見てなかったのも悪いんだしさ。 お礼なら伊吹に言って」 「……は?」 「伊吹さ、バイト中なのにアッくんたち探すの手伝ってくれたんだよ」 あたしがそう言ったら、徹平は一瞬黙ってから、 「……へぇ」 と難しい顔をした。 いつもあたしから傍若無人な振る舞いの数々を聞かされている徹平だから、意外に思ったのかもしれない。 伊吹がアッくんたちを探してくれるのとか…… ―――って、そうだ! 「忘れるとこだった! なんかゴメンね? あたしのせいで」 「は?」 急に謝られて、徹平はワケが分からない顔をしている。 「この前、二人でゲーセン行った日。 本当は部活あったんでしょ? なのにあたしに付き合ってくれたから先輩に怒られたって……」 そうだ。 本当は今日そのことを謝るために徹平の家に行ったんだった。 すっかり目的が変わっちゃって、しかも一騒動起こしちゃって肝心なこと忘れるところだった! やっぱりあたしって抜けてる…… 「ああ……」 あたしの話を聞いた徹平は、「オレが勝手に休んだだけだから、ナナはカンケーねぇし」 と困ったような、ばつが悪そうな顔をした。 「でも、あたしに気ぃ使ってくれたからでしょ? あたし全然気が付かなくて……ホントにごめんね?」 「だからカンケーねぇって!」 徹平はちょっとムキになってそう言ってから、「……つか、誰に聞いた? その話」 「伊吹。 偶然見てたみたいで…教えてくれたんだ」 ホントに今回のことでは伊吹に助けてもらいっぱなしだ。 いつもはムカツクことばっかのくせに、ときどき気が利いてるっていうか……助けてくれたりするんだよね。 意地悪なのか本当は優しいのか……全然分からない! もしかしたら……ただの気まぐれ? ……とそんなことを考えていたら、徹平がちょっとだけ視線を落しているのに気が付いた。 「……ん? 徹平、どうかした?」 あたしがそう声をかけたら、 「や……別になんでもねーよ」 と徹平は笑顔になった。 「……そう?」 ? 一瞬オチてるように見えたけど…… 気のせいかな? 今日は練習試合だったし、アッくんとナオくんのことで心配もかけちゃったから、体力的にも精神的にも疲れてるのかもしれない。 いつまでも引き止めていたら徹平に悪い。 「ごめん、引き止めちゃって! ゆっくり休んで!?」 そう言って徹平と別れた。 「……遅かったじゃん。 もしかして、ずっとバイトしてたの?」 9時過ぎに帰ってきた伊吹に声をかけたら、 「お前……家でバイトの話すんなっつったろ?」 伊吹はリビングの方を気にしながら睨み付けてきた。 「パパと法子さんならデートだよ。 ちょっと飲んでくるってさっき出掛けた」 あたしがそう言ったら、一瞬黙ったあと、 「あっそ」 と言って伊吹は二階に上がっていこうとする。 その伊吹に声をかける。 「あ、あのさぁっ!」 「あ?」 階段の途中で伊吹が振り返る。「なんだよ」 「あのさぁ…… 今日は、その……ありがとねっ」 思い切って声をかけたはいいけどやっぱり視線は合わせづらくて、微妙にずらしてみる。 案の定伊吹も、 「……それさっきも聞いたから。 つか、気持ち悪いっつったろ」 とすぐに顔を背けた。 「じゃなくて! それってアッくんとナオくんの件でしょ? ……そうじゃなくて、さ」 「……んじゃ、なんだよ」 伊吹が先を促すようにちょっとだけ首を傾げる。 今日、アッくんたちのことはちゃんとお礼言えたからもういいけど、もうひとつのことはちゃんとお礼を言ってなかった。 だからそれだけ言っておこうと思ったんだけど…… なんか、こう改めて言おうとすると……妙に緊張する! 「や…… 今日さ、庇ってくれたでしょ?」 伊吹が微かに目を細める。 何のことか分かってないって顔だ。 「ほらっ! 桜台の子が通ったとき! あんたあたしのこと隠してくれたじゃん!」 「……ああ」 伊吹も思い出したみたいだ。 「襲われそうになったこと忘れたわけじゃないけどさ、あたし抜けてるっていうか…… 別なこと考えてると全然気が付かないってことたくさんあるんだ」 伊吹は階段の途中で上がりかける態勢のままあたしの話を聞いている。 「あのときもアッくんとナオくんのことで頭いっぱいになっちゃって、桜台の子とすれ違ったの全然気付かなかった。 っていうか……実は、相手の高校がどこだったかあんたに言われるまで忘れてた」 伊吹がちょっと呆れた顔になる。 「だろうな。 ……つか、そこまで神経質にならなくても、あっちも忘れてるだろうけどな」 「そうかもしれないけど…… でも、やっぱり庇ってもらえて嬉しかったし、だからお礼言わなきゃって……」 言ってるうちになんだか恥ずかしくなってきて、「はっ、話はそれだけだからっ!」 と最後は怒鳴りつけるようにしてリビングに駆け込んだ。 なになになにっ!? なんであたし伊吹相手に恥ずかしがってるわけっ!? なんか顔も熱いし…… 全然意味分かんないんだけどっ! とあたしが焦っていたら、トントンと…… 階段を下りてくる音が!! 今この家にはあたしと伊吹しかいない。 確認するまでもなく伊吹の足音だ。 えっ!? なんで自分の部屋行かないのよっ! 今、この顔見られたくないっ!! ソファに座ったまま立てた膝に顔を埋めるようにしていたら、足音がすぐそばまで近づいてきた。 「……おい」 呼びかけられたけど顔が上げられない。 そのまま黙って俯いていたら、 「おい、顔上げろ。 命令だぞ」 と微かに笑いを含んだ声が降ってきた。 あたしが恥ずかしくなって逃げてきたって知ってるくせに…… やっぱりこいつは意地悪だ。 |
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ノロノロと顔を上げたその先に伊吹の笑顔があった。 ―――ダメっ! 今、その笑顔っ!! 奴隷にされて宿題押し付けられたり、いろいろ命令されたり、何かとムカつくことも多い伊吹だけど…… やっぱり、『みんなのアイドル伊吹くん』なだけある。 その笑顔で全部相殺されちゃうよ〜! 今日だっていろいろ助けてもらったし、悪いとこばっかじゃないって思ったところだし…… あ、だめっ! その顔近づけないで〜〜〜っ!! 「お前さ……」 伊吹があたしの顔を覗き込む。「まさかとは思うけど…… 例の英文の訳、終わってんだろうな?」 「……え?」 頬を押さえたまま伊吹を見上げる。 ―――英文? 伊吹は笑顔のまま、 「一昨日も今日もゲーセン行ったりして…余裕じゃねーか」 「!!!!!!」 ……思い出したっ! 伊吹から押し付けられてる英語の宿題……週末で終わらせなきゃいけないんだった! 今まで熱かった体が、一気に冷たくなる。 「もしかして、もう終わってた?」 伊吹がさらに顔を近づける。 「や…… まだ、だけど……」 逆に伊吹から顔を背けるあたし…… ど、どうしよう―――っ!! 「終わってねーのに、ガキと遊びに行ってたのか」 「で、でもあたしだって頑張ったんだよ? 原文は全部写し終わったし! あとは訳だけだし…」 伊吹はあたしから顔を離して、 「いや、オレもさ、ちょーっと無理かな〜とか思ってたんだよな。 最悪この週末からスイッチしなきゃとかさ」 そうっ! そうなのっ! 最初から無理な宿題だったのよ―――ッ! 伊吹の言葉に思わず飛びつこうと思った直後、 「でも、遊び歩くほど余裕あんならいーよな? 全部お前に任せても」 と伊吹があたしを流し見た。 「え、全部って…… 訳まで全部?」 「そう、全部」 「ちょ、ちょっと待って! それ無理だからっ!!」 慌てて伊吹の前に手の平を突きつけた。「確かに今日は出掛けたりしちゃってたけど……ゴメン、ホント無理っ!」 もう明日1日しかないし、辞書引きながら全部和訳とか…… 絶対無理!! 「そっかー、無理なのかー」 伊吹の言葉に大きく肯いた。 「それじゃしょうがないよな〜」 伊吹も肯きながら、「……んじゃ、いーわ。 続きは自分でやるから!」 と言ってくれた! 「ホントっ!? い、いいのっ? もうやらなくて!?」 「いいよ」 ―――伊吹さまっ!! なんだ〜、やっぱりいいヤツじゃんこいつ! 最初はいろいろ誤解があって伊吹もあたしに冷たい態度とってたけど、やっと分かってくれたんだね! 大丈夫! あたしちゃんとその辺分かってるし! それにあんたケッコーいいヤツだしね。 今日もアッくんとナオくん探すの手伝ってくれたり、あたしのこと庇ってくれたり。 これからはひとつ屋根の下に暮らす家族として、仲良くやっていけるよ! きっと!! とあたしが喜びかけたら、 「代わりにさ」 と伊吹が振り向いた。 「……え?」 ……代わり? とあたしが聞く前に、伊吹が意味深な笑みを漏らす。 「頭使えないんだったら、カラダ使ってもらうしかないよな?」 ……カラダって…… 体っ!? その言葉を理解した途端、また一気に体温が上がった。 なんかもう、今日は上がったり下がったりで具合悪くなりそう… って、今はそんな心配してるどころじゃない! 「だ、だだだ、だからぁっ! そーゆーのは無理だって言ったじゃん! 変態っ!」 慌てて両手で自分の体を抱きしめた。 そのあたしを心底呆れたような目線で伊吹が見下ろす。 「……いや、オレもお前相手とか無理だから。 安心しろ」 また体温が上がる。 二度も勘違いした恥ずかしさで、だ。 「じゃ、じゃあなによっ!?」 「ここ」 伊吹はちょっと首を傾げて、反対側の肩を指差した。「揉んで」 「……は?」 「今日、やっぱバイト抜け出してたのバレて、バイト時間延長させられたんだよな。 夕方から入る予定だったヤツが急にダメになったとかでその代わりに。 や〜疲れたわ、マジで! ……これって半分はお前らのせいだよな?」 「え、うん……」 「英文より全然ラクだろ?」 「うん、ラク……」 確かに特進クラスの宿題より全然いいけど…… でも、本当にそんなんでいいの? だって肩揉みってせいぜい10分くらいでしょ? 伊吹にとったら損になるような気がするけど…… ま、いっか。 「分かった、やる」 英文よりラクだし、素直に肯いた。 肯いた直後、 「んじゃ、これから風呂上り毎日な」 と伊吹が。 「は……? ま、毎日ッ!?」 今日だけじゃないのっ!? 驚くあたしに笑いながら伊吹は、 「肩揉みなんてものの数分だろ? それとあの英文の訳とじゃ釣り合い取れないだろ?」 そ、そーだけど……っ でも毎日とか…ちょっと酷くない? 「それともやっぱ課題の方にしとく? 明日の夜までに終わるんだったらオレはどっちでも構わないけど?」 いやっ! それは無理っ! 絶対っ!!! 「さーどっちにする?」 どっちって…… どっちもしんどいんだけど、絶対無理なのは…… 「……英文の方は今からじゃ絶対間に合わない」 「じゃ、肩揉みか」 消去法で残ったのがそっちなんだからしょうがない…… あたしが仕方なく肯いたのを確認して伊吹も、よし、と肯く。 「んじゃオレ風呂入ってくるから、出てきたらヨロシクな〜」 そう言いながらリビングを出て行く伊吹。 早速今晩からやらせるつもりらしい。 肩揉みか〜…… でもあたし、今までまともにやったことないけど…… テキトーで大丈夫かな? パパにも、 「肩凝った〜。 ナナ揉んでくれ」 とか言われたことないし、ホントにやったことないんだよね。 肩とか首の付け根あたりとか…… こう、挟んで……? ……こんな感じかな? と肩揉みのイメージで指を動かしていたら、タンクトップ姿の伊吹がリビングに現れた。 手にはタオルを持っていて、これからお風呂に入るところらしい。 その伊吹の眉が微かに寄っている。 ? どうしたんだろう……? 伊吹は眉間にしわを寄せて怪訝そうにあたしを見下ろした。 それから両腕で自分の体を抱くようにして…… 「……お前の指の動き、なんかエロい。 揉むのは肩だけでいーんだからな?」 って…… 誰がそれ以外揉むか、バカ―――ッ!! |
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第2話 おわり |
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