Cube!   第6話  Fifth ElementB

「どうだった? やっぱ駄目だったろ?」
翌日の昼休み。
結城を連れて例の役員の話をしに屋上に行った洋子が15分ほどで戻ってきた。
洋子1人で戻ってきたところをみると、結城はまだ屋上に残っているのだろうか。
きっとまた小難しい医学書を読んでいるんだろう。
「駄目っていうか……」
と洋子は言葉を濁した。
「べつに俺に気を使わなくてもいいぜ。……で? なんで俺のこと嫌いだって?」
「え?」
「それが聞きたかったんだろ?」
実は俺もそこのところは気になっていた。
結城とはほとんど話したことがないのに、なぜそんなに嫌われているのか……
「……ごめん、それ聞きそびれちゃった」
「え?」
洋子は右手で頬を押さえると、
「だってなんか……結城さんが変なこと言い出すから。それどころじゃなくなっちゃって……」
と視線を落としてブツブツ言っている。「……なんで分かったのかしら」
「何が?」
と俺が聞くと、
「なんでもないのよ! 高弥には関係ない話!!」
と洋子は慌てて首を振って、「ま、仕方ないわね。会計のことはまたイチから考え直しましょ」
と言うと、そそくさと自分のクラスへ戻っていった。
なんだか……洋子の話もよく分からなかったが。
まあ、これで余計なことに頭を悩ませずに済むし、ひと安心だ。
これから別な会計適任者を探すのは厄介だが、結城を口説き落とすよりは容易だろう。
洋子が帰って間もなく予鈴が鳴った。
俺が5限目の用意をしていると榎本がやってきた。どうやら昨日貸したジャージを返しに来たようだ。
榎本からジャージを受け取る。微かに柔軟剤の匂いがした。
「なんだ。わざわざ洗濯してくれなくてもよかったのに」
「いや、ついでだから。ウチ乾燥機もあるし」
「お前、男にしとくのもったいないな」
「それ褒めてんのか?」
榎本が握った拳を目の前に出してきたので、俺は笑いながらそれを避けるフリをした。
俺たちが教室の入り口でそんなくだらない話をしていると、
「……ごめんなさい。ちょっといいですか」
と遠慮がちな声が聞こえた。どうやら俺たちに入り口を塞がれて通れなかったようだ。
「あ、ごめん」
と榎本が身体をずらす。その横から教室に入ってきたのは……結城だった。
俺は驚いた。
―――ごめんなさい?
―――ちょっといいですか?
……って言ったか? 今。
いつもだったら、
「ちょっと、そこどいてくれる」
とか、
「周りのこともよく考えなさいよ」
とか言いそうだが……
「あれ? 今のって昨日まで加納がちょっかい出してた子か?」
榎本が結城を振り返る。
「ちょっかいなんか出してねえよ」
俺がムッとして言い返すと、榎本は結城を見つめたまま、
「……あの子、どっかで会ったことあるような気がするな」
と呟いた。
「同じ学校なんだから当たり前だろ」
「いや、校内じゃない気がすんだよな。私服のときに会ってる気がする。……どこだったかな〜」
と榎本が腕を組んだとき、昨日榎本の母親が入院している病院から結城が出てきたことを思い出した。
結城が院長である父親に会うために病院に出入りしているのであれば、それを榎本が見かけてもおかしくないだろう。
そう言おうとしたとき本鈴が鳴ってしまった。榎本は慌てて顔を上げ、
「やべ、次化学室なんだ。じゃなっ!」
とF組の方へ走っていった。
まあ、とくに話しておかなければならないことでもないし、どうでもいいか。結城のことは。


翌日は課外授業だった。
課外授業とはいっても、年に1度行われる学年単位の遠足のようなものなのだが。
俺たちは、数台のバスに分かれて千葉県の山間部までやって来ていた。
午前中はひと通り決められたコースを見学したり説明を聞いたりして回り、昼食後の1時間が自由行動になった。
「東京から2時間かからない所なのに、すごい田舎だよな」
「ケータイも圏外になってるわよ!」
自由時間、俺は美紀と一緒に山頂へ向かっていた。
2合目あたりからロープウェイに乗り、山頂付近で降りたあと5分ほど登ると外房の海が見渡せる展望台に出た。
「すっごい! よく見えるわね!」
「地球が丸いってよく分かるな」
展望台には他にも何人かウチの生徒がいたのだが、小さな土産物屋を覗いたあと、ほとんどの生徒はすぐに下りていってしまうようだった。
俺と美紀はかすかに吹いてくる海からの風に心地よさを感じながら、時間ギリギリまで展望台に残っていた。
「もうすぐ集合時間だな。あと10分ぐらいしたら下りて行かなきゃ」
「学校に着いたら校門のところで待っててね」
移動のバスはクラス毎で、校門前でバスを降りたらそのまま解散になっていた。
「4時半には帰れそうだな」
「あ、帰りにアイス食べたい! 付き合ってくれる? 新しい味が出たの」
「何?」
「ウルトラマリンポッピングシャワー!」
「なんだそれ! どんな味だよ!?」
美紀の話に笑いながら突っ込んでいたら、展望台に結城が上がってきた。
俺も驚いたが、結城も驚いたようだ。
集合時間が近いこともあり、まさか人が……しかも俺がいるとは思っていなかったのだろう。
俺はあの「大嫌い」発言から、結城とは一言も口を利いていなかった。
「……ね、役員の話はもうしなくていいの?」
美紀が俺に耳打ちした。
「しなくていい」
美紀には、結城から役員を断られた理由を話していなかった。美紀は、ふうん、と言いながら結城の方を見た。
結城は俺たちのことなど眼中にない、という感じで手すりにもたれかかるようにして眼下を見下ろしている。
間もなく集合時間なので、下山することにした。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「うん」
と美紀を待たせてトイレに入る。そしてすぐに出てきたのだが……そこに美紀の姿はなかった。
「あれ?」
もしかして美紀もトイレに入ったのだろうか?
そう思いトイレの前で待っていたのだが、5分経っても美紀は出てこなかった。
まさか女子トイレを覗くわけにもいかないし……
「み、美紀〜?」
遠慮がちに声をかけてみたが返事はなかった。というか、女子トイレには誰もいないようだった。
まさか先に下りたんじゃないよな?
まわりを見渡すと、結城がまだ手すりのところにもたれたまま下を見下ろしていた。
「……結城」
俺は仕方なく結城に声をかけた。「美紀……さっき俺と一緒にいた子だけど、見かけなかったか?」
結城がゆっくりと振り返る。眼鏡を外していた。
「……さあ? 知らないわ」
珍しく結城がすぐに答えてくれた。
やっぱり美紀は先に下山したのだろうか……
俺はロープウェイ乗り場に向かいかけて、
「もう集合時間だぞ」
と結城に声をかけた。
結城は返事もせずに俺の後について来た。
そのままロープウェイ乗り場に向かい階段を下りていると、下からウチの制服を来た人間が小走りに上がって来た。榎本だった。
「今ごろ登ってきてどうしたんだ? もう集合時間だろ?」
と榎本に問いかけると、逆に榎本は、
「それはこっちのセリフだよ。もうとっくに集合時間過ぎてんだぞ?」
と呆れたように言った。「F組の点呼取ってたら美紀がいないから……って美紀は?」
榎本は俺と結城の姿を見て眉をひそめた。
「え? 先に下りてるだろ?」
「いや、下にはいないけど……」
榎本のセリフを聞いて、俺は慌てて今来た道を戻った。
そうだ。
美紀が何も言わずに1人で下山するわけがない。
やっぱりまだあの展望台に残っていたのだ。
でも、一体どこに……
胸に不安を抱えながら、展望台に続く階段を駆け上がろうとしたところで美紀の姿を見つけた。
展望台の手すりより4メートルほど下に人が立てそうな場所があり、美紀はそこにいた。
幅が1メートルもない、雑草が生い茂った足場の悪そうなところだ。そのすぐ下は崖になっている。
さっきもそこにいたのだろうか。上から下りてくるときは死角になっていて気付かなかった。
そんな危ない場所で何をしているのか、美紀は中腰になって雑草を掻き分けている。
危険だ。すぐに止めさせないと……
「美紀!」
大声で美紀を呼ぶのと同時に、美紀は何かを拾い上げたようだ。俺は美紀に視線を向けたまま階段を駆け上がった。
美紀はそろりそろりといった感じでこちら側に戻ってきた。
俺は階段の手すりから身を乗り出して美紀の手を取り、そのまま抱き上げるように美紀を手すりの内側に入れた。
美紀はホッと安堵の溜息をついている。
「危ないだろ! あんな所で何やってたんだよ?」
俺は美紀の制服の背中についた汚れを払いながら美紀を睨んだ。
「ごめんね。これ」
と謝りながら美紀が差し出したものを見て驚いた。
―――結城がかけていたセルフレームの眼鏡だった。
「さっき高弥のこと待ってる間、結城さんが眼鏡落としたって言うから取りに行ってたの」
「え?」
「だって眼鏡がないと見えないから、階段とか危ないじゃない。ねぇ?」
美紀が俺の背後に声をかける。
振り返ると、榎本とその後ろに結城が立っていた。
それに、と美紀は俺にだけ聞こえるように耳打ちして、
「……生徒会役員やって欲しいんでしょ? 援護射撃してあげたの」
と小さくウィンクをしてみせた。
美紀は、何も言えずに突っ立っている俺の横をすり抜け結城に眼鏡を渡した。
「はい。これでよく見えるから安心ね!」
「……ありがと」
結城は小さく礼を述べると眼鏡を受け取った。
「危ねーなぁ。それであんな所にいたのかよ。あんな足場悪いとこ、落ちたらどーすんだよ」
と榎本が美紀の頭を小突く。
「平気よ。運動神経は悪くないのよ、あたし!」
と美紀が自慢気に胸をそらす。
―――結城、視力悪くないって言ってたよな?
―――ていうか、さっき俺が美紀のこと聞いたとき、お前知らないって言ったよな?
―――まさか……
「……榎本」
「うん?」
俺はなるべく平静を装いながら、
「……お前、美紀と一緒に先に下りててくれるか?」
と榎本に言った。
「は?」
俺のセリフに榎本が眉間にしわを寄せる。
「なによ、高弥。どーしたの? 下りないの?」
美紀も怪訝そうな顔をしながら俺の腕を取った。俺はその腕をゆっくり解きながら結城の方を振り返った。
「……ちょっと、こいつに話あるから」
結城も黙って俺を見ていた。
すると美紀は、俺が役員依頼の話でもすると思ったのか、
「じゃあ、あたしも一緒に残るわよ」
と笑顔になった。「例の話するんでしょ?」
そんな美紀の顔を見ていたら、つい感情が押さえられなくなり、
「……そんな話じゃない。いいから榎本と先に下りてろよ!」
と美紀から顔を背け、吐き捨てるように言ってしまった。途端に美紀が険しい顔になる。
まずい、とは思ったがフォローする余裕がなかった。
榎本も何か察したのか、
「まぁまぁ! 美紀はオレと一緒でいいじゃん。クラス単位で集合なんだからさ。F組はF組同士、A組はA組同士! じゃ加納、またな〜」
と気を利かせて、ロープウェイ乗り場の方へしぶる美紀を連れて行ってくれた。
2人の姿が見えなくなってから、溜めいていた息をやっと吐き出す。
それから改めて結城に向き直った。
結城は美紀から受け取った眼鏡をハンカチで拭いていた。
「―――お前さ、視力悪くないんだよな?」
言ったあと自分でも驚くような低い声だった。
結城からの返事はなかったが構わず続けた。
「さっき美紀のこと聞いたとき、お前知らないって言ったよな?」
やっぱり結城は、俺の話なんか無視して眼鏡を拭き続けている。
いつもだったら結城に無視されても下手に出ている俺だが、今日はそうはいかない。
これは役員勧誘の話ではない。
そしてそれは結城も分かっているはずだ。
「おい……」
痺れを切らした俺が再び結城に声をかけたのと同時に、
「……傷」
と結城が小さく呟いた。
「あ?」
一瞬、結城がなんのことを言っているのか分からなかった。
怪訝に思いながら次のセリフを待っていると、眼鏡を拭いていた結城の手が止まった。
「……眼鏡に傷がついてるわ」
そのセリフで一気に怒りが噴き出した。
「わざとかっ? わざと落としたのかっ? それで美紀に取りに行かせたのかよっ!? あんな危険なところ、落ちたらどうするつもりだったんだよっ!?」
「私、取ってきてくれなんて一言も言ってないわよ。眼鏡落としたって言ったら、見えないと困るからってあなたの彼女が勝手に取りに行ったのよ」
―――勝手に?
なんだ、その言い草……
「なんであんな事した? 俺のこと気に入らないのは良く分かったよ! けど、美紀は関係ないだろっ!?」
俺が怒りで興奮するのとは対照的に、結城は落ち着いた様子で、
「……あなたの彼女って単純よね」
と開き直ったように笑った。
「ああ?」
「単純でおせっかいで……で、見た目も可愛いから男ウケするのよね。羨ましいわ」
「……何の話だよ」
結城は俺を一瞥すると、
「あなた……よく榎本くんに、自分の彼女のことなんか図々しく頼めるわね」
と溜息をつきながら言った。
「……は?」
どうやら、さっき俺が榎本に美紀を連れて先に下山するようにと頼んだことらしいが……それがどうしたっていうんだ。
結城が何の話をしたいのか分からない。
「彼が桜井さんに好意持ってるの、知らないわけじゃないんでしょ」
「好意って……あいつは別に美紀のことは何とも思ってねーよ。気がある素振りを見せて俺のことからかってるだけなんだよ」
と反論しながら、なんで榎本の話になるんだ……と疑問が湧く。
俺がそう言うと、結城はイライラしたように、
「そうやって冗談みたいにしてみせるしかないでしょ。桜井さんにはあなたがいるんだから。……本当に鈍い人ね。榎本くんのこと見てればすぐに分かるじゃない!」
と吐き捨てるように言った。
え? 榎本のことを見ていれば分かるって……
お前はそんなに榎本のことを見てたってことか?
それは……
「……もしかしてお前、榎本のことが、好き……なのか?」
結城はイエスともノーとも答えず、
「榎本くんに譲ってあげなさいよ」
と口の端に笑みを浮かべた。
「はっ? ……譲るって、なにを」
と俺が聞き返すと、
「彼女」
……すぐには意味が理解出来なかった。
彼女って…………美紀のことか?
「榎本くんね、お母さんが具合悪くて入院してるから、いろんなこと我慢して頑張ってるのよ。バイトも沢山してるから睡眠時間だって少ないんだから」
それと美紀を譲るということが、どうイコールになるというのか。
結城の話がまったく理解出来ず、俺は眉間にしわを寄せ黙って話を聞いていた。
「いいじゃない。あなた他にも色々いいもの持ってそうだし、榎本くんと違って何の悩みも苦労もないでしょ? ひとつぐらい彼に譲ってあげなさいよ」
結城は冷笑を浮かべながら俺を見据えた。
譲ってやれって…… 美紀はオモチャじゃない。
こんなやつに美紀が気を遣って、あんな危険なことまでしてやったのかと思うと、腹ワタが煮え返りそうだった。
……いや、美紀は結城に気を遣ったんじゃない。
俺が結城に、役員依頼をする件で困っていたことを知っていたから、だから美紀は……
美紀は俺のためにあんな危ないことをしたのだ。
俺は目を閉じて長く息を吐き出し、
「―――ああ、譲ってやるよ」
と言ったあと結城を睨んだ。「美紀以外なら、なんでもな!」
こいつが女じゃなきゃ、ぶん殴っているところだ。
榎本が苦労していることは、なんとなくだが分かる。
それから、見た目よりしっかりしているし意外と真面目だということも知っている。
……だからといって、美紀を譲ってやることは出来ない。
本気でそんなことを言っているのか、こいつは……
俺たちが黙って睨み合っていると、
「加納〜?」
と階段の下から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。そのあと榎本が顔を覗かせる。
「悪い、まだ話し中だったか?」
「いや……」
榎本は俺たちの顔を交互に見たあと、
「や、もう集合時間とっくに過ぎてんだけどさ。美紀が加納も一緒じゃないと下りないっつって、ロープウェイ乗り場で待ってんだよね」
と背後を指差した。
時計を見ると完全に遅刻の時間だった。教師がイライラしながら待っている頃だろう。
まだ結城に言いたいことは沢山あったが、これ以上みんなを待たせるわけにはいかない。
仕方なく俺は榎本の後についてロープウェイ乗り場に向かった。結城も後をついてくる。
乗り場では美紀が険しい顔で俺のことを睨んでいた。
4人で次のゴンドラが来るのを待っている間、
「……何の話してたのよ?」
と美紀が不機嫌そうに聞いてきた。
「いや……べつに大した話じゃない」
美紀は、まさか結城が自分を騙したなどとは微塵も思っていないようだ。
そんな美紀に本当のことは話したくない。
「なによ、大した話じゃないなら隠さないでよ!」
「……あとで話す」
と俺が答えると、美紀は俺をひと睨みしたあと、ぷいっと顔を背けた。
なんなんだよ……
せっかくこの前誤解が解けたばっかだっていうのに、またこれかよ……
榎本は不穏な空気に顔をしかめながら、
「……今度はなんだよ?」
と俺に耳打ちしてきた。
先ほど気を利かせて美紀のことを連れ出してくれた榎本は、もちろん事情を説明してもらえるものだと思っている。
しかし、内容が内容なだけに、
「お前には関係ない話」
としか言いようがなかったのだが、俺の返答に明らかに榎本は不機嫌になった。
美紀は俺のことを睨んでいるし、結城はそっぽを向いているし、榎本はふてくされているしで、最悪な状況でゴンドラに乗り込んだ。
美紀と榎本が先に乗り、2人は前方の窓のそばに立つと、黙ったままそれぞれ眼下を見下ろしたり、空を見上げたりしていた。顔には不機嫌な色を残したままだ。
俺は後方の入り口近くのポールに掴まって立ち、溜息をついた。
結城は俺の隣りに一歩離れて立っていた。
俺がチラリと結城の方を見ると、結城もこちらを見ていた。
……てめぇ、あとで話あるからな!
と俺が睨みつけると、結城は口の端を少し上げた。
こいつ……と拳を握りしめたところでゴンドラが動き始めた。
高低差800メートルほどのロープウェイは、5分ほどで麓と山頂を結んでいる。
本来なら40人ほど乗れるゴンドラだが、今は俺たち4人しか乗っていなかった。
ゴンドラが乗降場から斜面に入った途端に、急にスピードを上げた。
え? 下りってこんなに速いのか?
まるでジェットコースター並みだ。ゴンドラが激しく揺れる。
「きゃっ」
美紀か結城かどちらかが短い悲鳴をあげた。俺は倒れないようにポールを強く掴んだ。
「きゃあっ!」
俺のそばに立っていた結城が、壁に頭をぶつけて倒れかかってきた。慌てて抱きとめる。
「結城っ?」
結城は頭を打って気を失ってしまったようだ。
直後、ひどい機械音が耳を引っ掻き、ゴンドラが大きく振り子状に揺れた。
今まで山が見えていた前方窓から空が見え、ワイヤーが見えてきた……と思った次の瞬間、そのワイヤーにゴンドラがぶつかった。
激しい衝撃が走る。
一体、何がどうなってるんだ……と考える余裕もない。すべてが一瞬の出来事だった。
そのとき、
「きゃああああっ!」
と美紀の悲鳴が聞こえた。
Back  Cube!Top  Next